家凸はマナー違反

 京太たち三人は、かおるの家に戻ってきていた。

 ことがことだけに、尾行などは注意している。

 京太の第二職業であるアサシンのスキル【気配察知】もあり、常人では気付かれずに行動するのは不可能だろう。

 はずだったのだが――


「へ~、ここが京太っちの家なんだ~」

「お前は……十五月らきめ……」


 気配なく、突然現れた銃子の専属VTuberアバターの少女だった。

 京太が敵意を向けるも、銃子とはまた違った男受けする笑顔を返してきた。


「京太っち~、そう怖い顔しないでほしいなの~」

「どうやってここに……」

「らきめ、ラッキーだから偶然来ちゃったなの~」

「そんなわけないだろう……お前一人か? 何が目的だ?」


 そう手短に話しつつ、京太は白虎大剣に手をやって臨戦態勢を取った。

 鼻につくような『なの~』と作った語尾が胡散臭く感じてしまう。


「こんなか弱いVTuberアバターのらきめ一人に痛いことしないでなの~!?」

「一人……か」


 周囲を警戒しても、たしかに他に仲間はいなさそうだ。

 もっとも、スキル【気配察知】をすり抜けられる仲間が他にいた場合は別だが。

 銃子のときは油断していてすり抜けたと推測できるが、今回はしっかりと注意していたので明らかにおかしい。

 ある程度の登録者数がありそうなVTuberスキルの可能性もある。

 この十五月らきめは、銃子と聖丸の影に隠れていたが警戒すべき相手だ。


「別にらきめは敵になりたいんじゃないなの~」

「いや、お前は聖丸の恋人で、俺たちの敵チームだろ」

「ううん、聖丸っちは性格悪いし、女癖も最低だし、別に恋人でも何でもないなの~」

「じゃあ、なぜ俺たちに一人で接触してき――」


 そのタイミングでかおるがスマホを眺めて、京太へ伝えてきた。


「京太、これ……見てください」

「なっ!?」


 そこにはバトロワの詳細なルールが決定したということが書かれていた。

 その中でも特に強調されていたのが、『防具以外の持ち込みは禁止されており、使用できる武器は落ちている非殺傷属性のみで、近接武器は1%にも満たない』というのだ。


「聖丸っちが急遽決めた、京太っち潰しのルールなの~。近接武器0%とせずに僅かな希望を持たせるのが性格の悪さ出てるぅ~」


 大剣を主体とする背徳天騎士シャドウクルセイダーは、当然のことながら大剣がないと動きがかなり制限される。

 このルールだと今の京太に勝ち目は無いだろう。


「となると、銃主体で戦うことになるのか……。一応聞いておくが、かおると桃瀬はFPSの経験はあるか……?」

「あたしは格闘ゲーム以外はさっぱりで……」

「うーん、私も脱初心者したくらいの腕前です……」


 仕組まれた敗北コース。

 戦う前から勝負になっていない。

 大会までは二週間くらいで、どうにかできるとは思えない。


「そこで――優秀なFPSコーチはいりませんか? らきめ、昔から銃子っちとチームを組んでいるだけあってFPSのランクは最高位持ちなの~」

「お前、どういう――」


 京太が今一度疑いの言葉を投げつけようとしたのだが、それより速くかおるが部屋のドアを開けて十五月らきめを招き入れた。


「ほら、入った入った。立ち話もなんですからね」

「誰にも聞かれたくないから、助かるなの~」

「ったく、仕方がないか……」


 決断が早いかおるに気圧されるような形だが、話を聞く必要がありそうなのは確かだ。




「粗茶ですが」

「ありがとうなの~!」


 元汚部屋――京太と桃瀬が掃除をしたので現在は綺麗――の中で、らきめはすっかりとくつろいでいた。

 かおるが持ってきたお茶を笑顔で飲んでいる。


「部屋の中で、俺たちがお前を襲うとか考えないのか?」


 戦闘系のアバターならまだしも、サポート特化であるVTuberアバターが室内で三人もの敵に囲まれたら勝ち目は無いだろう。

 らきめの意図が読めない。


「うーん、京太っち三人って根は善人なの。目的のためには手段を選ばないって感じはするけど、そうでないときは他人を無下に扱えないと思うなの」

「買いかぶりすぎだろ」


 だが、それは実際に当たっていた。

 京太とかおるは復讐者としての過激な面はあるのだが、それ以外は善良な人間だ。


「じゃあ、逆にお前が善良な人間でなくて、俺たちを騙そうとしている可能性は? たとえば、部屋に盗聴器を付けに来ただけとかな」

「うーん、疑り深いのは好感が持てるの。それだったら、わたしっちの身体を調べるといいなの」

「なっ!?」


 いきなりらきめは服を脱ぎだして、京太に投げ渡した。

 VTuber独特の過激な衣装は脱ぎやすいらしく、その下にはすぐブラジャーなどが見えてしまっている。


「ば、バカ!! 男の前で脱ぐ奴があるか!! VTuberがそんな簡単に異性に肌を晒すもんじゃない!! お前のリスナーの気持ちを考えろ!!」

「やっぱり、良い人なの~」

「そういう試すようなことも止めろ! 俺は向こうを見てるから、その間にかおると桃瀬に調べてもらえ……!」


 慌てて背中を向ける京太を見て、かおるはクスクスと笑った。


「まぁ、ドーテイですからねぇ」

「どうせお前も処女だろ」

「はぁ~!? ドーテイ京太、それセクハラですよ!?」

「俺にドーテイとか言っておいてダブスタすぎだろ……」


 言い合う二人を見て、らきめは初めて見せる自然な笑みを浮かべた。


「仲が良いですねぇ、お二人」

「「良くない!」」


 京太とかおるの声が重なっていた。


「えーっと、もう身体検査していいかな……?」


 そんな中で、一人だけまともなことを言う桃瀬であった。




 身体検査は進むのだが、衣擦れの音などが聞こえるだけの京太はもどかしさを感じていた。

 思春期特有のアレである。

 本当だったら外に出ていたいと思うのだが、万が一らきめが隠し持っている武器で襲ってくるとも限らない。

 ギリギリ自分の中の折衷案で、近くで後ろを向いているという状態なのだ。


「ふ~、終わりましたよ。京太」

「そ、そうか」


 かおるの声を合図に振り向き、そこにはきちんと服を着ているらきめがいてホッとした。


「じゃあ、これで――」

「あ、わたしっち……まだ仮想変身アヴァタライズ解除して検査してもらってなかったなの。解除っと」


 十五月らきめの低身長で男受けしそうな身体が変化して、実際の姿は高身長のお姉さんタイプだった。


「結構ギャップがあるな……って、すぐに脱ごうとするな!! 俺の視線を気にしろ!!」

「え~、陰キャくんはこっちの姿に興味なさそうなの~」

「そういう問題じゃない!!」


 京太は再び後ろを向いたのであった。

 聞こえてくる女三人――かおる、桃瀬、らきめの会話。


「VTuberでここまで身長が違う人は珍しいですね~」

「えっ、そうなの? あたし、こういうのって変身願望があるような人が多いかと思ってた」

「ふふふ、桃瀬っち、それは甘い。こういうのは中身と合わせないと、3Dライブのときにモデルとの差異で色々とバレちゃうなの……!」

「あ、やっぱりそうですよね、らきめさん。大変じゃないですか?」

「それでも銃子の横に立つには、相方として映えるVTuberの身体になりたかった……なの」


 らきめの口調が、少しだけ素になっているのを京太は聞き逃さなかった。


「なぁ、らきめ。もしかして、俺たちに協力してくれるのは銃子のためなのか?」

「それは……」


 間髪入れず、京太は脳裏に刻まれた渋沢の言葉を口にした。


「――『正義の四天王は、その〝正義〟で世界へ復讐しようとしている』」

「……」

「『止めてやってくれ……、とは言わないさ。ただ、戦ってきちんと〝正義〟を打ち砕いたのなら、おじさんから〝トロフィー〟を贈呈しよう……』って、言ってた奴がいてな。銃子とコンビを組むお前もそれを望んでいるんじゃないのか?」

「京君、それを言った人って……」


 桃瀬は渋沢だと気付き、京太が背負っているものが多少なりとも理解できたようだ。


「どうなんだ、らきめ?」

「さすが戦略シミュレーションアバターのトッププレイヤー、お見通しだったってわけね……。一体何手先を、読んでいたのやら。本当に食えないおじさんだこと……」


 声のテンションが変わったらきめは雰囲気がガラリと変わっていた。

 それを気にせず、桃瀬は根本的な疑問を口にした。


「でも、それなら銃子さんを倒す手段なんていくらでもあるんじゃないの?」

「わたしは……銃子が納得する形で負けてほしい。全力で戦って、死なないで、きちんと前に進ませてくれる相手――それがあなたたちだと思った」

「身体検査、終わりました。京太、もうこっちを向いていいですよ」


 言われたとおりにすると、そこには真剣な表情を見せるVTuber姿の十五月らきめがいた。


「らきめ、なぜ銃子をそこまで敗北させたいんだ?」

「それは銃子――神田修子が過去に死んだ親友の亡霊に囚われ続けているため……」

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