アバター
頭の中に響いたアナウンスの通り、現実世界がバージョンアップ――改変された。
一番初めに気が付いたのは自分の身体だ。
「……なんだこれ。俺が〝World Reboot Online〟と同じ格好をしている?」
着ていたはずの学生服ではなく、ゲームのアバターであるキョウタの外見――黒い戦闘用の鎧をしているのだ。
スマホのカメラを使って顔を確かめてみるも、そちらは元から自分に似せてキャラクリしているので変化はない――が、メガネがなくなっているのに視界がぼやけていない。
次に気が付いたのが街の様子だ。
様々なモンスターがはびこり、家を踏みつぶしたりしているのが見えた。
「酷い世界だな……家の中に避難しても潰されるじゃないか……」
まだ現実だと信じられない京太は、どこか他人事のように呟いた。
そして家の中に隠れていても無駄そうなので、街の中をフラフラと歩く。
星華を失った世界、目的の当てもなく、ただ彷徨う。
すると、周囲に奇妙な人間たちばかりが目に付くようになっていた。
「うおお!! これ僕の最新メタバースアバターだ!! ラッキー!!」
「オレなんて新作RPGの勇者になってるぜ! すげー!」
「現実がゲームの世界みたいになったってことぉ? 楽しすぎるじゃん、アハッ!」
現実離れした姿になった人間たちが、はしゃいでいたのであった。
それらは色とりどりであったり、どこか簡略化されていたり、ドットだったり、煌びやかな装備であったりとシュールな光景だ。
その人の群れに、巨大な棍棒を持ったサイクロプスが近付いてきている。
「お、ザコモンスターはっけーん! 勇者のオレ様が軽くたおし――プギァッ」
「えっ?」
最強装備の有名RPGのアバターは呆気なくサイクロプスに殺された。
周囲のアバターたちもそれを見て現状を理解したのだろうが、もう遅かった。
虐殺するサイクロプス、逃げ惑う強そうなアバターたち。
無表情の京太はそれを横目にして、興味なさげに立ち去る。
「ははは……なんだこのクソゲーみてぇな世界……」
火を失った魂は、京太に何もやる気を起こさせない。
まるで過去の自分のようだ。
ただ息をしているだけで、生きている気がしない。
崩壊しつつある街を意味もなく歩く。
「ひぃぃ! 誰か助けてくださいー!」
助けを求める少女の声が聞こえた。
「……」
本来ならここで助けようとするのだろうが、今の京太には何の興味もなかった。
そちらの方を見ようともせずに、またも立ち去ろうとしたのだが――
「なんでドラゴンがこんな場所にいるんですか!?」
「……ドラゴン?」
その言葉が京太の魂に、復讐という赤黒い炎を宿した。
「ドラゴン……灰色の竜……星華を殺したやつ……」
京太は背負っていた大剣を引き抜いた。
それに気が付いた声の主――長い銀髪の少女は、助かったとばかりに安堵の表情を見せた。
しかし、京太の様子がおかしいことに気が付く。
「あの、助けて……くれるんですか……?」
「殺す! 灰色の竜は殺す!!」
「ひっ」
五メートルサイズのモンスターと、復讐心を身に纏う大剣の男。
どちらも異常である。
しかし、どう考えても普通の人間がモンスターに敵うはずがない。
形勢不利と見て少女は逃げようとしたのだが、その途中で呆気にとられてしまった。
「……え?」
「スキル【神一重】」
竜の強烈な爪の一撃――京太はそれをMMO時代のスキルで回避したのだ。
同時に返す刀の形で、巨大な大剣を袈裟懸けに振り下ろす。
「【天撃】……!!」
攻防一体のカウンタースキル。
灰色の竜は血飛沫を上げ、胸に大きな傷を作った。
飛んで逃げようとする竜に追撃をしようとしたのだが、京太は後ろから引っ張られた。
「ひぃぃ! あっちからもサイクロプスが!」
「クソッ!! ジャマだ! 放せ、俺は灰色の竜を――」
そうしている内に灰色の竜は飛んで逃げてしまい、京太は大きく舌打ちをした。
「チッ」
その怒りをぶつけるように大剣を振るう。
「えっ、ごめ……ひぃっ!?」
剣風は銀髪少女の横を掠め、背後から来ていたサイクロプスを一刀両断にしていた。
灰色の竜は凄まじい速度で飛んでいったのか、すでに見えなくなっていた。
京太はギロリと少女を睨み付けてから、その場を立ち去ろうとした。
「ま、待ってください!! 私を置いていくんですか!?」
「俺のジャマをして、殺されなかっただけでもありがたく思え……」
今の京太は星華を殺された復讐心のみで生きているようなものだ。
これでもかなり我慢をした発言である。
しかし、銀髪少女はそれでも引き留める。
「世界が変になって、モンスターが徘徊しているんですよ!? このままだと私、死んじゃいます!!」
「そうか、興味がない」
「な、なんだってしますから!! お金……は貧乏だから無理だけど……。ほ、ほら……身体とか!! まだ有名じゃないですけど、このVTuberの豊満な身体――天羽かおるの身体を自由にできるんですよ!!」
「だから、興味が――なんだって? 天羽かおる?」
復讐心だけで動いていた京太でも、その名前だけは理性を引き戻してくれた。
星華が好きだった存在。
たったそれだけのことだが――京太にとってはとても大切なことだ。
「あ、でもチャンネル登録と高評価を押してからにしてくださいね! 無料で試聴して、無料で出来るのにそれすらしないなんて人でなしですから!」
……どうやらオフではあまり空気を読まない少女のようだ。
ちなみに無料で出来る評価をしない人間はどの界隈でも一定の割合でいるので、ただ気が付いていないだけだろう。
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