210 頼りになる男③

 ヨワニンゲン、何を考えているんだ、です。


 クリュスは訝しげな表情で推移を見守っていた。


 これまでの護衛中に見た、そのレベル8の青年の言動はクリュスから見て支離滅裂だった。あっちにいったりこっちにいったり、せっかくクリュスがパーティメンバーとして助言をしようと思ったのにそれを否定したり……まさしく、《千変万化》である。


 ゼブルディア側もゼブルディア側だ。頼みたい事があるのならばまどろっこしい事をせずに直接言えばいいのだ。

 人間社会は複雑で精霊人ノウブルの社会とは違う。そのことをクリュスは帝都にやってきてからの活動で知っていたつもりだったが、やはりこうして当事者になると、理解できない事も多い。ここに至れば、これも経験ということで様子を見るだけに留め、口は挟まない方がいいだろう。


「あれは最初に帝都を出て他の町に旅をしに行った時の事――私の乗った馬車は十人以上の組織だった盗賊団に襲われました」


 意を決したように、沈んだ声で皇女殿下が話し出す。皇帝もフランツも口を挟まない。

 つらつら続く話を聞いて、クリュスは表に出さず心の中で頷いた。


 なるほど……確かに運が悪いようだな、です。


 皇女殿下の語った内容はクリュスをして不運と納得せざるをえないものだった。そりゃ大国の皇女である。狙われる理由はあるだろうが、それを見越してゼブルディアは護衛を出しているはずなのだ。

 それなのに、外に出る度に賊に襲われるやら、魔物に襲われるやら、地震で近くの棚が倒れかかってくるわ、雷が近くに落ちるわ、おみくじで大吉が出ないというのはただの言いがかりのような気もするが、父親である皇帝が心配してこの遠方まで連れてきてしまったのも仕方がないことのように思える。


 クライ・アンドリヒはもっともらしく頷きながら話を聞いていた。

 もしかしたら何か心当たりでもあるのだろうか……ヨワニンゲンの立ち回りはこれまでずっと意表をついていた。今回も何某かの突拍子もない解決策を出してもおかしくはない。


 一通り話し終わり、ミュリーナ殿下が口を閉ざす。しばらく不思議な沈黙が辺りを満たし、そしてクライは目を丸くした。







「え? 話のオチは?」


「!?」



「温泉を出すために穴を掘ったら地底人が這い出してくるとか、地震が起きたと思ったらそれは地震ではなく長い眠りについていた古代竜が復活する前兆だったとか――」


「……そんなふざけた話、あるわけなかろうッ! 貴様、殿下の話を今まで何だと思って聞いていたのだ!」


「……それでは、ただ盗賊に襲われただけではないですか。それが狐の手先だったとか、そういうオチはないんですか?」


「ッ……ありま……せん……」


 勇気を出して話し始めた皇女殿下がぎゅっと拳を握りフランツの後ろにさっと半身を隠す。クライは少し考えていたが、何故か心外そうに眉を顰めた。


「雷が近くに落ちるとか、あたってないなら運がいいし、それだけで不運とみなすのは早いのでは?」


「!?」


 クライがやれやれ田舎者はと言わんばかりに肩を竦め、不敬な所作をする。それを叱る者はいない。

 フランツまでもがぎょっとしたまま固まっている。


「ご心配なく、陛下。それは、ただの偶然です。よくある話です。大体、そんな事いったら僕は雷は自分目掛けて落ちますし、おみくじはイカサマなしでは大凶しか引いたことがありません。魔法を使えば暴発して雇い主を蛙にします」


 そんな男いるわけないだろ、ですッ!

 思わず叫びそうになったが、恐らく場を和ませるための冗談だろうという事ですんでのところで言葉を止める。皇帝陛下が目を細め、低い声で言う。


「栄えあるゼブルディア皇族を狙う賊など滅多にいない」


「恐れながら陛下、そういう賊も少なからずいるかと。レベル8なのに散々狙われている僕がいるんですから」


 本当に恐れ知らずだ。精霊人のクリュスの目から見ても覇者の佇まいを見せるラドリック・アトルム・ゼブルディアに軽口と冗談で立ち向かう男が果たしてこれまでいただろうか。ここまでくると一種の尊敬すら感じてくる。


 と、そこでクリュスは今更、これまでヨワニンゲンが全く焦っていなかった理由を理解した。


 恐らくこの護衛の旅で発生した出来事程度、ヨワニンゲンにとっては焦るまでもない事だったのだろう。竜も賊も宝物殿も、全て既知でしかなく、全て切り抜ける自信があった。故の――自然体。


 だが、本人に悪気があるかどうかはおいておいて……完全に右往左往している人々を煽っているようにしか見えない。



「フランツが『転災の鎧』を使っている。これはミュリーナへの攻撃のダメージを移すものだが――既にフランツは七回死にかけている。これをどう見る?」


「……たった七回? 誤差みたいなものですよ。僕なんて今回の旅だけでも結界指を何回使ったかわからない」


「!?」


 こいつ、いつ結界指なんて…………あれか! あのやたら宝具チャージさせてきたあれか!

 顔を真っ赤にして口を噤む。だめだ、今邪魔をしてはいけない。


 しかし、それにしてもいつ指輪を発動させたのか全くわからない。クライ・アンドリヒはこの護衛中、ほとんどの時間をクリュスと共にいた。そんなに沢山攻撃を受けていたとは思えないが……。


 と、そこでクライは自信満々に頷いた。


「護衛はともかくとして――まぁ、その程度ならばなんとかする方法に心当たりがあります」


「何!? その方法とは?」


「鍛えるのです」


 フランツが目を丸くし、ミュリーナが目を丸くする。それをクリュスは目を丸くして見ていた。

 だが、ヨワニンゲンは大仰な仕草をしながら言う。


「強くなれば賊も撃退できます。数百メートル上空から落ちても大丈夫ですし、雷に撃たれても問題ありません。フランツさんに転換される災いもほとんどなくなりましょう。いらなくなったらその鎧をください」


「なななな、何を言っているんだ、貴様は! ミュリーナ殿下を、鍛える、だと!? 皇女だぞ、わかっとるのか!?」


 フランツの顔色が動揺の余り真っ青になっている。


「僭越ながら、力なくしてこの世界を生き延びる事は不可能です。陛下は武人としても高名であられる。間違いなくその才は受け継がれておりましょう。鍛えないのは勿体ない。鍛えておかないといざという時に後悔しますよ。僕だっていつも後悔してる」


 凄い言い分だった。たとえ忠臣でも、大国ゼブルディアの皇帝にそのような大言を吐いたりはしないだろう。人間社会に疎いクリュスだって今の言い分が如何に常識はずれなのかはわかる。

 進言してまで皇女殿下を鍛える以上、やってみて駄目でしたは通用しない。そもそも、今回の話はただの護衛だったはずなのだ。


 余りに大胆な提案を聞き、皇帝陛下が立ち上がる。右眉だけ下げ、歪んだ笑みを浮かべる。


「ふむ……そのような進言を受けたのは初めてだ。だが、一理ある。まだ早いとは思っていたが――王室の一員として強くあらねばならぬ。《千変万化》、お前ならそれができる、と?」


 鋭い眼光から形容しがたい重圧を感じた。これが大国の皇帝たるものの威光なのか、とてもクリュスよりマナ・マテリアル吸収量が低いとは思えない。

 ヨワニンゲンはそれに対して真っ向から視線をあわせ、きっぱりと言った。


「僕には無理です。ですが僕が所属するクランのメンバーは沢山いるし、あのアーク・ロダンもいる。おまかせください、彼ならば必ずや皇女殿下を英雄にできましょう!」



§ § §




 詰んだ。僕は自室に戻ると、椅子に深く腰を下ろした。

 初めは話を聞くだけだった。次の護衛も断るつもりだった。だが、何故か気づいたら護衛する上に皇女殿下を鍛える事になっていた。

 全て僕の受け流しスキルのせいだ。僕は受け流すつもりであるが故に面倒になったり切羽詰まったりすると出された仕事を受けてしまうのである。


 護衛はまあいい。皇女殿下の不運は僕よりもだいぶ下のようだし、全てを皇女殿下のせいにして知らないふりをしてそっぽを向くというのは余りに薄情だ。だが、鍛えるのは……うーん……。


「ヨワニンゲン、色々言いたいことはあるが後でゆっくりたっぷり聞かせてもらう、です。今は護衛計画を立てるぞ、です」


「ああ、クリュス。任せたよ。僕は疲れた」


「…………」


 クリュスが眉を顰め、無言で僕の後ろに回る。そして、僕が逃げる前にチョークスリーパーをかけてきた。

 しなやかな腕を首にまわし、ぎゅーぎゅー圧迫してくる。


 絞め技は僕の弱点の一つだ。まさか森ノウブルは体術まで完璧だというのか……!?


「こら、聞かなかったことにしてやるぞ、ですッ! 余裕ぶってないでさっさと仕事しろ、ですッ! 硬い……?」


 結界指が発動しては終わり、発動しては終わり、じわじわ減っていく。苦しくないのはまだ結界指が残っているからで、それも時間換算で言えば大したことはない。

 これはルシアがルシアパンチを主武装にする前に主に使っていた技である。いつからか使わなくなったが、完全に僕の弱点であった。たった数週間で僕の弱点を的確についてくるとは恐るべし……………そうだ!



 焦っていたせいか、僕に天啓が舞い降りる。まだ結界指が残っているのでただのハグになっているクリュスの手を叩き、言った。


「よし、僕にいい考えがある」


「……お前、いい考えって言って、本当にいい考えだったことあるか? です」


 皇帝から出された新たな課題は皇女の護衛と皇女の鍛錬だ。両方とも難題で責任重大ではあるが、発想を転換すればいい。

 護衛と鍛錬。




 つまり、護衛鍛錬だ。





「護衛鍛錬だ。両方一緒にやれば時間を節約できるし、僕も他のやらねばならない事に注力できる」


「意味わからないし、その二つ以外にやらねばならないことなんてないだろ、ですッ!」


「え?」


「そもそも、どうやるつもりだ、ですッ!」


 そりゃもちろん……お化けに頼むんだよ。僕とクリュスとキルナイトだけでは手が足りないのでやむを得ない。お化けにはいつもお世話になってばかりだ。もしもお化けで訓練にならなければ、帝都に帰った後アークに頼めばいい。今日の僕は快適な上に冴えてる。


 もうすぐ着替えをして皇女殿下がやってくる。それまでになんとかお化けたちに渡りをつけなくては。


 僕は部屋の隅っこに佇むキルナイト・バージョンアルファの近くにいくと、いつも便利なシトリーお化けを呼び出した。


「シトリーお化け、短期間だけど弟子をあげるよ」

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