幕間 切り忘れ配信の思い出

 それは汚部屋のゴミをパズルゲームのように動かし、食事する場所を作っているときのことである。

 かおるの努力家部分を見たことにより、京太はふと過去の配信を思い出していた。


(そういえば、あのときも努力家な面が見えていたな……。一歩間違えば大炎上になりそうだったが……)




 ***




 それは昔――まだ京太が引きこもりだった頃の話だ。

 部屋でエアロバイクをこぎながら、ゲームをして、さらに動画を見ていた。

 これは一見異常なようだが、ゲーマー界隈ではそれなりにやられている手法だ。

 筋トレとゲームと動画視聴を同時にすることができてお得である。

 ちなみに見ている動画というと、もちろん――


『こんて~ん! 地上へ舞い降りてきたお世話系メイド天使、天羽かおるでーす! 今日も皆様に楽しんでもらうぞー!』


 妹からオススメされた、天羽かおるのチャンネルである。

 しかし、今の京太とは違ってかなり醒めた眼で見ていた。


「何がこんてんだよ、まったく。VTuberなんて世間の評判最悪だし、どうせこいつも裏ではリア充なんだろ。星華は、俺にリア充を学べとでも言いたいのか?」


 京太が真似できないような軽快なトークができるは、天羽かおるが普段から沢山いる友達……もしかしたら恋人辺りと喋っているからだろう。

 引きこもりからしたら考えられない人脈の賜物たまものなはずだ。


 それに今回は歌枠で、いかにも歌い慣れた感じで配信をしている。

 どうして歌がうまいのか?

 どこかで、こう聞いたことがある。

 金も愛情も注がれている家庭は習い事なんて当たり前で、今の時代は歌のレッスンも普通らしい。

 人気シンガーの娘というパターンもある。

 どちらにしろ、天羽かおるという女は、誰よりも恵まれた環境なのだろうと醒めた眼で見てしまうのだ。


「恵まれた人間が、お遊び感覚でチヤホヤされるために配信してる……とか言ってる奴もいたな。実際、そうなのかもな」


 綺麗な歌声が、過去のイジメで卑屈になっている京太の心を逆なでしてくる。


「まぁ、星華との話題作りのために一時間くらいは我慢するか……。歌枠って大体それくらいで終わるし……」


 京太はゲームの方に集中して、いつものようにレアアイテム掘りに励んでいた。

 そうしていると、天羽かおるの配信が終わりそうな気配がしてきた。


『どうでしたか、ご主人様。私の歌で楽しんでもらえましたか?』


● かおるちゃんの歌声好き

● うお~! これで明日も仕事を頑張れる!!

● 歌うまっ!

● リアルでペンライト振ってたw


「どいつもこいつも甘いな……。宇多田ピカルやホンットニー・ヒューストンと比べたら全然だろ」


 今思うと黒歴史だが、歌をあまり聴いたことがない京太だったのでこういうダサい比べ方をしてしまっていた。

 こんな高二病理論でいくなら、世界一位のモノ以外すべていらないということになってしまう。

 エンタメとは、結局は個人の好みなのだ。


「楽しんで頂けたようで嬉しいです! 直接、ご主人様のお世話をすることができないので、せめて楽しくなれるように心のお世話をしたいですから!」


● かおるちゃんマジ天使

● さすがお世話系メイド天使……

● お姉さんの包容力


『明日はFPSに挑戦してみたいと思います。では、夜も遅いのでおやすみなさい、ご主人様。いつも愛してますよ。では、おつて~ん!』


● オレも愛してるーッ!!

● おやすみなさい

● 明日のFPS楽しみ~、おやすみ~


「誰にでも振り撒く、安い『愛してる』だな……。明日のFPS配信も、どうせ気軽でテキトーにやるだけだろ。ゲームを舐めてる」


 そのままエンディング――終了時の簡素な一枚絵――に切り替わって同時接続数も減っていき、京太も配信を消そうかと思った。

 しかし、なぜかいつまでたっても配信終了のグルグルマークが出ないのだ。


● あれ、何かおかしくね?

● 配信終了に手間取ってるだけならいいけど……


 ざわつき始めるコメント欄。

 京太も何か嫌な予感がした。


『ん~、やっぱり歌って体力使うなぁ。でも、これであっくんが喜んでくれるのなら苦労が吹き飛びますね』


 突然、完全オフの天羽かおるボイスが流れ始めたのだ。

 これは配信者の事故で有名な〝切り忘れ〟というやつだ。

 配信終了するのを忘れてしまい、そのあとで失言をしてしまって大炎上というパターンが多々ある。

 ただし、事務所所属のVTuberの場合はマネージャーや関係者などが電話をして止めたりするのでそこまで長引かない。

 そう――事務所所属なら、だ。

 天羽かおるは個人勢で、止めてくれる相手がいないのだ。


● まずいよ、かおるちゃん! 配信切り忘れてる!!

● あっくんって誰だ……? 男だよな……

● まさか彼氏バレ?

● 嘘だろ……


「おいおい、マジかよ。炎上したら星華が悲しむだろ……」


 京太は、特大の炎上の気配を感じて焦ってしまう。

 エアロバイクを漕いでいた足と、ゲームコントローラーを動かしていた手も止まってしまう。


『いや、ちょっと我ながら弟が好きすぎますね……。ご主人様たちへの愛は変わりませんが……』


● なんだ……あっくんって弟の名前か……って、個人情報漏らすのヤバいよ!?

● オレたちへの愛がオフでも変わらないのは嬉しいけど、事故ってるって……

● このコメント欄を見てくれ!

● 気が付けー! 配信切り忘れてるー!

● まずい……どうやっても届かない……


「おいおいおい、どうなるんだ……」


 さすがの京太としても気が気ではない。


『さてと、明日のFPS配信のために練習をしなくちゃですね。ご主人様たちには努力してるところは見せたくないので裏でこっそりと……。やっぱり、話術や歌と一緒で磨けば磨くほどに輝きますし……』


 ゲーム画面は出ていないが、それっぽい音がし始めたのでFPSを起動したのだろう。


「……ふーん。意外と裏では努力してるのか」


 京太としては、オフの声が真摯な態度だったのが意外だった。

 ただの生まれや才能にあぐらを掻いているのではなく、磨き上げた結果が天羽かおるなのだ。


● このままFPSを続けたら、独り言で失言しちゃう可能性大

● コメントも見えない環境っぽいしどうするよ!?

● 誰か電話番号知らないのか?

● 知ってるわけねーだろ

● ひぃん、連絡取れる手段全滅……


「いや、あるだろ」


 京太だけが可能性に気付いていた。

 たった二つのステップを踏むだけで連絡が可能だ。


 まず一つ目は天羽かおるがプレイしているFPSの特定。

 ゲームの起動音……というかメーカーロゴが出るときの音で特定できた。

 OPの音まで待つ時間が勿体ない。

 そして、ゲームさえ特定できればあとは簡単だ。


「たしか、天羽かおるがこのFPSで以前使っていたプレイヤーネームは――」


 京太はMMOをすでに終了させていて、インストールされていたFPSを起動していた。

 流れるような指捌きで、すぐにキャラ名を変更してフレンド申請画面へと辿り着いた。

 そこへ天羽かおるのプレイヤーネームを入れて、送信して終了だ。

 京太はFPSを落として、やれやれと再びMMOを遊び始めるのであった。


『ん? フレンド申請? あっ』


 驚くような天羽かおるの声。

 コホンと咳払いをしてから、いつもの配信向けの声に戻った。


『ご主人様たちにお見苦しいところを見せてしまいました! では、これにて本当に配信終了です! んんっ、キャラネームで注意してくれたご主人様は、何というかもう王子様ですね……。では、おつて~ん!』


● あ、配信終わった

● 事故らなくてよかったけど、どういうこと?

● ここの誰かが、FPS内でフレンド申請を送ったってことか?

● ああ、そういうことか

● キャラ名を「配信つけっぱなしだよ」とかにすれば気が付くか……頭いいな

● 発覚からメチャクチャ素早い対応でワラタ

● 失言させないために王子様が一晩でやってくれました

● 一晩ってか一瞬だろw

● さすが俺ら

● グッジョブ、俺らの誰か




 ***




 ――というのを思い出した京太は、ふと気になった。


「なぁ、かおる」

「ん~? なんですか~? あっ、から揚げは絶対にあげませんよ……!」

「いや、それはいらない。……お前、配信切り忘れで事故りそうなことがあったよな?」


 かおるの箸がピタッと止まり、掴んでいたから揚げがご飯の上に落ちた。


「な、なぜそれを……アーカイブも編集して削除していたのに……。さては、リアルタイムで見てましたね!!」

「いや、まぁ、印象に残ったな~と。特に速攻でかおるがプレイしているFPSを特定して、フレンド申請してきた奴は、何というかその、ストーカーみたいでキモイというか……」

「なっ!?」


 かおるは珍しく頬を膨らませて、京太に対して反論の意志を見せた。


「キモくなんてありません! あのご主人様は誰だかわからないけど、私のピンチを救ってくれた王子様ですから!」

「お、王子様……」

「いくら京太さんでも、あの人のことを悪く言うのはダメですよ!」

「お、おう……悪かった……。反省する……した……色々と……」

「ん? 京太さん、どうしました? なんか顔が赤いですよ? 風邪ですか?」

「な、何でもない!」


 さすがに自分のことを、王子様とか面と向かって言われたので恥ずかしすぎたのだ。

 まともに顔を見ることができず、明後日の方向を向くしかない。

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