389 合流

 椅子の上。手、脚、体幹に拘束具をつけられ、意識を失ったカイを確認し、コード王位継承者の一人、第一王子、アンガス・コードは興奮に乱れた呼吸を整えた。


 総合評価12230。コードの保持する生物の計測装置は未だ仕組みが解明されていないが、その精度は確かだ。

 コードでも記録のない総合評価10000超えの男は、アンガスの想像を遥かに越えた怪物だった。



「馬鹿な、男だッ! 素直に従えば、この都市でも成り上がれたものを!」



 拘束されてなお、終始変わらぬ堂々たる態度。無力化ガスを受けた状態で機装兵に大きな傷をつける戦闘能力に、洗脳を免れないと気づいた瞬間に自らの肉体を壊すなど、常軌を逸している。


 だが、結局はアンガスの手駒となった。


 使用した『懲罰の白面』はコードでも滅多に生成できないものであり、王族の中でもトップクラスの支持基盤を持つアンガスでも二つしか持っていない。


 しかし、その威力は絶大だ。クラス格差を利用した禁則事項の付与は思考までは縛れないし強度も少し怪しいが、その仮面は思考や精神まで完全に縛る。

 能力は多少は低下するだろうが、12000オーバーの評価を持つ男ならば問題ないだろう。コードが日頃取引相手としている組織の兵隊など相手にもならない。


 百年前の王位継承はコードが起動してから初めてだった。何もわからない状況で王位継承戦が始まったと聞いている。

 だが、今回は二度目だ。皆、対策をしている。王位継承権を持つ者はほぼ全員、王の座を狙っていると考えていいだろう。


 前回は探索者協会の干渉もあり、激しい戦いが繰り広げられたらしい。

 現在の地位など関係ない。負けたら何もかも失う。数日前までは最有力者だったなど、関係ない。アンガスの後ろ盾となっていた貴族ごと、全てが潰されるだろう。


 コードの王権とは――そういうものだった。


 勝つ。勝って、全てを手にする。そのために、リスクを冒して探索者協会から一流の戦士を入れる策を実行に起こしたのだ。



 アンガスの後ろで、カイとアンガスのやり取りを静観していた男が、そこで感慨深げに言う。


「驚きましたね。強い戦士を誘き寄せられるとは思っていましたが、まさかここまで強固な意思と能力を持つ男が現れるとは……ですが、コードの医療システムならば骨や内臓の損傷もすぐに治療できます。王位継承戦には間に合うでしょう」


 カイに勝るとも劣らない長身の男だ。

 怜悧な眼差しに、日に焼けた肌。コードの総合評価では3000を超える数値を叩き出した俊英。

 兵隊の募集を本格的に開始する前から、コードはごく少数の優秀な人間を選んで都市に招き入れていた。その際に選ばれた一人。


 どこぞ外の国では軍師の地位にあったという、アンガスの片腕。


 ジーン・ゴートン。

 前回の王位継承で起こった戦いの記録を見て、探索者協会から強力な兵を調達するという誰も考えもしなかった策を立てた男だった。

 コードの変わった都市システムもすぐに理解してみせたこのジーンがそういうのならば、カイの治療も間に合うに違いない。


「もう一つの仮面は誰に使いましょう? もしかしたら、抵抗もできずに意識を失ったサーヤに使うのならば、突然コードに襲撃をかけてきたあの男の方が良いかもしれません。消耗しきった状態で9760の評価でしたからね。他にも他組織が送り付けてきた封印指定にも、何人か候補がいます」


 サーヤと言うのは、カイと同時期に入ったもう一人の総合評価が高い女だ。評価は5500を少し超えた程度。カイの半分ではあるが、ジーンのほぼ倍だと考えるとその力は尋常ではない。

 コードに突然襲撃をかけてきた男もまた、尋常ではなかった。探索者協会に罠をしかける前だったので襲撃は偶然だろうが、コードの防衛能力をごく一瞬だが、正面から打ち破り一部の建造物に傷をつけてみせた。

 問題が一つあるとするのならば、その男が魔導師だと言うことだろう。コード内部では現コード王の定めた法により、魔術の行使は制限されてしまうから、仲間にしても王位継承では力を発揮しきれない可能性が高い。


 封印指定は、外部組織から送られてきた危険人物の総称だ。処分するには勿体ないが、コントロールの術がなく危険過ぎる、前々からそういう連中を取引で手に入れ、何人かコードの監獄に捕らえてあった。


 能力はトップクラスだが、機装兵を数体護衛においても近くで使うには安心できない者達。

 恐らく、他の弟妹の中にはそういう封印指定を仮面で従え先陣を切らせようと考えている者もいるだろう。


「…………悩ましい話だな。私が持つ仮面は後一つだけだ。交渉で味方についてもらうわけにもいくまい」


「……信用なりませんからね。都市システムによる守りも、それを超える攻撃には対応しきれません。裏切り者は即座に『処理』されるでしょうが、自分が死んだ後では何の意味もない」


「高度物理文明の科学者も、人がここまで強くなるとは思ってもみなかったのだろうな」


 コードの都市機能が生産してくれるアイテムには強力で利便性の高いものも多いが、余り役に立たないものもある。


 その代表的なものが、軽量の防具だ。

 軽く扱いやすいが、少し軟すぎる。多少訓練した程度の人の攻撃や偶発的な事故は耐えられるが、マナ・マテリアルを吸収したハンターの攻撃はほとんど防げない。


 過去文明の人間は現代の人間よりも貧弱だった。少しでも学がある者であれば、そんな説を聞いたことがあるだろう。

 マナ・マテリアルの影響が大きいとされているが、コードの生産する兵器達はその説を少しだけ後押ししていた。


 全てを焼き払うはずのコードの焼却砲にも数秒は耐える人間がいる時点で、全ての問題には余裕を持って対処しなくてはならない。

 恐らく、禁止事項の付与もかつての人間の行動ならば完璧に制限できていたのだろう。

 

 近衛に引き入れられない者は、恐らく他の王族の近衛に抜擢される事になる。

 支持層の規模は違っても、コードの都市システムでは、第一王子と第二王子の間に権力の差は存在しない。少なくとも都市システムの上では、他の王子王女の近衛の選出を止める事はできない。


 アンガスは初動で勝っている。

 まだ、今ならば、アンガスには誰を近衛にするか、選ぶ事ができる。誰を味方に、誰を敵にするか。



「サーヤの戦闘能力の確認を急がせています。知能面での高さが評価に影響しているのかもしれません」


「ふん……軍師も学者もいらんな。お前がいる」


「光栄です」


 ジーンがうやうやしく頭を下げる。


 サーヤは、なしか。5500超えは確かに高い、欲しいが、カイを見た後だと見劣りする。

 カイは間違いなくハンターだとは思うが――まだこれから探索者協会から同格の存在が送り込まれてくる可能性もある。それを考えると今仮面を使い切ってしまうのは尚早かもしれない。


 そんな事を考えたその時、ジーンが目を見開いた。立ち上がり、早口でアンガスに報告してくる。



「…………殿下、部下から連絡が入りました。サーヤの能力を確認させていた部隊が――全滅したとの事です」


「!!」


 ありえない話だった。見かけは確かにただの娘だったが、総合評価は伝わっている。能力確認も、万全を尽くさせた。

 部屋に監禁し、意識が戻ったら中にコードで生成された戦闘用の獣――創生獣を放ち確かめる予定だったはずだ。


「続けろ」


「はい。創生獣を順番に解き放ち、その全てを突破。準備していた獣が全て殺されたため、その後、鎮圧用の機装兵を放ち――それも全て破壊されました」


 創生獣はコードの技術で育成された新種の獣である。機装兵程使い勝手はよくないが、戦闘能力の面では頼りになる兵器だ。

 テストのために用意していた創生獣を全て殺された時点で想定していた能力を上回っている。何しろ、相手はたった一人の子どもなのだ。


「機装兵は何体出した?」


「五十です」


 機装兵はコードで製造出来る主戦力の一つだ。だが、主に材料の問題でそこまで大量生産はできない。


「五十……その全てが破壊されたのか? 向こうのダメージは?」


「……無傷です」

 

 信じられない。それが真実ならば、サーヤはカイよりも強いという事になる。

 無力化ガスを吸っていない状態とはいえ、機装兵を五十も無傷で倒すなど――普通ではない。


 しかもここはコード、魔術の類は使えないのだ。


 ジーンが淡々と報告を続ける。


「その後――サーヤは五層の隔壁を破り部屋の外に移動。機装兵をそれ以上送り付けても無駄だと判断し、やむなく建物一棟を対象に無力化ガスを使い切り、鎮圧に成功しました。以上です」


「…………凄まじい話だな」


 その報告にほっと息をつく。


 ガスが弱点、か。それにしても人一人に失うには余りにも大きな被害だ。

 資源は無限ではない。特に、都市のプラントが生み出すアイテムには限りがある。


 性能を確認しようと考えたのが誤りだったか。だが、資源を温存しようとしてサーヤを逃してしまうよりはずっといい。



 端末を呼び出し、サーヤの能力の確認をさせていた実験棟の映像を呼び出す。

 充満する白いガス。廊下の真ん中で倒れ伏す黒髪の少女からは、機装兵を五十も倒したなど信じられない。


 そして、続いて実験が行われた隔壁室の映像を確認し、その異様な光景に、アンガスはぞくりと身体を震わせた。


 全面特殊な金属で構築された広々とした隔離室。空気孔もない完全な密室だったはずのその部屋の壁――単純であるが故に強固な、機装兵が数体集まっても破れないはずの、分厚い壁には、数メートルもあろうかという巨大な穴が穿たれていた。穴の縁は大きく歪みひしゃげており、力づくで破られたような、そんな印象を受ける。無事な天井や壁、床は真っ黒に変色し、穴の外に続く小さな足跡のみが残っていた。


「一体、何が起こった?」


「何をされたのかは確認中です。攻撃の瞬間は何かにカメラが塞がれており、データが残っていません」


 評価システムの正当性を再確認する必要があるかもしれない。だが、これで決まった。


 最後の仮面を使う相手は――サーヤだ。

 

「ガスが切れる前に処置をしましょう」


「そうだな。くく……勝てる。これならば、勝てるぞ。他の連中がどれほどの戦力を集めても、な」


 現コード王の、父の時代は、間もなく終わる。


 父は臆病だった。コードという世界最強の都市国家を支配しながら、戦力の強化ばかりで打って出る事をしなかった。

 移動機能がなくたっていくらでも方法は存在していただろうに――だが、アンガスは違う。


 コードの王とは世界の王と同義。その事実を、コードの偉大さを、皆が忘れかけているコードに対する恐怖を全世界に知らしめる。


 新たなコードを支配するのは、この、アンガス・コードだ。


「そうだ。例の、ターゲットが審査をすり抜けた時に設定した待ち合わせ、一応、人を送っておけ。網をすり抜けるようなハンターなら、のこのこやってくる可能性もあるからな」


「心得ております。カイやサーヤクラスが万が一にも野放しになっていたら面倒な事になりますので……まぁ、保護されたがる王族などいないでしょうが」










§ § §








 近衛の補充、ねぇ。どうしたものか……。


 オリビアさんからの命令をぶつぶつ呟きながら、コードの街を歩く。


 空からは強い陽光が降り注いでいるが、不思議とコードの街は涼しく過ごしやすかった。街を歩く人々が多くないのは、基本的に乗り物を使っているからだろうか?

 どうやらコードではクラス1から自由にクモを使用できるらしい。きっと、それを呼び出して監獄に連れて行って欲しいと言えば連れて行ってくれるのだろう。 

 

 監獄。コードには監獄が一つだけ存在するらしい。コードの法に違反した犯罪者がそこに囚われているらしかった。

 コードの都市規則では、犯罪者の量刑の一つとして、コードの市民の下で働くというものが存在するらしい。

 扱いは奴隷に近いらしいが、どうしても人が足りない時の最後の手段だという話だった。


 バイカーのようなごりごりの賊が胸を張って外を出歩けるこのコードの犯罪者とは一体……。


 オリビアさんは監獄から人を補充するのが手っ取り早いと言っていたが、なるべくならば避けたいところだ。

 といっても、僕にはコードに知り合いなどいないのだが、一つだけ当てがあった。


 依頼人だ。探索者協会にこの依頼を送ってきた人物と合流した後に紹介してもらうのだ。

 依頼人はかなり階級が上の人らしいので、きっと作戦のためならば適切な近衛を用意してくれるだろう。


 合流するまでに近衛リーダーになってしまうのだから、今回の僕はなかなか調子がいいかもしれないな。

 後は合流予定の時間まで暇を潰すだけだ。なんとか生き延びたぞ! カイザーとサヤとも早く会いたいなあ。



 と、そこまで考えたところで、僕はある事に気づき、思わず立ち止まった。








 合流場所…………覚えてない。




 …………困ったなぁ。言い訳させて頂けると――指定されていた住所が複雑だったんだよ。


 門の前で待ち合わせとかにしてくれていたらすぐに分かるのに、住所が番地指定でしかもやたら長かったから――。


 持ち物検査を受けた際に怪しまれないようにメモも取っていなかった。サヤやカイザーが一瞬で記憶していたので安心してしまったというのもある。

 記憶を掘り起こそうと試みるが、全く思い出せないばかりか、思い出せる気すらしなかった。

 そもそも覚えた瞬間が一瞬でもあったのかがかなり怪しい。他人頼みで生きていた弊害が出ていた。


 これは……待ち合わせは諦めるしかないですね。


 …………ま、まぁ、カイザーとサヤには適宜行動するように言ってある。僕がいなくてもなんとかなるだろう。

 二人共誰かに雇われているはずだし、焦らなくてもいずれ合流出来るだろう。それまでは僕もできる事をやろう。


 きょろきょろと周囲を見回し、ビルの隙間からこちらを窺っている人影を見つける。警戒した目つき――オリビアさんが言っていた下級民だろう。


 …………近衛にするなら、犯罪者よりは彼らの方が良いだろう。とりあえず声をかけてみようかな。

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