8.天使


シンバはジャンプでエルーとハルトの目の前に飛び、リュンの剣を剣で受け止めていた。


甲高い笑いが消え、リュンは無表情でシンバを見て、


「邪魔よ」


そう囁く。そして、剣を更に振り上げ、シンバの剣に当ててくるが、パワーではない、その剣の切れ味に、シンバの剣が光の粒のように分散され、消えて行く。


リュンの能力で出来た剣は、最強の武器。


それに適う武器はリュンの能力を超えた能力を持った者が唱えるソードだろう。


シンバの剣が消えると、再びリュンは剣を振り上げるから、無駄だとわかっていても、1ターンは逃れられると、ハルトが前に出てシールドを唱え、防御する。


やはり、振り落とされた一撃でシールドは壊され、シンバも再びソードを手に持つが、リュンにシールドが張られ、全く壊せず、ソードの方が壊れて消える。


そして銃弾が、シンバの肩を掠った。


振り向くと、ホルグが血だらけながらも銃を構え立っている。


「チッ! もう来たか! ハルト! アイツを頼む! まだ向こう側にも二人が重症だが生きている。ソイツ等の始末も頼む!」


と、シンバはリュンを見たまま、そう言うと、ハルトは頷き、ジャンプしてホルグの所へ飛んだ。


「エルモ、お前は逃げろ」


だが、シンバの言う事を聞けず、エルーは座り込んだまま、動かない。


力の差がありすぎて、恐怖の余り、動けないのだ。


仕方ないので、戦う場所を変えるしかないと思うが、リュンの目がエルーを見ている。


シールドを張ったまま、エルーに近付くリュンに、


「おい! お前の相手はオレだろうが!!」


そう吠えるシンバ。


だが、リュンは横にいるシンバを見向きもせず、しかも通り過ぎて、エルーの前に立ち、銃口を向けた。


「エルモ!!」


と、シンバはエルーに走り寄り、シールドを張る。


流石に銃は能力関係ないので、シールドを壊す事はできず、リュンは持っていた剣を振り上げて、シールドを壊した。


エルーがシンバの腕の中、震えている。


その震えの意味はわかっている。


この状況が怖いんじゃない。


戦いが怖いんじゃない。


死が怖いんじゃない。


リュンがサリアに見えて、サリアが剣を持って、振り上げているのが怖いんだ。


大好きなサリア相手に、エルーは闘争心を失っている。


シンバはシールドを壊されても、再びシールドを張る。


リュンに戦闘はわからないのだろう、シールドを張られる前に、素早く剣を振るうなんて事はできないようだ。


一度振り上げ、シールドを壊すと、また剣を振り上げるだけ。


「もうやめろ、やめてくれ! その顔で、そんな表情するな!! その顔で、こんな事するな!! 頼むよ、その顔で、そんな悪魔みたいな表情と、悪魔みたいな事するなよ!!」


そう叫ぶシンバに、


「言っている意味がわからないわ、だってブルーアースでは能力がある者を悪魔が憑いたと解釈してたんじゃないの? 歴史で習ったわ、何かが憑いたような動きに、人は憑き人と呼んだと——」


くすくす笑いながら、剣を振り上げ、そう言って、リュンはシールドを何度でも壊す。


「サリアはそんな顔——ッ」


サリアはそんな顔をしない、サリアはそんな事しない。


そう叫ぼうとした。


だが、シンバは言葉を呑み込んだ。


何故なら、浮かんだ表情が、サリアではなく、リュンだからだ。


リュンはそんな顔しない、リュンはそんな事しない。


リュンが見せた表情は、シンバの記憶に鮮明に残っている。


当然だ、ついこの間まで、リュンは、シンバを信用し、シンバに天使の笑顔を見せていたのだから。


サリアの表情など、遠い想い出になって、美化されている部分もある。


でもリュンは、ついこの間まで、こんな風ではなかったと言い切れる程、美化される迄もなく時間が余り経過していない。


シンバのシールドを叩き壊し、シンバがシールドを張ると、また叩き壊し、リュンは何度でも壊す行為を繰り返す。


「もうやめろ!! お前はそんなんじゃない!! お前はこんな事して笑える人間じゃない!! もう偽りはやめろ!!」


「シンにアタシの何がわかるの?」


「じゃあ、オレに見せた笑顔が嘘だったって言うのか!? オレはお前を天使みたいだと思ってたのに!! オレが騙されたのか!? 騙したのはオレだろう!?」


「・・・・・・ふふふ、ふふふふふ、あはははははは!!」


リュンは喉から零れる笑いを抑えきれずに、高らかに笑い出し、シンバに冷たい眼差しを向けると、


「天使? 笑わせないで。アタシは、もうアナタの言葉に騙されたりしない」


そう言って、無表情になり、シンバを見据える。


シンバは震えるエルーを離し、シールドも解き、リュンに一歩一歩ゆっくりと近寄る。


「来るなッ!!」


そう怒鳴るリュン。だが、シンバは歩みを止めず、近い距離を更に縮めるから、リュンは剣を振り上げた。その振り上げたリュンの手首を持ち、シンバは真剣な顔でリュンを見つめる。リュンはシンバに手首を持たれ、剣を振り落とせず、力一杯、抵抗するように、腕を動かそうとするが、シンバの力に勝てない。


歯を食いしばり、リュンは、それでも力一杯、腕を動かそうとする。


シンバはそんなリュンを見つめ、


「嘘じゃない。だから、白い羽根を渡したんだ。ブルーアースで、あの羽根を見つけた時、直ぐにキミの顔が浮かんだ。キミにあげたかった。空のない月で、キミが自由に羽ばたける空を見せたかったから。あれはキミに似合う天使の羽だ」


「アレは鳥の羽根だ!!」


「・・・・・・」


「お前もそう言った!!」


怒り露わで、口調も冷静さを失っているリュン。


「鳥の羽根などで騙された自分が情けない!!」


「・・・・・・鳥の羽根じゃない、天使の羽根だ」


「まだ嘘を言うのか! 鳥の羽根だと最初に言ったのはお前だッ!! お前は嘘ばっかりだ!! お前の言葉は嘘ばっかりだ!!!!」


「それこそ嘘だって気付けよ!! あぁ、そうだ、鳥の羽根だよ、でもオレは天使の羽根だと思ってんだよ!! それを他の誰でもないリュンにあげたかったんだよ!!」


リュンの怒りを通り越すような、声で、シンバが怒鳴り、リュンは一瞬、静かになる。


だが、直ぐにリュンはシンバに手首を持たれていない方の手で銃を抜き、シンバに銃口を向けた。


「・・・・・・いいよ、やれよ、シールドは張らない」


「・・・・・・何故、本気で戦わない? アタシの能力が高くても、お前の動きなら、アタシより素早く動き、アタシを殺せる筈だ」


「もう手遅れだ」


「手遅れ?」


「キミに見せてあげたかった空はこんな空じゃない」


言いながら、シンバは空を見上げる。


爆破で、黒い煙が舞い上がった空は、灰色に薄汚れている。


「キミはオレを殺し、ハルはキミが連れて来たレベルSの連中に止めを刺し、最後にキミも殺されるだろう。セルコもザトックも重傷だから、ハル一人でやれるさ。今、戦っているホルグも、時間の問題だろう。残ったキミはオレを殺したら、満足して、気が緩んで、ハル相手に戦えない。ハルはね、オレより強いよ、愛する者がいるから、守る為に強くなる。オレには、そういう強さはないから」


「愛する者・・・・・・?」


「あぁ、アイツには好きな奴がいる。ずっと一途に想い続けている。ずっと恋してる。羨ましいよ」


「お前は・・・・・・お前は何故・・・・・・私に恋を教えた・・・・・・? 何故、お前を好きにさせた? 何故、私の心を奪った? お父様の命令だったのか? だからお前は私に近付いたのか?」


シンバは首を振り、リュンを見つめる。そして、


「命令じゃない、本当に好きになったんだよ、オレが。只、オレ達は住む世界が違い、立場もあり、オレは、好きじゃないと無意識に自分に言い聞かせ続けた。だから・・・・・・」


だから・・・・・・その後の言葉が続かず、リュンの手首を離した。


リュンはバッと後ろへ後退し、シンバから離れ、シンバを睨み見る。


「この気持ちは、幼い頃、初めて抱いた気持ちに似てるんだよ。もう否定できない。リュンが壊れるのが辛いんだ、大事なものだったんだよ、リュンの優しい笑顔が。それが壊れて、オレは耐えれない程、辛いんだ」


黙ってシンバを睨み続けるリュンに、シンバは、


「殺さないのか?」


そう聞いた。だが、リュンは何も答えず、只、只、警戒した目で、シンバを睨むだけ。


「殺さないなら、先に殺すよ?」


と、シンバは手の中に剣を出し、リュンはハッとして、シールドを張り、身構える。


「悪いな、リュン。オレ、自分の体、持ち堪える事を望まない」


「・・・・・・自滅する気?」


「あぁ。お前と一緒に」


「冗談でしょ」


「いいや、本気だ。なんせ、お前に会わせたい奴がいるんだよ、天国に」


「・・・・・・天国に行けるとでも?」


「行けるよ、お前はな」


「・・・・・・」


「オレも一緒に、ちょっとだけ、天国に連れて行ってくれよ。会いたい友達がいるんだ、キミに会わせたい友達なんだ、そしたら、その後は地獄に行ってやるからさ」


シンバはそう言うと、手に持っているソードで、リュンのシールドを斬り裂いた。


今迄、全く歯が立たなかったリュンのシールドを、一撃で壊すシンバ。


しかも、シンバの体が熱を帯びるように赤く光っている。それだけじゃない、シンバの瞳がシルバーに光ったまま。


まるで爆発する前のカウントダウンが始まったかのように。


「シンッ!!!! シンッ!!!!」


異常なシンバの姿に、シンバの名を呼び続け、泣き叫ぶエルー。


リュンはシールドでは防げないと、手に剣を持って、シンバに向かって行く。


だが、リュンの攻撃など、当たらない。


当たれば、相当のダメージを喰らうが、当たらなければ、意味がない。


リュンは何度も剣を振り続けるが、シンバは簡単に交わしながら、リュンに近付いていく。


リュンは剣を振り続け、攻撃をしているにも関わらず、後退している。


もう駄目だと、リュンはシールドを張ったが最後、シンバがシールドを切り裂き、そして、リュンの胸を貫く。


リュンの手には剣が持たれたが、それで防御する事も攻撃する事もできないまま。


キラキラと光るシールドの破片が飛び散りながら消えて行く——。


倒れるリュンを受け止めて、シンバは抱き締める。


「・・・・・・シン」


「昨夜、プレジデントに手紙を書いたんだ。もしオレの死が無駄にならないようにと思ってくれるのなら、月に残っている者達をブルーアースに連れて来て、みんなで平和に暮らしてほしいって」


シンバの腕の中、薄っすらと瞳を開けて、シンバを見つめるリュンは微かに頷き、


「シン・・・・・・アタシ・・・・・・アナタが初恋だったのよ」


そう囁いた。


シンバはコクンと頷き、


「オレもだよ」


そう言うと、リュンは、


「・・・・・・嘘吐き」


と、少し微笑んだ表情で呟いた。


「シンッ!」


今、シンバに駆け寄るエルーは、シンバの腹部に剣が刺さっているのを見て、息を呑む。


リュンが目を閉じると同時に、シンバの腹部に刺さった剣も消えたが、シンバはリュンを抱き締めたまま、瓦礫の上、倒れる。


「シンッ!!」


エルーがシンバを抱き起こすと、


「あぁ、死ぬってあんまりいい気分じゃないなぁ」


と、いつもの調子で笑いながら言うシンバ。


「シンッ!!」


「泣いてんのか、エルモ。なんで泣く必要あんの? オレ、これでサリアの所へ行けるのに。あぁ、でも、場所違うかな、オレ、地獄だよな、やっぱ」


「シンッ!! リカバリ唱えて!!」


「エルモ、お前さぁ、ハルの事、どう思う?」


「シン、聞こえないの!? お願い! リカバリ唱えて!!」


「オレ、アイツ、いい男だと思うんだよなぁ。そうだ、エルモ、お前、もういろんな男を見るのやめろ、ハルだけを見てろよ」


「シン!! 私の声が聞こえないの!? 関係ない話は後で聞くから!! リカバリ唱えて!! お願いだから!!」


「やっぱさぁ、ハルの初の彼女はエルモがなってやるべきだよ」


「そんな話どうでもいいよ!!」


「でさぁ、エルモの初の彼氏は、やっぱハルだろ」


「シンッ!!!!」


「それ以外、オレ、認めないから・・・・・・それがオレが望んでる事だから・・・・・・あぁ、もぅ、そろそろ行かなきゃなんないみたいだ・・・・・・」


「シンッ!!!!」


「なぁ、エルモ、空が晴れてくよ。天使が舞い降りてきた・・・・・・」


言いながら、シンバは空に向かって、手を伸ばす。


確かに厚い灰色の雲が途切れ、光が差し込んで、その隙間を走るように、ブルーアースでは、平和の象徴と言われる白い鳩が飛んでいく。


そして、白い羽根が、シンバの伸ばした手の中に落ちてくるが、掴む事ができず、羽根は地面に落ちて、シンバの手も地面にドサッと落ちた——。

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