現実世界でアバターまとって無双します ~モンスターが出現する過酷な世界になったけど、どうやらアバターをそのまま使えるらしく、廃ゲーマーだった俺は配信されて謎の最強存在としてバズってしまう~

タック

第一章 支配地域解放

現実世界のバージョンアップを行います

 八王子京太はちおうじきょうた死んでいる・・・・・


 両親から愛情を注がれずに死んだような生活、さらに学校では金持ち――両親から愛情を注がれている腐った奴らにイジメられて死んだように不登校、そして生まれつき身体が弱く常に痛みを伴う死んだような日々。


 こんな最悪な人生を十六年間も過ごしてきたのだ。

 そういう意味でも、京太は死んでいると言っても過言ではないだろう。


 しかし、生きているという実感を得られる唯一のことがあった。

 それはゲームをプレイしているときである。

 ゲームを与えられた理由は『ガキが静かになるから』という最悪なものだが、物心ついたときからネットゲームである〝World Reboot Online〟をプレイし続けていた。


 このゲームはスタンダードなMMOで、多くのプレイヤーがいる世界でモンスターを倒してレベルを上げ、スキルを駆使してダンジョンやボスを攻略、そして誰もが羨むレアアイテムを入手していくというものだ。


 もうプレイして十年近くになるだろう。

 京太――プレイヤー名キョウタは、最古参プレイヤーで不遇職〝背徳天騎士シャドウクルセイダー〟を使う、最強にして謎の存在と噂されていた。


「最強にして謎の存在……か。リアルじゃ、ただの引きこもりニートだけどな」


 京太は寝起きのベッドで、メガネをかけながら独りごちる。

 巷ではゲーム依存症などというネガティブな言葉もあるが、京太に関しては間違っている。

 ただの〝周囲から何も与えられずに何も行動できない子供〟だった彼が、ゲーム内で人々と触れ合って様々なことを学べたのだから。

 それにより京太はこの世界は自分だけではないと知ったし、色々な人生を持つ仲間を知ることもできた。

 ゲームによって非人間から、人間になった……と本人は思っている。


 そこから将来の事をきちんと考え、勉強や筋トレを自分でして、これまで避けていた妹――八王子星華せいかからの手助けを得て今日から高校に復学することになったのだ。


「ネトゲをプレイして、結果的に人生をやり直す……か」


 京太は苦笑しながら登校の準備をし終えた。

 引きこもり生活で見慣れすぎた部屋から、ようやく外へ羽ばたけるのだ。

 それから少し躊躇しながら家の外へ出ると、太陽の光がとても眩しく感じられる。


「京太お兄ちゃん、おはよう。気分はどう?」

「おはよう、星華。引きこもりにはハードルが高いけど、そこらへんはレアアイテム取りで鍛えた根性で何とかするさ」


 ドアの前で待っていてくれた星華にそう返事をすると、クスッと笑われた。

 以前だったら笑われるのは嫌いだったが、今はもう、それが嘲り以外の意味でも使われるとわかっているので平気だ。

 人は悪意のみを向けてくるわけではない。

 ゲームの中でもそうだったし、それに気付いて星華とも話せるようになった。

 そこから京太の心情を吐露したら、星華の行動は早かった。

 両親を強く非難して反省させ、学校のいじめっ子に対しても根気強く話し合いを行ったらしい。

 具体的に何をしたのかはわからないが、いじめっ子側は親を含めた謝罪の言葉を言ってきて、そいつらは遠くへ引っ越してしまった。

 普通に考えてあり得ない話だが、星華はそのために何年も尽力してくれた。

 ケガをして帰ってきたこともあった。

 たった一人の妹にそこまでされたら、京太としては立ち直るしかないだろう。


「今日から新しい世界へようこそ! 行こ、京太お兄ちゃん!」


 差し出された手。

 これまでの自分を支えてくれたゲームと、立ち直らせてくれた星華に感謝をしながらその手を握った。

 星華は緊張を察したのか、笑顔で雑談を振ってくる。


「昨日の天羽あまはかおるちゃんの配信見た?」

「あ~……ゲームしながら見た。お前がオススメするからしょうがなく」

「え~!? VTuberには興味ないみたいにしてるけど、本当は京太お兄ちゃんも天羽かおるちゃんが好きなんじゃ――」


 どこにでもありそうだが、それは何ものにも代えがたい大切な会話。

 楽しそうに話す星華の手は想像していたよりもずっと細く、小さく、温かい感触で――飛び散った血は赤かった。


「……は?」


 それは突然だった。

 握っていた手は、血だらけの手だけ・・・になっていた。

 目の前には宙を舞う赤い血飛沫。

 それはまるでキャンバスにまき散らされた絵の具のようだ。

 それぐらい現実感がないのだが、たしかに握っている手だけが生々しい肉を感じさせる。


「……手、だけしか……ない?」


 思考だけが加速されていたようで、現実時間では一秒も経っていなかっただろう。

 ようやく理解した。

 星華は飛来してきた巨大な何かに斬り裂かれ、いくつもの破片となって道路にぶちまけられていたのだ。

 その方向に首をゆっくり動かすと、体長五メートル程度の灰色の竜がいた。


「嘘……だろ……これは夢だ……」


 現実世界にドラゴンはいない。

 人生の大半をゲームに費やしていた京太でも、それくらいはわかる。


「きっと目が覚めれば握っている手も、ドラゴンも、星華の死体も消えて……普通の朝がやってくるはずだ……」


 そう呟くことで精神の安定を図ろうとした。

 ――だってそうだろう。バカバカしすぎる。いきなりドラゴンが目の前に現れて、星華を殺すなんて荒唐無稽だ。

 それもよりによって、非人間だった自分がようやく星華の力を借りて復学して羽ばたこうとしていた最悪のタイミングで――だ。

 京太はそう現実逃避するしかなかった。

 だが、目の前にいるのは本物のドラゴンだ。

 星華の肉片を食べ始めた。


「あ、ああ…………や、止めろ……止めろォーッ!!」


 それは夢でも許せなかった。

 京太は自分でもわけがわからないくらい、喉が張り裂ける勢いで叫びながら灰色の竜へ走っていく。

 灰色の竜は汚いゲップをしたあと、すぐに飛び立ってしまった。

 空へは手が届かない。

 京太はその場で座り込んで、呆然としてしまう。

 夢なら冷めて欲しいと願いながら、道路に塗りたくられた星華の血を虚ろな眼で見つめる。


「こんなのが現実なはずないだろう……こんなのが……」


【現実世界のバージョンアップを行います】


 京太の願いも虚しく、全生物の頭の中で幼年期らしき拙い声によるアナウンスが聞こえた。

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