380 レベル9試験②

 レベル9試験に赴くための準備を整える。探索者協会の威信を掛けた作戦なだけあって、探索者協会は可能な限りのバックアップをしてくれた。


 帝都ゼブルディアに一旦帰還する選択肢も与えられたが、どうせ戻っても出来る事は何もない。

 アークを一緒に連れていけるわけでもなければ、宝具は全てみみっくんの中なので宝具の選定ができるわけでもない。いつも持ち歩いている宝具をチャージしてくれればそれで十分だ。


 武器はいらないとは思ったが、一応軽めの短剣を一本用意してもらい、腰に吊るす。

 短剣なんて持っていても戦力にはならないし、抜く気もないが、格好というやつだ。 


 一通り用意を終えて、カイザー達に合流する。


 カイザーもサヤも、武装をしていなかった。二人共鞄を持っているくらいで、剣も杖も持っていない。この姿を見ただけでは二人共ハンターには見えないだろう。

 カイザーの服装は金属の紐飾りとかあちこちについてて、派手だし少し変わっているが、サヤの格好は……どこかの制服か何かだろうか? 魔導師にも見えない。町中を歩いていても不思議ではない普通の女の子だ。


 僕の姿をじろじろと確認してカイザーが言う。



「《千変万化》、君は武器を持たないのかい?」


「それはこっちの台詞だよ」



 戦闘方面は二人に任せるつもりなのに……いや、それ以外もだけど。




「この《破軍天舞》の武器は踊りそのものだからね」


「私も、能力の発動に武器はいらない」




 ハンターは基本レベルに比例して装備も強力なものになるはずなのに――レベル8にもなると違うのか、あるいは《破軍天舞》と《夜宴祭殿リトル・ウィッチ》が特別なのか。


 だが、冷静に考えてみると、コードは二度も探索者協会と戦っているのだから、ハンターの来訪を警戒しているはずだ。奇しくも僕達のスタイルは潜入任務に持ってこいなのかもしれなかった。

 さすがのコードもこんな無防備にハンターがやってくるとは考えていないだろう。


 カイザーの後ろで、カイザーのホームの支部長とサヤのホームの支部長が難しい表情で話し合っている。


 と、カイザーの所の支部長が顔を上げ、僕の方に手招きしてきた。

 

 何か用事だろうか?


 無視できそうもないので、仕方なく近づくと、どことなく気が弱そうなカイザーの支部長が恐る恐る話しかけてきた。


「初めまして、《千変万化》。探索者協会ガリスタ支部の支部長、ウォーレン・コールです。この度は、我が支部のカイザーがとんだ迷惑を……」


「これはこれは……ご丁寧に」


 随分腰が低い支部長だな。

 面食らう僕に、ウォーレンさんはぺこぺこ頭を下げて言った。


「カイザーは、ガリスタでも、非常に、手を焼いていて……奔放なハンターなので…………だが、《破軍天舞》が、ガリスタ最強であることは、間違いない。今回の試験は、とんだ罠だったが……カイザーの実力は、他のレベル8にも引けを取らないはずです。恐らく、コード攻略にも役に立つ事でしょう。ただの馬鹿ではありません。少々彼の戦闘スタイルは目立ちすぎますが――面倒事を起こしそうになったら、殴って止めても構わないので、その、何卒、よろしくお願いします」


「あ、はい」


 僕を何だと思っているのだろうか……殴って止めるとか、絶対に無理だよ。


 続いて、サヤの支部長が前に出る。ウォーレンさんと違い、気の強そうな女性だ。厳格そうな顔立ちで、なんだか無性に土下座したくなってくる。



「探索者協会テラス支部支部長、コラリー・クロミズです。《千変万化》」


 

 その目つきは、眼光は、友好とは程遠かった。ウォーレンさんとは正反対だ。

 コラリーさんはじろじろと僕の全身を無遠慮に確認すると、早口で言った。


「サヤは、娘は、テラスになくてはならないハンターです。わたくし、このレベル9認定試験にあの娘を推した事を、後悔しておりますの。ですが、今更、止められはしません。あの娘もやる気ですし――ですので、貴方にお願いがありますの。依頼に失敗しても構いません、絶対に、サヤを、生きて帰してください。いいですね?」


「あ…………はい」


 まさか支部長から依頼に失敗しても構わないなんて言葉が出るなんて――隣のウォーレンさんも目を丸くしている。


 もしかしてサヤってそこまで強くなかったりする?


 僕の思考を読んだのか、コラリーさんが情感を込めて続ける。


「あの娘は、可哀想な子ですの。その異能の強さ故に皆から忌み嫌われ――あの娘の二つ名と能力名は、私が付けました。少しでも、恐れる者が、減るように、そういう願いを、込めて。誤解なさらないで、あの娘の『さらさら』は、極めて強力な異能です、私がこれまで出会ったハンターの中で一番ですわ。ですが――中身は、ただの女の子ですから、こうして、名高い《千変万化》に頼んでおりますの。貴方のこれまでの経歴を調べさせてもらいました。無名のレベル8だけでなく、正規の審査でもレベル9に届きうる程の実績を誇る《千変万化》が参加するのは、幸運ですわ」


「無名とは、酷い言い草だ。だが、もっともです。無名には無名なりの理由がありますからね」


 ウォーレンさんとコラリーさんが険しい視線をぶつけ合う。


 やれやれ、僕の評価高いなあ。評判よりもしっかり僕自身を見て欲しいものだ。



 ため息をついていると、ちょうどガークさんとセレンがやってきた。こちらに駆け寄るなり、セレンが興奮したように言う。



「ニンゲン! 私もコードに行きたいんですが、なんとかなりませんか? 精霊の力を借りて作られたユグドラと正反対といえる高度物理文明に興味があるのです」


「あー…………僕の代わりに行く?」


「こら、クライ! くだらん冗談はやめろ、セレン皇女が本気にするだろ! コードで万が一、傷でも負ったらどうするつもりだ!」


 ガークさんが被せるように怒鳴りつけてくる。

 いや、僕よりもセレンが行ったほうが成功率高いかもしれないし……何しろセレンは一人で転移魔法まで使えるわけで、僕よりもよほど適した人材である。


 そしてついでに、僕がそんな危険なコードに行く羽目になったのはガークさんにも責任の一端があるのだが――。


 

ガークさんの台詞に、セレンは何故か自信満々に言う。


「その心配はありません、ガーク。このニンゲンの作戦は周りの被害の大きささえ考えなければ完璧です。実際にこのニンゲンの作戦でユグドラが半壊しても死者は出ませんでしたよ」


「…………」



 クライ、てめえ、何したんだ? とでも言わんばかりの表情でこちらを睨みつけてくるガークさん。


 どうやらセレンにした口止めはまだなんとか働いているようだな。いつの間にか僕の作戦でユグドラが半壊している事になっているのが気になるけど、今は細かい事は言うまい。あれは全部ケラーが悪いんだよ。

 そして、ガークさんの事呼び捨てにする人、初めて見るかもしれない。右腕よりはマシになったのだろうか?


 ともかく、ガークさんに叱られる前にハードボイルドな笑みを浮かべて言う。



「三人でなんとか頑張ってくるから、セレンは待ってなよ。いつかまたコードに行く機会もあるだろうし」


「…………わかりました。仕方ないですね。私が《千変万化》の邪魔をするわけにはいきませんし……」


 いや、邪魔とかじゃないけどね……しかし、今回の依頼についての危険性はあの場で一緒に聞いていたはずなのに行きたいとは、ユグドラの皇女はアグレッシブだな。


 ガークさんは僕の目を見ると、いつも通りの調子で言った。




「《千変万化》、今更お前に言う事はないが――油断するなよ。ゼブルディアのレベル8ハンターの力を見せつけてこい」


「あ、はい……」



 他の支部長は皆自分の支部のハンターの事を心配していたのにガークさんときたら、まったく……。


 まぁでも、今回はレベル8が二人もいるからね。《深淵火滅》が二人仲間だと考えれば心配事なんて、攻撃の余波が自分まで届かないかどうかくらいだよ。

 今回は余計な事は余りせずに、カイザーとサヤに任せるつもりだ。きっとうまくいくだろう。



 関係者が揃ったところで、最後に審査会を仕切っていた議長が数人の職員と共にやってくる。

 議長は僕達の姿を確認すると一瞬眉を顰めたが、すぐに気を取り直すように頷いた。



「ふむ、予想以上に軽装だが――レベル8の実力を疑うつもりはない。今回は隠密任務だ、その格好の方が警戒されないだろうな。特に、《千変万化》、君の格好はとてもいい。何も武器を持たないよりも余程自然な格好だし、何より――取るに足らない男にしか見えない。《千変万化》の名は《破軍天舞》や《夜宴祭殿》よりも知られているが、まさか君のような男がレベル8とは思われないだろう。聞いていた以上の偽装能力だ」


「うんうん、そうだね……」



 これが偽装だったらどれだけよかったか…………素だよ! 素の弱さが褒められるハンターなど世界広しと言えども僕くらいしかいないだろう。



 しかも今回は宝具をろくに持っていない。セレンに返してもらっていないので、『快適な休暇』すらないのだ。


 持っているのはいつも身につけている物――結界指と『狗の鎖』、チョコレートしか入らない欠陥品の時空鞄マジッグ・バッグくらいである。

 必要最低限の道具はサヤとカイザーの時空鞄(サヤとカイザーはかなり高価な、ちゃんとした時空鞄を持っているのだ!!)に入れてもらっているが、歴代、レベル9試験を受けた事のあるハンター達の中で一番軽装の自信がある。



 議長の見る目のなさに半端な笑みを浮かべていると、議長が僕に三枚のカードを手渡してくる。


 ひんやりとした金属で出来た薄いカードだ。表面には見たこともない不思議な模様が描かれている。見た事もない文字だ。


 これが依頼に同封されていたというコードに入るためのカードか。


「例のパスカードだ。コードに元々存在していた都市システムが発行しているもので、現代文明では再現不可能な代物だ」



 カードは三枚とも同じ物のようだった。それぞれサヤとカイザーに渡す。



「かの国と今も交流があるのは――裏に属する者だけだ。盗賊団に、秘密結社、レッドハンターに裏の仕事を仲介する斡旋所。コードはそういう表に出られない連中と取り引きし、外の情報や物資、あるいは人間と引き換えに高度物理文明の遺物を渡す。依頼に同封されていたそのカードはそういった連中がコードに入る際に利用されているものらしい」


 交流があるのは裏に属する者のみ、か。初代の王がレッドハンターだっただけの事はあるというかなんというか……コードは僕が考えていたよりも文明的な国ではないのかもしれないな。

 サヤがその言葉に対して確認する。


「身分証明書の確認などはしていないの?」


「していないようだ。そもそも他国の発行する身分証明書を提示したところで国交を閉じている彼らには真偽の確認ができないしな」


 大抵の街では入る際に身分証明書の提示が求められるものだが、そう言えばユグドラに入る際にも出さなかったな。

 完全に孤立している都市というのはそういうものなのかもしれない。


「そのカードについては、我々も調査した。コードは外から人材を求める際にカードを発行し、交流のある各組織に渡す。その組織は要求に適した人材を選びカードを与え、コードに送り込む。そのカードを持っている事自体が身元をある程度保証しているというわけだ」


 レベル8が三人。万が一、任務に失敗すれば大問題だ。

 その情報を調べるのも容易ではなかっただろう。その淀みのない答えからは、この依頼が送られてから、探索者協会が事前にできる限りの事をした事が窺えた。


 議長の言葉を受け、カイザーが疑問を投げかける。


「……しかし、それなら潜入の人数を増やすのも可能なのでは? 裏の連中のために発行されたカードを奪えばいいじゃないか」


「その手も考えたが……コードは彼らにとって大切な取引相手だ、カードの取り扱いには細心の注意を払っている。カードが奪われれば即座にコードに報告が送られるだろう。そうなればコード側の警戒も強くなる」



 カイザーは納得したように頷くと、にやりと笑って言った。



「なるほど、つまりは、送られてきたカードを使い、そういった連中に紛れる形で正面からコードに潜入するのが、最も怪しまれない、安全な潜入方法という事か」


「…………《破軍天舞》、君は本当に察しがいいな」



「なに、考えればすぐに分かる事さ。正体不明の依頼者から送られてきた怪しげなカード。孤立した都市に怪しまれずに潜入するなど、探索者協会も無茶を言うと思っていたが――都市の出入りの管理が甘く、何人も都市に入る者がいるのなら、なかなか悪くない方法だ。問題はこの《破軍天舞》の内なる輝きが賊共の中で目立ちすぎないか、だけだな」



 確かに、そういう連中に紛れるにはカイザーは浮きそうだな。サヤもだけど。


 潜入任務……改めて考えてみると、《嘆きの亡霊》が一番苦手とする部分かもしれない。

 だが、今回に限って言えばラッキーだ。戦いが絡まない部分ならば僕でも役に立てる事はあるだろう。




「君達には乗合馬車を使ってコードに向かってもらう。裏の連中が共同で運営しているコードに向かう唯一の手段だ。潜入後の動きについては現地の状況を見て臨機応変に行動してもらうが…………まずは依頼人とコンタクトを取ってもらいたい。コード内部の状況を教えてくれるはずだ」

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