2.悪魔崇拝
ここ数ヶ月、少女を拉致し、レイプした後、刺し殺し、走行中の車から捨てられる事件が多発していた。
少女は皆、髪の毛が長く、15歳から18歳までで、白人だった。
そして死体の手の平には、刃物で傷付けられた十の文字が刻まれている。
走行中の車から死体を捨てる事から、犯人は複数いる事がわかり、しかも手の平の傷からして、またもキリスト事件の影響であるとわかる。
またもと言うのは、キリスト事件の犯人である少年を崇拝する者なのか、それとも自分の犯した罪を少年になすりつけたいのか、アグルスでは、被害者の手の平に十を描く事件が多い。
キリスト事件はもう20年も前の話。
少年も15年の刑を終え、世に出ている。
その後、少年がどこで、どうしているのか、誰も知らない。
少年の両親は亡くなっている。
少年が犯した罪は重く、もともとアルビノ遺伝子を持ち合わせた父親に、日中で働く仕事はできず、昼間から酒を飲んで過ごしていた日々が、全く仕事がなくなり、酒さえ買えなくなり、世間からは非難され、自殺した。
アル中だった彼は誤って道路に出てしまい、事故になったという話もある。
母親の方も息子が起こした事件のせいで、売春婦としての稼ぎがなくなった。
いつもの仕事場となる古いモーテルで、大量の薬を飲み、手首を切って、風呂場で発見されている。
少年に殺された被害者の身内が、自殺を装い、彼女を殺したという話もある。
祖父母も他界している為、少年は身寄りがなくなり、今現在の彼を知る者はいないし、もう終わった事件だ。
事件さえ、当時の人間達以外には、もう闇に消えてもいい。
だが、今の時代、ネットで直ぐに検索できる。
『悪魔』『猟奇的』『少年犯罪』『キリスト』『ハニエル』『ルシファー』などのキーワードを検索すれば、当然のように出てくる事件だ。
勿論、その殆どがルーセン・C・ファークレイが犯した罪を怒りや憎しみで綴っているが、中には彼を「ルシファー」と呼び、彼を崇拝しているホームページもある。
実際にルーセン・C・ファークレイという名が世間に公表された事はない。
だが、その名がどこからか漏れた事で、彼の名に愛称をつけ「ルシファー」と呼んだのかもしれないし、もしくは堕天使のルシファーをイメージしたのかもしれない。
どちらにしろ安直でわかりやすい為か、キリスト事件の犯人はルシファーとして世間に広まっている。
こうしてキリスト事件のルシファーは、今も尚、語り継がれ、恐怖を世間に広め続ける事で、崇拝されている——。
アグルスの警察は民達から絶大なる信頼を失っていた。
犯罪の予防や治安の維持ができていない。
犯人逮捕にまで至っていない事件もある。
この事から人々は警察に頼っても意味がないと、例え被害者が生還したとしても泣き寝入りし、警察に通報していない事件もあると予測され、アグルスは世界的に最も猟奇的犯罪が多い国とされた。
しかし、決してアグルスの警察が無能である訳ではない。
犯罪捜査部門も幾つかに分けられ、殺人、窃盗、詐欺、誘拐、交通、薬物など、それぞれ捜査課が違い、主に町中のパトロールを行う者や町に設置された連絡だけを行う小さな施設内で過ごす者が通報を受けると、現場に向かい、被害者などの様子を見て、どこの捜査課に来てもらって犯罪を明らかにするのか判断する。
連絡を受けた捜査課は現場に向かい、事件を追う事となる。
たまに殺人なのか、誘拐になるのか、わからない場合、両方に連絡をし、捜査を続ける中で、管轄外だと捜査を打ち切る課も少なくはない。
捜査課は制服などなく、私服であり、警察であると言う証明のカードを見せない限り、警察である事は伏せる事ができる。
警察内は捜査課だけでなく、事務課もあれば、研究課、科学課、調査課などもある。
犯人の残した手掛かりを探る為、どの課も協力し合い、事件を解決へと持って行く。
だが、アグルスの警察は舐められたもので、またも1人の少女が犠牲になろうとしていた。
『少女連続レイプ殺人事件』の主犯格は今日も17歳の少女を狙っていた。
車から、学校帰りの少女を見つけ、長い髪と白い肌に舌なめずりしながら、眺めていた。
「おい、えっと、お前、なんて言ったっけ?」
「シンバ」
「え?」
「シンバ」
「あぁ、そうそう、ライオンくんだ」
笑いながら主犯格の男は後部座席の真ん中に座る男を見て、そう言った。そして、
「あの女。あの女にする。お前連れて来いよ」
「・・・・・・」
「初仕事は怖いか? 大丈夫だって! 俺達はさぁ、もう顔がバレちゃってる可能性あるし。わかるだろう? 狭い町だからさぁ。お前を仲間にしたのは女を連れ去る役の為だよ。心配すんなって! 後でちゃんとお前もやらせてやるからさ」
「うん」
シンバは頷くと、外に出る為に、隣に座っている男と一緒に車から降りる。
男は再び、車に乗り、ドアを閉めると、ここから見守っていると言う合図を送る。
運転席の主犯格もニッコリ笑い、大丈夫という安心を与える。
だが、その表面とは裏腹の声を聞く。
『アイツ、びびってんじゃねぇのか?』
『あんな大人しそうな奴が、うまくやれるのか?』
『なぁに、うまくやれなかったら、殺せばいいさ。俺達の顔を知られたからな』
男達の唇がそう動き、シンバはフッと笑いながら、お目当ての少女の所に向かう。
戸惑ったのは、少女に声をかける事だった。
28歳という年齢の癖に、シンバは、女の子に対しての免疫はない。
その為、好感を持たれ、素直について来てもらえるのは無理だと思う。
ましてや17歳の女の子から見たら、28歳のシンバは童顔とは言え、相当な年上だ。
警戒されて当然。
だが、要はうまくやる事。
つまり少女を車に乗せればいいのだ。
それなら力尽くで少女を乗せればいい。
白昼だろうが、なんだろうが、そんなもの関係ない。
そこまで指示されていないのだから。
なるべく車の近く迄、少女が来るのを待ち、そして、シンバは道を尋ねた。
「すいません」
「・・・・・・はい」
事件が多い町で、少女は見知らぬ男に声をかけられ、体を硬直させた。
警戒心がビンビン伝わってくる中で、
「駅はどう行けば?」
表情ひとつ変えず、そう言ったシンバに、少女は指を差し、
「ここを真っ直ぐに行って——」
と、案内を始めた瞬間、少女の口に丸めたハンカチを押し込み、声が出ないようにすると腹部に軽く拳を入れ、前のめりになる少女の首に腕を回し、抱きかかえると、あっという間に車の三番目の座席に放り投げた。
主犯格の男と残りの2人の男は、唖然とする。
余りにも素早い犯行で、悲鳴さえあげさせなかった割に、少女は意識もあり、無傷に近い状態で車に乗せれたのだ。
何が起こったのか、全くわからないまま、気がつけば、車の中。
だが、男が3人もいるし、シンバも含めると4人もいる。
怖くて脅えるしかできない少女に、男達は笑った。
そして、シンバを褒め称える。
「お前、すげぇな!」
「よし、これからは女を車に乗せるのは、お前の役目だ!」
「やっぱり俺の目に狂いはなかっただろう? コイツはやる男だと思っていたよ」
などと、はしゃぐ——。
そして主犯格は、少女達をレイプするいつもの場所へと車を動かし、残りの2人は少女の鞄を開け、持ち物をチェックしている。
「ねぇ、この辺でさぁ、レイプされて殺されて捨てられる事件があるの知ってる?」
少女に話しかけ、少女の恐怖心を煽る男達。
「学校で言われなかった? 知らない男には注意するようにって」
「生徒手帳とかどこにあるの? 名前とか知りたいからさぁ。鞄の中にないんだけど」
そう言った男に、
「名前なんて知らない方がいい。どうせ殺すのに」
シンバがそう言った事で、少女はワァッと声を上げ泣き出し、窓をドンドンと叩き、助けてと叫び出した。
「無理無理。防音になってるから。ドアも窓も運転席でしか開けられないしね」
と、笑う男達。
やがて車は人気のない場所を走り出し、山奥の廃墟へと辿り着く。
ナンバーのない車を停め、主犯格の男はキーと銃をシンバに投げ渡すと、
「女を連れて来い。面倒だからな、暴れないよう、銃でも突きつけてな」
そう言って、車を降り、他の2人も車を降りて、廃墟へと入って行く。
シンバは一番後ろのドアを開け、銃は使わずに、少女を車から降ろした。
こんな山奥で人の気配が全くない場所に連れて来られ、逃げる場所すら想像できず、帰り道もわからなくて、それはもう恐怖過ぎて、抵抗すらできない少女に、武器は必要ない。
黙って廃墟へ入る少女とシンバ。
他に男達の仲間はいないようだ。
シンバを含め、4人の男。
武器も隠してある訳でもなさそうだ。
今、男達が手に持っているナイフやら銃やら、それだけのようだ。
「よし、まずは女の手の平にルシファーのマークを刻む。シンバ、お前は今日が始めてだからな。覚えておくがいい。キリスト事件のルシファーを知っているだろう? 俺達はアイツのファンみたいなもんだ。俺達はルシファーの事件の記事は必ずスクラップし、ルシファーの本は必ず買い、ルシファーについては何でも知っている!」
ヤバイくらい興奮して話す主犯格に続き、他の2人も、興奮状態。
「当時、オレは5歳だったんだけど、ニュースを見て、ルシファーが8歳と聞いて、5歳なりにすげぇって感動したよ。よくやってくれたと迄、思ったね! や、ホント、5歳のガキがよ? 国中が恐怖で支配されて行くのをゾクゾクしながらテレビに釘付けになって見てたね。みんな、そうだよ、そう思ってる奴、結構いるよ、只、ルシファーのようにアクション起こせないだけ。だからルシファー程のすげぇ犯罪をしたいって思ってる!」
「おれも。大人でも躊躇うような事をルシファーは平然とやってのけた。ルシファーは特別なんだよ。腐った人間と国に、ルシファーは打撃を与え、恐怖で支配し、今に至るんだ。ルシファーに会いたい! 会って、おれ達の仲間になってもらいたい!」
まるでアイドル並の人気のルシファー。
いや、そんじょそこらのアイドル以上かもしれない。
「で、シンバ? お前はルシファーのどこが好きだ? やっぱり最初の毒殺で死の実験後の、幼女の肉体を抉って血塗れにした所か? あれはキリストへの生贄だっつー奴もいるけど、違うね、あれはキリスト・・・・・・いや、神への挑戦状だ。人間を創造した神へのな。俺なんて、幼女の血塗れ姿を想像しただけで何度も射精しちゃって、神への冒涜だと思えば思う程、ビンビンになっちゃってさぁ」
クックックッと喉を鳴らし、笑いながら、そう言って、主犯格の男はシンバを見る。
「ルシファーは人の姿を借りて、この世に降りて来たんだよ。俺達人間がルシファーを崇拝しなくて、どうするんだって話だ。そうだろう? 神は人間を創造したかもしれねぇが、創造しただけで何もしてくれやしねぇ。だがルシファーは違う。俺達人間の脆さ、儚さ、そして永遠ではない命の尊さを教えてくれた。だからこそ、穢れなき命を解き放つ為に、肉体を醜く切り裂いて、世界を恐怖で支配する。神を崇拝する愚かな人間共へのメッセージと神への果たし状だ」
全くもって、矛盾ばかりの論を言い出す主犯格に対し、他の2人も納得しているような顔。
ルシファーなど関係なく、勝手に神となる者を偶像化し、崇拝している。
フォンフォンフォンとパトカーのサイレンの音。
ビクッとする男達。
今さっき迄、喜々とした表情で話していたのが一変する。
廃墟の外で、何台かのパトカーが停まる音がして、
「あー、犯人に告ぐ。手を上げて、素直に出てくれば、良くはないが、良し。出てこなければ射殺も考えている。ちなみに、この辺一帯は警察でウヨウヨだぞ。そりゃあもぉ、ウヨウヨだ。逃げ場はない。あるとしても、ない!」
と、マイクを通して、ふざけた台詞。
「な!? なんだぁ!? ふざけやがって!」
勿論、そう思うだろう、シンバもそう思うと頷く。だが、
「ふざけた台詞の中に本気モードがあった。出てこなければ射殺も考えているってさ。素直に手を上げて、出て行った方がいいかも」
と、シンバは提案する。
「はぁ!? バカ言うなよ! 俺達、捕まったら死刑だろ! 良くて終身刑だ!」
「そうかもね」
「そうかもねって、お前、今日が始めてだと思うな!? 俺達はお前もずっと一緒に仲間だったって言うぞ!?」
「言えば?」
「言えばだと!? そ、そうか、お前、やけに冷静だと思ったら、人質がいるからだな」
主犯格の男はシンバの隣にいる少女を見る。
ビクッとする少女に対し、ナイフを持ち、こっちへ来いと手招き。
シンバは少女の前に立ち、主犯格の男を見て、
「罪を罪で重ねたら、死刑後も、後悔するよ」
そう言った。イラッとした主犯格の男は、
「意味わかんねぇ事言ってんじゃねぇ! 別に人質はテメェでもいいんだよぉ!」
と、ナイフを突きつけながら、シンバに近寄り、脅しのつもりか、シンバの横腹をかすめようとして、誤ったか、シンバの腹部にナイフが入った。
「うわぁ!!!!」
何人も女性を殺しておきながら、殺す予定ではないものに手をかけると、物凄い驚きようを見せ、主犯格の男は後退りし、
「ちがっ、ちがう、コイツが勝手に近寄って来たから! なぁ、見たろ? 見たよな?」
と、まわりに同意見を求め出す。
シンバは刺された場所を手で押さえ、嗚咽を漏らしながら、前のめりになり、苦しそうに跪いたかと思うと、スクッと立ち上がり、
「うっそー」
と、手の平を見せ、血がついてない事を確認させる。
腹部もなんともない。
男が持っているナイフには血も付いてない。
どういう事だと、男達が挙動不審状態になった所で、
「いやー、お手柄だねー、シンバ君。武器は全部、ニセモノに変えておいたんだね?」
と、マイクを持って現れる男——。
さっきのふざけた台詞の声と同じ男だ。
瞬間、シンバも警察の者だと察知した3人は、奇声を上げ、暴れ出した。
だが、あっという間にシンバに返り討ちにされ、手錠がかけられる。
何もされていないが、その場にいた少女はガクガクと足を震わせ、座り込んだ。
「すまんね、お嬢さん、勝手ながら劣り捜査に協力してもらって。いやね、複数いる犯人は全員を捕まえないと事件解決にはならんのだよ。その為、内部に侵入し、仲間になり、犯人が利用している場所や武器の数、それから何人いるのか、わかった上で、現行犯逮捕が望ましいんだ。わかってくれるかね?」
マイクを持ちながら、スピーカー大のままで、そう話す男に、少女はコクコク頷いた。
わかりたくはないが、頷くしかないと言った感じだ。
「くっそー!!!! 卑怯だぞ、警察がこんな遣り方していいのかよ!」
主犯格の男が手錠をされて、苛立ちで、そう叫ぶ。
他の2人も許せない気持ちを叫びまくるが、ハイハイと頷きながら、シンバは廃墟の外へと3人を連れて出る。
3人をパトカーに乗せようとした所で、
「待て待て待て。お前、ネット犯罪課だな」
と、男がシンバの腕を掴んだ。
男は警察のカードを見せる。
そのカードには、殺人課と記されている。
「おぅよ、ネット犯罪課だ、文句あんのか!」
いい加減、マイクを離したらいいのに、マイクで、そう言うと、廃墟から出てくる男はシンバの相棒となるジャン・リスカ。
年齢42歳、独身、酒好き、ネット歴ナシのネット犯罪課の刑事。
身長175センチ、体重68キロ、細身の体型と短髪の白髪雑じりの髪と髭、着ている服装は白いシャツとジーンズと、雪駄履き。
「ジャン、お前、何度言ったらわかるんだ、これは殺人課の仕事だろうが!」
そう怒鳴ったのは、殺人課のルディー・アンガス。
年齢44歳、離婚歴ありのバツイチ独身、今迄に殺人鬼を捕まえ、その場で半殺しにしてしまい、何度かクビを言い渡されそうになった殺人課の刑事。
身長180センチ、体重78キロ、ガッチリ体型と似合わないサラサラヘアと、着ている服装は型崩れしていないビシッとしたスーツ。
「殺人課? あぁ、確かに殺人だがな、でもコイツ等はネットで犯行予告や仲間募集、それから被害者の写真を載せたりもしてやがる!!!!」
ジャンは、マイクでそう吠えるから、キーンと鳴り響き、皆、耳に不快音を感じる。
「いいか、ジャン、よく聞け。お前達の仕事は、サイバー犯罪対策を行う事だ!」
「犯罪予告はうちの管轄だろうが!」
確かにジャンの言う通り、サイバーテロ、サイバー戦争、サイバーストーカー、サイバー暴力、ネットイジメ、ネットオークション詐欺、犯罪予告、これらはネット犯罪課の仕事となり、犯罪予告はネット犯罪課の管轄だ。
「その犯罪予告が書かれたサイトの管理者を割り出し、実際に予告して来た奴の場所を突き止め、その人物を何者なのか調べるのが、お前等の仕事であって、犯人が殺人者であるとハッキリわかった時点で殺人課の仕事となるのが何故わからんのだ!?」
「て言うとアレか、お前等殺人課はいいとこ取りか!?」
そう吠えるから、またマイクがキーンと嫌な音を出す。
大体、そのマイクはなんなんだろうか、家庭用カラオケのマイクっぽい。
シンバはルディーに、男3人を素直に引渡し、
「いいじゃないですか、犯人が捕まれば、何の問題もない」
ジャンにそう言った。
「そんなだからネット犯罪課は評判が良くねぇんだ、いいか、この前の事件も俺達が活躍したようなもんだぞ、それを殺人課が持って行きやがって! シンバ、お前だって出世したいだろうが! 町の英雄になりたいだろうが!」
「・・・・・・ひとつ、事件が終わったんです、それが大事ですから。それでいいじゃないですか」
「なに物分りいい事言ってやがる!」
ふと、被害者の女の子が、女性の刑事に肩を抱かれ、廃墟から出てくるのが見え、シンバは駆け寄った。
「あの、腹部、大丈夫でしたか? そんなに強く殴ったつもりはないんですけど」
そう声をかけたシンバに、かなり脅えるように少女は後退りし、シンバはかける言葉を失ってしまう。
女の子に触れようとした手も、後退りされた事で、かなり拒否られているのがわかり、シンバは拒絶されている事が伝わり過ぎて、少女同様、何故か怖くなる。
「大丈夫じゃないかしら? さっき、ちょっとお話を伺ったら、驚いてお腹を押さえたけど、痛みはなかったって言ってたから」
女性の刑事がそう言うので、シンバはコクンと頷いた後、深く頭を下げて、殺人課のパトカーに乗る少女を見送った。
「チッ! あの被害者だって、俺達が事情聴取できたのによぅ!」
ジャンは何が何でも気に入らない様子。
「いいじゃないですか、誰が事情聴取しても同じですよ」
「シンバ、お前は本当に物分り良すぎだぞ!」
ブツクサ言いながら、ジャンはネット犯罪課のパトカーの助手席に乗り、シンバも後ろの座席に乗る。
運転席にはノートパソコンを広げ、カタカタとキーを押しながら、片手でメガネをクイッと上げて、
「今回の事件どうだったの? サイレント事件と関連ありそう?」
そう問うのはロシュ・バートゥ。
年齢27歳、独身、ヘビースモーカー、ネット歴20年と3ヶ月のネット犯罪課の刑事。
身長170センチ、体重63キロ、黒髪に黒い瞳だが両親共アグルス人、着ている服装は清潔感のあるオフホワイトのTシャツとジーンズ。
「どう思う? シンバよぅ」
「ジャンさん、もうマイクは必要ないかと——」
「あぁ、そぅ?」
やっとジャンはマイクの電源をオフにする。
「で、どう思うよ? シンバ?」
「サイレント事件とは関係ないと思います、アイツ等自身、キリスト事件を意識はしてますが、単なる興味ですよ。悪魔崇拝してるような口振りはありますが、本気じゃない。警察に捕まる事に抵抗を見せるくらい、自分が被害者だったら激怒りするタイプ。今迄の被害者も顔を見られたから殺したと言う、自分を守る為の殺人行為っぽいですから、自分を危険に陥れるような、自分より恐怖を与えるような人物と関わろうとはしないと思います。本人達はきっと恐怖を支配できると思っているでしょうが——」
そう話したシンバに、振り向いて、ロシュは、
「ふーん、成る程ね」
とだけ言い、また前を向いて、パソコンをいじり出す。
「おい、早く車出せよ」
「待って下さい、セキュリティホールを改善するよう、被害に合った企業から言われてるんです、これも仕事なんですから。ジャンさんが変わりにやってくれますか? ジャンさん、できないでしょう? だから僕がやってるんですよ」
「な、なんだとぉ!? セキュリティボールだろ、そんなもん簡単だが、俺より後輩のお前がそういう仕事はやるもんだろうが!」
「ハイハイ、セキュリティボールじゃなくて、ホールね」
ロシュはそう言うと、口の中で、よしっと呟き、ノートパソコンを閉め、ハンドルを握る。
前のパトカーが邪魔らしく、少しバックしながら、車を出すのに、ロシュは振り向き、シンバと目が合ったが、直ぐに後ろの窓に目をやり、ハンドルを回す。
「でもさ、キリスト事件に興味が湧いて、今回のような事件を起こすバカ共がいるけど、当の本人のルシファーはそういうの、どう思ってんのかな?」
運転をしながら、そう言って、何故か振り向いて迄、シンバに問うロシュ。
「そりゃお前、アレだろ、俺ってカッコイイーって思ってんだろ」
何故かジャンが答える。
「俺ってカッコイイ? 本当に?」
半笑いで聞き返すロシュに、
「そりゃそうだろう、あんなイカれた事件起こすガキだ、イカれた考えの持ち主だからよぉ」
と——。
「そういやぁ、ルシファーって何歳になるんだ? 白人にシルバーヘアの水色の目だったっけ?」
「そうそう、確かアルビノ遺伝子が入ってるんですよね」
「目立つ見た目だよなぁ、今頃どこで何してるんだろうなぁ?」
「いや、でも目立つって言っても、髪染めとか、カラーコンタクトとか、そういうのありますし、なんなら整形って手段だってありますからねぇ」
「まぁな。だが、生き難い生き方してんだろ」
「どうですかね。意外に普通のサラリーマンとかしてるかもしれませんよ。或いは、頭脳明晰だったらしいですから、弁護士とか、医者とかね。しかも結婚とかしてて、子供なんかもいたりして」
「どうだろうなぁ、奴が、今どこで、どう生きてんのか、今更、少年課の連中もわからんだろうな、寧ろ、ルシファーは直ぐに施設送りになったんだっけかな、施設で15年の刑を終えたんだっけ?」
「少年院って話もありますけどね、どうなんでしょう」
「何にしろ、この世に出てきて、まともに生きて、しかも何もなかったように幸せに笑ってやがったら、被害者の遺族は報われねぇだろうなぁ」
流れる景色を眺めながら、そう言ったジャン。
「ははは、例えば僕がルシファーだったらどうします? 有り得なくはないでしょ?」
ロシュの、その質問に笑いで返し、
「そっくりそのまま、お前に質問してやるよ」
と、ジャンは言う。
「ジャンさん無理でしょー、年齢合わな過ぎですよ」
と、ロシュも笑いで返す。
まさか、キリスト事件の事で、こうして笑う者がいるなんて、思いもしなかったと、シンバは後ろの座席で、2人の後頭部を見ながら、ぼんやりとしている。
ネット犯罪が増える中、悪質な事件も多く、そして猟奇的な事件になると、必ず引き合いのように出されるキリスト事件。
20年過ぎた今も尚、色褪せない事件。
悪魔崇拝として立ち上がったホームページはルシファーのプロフィール迄、載っている。
生年月日や星座、血液型だけでなく、身長、体重、視力、知能指数、家族構成、出身地、病歴や持病、口癖など。
そのホームページに入る前に、エンター画面の前に流れ出る文字——。
『ここはルシファー様を崇めるサイト。ルシファー様を中傷する者は罰を下す。ルシファー様を殺人者と結びつけ、ここに来た者は立ち去られよ。ルシファー様の魅力そのものに魅せられた者より、我がサイトへようこそ——』
そのサイトでは、沢山の過去ログも見れる。
ルシファーが捕まった日だからと大騒ぎのスレもあれば、ルシファーの誕生日だからと祝いメッセージのようなスレもあり、事件の謎に迫るというスレや簡単にルシファーについて語ろうというスレもある。
人は危険を嫌う癖に、危険を遠くから眺めている事が大好きな生き物である。
悪魔なんて、本当はどこにも存在せず、ルシファーが人間である事を理解し、そして人間は死ぬ事ができる生き物だとわかった上で、崇拝する。
そう、もしも、悪魔の生贄として選ばれたとしても、正当防衛とでも言い、ルシファーを殺す事は誰にでも出来る。
ルシファーは悪魔ではなく、人間なのだから。
つまり、ルシファーは恐怖なんて何も生んでいない。
本当は誰からも崇拝などされていない。
生んだのは話題性だけ——。
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