214 部外者
呼び出しに応じる前の気分から一転し、機嫌よくクランマスター室でうだうだと宝具を磨く。
機嫌がいい理由は皇帝陛下から褒美でもらったプラチナチケットだ。
プラチナチケットは白銀色の金属のカードだった。表面には交わる剣と杖が描かれている。さすが名高い武帝祭、入場チケット一つとってみても普通ではない。
そしてついでに、フランツさん曰く、このチケットは特別な物らしい。さすが大国の皇帝である。VIP待遇なのだろう。
席番号のようなものは書かれていないが、受付に見せれば案内してくれるようだ。
いつも皆に迷惑をかけてばかりで何も返せていない。だから、今回のように何かお返しできそうな時が来ると嬉しくなってくる。
まぁそもそも今回の報酬も僕がもらうべきものではなかったが、まぁ陛下がくれるというのだから野暮なことは言うまい。
鼻歌を口ずさんでいると、目ざとく僕の変化に気づいたエヴァが聞いて欲しかった事を聞いてくれる。
「随分機嫌がいいですね……」
「じゃーん、エヴァ。これがなんだか分かる? 護衛の報酬で貰えたんだ」
さっと白銀色のカードを取り出す。エヴァの目が丸くなる。
「!? もしや、武帝祭のチケットですか!? ……これはこれは……」
エヴァが僕とチケットを交互に見る。さすが情報通のエヴァ、何も言わずとも状況を察したらしい。
「……クライさん、そういうの嫌いでは?」
「いやいや、そんな事ないよ。一度くらいは見てみたいと思ってたんだ。しかもこのチケット、信じられないかもしれないけど――何人でも観戦できる特別なチケットらしい」
「はぁ…………まぁ、武帝祭は名誉ある祭りですからね。友人や家族を呼ぶ闘士も多いらしいですし」
エヴァが腑に落ちないような表情で小さく何か言っている。
まぁそんな事はどうでもいい。僕はいつもクランに貢献してくれている副マスターに確認した。
「エヴァも来るよね?」
「…………え? …………本当に行くんですか? クライさんが? 武帝祭に?」
エヴァの目は半信半疑だった。そんなに驚くような事だろうか?
そりゃ僕はこれまで争い事をなるべく避けて生きてきたが、強者に興味がないわけではない。僕だってもともと英雄を目指していた男なのだ。
久しぶりにハードボイルドを気取って言う。
「ルーク達もずっと気になってたらしいからね。高名な武闘大会だ、一度顔を出すくらいはしてもいい」
「…………はぁ。クライさんがそういうのなら、もちろん、応援に行きます」
誰か応援したい人でもいるのだろうか。僕はいない。何しろ、誰が出場するのかも知らないくらいだ。
そこで、エヴァがナイスな提案をしてくれた。
「ついでに、クランの皆にも来てもらうのはどうでしょう? こんな機会、そうありませんし……ティノさんとか大喜びでしょう」
「いいね。何人でも観戦できるって言っても限度はあると思うけど――そうだ、もしかしたらうちからも出場する人がいるんじゃない?」
アークを筆頭として、うちのクランには腕利きのハンターが大勢いる。誰かしらが武帝祭に出場したとしてもおかしくはない。
「話は聞いていませんが、確かに可能性はありますね。武帝祭は出場者も膨大ですから…………問題ですか?」
「とんでもない。応援しよう、うちのクランから優勝者が出たら凄い名誉だ」
「?? そ、そうですね……なんか話が噛み合ってなくないですか?」
「え? ……そう?」
噛み合うもなにも、幸運にも武帝祭のチケットが手に入ったから皆で見に行こうという、ただそれだけの話である。逆に噛み合わないパターンを見てみたいくらい単純な話だ。
エヴァは珍しく最後まで腑に落ちなそうな表情をしていたが、自分を納得させるように頷いた。
「ま、まぁ、クライさんがそう仰るのならば……」
§
ルークは地下の訓練場で、競売でシトリーが落としたゴーレムと遊んでいた。
チケットを見たルークの反応は僕の予想通りだった。目を見開き、食い入るようにチケットを見つめ、叫ぶ。
「クライ、あの武帝祭に出るのか!? いつの間に……」
「皇帝陛下にお礼として貰ってね。ルークも見に行きたがってたじゃん? 予定空いてる?」
ルークは三度の飯より剣と剣士が好きだ。どのくらい好きかというと、剣を持っている状態で強そうな剣士を見かけたら、そのまま斬りに行くくらい大好きだ。だが、剣士以外は嫌いかというとそういうわけではない。
ルーク・サイコルという男は――強い者が好きなのである。剣士として剣士に対して特別な執着を持っているだけで、相手が強者であれば盗賊だろうが魔導師だろうがなんだろうが斬りに行く。つまり、ただの通り魔であった。
そんなルークが武帝祭に興味を持っているのは当然であった。
ルークはしばらく難しい顔で考えていたが、やがて意を決したように言う。
「クライ、心遣いはありがたい。だが俺は――観戦するよりも、俺も出場したいッ!」
「お、おう?」
「俺はまだ未熟だ、次元も斬れない。だが、きっと大会に出場するような強者と殺し合えば、きっと得るものがあるはずだ。きっとッ!」
真紅の瞳に炎のような輝きが宿っている。確かに……確かに、ルークならそう言うだろう。いくらなんでも殺し合いはしないと思うけど……。
だが僕はどうすれば武帝祭に出場できるか知らないぞ。
「でも、どうすれば出場できるのか知らないよ?」
僕が貰ったチケットはVIP仕様のようだが、観戦チケットは一応、一般販売もされている。だが、出場権は一般販売されていないはずだ。高名な大会なのだから出場資格も厳しいだろう。
だが、ルークが力強く言う。
「俺は知ってる。武帝祭は各地の闘技大会の上位入賞者や高名なハンター、高名な戦士に招待状が送られるんだ」
「じゃあ結局無理じゃん」
もう武帝祭開催はすぐそこである。正論を述べる僕に、ルークは大きく頷いた。
「つまり、招待状を持っている奴を斬ればドロップする」
「!?」
それは……ありなのか? いやいや、どう考えてもなしだよ、なし。
同じ故郷で育ったはずなのにどうしてここまで感性が狂ってしまったのか……ルークの師匠に文句を言いたいが、僕はどちらかというとルークの師匠に文句を言われる立場なのであった。
欲しい物があるから倒して奪おうって、ハンター脳と呼んでいいのかどうかも微妙だ。どう宥めるべきか、戸惑っている内にルークが力強く言う。
「こうしちゃいられねえ。心当たりを軽く斬ってくるぜ」
「あ」
と言った時には、既にルークはいなくなっていた。人の話をちゃんと聞かないのはルークの欠点の一つだ。
…………まぁ、木刀で行くだろうから大丈夫だろうか。ルークの悪名は既にそこそこ広がっている。自衛してくれるはずだ。
というか、僕にできることは何もない。次はリィズに確認に行こう。
§
「え!? 武帝祭に行くの!? 私も出るッ! ちょっと心当たりぶち殺してくるねッ!」
「あ」
リィズがいなくなる。まるで掻き消えたかのような、見事な動きであった。
「…………」
どうしてうちのメンバーはこうも気が早いのだろうか。
ちょうど居合わせた、気が早くない方のスマートが呆れたように言った。
「全く、ぶち殺すなんて……お姉ちゃん、暴力的なんだから」
「うんうん、そうだね」
でも君、皇女殿下の血を思いっきり抜いたよね? その事、僕はしばらく忘れないぞ。
「出場者は少なくないし、出場権を手に入れるのなんて難しくないのに」
「え!?」
「私達は既にハンターとしてそれなりに名が通っていますし、選考委員会を買収――後ひと押しすれば向こうから出場を打診してくるはずです。例年、突発的な出場者も多いですし、問題ないでしょう」
「う、うんうん、そうだね」
シトリーがいつも通りの笑みで首を傾げてくる。……どうやらシトリーちゃんもやる気のようだ。
もしかして、僕以外全員、出ることになるだろうか? ルシアも意外と負けず嫌いだし、皆が出るとなればアンセムも出るだろう。僕には気持ちが全くわからないが――。
「そんなに武帝祭に出たいの?」
「え? …………駄目ですか? 名声を得るこの上ないチャンスだと思いましたが」
うーむ、向上心が高い。
だが、冷静に考えたら当然の発想だろう。むしろ武帝祭と聞いて真っ先に観戦したいと思う高レベルハンターの方がおかしい。
僕は方針を切り替えた。ルーク達と観戦するつもりだったが、ルーク達の応援をするのもそれはそれで十分ありじゃないか。何しろ、今回
のはあくまで武闘大会――ただの大会だ。いつもと違って命の危険は少ないのだ。
もしも入賞なんて事になれば、ルーク達の未来は明るい。僕も幼馴染として誇らしい。
「いや、そんな事ないよ。そうだな――せっかくだし、今回の大会、うちのパーティで制覇するつもりで行こう」
「まぁ……! 素晴らしい考えだと思います。早速手を回しますね!」
ちょっと予定とは違う流れになってしまったが、これはこれで楽しみだ。これは皆で盛大に応援しなくては。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます