219 逃げ続ける男②

「なんで街って、よく燃えるんだろうね」


「まったく、防火対策がなってないと思います。でも、防火対策ってただの火事は防げても放火は難しいですからね……」


 シトリーがにこにこと言う。今浮かべるべき表情ではないと思うのは僕だけだろうか。


 急速に集まった雨雲により、炎は瞬く間に消えていた。ルシアの力だろう。

 雨を呼ぶ事がどれほどの難易度なのかは知らないが、ルシアの使える魔法のラインナップは見る度に増えている。


 僕は馬車でとことこと皆が先に行ってしまった街に向かいながら、ふと良い事を思いついた。


「雨を降らせられるのなら、嵐を止める事も可能なのでは?」


 雨男卒業である。僕の言葉に、僕のお世話をするためだけに残ったシトリーちゃんが花開くような笑みを浮かべて、両手を合わせる動作をした。


「素晴らしい。修行ですね!」


 ……言うのはやめておこう。


 さて、炎はどうにかなったようだ。負傷者もアンセムがどうにかしてくれることだろう。問題はルークやリィズである。彼らには一般市民に攻撃を仕掛けないよう言いつけてあるが、何をしでかすかわからない。だが、中に入らないといざという時に止められない。

 中に入る前にシトリーが言う。その顔には《嘆きの亡霊》のシンボルが被せられている。


「クライさん、仮面を……」


「ん……ああ……」


 シトリーたちはしょっちゅう被っているかもしれないが、僕は最近被っていないので忘れていた。

 被ると前見えないんだよな……でも、顔を見られたらもっと面倒な事になる可能性がある。

 今思えば、顔を隠せるという意味でうちのシンボルを仮面にしたのは英断だった。目の穴を開け忘れていなければ完璧だった。


 大きくため息をつくと、荷物を漁る。そして、目を見開いた。

 シンボル、忘れてしまった。まいったな、僕は一応……リーダーなのだが。


 狐の仮面しかないやんけ。


 僕はため息をつくと、何故か荷物に入っていた狐の仮面を取り出し、被ってみた。

 シトリーを振り返り尋ねる。


「どう?」


「わぁッ! とっても素敵ですッ! いい感じだと思います!」


 仮面を被ったシトリーが拍手してくれるが、その甘さが僕をダメにするんだよ。というか、なんでその状態で僕の姿見えてるの? おかしくない?

 進化する鬼面も持ってきたが、あれは流石に駄目だろう。へんにょりしてしまう。


「その狐の面、前見えるんですか?」


「見えるわけないじゃん。目の所に穴空いてないでしょ」


 流行りかな? シトリーが手を差し伸べてくる。手を握って先導してくれるという事だろう。

 だが、僕にはこういう時のための切り札があった。仮面を一旦外し、持ってきた宝具コレクションを漁る。

 鞄の中から取り出したるは――ペンダントだ。銀の鎖に大きな目を模した意匠。


 これこそがペンダント型宝具――『第三の視界サードビジョン』である。


 これを使うことで僕は両目がふさがっていても、このペンダントの目が見た視界を得ることができるのだッ!! そう、もう僕はシトリーやルシアに手を握られなくても仮面を被って歩けるのであるッ!(一億五千万ギール)


 ペンダントを首に掛けると、狐の面を被る。両目がふさがっているはずなのに、何故か前が見える。何度使っても不思議な気分だが、前が見えないよりもずっと良い。


 いつまでも成長がないと思うなよ。意気揚々と振り返った僕に、シトリーが小さな声で言った。


「余計なことしなくていいのに……」



§




 街が燃えていただけあって、出入り口も混雑していた。だが、うちのパーティはこういうのに慣れている。

 高レベル認定パーティの権力を使って速やかに中に侵入する。馬車をキルキル君に任せ、僕とシトリーは歩くことにした。仮面だと目立つので、なるべく細い道を選ぶ。


「どうやら、『人』みたいですね」


「人、か…………」


 まだ竜や幻影よりはマシだなと思ってしまうのは、ついこの間ひどい目にあったからだろうか。

 大きな通りを何台もの馬車が駆けていく。ルーク達がどこにいるのかはわからないが、騒がしい所に向かっていけばたどり着くだろう。


「旅人に混じった賊が一斉に蜂起したらしいです。人数もそれなりにいたみたいですし、組織的な犯行ですね。ただ、ツメが甘かったみたいです」


 シトリーが一体誰目線で語っているのかわからないが、この街はあの温泉街よりもずっと大きい。こんな所を襲うのだから、もしかしたらあの盗賊団よりも大物なのではないだろうか。

 僕はわりと、もう好きにして、みたいな気分なのだが、シトリーは違うようだ。


「トレジャーハンターだって大勢いますし、話にならないです。街を燃やせるくらい人数がいるんだったらもうちょっとやり方があるのに、もったいない……」


「うんうん、そうだね……」


 だが、どうやら大した問題ではなさそうだ。

 ルーク達は残念だろうが、シトリーがそこまで言うならもう解決だろう。彼女の見込みが外れた事はほとんどない。


 雨に濡れ、路地をこそこそしながらリィズ達を探す。早く宿でもとってゆっくり眠りたい。

 と、その時、目の前数メートル――大きな通りの方で激しい破砕音が聞こえた。


 思わずびくりと身を震わせる。前を歩いていたシトリーがぴたりと止まる。

 まるで雷鳴のような怒鳴り声が空に轟いた。


「大勢でちまちま襲い掛かってきやがってッ! 臆病者に、この《破腕》のハンネマンがぁ、止められるかッ!」


 うっわ。


 地面が震え、耳が痛くなるような音が響き渡る。

 大きな通りの石畳が激しく破損しめくれ上がる。その真中にいるのは、アンセムの六割くらいの大きさの大男だった。


 手に握られているのは巨大な鉄の棒だ。ただし、太さは僕の腕程で、長さは二メートル近く、棒というよりは柱と言ったほうがいいかもしれない。

 まるで小枝か何かのように振り回しているが、僕の素の筋力ならば持ち上がりもしないだろう。


 一振りするたびに、追撃してきたハンターや衛兵が吹き飛ぶ。シトリーが冷静な声で言った。


「《破腕》……自称ですね。そんな二つ名をつけられた人はいません」


「ルークが昔自称してた《絶対神剣テスタメント・ブレード》と一緒か」


「ルークさんは今もそのつもりですけど……」


 だが、自称二つ名とか言っているが、かなりの腕前だ。怪力というのはそれだけで手がつけられない。

 何が気に食わないのだろうか。その場で止まった自称破腕が鉄柱を振り回し、建物を破壊する。


 今まで走ってたはずなのにどうして僕たちの目の前で止まるの? ねぇ?

 まだこちらを見ていないが、見つかるのも時間の問題だろう。そして経験上、見つかったら間違いなくひどい目に遭う。

 何しろ僕達は……仮面を被っていて怪しいわけで。昔からこのシンボルのせいで沢山襲われていたわけで。


 誰だよこんなおどろおどろしい仮面をシンボルに決めた奴は。


 僕がまだ落ち着いている理由の一つでもあるシトリーが尋ねてくる。


「どうしましょう?」


「どうしようねえ」


「おらおらおらッ! かかってこいッ!」


 自称破腕が叫ぶ。囲まれているにも拘らず、その声には一切怖れというものが見えない。

 この男を旅人と間違えて町の中に入れたのだとしたらそれは、この街の衛兵にも責任があるのではないだろうか?


 どうやらその暴れっぷりに正面から挑むのが下策だと考えたのか、衛兵達がじりじりと自称破腕を囲む。どうして目の前で包囲するのだろうか。そして、自称絶対神剣はまだだろうか。


 そんな事を考えた瞬間、不意に男が激しい光に包まれた。

 巨体が鉄柱ごと吹き飛び、自称破腕が、僕達が覗き見している路地のすぐ数メートル隣に叩きつけられる。

 衛兵の表情が驚愕に歪む。シトリーは黙っている。


 もしやルシアか? そんな淡い期待を抱いたその時、ふと、静かな足音が聞こえた。


 激しい雨が降る中、視界の悪い中、現れたのはルシアではなかった。その姿に、思わず息を呑み目を見開く。



 男は、黒い外套を羽織っていた。男はその手に一本の神々しい杖を握っていた。そして何より、男は――その顔を仮面で隠していた。



「仮面……?」



 骸骨の仮面だ。《嘆きの亡霊》のシンボルに少し似ているが、全く印象が違うのはデザインセンスが向こうの方が良いからだろう。『第三の目』は僕よりも視力がいいのか、向こうの仮面にはしっかり目の穴が空いているのが見えた。正直かなり羨ましい。


 男は、杖を強く地面に叩きつけると、雨の中でもよく通る声で言う。




「《破腕》……その程度、か。もう聞こえないだろうが――覚えておけ。我が名はクラヒ・アンドリッヒ! 《嘆きの悪霊ストレンジ・フリーク》がリーダー、《千天万花》のクラヒ・アンドリッヒだッ!」




 !?



 皆が、その姿に圧倒されていた。一撃で大男を屠る実力。堂々とした立ち振舞に見える確かなカリスマ。


『まさか……あれが……噂の《嘆霊》のリーダーか』『常に影に隠れ滅多に表に姿を表さない、帝都最強の男』『何故こんな街に――本物か!?』『向こうで《千剣》が現れたと言っていたぞ』


 衛兵たちがざわめいている。僕も雰囲気に飲まれ、ごくりと唾を飲み込む。


「あれが…………本物の《千天万花》!? 格好いい仮面じゃないか」


 そして、興奮する僕たちを置き去りにして、シトリーが冷静な声で言った。


「《千天万花》……そんな二つ名の人、いません。自称ですね」

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