6. True proof ~裏切~
アルファとコルは、コックピットに来ていた。
「コル様!」
「カペラ。御主、何故ここに?」
「コル様のお姿がどこにもなかったもので、お探し致しておりました。ここにいると言う事は、行かれるのですね?」
「むぅ」
「どうしてですか!? どうして皆に何も言わず行くのですか!?」
そう吠えるカペラの後ろにはミラクがいる。カペラに付いて来たのだろう。
「カペラ、わしは決着をつけに行くが、死ぬやもしれん」
「何を言われるのですか!」
「古代都市に住む者達に、わしは様々な事を教え、または教えられてきた。もしも、わしに何かあった場合、神君臨阻止は残った御主等で——」
「ならば! ならばそれは私以外の残った者達に託す事もできる筈です! 船を出した瞬間、皆、コル様が行かれた事に気付く筈。そして、皆でこれからの事を話し合うでしょう。そして私がいなくても最悪の事態に備える事でしょう」
「・・・・・・カペラ、御主」
「私もコル様に付いて行きます!」
カペラには強い決心がある。
「私を育ててくれたコル様のお役にたつ為に、私の両親も生きていたなら、きっとそうしろと言って下さると思います。いえ、両親の仇として、私は行かねばなりません!」
カペラの両親はイーベルに何かされ、命を落としたようだ。
だが、だからと言って、コルは、危険な場所にカペラを連れて行く事に躊躇している。
「私はアルファ様とずっと一緒です。どこかに行くのでしたら、私も行きます」
ミラクはそう言うと、アルファの腕にしがみ付いた。
アルファは、どうしたものかと、溜息を吐く。
「悪いけど・・・・・・俺は・・・・・・」
うまく断ろうと言葉を選んでいる途中で、
「迷惑でもついて行きます! アルファ様の傍にいます!」
と、ギュッとしがみ付いて来るミラクに、スピカもこれくらい、しつこく、大胆なら、断れないまま、一緒にいれるのになぁと、アルファは思う。
「・・・・・・良かろう。二人共、これだけは覚えておくのだ。何かあっても助けられぬかもしれん。例え捕まり、どんな拷問にあっても、仲間を売るような事だけはするでない。わかっておるな?」
「わかっております! 私はお役に立てる自信があります!」
カペラは頷いて、ヤッタァと口の中で叫ぶ。
「足手纏いにならないように、私もアルファ様にシッカリ付いて行きます」
そう言いだすミラクに、それが既に足手纏いだとアルファは思うが、口には出さない。
そして、アルファ達は、この地を旅立つ——。
ズドドドドドドドドドド・・・・・・
建物と思われていたゼウスの一部が分離し、物凄い煙を出し、飛び立ち、空の彼方へとキラッと消えた。
大気圏外——。
「もうレバーを外し、立っても大丈夫じゃ」
コルはそう言うと、きついレバーを外し、再び、操縦コンピューターをいじり出す。
「コル様。船の操縦で何か手伝える事はありませんか?」
カペラは早速、何か役に立とうと張り切っている。
アルファはシャトルの窓の外を見る。
闇に浮かぶ蒼き星、コスモオアシス——。
——想像はしてたけど、宇宙なんだ・・・・・・。
——帰って来れなかったら、スピカとは二度と逢えないんじゃないだろうか?
——待てよ、そんなの絶対、有り得ねぇ!!!!
——でも神を倒さなければ、スピカを救えないし、化け物に生まれた意味もなくなる。
——行かなければ神に逢えない。でも行けばスピカに逢えない。
思い悩めるアルファの横顔を、ジッと見つめ、何か考え事をしてらっしゃるアルファ様も素敵だと目をハートマークにしながら、惚れ惚れしているミラク。
「闇の地への航路のポイントは、影——」
突然、コルが独り言で、そう言った。
「影?」
アルファはコルの傍へ行き、モニターを見る。
モニターに映る三日月——。
「ワープゾーンは月の影。三日月じゃ」
——三日月?
今、シャトルが、月の影にフッと消えた——。
月からワープし、直ぐに光が目を突き刺した。眩しすぎて、目が痛い。
「なんだ? なんの光だ?」
「陽光じゃよ」
——陽光!?
「光と影は常に背中合わせ。こちら側のワープポイントは太陽の黒点なんじゃ。太陽の黒点目掛け、シャトルを操縦すると、ワープゾーンに入り、あちらの月の影と繋がっておって、瞬間移動できるのじゃ。しかし、こちら側は少しでも航路を間違えると、太陽の熱で偉い事になる。さて、闇の地は、もう直ぐそこじゃ」
「え? まだ数分しか乗ってないのに、もう着くのか?」
「ワープゾーンを使えば、数分で着くもんじゃろう。さぁ、しっかりレバーをして、座っとれ。喋ると舌を噛むぞ」
アルファは窓から外を見る。
——あれが闇の地だろうか?
——黒い何かが、渦巻いて見えるが?
——まるで宇宙そのものと同化してるみたいな真っ黒な星だな・・・・・・。
シャトルに衝撃が走り、アルファは歯を食い縛る。
闇の地のエアポートに、シャトルが着陸した。
船から下り、外に出ると、夜なのだろうか、空には星が見え、暗い——。
「息苦しい・・・・・・」
ミラクが喉に手をあて、そう言うと、
「この星は空気清浄をする装置が動いておるが、それだけでは無駄な程、空気が汚い。人間が汚しきった地じゃからなぁ。息苦しいのは汚い空気のせいじゃろう。慣れたくはないが、慣れれば、平気になるじゃろう。その前に変な病気にならねば良いが」
と、コルがミラクに言った、その時、エアポートに突然、着陸した船に怪しんで、銃を構えた警備員達が集って来た。
コルは、その者達に、アルファの左手首を見せる。
「我等は、このEIBELL STRAINに連れられ来た者じゃ。この星に来た侵略者ではない!」
警備員はアルファの左手首の刺青を見て、頷き、道をあける。
「・・・・・・こんな星、誰も好き好んで侵略せんじゃろう」
コルはそう独り言で呟く。
エアポートを出ると、そこは永久計画の地だった。
この地は計画して造られた。
交通、区画、道路、住宅、全ての総合から見て、人が住む為に、地を改善した永久計画。
人が、この地に永久に住む為に行われた計画が、自然を潰し切ってしまったのだろう。
「ここも来ない内に随分変わってしもうた。道に迷ってしもうたわい。わしは道を尋ねて来るから、御主等はここで待っておれ」
コルの言う通り、アルファ達は待つ事にした。
道の真ん中にいると通行人の邪魔になると、隅に行こうとした時、
「きゃっ!」
と、アルファの後ろにピッタリくっついたいたミラクが小さな悲鳴を上げた。
振り向くと、数人の男達に腕を持たれ、絡まれている。絡まれていると言うよりナンパだろう。ヘラヘラとミラクに言い寄っている。
「アルファ様!」
と、ミラクは男達を振り切り、アルファの腕にしがみ付く。
「・・・・・・あれぇ? コイツEIBELL STRAINじゃん。左手首に刺青あるぜ」
男の一人がそう言うと、今度はアルファに絡んで来た。
ミラクは身を強張らせ、アルファの腕にギュッとしがみ付く。
「こんな可愛い女、どこでナンパしたんスかぁ?」
「ナンパなんてしていない」
「ナンパしなくてもEIBELL STRAINの特権で女には困んないってか?」
「そんな特権があれば、好きな女とうまくいっている」
「だけどさぁ、こんな目立つ場所で、天使様が女連れで歩いてていいんスかねぇ?」
「俺は天使じゃない」
いちいち律儀に質問に答えているアルファに、カペラは苦笑い。
「確かに天使じゃねぇよな。翼もないし、美しくもない。天使と言うより、神の操り人形か? 感情のない人形だから、命令でしか動けない癖に、女なんて連れてんなよ! ムカツクんだよぉ! あぁ!?」
アルファに喧嘩を売っているようだ。
「まぁまぁ、いいじゃねぇかよ。感情がないから、コッチもやりやすいってもんだ。神を褒め称えれば、コイツ等EIBELL STRAINは何でもするってもんだ。ねぇ? 天使様。そうだ、俺達に、この女と遊ばせて下さいよぉ。ここずっとヤッてないもんでぇ、たまっちゃってぇ。そしたら後で教会に行き、神に祈りますよぉ」
男達は、ゲラゲラと笑いながら、ミラクの腕を持って、自分達の方へ引き寄せようとする。
「嫌! やめて下さい! 離して下さい!」
暴れるミラクを、一人の男が平手で頬をパシッと叩いた。
「大人しくしろ!」
男がそう吠えると、ミラクはビクッとして、大人しくなる。
アルファの眉がピクリと怒りで動いた。
「天使様ぁ、いいですよねぇ? この女、もらっちゃってもぉ。あ、それとも天使様も一緒にお楽しみになりますかぁ?」
笑いながら、そう言った男の喉頸を、アルファは勢いよく握り掴んだ。
刺青の入った左手にギリギリと力が入る。その片手だけで、成人男性が一人、いとも簡単に持ち上がっていく。男は必死に両手でアルファの左手を首から取ろうと足掻く。
「俺は天使じゃない。殺されたいか?」
「コッ・・・・・・コロス・・・・・・? 馬鹿な・・・・・・神に祈ると言えば・・・・・・天使は何でも・・・・・・聞き入れてくれる・・・・・・筈だろ・・・・・・?」
片手だけで首を締められている事に、仲間の男達は圧倒され、何もできない。首を締められている男も、やっとの思いで喋ったが、もう口から泡が溢れ出始めている。
このまま喉を潰してやろうかと思ったアルファだが、まだ相手がスピカではなく、ミラクだった為、冷静なのだろう、アルファはその男の首を振り投げるように高く上げ、そのまま、男の顔面を地に叩きつけ、気絶させるだけに治まった。
「何度も言わすな。俺は天使じゃない」
アルファが男達を見て、そう言うと、
「そ、そんな事は言われなくてもわかってんだよぉ!!!!」
と、仲間を一人やられた勢いと、恐怖の余り向かって行く事しか思い浮かばない馬鹿な男が叫んだ。
「テメェが偽造天使だって事くらいわかってんだよ! そうやって力を見せ付けてムカツクんだよ! いいか、俺達人間を馬鹿にしてやがる奴等を崇める理由なんてねぇ!!!! お前達は只、力があるだけで、天使でも神でもねぇんだ!!!! なぁ?」
なぁ?と聞いているのに、他の連中からは何の返事もない。
「お、おい、お前等も何とか言ってやれよ」
返事がない事に、男は焦りながら、振り向くと、男共に額に妙な御札が貼られている。
「な!? なんだ!?」
驚く男の額にも、御札が、カペラの手によりぺタリと貼られた。男の体が動かなくなる。
「金縛り。コル様に教えて頂いた妖術の一つ。ミラク、もう平気だよ、こっちへおいで」
カペラがそう言うと、ミラクは何故かアルファに抱きついて、
「有り難う御座います、アルファ様!」
そう言った。アルファは左手で髪を撫で上げ、
「俺は大して何もしてないと思うが」
と、呟くが、ミラクはアルファに嬉しそうに抱き付いている。
「礼なら私にも言ってもらいたいもんだね。アンタ達も絡む相手、選んでから行動しな。金縛りは、その御札が取れれば解ける。そこの気絶してる奴が目覚めたら取ってもらうか、自然にいつか取れるのを待つかだね」
そしてコルが戻って来た。
「何をやっておるんじゃ。余り騒ぎを起こすでない!」
戻って来るなり、額に青筋を立てて、叱り出す。
「この地には神や天使を崇めない奴等っているんだな」
アルファがそう言うと、コルは頷く。
「学力の進んだ文明の中に生きておる者自身が、神の力そのものじゃからなぁ。神の力なぞ、種を明かしてしまえば、くだらんもんなんじゃ。そんな地の、この時代で、神と言う者が現れて誰が信じるんじゃ? しかし、それでもやはり、人は神を信じる——」
コルは、道の隅にある天使の銅像に目をやる。少ない人数だが、数人の人が、天使の銅像に祈り、お供えを置いて行く。
「——そして更に人々は神を信じる事実を目にする事になる」
その声に振り向くと、オメガが立っていた。
「御主は!」
コルは、オメガを見て、驚きの声を上げる。
「驚いたよ。何の騒ぎかと思えば、まさかアルファ、テメーがこの地にいるとはな。お前には驚かされてばかりだな」
「オメガ! スピカも一緒なのか?」
「フッ。スピカスピカスピカ。お前は盛りの付いた犬みてぇに欲情丸出しだな。発情期か?」
「答えろ、スピカも一緒なのか!」
「テメーに答える義務も、義理もない。だが、教えて下さい、オメガ様と言って跪けば、教えてやらない事もないが?」
オメガの挑戦的な笑みに、アルファは無言で、睨みつける。
「跪く気はないか。つまらない奴だ。そうだ、代わりと言っちゃなんだが、いい事を教えてやろう、少しは面白くなるだろ」
アルファは眉を顰め、オメガを睨みつけたまま。
オメガはニヤニヤ笑いながら、アルファに問い掛ける。
「スピカ、可愛いよなぁ?」
と——。
「ああ見えても結構いい体してんだぜ? あぁ、それはわかるか、なんせ剣を使える程の体だ。だが、体だけじゃないんだ、感度もいい。ホント感じやすい奴でさぁ、俺が体中、触れる度に声を出して、すぐに——」
「やめろ!」
「キスも、まだまだだが、前よりはうまくなった。オレのを咥えるのも、なかなか——」
「やめろォッ!」
「発情期には堪んねぇか? まぁ、聞けって。スピカは性格的には、まだまだ子供だが、体は完全な女だ。そのギャップが堪らない。しかもスピカの方から求めてくる。あの女、かなり好きもんだぜ。それにさぁ、スピカのアソコがさぁ——」
「やめろっつってんだろっ! 黙れぇっ!!!!」
アルファは三日月を抜き、オメガ目掛けて、殺す勢いで、振り落とす。
ガキーーーー・・・・・・ン・・・・・・
刀・陽光で、三日月を受け止めるオメガ。
両刃が、刃こぼれする位、アルファは目一杯の力を三日月に入れる。
オメガも目一杯の力を陽光に託し、受け止める。
怒りを抑えきれないアルファ。
オメガはそんなアルファに鼻で笑う。そして、
「スピカの性感帯を教えてやろうか?」
と、更に挑戦的な台詞を吐く。
アルファの怒りが頂点を越す。
今、三日月と陽光が、ギギギッと嫌な音をたて、両方、刃が折れた。
「ナニ!?」
驚いたオメガに、一瞬の隙を見つけ、アルファは折れた三日月を急所の心臓目掛け、一気に突き刺した。更に、グルンと身をまわし、後ろ飛び回し蹴りをオメガの頭部に喰らわす。
強い衝撃に、オメガは跪いたまま、ズザーッと後ろに下がったが、直ぐに立ち上がり、胸から三日月を抜き、投げ捨てた。
胸の部分が再生されていく——。
「危ねぇ、危ねぇ。急所の心臓が1ミリばかりズレたおかげで、まだ生きてるよ。ははは」
蹴られた部分を手で押さえ、首を左右に動かし、オメガは余裕に笑ってみせる。
「ダメージ0という感じだな。良かったよ」
と、アルファも軽く笑ってみせ、余裕の台詞。
「良かった?」
「ああ。あれ位でダメージ受けられたら殺し甲斐がない。俺の本気で、簡単に殺されると思うな? この世で苦しんで地獄を見てから、あの世の地獄に送ってやる」
「ははは、同じ顔に言ってくれるじゃねぇか。悪いが、オレは天使なんで地獄には堕ちねぇよ。テメーだろ、生きながら堕ちたのはさ。メンタル弱過ぎのテメーが、もっと本気以上の本気を出せるよう、スピカの全てを教えてやろうか? 最も、お前の本気なんて知れてるがな」
懲りずに挑戦的な口調のオメガの胸倉を、思いっきり掴んだアルファに、
「いい加減にせい! ここで御主等が本気のバトルをして、何人の被害者が出ると思うとる! それだけじゃない、余り目立つ行動をとる時ではなかろう!」
コルが、そう怒鳴った。
考えなしの行動をとる事は、スピカを悲しませる結果になると、アルファは気付き、手を緩めた瞬間、オメガはアルファの手を弾き、コルを睨んだ。
「古代都市ゼウスの連中か。今更、何故、この地にいるんだ? 何故アルファといる?」
「教えてほしいなら、跪いて、お願いすれば?」
嫌味を込め、カペラがそう言うと、オメガは舌打ちをし、カペラを睨みつけた後、ミラクを見た。
「突然いなくなったから心配した。勝手に装置をいじったのか? あぁ、まぁ、そこは、誤作動とオレが誤魔化しておいたから大丈夫だ、お前が責められる事は何もない。だから一緒に帰ろう。オレはお前の事を見張る役目を命じられているしな」
疑問に思う程、オメガの口調が違うと、アルファは思う。スピカに優しく話す声とも違う。
「いえ、私は帰りません」
「・・・・・・帰らない?」
「はい、帰りません、アルファ様と一緒にいます」
「・・・・・・そうか」
「はい」
「でも、こんな連中と一緒にいて大変だろう? 何も無理する事はない」
「いいえ、無理なんてしてません。私はアルファ様と一緒にいたいんです」
「ああ、そうだな、わかったよ、もう何も言わない。アルファ様か・・・・・・」
オメガはミラクを仲間と思っているのだろうか、口調は誰になく、本当に優しい。
「アルファ、テメーにはミラクがいるじゃねぇか。テメーがガキの頃からミラクはテメーだけを愛して来たんだ。何もスピカに拘る事はない。アルファ様と呼んでくれるミラクを少しでも想ってやれよ——」
オメガがそう言って、背を向け、行こうとした所を、
「待てぃ!」
と、コルが止めた。オメガは足を止め、振り向く。
「先程、『更に人々は神を信じる事実を目にする事になる』そう言ったな? どういう事じゃ?」
「本物の天使が、この地に舞い降りるんだ」
「・・・・・・天使計画じゃな?」
「へぇ。色々知ってるんだな。流石、無駄に生きてるだけあるな? コル・ヒドレ?」
「コル様を馬鹿にするな!」
カペラがオメガに怒鳴った。
「馬鹿に? してないさ。寧ろ感謝してるよ。なんせ、俺達シンバを生み出した張本人だからなぁ。感謝しすぎて、殺したい位だ。ははははは」
オメガは折れた陽光を拾い、馬鹿笑いしながら、行ってしまった。
アルファも、折れた三日月の刃を拾う。
「俺の三日月が・・・・・・」
「シンバよ、その刀は? わしが知っておる限りでは、御主等に武器を持たせる事はなかった。EIBELL STRAINは、そのものの肉体だけで兵器じゃからな」
「記憶がないからわからない。只、俺にとってコイツしかいない。俺の大切な相棒なんだ。悲しい時も、辛い時も、痛い時も、ずっと一緒だったような気がする。苦しい時、三日月は俺も同じだって言ってる気がした。これは俺の一部なんだ」
アルファは折れた三日月を大事に抱える。
「そんな大事なモノをどうして? 大事なモノを失っても、スピカさんを——?」
ミラクは声にならない声で呟き、届かない想いに、悲しく俯く。
「シンバよ、御主の相棒、ちと見せてくれぬか?」
アルファは頷いて、コルに三日月を渡した。
コルは真剣な眼差しで、三日月を見ている。
コルの瞳に映る黒い影。三日月から放っている闇そのものの気を感じ見ている。
「何という凄まじい闇の力よ。これが三日月か。御主の相棒は闇そのものじゃな。これを扱える者は光でなくては無理じゃろうて。それも相当のな。御主の内なる精神が光なのか・・・・・・? 光は光に反発し、闇は闇に反発する。光と闇で、一つとなる」
コルはそう言うと、フゥッと溜息を吐いた。
「オメガが扱っておった剣からは光が放たれておるのを感じた。凄まじい光のエネルギーじゃった。両刀、恐ろしい武器じゃ」
「よくわかんねぇけど、俺の三日月は直るのか?」
「いや、わしにはわからんよ。こういうのは専門の者でないとな。ウェポンストアにでも行ってみるか」
アルファは不安な顔で頷き、三日月を見つめる。
「無理に力を入れ過ぎ、手荒過ぎた。すまない、三日月・・・・・・」
アルファは三日月を大事に扱い、そう呟く。
ウェポンストアは、町の者に道を尋ね、一番いい武器などがある店を教えてもらえた。その店は人気のない入り組んだ道の奥にあった。その店を探すのに苦労したのだが——。
「いらっしゃいませぇ」
武器を売っている割には、女性の店員が腹立だしい程のスマイルで迎えた。
「すまんが、この刀、直らぬじゃろうか?」
コルがそう言うと、アルファが、三日月を差し出し、見せた。
「うちは修理は行っておりません。銃などでしたら、修理専門店がございますが、折れた剣を直す所はどこにもございませんよ? よろしければ、新しい武器を購入されてはいかがでしょう? その剣は非常に珍しい型をしていまして、似た代物はありませんが、剣は品数豊富に置いてあります。ブロンズソードを始めとして——」
「三日月じゃないと駄目なんだ!!!!」
アルファが吠えると、店員は驚いて、一瞬黙り込み、しかし直ぐに笑顔で、
「残念です、またのお越しをお待ちしております」
愛想よく、ぺコリと頭を下げ、店の奥へ冷たく行ってしまった。
アルファは今にも泣きそうな表情をする。
「・・・・・・アルファ様」
ミラクまで、酷く悲しそうになる。
「ソレ、直してみようか?」
行き成り、そう言って、アルファの前に現れた、まだ少年の表情を持った男——。
「直せるのか?」
今のアルファは見ず知らずの、その男に縋り付く他ないようだ。
「御主、錬金術師か・・・・・・?」
「錬金術師? 随分古いね。ま、間違いではないかな。それって昔の化学技術の事だもんね! ぼくは化学者だよ。かがくって言っても化け学ね。物質の成分、性質、またソレの変化を研究してる化学者だよ」
男はそう言うと、行き成り、妄想に入った!
「ぼくはね、歴史に名を残すんだ。フォーマ・ルハウトって歴史に残すんだよ。この世界を変え、そしてぼくは皆に愛情たっぷりの化学者であったって、いつまでも語り継がれるんだ。心から喜ばれる化学者になるから」
自分の想像した未来に入り込んでいるフォーマに、アルファは、
「で、三日月は直るのか?」
と、どうでも良さそうに切り捨てた。
三日月の事しか考えていないアルファに、フォーマはムッとする。
「キミ、自己中って言われない?」
「え?」
「いるんだよね、人の話を無視して、自分の事しか頭にない人って」
そりゃお前だろと突っ込みたくなるが、誰も何も言わない。
「まぁいいけどね。ついて来なよ」
アルファ達はフォーマについて行く事にした。
そこから、更に目立たない裏路地を歩いて行く。
元々、アスファルトの上にはゴミが散らかっているような町だったが、明らかにゴミ置き場のようになっている汚い場所にある小さな小屋に、フォーマは入って行く。
その小屋の中は狭過ぎ。
「御主、本当に化学者か?」
「ん、なる予定」
「予定!?」
アルファは眉を顰め、声を上げた。
「ん。とりあえず、その剣、珍しいから、その性質を調べたくて。直せたら直すから」
「ふざけんな! 俺の大事な三日月をモルモット扱いする気か!」
「でも、色々調べてみないと、直せるものも、直せないよ?」
「だったら、ちゃんとした資格とか、免許とか、そういうの持ってる化学者を探す!」
「バッカだなぁ」
「なんだと!?」
「だって、きっとぼくに見てもらえば良かったって後悔するから」
「はぁ!? なんでだよ!?」
「この世界に頭のいい化学者なんていたら、こんな世界になっちゃいないよ。見てわかんない? こんなどうでもいい世界。その点、ぼくは違うね。ぼくは天才でとても優しい化学者・・・・・・になる予定だから」
「あぁ!?」
「フォーマ・ルハウトは、とても心のある化学者である! 教材に、いつかそう載るんだぁ。アハ、アハハハハハ・・・・・・」
フォーマは、楽しそうに、自分の未来を夢見て、薄ら笑う。
アルファはそんなフォーマに疑わしい目を向けている。
「シンバよ、他に宛てはないんじゃ。コヤツに任せてみてはどうじゃ? コヤツの言う事も一理ある。この世に頭の良い化学者などおらぬ。おったら確かに世界はもっと違っておったじゃろうからのぅ」
「冗談だろ! コイツに任せたら世界所か、三日月がバラバラになる! じいさんも見てるだろ! さっきから、コイツ、自分の世界に入り込んでる引き籠りヤロウじゃねぇか! かなりの危険人物だ! そんな奴に三日月を預けられる訳ないだろ!」
アルファは三日月を庇い、隠し持つ。
「大丈夫だってば。心配しすぎ。とりあえず、見るだけだから、それ以上、悪くはならないって。ね? さ、早く貸してみ?」
フォーマは、アルファの手から、無理矢理、三日月を奪い取った。
「おい! 乱暴に扱うなよ!」
「何言ってんの。乱暴に扱って、何とかなっちゃうようなのは武器って言わないの。飾りって言うんだ」
そう言われると、三日月は共に戦う武器である為、アルファは何も言えなくなる。
フォーマは三日月を調べ始める。
「ソレは何やってんだ? なんだ? その液は? 何を三日月に塗ってるんだ? 三日月は直りそうか? あ、あ、あ、あーーーーっ! 何やってんだよ! ソレ!!!!」
フォーマの周りをウロウロし、何かと口を出すアルファ。
「五月蝿いな! まだ何もしてないよ!」
フォーマはウザ過ぎるアルファに吠えた。
「気が散って、剣が修復不可能以上に駄目になっても、ソレはぼくのせいじゃないからね」
「・・・・・・わかったよ」
アルファは仕方なく、フォーマから離れ、一人ソワソワする。
しかし、狭い部屋だ。大人が5人いるだけで、身動きとれる場所など、殆んどない。
そんな場所でソワソワされたら、本当に迷惑だが、アルファはジッとしてられない。
「アルファ様、そんなに大事なモノなんですか?」
「あ? あぁ」
「スピカさんと、どっちが大切なんですか?」
そう尋ね、俯いたミラク。
「あ、嫌な質問しちゃいましたね、ごめんなさい」
そう謝ったのは、質問の答えを聞きたくなかったからだ。でも聞いてしまい、ミラクは後悔する。答えはどっちにしろ、自分はスピカには敵わない事なのだから——。
「三日月は——」
「え?」
「三日月は、多分、俺なんだ。俺自身そのものだ。俺に欠けてる部分であって、それを補う存在。だから三日月は俺の一部。スピカは俺の全てだ」
「・・・・・・そう・・・・・・ですか・・・・・・」
ミラクの目の前が真っ暗になり、目眩で、足元をよろつかせ、カペラに支えられた。
「アンタ罪な男だねぇ。ミラク程のいい女、そうはいないよ?」
カペラはそう言って、アルファを見る。
「だろうな。だから、何も俺じゃなくても、他にいい奴がいるよ」
「うわっ。いるんだよねー、そういう台詞が理由にならないとわからない男が! アンタがカスでもクズでもバカでも、ミラクに合うだろうなって誰もが思う、どんなカッコいい男が現れても、ミラクはアンタじゃなきゃ駄目なんだよ。ミラクにとって、アンタしか見えないんだよ。わかる? この女心!」
「わかるよ」
「は? わかってんの? どこが?」
「誰が見ても綺麗でいい女が俺を選んでくれても、俺はスピカじゃなきゃ駄目なんだ。言ったろ? スピカが全てだって」
「ふーん・・・・・・そんなにその女はいい女なのかい?」
カペラの質問に、アルファはスピカを思い出す。
思い出せば思い出す程、アルファのムッとした顔に嘘のような微笑みが溢れ出す。
思わず、思い出し笑い迄してしまう程。
「どうかな、面白い女で、ずっと一緒にいても飽きないのは確かだ」
そう言ったアルファの顔は、なんだか、とても嬉しそう。
「俺だけのものにしたい」
大切なスピカを手に入れたいという強い台詞。
「独占欲が強い男は、私は嫌いだね」
「私はアルファ様に独占されたいです・・・・・・」
「ミラク、アンタ、本当に勿体ないよ、女として、とても綺麗で魅力的なのに、こんな男に全て入れ込むなんてさ」
言いたい放題のカペラ。
その時——
「この剣の物質って——」
突然、フォーマが何か言い出した。
「何かわかったのか? 三日月は直るのか?」
「この物質って・・・・・・」
フォーマは一人頷きだした。そして、モニター画面に拡大された三日月の刃に何かを見つけ、それをジィーっと見ている。
「なんだよ! 黙るなよ!」
「・・・・・・うん。この物体を創り上げている実質がある」
「は? なんだよ、わかるように言えよ!」
「五月蝿いな! ぼくがわかってんだからいいんだよ! 静かにしててよ!」
「えええええええ・・・・・・逆ギレかよ・・・・・・」
アルファは仕方なく、邪魔にならないよう、また離れて待つ。
フォーマは折れた刃の部分に何か塗り、折れた刃同士をソッと添え、水溶液に漬け、妙な青白い光に当てた。
そして、アルファに振り向き、
「この剣、直るよ」
と、笑顔で言った。
「本当か?」
アルファは狭い部屋、二歩の距離を、駆け出し、フォーマの傍に行く。
「今、三日月に当てとる光は見覚えがあるが、まさか剣に使う光ではなかろう?」
コルは三日月を直しているという装置を見て、問う。
「どこにでもある簡単な回復装置だよ」
フォーマはそう言うと、自分の手の甲を、テーブルの上にあった割れたコップで、傷付け、その光に当てて見せた。すると傷はみるみる塞がっていく——。
「この剣の実質は骨と細胞でできている。つまり人工生命体だね」
「三日月が人工生命体・・・・・・?」
アルファの表情に驚きは見えず、三日月が直るなら、なんでも良さそうだが、台詞の語尾は問い掛け口調だ。気にはなるのだろう。
「現在の調査で、今、一番硬くて、丈夫な物質っていうのはね、EIBELL STRAINの肉体なんだ。骨なんて、どんな硬い物質を使っても傷一つ付けられない。即ちEIBELL STRAINの肉体そのものが最強兵器。そして、これは肉体としてじゃなく、武器として生まれた。それがどんな意味なのか、わかる? つまり扱い方一つで、破壊力数値は天文学的になる」
「天文学的とは、星を破壊できる程の兵器になり得るという事じゃろうか?」
「当たり。おじいさん、物分り早いじゃん」
フォーマはそう言うと、ケラケラ笑っている。
「笑い事ではなかろう」
「まぁね。でもそんな武器を折っちゃうなんて、ソッチのが凄いよ。でね、折れた刃の先に、この剣を創り上げている実質を見つけたんだ。小さな細胞をね」
「あ。もしかして、ソレ、オメガの細胞かも。その細胞、潰して、斬り裂いて、更に生かして、焼き払って殺そう」
「こわっ! アンタ、やる事が執念深くて暗過ぎ!」
カペラが呆れて、アルファに言う。
「その細胞と剣の細胞は一致するんだ。だから折れた部分に、その細胞をつけ、増殖させる事により、剣の傷は塞がって行く。元々、再生能力のある細胞だから、剣は元に戻る筈だよ」
「オメガの細胞と三日月が一致する——?」
アルファの顔が複雑になる。
「シンバよ、三日月は御主の細胞で出来ておるんじゃないのか? オメガと御主は全く同じじゃからのぅ」
「・・・・・・ああ」
アルファは、それならいいのだがと言う風に頷いた。
——もしオメガの細胞で出来ているとしたら?
——俺はオメガを俺の一部として思って来たと言う事になるのか?
——それでも、俺は・・・・・・。
アルファは、水溶液の中にある三日月を見つめる。
三日月に対しての気持ちは、今迄と変わらず、最高の相棒である。
「三日月はいつ直るんだ? いつになったら、俺の腰に戻る?」
「重症だからね、一週間ってトコかな」
「一週間か。それ迄、この近くで泊まれる場所を探すかのぅ。三日月がなければ、シンバは駄目みたいじゃからのぅ。カペラ、ホテルの手配を——」
「嫌だ! 俺は三日月から離れない! ここに残る」
アルファはそう吠えて、コルを黙らせた。
「あ、別にぼくは居てもらっても構わないよ? ぼくの研究の邪魔をしなければ」
「むぅ。しかし、この狭い場所に、この人数では研究もできまい。シンバだけ残し、わし等はホテルへ行った方がええじゃろう」
「私はアルファ様の御傍にいます」
ミラクはそう言うと、アルファの腕にしがみついた。
「コル様、ホテルへは行きたい者だけが行けば良いではないですか。迷い、離れてしまう訳ではなく、居場所はここだとわかっております。それにこんな星で、神が怖くなり逃げる場所など、ありませんでしょう」
カペラは、そう言うと、一人、外へと出て行った。
「うむ。では、わしもホテルへ行く。シンバよ、一週間後、迎えに来る」
コルも、出て行った。
アルファは汚いソファに座り、三日月を見つめる。
ミラクはアルファの横にちょこんと座り、アルファを見つめる。
フォーマは何かを始めた。
やがて、ミラクはアルファの肩に寄り掛かり、眠りにつく——。
フォーマは妙な煙の出たビーカーを持ったまま、振り向いて、
「飯にする?」
と、アルファに聞いて来た。
アルファはそういえばと言う感じで頷く。
すると、フォーマは小瓶に入った粒を、一錠、アルファに手渡した。
「何の薬だ?」
「薬じゃないよ、見てわかんないの? 食事じゃん」
「食事? これが?」
アルファは手の平の粒を見つめる。
フォーマは粒を一錠、飲み込んで、食事を終えた。
「こんなんで腹一杯になるのか?」
アルファはまだ手の平の粒を見ている。
「キミ、面白い事言うんだね。その一粒で、一日に必要なエネルギーは充分とれる。それじゃあ、何か不満なの?」
「・・・・・・果物とかパンとかないのか?」
「うわっ! なんて贅沢な! そんなのないよ」
「買う金がないのか?」
「は? 失礼だな。確かに金はないけど、そんなのどこにも売ってないよ。ああ、でも100億でも積めば、パンの欠片くらいは手に入るかもね」
「・・・・・・なんで?」
「なんで?って? 何疑問に思ってんの? 大体、この世界で食べ物が作れる訳ないじゃん。こんな闇で、果物が実ると思う? 家畜が育つと思う?」
「ここは・・・・・・そんな世界なのか・・・・・・?」
「何を今更」
フォーマにとっては、そうして育って来た世界だから、それが当たり前。
アルファは手の平の粒をゴクンと飲み込んだ。
食事というのに、満足はしない。今迄の食事に比べると不満で一杯になる。
まだ赤い木の実の小さな粒の方が、余程マシだ。
闇の地とは、こういう地なのかと、アルファは、溜息を吐く。
「・・・・・・彼女、キミの恋人?」
フォーマは眠っているミラクを見て、尋ねた。
アルファは黙って首を振る。
「へぇ。でも彼女はキミの事を好きみたいじゃん。恋人にしてあげないの?」
「俺には好きな奴がいる」
「へぇ。一緒にいた、もう一人の人?」
「え? もしかしてカペラの事か? 違うよ」
「じゃぁ、キミの好きな奴って、今はどこにいるの?」
「・・・・・・別の男のトコ」
「あ、そういう事?」
「ん? どういう事?」
「だから、彼氏いる子を好きになっちゃった系?」
「彼氏? いや、違う、違う? 違うのか? いや、でも、彼氏・・・・・・彼氏なのか・・・・・・? なっちゃった系ってなんだ・・・・・・? 兎に角、俺じゃない男のトコにいて・・・・・・でも俺の事も好きかもしれない・・・・・・好きだといいんだけど・・・・・・好きでいてほしい・・・・・・」
「なにそれ? キミの事も好きって、意味わかんないけど、二股って事? ていうか、それって、なんか、イヤな女だね」
そう言われ、ハッと笑い、確かに嫌な女だと、アルファは思う。
「でもわかるよ。イヤな奴とわかってても好きになったら止まらないよね。世の中の人間なんて、ほぼほぼイヤな奴ばっかりだ、でも、恋人がいたりする。つまり、イヤなとこなんて、恋をするのに、関係ないって事だよね。で、実際どんな子なの? イイトコもあるんでしょ?」
そう聞かれても、どう言っていいのか、わからず、アルファは考え込む。
「ははっ。考え込まなきゃわかんないの? でもソレもよくわかるなぁ。考えても考えても、浮かんで来るのはアイツの事ばかりなのに、うまく表す言葉が見つかんないんだ。簡単に言葉にできないよね。なのに、女の方は、どこが好きなのか、ハッキリ言うし、積極性もある」
「アイツってお前の——?」
「幼馴染なんだけど、生意気な奴でさ、ぼく、オタクっぽいから、友達いないんだ。だからソイツは友達のような、友達以上のような、そんな感じ。好きとか言っても冗談になっちゃうような関係だよ。だからね、指先が好きだって言われた事、未だに嘘か本気か冗談か、掴めないでいる」
フォーマは自分の指先を見つめる。
「わかる・・・・・・俺も額の傷を好きだと言われた事、どういう意味で言ったのか、わからなすぎて悩みどころだ」
と、少し笑いながら言うアルファに、フォーマも、そのバンダナの下は傷があるの?と、見せてなどと言って、二人笑い合う。
「あのさ・・・・・・俺がEIBELL STRAINだってフォーマはわかってるよな?」
「え? うん、左手首見ればね」
「EIBELL STRAINの意味、わかってるんだろ?」
「意味? 人工生命体って事?」
「・・・・・・お前は俺にどうも思わないのか? 三日月も直してくれて、そうやって、俺に色々と話して来て、笑ってるけど、俺は人工生命体って奴なんだ。化け物なんだよ」
「だから?」
「え? だから・・・・・・」
「まさか、そんな事気にしてんの? キミってさ、今迄どこで生きて来たの?って思うような事言うよね」
「・・・・・・」
黙り込むアルファに、フォーマは、
「関係ないじゃん」
と、あっけらかんとした口調で言い出した。
「確かにEIBELL STRAINと、こんな風に会話したのは初めてだけど、ぼくはキミをEIBELL STRAINと見てる訳じゃないと思う。キミはぼくが人間だから何か感じて思う事があるの? そうじゃなくて、ぼくはぼくでしょ? 思うなら、ぼくについて何か思う筈。人工生命体は人工生命体同士じゃないとダメなの? 化け物は化け物同士じゃないとダメ? そんな事ないでしょ。ソイツに何か感じれば、それはソイツが何者だろうと、それでいい筈。例えば相手がモンスターでも、恋に堕ちれば、モンスターなんてどうでも良くなる。ソイツ自身を好きになるんだから。さっきも言ったよね、イヤな奴とわかってても好きになったら止まらないって」
「・・・・・・」
「それにさ、人間なんかより、人工生命体の方が優れてる。だから、その事に拘ると、人間の方が差別されてるように思える。キミさぁ、人工生命体にしては、色々と気にし過ぎだよ」
「・・・・・・お前が人間にしては色々と気にしなさ過ぎなんだろ」
「そうとも言う。だから楽だよ? 『上を気にすると落ち込むけど、下を見ると気分がいい』なんてないんだよ。ぼくには、気にする程の上もなければ、見るだけの下もない。だから生きてるのが楽だよ」
「お前、夢があるだろ。化学者? だっけ? それになりたいなら、それなりの上を目指すんだろ? だったら気にする上はあるんじゃないのか? わからないが、下もいるだろ?」
「いないよ。ぼくより上も、ぼくより下もいないよ。ぼくはここにいるんだもん。ぼくは誰かの真似で、存在してるんじゃなくて、ぼくはぼくである為にここにいるんだもん。誰もぼくのコピーでもなくて、ぼくは誰かのコピーでもない。ぼくはぼくだから」
フォーマはアルファに笑顔を見せた。
——俺はオメガと同じなんだろうか?
——オメガは俺より上?
——それとも下?
——いや、同じ位置にいるのか?
——俺には気にする上も下もある・・・・・・
俯き、溜息を吐くアルファ。
しかし、それはオメガも同じ事。
アルファを気にして、這い上がろうとしているに違いない——。
「なんて呼べばいい?」
「ん?」
「キミの事。あ、EIBELL STRAINってシンバって他に名前ないんだっけか? EIBELL STRAINはみんなシンバだよねぇ? EIBELL STRAINとかシンバって他に、みんなから、なんて呼ばれてるの?」
「・・・・・・アルファ」
「アルファか。アルファって呼べば、キミは振り向く?」
「当たり前だろ」
「じゃあ、キミは人工生命体って呼ばれたら振り向く?」
「・・・・・・」
「化け物って呼ばれれば、振り向くの?」
「・・・・・・」
「アルファの上も下もあるの? キミはここにいるのに? 他なんてないよ。似てるものがあっても、それはキミじゃない」
——もしかしたら、コイツは本当に大物になるかもしれない・・・・・・。
フォーマの笑顔を見ながら、アルファはそう思い、フォーマに少しだけ笑って見せた。
そして、それから一週間が過ぎた。
念願のその日、三日月が復活した。
「俺の三日月が——」
嬉しさの余り、表情が何故か悲しげになる。
妖しく、鋭く輝く三日月。
今、アルファの腰の鞘に納まる。
「ッ——! はぁぁぁぁ、なんか落ち着く」
「良かったですね、アルファ様」
ミラクも嬉しそうに微笑んでいる。
その時、バンッとドアが開いて、
「フォーマ」
と、意外にも美人な女が、ズカズカと部屋に入って来た。
「プル! ノックくらいしろよな!」
「あ。人がいる。珍しー!」
「いいだろ! っていうか、ぼくの話を聞けよ!」
「ねー、お水ちょうだい?」
勝手に冷蔵庫の中を開けて、水を飲みだす。
「ちょっ、おまっ、水高いんだから自分ちで飲めよ!」
「外が埃っぽくて、喉が痛くなるのよねー」
「お前、唇の横から垂れ流すな! 勿体ない! 大体何の用なんだよ? 用もない癖に来るなよ!」
「用がなきゃ、こんな汚い所に来る訳ないでしょー。あー、そうでもないかー、結構来てるよねー。フォーマ、来てほしそうだしー。来てあげてるんだから部屋くらい綺麗にしたらー? ねー、掃除してる?」
「お前なぁ——」
フォーマはアルファの視線にハッと気付く。
「あ、いや、ほら、えっと、幼馴染のプル・ラブアイル」
「ああ。見てればわかる」
そう言われ、フォーマは照れるように頭を掻いた。
プルはアルファの目から見ても、とても美人に見え、その癖、気取りのない態度だから、男はほっとかないだろう。しかしフォーマと仲良くしている所など、少し変わっているのかもしれない。何せ、フォーマ自身とても変わっている。
「ねー、フォーマ、どうせ今日も無駄な研究ばっかしててー、暇だよねー?」
「無駄ってなんだよ! 無駄じゃない! そして暇じゃない! ぼくは未来の為に忙しいんだよ、未来、ぼくはとーっても偉い化学者になってるんだ。その内、ぼくの銅像とか——」
「ハイハイ。その妄想が無駄ー」
「お前、ホント何しに来た訳!?」
「大教会に、今日、天使が舞い降りるらしいのー。見たいなーって思って。一緒に行こうよー? どうせ妄想くらいしかしないから暇なんでしょー?」
「暇暇言うな! 天使なんて、どうせまた人工生命体だろ? 見に行く奴のが暇だよ。だったら妄想してた方がマシ」
「フォーマって自分の世界好きだよねー。自分大好きでしょー?」
「ぼくがぼくを嫌ったら、誰がぼくを好きでいてくれるって言うんだよ!!」
「あたしだよ」
「え!?」
「ねー、行こうよー」
そのやりとりで、確かに好きと言っても冗談になってしまう関係だとわかる。
「メンドクサイから行かない」
「えー、行こうよー。噂だけど、とっても綺麗なんだってー。見たーい!」
「綺麗? EIBELL STRAINが? 天使ってシンバだろ?」
「知らないけど、みんなそう言ってるよー。見に行けばわかるじゃん! 行こーよー」
プルはフォーマの腕を引っ張る。
「うーん、あ、じゃぁ、アルファ達も一緒に行く?」
「あぁ、邪魔じゃなければ、その大教会まで、案内してもらおうかな」
「な、何が! 邪魔な訳ないだろッ!」
フォーマの慌て振りに、プルはキョトンとしている。
何故か、ミラク迄、キョトンとして、フォーマの真っ赤な顔を見ている。
マイペースなフォーマが、こんなに慌てた態度をとるなんて、プルにどれだけ気のない振りをしながら、どれだけ意識をしているのかが、わかる。
そして、大教会——。
コルとカペラも、天使を見る為に、そこに来ていた。
大勢の人が集まっているが、運良く、皆と合流する事ができた。
「シンバ、三日月は直ったようじゃな」
「あぁ。それより、天使って?」
「さぁな。何が出て来るか、とりあえず、見てみる他なかろう」
コルの意見にアルファは頷く。
今更、天使なんて、何を考えているのだろう?
また新しいEIBELL STRAINなのだろうか?
どんな敵が現れても、アルファの意思は変わらない。
——俺は神をぶっ倒す!
それがアルファの考えたスピカを守る方法なのだろう。
そして不器用な愛の表現なのだろう。
大教会の前に置かれた台座の上に、一人の男が現れた——。
「皆の者、静まりたまえ——」
その男は、アルファをスプレーで眠らせた、あのモーデン大司教——。
「汝等に問う。一人朽ち果てて事を選び、絶望と苦痛に耐えれる証明があるのか? 何が真理で、何が大儀か、その本質に、一定の限界を知り尽くした神は、各々に栄光を与え、一つの教えとして、汝等を導く。天上に於いて、偉大なる正義の守護者である者を、汝等に証明してみせよう——」
そして、台座に黒いマントを身に纏った、美しいが、無表情の髪の長い女が勇ましく、人々を見下ろし、現れた。
「・・・・・・スピカ?」
その女を見て、アルファがそう呟き、その呟きを聞いたコルが、
「スピカじゃと!? あれはあの元気のええ娘か!? 髪を下ろしておるせいか? 表情がないせいか? 全く違う別人のようじゃ・・・・・・」
と、驚きの声を上げた。
死んだような暗い瞳をし、表情変えず、女の口だけが、動く。
「下僕共よ、私が真の天使です」
当たり前のように、女はサラリとそう言った。
下僕呼ばわりされた事と、その女の口調に、人々は罵声を上げる。
「違う・・・・・・スピカの喋り方じゃない・・・・・・」
アルファの頭の中は混乱している。
あれはスピカにソックリの誰かなのだろうか?
女は罵声を受けながら、眉一つ変えず、黒いマントを翻し、脱ぎ捨てた。
シンと静まり返る。
静かになったのは、女の手に大きな剣が持たれていたからではない。
女の背に広がる白い翼に、皆、黙り込んだのだ。
それは正に誰もが想像し、空想世界に生きる天使の姿。
左右に力強くバッと広がり、人々は目を見張る。
その天使の翼と、天使である美しい女の姿に——。
薄手の白いワンピースから、スラリと伸びた脚。細い腕に、器用そうな指先。
そのワンピースを脱いで、裸になっても、いやらしさを感じない程、美しいだろう。
誰もが、その天使に興味を抱き、証明が成し遂げられる。
だが、女の無表情さに、誰もが恐怖を知る。天使が目の前で、大きな剣を持ち、睨んでいるように見えるのは、それぞれの今迄にある行いが、どれ程の善だったか、何もせず、只、普通に暮らしているだけで、どれだけの悪なのか、裁きは、いつ始まるのかと——。
その恐怖が和らぐ瞬間——。
無表情の女の顔が、フワッと優しく微笑んだ。
初めて見せる、その表情に、誰がも優しく手を差し伸べられ、救われる錯覚に陥る。
「下僕共よ、私は正義を守護する真の天使だ。文句があるなら、一匹ずつ、前に来るのだ。断末魔なく、殺してくれる——」
優しい天使の微笑みで、恐ろしい死の忠告。
女は、白く輝く大きな剣を、天に掲げ、自分の長い髪を、その剣でバッサリ切り落とした。
パラパラと落ちる長い髪——。
何かの儀式のように、その剣が真剣である事が証明された。
誰も何も言えなくなる・・・・・・。
子供が一人、怯えながら、台座に近付き、女に果実を差し出した。
「採れたてでございます、天使様」
女は、その果実を受け取り、片手に持ち、一口齧り、ペッと吐き捨て、持っていた実も、力無くそのままスルッと地に落とし、思いっきり、グシャッと足で踏み潰した。
そして女は、
「・・・・・・不味い」
一言、そう呟く。
そのプライドの高さを感じる女の態度に、人々は真の天使を見るようで、恐怖で一杯になる。殆どの人が怖さで動けなくなっている。そんな中、
「あれがアンタの好きな女? 最低なんだけど」
カペラがアルファに、フンッと鼻でバカにした吐息を吐きながら、言った。
「違う! スピカは不味い飯を頬張る奴だった! 口に入れた物を気持ち悪くても吐き出さなかった! いつもいろんな表情を見せてくれて、泣いたり怒ったり笑ったり、喋り方も方言が入ってて、色気なんて何もなくて、でも本当は弱くて・・・・・・独りになるのを怖がって怯えてる小さな子供みたいで・・・・・・あんなの・・・・・・スピカじゃない・・・・・・」
何もかもわからない様子で、アルファは、只、女を見つめている。
「聖なる地から舞い降りた私の名はスピカ。神への忠誠なき者よ、この汚れた地と共に無限地獄に堕ちるか、神への忠誠を誓い、栄光への天国へと向かうか、考えよ。一人朽ち果てても正義は証明ならず、絶望と苦痛に耐えるならば、快楽に身を任せよ。生きる苦しみなど忘れさせよう。見よ、遥かなる地、ヘブングランドだ」
スピカは剣で空を差した。
上空に浮かぶ島と、その島に神々しく建つ大聖堂。
「あれはヘブングランド!? 大聖堂なのか!?」
驚きの声をあげた後、アルファは、ハッと思い出す。
『イーベルの書物によると、遥かなる地、聖都からソラに輝くコスモオアシスに、絶え間なく続く呼吸の為、降り立った——と、記されている』
そうアルシャインが言っていた事を——。
聖都とは、つまり、ここ闇の地の事を言っているのだろう。
この地から、アルファ達が元々いた星に、降り立ったと言う事は、あの島は、いや、島のように見えるが、あれは宇宙船なのだろう。
そして絶え間なく続く呼吸と言うのは——?
——俺達EIBELL STRAINの事なのか!?
——それとも神自身の事なのか!?
——いや、そんな事、どうでもいい!
そう、今はスピカから目が離せない。
「聖都と呼ばれた、この地も闇の地と化し、汚れてしまった。神に忠誠を誓えば、あのヘブングランドと共に、光の地に案内しよう。光の恵みを受けた果実を食いたいとは思わぬか?」
人々はザワザワと騒ぎ始める。
アルファは、堪らず、人々を掻き分け、台座へと近付いて行く。
アルファの中で、屈託なく笑うスピカが、鮮明に蘇る。
無邪気に笑い、無垢で、喜怒哀楽がハッキリしていて、柔らかいあの表情。
そして、初めて女としての恥じらいを見せたあの表情。
くるくると表情を変えるスピカ。
そして、迎えに行くと約束をした——。
「スピカーーーーーーーーッ!!!!」
台座の前でアルファは吠えた。
睨むようにジロリと、アルファを見るスピカ。
「私を呼び捨てるとは、どういう了見だ?」
「何言ってんだよ、スピカ! 目を醒ませ! 自分が言っている事、理解してるのか? お前が守りたいという正義は、こういう事なのか? これが正義なのか? スピカ! これが正義なのかよ!!!!」
「意味のわからぬ事を——。誰かこの者を取り押えろ。首をはねる」
スピカのその台詞に、左手首に刺青の入った男が一人現れた。
EIBELL STRAINだ。
男はアルファを後ろから取り押えた。
「やめろォ! 離せぇっ! こんなのが正義なのかよ! スピカァ! 教えろぉ! お前が守りたい正義って何なんだ!? 正義って何なんだよぉーーーー!?」
吠え、暴れまくるアルファに、スピカは剣を向けた。
そしてアルファの首目掛け、剣を横左右に、思いっきり振り斬った。
アルファの首をはねる事に、剣は何の迷いもなく、綺麗に振り斬る。
咄嗟に頭を下げたアルファの変わりに、アルファを取り押えていた男の首が飛んだ。
悲鳴を上げ、人々はその場から逃げ出す。
その場に残ったのは、コル、カペラ、ミラク、フォーマ、プルの5人だけ——。
アルファを取り押えていた男が、今、後ろに倒れる。
スピカの持つ剣から、血が滴り落ちている。
「アルファ、お前を探し、神の元へ戻すよう、命令が下されてるんだ。そうやって目立った行動をとられては、折角、逃がしてやってるオレの立場が悪くなるだろ? 少しは考えてくれよ」
「オメガ、お前——」
「お前みたいな戦闘能力だけ優れたEIBELL STRAINはさぁ、オレ以外、誰が捕まえられる? 他のEIBELL STRAINじゃあ、こうやって殺されちゃうだけだもんな」
オメガはそう言うと、倒れている首のない男の体を爪先で、小突くように、突付いた。
「でもオレはお前を簡単に捕まえてやんない。逃がしてやるから、どっか行けよ。オレの近くでウロウロされても迷惑なだけなんだよ。お前は行く宛てなどなく、永遠に生きて、永遠に彷徨えばいい。その永遠に続く呼吸に、永遠に苦しみながら」
「・・・・・・スピカに何をした」
「あ?」
「スピカに何をしたんだ! スピカを元に戻せ! 何故スピカで弄ぶんだ! スピカはなぁ! スピカは! スピカは・・・・・・」
アルファは怒りに震えたかと思うと、フッと力をなくし、悲しい表情になった。
「スピカはお前の事が好きなんだぞ・・・・・・お前に弄ばれる前迄は、オメガ、お前の事が好きだったんだ。好きで好きで、シンバ、シンバと、お前を何度も呼んでたんだぞ・・・・・・お前だけに夢中で、お前に好かれようとしてたんだぞ・・・・・・お前にだけは嫌われたくなくて・・・・・・イヤな事も・・・・・・そんなスピカの気持ちを・・・・・・考えてやってくれよ・・・・・・頼むから・・・・・・」
悲しすぎて、涙が溢れ出そうな顔で、アルファはそう言って、オメガを見た。
オメガはフンッと鼻で笑い、
「テメーにソレを言う資格があるのか? ソックリそのままその台詞返してやるぜ」
と、更に唾を吐き捨てた。
「・・・・・・どういう意味だ」
「へっ。テメーに言われなくても、オレはスピカの事を考えている。スピカが守りたい正義を、これで思う存分に守れるだろ」
「・・・・・・正義を?」
アルファは眉を顰める。
「正義とは己の為にある。つまり悪なんだよ。全ては悪なんだ。そしてオレ達は、そのシステムの上でしか生きれない。そこでは最も強い者がルールだ。それに従わぬ者は反論さえ許されない悪となる。今、スピカは天使として、この地に舞い降り、大衆の目には、強い存在として映った筈。つまりスピカが正義となったのさ。スピカが何をしても、それは正義となるんだ」
「そんな正義は偽りだ! スピカが守りたい正義はそんなんじゃない!」
「偽り? なら、テメーは真実の正義が、どういうものか、わかるのか? スピカが守りたい正義はどういう正義なんだ? ああ!?」
アルファは何も答えられず、黙り込む。
オメガはフッと笑い、スピカを見る。
血のついた剣を片手に、ぼんやりしているスピカ。
「スピカ、おいで? オレの言った正義は間違っているのか? 間違っていなければ、コイツに真実なる証明を見せてやってくれ」
オメガはそう言うと、スピカに手を差し伸べた。
スピカは無表情を微笑ませ、オメガの手を握り、二人抱き合い、そして、スピカの方からオメガにキスをした。軽いキスが、オメガのリードで激しくなる。
アルファの中で、スピカが愛している者はオメガであるという真実を見ているようだった。
——真実なる証明・・・・・・。
スピカが選んだシンバはオメガなのだと言う証明。
コルも、カペラも、ミラクも、フォーマも、勿論プルも、アルファに掛ける言葉が見つからず、只、只、呆然と見ているしかなかった。
何もなかったように、アルファは、抱き合う二人を背に、歩いて行く——。
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