391 囚われし者達

 コード攻めを行った連中の仲間、か。


 軽くだがこの都市を見て回って凄さを実感した僕からすればにわかに信じがたい言葉である。中に入らなくても、コードの恐ろしさはその外観を見ただけでも理解できたはずだ。

 この巨大な都市を見て攻撃を仕掛けるなど、相当イカれた連中に違いない。


 だが、逆に言えば、それだけではある。彼女はコードを攻めたがバイカー達のように犯罪を犯したわけではないのだ。まぁ、外の世界では街を攻めたら犯罪者だけど、コードは例外だろう。


 うーん、どうしようかな。いつもの僕だったら街を攻めた無謀な連中を近衛仲間にするなど考えられないが、何しろ相手はエリザそっくりだ。

 僕も鬼ではない。仲間のそっくりさんを見つけて、解放できるのに解放しないなんてとてもとても……名前までそっくりだしなあ。


 迷っていると、職員さんが話しかけてくる。


「どうやら気になっているようですね。それの仲間も収監されています。確認しますか?」


「一応、確認してみようかな」


 エリーゼ・ペックの仲間。どんな人物なのか興味がないと言えば嘘になる。僕が解放したいのはエリーゼだけだけど、そういうわけにもいかないだろう。


 

 なんだかんだ文句一つ言わずに案内してくれる職員さん。


 そして、案内されたその先にいた罪人の姿を確認し、僕は今度こそ言葉を失った。




 ずっと泣いていたのか、目を真っ赤にして涙をすする髪が解けぐしゃぐしゃになっている魔導師。

 不貞腐れたような表情で横たわる錬金術師に、お腹を出して仰向けに転がりわかりやすい死んだふりをしている盗賊。


 そして、赤髪の眼鏡を掛けた青年が僕の姿を見た瞬間にガラスに飛びつき、何かに弾かれたように壁に吹き飛ばされる。


 魔導師、ルシャ・アンドリッヒ。

 錬金術師、《最低山脈》のクトリー・スミャートと、盗賊であり仲間からはズリィと呼ばれているらしい、《絶景》のエリザベス・スミャート。

 そして、剣士なのか剣士じゃないのかいまいちわからないがとりあえず頭脳派っぽい、クールで最高な《先見》のクール・サイコー。




 そこにいたのは――かつて武帝祭で知り合った、クラヒ・アンドリッヒのパーティメンバー、《嘆きの悪霊ストレンジ・フリーク》の面々だった。



 ルシアのそっくりさん、ルシャが僕の姿に一瞬、目を見開き、すぐに恥も外聞もない様子で盛大に泣き始める。

 クトリーがぎょっとしたようにこちらを凝視し、ズリィは死んだままこちらに気づいていない。

 そして、クール・サイコーは死にかけのイモムシのようにびくびく身体を痙攣させながらこちらを見ていた。



 …………久しぶりだね。


 という事は……最下層に収監されているリーダーはクラヒか。

 どういう経緯があったのかは見当もつかないが、確かに彼にはコードに攻撃をしかけてもおかしくない迫力がある。誰か彼にレベル9をあげてくれ。



 想定外の状況にうんうん頷く僕に、職員さんが苛ついたように聞く。



「それで、どうしますか? 彼らは総合評価25から70程度の毒にも薬にもならない集団ですが、リーダーがとにかくやばい男です。評価が低いという事はあえて使う理由もありません。解放するにしても他の罪人にする事をおすすめしますが」


「その前に、ちょっと気になる事があって……念のため、一つだけ確認したいんだけど――」


「?? なんでしょう」


 こちらに様々な感情を向けているクラヒの仲間たちを指差し、僕は職員さんに確認した。




「仲間はこれで全部? リーダー以外に、もう一人いたりしない?」




 アンセムのそっくりさんはどこだ?




§






 解放して欲しい旨を伝えると、あれほど色々警告していた職員さんはすぐに手続きを進めてくれた。

 僕の姿を見るなり反応を変えたクール達の姿にも違和感はあっただろうに、特に質問や確認などもなかった。


 なんとも言えない気分の僕に何か感じるものがあったのか、端末を操作しながら職員さんが話してくれる。


「罪人の解放は都市システムに認められた市民の権利です。我々にはそれを止める権利はありません。仮に止めたとしたら、それは職員が都市規則を破ったという事になり、罰せられるでしょう。もっとも、私と貴方の間にもう少し階級差があったら、行動を強制する事も、できたでしょうが」


「ドライだねえ」


「外部から入ってきた者には、コードのシステムは変わっているとは、よく言われます。この都市で生まれた私達にはわからない感覚です。もっとも、私にも規則に関係ない部分においては自由が認められています。先程の警告もその範疇です」


 クール達が閉じ込められていた部屋のガラスの色が変わり、中が見えなくなる。部屋を出る準備をしているのかもしれない。


 なるほど……システムに支配されているように見えてある程度の自由はある、と。


 どうやら、この職員さんは割と公平のようだ。というか、もしかしたら……暇なのかもしれない。仕事もシステムが全部やっているんだろうし。


 僕はダメ元で確認する事にした。


「ここの最下層に閉じ込められているリーダーを解放するにはどうしたらいいの?」


「クラス6以上の権限で解放申請を出す事ができます。仮にその条件を満たせても申請はおすすめしませんが――」


 ジャンさんオリビアさんがクラス5だったはずだ。クラヒを助けるのは容易ではないらしい。


 まぁ、都市を外部から攻撃してしかも多少なりとも被害を与えてくるような奴をそう簡単に解放できたりはしないよね。




「彼は雷に特化した魔導師のようです。このコード内部では魔術はほとんど使えないはずなのですが、あそこまで強力な雷の魔導師を内部に入れたことはありません。彼の魔術はコードのシステムに損傷を与える可能性があります。彼を収監するためにこの監獄では特殊な部屋が作られました。そして、彼にはコードの生み出した行動制限のための道具が効果を齎さない可能性があります」


「それは危険だね」


「危険過ぎて、あれほどの戦力を持ちながら誰も解放申請が通せないレベルです。ひと目見て絶対近衛に欲しいと言っていたノーラ王女殿下もまだ、解放に至っていません。幾度となくここを訪れ、面会して本人を説得しようとしていますが成功していませんね。あ、ちなみに、これが申請をおすすめしない二つ目の理由ですよ。万が一解放に成功したらノーラ王女の恨みを買いますからね」


 …………他の王女って、貴族に閉じ込められているって話では? 王女の手の者って事かな?


 しかしクラヒを欲しがる気持ちもわかる。彼はとにかく強いし、イケメンだし、レベル8の器である。彼と僕の役どころを入れ替えたらいい感じになっていただろう。

 弱点があるとすれば…………危機感がないところかな。


 ため息をついていると、職員さんが教えてくれる。


「解放の準備ができました。順番に解放できます。罪人への説明は既に中で行いましたが、この解放は決してその罪を赦されたわけではありません。罪人が外で都市規則に反する行動を取った場合、システムは警告なく対象を攻撃する事があります。また、既に存じ上げているかと思いますが、解放した罪人が再び罪を犯した場合、その責任は解放申請を行った貴方に向かいます」


「……おーけーおーけー、出して」


 多分責任が解放申請を行った者にいくという事が、ジャンさん達が罪人から近衛を選んでいなかった理由なんだろうな。

 まあ、外から入ってきた連中も危険度は相当だと思うけど。



 扉が音もなくスライドする。最初に出てきたのは、クトリーだった。



 服装は簡素なものから錬金術師がよく着ているようなローブに変わり、ぼろぼろの革袋を背負っている。

 ぼりぼり頭を掻きながら出てくると、僕を見てぶっきらぼうに言った。



「おう、お迎え、お疲れさん。遅かったじゃねえか」


「へー、なんだか慣れてるね」


「捕まるのに慣れてんだよ………………オレは、最低だからなぁ?」


 これが《最低山脈》……会話するのは初めてだが、キャラ付けなのか素なのか気になる。



 続いて、その妹(本当に妹なのかは知らない)、ズリィ・スミャートの扉が開く。

 盗賊装束に着替えたズリィは僕を見て頻りに目を瞬かせていた。



「……死んだふりお疲れ様」


「健康状態は常時チェックされているので死んだふりなんて通じません」


「ッ…………」



 職員さんの指摘に、ズリィは顔を真っ赤にすると、何も言わずそそくさとクトリーの後ろに隠れた。

 だが、その態度から混乱がにじみ出ている。状況が全く理解できていないのだろう。



 三番目に開いたのはクール・サイコーの部屋だ。

 扉が開く。クールはあちこちに包帯が巻かれていた。先程ガラスに飛びつこうとして弾き飛ばされた傷だろう。


 呼吸を整え部屋から出ると、眼鏡をくいと動かし、クールでサイコーに言う。



「こほん……先程は、失礼。初めまして、仲間達を解放してくれた事を感謝します。今後は貴方の元で働きましょう」


 なるほど、初対面の振りか。ルークより考えているなあ……伊達に眼鏡をつけていない。

 よし、今回の作戦、カイザー達と合流するまで彼の頭脳を借りよう。



「うんうん、そうだね。ところで……アンセムは?」


「!? …………募集は打ち切りました。我々は、その……改心したんですよ」


 近寄ると、ひそひそ小声で答えてくるクール。エリーゼ増えとるやん!


 おまけにコードに殴り込みまで掛けているし……どうやら別れたあの後彼らも色々あったようだな。


 続いて、ルシャの扉が音もなく下にスライドする。姿が見えないと思ったら、ルシャは床にぺたんと座り込んでいた。

 ぐしゃぐしゃに乱れていた髪は以前見た時のようなツインテールに変わり、充血し、隈の張り付いた双眸が僕を確認する。

 そして、その瞳にジワリと涙がたまり、火がついたように泣き始めた。


「うわあああああああああん、お兄ぢゃんを、だずげにぎでぐれだんでずが? よがっだ、本当によがっだですぅ! ぐすっ、ぐすっ……」


「!? こ、こら、ルシャ! 泣きわめくんじゃねえ、状況がわかってねえのか、おめえ!」


 クトリーが慌ててルシャに近づき、その腕を掴み、立ち上がらせる。クールなんて知らない振りまでしていたのを考えると、やはり彼女は未熟なのだろう。


 職員さんはそんな余りにも怪しげなルシャの言葉を聞いてもつんとした表情のままだった。職務に徹している。



 これで残るはエリーゼだけだな。


 扉が開く。エリーゼはゆっくりと、どこか鈍重な動きで表に出てきた。


 着替えたエリーゼは白い鎧を着ていた。しかも、両手両足体幹関節全てを守るフルアーマーだ。

 大きな盾と剣を背負っている。甲は被っていないが、本物ならばまず見られない格好だ。エリザは身軽さ重視だからな。


 エリーゼは僕をじっと確認し、続いてクールの方を見て小さく頷いた。わー、なんかそっくり……。

 何も言わずに近くに待機するエリーゼを見て、クールに言う。



「クール、紹介してほしいんだけど?」


「……彼女は、その…………最近パーティに入った、エリーゼ・ペックです。本名です。いや、僕もこれ以上メンバーを入れるつもりはなかったんですよ。武帝祭で懲りましたから……でも、こんなメンバーが見つかったら、入れるしかないでしょう。実物知らないので、名前だけですけどね」


 非常に言いづらそうに紹介してくるクール。

 本名? マジで? しかも名前だけとか言っているけど、名前以外も割りと似てるよ。


 若干わくわくしながらさらなる情報を求める。


「二つ名は?」


「…………二つ名はありませんが、そういう意味で言うなら、《投降ラスト》です。《投降ラスト》のエリーゼ…………………………その、これで最後にするから、ごめんなさいって意味です」


 謝ってるし…………君達、やっぱり最高だわ。



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