213 評価②

 皇城の一室。呼び出された場に揃っていたのは護衛で世話になった面々だった。昨日の今日で忙しい事だ。

 ゼブルディアの近衛には貴族も多いと聞く。おそらくこの場にいる中で一番生まれがよくないのは僕だろう。


 フランツさんが僕の姿に一瞬硬直し、呆れ果てたように言う。


「よく来たな。座るといい。……クライ・アンドリヒ……まさか貴様はいつもその格好なのか?」



 呼び出しがかかったその瞬間から僕は処刑を待つ囚人の気分だった。『快適な休暇』に頼ってしまうのもやむを得ない事だ。


 げ……皇帝がいる。出かけたそんな言葉を、僕はぎりぎりで飲み込む。さすがに不敬すぎる。


 呼び出された一室はゼブルディアを象徴するかのように質実剛健で、豪華な装飾品こそ少ないものの、自然と背筋を伸ばしたくなるような空気があった。最奥にどっしり腰を下ろしているのは紛れもなくこの国の一番偉い人――皇帝である。


 僕が知らないだけかもしれないが、普通の呼び出しで皇帝陛下が出てくる事などないはずだ。護衛中はやむを得ないかもしれないが、陛下と謁見が叶うのは『白剣の集い』などの特別な場だけのはずで……つまりここにいるべきではない。


 皇帝、暇なん?


 不敬極まりない事を考え現実逃避する僕にフランツさんが一度咳払いをする。


「まぁいい。今回貴様を呼び出したのは――」


 そこで、陛下が口を開いた。


「いい、フランツ。ここは謁見の場ではない、体裁を整える必要もあるまい。私が直接話す」


 その視線がフランツさんから僕に移る。


 ずっと思っていたんだが、陛下、フランク過ぎない? ちょこちょこ出てくるなよ。皇帝、暇なん?


 さて、何故呼び出されたのだろうか。シトリーの所業がバレたのだろうか。バレたんだろうな。土下座したら許してくれないだろうか。無理?


 確認したところ、シトリーは何ということか――皇女に訓練をつけていないらしかった。

 やったのは血液検査だけで、それ以外にやる余裕はなかったらしい。どうやら皇室の血に余程の興味を抱いていたようだ。


 絞れるだけ絞りましたとはシトリーの談である。そりゃたった数日の訓練で皇女殿下を最強にするのは難しいだろうが、訓練をつける姿勢だけは見せておいて欲しかった。

 好奇心を刺激する事に対して歯止めがきかなくなるのは彼女の悪い癖だ。


 さて、どうしたものか……ずっと言い訳を考えていたのだが、言い訳のしようがない。


 もはや、まな板の上の鯉な気分な僕に、陛下が重々しく口を開く。








「先日の護衛、真にご苦労だった。色々頭の痛い問題はあったが……《止水》程の腕利きの刺客はいまい。ひとまずの危機は去ったと言えよう」




 ん……? …………あれ? なんか思ってたのと違うな……。これから処刑しようという相手に最初に感謝の言葉を言うなんてあり得ないだろう。

 僕は目を瞬かせ、陛下とフランツさんを見る。

 

「加えて、ミュリーナの訓練についても、ご苦労だった」


 !!


 僕は早口で言った。


「もったいないお言葉です、陛下。何分時間が短かったので大した事はできていませんが」



 本当に血を搾り取ってしまい申し訳ない。うちの者が本当に申し訳ない。でも、他に護衛いたよね? 止めなかったのも悪くない?

 そっと確認するが、部屋にミュリーナ皇女殿下は見えなかった。僕の仕草に気づいたのか、陛下がもったいぶったように頷く。



「ミュリーナは剣術の指南を受けている。これまで滅多に自分から何かを要求する事がなかったのだが――何か考えに変化があったようだな」


「鬼気迫る様子で……逆に心配になるくらいです。陛下」


 フランツさんが腑に落ちない表情で言う。

 そりゃ何日も延々と血を抜かれ続けたら考えも変わるだろう。僕は特訓の様子を目にしていないが――生命には異常なくても他の部分で異常があったようだ。


「特訓内容についてはミュリーナも周りにつけた者も詳しくは語らんが――壮絶だったようだな」


 娘の血が抜かれまくった事を知らない陛下に顔が引きつらないように厳粛な表情を作って言う。


「並の人間では耐えきれないでしょう。殿下自身のお力あってのものです」


「ははは……二度と受けたくないと、言っておったぞ」


 凄いぞ、シトリー。血を搾り取って感謝されるのは君だけだ!


「一度で十分でしょう。既に皇女殿下は変わられた……いずれ降りかかる災禍も自らの手で払えるようになりましょう」


 僕はここぞとばかりに皇女殿下を持ち上げ全てを有耶無耶にすべく試みる。

 皇帝陛下は僕の実感の籠もった言葉に鷹揚に頷く。


「素直に褒め言葉と、受け取っておこう、《千変万化》。ついては――訓練の報酬を与えていなかったな」


 !? 凄いぞ、シトリー。血を搾り取って報酬を貰えるのは君だけだ!

 予想外の展開にただただ呆然とする僕に、陛下が言う。表情は険しいままだが、もしかしたらこれは……素なのかもしれない。


「追加の褒美を取らす。何なりと申してみよ」


「それは……不要です、陛下。ミュリーナ殿下への特訓は自ら申し出た事――もう十分頂いております」


 もう十分貰っている――血という報酬をなッ!

 いくら厚顔無恥な僕でもつけてもいない訓練で褒美をもらう事などできない。いや、むしろ貰ってしまったら何かあった時に問題になるだろう。


 強いていうなら、『真実の涙トゥルー・ティアーズ』をください。


「訓練だけではない。《止水》を含め狐の撃退や、トアイザントでの植林の件についても、会談で有利に働いたのは事実。飛行船が落ちた事を考慮に入れても――絨毯一枚では見合うまい」


 凄いぞ、僕。行動の全てが裏目に出まくっていたのに凄い高評価だ、気持ち悪いッ!

 絶対に回避しなければ……報酬は責任と比例する。植林についてもいつ何が起こってもおかしくはない偶然の産物だ。


「全て勝手にやった事です。褒美を与えるのならばずっとミュリーナ殿下のために身を張ったフランツさんに与えるべきでしょう」


「!? やめろ、《千変万化》。陛下は貴様に褒美を与えると仰られている、受け取らないというのも不敬ぞ」


 貴族の世界って本当にわからない。強いて言うなら『真実の涙』をください。


「しかし、富はいりません。地位や名誉も」


 以前アークが言っていた、ロダン家では何かある度に爵位が褒美に上がるという話を思い出し、念の為付け加える。

 今の身の上には概ね満足している。引退できたらそれが完璧だが、それは皇帝の力でどうにかなることでもないだろう。


 僕は最後にハードボイルドに言った。


「それらは魂を腐らせる」


「グラディスに聞いた通り、謙虚な男だ。慇懃無礼とも取れるが……さて……富も地位も名誉も不要となると、困ったな。残るは力くらいだが、それはレベル8ならば既に持っていよう」


 力、か……。与えられるのならば与えて欲しいくらいだが、あいにく僕は多少強力な武具を手に入れたところで強くはならないし、どうにもならなくなったらルーク達がいるので不要である。


 『真実の涙』か素直な絨毯をください。


 と、そこでこれまで微妙な表情で考えていたフランツさんが口を開く。


「富も名誉もいらない、か…………ならば陛下、例のチケットをお与えになられては如何でしょう」


 例のチケット……?

 フランツさんの言葉に、陛下が目を見開き、小さく唸る。


「ああ、『武帝祭』か……確かにまだ余っていたが、褒美で与えるには、少し軽いな……」


 思いがけない話の流れだった。だが、いいかもしれない。


 『武帝祭』とは世界有数の武闘大会である。その名の如く、各地から名のある戦士が集まり世界最強の座――武帝の座を争う。

 それだけ聞くと物々しいが、剣士だけでなく魔導師も参加することもあり、とにかく派手で人気のある催しだ。参加者には名だたる剣士や魔導師、トレジャーハンターが名を連ね、死者が出ることも珍しくはない。

 優勝者には賞金と途方も無い名誉が与えられ、歴代の優勝者には名だたる英雄たちが並んでいる。


 だが、その観戦チケットは、貴族はもちろん、最強という言葉が大好きなトレジャーハンターにとっても垂涎の的で、太いコネがないと絶対に手に入らないプラチナチケットになっていた。


 僕はトレジャーハンターを半ば引退しているが、派手な戦いを安全な場所から見るのは大好きだ。確か、ルークも見に行きたがっていた。

 褒美としても格好だろう。いくらプラチナチケットと言っても、地位や名誉とは無縁だし、値段もそれなりである。もしも後で僕のヘマがバレたとしても、これくらいなら許してくれる……と思う。

 

「それは……素晴らしい。『武帝祭』……ずっと気になっていたのです。叶うのならば僕にそのチケットを頂けると――」


 陛下が眉を顰める。安っぽいものを与えると大国の皇帝としての沽券にかかわるのかもしれないが、望みのものを言えと言ったのだからご容赦願いたい。

 それに、興味があるというのも嘘ではない。僕の認定レベルはそれなりに高いが、その武闘大会にはそれ以上のレベルに認定された者がごろごろ参加する。強力なハンターの全力を目の当たりにする機会というのは本当に希少だ。実際に強者の戦いを見ることは《嘆きの亡霊》のさらなる飛躍にも繋がるだろう。


 僕が意見を変えない事を理解したのか、陛下は諦めたように言った。








「………………良かろう。その功には見合っていないが、そう言うのならば是非もあるまい。存分に武勇を競うが良い」

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