遭遇・殺意

 四つの試験を好成績で終え、あとは結果を待つのみとなった。

 京太たち三人は休憩がてら、飲み物を自販機で買っているところだった。


「それにしても、人が多いですね~……。あ、京太、私はコーラで」


 京太は無糖のコーヒーを買ったついでに、かおるのコーラと、桃瀬の桃果汁ジュースを買った。

 それらを渡してから、自分も飲み始めた。


「こんなご時世だから、もっと参加者は少ないと思っていたんだがな……」

「――こんなご時世だから、こそやな」


 突然、背後から聞こえた声。

 気配を感じなかった。

 気を抜いていたからか? いや、それは違った。

 意図的に気配を消していたのだ。

 背後から近寄り、音を立てずにナイフで首を搔っ切るかのように。


「お前は……!」


 京太は間合いを離しながら振り返った。

 背後にいたのは、軍服を着た男装の麗人――銃子だった。


「やぁやぁ、京太。この前ぶりやで~」


 首を斬られたような感触は、ただの殺気だった。

 実際には斬られていない。

 向けられているのは殺気ではなく笑顔。

 彼女は笑顔で人を殺せるのか、それとも何も考えず笑顔を見せているだけなのか。

 見目麗しさの裏に、底知れぬ不気味さが透けて見える。


「あ、銃子さんだ。こんにちは!」

「ピンキー、こんにちはやで~。かおるも元気にしとったか~?」

「こ、こんにちはです……」


 桃瀬は冒険者ギルドで知り合いだったのか笑顔で、対称的にかおるは警戒の表情を見せている。


「どうやら、そちらさんのチーム。ええ成績を出しとるらしいやん? こらもう出場確定やな~。戦えるんが楽しみやわ~」

「一応、確認しておくが――」


 京太は怖気を堪え、銃子に殺気を返した。


「銃子――お前に勝てば望みを何でも叶えてくれるんだな?」

「ええよ~」


 予想に反して、銃子の答えは軽い。


「使い切れないくらいの貯金を渡してもええし、持っているレアアイテムでもええでぇ。京太が酔狂で、ウチの身体を求めても問題なしや」

「きょ、京君!?」


 桃瀬が驚いているが、それに構っている暇はない。


「それとも――ウチの命を望むんか? クク……滾るわぁ~……」


 それは明らかに渋沢を殺したのが誰か知っているかのような返答だった。

 だったらもう遠慮はいらないだろう。


「俺が勝ったら、灰色の竜について知っていることを教えてもらう」

「なんや、殺し合いが望みやないんか。ま、ウチとしては京太と戦えれば問題なしや。そういうことやから、戦うのを楽しみに――」

「おいおい、楽しそうなことをボク抜きでするのは止めてくれるかなぁ~?」


 突然、話に割り込んできた男がいた。

 京太は以前、その声に聞き覚えがあった。

 それも最悪の記憶として刻みつけられている相手だ。


「やぁ~、八王子京太。ひっさしぶり~。引きこもっちゃってたけど、元気してた~?」

「佐藤聖丸せいまる……!!」


 それは忘れもしない。

 過去、学校で京太をイジメていた相手だ。

 イジメと言えば軽い感じだが、精神的に追いつめ、暴力も振るうという警察が介入してもおかしくないレベルだった。

 それでも聖丸が涼しげな顔をすることができたのは、彼が政治家の父と、大企業トップの母を持つからだ。

 星華がどうにかするまでは、彼は学校で無敵の存在だった。


「聖丸っち~……。わたしを置いて行ったらダメなの~!」

「あっはっは~、悪い悪い。つい懐かしい顔を見たもんでなぁ!」


 遅れてやって来たのは、パーカーをかぶったVTuberアバターの少女だった。

 聖丸は、少女と肩を組んで大きな胸に手をやって揉んでいる。

 少女は嫌そうな顔もしていないし、カップルなのかもしれない。


「おっと、紹介するでぇ。こちらはウチのチームの佐藤聖丸、冒険者ギルドのスポンサーの一人のようなもので、今回のバトロワも協力してもろてなぁ。で、こっちが十五月もちづきらきめ。チームのVTuber枠や」

「いつも笑顔で幸運引き寄せる、もちろん今日もツイてツイてラッキーめなVTuber! 十五月らきめなの! よろしくなの!」


 VTuber特有の名乗り口上をあげ、ドヤ顔を見せる十五月らきめ。

 その横でニヤニヤしていた聖丸は、十五月らきめの胸から手を離して、かおると桃瀬を眺めながら自己紹介をした。


「京太の横にいるのが勿体ないくらいの可愛い子がいるじゃーん。ボクは佐藤聖丸。趣味は読書とスポーツ観戦。嫌いな物は悪人かなぁ~」

「ひっ」


 桃瀬もイジメられていたことがあるので、怯えた声を発してしまっていた。

 それを見て察したかおるは、桃瀬の前に立ち塞がりガードをしてあげた。


「どうも、天羽かおるです。私は京太のことを評価してますよ。少なくとも、女の子を怖がらせるあなたよりは」

「おっほ~。睨み付ける顔もそそるねぇ~。どう? かおるちゃん、気楽に付き合っちゃわない? ボクと一緒なら最高の日々を保証してあげるよ、神に誓ってね」

「そんなくだらないことを神に誓う人間は信用できないので、お断りします」

「え~……」


 聖丸は残念そうな表情をしたあと、何かを思いついたようだった。


「あ、そうだ。それじゃあ、こうしよう。ボクの権限で、キミたちは試験失格ね~」

「は?」


 余りに自分勝手な裁定に、かおるは眉間にシワを寄せてしまった。


「――聖丸、いくらお前でも」

「っと、銃子ちゃん、怖い顔をしないでよ~」


 笑みを浮かべる銃子から放たれる威圧感。

 聖丸はやれやれとお手上げのポーズをした。


「そこで、出場できる条件を追加してあげるってことさぁ~」

「条件だと?」

「そうだよ、京太。優勝できなかったら、お前の女二人をボクの自由にしていいって条件だよ」


 京太は即答した。


「却下だ」

「あれぇ~、ボクに従わないなんて、随分と生意気になったねぇ~。妹の星華せいかちゃんのせいか・・・なぁ~? せいかだけに、ギャハハ!」

「貴様が星華を語るな……」

「ん? どうしたのかな? もしかして――死んじゃったから?」


 どうしてそれを知っている?

 京太の脳裏にはその思考が浮かぶと同時に、心の奥底から強烈な殺意が芽生えた。


「顔だけは可愛かったから、勿体ねぇよなぁ~。ボクの女になってくれていればなぁ~。京太のことを取り引きしていいところまでいったんだけど、姑息な罠を仕掛けてきてさ~。ギリギリのところでダメだったん――」


 京太は白虎大剣を振り下ろしていた。

 斬り裂くのは聖丸の顔面だ。


「うおっ!?」


 手応えあり――だが、聖丸は数歩下がって驚きの表情を見せているだけで無事だった。

 白虎大剣の先にあったのは、銃子が持つハンドガン。

 火花を散らし、いつの間にか受け止めていたのだ。


「京太、堪忍な~。聖丸を殺されると冒険者ギルドの損失になってまうんや~」


 銃子は、いつもの笑みと口調でペースを崩さず話している。

 だが、放たれる気配は戦闘態勢に入ったことを告げている。


「これ以上やるのなら、ここでただの殺し合いや。かなりの一般人を巻き込むことになりそうやな~」


 構わない――京太がそう口にする直前で、震える桃瀬が声をあげた。


「あ、あたしはその条件を呑むよ! 二人はバトロワに出て勝たないといけないんでしょ!?」


 続いて、かおるも覚悟を決めたようだ。


「まぁ、別に死ぬわけじゃありませんし。その程度の条件はオッケーですよ。アバターの身体なら何をされても気にしませんし」

「二人とも……」

「で、どうするんや? 女二人が格好良いところを見せたっちゅーのに、男は自分勝手にするんか?」


 煮えたぎるような怒りを必死に抑え、京太は白虎大剣を収めた。


「勝負はバトロワ〝闘魚ランブルフィッシュ〟でつける」

「ええで、ウチ以外に倒されんようにな」


 今、聖丸を視界に入れたら殺してしまう。

 京太たちは、そのまま背を向けて立ち去った。

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