311 精霊人の呪い
状況を整理する。事件を捜査していた騎士の人達は僕がレベル8ハンターだと知ると、事細かに調べた内容を教えてくれた。
どうやら、これまで僕のところまで情報が来ていなかったのは、目撃者全員が石にされていたかららしい。
騎士団の大半が精霊人の呪術師を迎え入れるために動いていて不在だった事、呪いの事件の捜査で人手が足りなかった事も重なり、事態が知れ渡るのが遅れたようだ。
《剣聖》の道場は帝国でも重要な役割を持つ一派だ。騎士団の人手が不足した際など、魔物討伐や賊の討伐で度々動員されており、全滅したとなるとどんな影響があるかわからない。
どうやら、本部の道場にいた面々は全員もれなく石にされたらしかった。あの呪いの精霊人(エリザはシェロと呼んでいた、か)はよほどルークの蛮行に耐えかねたようだ。
石像を一つ一つ確認する。その中には、以前ルシアに見惚れていた男も含まれていた。
しげしげとその険しい表情を確認してため息をつく。
「しかし、まさか石になるとは……」
「幻獣の使う石化の能力とは…………違うみたいですね。ルークお兄さま程の人に通じるなんて……」
ティノが青ざめた顔で石像を観察する。
コカトリスなど、幻獣魔獣の中には相手を石にする能力を持つ者が存在する。だが、そういった魔物は本当に一握りだし、マナ・マテリアルの吸収による耐性の強化はその状態異常が致命的であればあるほどされやすく、ある程度レベルの高いハンターならば石化など効かない。
それが、あの名高い《剣聖》の一門が全員石にされるとは、半ば信じられない話だ。
「メカニズムによって治療の方法も変わるはずです。絶対、治療できるはずです。ポーションとか、魔法でも――聞いたことが、あります!」
リィズはアンセムを呼びに行き、残されたティノが必死に慰めてくれる。
だが、僕は突然石像を目の前に並べられ、まだ実感が湧いていなかった。
トレジャーハンターになってから散々な目に遭ってきたが、石化というのは初めてだ。
ルークのすぐ近く、剣を構えたまま石になってしまった《剣聖》を確認する。
当然だが、ソーン・ロウウェルの石像は非常に精巧だった。もともと、あちこちの道場に石像が立てられている有名人ではあるが、僕がこれまで見てきたどの石像よりもできが良い。他の石像は作り手による美化が入っているはずだが、迫力が違う。
だが、こうして眺めていると少しだけモヤモヤが湧いてくる。
僕は《剣聖》の力を信じていたのだ。彼ならば呪いも切れるかもしれないと、期待していた。それが、何もできないどころか石にされてしまうとは、とても口には出せないが、もうちょっと活躍してもいいのではないだろうか?
そのかっと見開かれた眼を見ながら、小さな声で言う。
「…………呪いに打ち勝ったって聞いてたから期待してたのに……」
「!? あ、あのー…………ま……ますたぁ?」
ただ意味もわからず逃げ続けた僕が言えた事ではないけどな。
まぁ、石になってしまったものは仕方ない。アンセムの魔法かシトリーのポーションでどうにかなるだろう。
あるいは、精霊人の呪いにやられたんだから、精霊人に聞けばなんとかする方法もわかるかもしれない。
マスクをつけたルークの像をぺたぺたと触る。つるつるした冷たい感触に、僕は大きく深呼吸をした。
やばい、今更実感が湧いてきた。ちょっと吐きそう。
「ルークがクールになってしまった……」
「…………あ、あれ? ますたぁ、ルークお兄さまから何か聞こえませんか?」
「え……?」
ティノの言葉に目を見開き、ルークをじっと確認する。耳を澄ませると、小さい音だが、確かに何か不思議な音が聞こえてきた。
声などではない。腹に響くような重低音だ。耳を近づけるが、音の源はルークの石像で間違いない。
「…………何の音でしょうね?」
「石化したの、ルークだからなあ……」
昔からルークは破天荒なところがあるから、何があってもおかしくはない。
心臓の音? 呻き声? 怒りの声? 割ってみるわけにもいかないけど……。
と、そこで僕は、ティノが抱えるように持っている大きな杖に目をつけた。
『
通称『通訳杖』と呼ばれているが、厳密に言えばこの杖がやってくれるのは通訳ではない。
この杖の効果は言葉の解析ではなく、音が内包する意味の伝達なのである。だから、文章などは翻訳してくれないし、音に何の意味もなければ効果はない。
みみっくんやかーくんには効かなかったが、このルークの中から聞こえる音にルークの意思があるのならば、この杖は正確にそれを伝えてくれるはずだ。
杖を受け取り、ティノの真剣な視線にさらされながら宝具を起動する。僕の期待通り、響き渡る音からルークの意思が伝わってくる。
そして、眉を顰めたその時、リィズがアンセム達を連れて駆け足で戻ってきた。
珍しい事にエリザ含めた《
「クライちゃん、全員連れてきたよ!」
「………………うん」
頷く僕の近くに、皆が小走りで近寄ってくる。
シトリーが石像達を見ると、口元を手で押さえわざとらしく驚いた。
「あらあら…………まさか、《剣聖》門下が全滅するなんて――」
「うーむ…………」
「…………なんでルークさん、檻の中に入ってるんですか?」
ルシアの呆れたような声。知らないけど、ルークだからな…………そして誰も余り心配していないね。
手足が吹っ飛んでも魔物に呑み込まれても生きている男な上に、今のルークはマナ・マテリアルを大量に吸っている。攻撃力特化みたいな感じなのに今まで平然と切り抜けてきたのだ、彼の力は僕含むパーティメンバー達が一番知っている。
相変わらず怠そうなエリザが前に出て、じっと石像を検分する。宝石をどこかに持ち帰りたいと言っていたはずだが、まだ帝都を出ていなかったらしい。
「…………呪いで石化しているから、解呪で解ける…………はず」
「アンセム、よろしく頼むよ」
「うむ……」
フランツさんが戻ってくる前に治療しないと…………ルークはともかく、《剣聖》が巻き込まれて石化したなんて知られたら色々な意味で面倒な事になってしまう。
僕の言葉に小さくうなずくと、アンセムは腕を持ち上げ、解呪の呪文を唱えた。
長年に亘る過酷な冒険の末に研ぎ澄まされた癒しの力が道場内の石像達に降り注ぐ。きらきらと舞い落ちる光が灰色の石像に浸透していく。
その神秘的な光景に、入り口で道場の封鎖をしていた騎士の人達が息を呑む。変化はすぐに訪れた。
剣士達の像の色が、光が触れた場所を始点にみるみる変わっていく。頭の先から、足の先まで、元に戻るのに一分もかからなかった。
一気に息遣いが増える。肉の身体を取り戻した剣士達がふらつき、地面に跪く。
「ッ……は、はぁ、はぁ」
「ッ……あ…………た、助かった――一生石のままかと……」
大きく深呼吸をして、手を開閉する剣士達。まだ動揺しているようだが、しっかり意識もあるようだ。さすがアンセム、頼りになる。
生きていてよかった。直接手を下したのは僕ではないとは言え、これで死人でも出たら寝覚めが悪すぎる。
ほっと胸を撫で下ろしていると、色を取り戻したソーンさんがやってきた。門下生と比べて、さすがに落ち着いた様子だ。
聳えるようなアンセムに一切萎縮した様子もなく、押し殺すような声で礼を言う。
「助けられたな……感謝する。よもや、あのような術がこの世に存在しようとは、な。何の前触れもなく全員の肉体を石に変えるとは、恐ろしい力よ」
「うむ…………」
剣士というのは、単体戦闘能力は高いが、対応力では魔導師に大きく劣る。どれだけマナ・マテリアルを吸った化け物剣士でもそれは変わらない。もしも呪いを受けたのがルシアやシトリーの先生だったら食い止める事もできただろうか?
ともあれ、全員石にしてしまった理由の一端はこちらにある。慌てて声を上げながらアンセムとソーンさんの間にはいった。
「こちらこそ、助けが遅れてしまい申し訳ない。まさか石化とは――」
頭をぺこぺこさげる僕に、ソーンさんの表情がアンセムに向けられていた申し訳なそうなものから一転、苦々しげなものに変わる。
「………………そうか…………ところで、期待に応えられなくて、悪かったな?」
鋭い視線と声に背筋が伸びた。目を見開く。
あれ? もしかして、石になっている間も全部聞こえていたり?
………………無能とか言わなくてよかった。
「い、いやいや、無理もないよ。相手はかなり強力な呪いだったし、剣で立ち向かうのは相当難しいと思う。ルークもしっかり石になってしまったわけで――こうして皆無事石化も解けたんだし、ここは結果良ければ全て良しという事で」
「ッ…………あの呪いは、どうなった?」
「………………いや、まぁまぁまぁ――」
そう睨まないで。ソーンさんで対応できなければどこの剣士が対応できるというのか?
その射殺すような視線に耐えきれず、アンセムの後ろに隠れる。と、その時、シトリーが叫んだ。
「大変! ルークさんが、回復していません! お兄ちゃん!」
「!? うーむ……」
慌ててそちらを見る。シトリーの言う通り、ルークは石のままだった。しっかりアンセムの魔法を浴びたはずなのに、指先一本すら回復する気配がない。
アンセムが再び解呪の魔法をかける。神の威光を感じさせる白い光がその灰色の身体を照らしそして――やはり何も起こらなかった。
エリザがのそりと前に出ると、ルークの頭に触れる。
「相当強力な呪いを受けてる。人間じゃまず解けない」
「…………あの呪いを怒らせたのは、ターゲットだったのはルークだ。儂達は余波を受けたに過ぎん」
その言葉に、ソーンさんが眉を顰める。
なるほど……それは、謝るべきなのだろうか?
まったく、《剣聖》よりも警戒されるとはさすがルークだ。まぁ、あの呪い、かなり怯えていたしな……。
エリザが顔をあげ、眠そうな目つきで僕を見る。
「呪いに存在を完全に蝕まれる前に、解呪する必要がある。精霊人の――特級の呪術師の力が必要。ちょうど戻らないといけないし、一緒に私達の国――ユグドラに来るといい」
結局、精霊人の呪術師の力を借りないといけないのか…………仕方ないけど。
と、エリザの言葉に、ルシアが目を瞬かせた。
「ですが、精霊人の国って酷く排他的なのでは? 人間は入れないと聞きましたが――それに、ラピス達が呪術師を連れてきてくれる予定で……」
精霊人の国。存在は聞いた事があっても、実際に行った人は見たことがない国ナンバーワンだ。もちろん、僕達だって行ったことはない。
精霊人は我欲が薄く権力にも興味を持たず、貴族や大商人でもそう簡単に入ることはできないと聞く。
ラピス達が呪術師を連れてくる予定なんだし、それを待ったほうがいいのではないのだろうか?
ルシアの問いに、エリザはしばらく沈黙していたが、首をふるふると横に振った。
「…………シェロの呪石があれば入れてくれる。それに、ルークは一刻も早い処置が必要」
「…………シェロの呪石…………?」
ルシアがじろりとこちらを見る。僕は何か言われる前に、手を大きく打った。
「不幸中の幸いだな。よし、じゃあさっさとルークの石像を運んで治してもらおうか」
まぁ、あの呪石がなければそもそもルークが石になる事もなかったのだが――まあもう石になってしまったのだから、文句を言っても仕方ないだろう。
そして、あの宝石についても、持ってきたのはヒューだ。僕が怒られる筋合いはない。まぁ、町中練り歩いたのは僕だけど……。
笑顔で誤魔化そうとする僕に、ルシアが眉を顰める。
「なんでルークさんが石になったのにいつもと変わらないんですか、リーダー」
「ただ身体が石になっただけだよ。ルークはルークのままさ」
「なるほど…………ますたぁ、深いです」
「うーむ」
ハードボイルドを装う僕に、ティノが小さく称賛の声をあげる。
別に深くはない。普段ならば、僕だって一人だけ石化が解けなかった時点で動揺している。
単純に、『
ルーク・サイコルの石像から鳴り響く音は言っていた。
『呪い斬る! 呪い斬る! 呪い斬る! 呪い斬る! 呪い斬る! 呪い斬る!』と。
これではルークの心配をする方が難しいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます