協力スキル【プライベートダンジョン】

「それじゃあ、協力スキル【プライベートダンジョン】を使ってみるぞ」

「うん、それはわかったのですが……ここで?」


 二人ともアバターに仮想変身アヴァタライズして、今まさにスキルを使用しようとしていたところだったのだが、なぜかかおるが死ぬほど嫌そうな表情を向けてきていた。

 部屋の中でスキルを使うだけなのに。


「そう、ここで」

「本気で言ってますか? いえ、言ってますね……マジのガチですね……。他人の部屋だからって頭おかしい……」

「おいおい、合理的に考えてみろよ。こんな特典でもらったスキルを外で使ってバレたら面倒だろう?」

「それは、まぁ……」

「だったらバレないところ……かおるの部屋でいいじゃないか」

「そのスキルで何かあったらどうするんですか! たとえば、なんか……爆発したりとか! 部屋がメチャクチャになりますよ!」

「この汚部屋なら爆発しても影響ないだろ」


 ゴミや脱ぎっぱなしの服が散乱している部屋に目線をやって、京太は真顔を見せた。


「これは一気にまとめて掃除した方が効率よくて放置しているだけでーすー!!」

「汚部屋住人の言い訳乙、それじゃあ始めるぞ」

「うわー! 問答無用ですか!? 絶対にモテないよ、この男ー!!」

「うるさい、こちとら生粋の引きこもり陰キャだ。モテなんて知るか」


 そう吐き捨ててから頭の中で念じて、協力スキル【プライベートダンジョン】を使用した。

 ほのかに京太とかおるの身体が輝いた。

 どうやら名前にある通り、二人が協力して使用するスキルのようだ。

 特に協力しているような仲の良さげな空気ではないが、どちらかがスキルを否定しなければ判定的にセーフなのだろう。


「あとで二人が離れていても使えるか試すが、まぁそれは名前からして無理だろうな」

「もしかして、離れられない理由ってこれですか?」

「そうだが?」


 なぜか不服そうなかおるだったが、面倒臭いのでスルーした。


「プライベートダンジョンって名前だから、たぶん効果は自分だけのダンジョンを呼び出したりするもの……だとは思っていたが……」


 目の前に浮き出たウィンドウには、呪文の入力欄と除外欄があった。


「んー、何やら呪文を入力しろという感じですかね……? どうしたらいいんだろう……」

「とりあえず、危険が少なそうな範囲で試してみるしかないな」


 ダンジョンに対してどんなものを入力しろというのか。

 しばらく考えたのだが、京太はあることを思い出した。


「そういえば、ギルドメンバーの一人がリアルで呪文を使うみたいなことを言っていたな……」

「またまた、こんな世界になる前から呪文を唱える〝ファンタジーなこと〟をできる人なんていませんよ」

「いや、通称みたいなものだ。呪文というのは、たしかAIへの指示単語プロンプトだったはず」


 たとえば有名イラストソフトのPortshopポートショップのAIなら〝リンゴ〟と打ち込むと、リンゴの画像が生成されたり、音楽関係のAIなら〝火炎〟と打ち込むと、アップテンポの激しい曲が生成されたりする。

 色々と功罪ありそうな人類には早すぎる技術だが、今は考える余裕はない。


「そういう仕組みなら、試しで一番弱そうな名前を入力してみるか……」

「一番弱そうな名前?」

「スライム……は意外と物理無効で強いパターンもあるから、まずは〝ゴブリン〟だな」


 京太はその一つの呪文【ゴブリン】だけを入力して、決定ボタンを押した。

 するとモヤがかかったゲートのようなものが出現した。


「よし、入ってくる」

「わ、私も行きます!」

「いや、かおるは戦闘面できついだろ……」

「私だって、ほら! サポート能力スキルがなんかあるじゃないですか!」


 かおるが見せてきたステータスウィンドウは、すでに京太も事前に確認していたものだ。

 パッシブスキル【VTuberレベル1:PTの防御力を1%アップさせる】


「正直言ってゴミだぞ、それ」

「メチャクチャはっきりと言いますね!?」

「足手まとい以外の未来が見えない」

「でも、私が世界一のVTuberになるためには、京太と一緒に配信をするしかないじゃないですか!」

「ただ付いてくるだけじゃなくて、撮影もしようってのかよ……正気かコイツ……」

「正気なんかでVTuberのトップを目指せるとお思いですか? そっちがその気なら、もう一緒にプライベートダンジョンを使ってあげませんよ!」

「そこを攻められると何とも言えないな……。わかったから、初回だけは俺一人で行かせてくれ。それで危険がなかったら一緒に潜ってもいい」


 最大限の譲歩だが、それでもかおるは不服そうだ。


「むー……初って撮れ高なんですよねぇ……」

「さすがにそれは我慢しろ」

「じゃあ、今度一緒に潜るときは『うわぁー、初めて入ってみたー!』というリアクションをしっかりとしてくださいよ?」

了解めんどうだ」


 これ以上かおると話すとさらに注文を付けられそうだったので、ダンジョンのゲートをくぐって進んでみることにした。


「これは……いかにもゴブリンがいそうなダンジョンの見た目だな」


 薄暗いが視界が遮られるほどではなく、岩肌剥き出しの天然洞窟といった感じだ。

 ゲームや漫画とは違い、ジメジメとした湿度が肌に纏わり付き、独特な苔むした臭いを感じる。

 高さは両手を上げて届くか届かないかくらいで、横幅は三人が並べる程度だろうか。

 通路の先に広い部屋らしき空間が広がっているのが見える。

 それらを確認したあと――


「よし、戻るか」


 京太は躊躇せず、ゲートから現実世界へと戻った。


「あれ? 京太、もうプライベートダンジョンの探索終了ですか?」

「出入りが可能か、それを確認したんだ。ゲートが一方通行だったら詰むかもしれないからな」

「意外と慎重なんですねー」


 京太は再びプライベートダンジョンに潜り、様々なことを試していく。

 床や壁の破壊は可能か――壊せない。

 部屋に一匹いたゴブリンは強いか――弱い。

 一度敵対したゴブリンからは逃げられるのか――結構な距離を追ってくる。

 では、そのゴブリンから逃げてる最中にゲートから脱出したらどうなるのか――


「ひぃぃぃ!? 京太、何をやっているんですかー!?」

「だから、色々と確認しているんだ」


 ゲートの向こう側に睨み付けているゴブリンが見える。

 どうやらこちら側には来られないようだ。

 試しに拾っておいた石をゲートの中にいるゴブリンに投げるも、不思議とすり抜けてしまって当てられない。


「これで倒すことはできないか。これができたら良い攻略法になりそうだったんだがなぁ」

「あの、もしこれでゴブリンが部屋の中に来ていたらどうしたんですか?」

「もちろん倒すつもりだったが? ああ、強さも確認済みだから心配しなくても――」

「人の部屋の中でゴブリンを倒そうとしないでください!? 血がブシューなるでしょう!?」


 たしかにそんな気もする。


「結果オーライ」

「結果オーライじゃないんですわ、人の心がないのかオメェ!」


 かおるの口調が崩れるくらい怒っているようだが、スルーしてゲートの中へ入っていく。


「あとはどれくらいの広さかを確かめるくらいか」


 一フロア目のゴブリンは雑魚だったので、サクサクと倒しながら進んで行く。

 RPGでたとえるのなら、本当に初期に出てくるレベル1という感じだ。

 集団で連携されたら怖いかもしれないが、今回は特に知性を感じない。

 プライベートダンジョンの呪文で生み出されたものだからだろうか?

 そうしている内に、下へ降りる階段を見つけた。


「さすがに一階だけということはないか……」


 普通なら雑魚ダンジョンだと思って一気に最下層まで突き進んでもいいのだが、ここはゲームの世界ではなく現実だ。

 サイクロプスに殺されたアバターが生き返らなかったのも見ている。

 慎重に階段を降りると――


「なるほど……下手に突き進まなくて良かったな……」


 そこには王冠を頂く貫禄ある巨大ゴブリンがいた。

 それはゲームでも見慣れているゴブリンキングだ。

 一体だけでも手強いが、目の前にいるのは両手で数え切れないほど複数だ。

 見たことのない骨のゴブリンも混じっていた。


「ゴブリンキングだけじゃなく、知らないゴブリン種も混じっているな……。これは考えていたより厄介……いや、面白いスキルのようだ」


 プライベートダンジョンの危険な仕組みが少し見えてきたので、警戒していったん戻ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る