世界最速、支配地域解放
サイクロプスを倒したことにより、それに反応したかのように次々とモンスターが襲いかかってきた。
降りかかる火の粉は払うとばかりに、京太は興味なさげな無感情のままですべての攻撃を回避して、一撃でモンスターを倒していく。
その姿は――ゲーム時代と同じでまさに最強だった。
「これで終わりか?」
しばらく倒し続けると、モンスターの襲撃が止んだように思えた。
「うーん、すごい撮れ高でしたね!」
「撮れ高って……お前……」
先ほどまで隅っこでガタガタと震えていたはずの少女は、今やスマホで動画を撮影していたのだ。
これにはさすがの京太も呆れてしまう。
「お前と呼ばないでください。私の名前は天羽かおるです。ちゃんと名前で呼ばないとリスナーさんにわかりにくいじゃないですか!」
「もしかして撮影したものを動画としてあげるのか?」
「もちろんですよ! 私はVTuberですからね!」
「あのなぁ……」
今すぐスマホを取り上げて、近くの川へ放り投げたい気分だった。
しかし、この天羽かおるの配信を妹の星華は楽しみにしていたのだ。
理性をフル動員してグッと堪える。
「クソがっ!」
「あ、暴言はダメですよ。配信に乗ったらイメージが悪くなりますからね!」
これだからVTuberという人種は……とキレそうになったので、かおるを視界に入れないように顔を逸らした。
念のために周囲の警戒をしていると、かおるが声をかけてきた。
「美少女VTuberと廃墟、絵になりませんかね?」
そちらを向くと、かおるが廃墟――サイクロプスによって破壊された瓦礫の上に立っていた。
銀色の長い髪は、ヘイローと呼ばれるひび割れた天使の輪っかに照らされていて、もう飛べないであろう片羽根を大きく広げていた。
全体的に感情を見せていない表情だが、三日月のようなマークが入った翡翠の眼で、どこか世界を憂うような空虚な雰囲気を漂わせる。
それはどこか現実とは切り離された世界でいて、退廃的で、幻想的で、とても美しいと思えてしまうほどだ。
「ほら、サービスサービスぅ」
かおるは小悪魔のような笑みを浮かべながら、萌え袖付きのメイド服という謎の衣装に包まれた、その大きな胸を強調するようなポーズをしてきた。
今までの雰囲気が台無しである。
一瞬、京太は胸を視界に入れてしまった自分に恥じて赤面しつつ、顔を横に逸らしながら暴言を吐き捨てた。
「かおる、お前は喋らない方が人気なんじゃないか?」
「あ、それはVTuberへのチクチク言葉ですか!? 傷付きました、超傷付きました! リスナー――ファンネーム〝ご主人様〟たちをファンネルで飛ばしますよ!?」
「……やっぱり喋らない方がいいだろ、お前」
大きな溜め息をして気を抜いたのだが、そのとき予想外のことが起きた。
突然、例の脳内へ響く声が全人類へ聞こえたのだ。
【おめでとうございます。世界最速、支配地域解放が行われました。トロフィーを得たパーティーへ特典スキルが与えられます】
「……よくわからないが、ゲームでいうワールドファーストを成し遂げたパーティーがいるってことか? こんなところでも最速を目指すとは酔狂な奴がいたもんだな」
「あれ、何か二人同時にシステムウィンドウみたいなものが出てますよ? なになに……特典として協力スキル【プライベートダンジョン】を入手……? もしかして、これって――」
「……まさかの俺たちか」
廃墟が自然崩壊し、ガラガラと崩れる音が虚しく響いたのであった。
***
「あ、何か飲みます? これだけのことがあっても水道、電気、ガスが確保されてるのってすごいですよねー」
「不自然……な気もするがな。水でも茶でも何でもいい」
「それじゃあ緑茶を用意してきます。ティーバッグですけど……えーっと、どこにしまったかな……」
この混乱した状況の中、少し頭を整理したいというのが二人の総意となって、近くにあるというかおるの家へ案内されたのだ。
京太の家でもよかったのだが、今はあの場所に行くのがつらい。
「あ、ひとり暮らしなので、自分の部屋だと思ってくつろいでてくださいね」
「……さすがに〝コレ〟を自分の部屋だとは思えない」
かおるの部屋はかなりの〝汚部屋〟だった。
女子の部屋というイメージと違いすぎる。
クッション周りだけが辛うじて無事だったので、そこに埋もれ――もとい座っている。
キャラ的には家事が大得意な世話好きメイド天使VTuberなのだが、リアルでは真逆のズボラだと察してしまう。
それでも、怒濤の一日でやっと人心地付けるタイミングだ。
「夢……なら、そろそろ覚めてほしいものだな……」
京太はつい独りごちてしまう。
かおるは台所の方に行っているので聞かれていないだろう。
苛烈な戦いを見せた京太だが、それでも妹を失ったばかりのただの少年だ。
復讐心によって立ち上がることができたのだが、心に傷を負った部分はそのままである。
自分でも歪な存在だと自嘲してしまうほどだ。
それでも生きてしまっている。
なら、これから先のために考えなければならない。
これは夢ではないのだから。
「まずは情報か……」
部屋にあったテレビを付けてみたのだが、放送休止状態となっている。
ライフラインは平気だったが、テレビはダメだったのだろうか?
念のためにスマホでネットが繋がるか試してみたのだが――
「こっちは普通に繋がるのか」
この状況に違和感を覚えながらも、情報を集めていくことにした。
まずは京太たちの身体の異変についてだ。
これはこの街だけではなく、世界規模で起こっているらしい。
ネットで様々なケースが報告されているが、整理すると――
1、ピッタリ同時刻に発生した。
2、変化した身体は使用したことのある〝アバター〟。
3、アバターは自分の意思で変身・解除できる。この呼び方は
ということだ。
3の解除は知らなかったので、京太は試してみた。
「
頭の中で念じてみると、すぐに元の身体に戻ることができた。
着ていた学生服も、メガネも以前のままだ。
同時にドッと疲労感が襲う。
「これは……アバターのときは感じなかった疲労感が出てきたのか? つまりアバターで活動を続けすぎても危険かもしれないということか……。適度に元の姿に戻って休めと……」
疲れた身体をクッションに沈めながら、次のことを考えた。
それはアバターの強さについてだ。
街で見た即死していた最新メタバースアバター、国民的人気RPGアバター以外にも、ネットでは様々なアバターが報告されている。
どうやらそのアバターの強さには偏りがあるようだ。
見た目的には強そうな最新格闘ゲームのアバターがモンスターにやられ、そのあとにやってきた古めの格闘ゲームのアバターが仇討ちをしたと書いてある。
他にも様々な報告があり、どうやら傾向としては古めのアバターの方が強いことが多いようだ。
「それなら最古のゲームアバターが最強ということか……? いや、そっち系のアバターでも強さが別れているという報告があるな……。
さらに目を通していくと、SNSで〝房州春彦〟という人物がこう発言をしていた。
●房州 決まっている。どれだけアバターに情熱を注げたか、だろう!
その意見を馬鹿にする返信が多くついていたが、京太としては納得できるものがあった。
京太は〝World Reboot Online〟のアバターに、主観でほぼ人生すべての情熱を注いでいたし、道ばたで即死していた最新メタバースアバターや、国民的RPGのアバターはそこまで情熱を注げないだろう。
これはアバター差別などではなく、現実的な話だ。
最新メタバースアバターは、文字通り最新で情熱を注ぎ込む時間が足りない。
国民的RPGアバターも、平均プレイ時間的にそう長くもない。
一部、それに当てはまらない〝やりこみプレイヤー〟もいるが、多くは違うということだ。
これを表で発言すると、まとめサイトに一部だけ悪意ある切り取られ方をして大炎上しそうだが。
そういうのは御免なので心の中に伏せておく。
「それと……戦闘に適した設定を持つアバターじゃないときついのかもな」
京太はゲーム時代のスキルが使えた。
完全再現とまではいかないが、大体の性能は一緒だ。
たぶん戦う設定がないSNSのアバターや、それこそかおるのようなVTuberアバターが弱いのも当然と言えば当然である。
「次はモンスター……か」
人々がアバター化した直後に世界中に発生した、と報告されている。
どこかそれに引っかかるようなものを感じつつ、情報を読み進めていく。
「アバター以外の攻撃が効かないのか」
現実世界にモンスターが出現したら、ゾンビ映画よろしく警察や軍隊が出動するだろう。
それはリアルでも実行されたのだが、銃弾が軽々と弾かれてしまったのだ。
米軍がミサイルを撃ち込んだともあるが、モンスターを止めることはできなかった。
現在判明しているのは、アバターによる攻撃が有効ということだけだ。
「モンスター出現地域は結構まばらだな」
世界中にモンスターが出現したといっても、どうやら等間隔で出現したというわけではなさそうだ。
街に集中して出現した地域もあれば、山里に出現したという報告もある。
その傾向はバラバラで、サイコロを振って決めたように思ってしまうほどだ。
強さも差があって、アナウンスされた
京太は、自分がたまたま運が良かったのだと気を引き締めた。
そして目的の文字列を検索する。
その形相は復讐のみに生きる鬼だ。
「灰色の竜……まだ情報はないか」
翻訳して各国の言葉でも打ち込んでみたが、それらしきものは検索サイトに出なかった。
かおるが台所から戻ってきたのに気が付いて、険しい表情を仏頂面程度までに緩和させた。
「お待たせしました、お茶です。ご主人様――って、まだ名前を聞いていませんでしたね」
「京太だ。八王子京太」
「八王子か~、クラスメイトにも八王子って名字の子いますよ。あ、インターネットは使えるんですか?」
京太は検索サイトを消してから、今回の異変についてまとめられたサイトを見せた。
かおるはお茶をテーブルに置いてから、京太の真横に座って一緒にスマホを眺めた。
京太も男なので、密着されると気まずい。
VTuberデザインのアバターは、出るところは出ていて、細いところは細い。オマケに何か全体的にムチムチしているようでもある。
たしか設定では二十二歳で、恋人もいないはずだ。
年頃の男子なら誰しも意識してしまうといっても過言ではないし、緊急事態で生存本能が昂ぶってしまっているというのもある。。
「ねぇ、京太」
耳元で囁かれる。
いきなり名前を呼び捨ての距離感に驚きつつも、その言葉が発された艶やかな唇を見てしまう。
VTuberだけあって甘い良い声だ。
「助けてもらったし、これからも助けてもらうために……私に何でもしていいよ?」
「な、なんでもって……お前……そういうのは……」
理性が持っていかれそうになるも、否定しておこうという意思だけは残っている。
さすがに妹に顔向けできないからだ。
「そ、それより、どうやら長くアバターでいると危険かもしれない。解除しておいた方がいい」
「解除?」
「あ、ああ。そうしようと念じれば、すぐにできた」
「どれどれ――おっ、姿が戻りました。さぁ、私に何でもしていいですよ! 無償の善意なんて信じられないですからね!」
「……」
先ほどまでだったら、京太は再びドキドキして戸惑ってしまっていただろう。
しかし、アバターが解除されたかおるの姿は――
「ガキか」
豊満なボディを持つ天羽かおるとは正反対の、黒髪貧乳の女子中学生だった。
「ガキってなんですか!! もう中学二年生なんですよ! 見た目的にはちょっとだけそっちが年上なだけじゃないですか!! いいから抱けー!」
「ガキは言い過ぎたかもしれないが、俺にも選ぶ権利があるんだぞ……?」
妹と同年代の子は無理である。
ただそれだけのことだったのだが、顔を真っ赤にしたかおるから勢いよく平手打ちが飛んできた。
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