2.聖戦
シャワーを浴び終えた後、ギリギリの時間に、呼び出された場所に行くと、既にザトック、ホルグ、セルコの3人がいた。
ホルグはレベルAの連中と飲みに行っていた筈だが、連絡を受けて速攻で戻って来たのだろう。
シンバは黙って、3人の立つ隣に立つと、
「最後に来ておいて何か言う事はないのか」
と、ザトックがシンバを睨む。
「時間通りだ」
そう答えるシンバ。
確かに、時間はギリギリだが、間に合っている。
「その通りだ、時間に間に合えば問題ない」
と、王が現れ、そう言った。
皆、跪く。
王と言っても、煌びやかな立派な服を着ている訳でも、頭に王冠を乗せている訳でもない。
白いスーツを着ている50代ぐらいの髭を生やした中年の男。
王の後ろについて歩いているのは王を補佐する大臣。
王とは対照的な黒のスーツ。
年齢はやはり50代ぐらい。
「悪いな、こんな椅子もない場所に呼び出して。顔を上げろ、立ち話になるんだ、立ってくれ」
王はそう言うと、皆、立ち上がる。
ここは王宮の倉庫だ。
使用人がたまに片付けに来るぐらいで、誰も寄り付かない場所。
「実は・・・・・・ブルーアースとの戦いを終わらせようと思う」
王がそう言うと、
「最後と言う事ですか?」
と、セルコが聞いた。
「あぁ、どう足掻いても月人の人口は能力共に下り坂だ。レベルBのシールドなど、ブルーアースの人間が装備した剣で砕かれてしまう。我等の能力は、奴等の武器と防具を装備した状態と同じ。奴等が剣を持ち、盾を持ち、銃を持てば、月人と変わらない戦士だ。奴等の中には、重装備をしながら、レベルA程のパワーとスピードを持ち合わせた戦士もいる。つまり月人のこれからの命運は、キミ達レベルSに懸かっており、キミ達に総てを託すしかないと言う事だ。だが、レベルSもキミ達だけ、たったの4人。ここで大勝負に出るしかないだろう、キミ達レベルSとレベルAの全員で、ブルーアースへ——!」
王がそう言うと、大臣が、
「この事は極秘です。アナタ方が万が一、負けた場合、つまり生きて誰も帰らなかった場合、それは月人の最期の刻となるのですから。混乱を招かない為にも、この事は絶対に口外されてはならないのです」
そう言って、シンバ達を見る。
だからこんな場所に呼び出したのかと、シンバは思う。
「長い歴史の中で続いた戦争だ。本当の大地へ還る為の正義の戦い。そう、これは聖戦だ。勝つのは正義だと信じよう、この作戦がバレないよう、そのまま10時間後には出発してくれ」
王がそう言うと、セルコが、
「10時間後!? どうして負け戦に、そんなに急ぐのですか」
と、王を黙らせた。
「確かに月人の能力低下、人口激減などを考えると、今しかないかもしれません。だが、今、大きな戦いをするより、街をひとつひとつ、地道に潰した方がいいのではないでしょうか。この間、シンバが偵察に行った時に、まだ幾つか大きな街が残っていると報告があった筈です、まずは大きな街をひとつずつ潰してから、残った小さな街を一気に攻めた方がいいのでは? 船の燃料もなくなりつつある事も科学班から聞いてます。何度も続けて直ぐにブルーアースに行けないのは、船のエネルギーを補給しなければならないから。その間に潰した国が復興しても、完全復活にはならない。なのに最終兵器を一気にぶつけると言う作戦は、本当に最後になってしまいませんか? それに、月人の変化は能力と人口だけではない事を、お察しですか?」
「他に何があると言うのだ?」
王の質問に、セルコは一瞬、黙り、チラッとシンバを見て、そして、また王を見ると、
「先程までホルグがレベルAの者達と飲み会を開いていました。どうやらレベルAに新しく入ったメンバーがいるようで、うちのシンバ同様、口が重く、名前も年齢も言わないらしいのですが、レベルBから上がったとだけ言うと、その者は他の者と関わる事をせず、一人でいる事が多いらしいのです。見た目が若いので十代か、二十代前半・・・・・・つまり私達よりも下のシンバと同じぐらい若い者達が、チームプレイができなくなりつつあると言う事です。ビジネスというカタチで動き、仲間をつくらないので、同じチームのメンバーを見殺す事もできるでしょう。これは月人の異変とは違いますか?」
「レベルBからAに上がった者がいるのか?」
王は隣にいる大臣にそう尋ねると、大臣は頷きながら、
「能力数値がBではなくAであるという検査結果が出た者がおり、数ヶ月前、移動させました。Aの中でもギリギリAというぐらいですので、飛びぬけた数値を出した訳じゃない故、王に態々お伝えする必要はないかと、こちらの判断だけで書類を受理したのです」
そう話し、王は、そうかと頷いた。
「若い頃は何かと反発するものだ。現にシンバは仕事をキチンとこなしているし、娘のリュンもシンバを褒めている。何の問題もないと思うが?」
「・・・・・・ひとつ、大きな不安があります。もし、ブルーアースとの戦いで勝利した場合、能力数値の高いシンバは、その後、どうなるのですか?」
セルコがそう尋ねるが、王は、答えを直ぐに出せないのか、黙り込んだ。
「シンバの数値は王と匹敵する数値だと聞いておりますが、だとしたら、万が一、暴走した場合、そのシンバを押さえれるのは王だけとなります。数値は高くても、戦闘をした事のない王が、戦闘慣れしているシンバを押さえる事は可能なのでしょうか?」
シーンと静まり返り、王の沈黙は続いたが、王は溜息をひとつ。
そして、髭を触りながらシンバを見て、
「暴走するのか?」
そう聞いた。シンバは、
「しません」
当然、そう答えるだろう答えを言った。
「しかし!」
と、セルコが何か言おうとしたが、王が、
「やめろ、これではメンバーを見殺しにするのはシンバではなく、セルコ、お前だ。もっとシンバを信じてやらぬか。レベルS同士、仲間だろう」
そう言って、セルコの台詞を止めた。
「ホルグ、ザトック、キミ達はどう思うかね?」
王にそう聞かれ、ザトックは頭をガシガシ掻きながら、
「どうって言われてもわかんねぇな。俺は負け戦でも、俺達の時代で決着をつけるのも悪くねぇかなって思うし、シンバの事はムカツク野郎だが、俺の戦いの邪魔をしなければ、どうでもいい存在だ。セルコは少し慎重すぎるだけだと思う」
そう言うと、ホルグが、
「確かにセルコは慎重派だからな。だけど慎重になる必要がある問題だ。それにシンバの行動は度が過ぎる。それがレベルAにも似たような奴がいて、なのに、おれ達SとAだけで戦争に向かうってのは、どうかな。能力が高くてもチームワークがなってないのに、実戦は厳しいと思う」
と、腕を組みながら、そう言った。
「シンバ、キミはどう思う?」
王がシンバに尋ね、シンバは、
「オレに意見はありません、王の決断に従うだけです」
と。王は頷き、
「作戦は変えない。これは月人の歴史を続かせるか終わらせるか、最後の戦いとなる。ブルーアースでは、キミ達4人はレベルAの誰かと組み、別々の国へ出向き、その国を潰す。そうすれば、キミ達のチームワークは関係ない」
と、何の解決もしない意見。そして、
「余りここで長居するのも良くない、これで解散するが、時間を開けて5時間後にAの連中を集め、この話をする予定だ。何もなければ、10時間後にはブルーアースへ向かう船のコックピットに集合。さぁ、出発準備をし、最後の戦いに備えろ」
王はそう言うと、背を向けて大臣と去っていくので、シンバもセルコもザトックもホルグも、王が見えなくなるまで、その場で、頭を下げたまま過ごす。
頭を最初の上げたのは、シンバ。
そして、サッサと、その場から立ち去るから、セルコもザトックもホルグも、
「やりにくいな」
と、ぼやきながら、出発準備をする為、自分の部屋へ向かう。
シンバは歩きながら、PTで、誰かにメールをしている。
そして、足早に自分の部屋ではない方向の通路を歩いている。
そして、王宮の中にある癒しの場とでも言うべきか、癒し系の音楽が鳴り、よくわからないが癒し系の絵が飾ってある部屋のソファーに座り、シンバはPTを握り締めている。
着信音が鳴り、急いで、PTを見ると、
『まだ起きてたよ、待ってて、今、行くから』
と、リュンからのメール。
どうやらシンバはリュンにメールをして、呼び出したようだ。
暫くすると、息を切らせ、リュンが来たので、シンバは立ち上がる。
「申し訳ありません、お呼び立てしてしまい。只、リュン様のお部屋で二人きりで話す事はできないと思いまして」
「何があったの?」
「オレ、またブルーアースに行く事になりました、最後の戦いになるようです、もしかしたら、もう帰って来れないかもしれません」
極秘と言われているにも関わらず、喋るシンバ。
だが、驚いて声を上げそうになるリュンに、
「これは極秘なんです」
そう言って、リュンの声を止めさせた。
「極秘? なの?」
「はい、でも、リュン様にはお話しておきたくて。友達に秘密はありませんから」
「・・・・・・シン」
「リュン様、オレがもし帰って来なかった場合は・・・・・・」
そこまで言うと、シンバは悲しそうな瞳を伏せ、
「いえ、何でもありません」
そう言った。リュンは胸が苦しくなり、自分の胸の辺りで、ギュッと手を握り締め、
「シン、アタシ、お父様に戦争を止めるよう話してきます」
と、行こうとするので、シンバは急いでリュンの腕を持ち、首を振った。
「これは極秘なんです、リュン様が知っておられたら、オレの責任になりますから、お止め下さい。それに、戦いは免れません、これは決められた定め」
「違うの、アタシ、アタシね、シン、ずっと言おうと思っていた。シンにも言えなかったけど、本当はアタシ・・・・・・」
リュンは、シンバをジッと見つめ、
「アタシ、戦争なんてない世界を築きたい。ブルーアースの人と仲良くしたいの」
そう言った。
シンバは少し驚いた顔で、そんな事を言うリュンを見て、そして、リュンの腕を離し、俯いて、黙り込んだ。
「シン?」
「・・・・・・アナタまで、そんな事を言うなんて——」
「え?」
「いえ」
と、顔を上げ、
「リュン様、王はこの戦いが最後だと仰っていました。それは月人の歴史を続かせるか終わるかの戦争です。それだけの覚悟が王にはあるんです。誰も止める事はできません、何より王は強い能力の持ち主、逆らってもチカラで負けてしまいます」
シンバは、そう言った。
「・・・・・・シン」
「大丈夫、きっと月人が勝利しますよ」
「違うの、シン、お父様には能力なんてないの」
「はい?」
「お父様に能力なんてないのよ。王と言っても、昔からの血族であるから王をしているだけであって、今の王はチカラなんてないの」
「・・・・・・リュン様がずっとオレに何か話そうとして、止めていた事はソレですか?」
「うん。お父様を止めたかった。でもアタシ、どうしていいか、わからなかった。お父様の秘密を話す事は、王を裏切る事。娘のアタシがそんな事していい訳がない。でも今はそれ以上に、戦争を止めて欲しいの。シンがもしかしたら帰って来ないなんて、アタシ、耐えられない。やっとできた友達なのに——」
「しかしリュン様の能力数値は高いと言う噂もあります。王から受け継いだチカラなのだと思っていましたが?」
「ないわ! アタシにチカラなんてない! それもお父様が王族である為に流した嘘よ! 戦うチカラなんて必要ない! 必要なのは相手を想う気持ち! シンが教えてくれたのよ、友達を想う気持ち。アタシ、その強さを大事にしたい」
「・・・・・・リュン様、オレが王に話してきます。まだ出発まで時間はあります」
「ならアタシも一緒に!」
「いえ、大袈裟に騒ぎ立てては周囲に不安を煽るだけ。リュン様は部屋で大人しくしていて下さい」
「・・・・・・アタシは何もできないの?」
「本当の事を話してくれたじゃないですか。充分です、後は任せて下さい」
シンバは、そう言うと、その場から立ち去る。
リュンはシンバの背を見送りながら、癒される美しい音色で流れる音楽に耳を傾け、
「どうか、うまくいきますように。神様、シンの味方になって下さい」
そう囁き、目を閉じて、祈る。
シンバの足は王の間へと向かっている。
王宮の中は広く、王の間は少し遠い。
ツカツカと歩きながら、
『アタシ、戦争なんてない世界を築きたい。ブルーアースの人と仲良くしたいの』
さっき、そう言ったリュンを何度も思い出す。
幾度も脳裏に浮かぶ台詞に、
「もうすぐだ、もうすぐ終わる」
そう呟く。だが、自分に言い聞かせている台詞も無駄なのか、シンバの足が止まり、リュンの顔が浮かんでしまう。
何度も何かを言おうとしてやめてしまうリュン。
何度聞いても、何でもないと首を振るリュン。
やっと聞けた今、シンバとリュンの関係は真実になった。
本当の友達という真実。
近付いては離れ、離れては近付き、そういう距離を保ってきた。
近付きすぎてはいけない、だが、近付かなければ何も始まらない。
擬似恋愛をさせる事も手段だと考えた。
「・・・・・・なのになんで今更、あんな台詞——」
月の時間は、ブルーアースと違い、わかり難い。
時計を確認しなければ、常に色合いのない同じ景色の中では、止まった空間と同じ。
だから、どれだけの時間を、共に接してきたのかさえ、わからなくなっている。
情が湧く程、長すぎたのだろうかと、シンバは下唇を噛み締め、真っ直ぐ前を向いて歩き出す。
今、迷う時ではない。
シンバの目の前に横幅のある長い階段が続く。
その上が王の間。
警備の為のレベルDのパトロール隊達が、階段の横にズラッと並び、シンバを見ている。
そのまま真ん中を歩いて上っていけば、問題ない。だが、シンバは、
「ソード」
そう呟いた。
シンバの瞳が一瞬、シルバーに輝く。
パトロール隊達はどよめきながら、シンバの行動に、たじろぐ。
階段の下で、上を見上げ、
「ジャンプ」
そう呟いたシンバの姿は階段の真ん中。
調度、少し広くなった場所だ、そこに立つ。
そして、シンバは階段の横に整列されているパトロール隊目掛け、走り、剣を振り上げた。
それがバトルスタートの合図となり、一斉にパトロール隊達が手に光る剣を出した。
銃が鳴り響く。
消えては現れるシンバ。
シールドが張り巡らされ、銃弾が弾かれる。
壊されたシールドの欠片が飛び散り、キラキラ光るミラーピースのよう。
まるで悪魔がとり憑いた人間。
そこにいたパトロール隊は500人はいただろう。
階段、一段一段に2人ずつ左右、向き合って並んでた。
階段下には、ローカにズラッと並んでいた。
階段の中央、広くなった場所にも、隙間なく並んでいた。
だが、誰ひとり、SOSの連絡さえできないまま、シンバに斬り殺されて、倒れている。
息を乱す事もなく、今、最後のひとりの胸を突き刺した剣を引き抜くと、シンバは、たくさんの返り血を浴びた姿で、ひとり立っていた。
王がいる間に続く、階段の上を見上げ、シンバの手の中から剣が消える。
一歩一歩、階段を上り、大きな扉の前に辿り着く。
その扉を開けると、薄暗い広い部屋に、ダークレッドの絨毯が足元に広がって、幾つもの柱が並び、奥に王が座っている。
「誰だ?」
と、王と何か話をしていた大臣がこちらを向いた。
扉を開けた光が逆光となって、シンバの姿が映し出されていないのだろう。
シンバが扉を閉めると、
「シンバか」
と、王が呟いたが、シンバの返り血だらけの姿に、驚いて立ち上がった。
「どうした!? 怪我をしているのか!?」
「そういえば、先程から、外が少し騒がしかったようですが?」
大臣がそう言うぐらい、少し騒がしい程度だったのだ。
大騒ぎになる前に、シンバが全て片付けた。
ここに来て、シンバは用心している。
本当に王には能力がないのか、大臣の方はどうなのか、まだ情報不足だ。
だが、時間はない。
「ソード」
シンバはそう呟き、手に剣を持った。
「何をしている!? 王の前だぞ!? 武器を消しなさい!」
大臣がそう言うが、シンバは、剣を持ったまま、一歩一歩、王に近付く。
焦る大臣と、何をしようとしているのかと、不思議そうな顔の王。
真っ直ぐに王だけを見つめているシンバの瞳は獲物を捕らえた獣のよう。
いつものブラックの髪も瞳も、恐ろしいぐらい怖い色に見える。
大臣は助けを呼ぼうと、シンバの横を駆け抜けて、扉を開いた。
そこに広がるパトロール隊達の死体。
大臣は振り向き、
「お逃げください!!」
王に叫んだ瞬間、シンバは振り向きこそしないが、銃を腰から抜き取り、大臣に向かって銃口を向け、二発三発と撃った。
顔は真っ直ぐ、瞳は王を映し見ているシンバは、勘で撃っている為、一発目、二発目は大臣に当たらなかったものの、三発目は大臣の額に命中。
ドサッと倒れる音がして、シンバは銃を腰に戻し、ジッと王を見つめながら歩いて行く。
「シンバ? どういう事だ? 暴走したのか?」
何も答えないシンバ。
今、王の目の前に辿り着き、シンバの足が止まった。
近い距離だが、王はシールドさえ唱えない。
「リュン様の言った事は真実のようだ」
ほくそ笑み、そう呟くシンバに、
「リュン? リュンが何を!?」
王は眉間に皺を寄せ、そう聞いた。
「アナタに、能力はないと——」
黙り込む王。
今、シンバはソードを振り上げる。
「シンバ、これは反逆か?」
そう聞いた王に、振り上げたまま、シンバは手を止めた。
王はシンバを見つめ、
「チカラを持つ者が反逆を起こす事はよくある事だ。何が気に入らなかった? 数時間後の最後の戦争か? それともレベルSの連中か?」
それを聞いてどうするのだろう、死に土産にもならないと思うと、シンバはフッと笑い、無言で剣を振り落とした。
ザクッと肩から胸まで一気に剣が入り、王は血を吐きながら、シンバに倒れ込み、
「リュンは・・・・・・高い能力を持っている・・・・・・何れ・・・・・・お前と結婚させるつもりだった・・・・・・能力の高い子を儲け・・・・・・王の血を繋ぐ為に・・・・・・」
シンバの肩を強く握り締め、途切れ途切れ、そう言って、王は苦痛の顔をシンバに向ける。
シンバは最後まで、そんな嘘を吐いて何になるのだろうと、冷めた目で、死に逝く王を見つめる。
「何故だ・・・・・・高い能力故・・・・・・気にかけてやっただろう・・・・・・何故なんだ・・・・・・こんな事しなくても・・・・・・いつかは王の座を・・・・・・譲ってやったものを・・・・・・」
ズルズルとシンバの体を這うようにして、床に体を落としていく王。
そして、シンバの足首をグッと握り締めたまま、亡くなった王に、シンバは足を振りながら、王の手を振り解き、宙を見上げ、大きく深呼吸をすると、手の中のソードを消した。
血の臭気が漂う空気。
返り血を浴びたシンバの白い頬にも、誰かの血がこびり付いている。
シンバは王の椅子にドカッと座り、足を組んで、ぼんやりと時間を過ごす——。
その頃、レベルSの連中は自分達の部屋で、戦争へ向かう準備をしていた。
セルコが、シンバの部屋をノックする。
「どうした?」
部屋から出てきたホルグが、シンバの部屋のドアの前で立っているセルコに声をかけた。
「この間、シンバがブルーアースに偵察に行った時に、大きな国の名を幾つか言っていたなと、ちょっと聞いておこうかと思ったんですよ。船の中で、誰がどこの国を攻めると言う話になるでしょうから」
「成る程ねぇ、相変わらず慎重だなぁ、誰がどこの国を攻めたっていいだろ」
と、笑うホルグに、
「急に大雑把に決まった最後の戦いですよ、せめて戦略ぐらい慎重にいきましょう」
と、メガネをクイッと上げながら言うセルコ。
「シンバ、寝てんじゃねぇのか? なぁ、それよりレベルAの連中、誰も出ないんだよ」
ホルグはPTを何度も耳にあて、そう言った。
「誰も?」
「あぁ、おれ、金払わずに来ちゃったからさぁ、飲み代、幾らだったか聞こうと思って電話してんだけど出ないんだよ。もう王に呼ばれてんのか? そんな訳ないよな? メールの返事もないし。なんでだと思う?」
「さぁ? 寝てるんじゃないでしょうか?」
セルコが、そう返した時、ザトックの部屋のドアがバンッと開き、
「何やってんだ? シンバの部屋の前で?」
と、風呂場に行くのだろう、洗面用具を持っている。
「いや、幾らノックしてもシンバが出てこないので」
セルコがそう言うと、
「部屋にいんのか?」
と、ザトックの質問に、セルコもホルグも首を傾げる。
いるもんだと思っているので、2人共、いないとは考えてないようだ。
「アイツ、サッサとどっか行ったが、部屋に戻ったとは限らねぇだろ」
ザトックがそう言うが、
「数時間後にブルーアースへ向かうんですよ、準備の為、部屋に戻るでしょう、普通」
と、セルコがそう言って、ホルグが頷く。ザトックは馬鹿にしたように笑いながら、
「アイツは普通じゃねぇだろ」
と、尤もな意見。
「なら、どこへ?」
疑問を口にし、考えるセルコ。その時、使用人が、
「レベルSのソルジャーですよね!?」
縋るように、そう尋ねて、駆けて来た。
「あぁ?」
と、ザトックが、返事なのか、面倒なのか、とりあえず語尾にクエスチョンマークを付けた声を出す。
「王宮に配属されているパトロール隊が全滅しました」
息を切らせ、そう言った使用人に、セルコもホルグもザトックも何の冗談だと、難しい顔でフリーズ。
「王の間へ続く階段はパトロール隊達の死体の山です」
「なんで?」
ホルグが、有り得ないだろうと、間抜けた声で聞き返す。
「わ、わかりません、掃除の為、通った者達がそう言って騒いでいるんです、わたしは聞いただけですので。王に報告するにも、王の間へ行かなければならないようで、ならば、とりあえずレベルSのソルジャーに伝えた方がいいと思ったので」
「なんだ、そんなの誰かが面白がって言ってるだけだろ」
ホルグがそう言って、笑うが、使用人の顔が青冷めているので、騒いでいる者達が真剣なのだろうとセルコは思う。
「じゃあ、とりあえず、行ってみっか?」
と、ザトックは洗面用具を部屋に投げると、王の間へ向かう為、歩き出し、ホルグも面倒だなぁとは思うものの、ザトックに続く。
セルコは、シンバの部屋のドアを見つめ、まさかと思っていると、
「待ってるか?」
ザトックが振り向いて、そう聞くので、
「いや、行きますよ」
と、セルコも王の間へ向かう。
「ホルグ、レベルAの者とは、まだ連絡とれませんか?」
歩きながら、セルコがそう尋ね、ホルグはPTで何度か電話するが、首を振る。
「どうしたんでしょうか、まだ飲んでいるとか?」
「うーん、どうかな、おれが仕事で呼び出された時、アイツ等もそろそろ帰るなんて言ってたんだけどな」
PTを見ながら首を捻るホルグ。
「それにしても使用人達が仕事もしないで慌しいな。まるで逃げてるみてぇだ」
ザトックがそう言う通り、皆、何かに脅えるように、王宮から出て行く方向へ向かって走っている。
「本当にパトロール隊が全滅したなんて思ってんのかな? 誰だ、最初にそんな嘘吐いた奴。こんな大騒ぎになると思わなかったって謝っても遅いぞ」
ホルグが笑いながら、そう言うと、ザトックも笑いながら、
「もう名乗り出ねぇだろ、ソイツ」
と。
だが、王の間へと続く長い階段を目の前にした時、3人の笑顔は消えた。
「銃で撃たれた者、斬られた者・・・・・・ソルジャーの仕業です」
死体を見ながら、冷静にそう言ったセルコ。
「この光景見たら、そりゃ、意味がわかんなくても逃げ出すよな」
と、ホルグ。
ザトックは階段を駆け上がる。
ホルグもセルコも続く。
今、その足音に、王の椅子に座って、ぼんやりしていたシンバは、
「来たか」
と、立ち上がった。
王の間へ続く扉は開いている。その為、3人は、階段の途中、扉が見える場所まで来て、立ち止まった。
3人も、王の間から誰かか来る足音に気がついたのだ。
コツコツと近づいて来る足音。
ゴクリと唾を飲み込み、3人は誰が現れるのか、不安や恐怖を抱え、待っているしかできない。
扉の向こう側、暗い闇から姿を現すシンバに、どこか納得している3人。
シンバは3人を見下ろし、立ち止まる。
3人はシンバを見上げ、立ち尽くす。
王はどうしたのだろうかと言う疑問は、それぞれの中で聞かなくてもわかる答えを思っていた。
だが、シンバの目的がわからない。
何がしたいのか、これから何をしようとしているのか、何が望みなのか、それから何を求めているのか——。
3人がシンバの出方を待っていると、
「遅かったな」
シンバがそう言ったので、3人は自分達に言った台詞にしては友好的だと、バッと後ろを見ると、そこにレベルAのピアスをしたグレイの髪とブルーの瞳の男が立っていた。
シンバ同様、若い。
そう、シンバの台詞は彼へ向けた台詞。
「レベルCとB、それからレベルAの連中を始末してから来たんだ、早い方だ」
男がそう言った事で、セルコとホルグとザトックは息を呑んだ。
今、何て言ったのだろうと、聞き返したい程。
「一番数の多いレベルDの連中も残り僅か。後はその3人だけだ」
と、シンバはセルコとホルグとザトックを見る。
「じょ、冗談だろ、シンバ?」
ホルグが、苦笑いしながら、一歩、階段を上り、シンバを見ながら、そう言った。
黙って冷めた表情のシンバから、冗談だと笑う確立など全くない。なのに、
「冗談が過ぎるぞ、シンバ」
と、ホルグが笑いながら言うから、シンバはフッと笑みを零し、
「これは聖なる戦いだ。正義は必ず勝つ」
そう言って、3人を見下ろしている。
今、3人の横を通り過ぎて、シンバの傍に行く男。
「シンバの能力はズバ抜けて高い。僕の能力はレベルBとCなら余裕で勝てるが、レベルAの連中なら騙して殺すしかできない、Aラインギリギリ。そして、そんな僕等の相手はレベルSが3人。この戦いは五分五分だ。そう考えると正義が必ず勝つとは言い切れない」
自分達が正義であると言い切った台詞に、セルコが、
「誰なんだ、キミ達は誰なんだ!?」
そう聞いた。
だが、黙ったまま、3人を見下ろしているシンバと男。
ザトックが、
「聖戦だと抜かすなら正々堂々と正体を明かせ。それが基本の正義だろ」
と。
その台詞は納得したのか、それとも、名乗ってもいいと思ったのか、
「シンバ・テラ・ルティネ」
「ハルト・テラ・イーヴェン」
と——。
ミドルネームが『ルナ』ではなく、『テラ』と、あると言う事はブルーアースの者の証。
「オレ達はブルーアース、エストガルト国のダークナイト」
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