8. Perpetual Breath ~神聖~


『うちな、シンバの事、ホンマに何も知らん。でもな、気付いたら、うち、いつも見上げてたんや——』


スピカは教会の二階の窓を、何度となく、見上げてくれた。

テレ隠しで始まった、この癖を、覚えていてくれた。

そうだね、キミと目が合う度に、左手で髪を撫であげていたんだ。

癖と思われて当然だ。

でも、これは癖じゃないんだ。

これは、俺の最初の始まり——。

俺が俺である為に始まった、感情の最初。


『——でも、うちの時間は、初めてシンバと目が合うた、あの時で、止まってんのや』


俺もだよ。

俺もスピカで時間が止まった。

あの時から、キミだけなんだ。

今も、癖のように、髪を撫であげてる。


『シンバ、覚えとる? うちと初めて目が合うた時——』


今更、思い出したよ。

大事な事だったのにな。

なんで覚えてなかったかな。


『シンバに、好きって言われた時に、あぁ! そうか! そうなんや! 目が合うたんは、そういう事やったんやなって思ってな。そうか、好きやったんや、うちもシンバが好きやったから、目が合うたんやって。なんや、もう、嬉しいて嬉しいて、明日からは弱いシンバをうちが守ったるんやって思ったくらいや』


今となっては、宝物のような言葉だ。

俺を好きって言ってくれてたのにな。


『明日は来んかったけどな』


嫌だ。

そんなの嫌だ。

明日も明後日も、ずっと・・・・・・

そして、今も——・・・・・・

今、俺は、どうしたらいい——!?

『事は既に成った。ワタシはアルファであり、オメガである。始めであり、終わりである』

仮面の人の声は、妙な音で鳴って聞こえる。

『乾いている者には、神の地となるコスモオアシスで水の泉から、価なしに飲ませよう、勝利なる者は、これらのモノを受け継ぐであろう』

アルファは、ダランと力ないスピカを抱き、見つめている。

『ワタシは皆の神となり、皆はワタシの子となる。しかし、臆病な者、信じない者、忌むべき者、姦淫を行う者、偶像を拝む者、その者達には、この地に残る報いが必要である』

もう動かないスピカを、アルファは呼び続け、しかし何も返って来ない事に力一杯、スピカを抱き締め、声を届ける。

『今いまし、昔いませる、全能者にして主なる我は、力と富と知恵と勢いと誉れと栄光と賛美と感謝と大能と権威とを、受けるに相応しい』

「・・・・・・ああ。そんなもの、全部、お前にくれてやる」

アルファは、スピカをそこに寝かせたまま、立ち上がり、仮面の人を睨み見た。

びょーーーーっと吹きつける風が、スピカの背中の羽を舞い上がらせる。

「命が、もし再び蘇る事があり、生まれ変わる事ができるなら、約束通り、スピカは俺に逢いに来るだろう」

アルファは無表情で、そう言うと、三日月を抜いた。

「お前は誰だ? 神か? 正義とは何か尋ねる為に始まったが、それは神を倒す事に変わり、俺はここまで来た。だが、ここでまた変わった。俺はこの星を終わらせない。スピカの命が、この星にかえるなら、また巡り逢える日まで、この星は永遠に廻り続けなければならない。俺がこの星の呼吸を絶え間なく続かせてみせる。神よ! 俺は終わらない! いつかまたスピカに出逢う迄!」

妖しく輝く三日月に、凄まじい迫力をのせ、アルファは仮面の人に近づく。

仮面の人の喉を貫こうと、アルファは飛びかかる。

仮面の人は身体を反転させ、なめらかに攻撃をかわす。

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」

雄叫びを上げながら、アルファは怒りだけで、三日月を振り回し、振り切り、振り落とす。

それは隙だらけの攻撃。そのせいか、簡単に攻撃をかわされてしまう。

仮面の人の指先から光の粒が放たれる。

避けきれず、ソレはアルファの肩に減り込んだ。

激痛が、腕から脳にかけて走る。

肩を押さえ、使える足で、身を捩り、踵で、仮面の人の横首を蹴り回した。

仮面の人はズザーッと5メートル程、擦れ転がった。

再生されていくアルファの肩。

そして上空でヘブングランドが動き始める。

——まさか!? 神を置いて行ってしまうのか?

——それともコイツは神じゃないのか?

アルファは焦る。

少し呼吸を整わせ、焦る気持ちを落ち着かせる。

そしてヘブングランドを見上げる。

——コイツを許す訳にはいかない!

アルファは、仮面の人を睨んだ。

動き始めるヘブングランドに気を取られぬよう、アルファは一旦、三日月を鞘に納め、身を静かに落ち着かせる。

——スピカ、キミを守りたかった。

——キミとなら、明日も生きていけると思った。

——キミさえいれば、良かった。

——キミとの幸せな日々を夢見ていた。

——でもそれは本当に夢になった・・・・・・。

三日月を抜き、今、走る。

指先から放たれる光を避け、地を蹴り、アルファは仮面の人の頭上に舞い上がった。

三日月が妖しく輝き、そして、今、鋭く、振り落とされた。

 カラン・・・・・・

滑稽な音と共に、仮面が割れ落ちた。

アルファは言葉になる例えがなく、只、只、驚く。

仮面の下はジジジッと電流の音を出している機械で覆われた顔面。

『事は既に成った。ワタシはアルファであり、オメガである。始めであり、終わりである』

同じ事を繰り返し、繰り返し、只、鳴っている。

ヘブングランドは、遥か空の彼方——。

「馬鹿が! お前など、もう昔に神に見離されているんだ。お前が来るのをわかっていて、船がいつまでも待ってると思うか? 準備が整ったら行ってしまうだろ。こんな時間稼ぎに引っ掛かりやがって!」

「オメガ、お前・・・・・・」

「お前が殺したい奴等、大司教、司教、司祭、神、全員、無事ヘブングランドの中だ。この星に取り付けられた人工器具も停止し、間もなく、流星も降って来る。全て終わりだ」

「お前はなんで一緒に行かなかった?」

「神に従ってたのは、テメーを地獄の底に堕としてやる為で、それが終わったら、もうオレには生きてる理由が何もない。なのに、どこに行くって言うんだ・・・・・・」

闇の空から、無数の光るものが降り注ぐ。

燃える星々。

半径20センチ程の様々な形をした星々が、降り落ちる。

ビルも壊れ、崩れていく。

全てが塵になる。

この地の文明を壊し、この地も傷付けられていく。

崩れ落ちるビルに、アルファはスピカを庇い、抱き締め、そして、そんなアルファを庇い、落ちて来る先の尖ったモノに、オメガは胸を貫かれていた。

ゴフッと、血を吐くオメガ。

「オメガ・・・・・・お前、なんで・・・・・・」

「最後の足掻きかな」

「足掻き?」

「この腐りきった地で、テメーは死ぬ事すら出来ず、生きるんだ。永遠にな」

「嘘だ、お前、俺を助けたんだろ? なんでだよ、今更!」

「しょうがねぇだろ・・・・・・オレの中で生きてるミラクがさ・・・・・・言うんだよ・・・・・・助けろってさ・・・・・・全く・・・・・・どうかしてるよ・・・・・・でもさ・・・・・・これで会いに行けるよな・・・・・・ミラクに——」

今、大きな瓦礫が、オメガ目掛け、落ちた。煙が舞い上がり、

「オメガーーーーッ!!!!」

アルファの声など、全て消えていく。

誰にも何も届かない。

瓦礫の下に砂が見える。

ふと見ると、フォーマのバズーカがある。

「・・・・・・ここは流砂の場所なのか? ビルの裏側?」

崩れきったビルに、まだ崩れる瓦礫、そして降って来る星々に、今、どうやって自分がこの場所にいるのかさえ、わからない。

これからどうしたらいい?と、思った瞬間・・・・・・


『——闇が作り出す光に意味があるんちゃうかなって』


スピカの台詞が、脳裏に浮かぶ。


『アルファがやろうとする事には、きっと、意味があるんよ——』


抱き上げているスピカを見つめ、そして、スピカをその場に寝かせると、アルファは、バズーカに三日月をセットした。

「俺の最大の相棒、三日月(オメガ)。お前に全てを託す! その闇なる力で、光を取り戻してくれ!」

アルファの内に秘めたる光なる想いが、三日月の闇なる力を大きくしていく。

光は闇を大きくする。そして、光と闇が重なり、ひとつになる時、その威力を計る事は不可能となる。

「三日月ーーーーッ!!!! いけぇーーーーッ!!!!」

アルファはバズーカの弾き金を、空に向けて放った。

妖しい光を放ちながら、三日月は、アルファの想いを受け止め、自我の意思で飛んでいく。

飛んで来る邪魔な星々を破壊しながら、三日月はソラに消えた。

瞬間、宇宙で、物凄い光が放たれる。

宇宙空間での、大爆発が、この星の形を変え、疾風が全てを宇宙の塵へと持っていく。

汚れた黒い闇の雲も、高度な文明も、そして耐えれなかった生命も——。

全て宇宙の塵となる。

そして、静かに、その地に光が入った。

飛び散った砂漠の砂が、あちこちで、黄金に輝く。

光を浴びながら、少年と少女が抱き合い、ゆっくりと地を踏み締め、出てくる。

「シン、光よ」

「うん、光だ」

「アスファルトの下にあった土は生きてるわ」

「うん、息づいた地が顔を出した」

「凄い災害の嵐・・・・・・星のカタチが変わる程の恐怖・・・・・・殆どの命が呼吸を止めたけど・・・・・・私達が生きていける地だわ、シン」

「うん、セイ、ケン、僕達はここで生きよう。神樹として、僕はここに——」

「聖なる樹である、聖樹として、私はここに——」

シンとセイは二人見合い、頷き、ケンを天高く掲げた。

「賢明なる樹、賢樹よ! 今ここに息づき給え!」

二人の声が揃って、そう唱えると、木の人形のケンは、その声に反応し、素晴らしく立派な大樹へと姿を変えた。

そして、神樹、聖樹も、揃って大樹へと姿を変える。

光に輝く緑。

そして雨——。

サワサワと風が葉を擽り、少年と少女の笑い声に似た葉音が鳴る——。

この星は重症を負ったが、緑もあり、光もあり、水もあり、風もある。

やがて、長い長い年月で、その傷も癒える。

この地は闇から光に呼吸を変えた——。

永遠に止まらない、絶え間なく続く呼吸に——。

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