393 愉快な男

 ジャンさんから事前に罪人は近衛にできるという話は聞いていたが、クール達は全員、市民の証であるカードを持っていた。

 どうやら監獄に入れられる際に与えられたらしい。これならば問題なく彼らを近衛に任命できる。


 正直、《嘆きの悪霊》の力量はクラヒを除けば全く信頼できないが、顔見知りだし面白いし、悪人ではないというだけでも、僕の求める近衛の条件を満たしている。

 それに、力量は信頼できないといっても、あの職員さんの言葉が本当ならば彼らの評価は最低でも25はあるのだ。僕の五倍以上である。きっと僕の五倍以上の活躍をしてくれる事だろう。



 クモを使い、新たなる仲間達をアリシャ王女の――おひいさまのビルに案内する。


 コードの町並みを眺めたのは初めてだったのか、車中の彼らは緊張している様子だった。

 大丈夫、すぐに慣れるよ。街は凄くても住んでる人は普通だからね……。



 目を白黒させている《嘆きの悪霊》を眺めていると、すぐにクモがビルの前にたどり着く。 

 クモから下りてビルの中に入る。ジャンさんやオリビアさんに新たなる近衛のメンバーを見てもらおうと思ったのだが、どうやら二人とも留守にしているようだった。


 普段二人が何の仕事をしているのかはわからないが無用心過ぎる…………いや、おひいさまの部屋は本人にすら開けられないんですけどね。


 まぁ、近衛の選定については僕が任されているのだ。登録までやってしまってもいいだろう。

 クール達を振り返って言う。


「アリシャ王女に近衛登録して貰うよ」


「!? 王女、ですか……!?」


「はわ…………会うの、初めてですぅ」


 なんとか多少は立ち直ったらしいルシャが甘ったるい声をあげる。


「なんだい、君達、まさか王女初心者か………………それは幸運だな。僕なんてここ半年で三人も会ってるよ」


「……それは、レベル8とか関係ねえんじゃねえか、旦那」


 ゼブルディアの王女とユグドラの王女と呪いの王女である。まぁ皇女も混じっているが、会いすぎであった。

 ちなみに、皇帝とは会ったが、王子とは余り会った記憶がない。特にここ半年、ご無沙汰だ。大抵、王子は王女よりもガードが硬いからな……今回の依頼でカウント四つ増えそうだけど。



 おいおい、僕の王族コレクションが増えてしまうよ(意味不明)。



「この都市はね、変わったシステムで動いているんだよ。僕も全てを把握しているわけじゃないけど、この出入りするだけで一瞬で目的の階層につく部屋一つ取っても凄いよね。後でしっかり把握しておくんだよ。僕の方でも色々試すつもりだけど、気づいた事があったら教えて欲しい」


「…………レベル8で気づかない事を、レベル3のあたしが気づくわけないでしょ……」


 ズリィがぼそりとつっこみを入れてくる。そんな事はない。

 カイザー達と合流できておらず、いつも僕を助けてくれる《嘆きの亡霊》がいない今、《嘆きの悪霊》は僕の切り札といっても過言ではないのだ。


 いつもはクラヒを頼っているのかもしれないが、今回はそうは行かない。


「僕はクラヒとは違う。いつも以上に気合を入れて働いて貰うよ。まぁ、君達もクラヒにはいつも世話になっているんだろうし、たまには助ける側に回るのもいいだろう」


「で、できると、思いますか?」


 青ざめたクールが確認してくる。それは君達次第だ。少し発破をかけておこう。


「できなければ死ぬだけだよ」


「ッ…………」


 クールが僕の言葉にゴクリと唾を飲み込む。


 ……まぁ、彼らが助けられなくても、カイザーとサヤが王族を全員助け出したらクラヒも救出できそうだけど、その事は黙っておこう。僕もカイザー達をバックアップする準備くらいはしておかないとな。


 きょろきょろ落ち着かなさそうな新米達を引き連れ、おひいさまの部屋の前に来て、ぱちんと指を鳴らして窓を作り出す。


 おひいさまはすかさず窓の前に張り付いてきた。どうやら暇を持て余しているらしい。

 いつも上機嫌なのも、誰かとコミュニケーションを取るのが彼女にとって数少ない娯楽だからなのかもしれない。


 手を振るとおひいさまもにこにこ手を振り返してくる。きっとこのおひいさまは『快適な休暇』を装備しても何も変わらないんだろうな……。


 その仕草から伝わってくる純粋さとどことなく感じる高貴さに、ルシャが頬を引きつらせて言った。


「ま……負けましたぁ」


「勝負になるわけないでしょ、あんたが! まじもんの姫よ?」 


「こ、こら、余計な事言わないで! これは、謁見ですよ?」


 君達、本当に色物だな。


 ツッコミを入れるズリィに、慌てて皆をまとめようとするクール。クトリーはふてぶてしい表情でそれを見守り、エリーゼは何を考えているかわからないが、おひいさまをじっと見ている。


 僕は一歩前に出て、新米近衛候補達を示して言った。


「彼らを近衛にしてほしいんだけど、大丈夫かな?」


 おひいさまはじっと僕の口の動きを見ていたが、こくこく頷き、すぐに僕にしたような、くるくると指を回転する仕草をしてくれた。


 どうやら、ジャンさんでなくても近衛任命はしてくれるらしい。後でおやつをわけてあげよう。渡せたら。


 さて、近衛は五人追加したから…………残りは二十二人、か。多いなあ。





 僕は眉を顰めクール達をざっと確認して、久々に頭を働かせた。








 ………………ちょっと時間稼ごうかな。







 保身を考えなければすぐに監獄で人を集められる事もわかったし、クール達がクラヒを助けるナイスアイディアを思いつくかもしれない。カイザー達が依頼を達成する目処を立てる可能性だってあるのだ。



 いつまでに集めればいいのか、オリビアさんもジャンさんも言っていなかった。

 もっと近衛に相応しい人材が見つかるかもしれないし、期限を聞いてから動いても問題あるまい。


 賑やかになって嬉しいのか、おひいさまの目が輝いている。


 そうだろう、そうだろう、彼らはバイカー達と違って賊じゃないからね。バイカーより弱そうだけど。


 窓に両の手のひらを張りつけ、こちらを必死に覗くおひいさま。僕はなんとなくその手に窓越しに手を当てると、皆を見回して言った。




「ビルには空き部屋が沢山あるから、適当に使っていいよ。後でアリシャ王女のお付きの人が戻ってきたら紹介するから……僕は基本的にここにいるから、何かあったらここに来ること。それじゃ、解散だ」


 ひと仕事したし、ちょっとのんびり休憩しよう。






§ § §






 クール・サイコーは《嘆きの悪霊》の作戦立案担当だ。だが、リーダーではない。

 パーティはこれまで、基本的にはリーダーであるクラヒ・アンドリッヒに引っ張られる形で活動してきた。クラヒがいなくなった今、その存在がどれだけパーティの柱だったのかがよく分かる。


 《千変万化》に似せた二つ名めいたなにかを与えたのもパーティを作ろうと誘ったのも、クールだ。だが、クラヒ・アンドリッヒは間違いなく、英雄だったのだ。



 クライからかけられた言葉は厳しいものだったが、どこまでも正しい。

 リーダーを助けるのは、いつも助けられてきたクール達であるべきなのだ。


 クライはクール達以上に厳しい任務のためにこの都市にやってきているのだ。

 何かあった時にサポートして貰えるだけ、幸運だと思うべきだろう。



 リーダーを助け出すにはまずこの都市について知らねばならない。階級などの基本的な部分は確認したが、まだクール達はこの都市――コードについてほとんど知らない。



 高度物理文明時代の都市システムが生きている都市。

 戦闘能力の低いクール達では正面からクラヒを助け出すのは無理だ。何かシステムの隙をつくような奇策が必要だった。


 一旦解散し、再びビルの一室に集まる。部屋の機能を確認してきたらしいクトリーが、感心したように言った。



「まじですげーな、この都市。このビル一つとっても、外の世界に持っていったら億万長者になれるぜ。監獄の時点で普通じゃなかったけどな……ふん。一筋縄ではいかなそうだ」


「そうですね。あの監獄の時点で、都市技術の高さはわかっていましたが――」


 監獄は地獄だった。あそこでは、身体的な痛みなどはなかったが、クール達は一切、人間としての扱いがされていなかった。

 プライバシーがないのは当然として、生きる楽しみというものが全て奪われていた。

 味のない食事に、常に明るく眠れない部屋。外部の音が一切入ってこない環境。強制的に浴びせられるシャワーに、トイレの時間まで厳密に決まっていたのだ。


 だが、それでも――クール達は健全なままだった。ルシャは毎日毎日泣き叫んでいたが、倒れる事もなかった。

 おそらく、あれもまた、何らかの都市システムによるものだったのだろう。罪人を――生かさず殺さずの状態で保持しておくための、そういうシステムだ。



 このビルにもあの監獄にあった機能に似たものが存在している。自由になった今、それらこの都市の機能は便利そのものだった。


 だが、敵にするには厄介極まりない。


 自室を定め、シャワーを浴び身だしなみを整えてきたらしいルシャが、焦ったように言う。


「試したんですけど、この都市、魔法が――使えないみたいです。術が発動した瞬間に散ってしまって――お兄ちゃんを助けたいけど……私、役に立てないかも……」


「あたしも、ちょっちきついわね。扉に鍵穴ないし、未知の監視システムをごまかす術とか思いつかないわ。お手上げ」


 ルシャもズリィも、武帝祭の頃と比べれば明らかに腕があがった。だが、それでも、やはりこの都市を相手には力不足らしい。

 パーティの中では最も腕利きのエリーゼの方を見るが、肩を竦められる。光霊教会の祈りの魔法も使えないのか。これも都市機能によるものなのだろうか?


 《嘆きの悪霊》に戦闘に特化しているメンバーはいない。機装兵が一体でも出てくればクール達は全滅するだろう。


 やはり戦わずしてリーダーを救い出す方法を考えるべきか。


「まずは情報を集めましょう。監獄破りは不可能です。クラヒさんがどういう状況にあるのかも知りたいし……《千変万化》が目的を達成しようとすれば、都市にも大きな混乱が生じるはずです。その隙を突けばどうにかなるかもしれない。一番手っ取り早いのは……《千変万化》が助け出した王族に解放してもらう事なんですけどね……」


「そりゃ……おめえ、いくらなんでも都合が良すぎるだろ。旦那の目的は保護だぜ?」


「はい。ですから、最低でもそういう事が提案できる程度の活躍は、しなくてはならないと思っていますね」


 情報収集を行い、クラヒを助け出す方法を探す。それと同時に《千変万化》の動向にも注視が必要だ。

 いかに神算鬼謀の《千変万化》でも一切動かずに王族を保護する事など不可能なはず。一瞬の好機も逃してはならない。


 何かクラヒを助け出すための希望を提示できれば……そして、クール達も多少役に立つのだという事を示す事ができれば、彼もきっとクール達に協力してくれるはずだ。

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