スター性

 人の本性が現れる場面というのは、それなりにある。

 大金を持ったとき、死の危険を感じたとき、二人きりになったとき、役割を失ったとき。

 今回の炎上したとき――というのも少なからず本性が出ると言えるだろう。

 リスナーたちもそれを知っていて、配信でコメントをしていく。


● 京太の奴がオレたちに感謝をしている……

● 明日は槍でも降りそうだな

● さすがにこのタイミングでは茶化せない

● 京太がんばれ

● まぁ、なんだかんだでかおるチャンネルのリスナーは京太のファンだしな

● オレは京太嫌いだけどな! 大嫌いだけどな! かおるちゃんが悲しむから京太の応援もするだけだ


 コメントが本人たちに届かない――それを知っていても気持ちをコメントに込め続ける。

 ハタから見れば異常だろう。

 しかし、それでも応援するという熱い気持ちが止められないのだ。


● 京天桃血WIN!!

● 炎上なんかぶっ飛ばして勝て!!

● 京太もかおるちゃんもピンキーちゃんも頑張れー!!

● このタイミングで炎上させてくる胡散臭い黒幕なんかに負けるなー!!


 その熱さは配信外にも伝播して、炎上系ではないまとめサイトや、Twiitterのインフルエンサーによって拡散して、チーム京天桃血の知らないところで人を増やしていくのであった。




 ***




 一方その頃――チーム京天桃血から対角線上に位置する一番離れた場所。

 チーム〝ガンガール〟がいた。

 無警戒で歩く聖丸、しゃがみながら周囲を警戒しているらきめ、通りそうな射線や相手チームの初期配置などから目線だけを動かしてすべて把握している銃子。


「なぁなぁ、賞金首のチーム京天桃血を倒しに行こうぜ!?」

「いやいや、聖丸っち。さすがにそれは無理なの~」

「は? なんでだよ???」


 なぜか顔真っ赤で焦り気味のような聖丸に対して、らきめは呆れ顔だった。

 聖丸がことを急ぐ理由を察しているからだ。


(悪意しかない暴露にルール追加まで……本当にくだらない男……)


 一応はリーダーである銃子は仕方なくなだめる。


「ウチたちが、いっちゃん離れたところにいる京天桃血へ向かうっちゅーても、めっちゃ時間かかるやろ? 到着する頃には戦いも終わってるはずや」

「チッ、あいつらの負け顔を見たかったけど仕方ないか……」

「そのチャンスはまだあるやろ」

「は? もしかして、京天桃血の奴らが勝つとでも言ってるわけ?」

「まっ、しらんけど」


 銃子は含みのあることを言い放って笑った。

 聖丸は不機嫌そうにしながら、ひらけた場所へと足を踏み入れた。

 明らかに不用意だが、銃子は気にしていない。

 むしろ視線は遠くだ。


「あ~、なんかイライラする。早く誰かを撃ちたい気分だぜ――ウゲェッ!?」


 それは突然のことだった。

 聖丸に銃弾が襲いかかる。

 ほぼ同時に二回の発砲音は聞こえたが、すでに敵の姿は見えない。


「遠くの十一時方向の建物に二人、ってとこかいなぁ?」

「たぶんあってる、こっちも確認したなの」


 二人は冷静に敵の位置を特定していた。

 放置されている聖丸は大したことないはずの痛みに耐えきれず、うなるような声を絞り出して抗議する。


「チクショウ……ボクを撃ちやがって……。おい、ダウンしたボクを早く立ち上がらせろ……」


 ダウンというのは、HPが0になったあとは即死せずに、ある程度の復活時間が設けられているというシステムだ。

 ただし、チームメンバーが近付いてしばらく復活させる時間を取られてしまう。


「堪忍なぁ、後回しや」

「ちょっ!? ボクを見捨てるのかよ!?」

「射線気にせず無警戒に歩いて、しかも自分は弱めのTPSアバターなんだから仕方がないなの~」

「まっ、今起こしに行っても敵から狙い撃ちにされてミイラ取りがミイラになるだけっちゅーことやな。寝て待っててーな」

「す、好き勝手言いやがって!! おい、ボクのおかげでこの大会もできているんだぞ!? それなのに何だこの扱いは!?」


 キレる聖丸を相手にしている時間はない。

 相手も位置が特定されたとなれば、それなりに対策を取ってくる可能性が高い。

 即行動しなければ状況が不利になる。


「じゃ、ちょっと行ってくるでぇ。ああ、忘れてるかもしれんけど、配信されとるでぇ。ただでさえ色々あって注目されてる大会だから炎上が飛び火するかもしれんなぁ」

「あっ……リスナーの皆さん、これは場を盛り上げるためのプロレスですからねぇ~」


 聖丸の声をスルーして、銃子とらきめは先に進むことにした。


「さてと、この身体になってからバトロワルールで戦うのは初めてやなぁ」

「いつも通りでいいなの?」

「せやな、数は不利やけどいけるやろ」

「わかったなの」


 FPSで一番大事なものはなにか?

 素人なら『AIM』や『強力な銃』と答えるだろう。

 しかし、銃子が一番だと思っているのは『マップ把握』だ。

 射線の通る場所を知らなければ一方的に撃たれるし、隠れられる場所を知らなければクリアリングで余計な時間がかかって撃ち負ける。


 AIMや銃選びも大事だが、マップを把握していなければまぐれ勝ちに頼るしかなくなってしまうのだ。

 今回は事前にマップを確認できたため、キッチリと頭の中に叩き込んできている。

 これは銃子にとって特に攻略などではなく、人間が息をするのと同じくらい自然なことだ。


「この地形で建物に二人、たぶん残り一人は一時方向の岩陰に待機してる可能性が高い感じやな」

「んー、どうするなの? 銃子っちが一人で建物側の二人を相手にするなら、わたしっちが岩陰に対処するけど」

「まっ、たぶん平気やろ。それでいくでぇ」

「了解なの」


 らきめは回り道をして単独で岩陰へと進んでいく。

 丁度、建物側からの射線も切れているので、読みが当たれば一対一になる可能性が高い。


「やっぱり、いたなの……」


 遠くの岩陰に小さく人影が見える。

 銃子が建物の方に行く道を狙っているようだ。

 状況が動く可能性もあるので、なるべく早く始末しておきたい。

 らきめが持っている武器はアサルトライフルとマークスマンライフルだ。

 マークスマンライフルを選択。

 手早く狙いを定め、スコープに相手の頭部を捉えて引き金を引いた。


「うーん、なの……」


 撃つ瞬間にブレて、頭部ではなく肩に当たってしまった。

 マークスマンライフルはスナイパーライフルほどの精度がないのと、らきめのVTuberアバターが弱めというのもある。

 これはカスタムアイテムなど手に入れて補うしかないだろう。


「ひゃっ!?」


 相手はスナイパーライフルですぐに撃ち返してきた。

 らきめは間一髪のところで物陰に隠れた。


「うーん、困ったなの。相手の岩陰までは距離があって途中には遮蔽物がないし、遠距離戦では武器やアバターで不利……」


 らきめ自身はAIMや立ち回りも悪くないし、参加者の中でもそれなりに戦える方だろう。

 しかし、相手チームは不幸なことに優勝候補の一角である〝DONKATSU〟だ。

 バトロワ系の動きに慣れていて、アタバー自体も性能が高い。


「これは〝相手が悪い〟なの~」


 らきめは再び身を乗り出して、マークスマンライフルのスコープを覗き込んだ。

 それは射撃をするためか?

 いや、違う。

 相手の注意を惹きつけ、同時に死を観察するためだ。


「なっ!?」


 その相手の声は遠すぎて配信側にしか聞こえなかった。

 だが、続けざまのスナイパーライフル――合計三発の銃声だけは確かにらきめにも聞こえた。

 スコープに映るのは、頭部――しかもアバターには最もダメージが通る眼球部分をピンポイントで撃たれている姿だった。

 最初の銃声二発を囮に横を向かせ、最後の一発を即眼球に撃ち込んだのだろう。

 こんな神のようなAIMを狙撃で実現できるのは一人しかいない。


「だから言ったなの。〝相手が悪い〟って」


 相手はダウン状態すら維持されていないので、チーム〝DONKATSU〟の三人がすでに全滅しているというのがわかった。

 たった三発――しかもすべて眼球へのヘッドショットを一瞬にして決めたのだろう。




 らきめは銃子と合流して、その高い背にピョンッと跳びながらハイタッチを決めた。


「銃子っち、ナイスなの~!」

「今回はらきめが敵の視線を惹きつけてくれたからや。相手が近距離で挑んできたらどうなってたかわからんでぇ~」


 そう言いつつも、銃子の表情はいつものようにどこか空虚さを漂わせていた。

 こうして京天桃血が寄せ集め部隊を倒すのと同時に、ガンガールも優勝候補を軽々と屠っていたのであった。

 ちなみに聖丸は忘れ去られそうになったところ、ギリギリでダウンから救出された。

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