209 頼りになる男②
やっぱり僕はハンターに向いていないな。能力も足りていないが、精神的にきつすぎる。
これでフランツさんに呼び出されるのは何度目だろうか。だが、護衛依頼で打ち合わせをするのは普通の事だし色々ヘマもしているので心当たりはいくらでもある。
僕は色々なところに頻繁に呼び出されているが、何度呼び出されても慣れる事はない。後ろではクリュスがぶつくさ文句を言っている。
「いいか、ついていってやるのはラピスに、ヨワニンゲンの命令を聞くように言われているからだ、です。だが、いくら私が頼りになるからって、お前はリーダーなんだからしっかりしてもらわなければ困る、です」
「うんうん、そうだね……」
駄目だよ。やっぱり僕には組織を引っ張ってくれる、シトリーやエヴァやアンセムやアークのような存在が必要だ。
一体何の用だろうか……会談も間近なのに、フランツさんは僕に構っている暇などないのではないだろうか。
いつでも最高の土下座をお見舞いできるよう心構えをして、フランツさんの部屋に行く。
部屋の前には完全装備をした近衛の騎士がまるで門番のように立ちはだかっていた。
追い返してくれないだろうか……そんな僕の期待を木っ端微塵にして、速やかに通される。部屋の中にはフランツさんや近衛だけでなく、あろうことか見覚えのある皇帝陛下が待ち受けていた。
皇族とは思えない鍛え上げられた肉体に精悍な顔立ちからは英雄の風格が見える。予想外の姿に、僕は笑みで表情を固定する事しかできなかった。
呼び出されたと思ったらそこにいたのは皇帝でした。なんでいるの……。
近衛が部屋の前に立っていたのはこのせいか。
トアイザントはゼブルディアと比較すると後進国だが、外国の貴賓が泊まるような宿ともなると帝国になんら見劣りしていなかった。
砂漠の風土故、少々の異国感はあるが、広々とした部屋は空調が効いていて、見るからに高そうな家具が置かれている。一泊いくらするのか予想もつかない。
僕が入ると、フランツさんが口を開く前に陛下が周りの護衛達に手をあげる。
「よく来てくれた、《千変万化》。……席を外せ」
フランツさんを除いた近衛騎士がその指示に従い、部屋を出ていく。残ったのはフランツさんと陛下、その後ろでじっとしている皇女殿下だけだ。
フランツさんは僕の後ろについたクリュスを見ると、眉を顰めた。
「私は、貴様だけを呼んだつもりだったのだが……」
どうやらクリュスはお役御免のようだ。どうして僕より余程優秀なクリュスよりも僕と話をしようと思うのだろうか。
僕はクリュスが口を開く前にささっと言った。
「いや、クリュスは役に立つよ。それに、信用もできる」
一緒に話を聞いていれば、僕が何かヘマをしようとした時に止めてくれるはずだ。
「そういう話をしているのでは――」
「いや、よい。フランツ」
如何にも不機嫌なフランツさんを、陛下が止める。貴族のフランツさんをただの一言で完全に止めるとは、凄いカリスマだ。
ラドリック・アウルム・ゼブルディアはごりごりの武闘派で、稀代の傑物ともっぱらの評判だが、どうやらそれは真実だったらしい。そういえば、彼は蛙になっても威厳を保ってきた。もはや同じ人間だとは思えない。
「時間もない。まず、ここまでの護衛、真にご苦労だった。呼び出したのは、今回の護衛の沙汰についてと、今後の話をするためだ」
なるほど……まだ会談が始まってないタイミングでくるとは思っていなかったが、予想して然るべきであった。
まさか首を斬られるのだろうか? 捕縛されるのだろうか? いざという時に逃げ出せるようにするため、シーツお化け達を外に待機させておくべきだった。
フランツさんが険しい表情で続きを言う。
「貴様は陛下の護衛のメンバーに悪名高き『
貴族というのはたいてい居丈高で、庶民の事を考えていない。帝国の法はある程度公正だが、それでも貴族の横暴な行為で庶民が泣きを見たという話はよく聞く。
だが、フランツさんの言葉は非常に納得のいくものだった。僕もフランツさんの立場だったら同じことを言うだろう。
「……なるほどね」
その言葉にはぐうの音も出ないが……今回も酷い旅だったなぁ。しみじみと頷く僕に、フランツさんの額に血管が浮く。
僕が落ち着いているのは、似たようなことが何度かあったからである。後ろについていたクリュスが声をあげる。
「待った。確かにヨワニンゲンはやりすぎたが、こうして結果的にはトアイザントに無事到着している、です。狐のメンバーを招き入れたのもあぶり出すためで、その事を考えれば情状酌量の余地が――」
「いや……ただ気づかなかっただけだけど」
「!? はぁ!?」
クリュスが素っ頓狂な声をあげる。
無能でごめんね。でも、あの高名な《魔杖》のメンバーにそんな秘密組織の一員が紛れ込んでいるなんて普通は思わない。それに、ケチャチャッカもとても怪しげだったのだ。あんな怪しげな男が本当に悪人だなんて誰が予想できようか。
ついでに、僕の連れてきたメンバーをそのまま受け入れたフランツさんにも問題はあるのではないだろうか。
表に出さずに心の中で責任転嫁をしている僕に、陛下が確認してくる。
「ふむ。クライ・アンドリヒ。貴様の見立てでは《深淵火滅》は狐の一員だと思うか?」
「いえ。思いません」
考えるまでもない。即答する僕に、陛下が目を見開く。
「理由を言えるか?」
「彼女が狐だったら暗殺なんてしないでしょう」
《深淵火滅》は怒れる火竜のような婆さんなのだ。彼女が何かを成そうとしたのならば正面から燃やし尽くす手を選ぶ。
僕の言葉に、陛下が眉を顰める。しばらく何事か考えていたが、やがて大きく頷いた。
「……知らなかったのならば、やむを得んな」
「……御心のままに」
しばらくの沈黙の後、出てきた重々しい言葉に、フランツさんが押し殺したような声で応える。
流れがかわった。クリュスが目を丸くする。僕はなぜだか無性に吐きたい気分になった。
フランツさんが口を開いた。その表情は今の状況に納得していなかったが、異を唱える気はないらしい。彼の忠誠心は全く立派だ。
「陛下は貴様のこれまでのミスを温情により許すと仰っている。これは、本来ならばあり得ない事だ」
「それは……あり得ない事ですね」
「黙って聞け」
嫌な予感がする。
あり得ない。あり得ないのだ。今回護衛で発生した事は、たとえ過失だったとしても、全てが丸く収まったとしても(収まってないけど)、お咎めなしで許されるような事ではない。クリュスも驚きに目を見開いている。
僕だってある程度の罰は覚悟していた。それがお咎めなしなど……うまい話には裏がある。ただより高いものはない。
フランツさんが言葉を続ける。
「会談の警備は各国の兵が担当する。会場には鉄壁の警備が敷かれている。たとえ仮に《止水》が襲ってきても問題はない。こちらはゲストだ、口を出すわけにはいかない。わかるな、クライ・アンドリヒ?」
「そりゃもちろん。ですが、《止水》やケチャチャッカが襲ってくる事はまずありえないでしょう」
彼らは【迷い宿】に軟禁されているはずだし、なんなら電話して確認してあげてもいい。今の僕は最新のスマホを持っているのだ。
僕の言葉に、フランツさんが大仰に頷くと、威厳のある声で言った。
「そこで――貴様には新たに重大な使命を与える。会談中のミュリーナ皇女殿下の護衛だ」
「え?」
「会談の会場につれていくわけにはいかない。近衛も護衛につけるが、狐が直接的な行動に出た以上、念には念を入れる。名誉挽回の機会だ」
ミュリーナ皇女殿下をちらりと見る。随分無口な方のようで、皇女殿下は僕を見ると瞳を伏せた。そういえば温泉卵は口に合っただろうか?
……いやいやいや、待て待て。なんで会談に出席させるつもりもないのに皇女殿下を連れてきたんだよ。危険な異国の地に無意味に皇帝の娘を連れてくるなど、馬鹿としか言いようがない。
そもそも、皇女殿下の護衛は契約の中に入っていない。さりとて、嫌ですとも言えない。困った。
「皇女殿下を蛙にしたことを忘れるな。名誉挽回の機会を作っていただけた事を感謝しろ」
「…………あぁ、そんな事もあったな」
「ッ……」
フランツさんが歯ぎしりをする。蛙にしてしまったのは申し訳ないが、僕はコントロールできないと事前に断っていたわけだし、結局元に戻れたのだからその件について僕には一点の汚れもない。
問題は――彼らの意識だ。彼らは僕を護衛につけて散々な目にあったのに、まだ僕を頼ろうとしている。その点について是非を問いたい。
「近衛だけで十分では? それとも、何か心当たりでも?」
近衛の騎士は団長であるフランツさんの誇りであるはずだ。彼らはテルムになすすべもなかったが、それは相手がレベル7の魔導師だからであって、一般的な範疇ならば彼らは十分以上に優秀である。僕よりも百倍優秀だ。
にもかかわらずそれだけでは足りないとは何か襲われる理由でもあるのだろうか?
ラドリック皇帝陛下については政治に疎い僕でも色々情報が入ってくるが、ミュリーナ皇女殿下については何も知らない。名君でもなければ、何か得意分野があるわけでもないし、功績があるわけでもない。
こんな事言うと不敬かもしれないが、影が薄すぎる。この間まで名前も知らなかったくらいだ。襲われる理由もあまりないと思う。人質くらいだろうか……だが、なればこそ、帝国に置いてこなかった理由がわからない。
僕の当然の問いに、しかしフランツさんの表情が一変した。怒りではない。陰が差したのだ。
次に言葉を発したのは、陛下だった。一瞬、その顔に逡巡が過る。まるで爆発寸前の爆弾を見ている気分だ。
そして、陛下がまるで国家秘密でも囁くような口調で言った。
「《千変万化》。これは内密の話だが……実はミュリーナは――――非常に運が悪いのだ」
「運が……悪い?」
クリュスが不思議そうに目を瞬かせる。皇女殿下が身を縮める。
まるで秘密でも打ち明けるかのように言われた割には、なんてことない内容だったとでも思っているのだろう。
僕は思わずにっこり笑みを浮かべ、皇帝陛下に言った。
「嫌です」
フランツさんの顔が強ばるが、こればかりは譲れない。
何しろ、一大帝国の皇帝が国家機密にするほどの運の悪さなのだ。そりゃもう余程運が悪いのだろう。被害が見える程運が悪いのだろう。
トレジャーハンターは験を担ぐものだが、そういうレベルではないはずだ。
「つまり、僕の意図から外れてケチャチャッカやテルムが護衛に紛れ込んだのも、ドラゴンがたくさん襲ってきたのも、船が落ちたのも、宝物殿にぶつかったのも、全て皇女殿下の運の悪さが問題だったと、そういうことですね?」
なんというか、そりゃ酷かったが、似たような酷さは何回か経験したことがあるし大体いつもと同じだったので全く気づかなかった。
それら全てが雇い主に原因があったとは……陛下は運が悪いなと思っていたが、悪いのは皇女殿下でござったか。全く、酷い風評被害だ。
何、平気な顔で僕のせいにしてるんだよ。この野郎! 不敬だろうが言う時は言うぞ、僕は! 僕がへこへこするのは立場が弱い時だけだ。
今思えば、お咎めなしも当然である。全ては皇女殿下の責任だったのだ!
皇女殿下が震えている。フランツさんが僕に詰めより、怒鳴りつける。
「いや、誤解するな。運が悪いと言っても、ここまでトラブルが起きたのは初めてだった。そもそも、それらへの対応策として貴様を雇ったのだッ! 文句を言われる筋合いはないッ!」
「!?」
その剣幕と内容に一瞬押される。だが、これで引いてはレベル8とは言えない。
僕は負けじとフランツさんに詰め寄って言った。
「…………うんうん、そうだね。運なんて見えるものじゃないし、今回の不幸は全てただの偶然だ。悪いのはテルムやケチャチャッカやあの宝物殿で、ミュリーナ殿下も僕も全く悪くない。その護衛、この《千変万化》が喜んで請け負おうじゃないかッ!」
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