7.破壊


夕暮れ。


混雑する駅のホーム。


エルーと別れの時——。


「何かあったら直ぐに駆けつけるからな」


ハルトが、エルーにそう言うと、


「大丈夫大丈夫! シンとハルが月に行ってた時だって、私一人で平気だったもん」


と、元気な笑顔。


「あぁ、大丈夫だ。きっと勝てる」


そう言ったシンバを、ハルトとエルーは不安そうな顔で見るから、


「そんな顔すんなよ、大丈夫だって! オレ、ちゃんと誓い思い出したから」


と、シンバは笑顔。


「思い出したって、月人を倒そうって言う僕等の誓いの事か?」


「それは一時だって忘れた事はない。オレが思い出したのは、オレ自身が誓った事があったんだよ。サリアが亡くなった時、失って耐えれないものは作らないと決めた。だから、オレ、大事なモノなんてないのにさ、あの女が、大事なモノを壊すなんて言うから、オレに大事なモノってあったのか!?って、ちょっと焦っちゃってただけなんだよ。もう大丈夫、これ以上、あの女に振り回されるのはゴメンだ。オレ達は勝って、ブルーアースを平和に導く。オレ、考えたんだよ、確かにあの女の能力は高い。だが、戦闘慣れはしていない。動き的に言うなら、ライトナイトでも勝てる相手だ。問題はレベルSの連中だが、アイツ等なら、オレとハルトが組めば、ギリで倒せそう。だから大丈夫、きっと勝てるから」


「シンはそれでいいの?」


エルーが問う。


「シンは、あの人の事、好きなんじゃないの? サリアに似てるから・・・・・・ソレ、好きになるキッカケじゃない?」


「エルモ、お前はどうして、そうやってシンの気持ちを惑わすんだよ」


「ハルだって、人を好きになればわかるよ!!」


「僕はいつだって!!」


そこまで言うと、ハルトは唇を噛み締め、言葉を抑える。


「いつだって何よ!?」


「お前みたいな惚れっぽい奴には、わかんないんだよ、僕やシンみたいな一途な気持ちは」


「一途!? どこが!? しがみ付いてるだけじゃん!! そんなんじゃ、いつまでたってもサリア、自由になれない!! 繋ぎとめてるのは、サリアじゃない、シンやハルだよ!」


「じゃあ、お前はサリアが生きてて欲しくなかったのか!? 月人に殺されなければ、今頃サリアは生きて僕達と笑ってた筈なんだぞ!!」


「そんなの毎日思ってるよ!! 毎日願ってる!! サリアが生きてたらって!! でもサリアは死んじゃったんだよ!! あの時から時間は流れて、気付いた事もあるんだよ、私達の誓いって復讐じゃんって!! そんなのサリアが願う筈ないって!! サリアの願いはシンが幸せになる事なんじゃないの!? なによ、サリア以外の他の女ができたら私が怒るとか言って、怒るのはハルじゃん! 自分が恋してないからって、シンが羨ましいんじゃないの!? それともハルもあの人が好きなの?」


「お前ッ! 本当にムカツク!!」


ハルトがそう言うと、エルーはプイッと横を向いた。


「あの女のせいだな、オレ達がこんな風になったの——」


シンバが悲しげにそう言うから、エルーは、シンバを見て、違うと首を振るが、


「早くあの女、いなくなればいい」


シンバがそう言うので、エルーは、なんて言えばいいか、わからなくなる。


「エルモ、ハル、オレ達、やるべき事をやろう。それだけだ」


ハルトは頷き、エルーは、俯くから、


「エルモ、この戦いが終わったら3人で飯食いに行こうな。お前の好きなバーベキューだ」


シンバは明るい声で、そう言った。エルモも顔を上げ、笑って見せる。


そんなエルモの頭をクシャクシャ撫でて、シンバも笑って見せる。


手を振って、ナイト専用車両に乗り込むエルモと、他のナイト達を、電車が出発する迄、ホームで見送る。


このエストガルトで、シンバとハルト二人だけとなる。


勿論、プレジデントも残っているが——。


街の人は避難して、駅も道路も混雑しているが、街中は誰もいなくて風が吹き抜けるだけの、シンと静まり返ったゴーストタウン。


二人、歩きながら、沈黙の中、何を考えているのだろう。


ハルトはチラッとシンバを見ると、


「シン、ごめんな」


そう呟いた。


「なに? なにが?」


「僕はお前には幸せな恋愛をしてもらいたいって思ってるから」


「あぁ、うん」


「エルモは月へ一緒に行かなかったから、王を殺した事とか客観的過ぎてわかってない。僕達がサリアを殺された時と同じ気持ちだと思うんだよ、あの女の今の心境って」


「うん」


「今更、話し合いとか遅いから」


「うん」


「それに話し合ってどうこう決めるのは、ナイトの僕達の仕事じゃない」


「うん」


「・・・・・・ごめんな」


「別に謝る事じゃないだろ、ハルは何も悪くないし、オレは何度も言うけど、恋愛なんてしてない。只、いろいろ困惑があっただけ。そう言ったじゃん」


「・・・・・・そうだな」


「オレの方こそ、ごめんな。なんか、気まずいよな。エルモとも変になっちゃって、アイツ、お前が好きな事、本当に気付かないからさ、鈍過ぎだよな」


笑いながら、そう言って、いつものシンバを見せる。


一番星が光る。


シンバは一番星を見上げ、


「もうすぐ夏だな、長袖じゃ、暑くなる」


そう言った。すると、ハルトも一番星を見上げる。


「あぁ、サリアは夏が好きだったな、初夏。ベガとアルタイルが会う日、シンと二人、夜、抜け出してた。お前は寮を、サリアは家を。朝、公園の広場で寝転がってるのを発見されて、お前、こっぴどく怒られてた」


「そんな事、覚えてんのか」


「朝、起きたら、エルモと二人で、シンがいないって探しに行ったからな。そしたら既に怒られてる最中。エルモは自分が怒られてる訳じゃないのに泣くんだよな。僕は朝飯を抜きにされるだろうなと、シンの分のパンをこっそり盗んで。みんなに迷惑かけて。それでも懲りずに、次の年もサリアを誘って、サリアも懲りずに家を抜け出してたよな」


「次の年は雨が降って台無しになったんだ、でも3年目の日、忘れもしないよ、晴天で、綺麗に流れる星々、ベガとアルタイルは出会ったのに、サリアは目の前で殺され、二度と、オレと会えなくなった。あの日、全部失った日、ゴミのように積みあがった瓦礫の上、オレ達、3人、星を見上げて、眠ったよな、全て夢でありますようにって——」


「・・・・・・あの日、夜、お前が外に抜け出して、サリアに会ってた時に、そんな事が起きてるなんて知らなかったから、エルモといつものように眠ってた。大きな爆発音や揺れで目が覚め、崩れる建物から、身を守りながら、エルモを抱くようにして逃げてたら、立ち尽くすシンに出会った。僕はエルモとシンを引っ張って逃げた。なにもかも破壊されて、月人がいなくなってから、崩れた寮に戻って、泣きながら、瓦礫の下に埋もれた自分のものを探してたよな。僕は、あの日を、時間の経過と共に忘れるなんてできない」


ハルトがそう言うと、シンバは一番星を見上げ、思い出していた。


サリアと、星を見上げた初めての夜の事を——。


サリアが本で、ベガとアルタイルが出会う日の事を知り、見たいと言い出した。


だが、夜一人で外をうろつくのは怖いと言うので、なら、一緒に見に行こうと指切りをした。


みんなが寝静まる真夜中に、サリアの家まで迎えに行った。


そっと窓から抜け出すサリアの手を握り、公園まで走った。


見上げた星空はキラキラキラキラ音を出しているかのように、光っていて、初めて見る綺麗なもののようだった。


『みんなが仲良しになれますように』


サリアは星にそう願っていた。


サリアは自分の姉が耳が聞こえないと言う事で、友達ができない姉を見てきた。


イジメられている姉を見て、どうしてだろうと思って来た。


人は人をどうして傷つけるのだろう。


普通と違う、それだけで、どうして、人は人を同じ人と見ないのだろう。


『みんなが笑顔になれますように』


そう願うサリアの隣で、


『サリアの願いが叶いますように』


そう呟いたオレを、サリアは微笑んで、オレの手をギュッと握ってくれた。


サリアの願いが、本当に届けばいいと思った——。


「・・・・・・そうだな、破壊されたんだ、全て。忘れるもんか。またサリアの祈りが壊されるような事、絶対にさせるもんか」


そう言ったシンバを見て、ハルトは、もう大丈夫かなと思う。


リュンの事はまだ吹っ切れてないにしろ、あの日を忘れていないのなら、シンバは戦えるだろうと、ハルトは少しホッとする。


大人になると、色と欲と金で世が動く。


だが、子供は穢れなきものを大事にする。


それは友情だったり、恋愛だったり、或いは自分だったり、抽象的に思い出や夢だったり。


シンバは18歳で、大人の仲間入りと言っても、おかしくはない年齢。


現に、大人達と一緒にナイトという職業で、働いている。


しかも国を動かすプレジデントの直下のような存在として。


だが、大事なモノが壊れ、ソレを失った過酷さを子供の頃に経験してしまった。


シンバは、その時から壊れてしまっているのだ。


破壊された精神が求めるのは、色でも欲でも金でもない。


只、隣で、今も笑っていてくれるキミがいればいい——。


穢れなきものを、シンバは、今も、おかしなぐらい大事にしているのだ。


既に壊れたモノを大事に。


小さな子供のように——。


夜が明け、太陽が世界を照らし出し、静かな朝を向かえ、何事もない時間の流れを静かに感じながら、刻一刻と迫り来る恐怖に、シンバとハルトはプレジデントの部屋で、無言で過ごしていた。


デスクに座り、祈るように手を顔の前で組み、目を閉じているプレジデント。


ソファーに座り、シンバとハルトは、今にも張り裂けそうな胸の鼓動を感じていた。


もう夕方になろうと言う時刻。


このまま何も起きずに一日が終わればいいと願う中、電話の大きな音が鳴り響く。


シンバとハルトはビクッと体を揺らし、今、プレジデントが受話器を取るのを、ジッと見ている。


「・・・・・・もしもし?」


内線ではない、外線からのベル。


それをプレジデント自らが受け取り、そして、


「そうか」


一言、そう言うと、電話の受話器を置いた。


プレジデントはシンバとハルトを見て、


「ドナシアス国がやられた」


そう言った。


その国は、ここエストガルトから遠く離れた大陸にある国。


「守備はどうだったんですか? どの程度のナイトがいて、堕とされたんですか?」


ハルトが尋ねるが、プレジデントは首を振る。


そりゃそうだ、電話の内容はわからないが、一言頷いて、受話器を置いたのだ、詳しい状況を聞いた様子はない。


「くそっ」


シンバはそう呟き、下唇を噛み締め、拳を握り締める。


「やはり、遠くの国の場合、連絡が遅い、堕ちてからの連絡では何もできん・・・・・・」


プレジデントも悔しそうに、そう呟き、拳をデスクに叩きつけた。


だが、襲撃に合ってる最中に連絡が来ても、その国にシンバとハルトが着く頃には、戦いはとっくに終わっている。


「とりあえず、今日は終わりだ、キミ達はもう休みなさい、ちゃんと食事をとるように」


疲れ果てた顔でプレジデントがそう言った。


プレジデントこそ、寝てないだろう、だが、寝てる暇などないだろう、これから、また他国のプレジデント達と通信で会議が行われるのだろうから。


秘書なども避難させてしまい、プレジデントが一人で全てやらなければならない。


だが、シンバとハルトが手伝える事は何もない。


シンバとハルトは邪魔にならないよう、一礼をして、部屋を出た。


シンバとハルトの携帯にメールが入っている。


エルーからだ。


『初日、ドナシアスが堕ちたみたい。本当に4人だけで堕としたのかな。だとしたら、月人、かなり強いね。こっちは一日、緊迫した空気の中を過ごすのって凄いストレス。シンとハルは元気? って昨日バイバイしたばかりだもんね、元気に決まってるか。暇だったらメールしてね。それから、仲良くしなさいよ? 御飯もちゃんと食べてね』


同じメール内容だろう、二人は、お互いの携帯を覗き込み、笑う。


「仲良くしなさいって、母ちゃんか、お前は」


と、メールに突っ込むハルト。


「でも惜しいな。歯も磨くのよって最後に書かれてたら、もっと笑えた」


と、メールに駄目出しをするシンバ。


エルーのメールで、少しだけ明るさを取り戻すシンバとハルト。


だが、明日はどこの国が襲撃に合うのかと考えると、眠れぬ夜となる。


報道陣達も国の命令で避難する事になったが、堕ちたドナシアスの様子を誰かが通信映像で流し、まるで災害にでもあったかのような街の姿に、シンバもハルトも、あの日を見るようだった。


「奴等は能力の剣と装備した銃しか使わない。なのにこの有様は、ライトナイトの爆破攻撃によるもの。それで被害も大きくなってるんだ」


「だが、ライトナイトは戦車や攻撃ヘリでの襲撃が基本だ。ダークナイトが全滅したら、ライトナイトの出番で、そうやって攻撃するしかない。勿論、剣で戦うライトナイトもいるだろうが、爆破攻撃をなくしたら、略、攻撃力なんてない連中だ」


「でも奴等はジャンプする。幾ら爆破しても、既に、そこに存在しない」


「なら他にどうしろと? ライトナイトを退かせろと言うのか?」


「使えるライトナイトを選んで、戦い方を教え込み、爆破担当の連中は今回の戦いに不参加か、銃だけにさせるか」


「ちょっと待て。今、ライトナイトに戦い方を教え込む時間なんてない」


シンバとハルトの話し合いは延々と続くが、


「やっぱり、オレ達が出向いて戦うしかない」


「あぁ」


その答えしか出てこない。


だが、どこへ出向けばいいのか——。


それから数日後、既に6ヶ国がリュンの手に堕ちていた。


残るは4ヶ国。


ブルーアースの規模で言えば、残る戦士は半分以下となったと言う事。


何の解決もしないまま、月人に勝機を譲ったまま、時間だけが過ぎていく。


焦るシンバと苛立つハルト。


そして、7ヶ国目となる戦いの映像が手に入った。


今迄は堕ちてしまった無残な戦いの跡の映像だったが、戦っている映像を見る事ができた。


それは携帯のムービーで撮った画像の悪い映像だったが、


「あの女、戦闘に参加してない」


と、リュンはシールドを張っているものの突っ立っているだけで、レベルSの3人だけが戦っている事を知る事ができた。


「参加する迄もないのか、或いは、戦闘がわからなくて参加できないのか」


「参加できないんだ」


シンバはそう確信して、そう言うが、


「最終兵器として置いてあるんじゃないのか、チカラを温存ってね」


と、ハルトは用心深い。


「いいや、参加できないんだよ、月でパワーを発揮したのは、怒りで、剣を振り上げただけに過ぎない。だが、本格的な実戦になると動けないんだ。確かに最終兵器は最終兵器だろう。だが、怒りとか悲しみとか、そういう感情で支配されないと、動けないタイプだ」


「だとしたら、シンを見たら逆上して動くかもな」


「あぁ、でも、こっちももうわかっている、この女には高い能力がある事を。レベルSの連中の強さも」


と、シンバは映像に映るリュンを見ながら言う。


「僕等の強さも、ダブルプレイも、コイツ等に知られているぞ」


ハルトも映像に映るレベルSの連中を見て言う。


「いいや、オレは月で、まだ本領発揮してない」


「あぁ、それなら僕もだ」


「初っ端から全力で女が動き出す前に、レベルSをぶっ潰す」


「いい考えだ。レベルSがいなくなりゃ、女が逆上した所で、取り乱す方が先で、戦闘にならないだろうしな。で? 問題は、残った後3ヶ国をどうやって守るかって事だ」


「ここエストガルトは最後だと思う。残ったエルモのいるタマルタ国も、エストガルトから近い為、今日ではないと思う。恐らく、今日、堕とされる国は、ここからも遠いバン王国。今から行った所で間に合わない」


「バン王国は諦めるしかないって事か」


「あぁ、でも明日、タマルタ国か、エストガルトか・・・・・・もしエストガルトに来たらと考えると、タマルタ国へ行く事はできないが、タマルタ国が襲われる事を考えると、行った方がいいよな・・・・・・ここからタマルタ国まで、普段、バイクで飛ばしても3時間。だが、道は空いてるだろうから、2時間半で着くとしても国境越えして、都心に着く迄、やっぱり3時間か、3時間半はかかる。アイツ等、ひとつの国を3、4時間で潰してるだろう、戦闘が始まって直ぐにここを出たとしても、間に合わない」


「・・・・・・」


黙り込んだハルトに、


「行きたいよな、エルモがいるもんな」


シンバがそう言うと、ハルトはグッと拳を握り締め、


「でも僕等が守らなければならないのはエストガルトのプレジデントだ」


と——。


その時、シンバとハルトがいる部屋のドアが開いた。


プレジデントだ。


シンバとハルトは立ち上がり、敬礼。


「いつもながら、キミ達は熱心だな。発信された映像で作戦会議か」


「いえ、会議と言う程の発言も結論も出てません」


シンバがそう言うと、


「そうかな? 聞いていたよ、ドアの前で。エルーとキミ達は幼馴染で、ずっと一緒に過ごして来た家族同然の仲間だったね。すまないな、離れ離れにしてしまって」


と、申し訳なさそうにプレジデントが俯き、そして、顔を上げると、


「キミ達に聞いてみたい事があったんだ、キミ達は、両親を恋しがる事はないのか?」


そう尋ねた。


「親・・・・・・ですか?」


不思議そうに尋ねるシンバと、コテンと首を傾げるハルト。


「あぁ、私はこの年齢になっても、たまに親が恋しくなる。独りで頑張っていると、子供の頃、優しかった父や母の事を思い出す時もある。でもその寂しさが、逆に糧になる。キミ達はどうなのかなと——」


「よくわかりません、オレ達、親がいない事が当然で、親と一緒にいる友達を見ても、特に何も思いませんでした。オレにはハルやエルモ、それから・・・・・・大好きな友達がいたので、それが幸せだったから」


「そうか。友達、か。私は幼い頃から、プレジデントになる為に教育を受けて来て、その為、友達はなく、両親だけだったからなぁ」


その台詞を聞いて、リュンもそうだったのだろうと、シンバは思う。


母親がいないリュンは父親だけだった。


そして、やっと出来た友人のシンバに裏切られ、父を失い、リュンは壊れた——。


「明日、午前中に、月人が我が国に攻めてこなければ、タマルタ国へ向かいなさい。月人達は、今までも午後——、夕方辺りから日が沈む頃までかけて、国を襲っている。午後になって直ぐに向かえば、なんとか間に合うだろう」


「でも、午後から、この国に奴等が来たらどうするんですか!?」


シンバがそう言うと、


「その時はその時だ、仕方ない。私はもう両親も亡くしている。未だ独身で、愛する女もいない。私が死んで悲しむ者は誰もいない。でもキミ達は違う。エルーがいるだろう。だから行きなさい」


と、プレジデントは優しく微笑む。


でも・・・・・・と、またシンバが言おうとしたが、ハルトが、


「ありがとうございます!!」


と、頭を下げる。


プレジデントは部屋を出て行くが、シンバは直ぐに追い駆けた。


「あのっ!」


プレジデントは振り向き、


「アナタが亡くなるような事になれば、この国が終わってしまう。いいんですか!?」


良くはないだろう、だが、安易な問いかけしか口を吐かない。


「私がいなくなっても、エストガルトの民達は避難し、生き残っている。そして、キミ達がタマルタ国へ向かい、タマルタ国のプレジデントだけでも生き残るのならば、世界は・・・・・・ブルーアースは何とかなるだろう。タマルタ国のプレジデントは私と志向も似ている。それにはまず、キミ達に勝利してもらわなければならない。それこそが、私の果たす役目だ。もう多くの国のプレジデントを失い、私の無力さで、多くの民を路頭に迷わせる事になるのならば、その罪をどう償うか、そして、どう責任をとるか、考えなくてはならない。だが、幾ら考えても、キミ達のチカラに全て託すしかない。キミ達が勝利しなければ、ブルーアースは終わったも同然。キミ達がチカラを発揮し、勝てる戦いになるならば、私は死を恐れない。恐れるのは、全ての国が全滅し、キミ達が負ける事だ」


「・・・・・・」


「すまないね、荷が重いだろう。だが、もし、明日、ここに月人が現れなければ、そして、タマルタ国でキミ達が勝利すれば、私も生き残る事ができる」


「・・・・・・勝ちます。どんな事をしても——」


「あぁ、頼んだよ」


「ハイ」


シンバは強く頷く。


勝たなければならない。


これは全て自分が巻き起こした事なのだからと。


もう少し慎重に月で動いていれば、リュンが、あんな風にならずに済み、もしくはリュンを殺しておけたかもしれない。


シンバは自分を責める。


「シン」


ハルトの声に振り向くシンバ。


「絶対に勝てるよな、僕等はその為のダークナイトだもんな」


能力がある故、幼い頃から訓練して来たのは戦闘。


ライトナイトは騎士になりたいと志願した若者が、訓練を受け、ライトナイトになるが、シンバやハルト、エルーのように能力がある者は、まだ赤ん坊と言ってもいい時期から、戦闘方法を身に付けさせられ、人を殺す為の訓練をして来たようなもの。


無論、人を殺す訓練は10歳過ぎてからだが、それでも幼い頃から、養成所でバトルする力を身に付けて来た。


だが、それはセルコ、ホルグ、ザトックもそうだろう、レベルSになる為の努力をしたと言っていたのだから。


それでもその3人と違うのは、小さな赤ん坊の頃から、バトルする為にだけ育てられて来たと言う事。


月人は、能力がない者が年々、増え始めているとは言え、能力がある者の方が普通であり、幼い頃からバトルを仕込まれる訳ではない。


それこそブルーアースのライトナイトと同じで、志願し、ソルジャーになるのだから、それからの努力でレベルを上げたとしても、赤ん坊の頃から仕込まれた事を考えると高が知れてる努力だ。


それに咥え、シンバとハルト、エルーには、過酷な場面を乗り越えてきた人生がある。


サリアと言う大事なものを壊された人生。


戦いがある世では当たり前の事で、それを受け入れるのが当然で、そういうものだろうが、幼い頃に受けた打撃は今も尚、続く痛み。


それを強さに変えて、今の地位がある訳だ。


今こそ勝たなければ、意味がない。


サリアが現れる迄の辛かった日々、サリアが消えた後の過酷な日々、サリアがいた頃に戻るには、サリアが望む平和に世界を変えて、もう一度、サリアの笑顔を——!


サリアの笑顔を、思い出すんだ。


「オレ達に負けはない」


言い切ったシンバ。


「あぁ、そうだよな」


不安を隠しながら、頷くハルト。


その日の夜、バン王国が堕ちた知らせが入った。


明日、タマルタ国へ向かうと、ハルトがエルーにメールする。


その後、シンバの携帯にもエルーからメールが来たが、シンバは返信せず、ハルトは夜遅くまでエルーとメール交換。


シンバはひとり、街へと出て、誰もいない静かな暗闇を彷徨う。


影ができるのは星明りのせい。


空を見上げると、怖いぐらいの美しい満天の星空。


立ち止まり、空を見上げる。


どんなに闇の深い夜でも、必ず明日は来ると、知っている。


サリアが亡くなった時に、それを実感した。


「ひとりで空を見上げながら暢気に散歩?」


その声に顔を下げると——・・・・・・


「サリア?」


口がそう吐いたが、そんな筈はない。リュンだ。


「そのサリアって誰?」


と、近寄って来るリュンに、眉間に皺を寄せ、警戒したオーラを放ち、


「何故ここにいる?」


そう聞いた。


「別にこの国を襲おうなんて思ってないわ、もう今日の襲撃は終えたもの」


「なら、何故ここにいるんだ?」


「怖い顔。そんな顔しなくても、別に何もしないわ、本当よ」


「だったら答えろ、何故ここにいるんだ!? 奴等も一緒か!?」


「奴等? セルコ? ホルグ? ザトック? いるけど、ここにはいない。アタシは、アナタに会いに来ただけ。偶然、こんな所で会えて良かったわ、もう1人の戦士のグレイの髪の人、なんだか苦手なの」


「オレに会いに来た?」


眉間に皺を寄せたままのシンバ。


「そうよ、だって、どこの国を攻めても、アナタは来なかった。やっぱり、自分の国を守る為に、ここでアタシが来るのを待ってたのね。なら期待通り明日はここに来るかも」


「・・・・・・」


「今の内にアタシを殺しとく? それもいいかもね」


「・・・・・・」


「もうすぐ夏って言うのが来るんですってね? 素敵ね、季節があるなんて、本の中の御伽噺だけかと思ったわ。噂には聞いていたけど、本当にブルーアースにはあるのね。ねぇ、シンは一番好きな季節がある? あるとしたら、それは春? 夏? 秋? 冬?」


「・・・・・・今」


「今?」


「あぁ、今、この季節が好きだ。もうすぐベガとアルタイルが会う日が来る」


「・・・・・・ベガ? アルタイル? 星の事ね?」


「春が終わり、夏が来る頃、今時分からオレはその日を楽しみにしてた。星が綺麗だから」


「フーン」


と、頷きながら、空を見上げるリュン。


リュンの目の中に、夜空に輝く星がキラキラと光る。


シンバも空を見上げる。


「ねぇ、覚えてる?」


と、リュンはシンバを見た。シンバもリュンを見る。


「アタシが月姫の即位式を行った時、一緒に付き添ったアナタが、みんなの前で誓った言葉。覚えてるわよね?」


「・・・・・・」


「言って?」


「・・・・・・」


「言ってよ」


「・・・・・・嫌だ」


「どうして?」


「あの時のオレはオレじゃない。オレは思ってない、あんな事!」


「なら、アタシが言うわ、アナタが何て言ったのか」


「聞きたくない!」


「『総ては月姫様のもの。月が見える範囲の惑星総て、月姫様のもの。蒼い星も月姫様のもの』そう言って誓ったのよね? ソルジャーとしてアタシを守るって」


「・・・・・・」


「この見える星空も総てアタシのモノ」


「・・・・・・」


「シン、アナタには何一つあげないわ、この蒼い星もアタシのものよ」


「・・・・・・謝るから——」


シンバはまるで子供のような台詞を言い出す。


「謝るから。もうやめてくれないか・・・・・・」


「アタシの父が、もしそう言ったら、アナタは殺さなかった?」


「・・・・・・」


「月人の運命はアタシ一人に懸かっている。ブルーアースには、まだ王と言えるものがいる。月人には、この未熟なアタシしかいないの。もうアナタの言葉に惑わされる訳にはいかない。明日、決着をつけましょう」


「・・・・・・」


「じゃあ、アタシ、もう行くわ」


と、背を向けるリュン。シンバはリュンの背を見送る。


すると、空に眩い光が放たれ、リュンを迎えに来た船が空を漂う。


明日の為に、このエリアのどこかに船を着陸させ、待機するのだろうか。


だとしたら、襲撃に来るのは午後とは限らないし、タマルタ国を襲うとも限らない。


「あの女の考えか、セルコの入れ知恵か、どちらにしろ、明日はタマルタだな」


リュンが何しに来たのか、それは明日、エストガルトを襲うかもしれないと予告する為。


シンバとハルトをエストガルトへ置いておきたいのだろう。


だが、もうシンバとハルトはタマルタへ行く事を決めているし、プレジデントの決意も固い。


例え、読みが外れて、エストガルトを襲ったとしても、プレジデントが決めた事。


リュンを乗せた船は遠ざかり、また静かな星の瞬きが広がる夜空に戻る。


「シンッ! 奴等が来たのか!? 窓から飛行物体が見えたから」


駆けて来るハルト。


「いや、未確認だろ、アイツ等じゃない」


「・・・・・・本当か?」


「あぁ」


「シンはこんな夜更けに何してんだよ、こんな所で?」


「眠れなくて、散歩かな。ハルはもうメール終わったのか? エルモ、最後なんだって?」


「おやすみって」


「そっか、そりゃそうか、もう寝てる時間だもんな」


「シンからメール来ないって心配してた」


「二人のメールの邪魔したくなかったんだよ」


「邪魔なんて思う訳ないだろ!!」


「わかってる、そういう意味で言ったんじゃないって事もわかれよ。それより明日のバイクって、用意できてんの?」


「あぁ、一台、キーを付けっ放しのライトナイトのバイクがある。けど、一台しかなくて、他のをキー壊すかと考えたんだけど」


「いいよ、一台で、お前が後ろ乗れば」


「また僕が後ろ!?」


と、ハルトがそう言った後、


「オレのがスピード出す」


「お前はスピード違反する」


二人、声を揃え、違う台詞を言うが、似た意味の台詞。


「バカだろ、違反してもいいっつーの、今は!」


と、笑うシンバに、ハルトも笑いながら、


「いや、事故ったらさ、危ないじゃん」


と、二人は笑い合いながら、ブルータワーに戻っていく。


二人はおやすみと言い合って、お互いの部屋に入り、ハルトは砂嵐のテレビを付ける。


どこのチャンネルも砂嵐状態だが、ぼんやりと、その画面を見つめる。


シンバは、机に向かい、何やら書き始める。


本当は明日の為にも、休んだ方がいい、だが、二人共、眠れるような状況ではない。


そして、そのまま眠れない夜が明け、朝日と共に、嫌なニュースを聞く事になる。


「シンバ、ハルト、直ぐにタマルタへ向かってくれ!! 月人が現れたと連絡が入った!」


プレジデントにそう言われ、シンバとハルトはバトルスーツに着替えると、バイクに跨り、タマルタへ急いだ。


まさかだった。


確かに、太陽が上がる時にゲーム開始で、24時間以内で、一国しか攻めない、それがルールだったが、今迄、午後からの攻撃を受けていた為、午前中直ぐに攻撃されるとは考えていなかった。


二人がタマルタに着いた時には、崩れた建物の瓦礫が散らばり、ライトナイト達の無残な死体が転がる光景が広がっていて、シンバとハルトはメットを脱ぐと、束の間、呆然と、実感のない現実を目の当たりにし、動けずにいた。


タマルタ国は、エストガルトからも近かった為、よく来る場所でもあった。


知っているタマルタ国とは全く違う光景なのに、よく知っている光景。


「・・・・・・まるであの日だ」


ハルトが呟く。瞬間、遠くで爆発音。シンバはキッと、遠くで鳴った音を見上げる。


バラバラと攻撃ヘリも空を舞っている。


「まだ戦闘は続いてる! 行こう!」


ハルトがそう言って走り出す。


もう瓦礫が邪魔でバイクは使えない。


シンバも走りながら、途中で邪魔な瓦礫で道が通れなくなると、ジャンプして、大きな爆発がする方へ向かう。


今、爆風の中、リュンが長い髪を靡かせ、振り向いた。


シンバもリュンを見つけ、お互い目が合うが、シンバはリュンを無視して、ダークナイトに剣を振り上げ、止めを刺しているホルグの背後へジャンプする。


「ホルグ!」


と、リュンが叫び、シンバはチッと舌打ち。


ホルグはシールドで、シンバの攻撃を受け止めた。


「遅かったな、シンバ」


と、ニヤリと笑うホルグと、


「決戦といきますか」


と、セルコも現れる。


今、シンバの背後にハルトがジャンプして現れるが、


「エルモを探せ、ここはオレだけでやる」


シンバは小声で、そう囁き、ハルトはコクンと頷くと、ジャンプして消えた。


「もう一匹はどこ行った?」


と、ザトックまで現れ、シンバの手の平に嫌な汗が溢れる。


3人が纏まった場所にいると、空から攻撃ヘリが連続で機関銃を撃ち放ち、ロケット弾まで放ってくる。


だが、3人もシンバもリュンも、シールドで、身を守る。


この程度の攻撃力では、レベルSのシールドは破れない。


爆発で炎が舞う中、


「うるさいガンシップだ」


と、ザトックが空に銃を向ける。


「やめろ! ライトナイト達を大人しくさせる迄、待ってくれ」


そう言ったシンバの意見など、聞く訳がない。


ダンダンダンッと銃口から弾が放たれ、ヘリのプロペラに当たる。


バラバラと音を放ち、不安定に飛びながら、他のヘリを道連れにして、落下して行き、落ちた場所でまた物凄い爆発が起こる。


シンバは怒りで、眉間に皺を寄せ、歯を食い縛り、鋭い目をセルコ、ホルグ、ザトックに向ける。


「おいおい、勘違いするな? こんなに破壊しまくったのはブルーアースの連中だ、こっちは別に建物を壊す気はないし、炎を撒き散らす気もない。わかるだろう? ブルーアースの連中は能力がないから、無闇に破壊しまくるんだ。おれ達の仕業じゃないさ、そんな顔されても逆恨みもいいとこだ」


と、ホルグは笑いながら言う。


「兎も角、お前とやるには、静かにさせねぇとな、シールドも解除できねぇ」


と、動き出す戦車に向かって歩き出すザトックの前にジャンプし、シンバは剣を振り上げた。驚いたザトックは身を後退させるが、シンバの剣がザトックのシールドを壊せないまま、弾き返される。


だが、シンバは剣を、二度三度、素早い動きで同じ場所を狙うように撃ち込み、シールドが罅割れ始め、五度目で砕かれ、瞬間、シンバは自分にシールドを張り、戦車から砲弾が発射され、ザトックはジャンプで逃れるが、ザトックをジャンプで追うシンバ。


今、ザトックの背後で剣を振り上げ、その剣をジャンプで現れたセルコが弾き返し、シンバの背後にジャンプしたホルグがシンバに剣を突き刺す。だが、ジャンプで消えるシンバ。


逃がすかと、ホルグがシンバを追い、シンバの目の前に現れ、剣を振り切り、シンバは剣で受け止め、弾き返すが、直ぐに振られる剣に、また剣で受け止め、重なり合い続ける剣。


セルコがシンバの背後を狙い、ジャンプして現れた瞬間、シンバはホルグの剣を弾いて、更に振り切って来る剣を高く飛び上がり、ホルグの頭を超えて、ホルグの背後に身を着地させた。


その為、セルコが振り切った剣も、ホルグが振り切った剣も空振り。


「くっ! コイツ、能力なしでも動きが速い!」


ホルグがそう呟き、


「ジャンプに頼り過ぎてない辺り、ブルーアースの戦い方ですね」


と、セルコも嫌な顔で呟く。


「関係ねぇ!! 能力ある方が強ぇ!!」


と、少し遠くにいたザトックが、シンバに銃を向け、弾を放つ。


今迄、ザトックは邪魔な戦車や攻撃ヘリを壊していたようだ。


「・・・・・・能力関係ないじゃん」


銃で攻撃して来たザトックに、シンバはそう呟きながら、シールドで、銃弾を交わし、ジャンプでザトックの頭上に飛ぶと、ザトック目掛け、剣を落とすが、ザトックはシンバを見上げながら、シールド。


ザトックの頭上に張られたシールドに剣が突き刺さり、シンバは剣を手放し、着地。


シンバの手から離れた剣は消え、ソードと呟くシンバの手の中に再び剣が持たれ、シンバはザトックが張ったシールドを叩く。


背後に近づいて来る気配に、シンバは左手で銃を抜き、背後に銃口を向け、ぶっ放しながら、右手の剣でシールドを叩き壊し、そのままザトックへの攻撃を繰り出すが、ザトックは即座に両手で剣を構え、シンバの片手剣を弾き飛ばし、そのままシンバを突き刺すが、シンバは宙返りをし、宙で後ろに迫ってくるセルコとホルグに銃弾を放つ。


まさかその体勢の一瞬の隙で狙いを定めての銃攻撃をして来るとは思わず、セルコとホルグの肩や腕に銃弾が掠る。


着地して、直ぐにザトックの剣が振り切られ、シールドで交わす。


ザトックは舌打ちをし、両手で持った剣をシンバのシールドにぶち当ててくる。


だが、シンバは冷めた顔でザトックを見ながら、


「両手でパワー重視の戦いをしても、その程度のパワーならオレのシールドは壊れない」


と、余裕の台詞。


「うるっせぇ!! 調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」


と、剣を右手だけで持ち、左手に銃を取り出した。瞬間、シンバは左手に持っていた銃を右手に持ち替え、左手には剣を出す。その為、ザトックが壊そうとしていたシールドは解除され、シンバはザトックの持っている剣に剣を当て、剣を弾き飛ばし、右手に持った銃を剣を当てたのと同時に弾を放ち、ザトックが持っている銃を弾き飛ばした。


ザトックの弾き飛ばされた剣が宙で消え、銃が地に落ちる。


「コイツッ!?」


と、シンバを見ると、シンバは、


「知らなかったんですか? オレ、両利きなんですよ」


と、その至近距離で、銃をぶっ放し、ザトックが後ろへ倒れる。


だが、ジャンプで逃げる瞬間だった為、ザトックは後ろへ倒れながら、その場から消える。


シンバは、消えたザトックを探し、少し遠くで倒れているのを確認する。


だが、呼吸をしているのも確認できる。


止めを刺す為、ジャンプしてザトックの所へ行こうとするが、目の前にホルグが現れる。


背後にはセルコが。


肩や腕に銃弾が掠った為、切れた衣服から血が溢れている。


掠ったとは言え、銃弾だ、肉を持っていかれているのだ。


ザトックがリカバリを囁く前に、止めを刺しに行きたいシンバは、銃を仕舞い、右手と左手に剣を持った。


「二刀流だと!?」


と、驚き、後退りするホルグに、右から剣が振り切られ、それを避けても、直ぐに左から剣が振り切られ、腹部を掠り、跪くホルグ。


セルコが銃を向け、至近距離で放つにも関わらず、シンバはジャンプで消える。


セルコの真後ろに。


振り向いたセルコの腹部に、シンバの剣が突き刺さる。


「・・・・・・有り得ない強さだろ」


跪き、呼吸を乱したホルグがそう呟くと、セルコの腹部に突き刺さった剣がスッと消え、セルコはガクンと膝から落ちて、前のめりに倒れるが、倒れる間際に、フッと笑みを零したのをシンバは見逃さなかった。


シンバはその笑みに眉間に皺を寄せ、わからないと言った顔だったが、直ぐにハッと気付き、リュンを探すが、リュンの姿がない。


まだセルコもザトックも生きているが、止めを刺す事もせず、シンバはブルータワーの方へ走り出す。


セルコとザトックは重傷で、リカバリを唱えた所で、回復に時間がかかる。


ホルグも重傷に違いないが、その二人よりは動けている。


だが、今、ホルグに構っている暇はない。


ブルータワーにはプレジデントがいる筈。


そこに最後の壁となるダークナイトが数人いる筈。


エルーはダークナイトの中でも高い能力を持っている為、そこに配置されている筈。


ハルトもそこに向かった筈。


そしてリュンは——?


ブルータワー付近では、ダークナイトの死体が多くなる。


ライトナイトとダークナイトではバトルスーツが異なる為、死んでいる者達が、ダークナイトのスーツを着ている事で、ダークナイトだとわかる。


中には女性もいる為、シンバは小柄なショートヘアの女が倒れている度に顔を確認しながら、ブルータワーへと走る。


今、剣を振り上げるリュンを目の前に、エルーを抱きしめたハルトがシールドを張り、エルーがハルトの腕の中、サリアと悲鳴を上げた。


サリアの名を呼ぶ、その悲鳴を聞いたシンバはジャンプで瓦礫を飛び超え、リュンの姿を見つける。


リュンの剣が振り落とされ、たったの一撃で、ハルトのシールドが砕かれ、再び、リュンは剣を振り上げる。


「やめろぉ!!!!」


シンバの叫び声に、リュンは振り向いて、シンバを見ると、嬉しそうに微笑みながら、剣を振り落とす。


エルーの悲鳴が響く中、まるで破壊を楽しむように、壊れた甲高い笑い声を出しながら、リュンは剣を振り落とした——。

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