392 愉快な者達

 絶望的な状況から唐突に差し伸べられた救いの手に、クール・サイコーは冷静を保つのに精一杯だった。

 いや、冷静は、保てていないかもしれない。こうして解放されたというのに、喜びもなければ実感もわかないのだから。


 おそらく仲間達もクールと同じ気持ちだろう。


 これまで滅多に監獄を訪れる事がなかった職員の先導で、収監された時とは別のルートで建物の外に出る。青い空に、聳えるビル群。門の前に止まっている大きな金属の蜘蛛のような物体。


 捕縛され運ばれた時には外を見るような自由は与えられなかった。ここがあのとてつもなく巨大な空中都市の内部なのか。変な夢でも見ているかのようだ。


 本来ならば、助けなど、来るわけがなかった。《嘆きの悪霊》が――クラヒ・アンドリッヒが挑んだ相手は余りに巨大で、如何なる国家も組織も挑むのを諦めた高度物理文明の都市なのだ。

 探索者協会と敵対しているこの都市にレベル8ハンターがやってきているなど、そして、その相手が一度関わり合いになった相手だなんて――どれだけの確率だろうか?


 クライが職員にお礼を言っている。表情に浮かべられた、一切威圧感のない、カリスマ性の感じられない緩い笑みは武帝祭で会った時とあまりにも変わらなかった。


「色々ありがとう。また来るよ」


「業務の一環です。そんな事、到底無理だと思いますが、《雷帝》を解放したいのならば、権限を手に入れてからくるといいでしょう。クラス6以上、それがスタートラインです。…………そう言えば、貴方の名前は《雷帝》に似ていますね」


「そうそう、そっくりでしょ? 実はサインを貰った事もある」


「…………《雷帝》が貴方くらい評価が低ければ、おそらく解放も簡単だったでしょうね」


 総合評価。クールもこの都市に捕まった後にシステムにかけられ点数を出されたが、まさか《千変万化》は点数が低かったのか? 一体どうやって未知の評価システムを誤魔化したのだろうか?


 このレッドハンターが生み出した空中要塞都市で大手を振って歩いている事といい、やはりこの男は――底知れない。


 確認したい事が沢山あった。だが、クール達はあくまで助けられた立場である。どこまで踏み込んでいいものか……。


 最低でも、なんとかリーダーを助け出す協力を引き出さねばならなかった。問題はそのための交渉材料が何もないことだ。


 レベル8ハンター、《千変万化》の神算鬼謀を前にすればクールの《先見》など存在しないようなものだ。



 蜘蛛型の乗り物に乗り込むクライに続き、奇妙な乗り物の中に入る。これまで見たことのない乗り物だが、これ一つを取って見ても、この都市の技術力は卓越しているのがわかる。


 どう切り出したものか。盗聴も考えながら、《千変万化》に迷惑をかけないように切り出さねばならない。


 と、その時、必死に頭を働かせるクールを無視して、ようやく泣くのをやめたルシャが上目遣いでクライに言った。



「……その……助けてくれて、ありがとうございます。………………それでえ……お兄ちゃんも、助けて、くれるんですよねぇ?」


 トレジャーハンターの活動は自己責任だ。必死なのはわかるが、その助けて貰って当然のような要求は厚かましすぎる。

 だが、凍りつくクールを他所に、クライは黒い板のようなものに視線を落としながらあっさりと答えた。


「いいよ。まぁ、僕に助けることが出来たら、だけど…………」


「!! 本当ですかぁ!? ありがとうございますぅ!」


 ルシャが喜びの声を上げる。

 一切の気負いのない返答。厚かましいまでの要求をどこ吹く風と受け流すその態度には確かに、クラヒとはまた違った、王者の風格があった。


 高レベルハンターの言葉には責任が伴う。断られてもおかしくない要求をあっさり受け入れるとは、どうやって譲歩を引き出すか考えていた自分を恥じ入るばかりだ。


「あんなんでも、うちのリーダーだからな。くく……助かるぜ、旦那。このクトリー、最低だが義理は通すぜ」


「義理は通すなんて言っても、あたし達にできる事なんて何もないでしょ……」


 クールの対面の部屋でずっと死んだふりをしていたズリィが小声でツッコミを入れる。その表情にはまだ少し消耗が見える。


 乗り物は揺れもなく、凄まじい速度だった。特に壁を足場に縦横無尽に駆け回るその様は乗り物というより魔物か何かのようだ。


 《千変万化》が大きく欠伸をしながら言う。


「その代わり、君達にも働いて貰うからね。ちょうど人が減っていて困っていたんだよ」


「…………君は……何をしに、ここにきたの?」


 そこで、それまで黙り込んでいたエリーゼが初めて声をあげた。


 エリーゼ・ペックは武帝祭が終わった後、光霊教会の総本山が存在している教国でスカウトした新メンバーだ。

 レベル4の守護騎士パラディンで《嘆きの悪霊》ではクラヒに次ぐ実力者だ。スカウトした理由は名前が《嘆きの亡霊》のエリザに似ていたからつい、というのが本音だが、短期間でパーティに溶け込んでいる。


 ちなみに、守護騎士になった理由は余り動かなくてもいいからで、教国では問題児扱いされていた。

 さすがの無口でインドアな彼女もあの見世物のような空間に監禁されるのは堪えていたようだったが――元気が戻ったようでよかった。


 エリーゼの問いに、《千変万化》が、何が楽しいのかにこにこしながら答える。


「あぁ。ここだけの話なんだけどねえ……この国の王族を保護しに来たんだよ。合計七人いるらしいんだけど……」


「!?」


 思わず目を見開く。

 クールは未だこの都市について詳細を知らない。だが、それが相当困難な仕事である事は理解できた。

 しかし王族を保護するとは、レベル8ともなると、仕事のスケールも大きいらしい。賊を追いかけコードという都市を知り、無謀な戦いに身を投じたクール達とはえらい違いだ。



「今、色々あってその内の一人のところで厄介になっているんだ。まぁ、依頼自体はどうにかなると思うんだけど、仲間と合流するまで、人手が必要でね」



 依頼自体はどうにかなる、か。相変わらず、見た目と実力が全然見合っていない。


 だが、そもそも、そういう機密をこのような外で話すという事自体が強い自信の表れだ。


 ここは高度物理文明の都市、盗聴の手段なんていくらでもあるだろうに、クライはそれを一切気にしていない。盗聴されていないという確信があるのか、それとも聞かれていても問題ない自信があるのか。


 クール達は正直、ハンターとしての能力は大したことはない。武帝祭での出来事で皆、意識は変わり鍛錬にも身が入るようになったが、結果はそこまで早く出ないものだ。

 実際にコードに攻撃をしかけた時にもクール達は役に立っていなかった。もっとも、活躍出来なかった事がこうして解放された今に繋がっているのであながち悪い点ばかりではないかもしれないが……。


 ともかく、クール達はこの都市について何も知らない。

今は《千変万化》の指示に全面的に従おう。それがたとえどれだけ危険な命令だったとしても――それが今取り得る最善の策だという事は、皆で相談するまでもなく疑いの余地はないだろう。


 拳を握り固く決意をするクールに、クライが軽い調子で言った。


「そうだ、クラヒの救出計画についてはクールに練ってもらおうかな」

 

 ……そう言えば、《千変万化》は人に試練を課す事で有名でしたね。


 突然の無茶振りに青ざめるクールに対して、クライは相変わらず何を考えているかわからない笑みを浮かべていた。





===作者からの連絡===


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