221 愛好会
やはりルーク達が一緒だと安心感が違った。襲いかかってくる魔物など、普通のトラブルを蹴散らしながら目的地に向かう。
いい出会いもあったし、もしかしたら今回こそは……運がいいのかも知れない。
襲い掛かってきた狼を数倍にしたような魔獣を木刀で斬殺したルークがしみじみと言う。
仮面を被っているので表情は見えないが、その口元が笑みを浮かべている事は想像に難くない。
「やっぱりクライがいると違うな……」
「!? 何が違うの?」
「大した敵じゃないが、武帝祭の準備運動には悪くねえ」
「……うむ」
うちのクールじゃない方の《千剣》の言葉にアンセムがいつものように威厳を感じさせる所作で頷く。ねぇ、何が違うの?
僕がいない時のルーク達がどうしているのか少し気になるが……ルーク達は毎回冒険に出るたびに一緒に来ないか確認にくるので、そこまで迷惑を掛けているわけではないはずである。
そこで、何語で書いてあるのかすらわからない本を読んでいたルシアが僕の心を読んだかのように顔を上げ、ジト目で僕を見た。シトリーが場を和ませるようにぽんと手を打つ。
「まぁ、エリザさんがいませんが――これだけ揃っていたら、大抵の事は大丈夫でしょう。大抵の事はもう経験しましたしね」
「ティーを連れてくればよかったぁ……クライちゃんが急ぎとかいうからぁ。つまんない」
リィズがごろりと転がり、拗ねたような口調で言う。今日のリィズはじゃんけんで負けて戦闘に参加させてもらえなかったのだ。魔物の取り合いをするパーティなんて多分、うちだけだろう。
《
§
武帝祭は知名度の高い祭りである。トレジャーハンター全盛期のこの時代、あらゆる分野の人々がトレジャーハンターに――より正確に言えば、宝物殿から宝具を持ち帰り、強力な幻影や魔獣を撃退出来る強力な戦士に注目している。自ずとその賑わいは、帝都で行われたオークションをも凌ぐものになる。
街道を進むにつれて、おそらく僕達と目的地が同じであろう馬車と出会う機会も増えてきた。
武帝祭目当てに集まるのはハンターだけではない。貴族や商人などはわかりやすい方で、ハンター顔負けに人相の悪い正体不明の集団やどう見ても一般人に見えるのに護衛を一人もつけていない無謀な馬車など、見ているとこの世の混沌を覗いている気分になってくる。
と、そこで僕は、馬車の隣を歩くアンセムに聞いた。
「そういえば、アンセムも武帝祭には出るの?」
「…………うむ」
宝具の全身鎧に身を包んだ頼りになる聖騎士が小さく頷いた。
馬車は多いが、今のアンセムは目立たない。
アンセム・スマートの身長は今、普段の半分以下――二メートル程まで縮んでいた。酷く窮屈そうだが、《嘆きの亡霊》で一番常識人である彼は周囲にいたずらに混乱を与える事を望んでいないのだ。
アンセムの持つ全身鎧型の宝具――『
『
マナ・マテリアルの力もあり、常人離れした巨体で大抵の装備が入らずずっと不便していたアンセムにはピッタリの宝具だ。その宝具をアンセムに贈った帝国の教会もきっと同じ事を考えたのだろう。
そして僕は、アンセムからその鎧を見せてもらって、思ったのである。
――これ、着た状態で小さくしたらどうなるのだろう、と。
普通に考えたら、圧縮されて死ぬだろう。だが、宝具はそもそも非常識な存在なのだ。
果たして、度重なる宝具遊……検証の結果、『
『
こうして、アンセムは、鎧を脱がない状態ならばという条件はあるが、注目されずに大通りを歩けるようになった。
といっても、彼はちょっと大きいだけで、何ら卑下するところのない最強クラスの聖騎士だ、帝都では有名だし身体を小さくする必要がある事など滅多にないのだが(ちなみに、この宝具はフルフェイスの甲までかぶらないと力を発揮できない)、こういう時には役に立つ。ちなみに、サイズは調整できても重さは変わらないので注意が必要だ。
アンセムは聖騎士だ。聖騎士の役割はいざという時に前に出て人々を守る事で、治療魔法の腕前も卓越している彼は帝都で絶大なる信頼を誇っている。真面目なので目立たないが、パーティ内で次にレベル8になるのは間違いなく彼だろう。
「参加者じゃなくても、つえーやつがいっぱい来るんだろ?」
「いい成績を残せば目をつけられるらしいですからね」
血気盛んなルークに、シトリーが火に油を注ぐような事を言う。世紀末かな?
観戦に行こうと言い出したのは僕だが、もしや武帝祭って危険なのだろうか? 高レベルハンターが好戦的とは限らない事はアークなどを見て知っているが……冷静に考えてみれば、自ら覇を競おうという奴らが集まっているのだ。
……アンセムに言って、率先して喧嘩を売りにいかないように注意せねば。これ以上悪評が広まるのは勘弁だ。今回はなるべく顔を隠す事にしよう。
仮面を被る者は少数だがいないわけではない。目立つのは嫌だが顔を知られるのはもっと嫌だ。
シトリーの言葉の正当性を証明するかのように、辿り着いた街は街全体が奇妙な熱に覆われていた。
ルーク達に周りを囲まれ、仮面を被ったまま街を歩く。先頭に立つのはアンセムだ。小さくなっているといっても大柄なハンターくらいの身長はあるし、全身鎧を身に纏ったその威圧感は尋常ではなく、近づいてくる者はほとんどいない。
外を歩く時はびくびくしている僕もアンセムに守られた状態ならば大手を振って振る舞うことができる。
「ねぇ、今回の出場者で、一番強いのって、誰だと思う? あ、私を除いて、ね」
「剣を持ったドラゴンの出場者だ。きっといるはずだ。クライがいるんだ、きっと出てくるはずだ。こいッ! 剣を持ったドラゴンの出場者、来いッ!」
「んー、それまでの戦いでの消耗具合によっても勝敗が決まったりしますからねえ。清廉潔白な人間ばかりではないので暗闘もあるらしいですし……」
シトリーが思案げな表情でいう。落ち着いているように見えるが、彼女も錬金術師なのに武闘大会に出ようとしている事を忘れてはならない。僕は拳を握り、とりあえずハードボイルドに言った。
「暗闘か……わくわくさせてくれるぜ。矢でも鉄砲でもドラゴンでも持ってこいッ!」
「リーダー、何言ってるんですか……」
「いや、皆にあわせておこうかなーと思って」
ルシアの白い目も何のそのだ。臆病者でも外野からならなんとでも言えるという証左である。
町中はお祭りの最中のように賑わっていた。屋台も幾つも出ていて、そこかしこから美味しそうな匂いがしていて、ついつい視線が取られてしまう。
と、その時僕は気になる屋台を見つけた。
チョコレートとアイスクリームで出来たドラゴンをずらーっと並べていた屋台だ。
帝都ではまず見られないタイプの食べ物だが、チョコレートとアイスクリームの組み合わせがまずいわけがない。思わず立ち止まる僕を、ルシアがジト目で見上げる。
「どうかしましたか? リーダー」
ルシアは金銭感覚がパーティで一番まともだ。無駄遣いをする度に小言を言われてきた。
うんうん、そうだね……借金があるからだね。
「…………ちょ、ちょっと行ってくる。ここで待ってて」
「え? あ、はい……」
まーなんだかんだ許してくれるから買いに行くんだけどね。借金はたっぷり残っているが、不思議なことに財布の中身は充実している。
変わったお菓子を買うのも旅行の楽しい部分だ。そうだ、スマホのカメラで写真を撮って送ってやろう。
人通りを避けて屋台に意気揚々と近づく。と、そこで僕は裾を引っ張られた。
振り返る。袖を引っ張り僕を止めたのは、神官が着るような法衣を纏った、整った顔立ちをした女だった。
薄水色の長い髪に――年齢は僕よりも幾つか下だろうか、揺蕩うような視線と雰囲気はどこか超然としたものがある。もちろん、見覚えはない。
「何か?」
「こちらへ」
「え?」
一言だけ返され、神官が混乱する僕の手を引く。力は強くはないが、僕の力はもっと強くないのでそのまま引っ張られてしまう。
戸惑っている間にも少女はどんどん人混みをかいて進み、屋台の前を通り過ぎ、そのまま細い路地に連れ込まれる。
最後に後ろを見た僕の目に入ってきたのは、ぽかんとした表情でこちらを見るルシアだった。いつも誘拐されたらなんだかんだ言いながら助けてくれるルシアだが、どうやら今回のは誘拐判定されなかったらしい。
てかこれ、あまり暴力的ではないけど、誘拐じゃね?
いや、誘拐犯というのはあまりに飛躍しすぎだとしても――。
「あの……人違いじゃ――」
「いえいえ、人違いではありません。どうぞこちらへ」
絶対人違いだろ。僕はあまり記憶力はよくないが、さすがに変な奴の事は忘れない。
だが、目の前の誘拐犯は一切、聞く耳を持っていないようだ。
「…………ドラゴン食べたかったのに」
「用意します」
マジか……用意してくれるのか。
連れ込まれた建物と建物の間。細い路地はにぎやかな表通りと一変して、人っ子一人いなかった。治安はそこまで悪くなさそうだが、一人なら間違いなく通らない、そんな道を、しかし謎の神官はするすると進んでいく。
そして、道の半ばまで来たところで――ふと扉が開いた。僕は建物にぼろぼろの扉がついていた事を、その時初めて知った。
開いた扉の中に極自然な動作で少女がするりと滑り込む。手を掴まれているので当然僕も滑り込んでしまう。
「??????」
「どうぞこちらへ」
「?????」
廃墟のような屋内を躊躇いなく進み、ふと現れた地下の階段を下る。それにふらふらついていく。
明かりはないが、掃除はされているのか不思議と嫌な匂いなどはしない。
地下にあったのはここまでの通路からは想像できない頑丈そうな金属の扉だった。
謎の少女がこそこそと扉の向こうに何事か言う。がちゃりと重い音が響き、鍵が開く。
「どうぞこちらへ」
言われるままに部屋の中に入り、僕は広がった光景に思わず目を見開いた。
広い部屋だった。無数の蝋燭が壁際に立ち並び、ぼんやりとした光で闇を晴らしている。
だが、僕が思わず立ち止まってしまった理由は――部屋の中に並んだ無数の影だった。
性別年齢不詳。こんなに沢山いるのに息遣いすら聞こえず、そして何より奇怪なのは――それぞれが、狐の面を被っていることだ。
市販品のようで僕が持っているものとはデザインが違うが、太った狐に赤い狐、笑っている狐など、よくもまあここまで集めたものである。
僕はそこで全て理解して、指を鳴らした。
「やはり、人違いのようだ。僕は狐面をしているが、狐面愛好会のメンバーじゃない」
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