桃瀬VS聖丸VSサバイブル

 桃瀬の目の前に広がるのは、開けた地形にいる四人の敵だ。

 どう考えても人数差で勝てない。

 これまでの練習から瞬時に判断して、今来た背後の道へ撤退しようとするが――


「逃がさないよ~、ピンキー……」


 嫌らしくネチっこい聖丸の声と共に、背後の道が爆破された。

 巻き起こる崖崩れ。

 大きな岩も転がってきて、道は塞がれてしまった。


(まずい……結構な高さがある……。ジャンプでひとっ飛びとはいかない……よじ登っていこうとすればその隙に撃たれる……)


「退路は断たれたということだよ~……ピンキー……。いや、四角江町在住の十六歳女子高生――桃瀬沙保里」

「なっ!?」


 突然の聖丸の言葉に桃瀬は驚きを隠せなかった。

 この戦いは全国に配信されているのだ。

 それも個人のチャンネルだけでなく、大会公式で数十万人が視聴している。

 その中で配信者の住所・年齢・立場・名前を明かしたのだ。

 正気ではない。


「ああっと、勘違いしないでくれよな。すでにネットで桃瀬の名前は出回っているんだから、ボクはそれを言っただけ。何も問題はないよねぇ?」

「ネットで……出回って……」


 桃瀬は血の気が引いた。

 自分の正体がバレているのだ。

 途端に今まで平気だった数万人の視線が、丸裸にされた自分に向けられているような気がして、腹の奥底から温度が失われていく。

 耳鳴りがして、意識が真っ白になりかける。


「あ、あ……ああ……」


 パニックというやつだろう。

 平衡感覚を失い、自分がどこに立っているのかもわからない。


「なぁ、桃瀬ぇ? 京太のイジメはお前が原因だっていうのも出回ってるぞ? まったく、ひどい女だな~。よく平気な顔をして一緒のチームにいられると思うよ、ほんと」

「そ、それは……それは……」


 言葉が出ない。

 心の奥底では、悪いのは自分だとわかっているからだ。

 自分さえいなければ、京太が不幸になる必要もなかった。

 京太の妹の星華が苦労する必要もなかったのだ。

 すべての不幸の原因は自分にあるとすら思えてしまう。


「絶望して、世界で一番自分が不幸ですみたいなエセ被害者面をしてるね~? このボクの正義の鉄槌を下すには丁度いい」


 パンッ。

 渇いた銃声が響き渡る。

 胸を打たれた桃瀬は、HPを減らしながら後ずさった。

 硝煙を燻らせるハンドガン、それを持つ聖丸がニヤニヤと意地汚く笑う。


「ははは、痛いかい? それは世間からの代理の銃弾。ボクによる正義執行さ」

「う、うぅ……」


 痛みで若干の正気を取り戻した桃瀬は左手にサブマシンガン、右手にショットガンで反撃しようとするが、チームサバイブルの三人の銃口が先に動いた。

 撃ち落とされ、地面に転がるサブマシンガンとショットガン。


「バカだなぁ、正義が負けるはずないじゃないか。これが世間――みんなが桃瀬を罰しろという力さ。なぁ、ボクに賛同してくれたサバイブルの三人」

「ひゃひゃ、もちろんですよ聖丸の旦那ぁ!」

「オレたちは正義」

「まっ、桃瀬さんが雑魚過ぎて弱い者イジメみたいになっちゃってるけど、悪い奴が罰を受けるのは当然だから。ざまぁ~!」


 聖丸と同じように歪んだ笑みを浮かべながら、サバイブルの三人が近付いてきた。

 よろける桃瀬の身体をガッシリと掴み、動けなくする。

 聖丸がハンドガンをパンパンと気軽に撃つ。

 所謂サンドバッグだ。


「うっ、くっ!!」

「いや~、悪女を撃つとスカッとするねぇ。きっと全世界のリスナーのみんなも喜んでるよ」


 ハンドガンで同じところを打ち続け、ピンキーの衣装が破け、肌に痣が付いていくのが見える。

 拘束してダウンさせずにギリギリまで痛めつける。

 悪趣味な聖丸らしいやり方だ。


「ほら、ほらほらほらほらほらほら。練習弾だから服にしか穴が空かないのがざんね~ん。いや、素肌を晒すという罰で丁度いいのかな? まぁ、ボクはそんなのに全然興味ないけど、リスナーさんが求めるならしょうがない。胸とかお尻とか重点的に撃とうかな~」


 聖丸は明らかに自分が楽しんでいる。

 何度も撃ち込まれる銃弾。

 威力の弱い未カスタムのハンドガンだが、それでもHPを着実に削っていく。

 残り一ミリくらいになったとき、ついに桃瀬は立っていることもできずに脱力してしまう。

 サバイブルたちは面白そうに、手を離すどころか突き出して聖丸の足元へと転がした。


「とても惨めだね~。どんなに人気配信者でも、こんな闇を抱えてるなんてショックだよねぇ~。ほら、最後に靴を舐めて謝罪しなよ。『世間の皆様ごめんなさい、実は悪かったのはすべて自分のせいです』ってねぇ~~~!!」


 倒れた桃瀬の顔面に、聖丸は靴をゴリゴリと頬ずりさせてくる。

 精神的、体力的に削られた桃瀬の目に光は宿っていなかった。

 もう今すぐ消えたいだけだ。


 聖丸に虐められた子供時代をフラッシュバックしてしまう――




 ***




 桃瀬沙保里は道場の娘だ。

 この名前と、肩書き。

 普通は運動神経抜群で強そうな女性をイメージしてしまうだろう。


 しかし、彼女は違った。

 運動神経が鈍く、喧嘩は弱く、道場でも誰にも勝ったことがない。

 まるでイメージとは正反対の人間だった。


『桃瀬さん、道場の娘なんだからあの通学路を塞いでいる犬を追い払ってよ! ……え? 無理なの? 使えないわねぇ……男子呼んでこよっと』

『桃瀬、道場の娘なんだからオレと戦えよ! ……って、よわ。雑魚じゃん』

『なぁ、桃瀬。先生は思うんだ。そんなに何もできないならせめて縮こまって目立たないように生きろよ。……な? 先生に迷惑をかけるなよ?』


 そのせいで肩身の狭い思いをすることが多かった。

 そんな小学生時代を送っていたのだが、ついにクラスのカーストトップでいて、いじめっ子として有名な聖丸に目を付けられてしまったのだ。


『ぶーふふふ、おっぱいもクラスの中じゃ大きくなってきてる方だし、よく見たら顔も可愛いじゃん。ボクの物になれよぉ?』

『???』


 当時、大人びていた他の女子たちと違って、桃瀬は言葉の意味がわからなかった。

 それと太っている聖丸は、今のダイエット成功した姿とは違って表情が肉に阻まれてわかりにくいのもあった。


『桃瀬! 聖丸様とチューしろよ、チュー!』

『しーろ! しーろ!』


 聖丸の取り巻きたちも大声で叫んでいる。


『ひっ……』


 さすがに桃瀬もキスを強要されているとわかると、恐ろしくなって聖丸から逃げ出してしまう。

 しかし、聖丸の取り巻きが多く、すぐに羽交い締めにされてしまう。


『ぶへへへへ……。逃げるなよぉ……。ほら、チュ~!』

『い、いや……誰か……助けて……』

『ばーか、聖丸様に逆らう奴なんているはずねーだろ。ご両親は大金持ち、先生だって逆らえやしない』


 桃瀬に迫る、聖丸の荒い鼻息。

 ジタバタと暴れても、弱い桃瀬は羽交い締めを振りほどけない。


『た、助けて……助けて……』


 それでも涙を流しながら、助けを請うしか出来ない無力な桃瀬。

 迫る聖丸のひび割れ、お菓子カスがついた唇。


『チュ~~~~……あれ、なんか唇が硬い……』

『そりゃ俺の上履きだからな』


 いつの間にか、京太が割り込んできていて、脱いだ上履きを間に挟み込んでいたのだ。


『ぐえ~っ!! ペッペッ!! 汚い!! 何するんだ、京太!!』

『男なら……女の子が無理やりキスされそうになってて、助けを求めていたら助けるだろ?』

『こ、この……ボクのパパとママが誰か知ってて……』

『なぁ、桃瀬。コイツ殴っておいた方がいいんじゃないか?』

『ぼ、ボクの事を無視するなぁ!!』


 京太は、桃瀬に話しかけていた。

 聖丸を殴ることをけしかけるような内容だ。

 弱く、勇気もない桃瀬からしたらどう答えていいのかわからない。


『え、あの……その……』

『そっか。それじゃあ、俺が殴る』


 そう言うと京太は、いきなり聖丸の顔面をグーで殴った。


『ぐえぇ……』


 聖丸は表情を歪ませて、その場で倒れてしまった。


『よし、これで俺がすべて悪い。桃瀬、お前はもう家へ帰れ。あとは俺の問題だ』


 桃瀬は言われた通りに帰ってしまい、そのあとのことは知らない。

 だが、それからイジメのターゲットを移されて、京太だけではなく妹の星華まで大変なことになっていたのだ。

 あのときに勇気を出して自分で殴れなかったのを、ずっと悔やんでいる。




 ***




 ――そして成長して高校生になった現在、目の前には聖丸の靴が差し出されていた。


「ほらほら、ボクの靴にキスして謝りなよぉ~! その方が京太・・も喜ぶよ~?」

「京君……」


 その言葉だけは聞き逃せなかった。


「……京君が……そんなので喜ぶはずない……」

「あ? なんだって? 聞こえない」

「あたしの辛さなんて、京君に比べればなんでもない……。それなのにあたしに優しくしてくれて、まるで自分は何でもないみたいな表情で……アバターで隠して……」

「アバターで隠すぅ? あはは! 卑怯な奴だなぁ、京太は!」

「違う!! 心配をかけまいと……アバターで隠さなきゃ折れちゃうような辛さをずっと抱えて耐えてるんだよ!! 普通の人間なんだよ、京君は!! 恵まれた金持ちボンボン環境のあんたみたいのにはわからない!!」

「……は? ボクのことをバカにしてる? 正義執行の側だよ、ボク?」


 桃瀬は涙を浮かべながらも、キッと聖丸を睨み付けた。


「親の力であたしや、京君をイジメてた聖丸が正義? 当時は豚みたいな顔で威張り散らしてたのに」

「があああああ!! ボクが正義に決まってるだろ!! パパとママは偉いんだぞ!! ボクに逆らう者が悪だ!! みんなが……みんながそう言っている!!」

「お、落ち着いてくださいよぉ、聖丸の旦那ぁ……。なんか今日の朝から少し様子がおかし……」

「うるさいぞ! 黙ってろ、隠れるしか能の無いサバイブルが!!」


 聖丸の声や形相がバケモノじみていて、落ち着かせようとしたサバイブルも引き気味になっていた。


「……って、あはは~、聖丸ジョーク~。ちょっとした冗談だよ、じょ~だん。……んで、僕がイジメた? 桃瀬が言っているのはすべて嘘でーす。コイツは苦し紛れの嘘を言ってまーす。事実無根でーす。虚偽で訴えるぞ、まったく~……。みんなが、僕が正しいと言うんだから正義に決まってるだろ」


 聖丸は一瞬動揺したが、こういうことに慣れているのか、それとも証拠を残していないのを自覚しているのか自信満々で言い返してきた。


「そんな正義なら……あたしはいらない!! 大多数の『みんな』なんて必要ない!! 根拠も無しに京君を叩くような奴らを見て思った……結局は格ゲーと一緒でこれで決めるのがあたしの正義だ!!」

「はんっ、何を言ってるんだ。やっぱり頭がおかしいな。銃も落とした桃瀬がボクたち四人に勝てるはずがな――ぶぎゃっ!?」


 聖丸は殴られた。

 ありえないが、いきなり腹を殴られたのだ。

 吹っ飛びながら考えた――


(す、素手で殴っただと!? は、はははは!! ルール違反で失格だな!! ……いや、待てよ……素手にしては威力がありすぎ……)


 そして、自分のHPを見て気が付いた。


(なんで練習用のHPが削られている!? これは練習用の武器じゃないと削られない……まさかあああああああ!?)


 聖丸が吹っ飛ばされながら瞬時に出した答えは、桃瀬の拳に装着された物にあった。


「少し前に拾った格闘装備のお味はどう?」


 それはチーム鋼の魂と、パンツァースリーを倒した戦利品から手に入れた、練習用の格闘装備だ。

 ただの薄っぺらい革製のナックルガードに見えるが、小さく軽量で第三の武器として持っていたのだ。

 しかし、その威力は近接武器だけあって、銃に比べてかなり高い。


「よ、よくも聖丸の旦那を!! やっちまえ!!」

「遅い!! こんな距離で銃で狙いを付ける動作なんてしてたら――」


 桃瀬から、サバイブル三人の距離は数歩だ。

 相手が銃口を上げ、桃瀬へ照準を合わせるという動作は格闘ゲームのフレーム単位でいうと遅すぎる。

 軽快なワンツーパンチを頭部に放つだけで、簡単に一人目をダウンさせることができる。


「ぐぇっ!?」

「まだまだ!」


 その流れで強烈な裏拳で二人目をダウン。


「ぎゃっ!?」

「な、舐めやがって!!」


 さすがに最後の一人はトリガーを引く時間があったようだ。

 しかし、桃瀬は銃弾をギリギリで回避しながら、その動きを利用して流れるような回し蹴りを放つ。


「がぁッ!?」


 最後の三人目の後頭部にヒットしてダウン。


「この距離なら三人相手でも楽勝! 格ゲーアバターに近付くなんて油断しすぎだよ」


 そこでチャキッという音に気が付く。

 まだギリギリダウンしていなかった聖丸がハンドガンを向けているのだ。


「ア、アハハハハハ!! ボクの勝ちだ!! 前々から思ってたけどボクに反抗するムカつく奴だな!! あのときと変わったのは大きくなった胸くらいだ!!」

「……聖丸、あたしはアンタほどサイテーな人間を見たことがないよ。どんな罵詈雑言を使っても言い表せない」

「う、うるせぇ!! 桃瀬をダウンさせたら好き勝手に楽しませてもらうぜ!!」

「それはあたしを倒せたらでしょ? 引き金を引くのと、あたしが殴るの……どっちが速いか勝負しようよ。ガンマンみたいでカッコイイでしょ……」

「ボクが勝つに決まってるだろおおおおお!! いつものようにボクにひれ伏せえええええ!!」


 聖丸はハンドガンのトリガーにかけていた指を思いっきり引いた。

 その直前に桃瀬も前ダッシュで動いていた。

 鳴り響く銃声――


「うっ……」


 銃弾を受けて呻く桃瀬、HPは0になってダウン状態だ。

 だが――


「ぐえぇ……」


 同時に聖丸も右ストレートを顔面に食らい、表情を醜く歪ませていた。

 両者HP0になり引き分けとなった。


「ざまぁみろ、聖丸……あたしは今度こそ勇気を出してアンタを殴ったんだから……」

「そ、そんな……四人がかりなのに……このボクが負けるだなんて……」

「ずっと昔から人間として京君に負けてるんだよ、ばーか……」


 桃瀬は大の字で倒れながら、嬉し涙を拭っていた。

 それと同時に本人たちが気付かないところで、聖丸の失言を受けて世論の風向きが変わろうとしていた。

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