7. An eternal oath ~約束~


アルファはホテルで身を休ませていた。

ベッドに座り込み、ピクリとも動かずにいた。

「アルファ様?」

ドアが開いて、ミラクが入って来たが、アルファは動かない。

「ノックしたんですけど、お返事がなかったもので」

アルファは、どこを見ているのか、その視点さえハッキリしなく、何も答えない。

ミラクは困ったような、悲しそうな表情で、アルファを見つめ、そして、アルファの手をソッと優しく包み込むように握った。

アルファは、今、ミラクの存在に気付く。

アルファの瞳にミラクが映り、ミラクは優しく微笑み返す。

「アルファ様」

「一人になりたいんだ・・・・・・ほっといてくれ・・・・・・」

「ごめんなさい。でも、私、あれはスピカさんの本心じゃないと思うんです」

「本心じゃない? あれはスピカだった」

「だけど、あれはスピカさん自身じゃありません、絶対に!」

そう言ったミラクを、アルファは見つめる。

「スピカさんは操られているんですよ。そうじゃなければ、あんなのスピカさんじゃないじゃないでか。私が言う迄もないでしょうけど、あんなの本当のスピカさんじゃない。そんなのアルファ様が一番わかっている事でしょう?」

微笑むミラク。

「ねぇ、アルファ様? スピカさんを助けられるのはアルファ様だけですよ?」

「助ける・・・・・・?」

「はい! 本当のスピカさんに戻るように、アルファ様が助けるんです! 大丈夫! アルファ様のようなカッコいい方が、助けて下さるんですもの、スピカさんだって、直ぐに正気に戻る筈です!」

一生懸命、明るく、前向きな励ましをするミラク。

「・・・・・・優しいんだな」

「こんな時に優しくするなんて、いい女ぶって、ズルい女でしょう?」

そう言ったミラクに、アルファは少し笑う。

「良かった、アルファ様のお顔に笑顔が少し戻られて。お役にたてれた様で嬉しいです。もっと元気出してほしいんですけど、私ができる事って、これが精一杯。きっとスピカさんなら、アルファ様をもっともっと元気にできるんでしょうけど。アルファ様がもっと元気になるよう、私もスピカさんを助ける為の、お手伝いを致します!」

いつも、しがみついてばかりのミラクが、アルファをソッと抱き締める。

まるで泣いて止まない子供を抱く母親のように、ミラクはアルファを抱き締める。

アルファは、そんなミラクの背に手を回し、抱き締めた。

「アルファ様?」

「好きになりそうだ」

「え? 私を?」

アルファはミラクを強く抱き締め、キスをしようとしたが、

「いいんですか?」

ミラクの唇がそう囁き、アルファは、動きを止めた。

「私はアルファ様の捌け口でも構いませんが、アルファ様の悲しむ顔は見たくありません。私と、して、後悔しませんか?」

ミラクを抱き締めていたアルファの手が、力をなくし、それがアルファの答えと思ったミラクは、アルファの手の中から抜け出した。

「待ってますから」

「え?」

「待ってます。アルファ様が、私に振り向いてくれる事を待ってます。だからアルファ様も、スピカさんの事、待ってみてはどうですか? きっと、振り向いてくれると思います・・・・・・」

ミラクは、笑顔で、その部屋を後にした。

また、シンと静まる部屋で、アルファはぼんやりする。

——わかっている。

——あんなのスピカじゃない。

——でもどうしたらいいんだ?

——俺はスピカの為に、神を倒すと決め、ここにいる。

——今は、スピカに裏切られた気分で、ここにいる。

——わかっている。

——裏切った訳ではない。あれはスピカの本心じゃない。

——どうしたらいい?

——どうしたらスピカは元に戻る?

——戻らなければ、逢っても、意味がない。

——意味がない? 何故?

アルファは、オメガとスピカがキスをしていたのを思い出し、その映像を頭から追い払おうと、懸命に首を振る。

——俺は傷付きたくないんだ。

——なんて臆病なんだろう。

——俺は惚れた女を助けるよりも、自分が傷付きたくないと嘆いているクソだ。

アルファはバンダナを外し、立ち上がり、洗面所に行き、顔を洗い、鏡に映る自分を見る。

「おい、お前は、その程度の奴だったのか? スピカへの想いはその程度だったのかよ!」

自分に問い、自分に投げかける。

前髪の雫が、滴り落ちる。

鏡に映った額の傷跡に、アルファはソッと触れる。

「傷付いても、負けても、嫌われても、愛し通すんじゃねぇのかよ!」

アルファはそう吠えると、鏡を拳で叩き割った。

意味もなく、呼吸が乱れる。

鏡の破片で傷付いた拳が、回復していく。

くだらないEIBELL STRAINの能力に吐き気がする。

「俺は・・・・・・俺は・・・・・・俺は只・・・・・・スピカが欲しいだけ・・・・・・」

この手で抱き締め、髪を撫で、もっと触れ合って、もっと感じあいたい。

アルファは割れた鏡に映る自分を睨み、

「俺が一番悲しい事、それはスピカが俺の手の中にいない事」

そう言うと、洗面所を出て、ベッドに倒れ込み、そのまま眠り込んだ。

何も考えず、深い深い眠りにつき、もう一度、生まれ変わる。

想いは、もっと単純で、もっと純粋で、もっと貪欲で、もっと現実的。

眠れば、疲れはとれる。

そうすれば、もっと簡単な事に気がつく筈——。


「アルファ様! アルファ様!」

「ん・・・・・・うん・・・・・・?」

ミラクに起こされ、アルファは目を覚ます。

「アルファ様、お爺さんが・・・・・・」

「お爺さん? あぁ、じいさんがどうかしたのか?」

アルファはベッドから起き上がり、窓の外に目をやる。

今が、朝なのか、昼なのか、闇の空に時間が全くわからない。

かなり眠った筈だが、暗いせいで、疲れがドッと押し寄せてきて、体がダルい。

ベッドの真下に落ちているバンダナを拾い、傷を隠す為、額に巻く。

窓に映る自分を見ながら、髪を二度、三度、掻き上げ、撫でる。

そして洗面所に向かった。

服を脱ぎ捨て、風呂に入る。

シャワーを浴びながら、

「で? じいさんがどうかしたのか?」

と、大声で、ミラクに尋ねるが、ミラクはシャワーの音でアルファの声が聞こえない。

濡れた体で、アルファが出て来ると、ミラクは恥ずかしそうに俯いた。

ズボンは履いているが、上半身は裸のアルファに、ミラクは目のやり場に困っているのだ。

「じいさんがどうしたって?」

「あ、ハイ、アルファ様の事を捨てると言って、行ってしまわれたんです」

「そうだろうな」

「え? わかってらしたんですか?」

「じいさん、俺を道具扱いだからな。こんな俺、使い物にならねぇって事だろ」

「・・・・・・幾ら強くても、心に受けた傷が、アルファ様を弱くしてしまうと言っていました」

「知らねぇんだよ、じいさんは」

「何をですか?」

「心に受けた傷が、強さになる時もあるって事を」

「・・・・・・アルファ様は元気になられたんですね」

「元気かどうかわからないけど、行くよ。スピカとの約束があるんだ。それを果たす」

「約束?」

「ああ、神を倒すって約束したんだ。で、じいさんは何所へ行ったんだ?」

「カペラさんと神に逢うとか何とか言って、ゴッドタワーと言う所へ行ったみたいです」

「ゴッドタワー? またそのまんまの名前だな。で、それどこ?」

「さぁ? フォーマさんなら、知ってるんじゃないかしら? この地の人ですし」

アルファとミラクは、ホテルをチェックアウトし、ふとロビーで、張り紙を目にする。

『この者達を見つけ、近くの教会に連れて来た者には褒美をとらせる』

そう書かれた張り紙には、シンとセイの似顔絵が描かれている。

「・・・・・・これ・・・・・・どう見てもシンとセイだよな・・・・・・?」

アルファがそう聞くが、ミラクはシンとセイを知らない。

「アルファ様?」

「行こう」

アルファの足が速くなる。

——シンとセイも、この地にいるのか?

——行方不明なのか?

——だからってなんで教会の奴等が探してるんだ?

——他のみんなはどうなったんだ?

——そうだ、へブングランドの大聖堂がこの地に来てるんだ。

——みんな、この地にいてもおかしくはない。

——みんな、無事でいてくれ。

アルファはそう願いながら、不安を感じていた。

そこから少し遠いが、休まず、ずっと足早に、フォーマの家迄、辿り着いた。

ミラクはアルファのスピードに、ひたすら連いて歩いていたので、息切れしている。

アルファはノックもせずに、フォーマの家のドアを乱暴に開けると、

「あ! アルファだ!」

と、明るい声を出し、嬉しそうな二人、いや三人の姿——。

シン、セイ、ケン。

「え!? は!? な!!? 何やってるんだよ、お前達!」

アルファは驚いて、駆け寄る。

「この子達、アルファの知り合いなんだ?」

フォーマは、世の中狭いもんだねぇと笑い出す。

「笑ってる場合かよ。お前、コイツ等、教会から張り紙出されてるの知ってて、こんな堂々と匿ってるのか?」

「匿ってる? 誰が?」

「お前がだろ!」

「ぼくが? 別に匿ってるとか思ってないけど? この子達がここにいるだけで、ぼくの研究の邪魔にならなければ、別に気にならないし?」

「気にしろ!」

「なんでぇ?」

フォーマは、ヘラっとした表情で、アルファを見る。

バカなのか、大物なのか——。

その時、銃を構えた教会の連中、『神の使徒』と、呼ばれる連中が、狭い部屋に、ドヤドヤと押し入って来た。

いつかの、あのタンザー司祭と共に——。

ミラクは入り口付近にいたが、そのせいで、部屋の奥の方に押しやられる。

「動くな!」

セイはケンを抱きかかえ、シンの後ろへ、シンはアルファの後ろへ隠れ、ミラクは狭い部屋の中、わざわざアルファの傍まで移動し、アルファの腕にしがみついた。

アルファはみんなが邪魔で、身構える事すら出来ず、フォーマは、顔色一つ変えず、暢気に鼻歌を歌いながら、何かをしている。

「おい、そこ、動くな!」

「ぼくの事?」

「そうだ、動くな!」

「なんでぇ?」

「何故って、この状況を見ろ! 考えたらわかるだろ!」

「見てるよ。狭い部屋にこんなに人が入って来て邪魔だなって思ってる」

「貴様! 何を寝ぼけた事を言っているんだ! 黙って手をあげろ!」

「なんでぇ?」

「神に逆らうのか!」

「ていうか、君達は神じゃないでしょ」

「な!? なんだとぉ!?」

男はフォーマに銃を向けるが、フォーマは見向きもせず、何かに集中して、何かしている。

すると、タンザー司祭が、一歩、前へ出た。

「確かに、我等は神ではないよ。しかし、我々に逆らうと言う事は、神に逆らうと言う事だ。違うかな?」

フォーマは何かするのを止め、タンザー司祭を見た。

タンザー司祭は二ヤリといやらしい笑みを浮かべる。

「・・・・・・ぼくに何か用?」

「いいえ、用があるのは——」

タンザー司祭は、アルファ達の方を見る。

皆、アルファ達に銃を向ける。

アルファは、ミラクやシン、セイが邪魔で、戦闘態勢がとれない。

最も、こんな狭い場所ではバトルは出来ない。

「ぼくに用がないなら出て行ってくれるかなぁ。研究の邪魔する奴は嫌いなんだよねぇ。ぼく、さっき一応、忠告したよねぇ? 邪魔だなって」

そう言ったフォーマを見て、皆、表情が凍りついた。

一人、微笑むフォーマ。

「ぼくはね、さっきから、このバズーカを組み立ててたんだ。この状況を見て、考えた行動でしょ?」

「考えた行動だと? 馬鹿な! そんなもの撃つと、この家だってなくなるぞ!」

タンザー司祭は汗をかいて、焦っている。

「ぼくは家がなくなっても困らないよ。どこでも寝れるし、どこでも研究はできる」

「研究!? さっきも研究の邪魔だと言っていたな。なら、誰にも邪魔されずに済む素晴らしい設備の整った研究所を用意しよう。我等の味方につき、彼等を引き渡せば、キミに神の加護と共に、キミの将来は決まったも同然。さぁ、バズーカを捨てるんだ」

「つまんない事言うね。将来なんて決まってたら退屈だよ、妄想もできやしない」

「悪いようにはしないと言っているんだぞ! キミに素晴らしい未来が待ってるんだ!!」

焦ったタンザー司祭に、ニッコリ笑って見せたフォーマ。

その笑みに、タンザー司祭はホッとして、二ヤリと笑ったが——・・・・・・

「良くても悪くても決まっちゃったら、つまんないって。ぼくの人生はぼくが決めて、悪くなっても、それはそれで楽しいんだから。あ、安心していいよ。ぼくは誰かを殺したりはしないから、勿論、火薬は少なめにしてある。だから、まぁ、運が良ければ助かるんじゃない?」

「ま、まっ! 待てッ!!!!」

そう言われて待つ訳がない。

 ドゴォーーーーン・・・・・・

フォーマの構えたバズーカから物凄い音が鳴る。

部屋の中はモクモクと煙ばかり立ち、皆、咳き込む。

煙が部屋からなくなると、フォーマは勿論、アルファ達の姿がない。

窓が開いている。そこから逃げたらしい。

「ウッ、ゴホ、ゴホ、ゴホッ! クソ! 何が火薬少なめだ! 脅しに引っ掛かった! EIBELL STRAINを呼べ! 甘く見すぎた! 最初からEIBELL STRAINを連れてくれば良かった。くっ! ガキと思ったのが間違いだった。ガキの悪知恵はよく働く。油断し過ぎた」

タンザー司祭は、そう吠えると、悔しそうに『神の使徒』と、部屋から出て行く。

誰もいなくなった部屋の中、ヒョコッと、机の下からフォーマが顔を出す。

「行ったみたいだよ?」

フォーマがそう言うと、本棚の影から、アルファとミラクが、ソッと顔を出す。

トイレから出て来るケンを抱いたセイとシン。

「あーあ、ドア壊れちゃってるよ。大工は苦手なんだよなぁ」

フォーマは壊れたドアを見て、呟く。

「とことんマイペースな奴だな」

アルファはフォーマを見て、呟く。

「アルファってさ、EIBELL STRAINで、シンバな訳でしょ? なのに教会の奴等に、なんで銃なんて向けられたりするの?」

「わからない。俺には記憶がない。記憶がないから、アイツ等の意思とは違う方向へ動くから、俺が気に入らないのかもしれない」

「へぇ、記憶があれば、気に入られるの?」

「いや、結局、俺は反発するだろうな。EIBELL STRAINになんか生まれたくなかった。もしかしたら記憶がある方が余計に追われる身になる程の事をしていたかもしれない」

「ふぅん。ぼくはまたあの天使の女の子の事で、もめてるのかと思ったよ」

フォーマはそう言って、ドアを直し始める。

アルファは、シンとセイを見る。

「お前達、無事だったんだな。良かったよ」

「うん、アルファも無事で良かった」

シンはそう言って、微笑む。

「その子達ね、水がほしいって、なんかぼくに懐いて来てさ、飲み水は値段的に高くて人にあげれないよって言ってるのに、しつこく懐いて来るから一杯だけあげたんだ。そうか、アルファの知り合いなら、アルファに請求すればいいんだ」

「請求って、いくらだよ?」

「三日月を」

「え?」

「ぼくに三日月をくれない?」

フォーマは、ドアがうまく直らないと、舌打ちをした後、アルファを見て、

「アルファの相棒をぼくに譲ってくれない?」

そう言った。

「・・・・・・何言ってんだ、お前」

「無理だってわかってて言ってるんだよ。大事にしてるのもわかってる。絶対に譲ってもらえないのもわかってる。でもそれがほしいんだ」

「三日月をどうする気だ?」

「・・・・・・言っても、くれないんだろ? なら言わない。どうせまた馬鹿な妄想だって言われるだけだし」

フォーマはそう言うと、部屋の奥に行き、バズーカをいじり出した。

シンとセイは、元気なく俯いたまま、何度も溜息をついている。

「お前達、この地には太陽がないから笑わないのか?」

そう言ったアルファを、シンとセイは見上げる。

「ほら、セイが、太陽が眩しいから笑うんだって言ってただろ?」

シンとセイは、二人見合い、更に俯いてしまった——。

「何にせよ、お前達が無事で良かったよ。今迄どこにいたんだ? 大聖堂か?」

シンとセイは二人、また見合い、そして、アルファを見て、ポツリポツリ話し出した。

「高い・・・・・・高い・・・・・・塔の中・・・・・・クラウドも一緒だった・・・・・・」

セイのか細い声。

「初日は・・・・・・体中にいろんなモノを付けられたり・・・・・・色々・・・・・・色々された・・・・・・そういう検査っぽいのが・・・・・・ずっと続いて・・・・・・僕とセイとケンは地下室に閉じ込められ・・・・・・ずっと監禁されてた・・・・・・そしてやっと抜け出したんだけど・・・・・・でもこの地は僕達がいた地とは違うし、太陽さえ見えないのに・・・・・・」

シンは、それ以上、言葉をなくし、悲しく俯いて、下唇を噛み締めた。

「ん? ちょっと待って? 『僕達がいた地とは違う』て、どこにいたの?」

話を聞いていたフォーマが、聞いて来た。

「俺達はこことは違う星から来たんだ」

アルファがそう言うと、フォーマは、

「へぇ」

と、驚かない返事で頷くと、アルファを指差して、

「エイリアン?」

と、尋ねた。

「いや、ソレ、なんか違うだろ」

「ふぅん、へぇ、そぉ? エアポートもシャトルも、どんな上等部の人でも、教会関係者以外の人は使えないから、近くに生命体のある星があったなんて知らなかったなぁ。それに言語は同じなんだね。そっか、型が似てるから言語も同じなんだろうね、じゃなかったら、見た目だけでエイリアンってわかるもん。て事はEIBELL STRAINが人工生命体ってのは嘘で、実はみんなエイリアンなのかな? あ、教会の連中、全員エイリアンとか? うわー、なんか騙された気分だぁ。てか、宗教の勧誘って怪しいよねぇ? だから神とかって言われても怪しいんだよねぇ」

「何の話だよ、それにエイリアンから離れろ。俺達がいた星は、この近くの星じゃない。もっと遠くから来たんだ。ワープゾーンを通って。言語が同じなのは、この地の人間が神として君臨してるからだ。その星は宗教時代だからな、例え、その時に言葉が違っても、神が喋る言葉を共通言語として地に広めただろう。後は、星の環境が似てるから進化も似てるんだ。それだけの事だ。そうだ、この星の近くには太陽があった。それなのに、この星に太陽はないんだな。ずっと夜のまま、闇だけで、悲しいな」

「・・・・・・悲しいよ。アルファ達がいた星には光があるの?」

「ああ。余り綺麗な星とは言えないが、この星に比べると、全然マシかな」

「・・・・・・へぇ」

フォーマは、急に大人しくなり、妙に悲しげな返事をする。

「なぁ、シン。シン達が監禁されていた場所には神がいたのか? 場所はどこなんだ?」

「何もわからないよ。必死に走って逃げて来たから、道なんて覚えてない」

「そうか」

アルファは、無神経に聞いてしまったと、シンの頭をクシャっと優しく撫でた。

「高い高い塔って言ってたよねぇ? それビルじゃない? だったら、ゴッドタワーだよ」

フォーマがそう言うと、アルファが、

「そう! そこだ! じいさんとカペラもそこへ向かったって言ってたよな?」

と、ミラクを見る。ミラクは、コクンと頷いた。

「フォーマ、ゴッドタワーを知ってるのか?」

「知らない奴なんていないでしょ。神が君臨している場所だよ? この世界の全てを握ってる組織ってだけの事だけどね。ぼくは神なんて見た事ないけど、ずぅーっと昔から生きてるらしいよ。絶え間なく永遠に続く呼吸を持ってるんだってさ。だから神の後継者なんていらないんだ。神は一人でずぅーっと全てを手に入れたまま、誰に受け継ぐ訳でもなく、生きている。つまんないよねー。バイトしてた方がずっとマシじゃない? 例え、誰かの人生を操れたとしても、そんなの一週間で飽きちゃうよ。永遠なんて時間、無駄じゃない?」

その時、バンッと大きな音をたて、ドアが開いた。

アルファ達が驚いて、ドアの方を見ると、ハァ、ハァと息を切らした太めの中年男が立っている。ちゃんと直せずに、壊れたドアが、更に壊れた・・・・・・。

その男は物凄い形相で、部屋の中にズカズカと入って来て、フォーマの胸倉を掴んだ。

フォーマの足が数センチ、宙に浮く。

「キサマーーッ!!!! 何をしたーーーー!?」

男は吠え、フォーマは苦しそうに、胸元を押さえ、顔を赤くしている。

「やめろ! 教会の者か!?」

アルファが、その男を突き飛ばすと、フォーマは、その場に跪き、咳き込んだ。

「カハッ! ゴホッ、違うんだ、アルファ。ウッ、ゴホッ、プルのお父さんだ。ゴホッ、ゴホッ・・・・・・」

「プル? あの幼馴染のか?」

アルファの顔が拍子抜ける。

プルの父親は、アルファの左手首を見て、突然、土下座をした。

「EIBELL STRAINですよね? シンバ様ですよね? どうかプルを返して下さい! プルはフォーマとは何の関係も御座いません。ですから、どうか——」

「おじさん、プルに何かあったんですか!?」

そう聞いたフォーマを、プルの父親は、憎らしげに睨みつける。

「何かあったのかだとぉ!? こっちが聞きたいくらいだ! いきなり神の使徒等がうちに来て、プルを連れて行ったんだ! 理由はフォーマ・ルハウトが神に逆らったからだと言われた。プルが、このボロ小屋に出入りしている事は、近所でも有名だった。だからおれは、お前のような変わり者とは付き合ってはイカンと、あれ程、プルに言い聞かせていたのに! いつか、こんな事になるんじゃないかと思っていたんだ。お前の父親も変わり者で、嘘つきで、誰も寄り付かなかった。お前も、あの父親と一緒に、神に裁かれ死んでしまえば良かったんだ! そうすれば、プルは、お前など、相手にする事なく、こんな目に合う事もなかったんだ! プルは優しい子だった。誰にも相手にされないお前に同情していただけなのに! どうしてプルが! どうしてなんだ!」

プルの父親は、一気に、怒鳴るように喋り続けた後、体を震わせ、涙を流している。

ミラクは、プルの父親の肩を持って、ハンカチを差し出している。

シンとセイは、只、立ち尽くし、哀しみを感じている。

「・・・・・・わかりました」

フォーマは、そう言うと、バズーカを持ち、外へ出て行く。

アルファは直ぐに追い駆け、

「フォーマ!」

呼び止めた。

「アルファ、ゴッドタワーへ案内しようか? ぼくも行く用事ができたんだ」

今迄、見せた事のない表情のフォーマ。

真剣で、怒りが溢れて止まらない顔。

『例え、誰かの人生を操れたとしても、そんなの一週間で飽きちゃうよ。永遠なんて時間、無駄じゃない?』

これが神を冒涜した言葉の後の仕打ちだろうか?

神は全てを見下し、

『飽きる訳がない』

と、プルを手にし、フォーマの人生を操って、笑っているようだ。

——神はいつから生きて、全てを見ているのだろう?

——俺が呼吸をする、もっと昔。

——化け物ができて、そして絶え間なく続く呼吸を手に入れた神。

——化け物を作り続けて、どれだけの月日が流れ、俺は生まれたのだろう?

——そして、何故、俺は今、こうしているのだろう?

——俺が生まれた意味があるのなら、それは何なのだろう?

神を倒す為に生まれたんだと、そう思いながらも、自分の生まれた意味に対する疑問は尽きない。誰もが常に自問自答で、もがき、苦しみ、答えのない答えを探している。

「ゴッドタワーは、この地では一番高い単なるビルだ。何の事はない、只の営利事業場を広げる為の組織だよ。不便な世の中を便利にする為のね」

フォーマは、例え、神に見られていたとしても、忠誠を誓わず、憎む方を選んだようだ。

「言い伝えさえなく、記録も残ってないが、この地は、そういう事で、一度、文明が滅んでいる筈だ。じゃなきゃ、こんなに汚れない。人間達はそういう事も忘れ、また何度も過ちを繰り返す。この地は黒い煙で覆われ、草一つ生えない腐った地なのに、それをどうにかしようとせずに、こういう地で自分達が生きる為だけに空気清浄機だの、水清浄機だのをつけている」

「黒い煙で覆われている? 太陽がないんじゃないのか?」

「アルファ、ここに来る時に太陽を見たって言ってたじゃん。それを聞いて、ぼくのお父さんは嘘つきじゃないって証明されたよ」

「どういう事だ?」

「ぼくのお父さんは、人間達が、この地を汚し、太陽をなくしてしまったって、論文を出して、みんなにそう語った。これ以上、人間の好き勝手に生きてはいけないと。でも誰も信じなかった。お父さんの論は空想物語だと言われたよ。教会の天文学者達は、この地に光がないのは、近くに、太陽と言う、燃える星がないからだと言った。この世界の学問を学ぶ場所である大学や研究所などは、皆、神の元、学んでいる。だから、教会の天文学者がそう言うなら、それが正しくなる」

オメガが『最も強い者がルールであり、それに従わぬ者は反論さえ許されない』そう言っていた事をアルファは思い出す。

「お父さんは、変わり者で、嘘つきだと罵られた。でもお父さんは諦めず、みんなに訴え続けた。ぼくにも『いいか、フォーマ、この星に光を戻す方法はまだあるんだ』って何度も同じ事を言うんだ。ある日、人々を惑わす悪しき者として、お父さんは処刑された。嘘つきで変わり者だと言われたまま、死んだ——」

人は、太陽をなくしてしまった事も忘れ、その張本人である神を信じ、祈り続けている。

無実の人間が、こうして何人、裁かれたのだろう?

そうして、何人の人間がフォーマのように強く生きているのだろう?

どんな想いで、悔しさや悲しみを乗り越え、神を恨んでいるのだろう?

「でもね、そんな事、ぼくは気にしない。お母さんがお父さんに呆れ、ぼくを置いて、家を出て行った日も、ぼくはヘラっと笑ってたよ。この星は元々こんな星で、それが当たり前と考え、体に悪い空気を吸い込み、病気になったら、教会に祈り、病を治してもらったと、そう思い込んでいる奴等の事も、ぼくはヘラっと笑って見ている。お父さんが嘘つきで、変わり者と罵られても、ヘラっと笑って、何も言えないでいた。お父さんが首をはねられた時も、ぼくはヘラっと笑って、何も気にしなかった。誰が、どこで、どうなったって、ぼくは気にしない。ぼくの事も誰も気にしないから。でも——」

「でも?」

「でも・・・・・・プルを気にしないなんて無理だよ。ずっとプルの事、気にしてたから」

——神は見ているだろうか?

——こういう人間が生きている事を。

——そう、もしも人生に意味があるとして、生まれたのなら

——惚れた者に逢う為に、俺達はここに存在しているんだ。

——神よ、アンタの為に俺達は生きている訳じゃない。

「案内してくれよ、フォーマ。営利事業を営む神とやらに逢いに行ってやろうじゃないか。惚れた女の為に、一緒に打っ倒しに行こう。そして思い知らせてやろう。神という、その真実の姿を——」

「行かれるんですか?」

アルファの背後で、そう声がして、振り向くと、ミラクが立っている。

「アルファ様が行かれるのでしたら、私も行きます。アルファ様が大事に想う人を助けるならば、私もそのお手伝いをします。足手纏いと思われるでしょうが、最後迄、共にいさせて下さい」

ミラクはそう言うと、アルファに一歩、二歩と、ゆっくりと近付いて、微笑んだ。

そのミラクの後ろにはシンとセイとケンがいる。

「お前達はどうする? また嫌な場所に戻るのは辛いだろう?」

アルファがそう言うと、シンとセイは二人見合い、頷いた。

「じゃあ、ここに残ってていい」

アルファはそう言って、シンとセイの頭を撫でた。

「アルファ!」

シンが突然、大きな声で呼んだ。

「アルファには正義がある」

「は?」

「僕には感じるんだ。アルファには強い正義がある」

「・・・・・・俺は正義が何かわからないのに?」

「正義とは、自らが絶えず証明しなければならない。全ては正義からは始まらないが、それは悪からでもない。全ては自然に始まり、その上で生きていけるかどうかって事なんだ。僕達は、只、静かに暮らせる地がほしいだけだった。安らかに呼吸をしながら生きていける場所。息づいた地と光と、風と水に身を寄せ、生きていきたいだけだった。それが悪い事なのか正しい事なのか、大きな視野から見れば、善と悪のどちらなのか、わからない。でも僕達にとって、アルファは光に満ちてた。優しく、強く、逞しく、正義に溢れて、生きていた。これからもアルファは生き続けてほしい。そして、またいつか、逢いたい。その強い光を持った精神に——」

「・・・・・・シン?」

突然、意味不明な事を真剣に言い出すシンに、アルファはわからなくなる。

「ねぇ、アルファ? きっと私達、また巡り逢えるわ。私はとてもいい命に巡り逢えたと思っているの。だからまた貴方に逢いたい。天地における永遠の誓いの下、いつか、また」

「セイまで、なんなんだよ?」

「お別れだね、アルファ」

シンがそう言うと、セイも、

「アルファ、さよなら」

と、言い出した。

「お、おい、俺が神に逢いに行って、死ぬとでも思ってんのか?」

シンとセイは横に首を振る。

「アルファは生きて、この地に光を戻して? 僕達の住める大地を、アルファの生き続ける命の中で、僕達に与えてほしい。アルファが生きる道は正義だから」

「そう、私達は貴方が正義に溢れていると感じているから」

シンとセイは、そう言うと、二人見合い、クスッと笑い、アルファの腕にしがみつき、

「約束したからね!」

と、笑いながら、じゃれ始めたかと思うと、二人、駆けて、フォーマの家の中へ入って行った。

「な、なんなんだよ、アイツ等!」

「不思議な子供だね。あれは人間の子供?」

フォーマが、もっと不思議な事を言い出す。

「人間の子供じゃなかったら、なんなんだよ?」

アルファが聞き返すと、フォーマは少し考えて、何を想像したのか、一人で笑い出す。そして、

「大通りに出て、タクシーつかまえて、ゴッドタワーへ行こう」

と、フォーマは歩き出した。

アルファもフォーマに続き、ミラクも一緒について行く。

大きなバズーカを背負っているフォーマ。

フォーマは、そのバズーカを、かなり前から造り始めていた。

三日月が傷付いて、治療中の時も、研究の合間に、何やら考えながら設計図を書いていたのは、恐らく、そのバズーカだろう。

だが、タンザー司祭達を追っ払った時は、煙しか出なかった。

まだ未完成なのだろうか?

そんなバズーカを持って来て、フォーマは何をしようとしているのだろう?


タクシーに乗り、来た場所は大きな高いビルの前。

——ゴッドタワー。

無限に続くかのように、闇の上空に姿なく聳え立つ建物。

アルファが真正面から乗り込もうとして、フォーマに腕を掴まれる。

「アルファも天使計画見てただろ? 恐らく中のロビーは人々で混乱してると思う。それに紛れてって訳にもいかないでしょ。人々が多くいるって事は、『神の使徒』も大勢いて、警備してるだろうし、ぼく達は顔を知られてる。ビルの裏に非常階段があるから、そこから中に潜り込もうよ」

「・・・・・・誰がいても、邪魔する奴は斬ればいい」

「わかってるよ、アルファが強いのは。だからアルファと一緒に来たんだ。だけど、プルが、このビルにいるかどうかもわからない。まだ揉め事は避けたいんだ」

プルを人質にされている以上、フォーマの言う通り、裏からビルに侵入した方がいいだろう。アルファは頷き、フォーマに従う。

ミラクは黙って、フォーマとアルファについて行く。

ビルの裏に回って驚いた。

そこには景色を遮るものが、何一つない。

砂漠が広がっている。

どこまでも続く砂。

砂漠地帯。

非常階段を上りながら、その異様な光景を見つめ、古代都市ゼウスへ行った時の砂漠の道のりを思い出していた、その時、

「この砂漠の遥か彼方に、この星を廻し続ける器具や装置がある」

そう言いながら、非常階段から下りて来る男。タンザー司祭だ。

タンザー司祭はプルに銃を向けたまま、ゆっくり下りて来る。

「お前達の浅墓な考えがわからぬようでは、司祭などやってられんよ。来ると確信していたよ、シンバ・アルファ」

「・・・・・・その女を離せ」

アルファは三日月の柄を握り、タンザー司祭が下りて来るのを待っている。

「この地は我々にとって、使い捨ての星だ。間もなく、この星に取り付けた人工器具の装置も止まり、残った者は、絶望と苦痛に耐えれず、朽ち果てて行くのだ。それがどんな苦しみかわかるか? お前達の想像を超える痛みだろう」

「いいから、プルをフォーマに返してやれ!」

アルファがそう吠えると、タンザー司祭は階段を下りるのを止め、フッと嫌な笑みを浮かべた。

調度、アルファ達を見下ろすような位置の場所で、タンザー司祭は嫌な表情を浮かべ続けている。

「やはり、我々の元へ戻る気はないんだね? 元EIBELL STRAIN、シンバ・アルファ」

「お前達の元へ戻ればプルを返すのか?」

「フッ。我々の元へ只来ればいいだけではない。神に忠誠を誓い、我々の僕となるのであれば、この娘を返してやらない訳でもない。どうせ、この星で朽ち果てるのだ。今、殺しても、後で死ぬもの同じだ」

「いいよ、アルファ。無理に戻る事はない。ぼくとプルの為にアルファが犠牲になる必要はないよ」

フォーマがそう言うが、アルファは、迷う。

「小僧、研究をしていると言ったな。どうだ? お前も我々に忠誠を誓い、神と共に来るか? ヘブングランドはゴッドタワーの屋上で待機している。お前が忠誠を誓い、アルファを修理するならば、この娘と共に乗せてやってもいいが?」

「修理?」

フォーマが首を傾げ、聞き返すと、

「元EIBELL STRAIN、シンバ・アルファ。我々の役に立たない道具は、壊すか、修理するか、捨てるしかなかろう? だが、捨てるには惜しい。折角の完全な人間の型をした人工生命体だ。人工生命体も増えたが、こうも完璧に人の型を成すのは、そうはいない。なら、修理するのが一番いいだろう? お前が何を研究してるのか知らんが、それなりの学問を持ち合わせているのなら、修理する知識もあるかもしれんだろう?」

タンザー司祭は、嫌な条件を言い出した。だが、フォーマは考える迄もなく、

「断るよ」

キッパリそう言った。

アルファは三日月の柄を握り締め、

「警告する。お前がその女を殺す前に、俺はお前の首を斬り落とす」

と、タンザー司祭を睨みつけた。

「こんな所で暴れる気か? ビルが壊れると、屋上で待機しているヘブングランド迄、辿り着けなくなる。悪いが、もう行かねばならぬ時間だしな。只、条件を出してみただけだ。この女は返してやる」

タンザー司祭は、そう言うと、プルを抱き上げ、階段の横から下へ放り投げた。

「きゃー!」

悲鳴を上げ、落ちたいくが、落ちた場所が砂の上。

バフンと砂が舞ったが、プルに怪我はなさそうだ。

「プル!」

フォーマがプルの所に駆けて行く。

アルファはタンザー司祭目掛け、三日月を抜こうとした瞬間、

「やめておけ。お前もあの娘の所へ急いだ方がいいだろう」

と、タンザー司祭は階段を上り始める。

「アルファ様! フォーマさんとプルさんの様子がおかしいです!」

ミラクがそう言って、階段の上から、二人を指差した。

「なんだって言うんだ!」

アルファは、舌打ちしながら、そう吠えると、そこから飛び降りて、フォーマに駆け寄った。ミラクは階段を駆け下りる。

「な!? なんなんだ?」

アルファはプルの体が砂に埋まってるのを見て、驚く。

「・・・・・・流砂だ」

フォーマがそう答える。

「流砂?」

「底なしの砂だよ。流砂に嵌まると抜ける事はできない」

「嘘だろ?」

フォーマの下唇を噛み締めている顔を見て、嘘ではないとわかる。

「ロープを探しましょ! そして引っ張り上げましょう! 諦めては駄目です!」

ミラクがそう吠え、フォーマとアルファは頷くが、そんな都合良くロープなどない。

その間にもプルの体はゆっくりと流砂に呑み込まれて行く。

「プル!」

フォーマはプルの名を呼ぶ。

「・・・・・・アルファ、もういいよ」

「何言ってんだよ!?」

「・・・・・・人工衛星ってわかる?」

「は!?」

今の状況に関係があるとは思えない話を始めるフォーマ。

——コイツ気が違えたのか!?

そう思える程、フォーマの口調は冷静だ。

「大気圏の外に打ち上げられ、この星を回っている人工衛星。その距離を置いた時点で、この星の形が変わる程度の爆発を起こすと、きっと何もかも宇宙の塵になる。この星は重症を負うが、やがて、回復する。ぼくの計算が間違ってなければ、それで光が戻る筈なんだ。このバズーカは三日月をセットできる。人工衛星の位置が確認できれば、三日月は人工衛星の中心部まで届く程の破壊力を持ってるし、距離も、このバズーカの威力でいける。三日月と出会って、ぼくは、このバズーカを造り始めた。でもこの手段は、この星に住む者が、犠牲となってしまう——」


『ぼくに三日月をくれない?』

フォーマがそう言った事を思い出す。

『アルファの相棒をぼくに譲ってくれない?』

フォーマは光を取り戻したかったのだ。

『無理だってわかってて言ってるんだよ。大事にしてるのもわかってる。絶対に譲ってもらえないのもわかってる。でもそれがほしいんだ』

どうしても光を取り戻したかったんだ。

『・・・・・・言っても、くれないんだろ? なら言わない。どうせまた馬鹿な妄想だって言われるだけだし』

妄想じゃなかったんだ——。


「今、三日月をお前に渡しても、プルは助からないんじゃないのか? みんな一緒に心中する気か? それで三日月を?」

フォーマは首を横に振る。

「アルファなら、生きるんじゃない?」

「え?」

「アルファなら、この星と一緒に重症を負っても、回復するだろう? 急所さえ守っていれば、永遠の命なんだろう? だから誓えよ」

「・・・・・・フォーマ?」

「生きるってさ」

「生きる・・・・・・? 何意味不明な事ベラベラと言ってんだよ。今は俺の事なんてどうでもいいだろ」

そう言ったアルファを無視し、フォーマは、バズーカを足元に置き、クルリと背を向け、歩いて行く。

アルファは砂に嵌まったままのプルを見て、歩いて行ってしまうフォーマを見て、

「おい! どうすんだよ! このままでいいのか!?」

と、フォーマの行動がわからなくて、フォーマの背に吠えた。

すると、フォーマは振り向いて、全速力で走って来た。

そして、アルファの前で、思いっきりジャンプしたかと思うと、流砂にドボンと入った!

アルファとミラクは驚く。プルも驚くが、フォーマは飛び切りの笑顔で、プルを見ている。

「何やってんのよ! フォーマ!」

プルが怒り出した。

「研究ばかりして来たからさ、たまには砂遊びもいいかなってね、童心に返ろうかと思って」

フォーマはヘラっと答える。

「バカ! バカバカバカ!」

「そうかなぁ? そうでもないよ、我ながらナイスアイディア!」

「歴史に名を残すんでしょ?」

「そんなのいつもの妄想だよ」

「闇の空をコバルトに戻すって言ったじゃない! 私に青い空を見せてくれるって約束したじゃない! 光をプレゼントしてくれるって言ったじゃない! 妄想じゃないよ! 私は信じてたもん! プレゼントくれるって言った癖に!」

「言ったよ。プルがいなきゃプレゼントできない。だからいいんだ」

「良くない!」

「光はプレゼントできなかったけど、プルが好きだって言ったもの、今ならあげられるよ」

「私が好きだって言ったもの?」

フォーマはプルに手を伸ばす。

「ぼくの指先が好きだって言ったろ? プルにあげる」

プルは涙を流しながら、フォーマの手を握ろうと、必死に手を伸ばす。

「怖くないよ、プルと一緒だから」

「フォーマ・・・・・・それは私の台詞。いつも一緒にいてくれたね」

「ぼくの台詞だろ。ぼくが全てを拒絶しても、プルはぼくの傍にいてくれたね。励まされても、気が付かないで、どんなに傷付けたか。でもいつもキミがいたから、孤独じゃなかったよ。プルがいたから、ぼくはこんなにも笑えてたんだ」

「私の方こそ、いつも研究の邪魔して、かまってもらおうとして、迷惑かけてたのに、フォーマ、私を笑顔で迎えてくれた——」

「プル、ぼくね、プルの事が——」

「私、フォーマが——」

二人の台詞が、そこで終わり、二人の指先が、触れたか、触れないか——。

ドボンと、二人は、砂に沈んだ。

「フォーーーーマーーーーッ!!!!」

アルファの声は、もう届かない。


『アルファの上も下もあるの? キミはここにいるのに? 他なんてないよ。似てるものがあっても、それはキミじゃない』


——フォーマ・・・・・・

——俺はお前に教えてもらってばかりで、何もしてやれなかった。

——何故、愛し合う二人を助けられなかったのだろう。

——死に際に愛を確認し合っても、それに意味があるのか?

——どうして、俺のまわりの奴等は消えていってしまうんだ?

アルファは自分自身に怒りを感じながら、ゴッドタワーを見上げる。

その瞳は怒りそのもの。

アルファは、フォーマのバズーカを、二人が沈んだ流砂の前に立てた。

そして、祈る。

確認し合った愛の意味がありますようにと——。

「・・・・・・神に逢いに行こう」

そして、怒りを露わにした口調。

ミラクが、アルファに恐怖を感じる程。

アルファは足早になり、ゴッドタワーの真正面からズカズカと入って行く。

ロビーは混雑している所か、静かで、誰もいない。

皆、もう屋上に向かったのだろうか?

「アルファ様、こちらにエレベーターがあります! こちらには階段があります!」

ミラクがそう言って、走り出す。

「まるで案内してくれてるみたいだな。この建物の内部構造、知っているのか?」

「いいえ。只、中は大聖堂に似てる気がします。大聖堂も私はひとつの部屋にいただけで、滅多に出れなかったので、そんなに知りませんが——」

「そうか」

「・・・・・・私の事は興味ありませんか?」

簡単に納得してしまうアルファに、そう尋ねるが、アルファは、何も答えず、階段を下り出した。

「あ、あの、屋上へ行くなら上ですけど!」

「スピカを探したい」

アルファはそう言って、階段を駆け下りて行ってしまった。

「・・・・・・アルファ様の中に、私は全く無いんですね」

ミラクは悲しく、そう呟き、アルファの後を追い、階段を下りていると、

 バキューーーーン・・・・・・

銃声が地下から鳴り響き、

「アルファ様!」

と、ミラクが階段を駆け下りてみると、そこには、アルファに銃を構えた男が一人。

「下りて来るな」

アルファがミラクにそう言うと、ミラクは階段の上で、只、立ち尽くすしか出来なかった。

「よぅ、猿、久し振りだなぁ」

——アルシャイン・B・タイル。

「久し振りの挨拶にしては歓迎され過ぎだ」

アルファは銃で撃たれた右肩に手をやる。だが、そこは直ぐに回復し、何もなかったように、服だけに穴があいて、血で汚れている。

「無事だったんだな?」

「見りゃわかんだろ」

「そうだな、良かったよ」

「良かった? 相変わらず、気に好かんヤローだぜ。何故お前のような猿がEIBELL STRAINなんだ?」

アルシャインは左手で構えた銃のトリガーを引き、再び火を放った。

アルファの肩、腕、腹、脚に弾が入る。そしてミラクの悲鳴。

避ける間もなく、アルファは跪くが、体内に減り込んだ弾は再生される皮膚に押し出され、傷は回復していく。そして、アルファは何もなかったように立ち上がる。

「何するんだ、相手が普通の人間なら死んでる。それをわかった上での行動か? お前こそ、相変わらず、嫌なヤローだな」

「フッ。流石だな? 弾を喰らっても死なねぇ化け物を、天使とは良く言ったもんだぜ。でも、俺も少しは強くなったんだぜ? これを見ろよ——」

アルシャインは左腕の袖を捲り上げた。

「その腕!?」

「腕だけじゃねぇ。体中、そうなりつつある」

硬い鱗のようなモノが、アルシャインの肌を覆い尽くしている。

「フッ。単にサウスポーで悪魔だったのが、この姿に、皆、大魔王と平伏すかな」

「アルシャイン、お前、どうしてそんな体に?」

「人と何かの遺伝子融合の実験材料として使われたのさ。なぁ、猿? 鳥ってさぁ、昔は恐竜だったって説があるだろ? あれ、案外そうかもよ? だってさぁ、俺と鳥の遺伝子融合で、この鱗だろ、そして——」

アルシャインは傍の壁を、意味もなく、破壊した。

「このパワーだもんなぁ。くっくっくっくっくっ・・・・・・あーーーーははははははは・・・・・・」

アルシャインは大笑いした後、アルファを鋭く睨みつけ、二ヤリと笑った。

「さぁ、天使と悪魔のバトル開始だ——」

そう言うと、銃をアルファに向け、狙い撃つ。

素早く身をかわすアルファに、舌打ちをする。しかし、その舌打ちはアルファに弾を避けられるからではない。アルファが自慢の三日月を抜かないからだ。

アルファはアルシャインを攻撃したくないのだ。

しかし、アルシャインの目にはそうは映らない。バカにされ、子供扱いされているように見えてしまう。

ミラクが階段を下りて来る足音。銃声が鳴り響き、アルファの事が心配なのだ。

その時、アルシャインの構えた銃口が、ターゲットを変えた。

「やめろ! アルシャイン!」

蒼白い火花が飛び、空気が爆ぜる音——。

ミラクの白く細い足首から、赤い血が滴り落ちる。

だが、掠っただけの様子で、また、階段を上り始め、

「ごめんなさい、アルファ様! 私は大丈夫です!」

と、ミラクの声が聞こえた。

ミラクの無事に、アルファはホッとし、そして、アルシャインを睨み見た。

「天使と悪魔のバトルと言ったのは、お前だろ。関係ない奴に手を出すな」

「フッ。天使と悪魔ねぇ。結構! ではここからが本番だ、武器を構えろ」

「・・・・・・その必要はない」

アルファの、その台詞に、アルシャインの顔が怒りで怖くなる。

「俺を過小評価し過ぎだ。それとも猿の癖に自分を過大評価しているのか? 天使だから? 天使だからかーーーーッ!!!!」

「違う! 俺はお前を斬りたくないんだ! もう誰も失いたくないんだ!」

「その態度が気に好かねぇんだよぉッ!!!!」

アルシャインは銃を殴る道具として、アルファを攻撃する。

ガスッと入った額のバンダナに赤く滲む血。

殴りつけるだけ殴り、アルシャインの呼吸の方が乱れ始める。

そして、全く抵抗しないアルファに苛立ち、銃を階段の上へ向けた。そして連打。

勿論、階段は螺旋になっている為、ミラクに当たる訳はないが、弾が飛んで来るのを目にし、ミラクは悲鳴をあげる。

アルファは、意味のない攻撃的なアルシャインに堪らず、三日月を抜いた——。

「アルシャイン、俺は、お前を斬る!」

「フッ。剣か。そんな武器で俺に勝つ気か? 『剣は全ての武器に勝る』誰かがそんな事を言っていたなぁ。現代(今)でも、そうか?」

アルシャインは、銃口をアルファに向ける。

「三日月に斬れないものはない」

「フッ。その自身、撃ち抜いてやるぜ」

アルシャインの連続射撃に、アルファは身を翻し、壁を蹴る。その反動を利用して、宙に舞い上がり、三日月を振り上げ、今、振り落とす瞬間——。

アルファはアルシャインと目が合った。

それだけの間があるにも関わらず、アルシャインは銃口をアルファに向けなかった。

振り落とした三日月は、止める事は出来ない。

首の根元から、奥深く迄、ザクッと入り、三日月を抜くと、血が噴射した。

アルシャインは後ろへ、ドンッと倒れた——。

「アルシャイン!」

アルファはアルシャインの裂けた首元をソッと抱き、肩を支えて、頭を起こした。

「・・・・・・やっぱ・・・・・・お前・・・・・・天使だわ・・・・・・」

「アルシャイン?」

「スピカちゃんなら・・・・・・地下には・・・・・・いないぜ・・・・・・俺のような遺伝子融合された・・・・・・モルモットなら・・・・・・いるけどな・・・・・・」

「アルシャイン! もういい、喋るな!」

「バカヤロウ・・・・・・どっちみち最期だ・・・・・・喋らせろよ・・・・・・」

「アルシャイン・・・・・・」

「俺の体・・・・・・銃でも撃ち抜けない程・・・・・・硬くてさ・・・・・・死にたくても死ねない状態だったんだ・・・・・・これでやっと・・・・・・楽になれるさ・・・・・・流石・・・・・・天使様・・・・・・だな・・・・・・俺を苦しみから解放してくれた・・・・・・」

「違う! 俺は、解放した訳じゃない! 俺は! 俺は・・・・・・アルシャイン、助けてやれなくてごめん・・・・・・」

「天使でも俺にとったらお前は猿だからな・・・・・・・猿の癖に生意気だったのは許してやる・・・・・・だから・・・・・・生きろ・・・・・・俺の分まで・・・・・・天使でも・・・・・・化け物でも・・・・・・猿でも・・・・・・生き抜け・・・・・・」

「アルシャイン・・・・・・」

「神じゃなく俺に誓え・・・・・・生きろ・・・・・・」

「アルシャイン! おい! 目を開けろ! おい!」

死を選ぶ他に手段はなかったのだろうかと、結果、アルシャインの自殺を手伝ってしまった事が悔しい。何故、もっと慎重に動けなかったのだろう。

助けを求めている事に、もっと早く気付いていたら——。

気付いていても、どうにかなった事なのだろうか——。

アルファは今更、自分の無力さを知る。


『傷付いた心に時効なんてのはない』


——そう言ってた癖に。

——なのに、許してやるとか言うなよ。

——傷付いてない訳ないじゃないか!

——心じゃなく、姿まで、傷付いてる癖に!

——アルシャイン、お前は俺に似てるよ。

——似過ぎてて、好きになれなかったけど、失いたくはなかった。


アルファは、アルシャインを、そのまま、そこに寝かせ、階段を登って行く。

階段の隅で怯えるように、しゃがみ込んで、座っているミラク。

「大丈夫か?」

「アルファ様! アルファ様こそ!」

「俺は大丈夫だ」

アルファは、そう言うと、また階段を上り始める。

ミラクは、それ以上、アルファに近づけず、少し距離を開けたまま、アルファの背について行く。

階段を上り、そのフロアを調べ、また階段を上り、その繰り返し。

どれくらい階段を登ったのか、今、何階にいるのかさえ、わからない。

関係者立ち入り禁止と書かれたモノが置いてある。アルファはそれを無視し、階段を登る。

あるフロアの、あるルームでは、デスクワークが並び、またあるフロアの、あるルームでは、実験器具が並び、そしてあるフロアの、あるルームでは、本ばかりが並び、あるフロアの、あるルームでは、動物や昆虫の標本のようなモノが並び、かと思えば、海の生き物がアクアリウムとなる部屋で泳いでいる。植物ばかりの、まるでジャングルみたいな部屋もあれば、見た事もない機械ばかりが、大きなモニターとなる壁にも、みっちりと並び、不快な機械音を鳴らし続けている・・・・・・。

くだらない神の正体がわかる場所が、こうして続いている——。

「アルファ?」

その声に振り向くと——

「クラウド?」

クラウドが立っている。

「クラウド? 無事・・・・・・だよな・・・・・・?」

何もされていない事を確認する台詞。

アルファは、目の前のクラウドに不安を感じている。

「なんや、知らん場所に閉じ込められとってなぁ。ドアが開いとって、出て来れたんやけど、ここがどこなんかも、よぅわからんで、彷徨ってたんや。お前は神に逢えたんか?」

「いや・・・・・・」

「ほな、一緒に行くよ」

「い、いや、クラウド?」

「あの子供等は無事なんか? お前は今迄どこにおったんや?」

それはシンとセイの事だろう、だが、ヨロヨロして、やつれているクラウドに、アルファは本当のクラウドを見れなくなっていて、何も言葉を返せない。

クラウドは何かされているのではないだろうか? そして・・・・・・

——そして、隙を見つけて、俺を・・・・・・。

「それ以上、その者に近付くな!」

銃口をクラウドに向け、ルビーデ司教が現れた。クラウドはアルファに近付くのを止め、無言で手を上げる。

「実験材料のサンプルとして、使われた人間が、何故、その者に近付こうとしているのですか? 確か、貴方の思考は神への忠誠の為だけにある筈」

ルビーデ司教が、クラウドにそう言うと、クラウドは手を上げたまま、首を振った。

「実験材料? なんやそれ? そんなん知らんけど、おれはずっと妙な部屋に一人、監禁されとったんや。ずっと一人でおったんやけど、その部屋の鍵が開いとって、だから、出て来たんや。でも、ここがどこなんかも、出口もどこにあるんかも、わからんと、歩いとったら、アルファに出逢えた。それだけやけど・・・・・・」

「騙されませんよ。ここは研究室です、貴方は何かされている筈です!」

「騙すて、別に! 俺は何もされとらんと思うけど・・・・・・」

クラウドは、アルファを見る。

「アルファ、お前も、俺が騙してる思うんか?」

「い、いや、俺は——」

「駄目ですよ、その者に惑わされては!」

ルビーデ司教に、そう吠えられ、アルファは黙り込んでしまう。

「アルファ」

クラウドは、アルファを呼び、何かを投げた。

キラッと光る、ソレ——。

 バキューーーーン・・・・・・

銃声が鳴り、クラウドは前のめりになる。

アルファの目の前に、光るソレが落ちたのと同時に、クラウドは倒れた。

アルファの足元に落ちている、キラッと光る1ゲルドコイン——。

「クラウド? クラウド!?」

アルファはクラウドに駆け寄り、クラウドを揺さぶるが、もう動かない。

「フゥ。危ない所でしたね。彼は一体何を投げたんですか?」

「・・・・・・1ゲルドコイン」

「1ゲルドを? 助かる為に金で? それにしても1ゲルドはないでしょう」

ルビーデ司教は、そう言って、馬鹿にするように笑う。

「何が可笑しいんだ」

「いいえ、すいませんでした。そんな者でも、仲間でしたよね? 御悔み申し上げます」

「・・・・・・なんで撃った?」

「何か投げたので、撃たなければ危険だと判断しました」

「危険? EIBELL STRAINの俺より危険な奴なんているのか?」

「・・・・・・貴方は味方でしょう?」

「味方? 敵の間違いだろ?」

と、そう言うと、

「もう少し様子を見る事だって出来た! 俺相手に、わざわざ俺を助けるような真似はおかしい! 何を企んでるんだ!?」

と、怒鳴るように言って、アルファは、ルビーデ司教を睨みつけた。

「ちょっと待って下さい、言い掛かりですよ、まさか1ゲルドコインで助かろうとした男の方の味方になる気ですか!? 良かれと思い、アナタを助けたんですよ!?」

「だから! 俺相手に何から助ける気なんだ!!? それにこれは、只の1ゲルドコインじゃない。1ゲルドコインは、俺とクラウドには意味がある」

「意味?」

「1ゲルドコインは崩せない。それだけ信じてる」

「なんですか、それは? それが何の意味になると言うんですか?」

そう言って、笑うルビーデ司教。

「クラウドは・・・・・・俺に教えてくれたよ」

「何をですか?」

「名は体を表す、服装で品性は決まる。外見は人を判断する材料だってな。そして俺は騙されやすいってね」

「さっきから何を仰りたいのか、よくわかりませんが——」

「俺の大事な仲間の一人を、お前が殺した。それだけで充分だ」

アルファは、そう言うと、

「正体を現せ。もうお前の言葉は、何ひとつ、俺には届かない。どんな正義論を並べ立てようが、俺はお前を許さない」

と、三日月を抜き、剣先を、ルビーデ司教に向けた。

「正体を現せとは、私ではなく、あの子供達に言ってはどうですか?」

「子供達!?」

「あの子供達をどこに隠しているんだ? シンバ・アルファ」

そう言ったルビーデ司教の表情は、今迄の穏やかな顔ではなく、冷酷な目の無情な表情だ。

「あの子供達って、シンとセイの事か!? 生憎どこにいるのか、俺は知らない。知ってても教えねぇけどな!」

「でしょうね。まさかの展開です。本来なら、アナタを助け出した私は、アナタに強い信頼を得られる筈でした。そうなるシナリオの登場人物の一人が、その男でした。その男を閉じ込めておいた部屋の鍵を開けて、私の筋書き通り動いてくれて。でも小芝居染み過ぎましたかね? まさか三日月を向けられる程、信用を失うとは思ってもみなかった。ずっとアナタの前では、味方でいたのに、その私よりも、その男を信じるんですもんねぇ。たった1ゲルドコインで。結局、この男を1ゲルド程も信じられなかったのは、アナタですよ。そして、これはもう死んでしまった只の屍だ」

「お前が殺したんだろう!!」

「そうですね、だから生き返らせましょう」

「何!?」

「私を何処の出の者だと思っているんですか? あの古代都市ゼウスの者ですよ?」

「・・・・・・だからなんなんだ?」

「シンバ・アルファ。全く理解力に欠ける代物だ。私はね、妖術をつかえるんですよ。古代都市ゼウスから見えるサソリの心臓を知っていますか? あの星の光は生命力。サソリの心臓を目に映すだけで体内にエナジーが溜まる。妖術とは、そのエナジーをつかった能力なのです」

アルファは、古代都市ゼウスに向かう時、砂漠の中、コルが元気でいたのを思い出す。

コルは、シッカリとサソリの心臓を眼球に映し出し、体内にエナジーを溜めていたのだ。

「さぁ、私の妖術を見せよう。サソリの紅い心臓アンタレス、天に燃えゆる火の心臓よ、死に絶えた者に、かりそめの命を与えよ。呼吸を続かせるのだ——!」

ルビーデ司教の手の平から、怪しい光が放たれ、クラウドを包み込む。

 ドクン!

心臓の音がアルファの耳に届く。

今、ゆらーっと起き上がるクラウド。

その視点は全く合っていない。表情も見えない。

「さぁ、シンバ・アルファ。存分に戦え」

アルファは、そう言ったルビーデ司教を睨む。

「土の化身を蘇らせたのもお前か!」

「おっと、いきなり、理解して頂けましたね。そうですよ。しかし、勘違いなさらないで下さいね。私は神側ではない。無論、コル・ヒドレ側でもありません。権力を握る者の、その成り行きに任せ、私はその結果に付くだけ。私は私の人生を楽しむだけです。その為の趣味のコレクションだけはやめられません。シンバ・アルファ、キミもまぁまぁの代物だが、キミよりも興味深い、いい代物は、この世にもっと沢山ある。人知を超えた生物がね。それが私のコレクションだ」

ルビーデ司教の言う欲しい代物とは、シンとセイの事だろう。

「さぁ、シンバ・アルファ。あの子供達を渡せば、その者の動きを封じてやろう」

クラウドはアルファを襲う。物凄いスピードとパワーで、アルファを追い詰め、今、アルファの首をギリギリと締め付けている。

「や・・・・・・めろ・・・・・・クラウド・・・・・・」

アルファは必死にクラウドに訴えるが、クラウドは力一杯、アルファの首を締める。

「クラ・・・・・・クラウドーーーーッ!!!!」

首を締められながら、アルファはクラウドの名を叫んだ。

それは苦し紛れの悲鳴にも聞こえたが、クラウドは、アルファの声に反応を見せ、首を締めるのをやめた。ドサッとその場に倒れるように座り込み、アルファは咳き込む。

「ごめん、クラウド、俺、まだ死ねない。まだスピカに会ってない。でも、俺はクラウドを斬りたくない! 斬りたくないんだ!」

そう言いながら、涙を流すアルファをジッと見つめるようにした後、クラウドは背を向け、突然、デスクにあるアルコールを持って、それを体に浴び始める。

「なんだ? どういう事だ? かりそめの命が何故、意思を持っているかのように勝手に動き出す? 死んで間もないからか?」

クラウドの行動に、ルビーデ司教は驚いている。

「・・・・・・クラウド? クラウド、俺の声が聴こえるのか?」

アルファは、クラウドに、声をかける。

「クラウド! おい! おい、クラウド!! クラウド!! 聴こえてるのか!?」

そういえばと思い出す。

土の化身は、シンの言葉に返したようだったと。

話しかければ、きっと応えてくれると、アルファは、何度もクラウドを呼ぶ。

「クラウド! クラウド! お前、まだスピカに会ってないよな!? ちゃんと会ってないだろ!? 会わなきゃダメだろ、お前はスピカの家族なんだから!」

「スピカ・・・・・・?」

小さな声で、本当に小さな声で、クラウドは、そう囁いた。何か感じたのかもと、

「そうだよ、スピカに会わなきゃだろ! 俺もお前も!!」

と、アルファは必死で話しかける。クラウドクラウドと、何度も呼び、スピカの名前を出し、泣き叫ぶアルファを、ゆっくりと、クラウドは振り向いて見る。

そのクラウドの手にはライターが握られている。

「ちょっと待て、クラウド? お前、何をする気だ? 落ち着けよ、その手に持っているものを捨ててくれ。頼む、クラウド、まだお前の心があるなら、俺はお前を失いたくない!!」

「アルファ・・・・・・?」

今、クラウドが、無表情で、アルファの名を呼んだ。アルファは、俺だとばかりにうんうんと頷き続け、クラウドを呼ぶ。

「スピカを・・・・・・」

「スピカを!? スピカをどうしたいんだ!? 俺が連れて来るまで、待ってるか!? 必ず連れて来る!! だから・・・・・・クラウドーーーーッ!!!! なんでだぁぁぁぁぁ!!!!」

クラウドはライターに火を点けて、自らを燃やす。

「アルファ・・・・・・お前は生きて・・・・・・スピカを大事にしたってくれ・・・・・・」

「クラウドーーーーッ!!!!」

クラウドが燃える。

燃えるクラウドは、アルファに微笑んで見える。

土の化身がシンに心を委ねたように、アルファに全てを委ねるようにして、目を閉じるクラウド。

天上に設置されたスプリンクラーが、作動する。

炎と一緒に、アルファの涙も流れて消えていく。

皮膚が焼き爛れたクラウドが、横たわっているのを見下ろす。

肉が焦げた臭いと、煙が、逃げ道なく、漂う——。


『そうや。たった1ゲルドや。でもな、たった1ゲルド分、キミを信じとる』


——俺のせいだ。

——俺はクラウドを信じてやれなかった。

——直ぐに信じていれば、クラウドは死なずに済んだかもしれない。

——たった1ゲルド分なのに、たったそれだけでも信じると言う事は難しい。

——神を信じる事は簡単なのに。

——でもクラウド、たった1ゲルド分なら、傷付いても、信じてみようと思うよ。

——臆病にならず、また誰かを信じる心を、俺はなくさないようにするよ。

——お前が教えてくれた事だから。

——だから、約束するよ・・・・・・。

もうルビーデ司教の姿はない。

クラウドの意識があった時点で、勝機がないとわかると、サッサと行ってしまったようだ。

「もう個人的に許せない」

アルファは、怒りに満ちた表情で、再び階段を駆け登る。

そして、アルファとミラクは大きな広間に出た。

「ようこそ、拷問部屋へ」

現れたのはデーモン大司教。

「次から次へと!! 俺を試してるのか!!? それとも時間稼ぎの足止めか何かか!??」

苛立ちを、そのまま声に乗せ、アルファは、そう怒鳴った。

「汝の奥に秘めたる光を見せてもらおうか。汝に生まれた精神の光を! 光は光に反発し、闇を強くする。光に弾かれ、闇の精神で創られた三日月を最強兵器とし、汝のそこに息づく精神の光は誰が与え給うた? 宇宙に輝く無数の星々の中、人は神なる者。その神にすら、創造ならず、模倣を絶する事ならず。ならば、汝の精神の光を見せ、正義を証明してみせよ——!」

アルファの前にズラッと並ぶEIBELL STRAIN。

アルファは三日月を抜き、一呼吸する間もなく、彼等を倒した。

アルファの怒りは、この程度じゃ収まらない。

そして、モーデン大司教を鋭く睨む。

「素晴らしい戦闘能力だが、それは正義の証明なのか?」

「なんだと!?」

「その罪は何によって報いるのだ?」

「・・・・・・」

アルファは、何も言えなくなる。

三日月の刃から滴り落ちる血。

三日月は今迄どれだけの血を浴びたのだろう。

それが罪ならば、アルファの罪はどれだけ重いものなのだろう。

「汝に問う! 正義の証明により、犯した罪は何によって報いるのだ?」

アルファは黙り込んだまま、モーデン大司教を睨み見ている。

ミラクは、只、見守る事しかできず、一人、常に怯えた状態である。

「全ての神の僕達、神を恐れる者達、小さき者も大いなる者も、共に我等の神を賛美する宇宙なる地ならば、救いと栄光と力は、我等の神のモノであり、その裁きは、真実で正しい。全能者にして、主なる我等の神は、王なる支配者である。命を預かる特権を持つ主は、報いを携え、その各々に応じて報いる。主は真のアルファであり、オメガである。最初の者であり、終わりである。それは輝く明けの明星なのだ。その時は近し! 汝に問う。条理と合理の上での、正義の証明はあるのか? 汝の精神の光、我等に証明させてくれぬか? 神を主として崇めよ——!」

アルファは無言で、モーデン大司教を睨んだまま、三日月を構えた。

そのアルファの姿に、モーデン大司教は神の手の中に入る気はないと、アルファのその答えを見る。

「ならば、証明してみせよ。汝の正義と、その罪の報いを——」

今、奥の大きな重い扉が開く——。

 ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・

地響きが鳴り、固く閉ざされている扉が、ゆっくり開いた。

その奥に動く大きな影と、ヒュー、ヒューと聞こえる乱れきった呼吸音。

ジャラジャラと長い鎖を引き摺りながら、ゆっくりと姿を現した。

大きな十字架を背負い、その十字架に鎖で縛り付けられている男。

生きているのが不思議な程、男は酷い状態にある。

男の目は刳り貫かれ、右手もない。

体中は血で纏っている。ない右手の右腕は痙攣を常に起こしているようだ。

その余りにも残酷で、無惨な姿に、ミラクは泣きそうになり、瞳を閉じる。

「その者は、眼球もなく、音の感覚を掴む神経の働きである聴覚さえ、失っておる。その者にあるのは、絶望と苦痛のみ。その者は世々限りなく日夜、苦しめられておる。それがその者が受けるべき報いである。汝ならば、その者を、どう報いる?」

アルファは、十字架を背負ったその男を、何も出来ずに、只、見ている——。

「その者は、神への永遠の誓いの下、右手を一度差し出した。樵をしていた、その者の右手とは汝の三日月に値する。それだけの忠誠がありながら、結末には、神を裏切り、教会を爆破させた。その報いは、斧としてあった右手を葬っても報いにならず。して、その者の、今の願望さえ、報いにはならないのである」

「・・・・・・シェアト?」

モーデン大司教の話と十字架を背負う男を見て、アルファは、シェアト・A・ゲニブだと確信した。

シェアトは、震えながら、十字架を背負って、そこにいる。

いや、震えているのではない、痙攣を常に、体中に起こしているのだ。

「シェアト・・・・・・? 俺だ・・・・・・わかるか・・・・・・?」

アルファが恐る恐る近付くと、シェアトは、今ある精一杯の力で、アルファに向かって、突進して来た。命がけで向かってくるシェアト。

そのシェアトのパワフルな動きを止められる筈もない。

「シェアトーーーーッ!!!! 落ち着いてくれ! 俺だ! アルファだ!」

そう叫んでも、シェアトに聞こえる訳もない。

だが、シェアトの動きがピタリと止まり、見ると、シェアトの額に御札が貼ってある。

「・・・・・・カペラ」

「あーぁ、コッソリ忍び込んだのにさ、アンタのせいで台無しだよ。こんなトコで何してんだか知らないけど、イーベルに逢う前に体力使い切る気?」

「お前こそ、じいさんと一緒じゃないのか?」

「見ればわかるだろ? コル様は今頃イーベルに逢ってんじゃない?」

——先に進んでいるという事か。

「そんな事より、その大男、どうすんのさ?」

カペラは金縛りで動けなくなっているシェアトを見る。

アルファもシェアトを見る。


『みんな、死んでしまった。同じ悔いや悲しみ、怒りを持った同胞だったのに、神に逆らったばかりに! ろくな死に方はさせてくれねぇだろうと覚悟はしていたが、俺のまわりにいる者達が消え、俺だけが残るのは、どんな苦しみより、辛れぇよ』


——シェアトの運命と俺の運命は、辿ると、似ているな。

——妻も子も失い、共に戦う仲間も失い、絶望と苦痛に耐え、生かされていた。

——その苦しみに堪えたシェアトは、もう充分だろ?

——シェアト、もうそろそろ、跡を辿るか?

——シェアトが逢いたい人の場所へ・・・・・・

そして、アルファは決意する。

アルファは三日月をシェアトに向けた。

そのアルファの行動に、モーデン大司教の右眉と右目が同時にピクッと動き、カペラとミラクはゴクリと唾を呑む。

「シェアトーーーーッ! お前の命を、俺に譲ってくれないかーーーーッ!」

吠えるアルファ。

シェアトは金縛りにあっている所為もあり、ピクリとも動かない。

「俺はお前が望む限り、生きよう! だからお前の命を俺にくれ! シェアト、約束だ!」

今、アルファの三日月が、シェアトの心臓を貫いた。

シェアトは、アルファと擦れ違うように倒れる。

アルファは、シェアトの血のついた三日月を、モーデン大司教に向けた。

「永遠の契約の血だ! シェアトの今の願望は死だ! 俺は神でも天使でもないが、それを聞き入れた! シェアトとの誓いを守る為に! それが俺の正義であり、この血が、その証明だ! そして俺は、この罪を報いる為に生きる!」

アルファがそう吠えた後、やけに辺りがシンと静まり、三日月の刃から滴り落ちる血が、床にピトピトと鳴る音が大きく響き渡る。

「お前に尋ねる! 万物を、その足の下に服従させる事が神なのか? その上で神が正義であっても、その全ての事に、例え神が許しても、俺は、俺自身も、神も永久に許さないだろう。神は、神が創造した俺にさえ、許しをもらえぬ、哀れな小さき者だ! 違うかーーーーッ!!!!」

アルファは三日月を、モーデン大司教に向けたまま、叫び、その後、無言で、二人、睨み合った。

「汝は正しい。だが、正しいだけで、神の手から正義を解き放つ事はできず、やはり汝は、神を崇め、賛美するべきであった。汝の始まりは二度とあらぬであろう——」

モーデン大司教は、クルリと背を向け、行ってしまった。入れ替わるように、誰かが、こちらにやって来る。

「俺の始まりは二度とないって、どういう意味だ」

アルファのその呟きを、入れ替わって、やって来た者が、答えた。

「テメーの復活は二度と有り得ねぇって事だ。つまり、テメーは、もう不必要と見離されたんだよ、シンバ・アルファ」

オメガだ。

その後ろにはスピカがいる。

オメガは死に絶えているシェアトを見て、鼻でフンッと笑う。

嫌なオメガの態度に、アルファの眉がピクッと動く。

「なんだよ、オレがムカツクか?」

「・・・・・・ああ、腸が煮え繰り返る程、腹が立つ」

「それはお互い様だ。アルファ、そろそろ決着をつけようか」

「望む所だ」

「スピカ。アルファを殺せ」

そのオメガの命令に、スピカは暗い死んだような瞳の表情のまま頷き、ソードを抜いた。

オメガに従っているスピカ。

「お前は、どこまで汚い奴なんだ、オメガ!」

「汚い? 結構だ」

オメガはフッと笑い、平然と、そう答える。

今、スピカのソードの剣先が、アルファに向けられる。

無言で、向かって来るスピカ。

アルファは、スピカの振り回す剣を、避けて交わし続ける。

「アルファ、スピカの剣術は女にしては、なかなかのモノだろう? こうして、スピカの剣裁きを見ていると、昔を思い出す。なぁ? アルファ?」

——昔?

「オレはお前のコピーだ。それなのに、オレとテメーは全然違う。何もかも似ているのに、何故、オレはお前じゃないんだ! 何故、テメーに劣るんだ! 最初から刀という剣を扱えるアルファと最後の努力で、やっと刀という剣を扱えるようになったオレ。肉体が兵器の人工生命体に、武器など必要ないのに、更に強くなる為に、テメーが扱えるモノ、扱えて当然だと、無理に装備させられ、うまく扱えないからと、道場にまで通わされ、剣術を会得するまでに苦労したさ。その苦労も、テメーに無駄と簡単に踏み躙られた。アルファ、テメーは苦労などした事がなかっただろ。フッ、感情さえなかったからな」

スピカのソードを避けながら、オメガの話を聞き、思い出していた、遠い記憶を——。


俺は生まれた。

この闇の地で、呼吸をし、そして、ある人と共に、遠い光のある地へと来た。

闇に浮かぶ蒼き星へと——。

『宇宙に輝くコスモオアシスだ。キミの、その絶え間なく続く呼吸の為、降り立つ』

——俺のため?

『いや、キミのためじゃない。その絶え間なく続く呼吸のためだ。Perpetual Breathのね』

——Perpetual Breath?

『そう、Perpetual Breath。永遠に生きる事』

そう言って楽しそうに笑う人だった。

『キミは宇宙で最も強い、最初の呼吸だ』

そうも教えてくれた。

幼い俺には、その人の言っている事が理解できなかったのだろう、何を聞いても、何も思わなかった。

感情がなかったから。

いや、そういうものが、あるという事を、俺は知らなかっただけなんだ——。

今、思うと、その人は神(イーベル)だったのかもしれない。

それからは、毎日、繰り返される同じ日々。

闇の地から連れて来た、俺と同じ名を持つ者達は、成長装置に入れられ、約一日で、成人となる。

成人となった彼等は、それ以上、歳をとらず、急所をやられなければ、永遠にそのままの呼吸なのだと聞いた。

彼等は、その地で、人々の信用を得るため、天使として、そこにいた——。

俺は成長装置に入れられる事はなかったが、俺を調査する為、実験材料、または研究材料として扱われていた。

ソレはソレで大事にも扱われていた。

しかし、今思えば、あれ程、苦痛だった事はない。

あの頃は、それでも全く辛さを感じなかった。

まだ、感情があるのを知らない状態だったから——。

俺が自由でいられるのは、教会の二階の窓が一つあるだけの暗い部屋の中だった。

その部屋では、俺は自由だった。

窓から景色を眺める事しか、楽しみのない部屋で、俺は、その通り、景色を眺めて過ごしていた。

空。空を駆けるように飛んで行く鳥。

風。木の葉を揺らし、揺れる花々。

雨。冷たい粒が落ちて来て、手の中に溜まる雫。

太陽。眩しくて直視できない光。

何を見ても、何も思わなかった。

いつしか、景色ではなく、俺は、ある少女を見るようになった。

必ず、同じ時刻、ある少女が、教会の前を通る。

友達らしき者達と笑いながら、歩いて行く少女。

一人でトボトボと歩いている少女。

ご機嫌に足取りも軽く駆けて行く少女。

ある時は、持っていた竹刀を何度も振りながら、掛け声を上げ、練習しながら歩いていた事もあった。

剣が思った通りに扱えず、悔しくて、泣いていた時もあった。

竹刀を投げ捨て、走り去ったと思ったら、また捨てた竹刀を取りに戻って来た時もあった。

捨て猫か、捨て犬か、わからないが、小動物を抱え、困っていた時もあった。

自分より幼い子供の手を引き、その子が泣き止まないでいると、面白い顔をして、笑わせながら、歩いている時もあった。

少女は、毎日、表情が違う。

まるで別人にように、表情をくるくると変える。

昨日見た少女には二度と逢えないと思う程、少女の顔は変わる。

そして、昨日より今日、今日より明日の方が、少女をもっと知りたくなる。

俺とあの少女は同じ生き物だと思うだけで、気持ちが浮いたような感覚になった。

俺はその少女に夢中だった。

そして、少女と初めて目が合った、その時、例えようのない気持ちで一杯になり、左手で髪を撫で上げ、何故か、目を逸らして、少女を無視するような形になった。

幾度となく、少女とは目が合ったが、その度に、髪を撫で上げ、いつしか、ソレは儀式のように、毎回、無意識の内にやっていた。

そうだ、それが俺の感情の始まりだった。

俺の中にあった感情が目を覚ましたんだ。

オメガがイジメられているのも、二階の窓から眺めていた。

自分にソックリなオメガに、自分を映し出して、自由でいたが、俺はオメガにはなれず、暗い狭い部屋にいる。

俺はずっとオメガが羨ましかった——。


「アルファ、オレはテメーになりたかった。テメーが羨ましくて、少しでも近付こうと、癖も同じにした」

オメガは左手で髪を撫で上げた。

アルファはスピカの振り回すソードに追い詰められて行く。

スピカの動きを封じようと、御札を投げようとしたカペラの手が、手首からオメガにより、斬り落とされる。

「きゃあーーーーっ!!!!」

ミラクが、カペラの斬り落とされた手を見て、悲鳴を上げる。

オメガは更にカペラに、陽光を振り上げる。

「やめろ、オメガーーーーッ!!!!」

オメガの行動に気をとられ、スピカのソードが、アルファに落とされようとした瞬間!

アルファは、フワッと優しい温もりに包まれた。

スピカのソードが落とされたのは、ミラクの背中——。

咄嗟にアルファに抱き付き、ミラクはアルファを庇い、スピカの動きは止まった。

アルファは、倒れ込むミラクを受けとめる。

ミラクについた背中の傷が、再生されていく——。

「傷が・・・・・・」

「私も、アルファ様と同じ」

「俺と同じ?」

「コピーでも、クローンでもなく、私もアルファ様と同じ、偶然出来た、人の型を成した人工生命体。私は強くありませんが、アルファ様の子供を生む事が出来るからと、そう躾られて来ました。私には子供を生む能力も、ちゃんと備わっているんです。女として生まれたんです。私は躾られて来た事に後悔なんてしてません。だって、アルファ様に出逢って、本当に好きになりましたから。女として生まれた喜びを感じてますから——」

ミラクの無事を知ったかのように、スピカが動き出す。

アルファはミラクから離れ、スピカの剣を避けながら、スピカを説得してみる。

「スピカ! やめろ! 頼む! やめてくれ!」

だが、無駄に終わる。だからアルファはオメガに縋る術しか思いつかない。

「オメガ! 頼む! やめさせてくれ!」

「今更オレに頼むのか? 腸が煮え繰り返る程、ムカツクこのオレに頼むのか?」

「頼む! 俺が悪かった! オメガ、許してくれ!」

「無様だな、アルファ」

「スピカを元に戻してくれ! 頼む!」

「スピカの為なら無様にもなるって訳か」

「オメガ! やめさせてくれ! スピカを元に戻してくれ!」

「嫌だね」

「な!? 何考えてんだよ、オメガ! お前、好きな女に、こんな事させて楽しいのか!?」

「好きな女? オレはスピカを何とも思っちゃいない」

「!?」

「スピカに惚れてるのは、お前だけだ。オレはスピカにそんな感情は全くない」

「今更何言ってんだ!? お前、スピカの事、好きだって何度も言ってただろ!」

「本当に好きじゃないから言えるんだろ? アルファ、お前ならわかるだろ?」

平然とそう言ったオメガに、アルファは、

「何で抱いたんだ! 何でキスした! 何でスピカを弄んだんだーーーーッ!!!!」

怒り、声を張り上げ、吠えた。そして、自分に向かってくるスピカを見ながら、その剣を避けながら、涙ながらに、

「オメガ、お前、少しはスピカの気持ち、考えた事あるのかぁッ!!!!」

更にそう吠えると、

「なら、テメーはミラクの気持ちを少しでも考えた事があるのかぁッ!!!!」

と、吠え返された。

——ミラクの気持ち?

「ずっとテメーだけを見てるミラクの気持ちを考え、一つでも応えてやったのかぁッ!!」

オメガに、そう吠えられ、思わず、アルファの動きが止まる。

そして、スピカのソードが、そのまま貫いた。

アルファを再び、庇ったミラクの胸を——。

再生されず、血が溢れ、ミラクは倒れゆく。

「ミラク!」

アルファは倒れるミラクを抱き、受けとめる。

ミラクは、アルファに優しく微笑み、

「名前・・・・・・初めて呼んでくれましたね・・・・・・もう一度呼んで下さい・・・・・・」

細い声でそう言った。

「・・・・・・ミラク・・・・・・ミラク・・・・・・! ミラク! ミラク! ミラク!」

今更、アルファは名を呼び続ける。

「そんな顔しないで下さい・・・・・・私・・・・・・アルファ様の悲しむ顔は・・・・・・見たくないんです・・・・・・」

「ミラク・・・・・・」

ミラクはアルファに、小指を差し出す。

「指きり・・・・・・してください・・・・・・私が助けた命です・・・・・・この先・・・・・・ずっと・・・・・・生きていて下さい・・・・・・」

アルファは、ミラクの小指に、自分の小指を絡め、只、涙を流す。

「人工生命体でも・・・・・・魂ってありますよね・・・・・・」

頷きながら、アルファは、ミラクの小指に絡めた、自分の小指にチカラを入れる。逆にミラクの小指にチカラがなくなっていく——

「アルファ様・・・・・・私は・・・・・・魂になっても・・・・・・アルファ様のお傍にいますから・・・・・・どうか生きて——・・・・・・」

ミラクはアルファの腕の中、力をなくし、呼吸を止める。


『待ってます。アルファ様が、私に振り向いてくれる事を待ってます。だからアルファ様も、スピカさんの事、待ってみてはどうですか? きっと、振り向いてくれると思います・・・・・・』


——ミラク・・・・・・俺は一度も振り向いてやらなかった・・・・・・

——名前さえ呼んでやらなかった俺の後ばかりついて来て・・・・・・

——俺の腕にしがみついてばかりで・・・・・・

——俺を庇ってばかりで・・・・・・

——なのに、なんで最期まで優しくするんだよ! こんな俺に!

アルファが、ミラクを強く抱きしめようとした時、オメガに、突き飛ばされ、ミラクを奪われた。オメガは、呼吸のないミラクを優しく愛しく抱き上げる——。

「最期まで、アルファの事しか見てなかったな。オレが、どんなにテメーに似せても、ミラクの瞳に映るのは、俺じゃなかった」

「・・・・・・オメガ、お前、ミラクの事が——?」

「は? 冗談だろ」

「何が冗談なんだよ? 好きなんじゃないのかよ!?」

「黙れ。結局、全部お前に持ってかれたコピーのオレが言った所で、何にもならないんだ!! お前さえいなければ・・・・・・ハッ! お前がいなかったら、オレは生まれてもないか」

「関係ないだろ・・・・・・」

「は!?」

「関係ないだろ!! お前と俺は違う!! 俺はお前なんかと絶対に違う!! だから俺のコピーとか、そんなのは関係ないんだ!! 好きなら、好きって言ってやるべきだ!! お前の気持ちだろ!! 俺の気持ちじゃないんだ、お前自身の気持ちなんだから言えよ!! 今こそ、言ってやれ!! せめて・・・・・・気持ちのない俺が嘘は言えないから、お前が、その気持ちを伝えてやれよ・・・・・・俺のコピーだと言うなら・・・・・・それこそだろ・・・・・・」

「ハッ! 笑える。何言ってんの? 別に・・・・・・嫌いじゃないだけだ・・・・・・」

そう答えたオメガに、アルファは自分を見る。

そして臆病な自分の情けなさに、腹が立つ。

「そっくりだな、嫌になる程」

アルファは、そう呟くと、

「嫌いじゃないだと!? 惚れた女に好きと言えないで、好いてもらおうなんて、そんなに自分が傷付くのが怖いか!? お前の命がコピーだの、化け物だの、どうでもいい事に拘って、好きじゃないと言うなら、完全に断ち切ればいいものを、それさえもできずに、もがいてみせて、最低なクズだ!! お前はクズ以下の卑怯者だ!! 男として情けなすぎて、反吐が出る!!」

オメガ相手に怒鳴るが、それは自分に宛てて罵った台詞。

「テメーにそんな事言われたかねぇよ!!!!」

そう吠え返したオメガの目に映ったアルファは、命令を成し遂げれず、ミラクを刺してしまい、呆然としていたスピカを強く抱き締めている所だった。

「スピカ! 好きだよ! 大好きだ! ずっと好きだった! 目が合った時から、ずっと! それが俺の始まりだったんだ! 俺の感情を呼び起こす程、俺はスピカに夢中だったんだよ! スピカ、誰より、何よりも、お前が好きだ」

——やっと言えた、言いたかった事をやっと!

——もう失うのは嫌だ。

——誰かを、何かを失うくらいなら、そしてスピカを失うくらいなら!!

——オメガのように何も伝えれないまま離れるくらいなら!!

——伝える方がいい。

——絶対に離したくない気持ちを。

——せめて、キミだけは守り抜きたいから!!

アルファはそう思いながら、好きだよと囁いて、スピカにキスをする。

「嘘だろ・・・・・・言うのかよ・・・・・・」

オメガは驚いて、そう呟く。

スピカの手からソードが落ち、死んだような暗い瞳から、輝きが取り戻されて行く——。

「いきなり何さらすねーーーーんッ!!!!」

スピカは、あの喋り口調で、そう吠え、アルファを突き飛ばした。

アルファは、後ろに軽く飛ばされながらも、そのスピカらしいスピカに、ハッと笑み零す。

「な、な、なにしてくれてんの!! アンタはいっつもいきなりやねんッ!!!!」

「いきなりは嫌なのか?」

「いッ!? いや——・・・・・・やないけどやなぁ・・・・・・」

顔を赤くして、恥ずかしそうに、そう答えたスピカが、可愛くて、アルファは、またハッと笑みを零す。

「なんだよ・・・・・・言えるのかよ・・・・・・オレとは違うって事か・・・・・・」

「オメガ、お前も——」

「アルファ、まさか告るとは思ってもなかった。スピカの暗示が解ける鍵は、お前が好きだと言う事だった。絶対に言えないと思ってたのになぁ・・・・・・まぁ、スピカみたいな簡単な女、テメーには似合ってるよ」

オメガはそう言うと、ミラクを抱いて、行ってしまう。

「オメガ!」

アルファが呼び止めると、オメガは足を止め、振り向いた。

「終わりだ。嫉妬と妬ましさだけで、テメーを地獄に堕としてやろうと、オレは神に従い、テメーが幼い頃から眺めていたスピカを奪う為に、昔スピカに告白した事も、その何年もかけたテメーを潰す計画が、あっけなく終わったよ」

そして、オメガは、悲しげな瞳を伏せた。

「なぁ、アルファ? 始まりとは光に満ちて、どんな事にも希望は持てるが、終わりとは、呆気なく闇となるなぁ」

オメガは抱きかかえたミラクを見つめる。

もうミラクに、オメガの想いは届かない——。

それでもオメガは、顔を上へあげ、真っ直ぐな瞳を見せ、凛とした表情で、歩いて行く。

「シンバ・・・・・・うち・・・・・・もしかして何か酷い事したんちゃう・・・・・・?」

スピカは何も覚えていないようだ。

悲しい瞳をして、アルファを見つめる。アルファは首を振り、

「何も」

優しく、一言、そう言った。

しかし、死んで横たわるシェアトもいる訳で、しかもオメガは行ってしまった訳で、スピカは俯いてしまう。

「大丈夫だ。ほら、俺がいるだろ? 何も心配ない」

「・・・・・・」

何も言わず、落ちている自分のソードを拾い、その刃に血が付いているのを見て、スピカは余計に悲しい顔になっていく。だから、

「スピカ、俺だけを見てろ」

と、スピカのソードを奪うようにして、持ち、振り切って血を払い、アルファは、

「他なんて見るな、俺だけを見てろ」

と、ソードの柄の部分を向けて、スピカに差し出す。 

「・・・・・・ん」

と、小さく頷き、ソードを受け取り、背中の鞘に納めようととして、スピカは翼に気付く。

「ん!? なんや!? なに!? へ? は? なんなん!? これ翼? しかも髪めっちゃ短かなっとる!? あれ? うわっ! これ、この翼、うちの意思で動くで? これって衣装ちゃうん? うわ、うわ、うわ、うちの背中に翼はえとる! 嘘やろ!!?」

自分の姿に焦り出すスピカ。

「スピカは・・・・・・何かと遺伝子融合されたんじゃないか?」

「え!? 遺伝子融合??? それって、うちは化け物になったって事?」

「いや、化け物じゃない。ちゃんと寿命もあるだろうし、傷も再生されないだろうし、大丈夫だろ」

「そうなん? なんや・・・・・・」

「どうした? 残念そうだな?」

「化け物やったらシンバと一緒やろ? こんな姿になるんやったら、うちは、シンバと一緒がええなぁって思って・・・・・・」

「それはダメだ。絶対にダメだ」

「なんで? シンバ、うちと一緒はイヤなん?」

唇と尖らせ、スピカは拗ねた表情をする。

「お前と一緒がイヤなんじゃない。でもスピカが俺と同じになるなんてダメだ」

そう言った後、

「でも、もしそうなったとしても、俺はどんなスピカでも好きだけどな」

そう言われ、スピカは嬉しくて笑顔になるが、顔に血が上っていくのがわかり、赤くなっているだろう事が、恥ずかしくて、アルファにクルリと背を向けた。

可愛すぎて、そのまま抱きしめたいなと思ったが、翼が邪魔で抱きしめられないと思うアルファ。

仕方なく、スピカの目の前に行き、顔を赤くし、恥ずかしそうに俯いているスピカの顔を覗き込み、

「スピカは?」

そう聞いた。

「・・・・・・うちもシンバの事——・・・・・・スキ」

そう答えたスピカに、顔を近づけ、キスをしようとした時、カペラに咳払いをされ、アルファは、忘れていたカペラの存在を見る。

「二人の世界に入らないでくれる? まだ何も終わっちゃいないんだからさ」

カペラの手首から先がない——。

「カペラ、その手・・・・・・」

「平気。でも、ここから、私がアンタ達に付いて行った所で、足手纏いになるだけだから、サヨナラね」

「サヨナラって・・・・・・」

「平気だから! 私の事は気にしないで、神に逢いに行ってきて」


『例え、どんな女だろうが、その恋心を踏みにじる男は最低だ。受け止めてやれとは言わないが、世話になった事の礼のひとつも言えない奴は生きる資格ないね。何故、コル様はEIBELL STRAINなどを今更、連れて来たのか! しかもこんな最低のクズヤロー。そのまま目覚めずに死に腐れば良かったのに』


——本当だよなぁ。カペラ、お前の言う通りだ。

——イイトコ見せたかったけど・・・・・・一つも見せてないままだ。

——でも、ここでカペラを引き止めても、聞いてはくれないだろう。

——死ぬ事を知っているんだ。

——もう大量に血が流れてる筈なのに、俺に平然とした顔を見せる。

——なんて強い女なんだろう。そして、なんて・・・・・・

「カペラ、お前、いい女だな」

なんていい女なのだろう。

「当たり前だろ。アンタこそ、全て終わらせな? 最後まで生き抜いて、生きて、もっといい男になるって、私に約束しな。私からしたら、アンタは最低な男なんだからね」

「ああ、わかってる。約束するよ」

頷いたアルファに、カペラは笑顔を見せ、

「でもアンタ一つだけイイトコあったわ。美女に言い寄られても見向きもせずに、一人の女をなにがなんでも愛し通す、そこはいい男だったよ」

と、そう言うと、その部屋を出た。

そして、誰もいない部屋の角で、座り込む。

「ヤバァ・・・・・・目の前、もう何も見えないよ・・・・・・」

カペラは、一人、そう言うと、目を閉じた。

呼吸を止めても、手首からは止まる事なく、ドロドロと赤い血が流れ出ている。


「自分が人工生命体だと、ハッキリ知ったのは、5年前。もう感情もかなりあって、俺は怒りに身を任せ、暴れた」

鮮明に今は思い出せる、あの頃の光景。

二階の窓から眺めていた、あの少女であるスピカと同じ生き物じゃないと知った事で、気が狂ったのだ。

「俺は麻酔され、記憶を失う手術をされた。だけど、俺の脳は人間と全く似ていて、巧妙過ぎて、難しく、しかも直ぐに再生されるから、失敗に終わった」

「額の傷は、その時のなん?」

「ああ。どんな傷も綺麗に再生するのに、何故か、この時は、うまく再生されず、傷跡が残ったらしい。そしたら、今度は化け物と同じ生き物であると言う事よりも、消える事のない額の傷と心の傷に、怒り狂って、俺は、教会の連中を三日月で斬り殺した。中にはEIBELL STRAINもいて、大事な代物を沢山壊される事を恐れ、俺は教会という場所を追放された。その後、直ぐだったかな。流星雨の流星にぶつかったのは。気付いた時には何も覚えちゃいなかった」

上に向かって行くエレベーターの中で、アルファはスピカにそう話した。

スピカは、話し終えたアルファの腕にしがみつき、そんなスピカをアルファは見つめる。

「どうした?」

「ん・・・・・・なんか・・・・・・シンバ、可哀相や・・・・・・」

「・・・・・・じゃあ、慰めてくれよ」

「え?」

顔を上げたスピカに、キスをしようと、アルファが顔を近づけた、その時!

 チーン!

お約束。エレベーターのドアが開いた。

アルファは、またお預けを食らい、舌打ちをして、エレベーターから出た。

そんなアルファに、スピカはクスッと笑う。

その階は、まるで迷路。

アルファとスピカは今いる場所さえわからず、迷っていた。

「なぁ、シンバ? 森で迷ってた事、思い出さん?」

「あぁ、もう遠い昔のように思えるな」

「あの時って、シンバ、うちの事、好きやった?」

「好きだったんだろうな、でも記憶がなかったから、まだ興味があるって感じだった」

「今は記憶、全部戻ってるん?」

「さぁな、でもどうでもいい、記憶なんてあってもなくても。スピカを忘れなければ、それでいい。俺はスピカだけいればいい。他は何もいらない」

「・・・・・・うちも、もうシンバはアルファ一人やから」

「それ絶対だからな? 約束だぞ? 他に行くなよ?」

と、アルファは、頷くスピカを見て、

「もう絶対離さないけどな」

と、呟く。

「そう言えば、あの森では、じいさんが道案内してくれたんだよな」

アルファの、その台詞を待っていたかのように、コル・ヒドレが目の前に現れる。

「じいさん! 何してんだよ? もうとっくに神に逢ってると思ってた」

「いやなに、御主等の気配がしたからのぅ。ここで待っておったんじゃ。ここから先は、やはりわしが必要じゃろうて」

「また道案内してくれるってさ」

そう言ったアルファに、スピカは笑う。

「じいさん、カペラなんだけど・・・・・・」

「何も言わんでええ。当然じゃろう、死を覚悟で来たんじゃ。嘆くなら、生き残れた時に、生き残った者が、それこそ神にでも祈り、懺悔でも何でも聞いてもらえば良かろう」

「みんな・・・・・・死んでも・・・・・・それでも生き残れと?」

「当然じゃ。そうじゃなければ、誰一人として報われまい? それに、お主もそう思うておるから、ここまで来たんじゃろう、その娘と共に」

「・・・・・・・あぁ」

「ならば、先へ進むのみ! この階から上には、いろんな仕掛けがあってのぅ。こうして入り込めても、次の階へ行く事ができんようなアトラクションになっとるんじゃ」

「アトラクション? なんか遊園地みたいやね! シンバと初めてのデートや!」

スピカが嬉しそうにそう言うと、アルファはムスッとして、

「じいさん付きでか? 冗談だろ」

と、呟いた。

迷路はコルの案内で、アッサリ抜けられ、次の階へ——。

その階は、長く続く真っ直ぐな通路。

「50メートル間隔で、シャッターが落ちてくる仕掛けじゃ。全部で11のシャッターがある。最初のシャッター迄は15秒で。次は14秒で。その次は13秒で——」

「何かと思えば、楽勝だろ」

「・・・・・・最後のシャッターは5秒で走らねばならぬぞ? 御主は楽勝でも、御主の可愛いガールフレンドは、ちと苦しいんじゃないか?」

アルファはスピカを見る。

「・・・・・・うち、邪魔?」

「いいや。折角のデート、スピカと二人きりにしてくれないじいさんの方が邪魔だ」

「言うてくれるのぅ。では、わしのスピードについて来い! 最後のダッシュの為、最初はゆっくり走る。しかし徐々にスピードは上げていく。わしについて来れぬようならアウトじゃ」

「俺はスピカの後ろを走る。スピカはじいさんに付いて走れ」

スピカはコクリと頷いた。

3人、目で合図し、コルが飛び出し走る。

スピカは直ぐ後ろを追い、アルファも続く。

第一シャッター、当然の如くセーフ。

第二シャッター、勿論セーフ。

第三シャッター、セーフ。

第四、第五、第六、全てセーフ。

「スピカ、スピード、落ちてるぞ!」

「なんか体重いねん!!」

それは恐らく、翼のせいだろう。

今、第八シャッターをギリギリで通過!

アルファはスピカの手を握り、全速力では、スピカの事を考えて走れないが、それなりのスピードで走り抜ける。

それでも十分に速いから、スピカは引きずられる状態になる。

「ちと急ぐぞ?」

「無理だ! スピカがもたねぇ!」

「シャッターの方は待ってはくれぬのじゃ!」

コルのスピードが上がる。

「疲れねぇじいさんだな」

最後のシャッターを、コルは余裕で通り抜けた。

アルファは振り向いて、スピカを見る。

今にも倒れそうに息を切らし、目をまわしているスピカに、これ以上スピードを上げる訳にも行かず、今更、抱き上げる時間もない。

最後のシャッターが落ちる!

「もう駄目じゃーーーー!!!!」

コルの叫ぶ声がして、アルファは握っていたスピカの手を離した。

「きゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーー」

と、妙な声を漏らしながら、スピカは背中の羽をパタパタし、その場にペタンと座り込んだ。

「走れる訳ないだろぉーーーーッ!!!!」

理不尽な条件の余り、アルファは吠えながら、三日月で、最後のシャッターを斬り壊した。

「やってしもうたかぁ・・・・・・」

と、コルは悩める頭を抱えた。

 ビーッ ビーッ

「あ、なんかヤバそうな音?」

アルファはそう言いながら、左手で髪を撫であげる。

「うむ。警報じゃ。来るぞ」

「来る? 何が?」

「サイエンスの粋を超えた警備用兵器じゃ。かなりの苦戦と考えよ」

そして、アルファ達の目の前に現れたのは、人の型をしたロボット、ヒューマノイド。

ヒューマノイドの腕が、光を集めるように輝く。

その中心度が考えられない数値度に達すると光と熱の弾が、アルファ達を襲う。

咄嗟に避けるが、狭い場所で、遠くには逃げられる筈もなく、爆心付近に留まる事になる。

そして爆心付近を駆け登る上昇気流に、アルファは防御態勢をとる事しか出来ず、三日月を抜けないでいる。

しかも、その光と熱の弾をくらった壁が、ロウ細工のように溶けて流れている。

これは間違いなく、掠っただけで、重傷を負う事になるだろう。

またヒューマノイドの腕が輝く。

アルファは舌打ちをしながら、ヒューマノイドに向かって走り出した!

「何をする気じゃ!?」

「こんなのとマトモに戦えるかよッ!」

アルファは、今、光と熱の弾を出そうとしているヒューマノイドの腕に、思いっきり、頭突きをくらわせた!

腕が上に向き、ヒューマノイド自身に、光と熱の弾が放たれた!

溶けて、流れていくヒューマノイド。

「ほぅ。思わぬ手段に出るとは、やはり最強兵器じゃのぅ」

コルのその台詞は誉め言葉なのだろうか?

スピカは熱風に舞う煙に咳き込んでいる。

「いってぇーーーー!!!!」

最強兵器ともあろうものが、頭突きをした場所が酷く痛かったらしく、頭を押さえ、もがき、苦しんでいる。

そして、次の階へ——。

「今度も直線距離じゃ。良いか、目を閉じたまま走るのじゃぞ」

「なんで?」

「良いから!」

その長い直線のローカに、一歩、足を踏み入れた瞬間、白い光に包まれた。

咄嗟に目を閉じていなければ、失明していただろう。

「紫外線、赤外線照射、超音波振動、閃光殺菌、ここは防疫管理コンピューターが設置されとるんじゃ。身体に付着しておる何十億という微生物の処理を行う場所でな。ぐずぐずしとると、強烈な閃光で、皮膚一枚、灰に変えてしまうじゃろう」

「そういう事は早く説明しろよ!」

アルファはスピカの手を、強く握り締め、目を閉じたまま、真っ直ぐに走り抜けて行く。

・・・・・・ガンッ!!!!

思いっきり壁にぶつかり、ぶっ倒れるアルファ。スピカは訳がわからず、手探りで、何が起こったのか、確認する。

「もう目を開けても大丈夫じゃ」

その声にスピカは目をパチッと開け、倒れているアルファに驚いた。

そして次の階へ——。

その階は、只の真四角い部屋。

面積も、そう広くはない。

そしてその部屋に、足を踏み入れた途端、今まで登って来た階段がスゥッと消えた!

「な!? 何だ!? 閉じ込められた!?」

「この部屋から出る扉は時間的に場所が変わる。扉と思われる場所をノックせよ。隠されし扉が開く筈じゃ! 急ぐのじゃ! 押し潰される前に!」

コルはそう言って天井を見る。

アルファとスピカも、コルに釣られるように、天井を見ると、ズズズズズッと落ちて来る天井!

アルファ達は、壁をあちこち叩いてノックしてみるが、扉はどこにも見つからない。

容赦なく落ちて来る天井は、コルとアルファが支える所まで来ている。

「スピカ、急げ!」

「そんなん言われたかて、わからんよ! あーーーーッ! もぉッ!!!!」

スピカはオロオロして焦りながら、慌てて、足を地にドンドンと叩きつけた。

すると、床の扉が、ウィーーーーンと開いた!

だが、扉が見つかったものの、天井の重みに耐え切れず、アルファとコルは跪いてしまった。アルファは舌打ちをし、

「スピカ! 先に扉の奥へ行って待ってろ!」

そう吠えた。

「で、でも・・・・・・」

「大丈夫だ! 直ぐに行く!」

アルファの怒り口調に、スピカは頷くしか出来ず、言われるまま、先に部屋を出た。

「・・・・・・じいさん」

「後は階段を上るだけじゃ。道案内はちゃんとできたかのぅ?」

コルはそう言って、アルファに笑って見せる。

「じいさん、ギリギリまで一緒にここを脱出できる方法を考えよう! まだ時間はある!」

「もう時間なぞないわい。恐らくイーベルはヘブングランドというシャトルの中におるじゃろう。もう知っておるじゃろうが、ヘブングランドという島と大聖堂は、ひとつの船なんじゃ。階段を上りきれば、屋上に出る筈じゃ。行け! シンバ! 神の手からシッカリ解き放たれて来い! して、生きよ!」

「じいさん・・・・・・」

「御主、ええ顔しとるよ。生きた顔をしておる。あの娘のせいかのぅ、あの娘とおる時の御主は生き生きしておる。何より、楽しそうじゃ。良い事じゃ」

コルはそう言って微笑んだかと思うと、再び、真剣な目をアルファに向けた。

「わしは御主に誓う。決して、これしきの事で、わしの犯した罪を贖おうとは思わん。わしが御主を創り出した事で、御主に深い傷を与えてしもうた。その消えぬ傷は、わしが死んだ所で、癒されはせぬじゃろう。御主は死んだわしを恨み続け、生きよ。さすれば、わしの御霊は浮かばれる事なく、絶望と苦痛の中、迷い続けるであろう——」

「いや、じいさん、俺ッ!」

コルは体中に力を込め、額に青筋をたて、

「行け! シンバ!」

そう吠えた。アルファは、天井から手を離し、扉の奥へと身を投げた。

「じいさん、俺ッ——」

 ズターーーーン・・・・・・

天井が落ち、扉は天井で塞がった。


『ほっほっほっほっ。長い時間を生き続けると、知らぬものはなくなるが、わからぬ事が増える。さぁ、皆を起こすがええ。案内しよう、森の抜け道を——』


——じいさん、あの日から、ここまでの案内、ありがとう。

——だけど、本当に何もわかってないよ。

——なんでも知ってる癖に、本当にわかってない。

——じいさんが俺を創ってくれたから、俺はスピカに出逢えたんだ。

——俺が生きる喜びを感じられたのは、じいさん、アンタが・・・・・・

「じいさん、俺、じいさんの事、恨んでないよ、今は——」

コルに伝えようとしていた、そのアルファの呟きは、もう届かない。

「シンバ? おじいちゃんは?」

スピカは、俯いているアルファの顔を覗き込み、悪気なく、そう尋ねた。

そんな無垢なスピカをアルファは強く、強く抱き締める。

「シンバ? 苦しいよ・・・・・・」

だが、強く強く抱き締め続ける。

「誓うよ」

「え?」

「スピカに永遠を誓う」

「・・・・・・シンバ——」

「全て終わったら、一緒に暮らそう。俺は普通に働いて、毎日スピカを見て、笑って、幸せに暮らそう。おいしい物を食べて、寝て、毎日、触れ合って——」

「プロポーズみたいや」

スピカはそう言うと、アルファの腕の中、クスクス笑う。

「スピカに俺の永遠をあげる」

アルファがそう言うと、スピカの笑いはピタリと止まった。

「スピカ、オメガに一番ほしいモノをもらったって言ったろ? 何をもらったんだって聞いたら、スピカ、『永遠』って、答えた。その意味を俺なりに考えた。俺の命は、ずっと続く。このままの状態で。やがてスピカは年老いていくだろう。その時間も、変わらず、スピカを愛してく」

「・・・・・・そんな約束せん方がええよ。うちはオバサンなって、オバアチャンなって、でもシンバは今のまま。若いままなんや。そんな約束せん方がええ」

「俺を信じろよ」

「・・・・・・」

「俺を信じろって」

「・・・・・・信じてええんか?」

アルファは頷く。

「真に受けてええんか? 本気にしてええんか? 永遠やねんで?」

「あぁ。俺の永遠に比べたら、スピカの永遠なんて、本の少しにもならない。スピカが年老いて、口うるさいババァになっても、愛してると言ってやる。スピカの永遠の果て迄、嘘でも言い続けてやる」

「嘘でもて何やねん。でも、うちがおらんようになったら、シンバ、独りぼっち?」

「大丈夫だよ。スピカの永遠の果てまで見送ったら、また誰かを真剣に愛し続けるから」

「・・・・・・それは、酷い奴やな」

スピカはクスッと笑い、そう呟いた。

「死んでも、生まれ変わって、また俺を探して、逢いに来いよ。俺は永遠に待ってるから。またお前だけを愛し通す為に待ってる。永遠に——」

スピカはコクリと頷く。

そして、二人、永遠なる誓いのキスを交わす。

スピカは嬉しくて、微笑んだ表情で、目に涙をいっぱい溜めた。

スピカの罪は、神が許さなくても、永遠にアルファが許していく。

そして、アルファの罪を、スピカの呼吸が続く限り、スピカが許していくだろう——。

そして、二人は、その後、何の会話もなく、屋上へと続く階段を上った。

しかし、握り合う手の温もりが、二人の語りを繋いでいた。

ゴッドタワー、屋上。

直ぐ上空に浮かぶヘブングランド。

そして、アルファ達を待ち構えていたかのように、そこに佇む仮面の人——。

びょーーーーっと音をたてた風の中、白い衣を纏った怪しげな仮面の人は、バッと両手を広げたかと思うと、長い指先をアルファ達に向けた。

その指先から出た小さな光が、ビュッと飛ぶ。

それは一瞬の出来事だった。

小さな光の粒が、アルファの真横を通り、振り向いた時には、スピカは倒れる瞬間だった。

「・・・・・・スピカ?」

何が起こったのか、わからず、スピカを抱き受けとめる。

スピカの胸から流れ出る赤いモノ——。


『なぁ、アルファ? 始まりとは光に満ちて、どんな事にも希望は持てるが、終わりとは、呆気なく闇となるなぁ』


オメガの台詞が、アルファの脳裏に繰り返される。

「スピカ? スピカ? スピカ?」

幾ら呼んでも、揺さぶってみても、もうスピカの呼吸は終わっている。

「スピカーーーーッ!!!!」

今、永遠なる誓いが、壊された——。

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