216 部外者③

「え? そりゃもちろん……出場しますよ。まさかリーダー、私にだけ出場するな、と?」


 ルシアが眉を顰めて僕を見る。睨んでいるわけでもないのに、凄い眼力だ。

 クランマスター室から続く私室兼宝具庫で、僕はいつもどおりルシアに魔力のチャージを行ってもらっていた。


 最初は時間がかかりがちだったチャージも、いつの間にかスムーズに進むようになっていた。

 昔はチャージが終わった後は息も絶え絶えだったが、今では結界指を十七個チャージしても平気な顔をしている。


 ルシア・ロジェは卓越した魔術師だ。あらゆるジャンルの魔法を修め、帝国最強の魔導師の一人に選ばれかけた事もある。そして今も新たな魔法の開発に余念がない。兄として逆に心配になる事もある。


「確かに厄介ですよ。いくら会場が広いと言っても間合いは剣士の間合いですし、殺し厳禁ですから……誤って死んでしまうのは仕方なくても、あまり強力な魔法は使えませんしね」


 武帝祭は戦闘手段問わずなので当然魔法もOKだが、実は出場者のほとんどは近接戦闘職だ。

 会場は広いが、マナ・マテリアルを十分に吸った戦士にとっては数歩で詰められる距離で、強力な魔法を使うには詠唱や決まった動作が不可欠だ。上級の魔導師ならば、予備動作は限りなく小さくできるが、動作の省略は威力とトレードオフになるのでそれだって不利には変わらない。


 だが、ルシアはやる気満々のようだ。出場チケットをどうするのか謎だが、彼女は帝国の上層部の魔導師にも知り合いがいるようなのでどうにかするのだろう。

 彼女は意外と頑固だし反抗期なので僕にも止める事はできない。


 ルシアがチャージを終えた鎖の宝具を受け取り、うんうん頷く。


「うんうん、頑張ってね」


「は? なんで他人事なんですか?」


 え? そりゃ……他人じゃないが他人事だ。

 武帝祭は個人戦だし、僕がルシアの戦いに口を出せるわけがない。僕がルシアに勝っているのは年齢くらいだ。


「助言とかいる?」


「そんな事やる暇あるなら、自分の心配をしたほうがいいんじゃないですか?」


「悪かったよ、こっちは大丈夫だ。応援してるよ」


 だって僕はルシアやルーク達と違って出場したりはしない。さすがに出場者が観戦者の心配をするのはおかしいだろう。

 そして今回の武帝祭はただの闘技大会で、いつも命がけの戦いをしているのだからそれと比べれば安心だ。


「言っておきますが、今回は一対一の戦いですからね。リーダーの一番苦手なタイプの戦いでは?」


「え? いや、そんな事はないよ。一対一の緊張感、好きだな。もちろん乱戦とか派手な戦いも捨てがたいけど」

 

 やるのはどれも大嫌いだが、見るのはどれも大好きだ。

 だが、派手な戦いは《嘆きの亡霊》として活動していた頃に散々現場で味わっているので、見るのももういいかなーみたいな感はある。


 僕の答えに、僕の性格をよく知っているはずのルシアが眼を瞬かせた。



「……リーダー、何か勘違いして――」


 と、そこでふと軽快なメロディが聞こえた。僕は自分にできる最速の動きで、ポケットから最新式のスマホを取り出す。


「ごめん、ルシア。『めいる』がきた。早く返さないと……」


「……もう!」


 きっと高度物理文明の人間はこんな感じでスマホを使いこなしていたのだろう。


『めいる』とは相手に文章を送る実に便利な機能で、スマホの持つ多数の機能の一つだった。


 少し慣れた手付きでアイコンをクリックする。『めいる』は大量に届いていた。

 大半がよくわからない送り主からやってきたもので、文言もよくわからないものが多く、スマホの研究者の間ではスパムめいると呼ばれている。うかつに開こうとするとスマホが爆発するらしいので、気をつけねばならない。


 めいるの送り元は今もトアイザントで神様をやっているはずの妹狐だった。というか、僕のスマホの連絡先には未だ妹狐と兄狐しか登録されていない。


 『めいる』には画像が添付されていた。文章は一言、『育った』。添付されている画像は聳えるような巨大な木だ。

 まだトアイザントを去ってからあまり日が経っていないが、もしも妹狐がまだトアイザントのあの場所にいるのならば……もう砂漠の面影がないな。


「見て見て、こんなに木が育ったって」


「そうですか」


「早く返事をしないと……めいるは五分以内に返さないといけないんだよ。返せなかった場合は充電が切れてたって返さないといけない。そういうルールなんだ」


「そうですか」


 僕はすかさず『よかったね』と返信した。すぐにまた奇妙なメロディが流れる。


「あ、今度は兄の方からだ……やれやれ、人気者は辛いな」


「好きにしたらいいんじゃないですか。チャージは終わったんで、もういきますね」


「見てよ、ルシア。『彼らはとても活きが良い。危機感さんも見習うべきだ。これが人間だ!』だって! やれやれ、テルム達の方が活きがいいのは当然だろ! 返信しておこう。『持っていた宝具ください』……と」


 まだ謎な機能も多いが、スマホは素晴らしい。夢が広がる。

 パーティメンバーの人数分集める事ができれば、待ち合わせで会えなくて困る事もなくなるだろう。僕もこんなに便利な時代に生まれたかった。

 しばらく遠い時代に思いを馳せていたが、ルシアと会話の最中だったことを思い出す。

 視線を戻すが、その時にはもうルシアの姿は影も形もなくなっていた。ちっぽけなスマホを見下ろし、眉を顰める。




「なるほど……文明が滅ぶわけだな」




§



 どうやらルーク達は無事出場権を奪い取ったようだ。この世界で目的にまっすぐ進む脳筋程強い者はいない。

 

 ルーク達はどうやら武帝祭目指して猛特訓するようで、シトリーちゃんも何やら忙しそうにしている。僕にはあまり実感がわかないが、武帝祭というのは武人にとって晴れの舞台なのだろう。ルシアも新たな術の開発に余念がないようで、誰もやってこない日が続く。


 皇帝からチケットを貰うという大事を成した僕だが、ただ観戦するだけなのに準備が必要なわけもなく、クランマスター室でダラダラしながらスマホをいじったり宝具を磨いたり絨毯と遊んだりして日常を過ごしていると、エヴァが早足でやってきた。 


「クライさん、情報をまとめました。こちらをご覧ください。予選分からあります。《嘆きの亡霊》の分は抜いてあります」


 手渡してきたのは分厚いリストだった。出場者はまだ正式発表されていないので、武帝祭の開催者が使う内々の資料だろう。


「えー、いらないって言ったのに」


「いいから、見てください。気になる事がありまして――」


 面倒だな。明らかに機密な資料を持ってくるとは、エヴァは一体これまで僕の何を見てきたのだろうか。


 大きく欠伸をし、しかしエヴァの表情が険しいので仕方なくファイルを開く。

 中には参加者の詳細なプロフィールが含まれていた。僕の武帝祭観戦は突発的なものだ。エヴァの手も流石にそこまで伸びていないだろうに、この短時間で資料を手に入れるとは空恐ろしいまでの手腕である。


 ぱらぱらと流し読みする。僕はルーク達と違ってそこまで強者に興味はないが、そんな僕でも見たことのある名前がちらほらある。


「ん? 灯火も出るのか」


「まぁ、営業活動の一環でしょうね」


「これは応援しないとな……」


「……」


 灯火はパーティ、《灯火騎士団》の団長もといリーダーである。凄腕の戦士でもあり、国内外に名前が轟いているらしいが、あいにくあまり帝都にいないので僕はよく知らない。

 しかし、ルーク達も含めると、一つのクランからここまで沢山の出場者が大会に出るなど、滅多にない事ではないだろうか。とても楽しみだ。きっと、試合の結果がどうなっても内部でギスギスしたりはしないだろう。



「いい試合を見せてくれればいいんだけど」


「クライさん、本当に貴方、余裕ですね」


 エヴァが呆れたような声をあげるが、さすがに臆病な僕も観戦を怖れたりはしないのである。

 ふんふん鼻歌を歌いながらページをめくり続けていく。と、そこで、ふと気になる単語が目に入ってきた。


 手を止め、目を見開く。エヴァが固唾を呑んでこちらを見ている。


 そこにあったのは、一人の出場者――ハンターの名前だった。目を擦り何度か見直すが、目の錯覚ではない。

 


 僕は思わず笑みを浮かべた。






「ん……? 《嘆きの悪霊ストレンジ・フリーク》のリーダー……クラヒ・アンドリッヒ……? ぷっ……奇遇だな」




 エヴァが言った気になる点ってこれか。これは確かに気になるな。


 あいにく資料に写真は載っていないが、名前だけだったら僕そっくりだ。パーティ名まで似ているともなれば、凄い偶然である。

 これで顔もそっくりだったら――多分あっちが本物だろう。僕はにやにやしながら、資料を返した。



「ありがとう、エヴァ。久しぶりに笑ったよ」


「え……えぇ……」


「そうだ……良い事考えた」


 ルーク達にも教えてあげよう。きっと笑ってくれるに違いない。

 トーナメントのカードにもよるが、もしルーク達とクラヒが戦う事になったらそれはもう最高のカードだろう。このクラヒがめちゃくちゃ強かったらそれはそれで面白い。酒の席で鉄板のネタになる。


 まだにやにやしながらくだらない事を考えている僕を、何故かエヴァは不安げな表情で見ていた。



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