First Love
ソメイヨシノ
1.仕事
総ては月姫様のもの。
月が見える範囲の惑星総て、月姫様のもの。
蒼い星も月姫様のもの。
「シン、起きて。シン——」
その声にハッと目を覚まし、バッと立ち上がると、サッと跪き、
「申し訳御座いません、リュン様」
と、頭を下げる。
「やめて。シンとアタシは友達。何度言えばわかるの? それに勝手にシンの部屋に入ったのはアタシよ、ごめんね」
真っ黒な艶やかな長い髪をサラリと下に落とし、真っ黒の美しい瞳を細くし、薄いピンク色の唇を微笑ませ、今宵、月姫に即位したリュン・ルナ・フィーナが、そう言って、
「シンは疲れてるのよ、帰って来たばかりだもの」
と、容姿に似合う優しい台詞。そして、
「ねぇ、シン、聞かせて。蒼い星はどうだった?」
そう尋ねた。
「ブルーアース。太陽の光が溢れ、水が豊富で、美しい星でした・・・・・・しかし、ブルーアースに住む人間は排除した方がいいと、今迄通りで、ミッションは変える必要はありません」
「・・・・・・そう」
「リュン様?」
「ううん、なんでもないの」
と、駆けて行くリュン。
それを見送るシンバ・ルナ・ルティネ。
ここは月。
月という星の表面ではなく、星の中で、人は生きてきた。
昔々の話——。
ブルーアースでの出来事。
幾度となく起こる戦争。
開発される武器。
発展する文明。
そんな中、恐ろしい能力者が生まれる。
今も不思議として残る話に、悪魔や鬼、或いは悪霊に体が乗っ取られた人の話がある。
人は、ソレ等の人の事を憑き人と呼んだ。
何かが体に憑いて、人とは掛け離れたチカラを出すという解釈だ。
そして、そういう人が世界中にいるとわかった時、その者等が人間の敵となった。
人同士ではなく、憑き人との争いが続き、最終的に人が勝利を治め、憑き人は、ブルーアースから月へと移り住む。
それから憑き人は、月の人、字は違うが、呼び方は同じ月人と呼ばれる事になった。
月人はブルーアースへ帰る為、幾度となく、ブルーアースの人間達と戦ってきた。
月人の中でも、強い力を持ち、戦の計画を立て、人々を纏めた者が王となり、代々、その血は受け継がれ、今現在の王は一人娘のリュンを次の王の座に即位させるべく、まずは月姫として、皆に崇めさせた。
そして月人のソルジャーとして、シンバ・ルナ・ルティナは、ついこの間、ブルーアースの最後の偵察に行って来たばかりだった。
ソルジャーレベルS。
18歳の若さで、そのレベルは有り得ない。
月人達の間でさえ、アイツには何が憑いているんだと恐れられる程。
勿論、月人と言っても、長い月日、子を生み、寿命を向かえ、それの繰り返しの中で、チカラを持った者が生まれるとは限らない。
多くの者が、ブルーアースの人間と変わらず、何のチカラもない者達。
それでもブルーアースには帰れない。
だから月人は戦う。
今、シンバはエアーバイクに跨り、メットも被らずに、延々と続くトンネルを走る。
黒髪に黒い瞳はリュンと同じ。
襟首に月の紋章の入った服はソルジャーである証。
その服も黒で、銀の銃を腰に装備している。
ジャケットは私服だろう、黒系のブラウンで、シンプルだが、似合っている。
もう1つ、ソルジャーのレベルを表すピアスが左耳に付いている。
月文字でSと象った銀のピアス。
月のクレーターの下、地中に広がる都市は、王が君臨する大型コロニーを中心に、幾つかの地区に分かれる。
地区を繋ぐ道は、トンネルで、乗り物であるカーやバイクは空気で動く。
月には空気がない。
だが、空気をつくる事は可能だ。
人口の植物だって、公園に行けばある。
光だってある。
それでも、ここにはないものばかりだ。
ブルーアースを手に入れれば、総てが手に入る。
それこそ、月人の憧れ。
パッパーっとクラクションが鳴り、隣を走るカーが、シンバのエアーバイクの真横に付く。
助手席の窓が開き、
「よぉ、どこ行くんだよ?」
と、顔を出した男の左耳にもSのピアス。
「・・・・・・リュン様の好きな甘いものを買いに——」
「聞こえない、なんだって?」
声は向かい風のせいか、それともシンバの声が届くトーンではなかったせいか、兎に角、聞こえはしなかったが、口を動かしたのがわかり、そう聞き返す男。
だが、シンバは面倒になり、そのまま前を向く。
男はカチンと来たんだろう、
「おい、シンバ、レースと行こうぜ、今の時間帯、道は空いてるからな」
そう言った。シンバはチラッと男を見て、更に運転席の男を見る。
やはり、その男もSのピアスをしている。
シンバが逃げるようにスピードを上げるから、
「メットぐらいした方が良かったな」
と、そう言うと、助手席の男は窓を閉めた。
カーがバイクの後を追う。
道の横ではなく、カーの前を走るシンバ。
ドンッとバイクの後ろにカーをぶつけてくる。
横を走っていたら、接触され、潰されると言う考えは当たりだなと、シンバはスピードを上げ、カーから逃げる。
急カーブをうまく曲がるシンバ。
だが、カー捌きも相当なもの。
キュルキュルと空気を鳴らし、カーをトンネルの壁に少しぶつけ、火花が散ったものの、綺麗に曲がる。
トンネルが3つに分かれ、シンバは一番左側のトンネルへ入って行くが、カーは真ん中へ入り、更にスピードを上げる。
ついて来ないなと、シンバは後ろを向き、スピードを落とすが、次の分かれ道でカーが前から現れ、シンバは思わずUターンするが、ここは一方通行で、後ろから来たカーに、正面衝突するにも拘らず、シンバはスピードを上げた。
そしてカーと接触するか、しないか、バイクごと大きくジャンプし、カーを越えて行く。
そのカーはビックリしたのだろう、操縦を誤り、回転しながら進んでいくが、シンバを追いかけて来るカーは、トンネルの壁を、まるで重力無視で滑るように走り、回転するカーを交わし、更にシンバを追いかけて来るから、シンバは舌打ちして、再びスピードを上げ走り出す。
さっきの分かれ道まで来ると、今度は真ん中の道へ向かうシンバ。
追いかけて来るカーに、シンバが更にスピードを上げようとするが、さっきの一方通行で、逆走してしまった事が原因だろう、いや、スピードの出し過ぎかもしれない、追って来るカーの中に、パトロールカーが混じっているのに気付く。
赤いランプを点滅させ、サイレンまで鳴らして、そのサイレン音が前方からも聞こえ、シンバはスピードを落とすが、追って来るカーはスピードを落とさず、バイクの後ろに思いっきりブチ当てて来た。
挟み撃ち状態だ、さぁ、どうするとばかりに、ドンドンドンッと、押されるので、このままでは逃げ切れないと、シンバは、
「ジャンプ」
口の中で呟くように、そう言った。一瞬、シンバのブラックの瞳が、月のようなシルバーに輝き、バイクに跨っていたシンバが消えた。
操縦する者がいなくなったバイクは、転倒し、クルクルと回転しながら、火花を撒き散らし、道を滑り、トンネルの壁にぶつかったと同時にボンッと爆発。
炎上する炎をトンネルの上に設置されている火災報知機が察知し、スプリンクラーから水が雨のように降ってくる。
更にトンネルの上には、小さな空気穴が幾つも開き、舞い上がる煙を吸い取って外に放出する。
シンバを追っていたカーも、バイクの炎上に回転しながら、急ブレーキで止まる。
そしてパトロールカーは前からも後ろからも現れ、中から、バトルスーツを来たパトロール隊の連中が銃を構え、降りて来た。
バイクに跨っていた筈のシンバは、道の真ん中、パトロール隊に囲まれ、立っている。
手をあげて、大人しく跪けというパトロール隊の声にも反応せず、立っているシンバに、銃口は向けられ、銃弾が放たれた。
「シールド」
また口の中で呟くように、そう言ったシンバ。
そしてまたもシンバのブラックの瞳が、シルバーに輝くと、シンバのまわりに光る結界のようなものが張り巡らされ、銃弾が、キュンッと、まるで避けるように飛んでいく。
パトロール隊達は、一斉に、銃弾を放つが、全て弾くか、避けるかしてしまい、シンバ本人に当たる事はない。
シンバがツカツカとパトロール隊達に近寄ると、パトロール隊達も光る結界のようなものを張り巡らせたが、シンバが、
「ソード」
そう呟くと、シンバのまわりの結界が消え、シンバの左手に光る剣が現れ、シンバはパトロール隊の光る結界を、その剣で斬り壊す。
まるで鏡が砕け、飛び散るように光のピースがキラキラと舞って消える。
シンバの背後にいたパトロール隊達が銃を向けて撃つ瞬間、
「ジャンプ」
シンバはそう呟き、銃を向けたパトロール隊達の背後へ、いつの間にか移動。
どこに行った?と、シンバを探すパトロール隊達。
結界が崩れたパトロール隊達が遠くなり、剣で攻撃できない為、シンバは腰に装着してあった銀の銃を持ち、打ち鳴らす。
その音で、パトロール隊達は振り向くが、振り向いた瞬間、シンバの持っていた剣に斬り倒されて行く。
次から次へ倒れて行くパトロール隊。
だが、その中の一人が、今、シンバの剣を剣で受け止めた。
勿論、同じ光る剣だ。
「アームスピード」
シンバがそう呟くと、シンバの腕から手にかけての動きが速くなる。
「アームパワー」
更にそう呟くと、腕から手にかけてのパワーが増す。
剣にスピードとパワーが加わり、シンバの剣捌きに付いて行けず、結局は、斬り倒される。
だが、まだ飛んでくる銃弾に、
「ジャンプ」
そう呟き、その場から姿を消すシンバ。
シンバが呟く度にシルバーに光る瞳。
今、回転して止まったカーの後ろの座席から、レベルSの一人が、頭を振って、
「シートベルトぐらいしろよ! 俺!」
と、自分に突っ込んで出てくる。
そして、辺りの状況に驚き、今、まさにパトロール隊相手に、飛び跳ねるように戦うシンバの姿を目で捉え、舌打ち。その男もまた、
「ジャンプ」
そう呟くと、アンバーの瞳が、シルバーに光った。
そして、ブラウンの髪を揺らし、シンバの背後に立つと、男は、シンバが振り向く瞬間、
「シールド」
そう呟いた。シンバの剣がその男の結界に突き刺さるが、その結界は壊れない。
それどころか、男はシンバが振り向いた瞬間に、銀の銃を向けて、シンバの額ど真ん中に銃口を押し当てている。
シンバは動けない。
パトロール隊も静かに動かなくなる。
「チッ、お前、レベルSになってから、レベルDの連中、何人殺した?」
男はそう言うと、銃を懐に戻す。そして、黙って立っているシンバに、
「いつまで能力放出してんだ、仕舞えよ、その物騒な剣と、リアルの銃」
そう言われ、シンバは左手の中の剣を消し去り、右手に持った銃を腰に装着する。
「これまた派手にやりましたね」
カーの運転席に座っていた男が、そう言いながら、近づいて来る。
「おれのせいじゃないよな」
と、助手席にいた男も一緒だ。
シンバがその二人を見ていると、
「おい、聞いてんのか」
先にカーから降りて、シンバの動きを止めた男が、怒った顔で、シンバを睨みながら、そう言うので、シンバは、
「何人殺したかって質問なら、覚えてないから答えられない」
愛想のない口調と表情で、そう言った。
そんなシンバの胸倉を掴み、自分のほうへ引き寄せ、顔を近づけてくる男に、近いだろと、愛想のない顔が、余計に愛想のない不機嫌な顔になるシンバ。
今、男の拳が振りあがるが、シンバとその男の間に、助手席の男が無理矢理に入り込み、二人の肩を両手で抱えるようにして、抱き、
「仲良くしようぜ、レベルS同士。おれ達しかいないんだからさ」
と、ご機嫌な声を出す。
「シンバに喧嘩をふっかけたのは、お前だろう、ホルグ」
抱かれた肩を揺らし、腕を払い除け、シンバを殴ろうとした男がそう言って、助手席の男を睨む。
「おれは遊ぼうとしただけ。まさかこんな事態になるとは思ってなかったんだよ」
まだ左腕はシンバの肩に置いたままの、助手席の男は、そう言って、俯いているシンバを覗き込むように見て、な?と、意見を同意させようとする。
「なんにしても、そいつの態度は気に入らねぇ! 一発殴る!」
そう言って、また拳を振り上げようとする男に、
「やめておきなさい。シンバはリュン様のお気に入り。それに、シンバの能力数値は王族に匹敵する強さを持っているんですよ、万が一、本気になって、レベルDのように殺されるのは、アナタかもしれませんよ、ザトック」
と、運転席の男がメガネを上げながら、そう言って、拳を振り上げる男を見る。
拳を振り上げ、シンバを殴ろうとした男の名はザトック・ルナ・キフシャー。
ブラウンの髪とアンバーの瞳。
襟首に月の紋章の入った服と左耳に揺れるSのピアス。
性格は短気。
助手席の男の名はホルグ・ルナ・サーヴ。
前髪をカチューシャで後ろに持って行った髪型。
色はモスグリーン。
瞳の色はグリーン。
勿論、襟首に月の紋章の入った服と左耳にSのピアスをしている。
性格はお調子者。
運転席の男の名はセルコ・ルナ・トゥーパ。
シンバと同じ黒髪だが、瞳はブルー。
針金のように細い作りのメガネをしていて、襟首に月の紋章の入った服の上にスーツ用のジャケットを着ている。
左耳にSのピアス。
性格は・・・・・・わかり難い。
月人は、髪と瞳の色は、様々だが、肌の色は、皆、白い。
そして、ソルジャーレベルSの者は、ここにいるシンバと、この3人のメンバーだけ。
つまり、能力数値が高い者が、王を省いて、たったこれだけなのだ。
一番低いレベルDの連中は結構な数はいるが、パトロール隊として、この月の世界で秩序を保つ為、働いている連中に過ぎない。
レベルCとBは、戦争の兵士として使い、AはSと同じ、兵士を率いる軍の長となる。
だがレベルAもS同様、人数は少ない。
元々少なかった月人の人口が、年々、減って行く中、能力の高い者も減っている。
それに比べ、ブルーアースの人口は、月人の人口を遥かに上回る。
これが原因で、未だ、能力があるにも関わらず、勝ち戦に持って行けていない。
だが、シンバと言う恐ろしい程の能力が高い者を見つけた事は、ブルーアースに勝利する事を意味していた。
今迄は、王より遥かに強い者はなく、王と同等のチカラもなく、だが、王が戦争に向かう事はできなかった。
万が一、王に何かあれば、全て終わってしまう。
王は、月に残る存在であり、総てを見届ける者。
ブルーアースの連中も、バカではない。
能力こそないが、それ相当の戦士を用意し、立ち向かって来るのだから。
不思議な能力のある月人。
能力とは、自らの声に反応し発動するもの。
ジャンプと言えば、目に見える範囲内の中、どこかに飛んでいく。
瞬間移動と言えば、わかりやすいだろう。
シールドと言えば、自らを守る結界が張られるが、自らのパワーを上回るチカラが加わると破壊される。
ソードと言えば、手に剣を持つ。
だが、シールドとソードは両方使えない。
ソードと唱えれば、シールドは解除され、シールドと唱えれば、ソードは解除される。
アームスピード、またはレグスピードで、腕や脚のスピードが上がり、パワーで、チカラが増す。
リカバリと言えば、傷ついた体の回復。
それ等の能力は、身を守る為の守備能力だ。
攻撃能力は全くないに等しい。
ソードも、相手の出方次第で、守護するものだろう。
スピードもパワーも、逃げる事や守る事に必要なもの。
恐らく、昔々は、終わらない戦争の中、自分の身を守る為に付けた能力だったのだろう。
これが、今は攻撃に使い、戦争は未だ終わらない。
そして更に銃を装備し、人を殺す者として生きていく。
ここは、そういう世界だ。
月人の悪はブルーアースの者であり、ブルーアースの者の悪は月人である。
月人の善は月人、ブルーアースの者の善はブルーアースの者。
善と悪は、そうやって分かれている。
だが、月人が月人を殺した場合はどうなるのか。
勿論、月人の悪として月人に裁かれる。
その為にソルジャーレベルDが勤めるパトロール隊がある。
それでもソルジャーレベルSのシンバは裁かれない。
レベルSになれる者など、そうはいない。
しかもシンバの能力はレベルSの中でも、相当なもの、いや、月人の歴史上初の能力数値を持つ者だ、そんなシンバを裁く事などできない。
「申し訳ないですね、我々は敵ではないんですよ、アナタ達と同じソルジャーです。レベルSのピアス、見えてますよね? では、事故現場の後片付け、お願いします。我々は邪魔でしょうから失礼します」
と、セルコはメガネを中指で上げながら、言うと、そそくさとカーに乗り込む。
ホルグはシンバの肩を抱いたまま、シンバを引き摺るようにカーに連れて行き、後ろの座席に放り込むと、
「良かったね、カーが空く時間帯で。渋滞にならなくて済む。じゃあ、頑張って」
そう言うと、助手席に乗り込み、
「悪ぃな、バイクもいらねぇから、片付けといて」
と、ザトックも、そう言って、生き残ったパトロール隊に手を上げると、後ろの座席に乗り込んだ。
仏頂面のシンバの横に座り、シンバを睨むように見ると、舌打ち。
「ついこの間までレベルCだったって信じられないよなぁ? その時は大人しくしてたんだろう? レベルCの健康診断で、信じられない数値を出し、レベルSへ来たシンバ君は、一番最初の健康診断では、通常のレベルCの数値だったんだろ?」
助手席で、ホルグがそう言って、振り向いて、シンバに言うが、シンバは無言。
カーが動き出し、
「リュン様に、甘いものでも買いに行きますか」
そう言ったセルコに、聞こえてんじゃんと、シンバはイラッとする。
聞こえた訳じゃなく、唇を読んだのだろう。
「でもさぁ、レベルCの連中なんて名前もわかんないだろ。順番に番号で呼ばれてるようなもんで、ブルーアースに行った者が帰ってきたら、念の為に健康診断をして、変な病気を持って来なかったか調べられる。もしブルーアースで変な病原菌を持ち帰ったりしたら、速攻で殺される。だけどレベルSの俺達がそうなったら、全力で病気を治してくれるだろう。どんなに金がかかってもね。そんなレベルSへ来れたのに、なんでお前はそんななの?」
ホルグがそう言って、シンバを見るが、シンバは無言。
窓に流れる景色を眺めているだけ。
シンバの横に座るザトックはシンバの態度に舌打ち。
「私達が18歳の頃なんて、そんなものでしたよ」
と、フォローのつもりか、セルコが運転しながら言う。
「おれが18歳の頃は、もっとハジケてたぞ!」
ホルグがそう言うと、
「お前は今もハジケてる」
と、ザトックが言い、セルコがクスクス笑いながら、
「私達が18歳の頃と言うと、7年前ですか」
そう言った。
「もうそんなに年くったか。俺達の頃は、レベルSなんてなくて、レベルAだったんだよな。だけど、無理な訓練して、能力限界まで上げて、Aの中でもズバ抜けた能力を手に入れた時、レベルSってのを王がつくって、俺達は今に至るんだよな。俺達、同期で、3人で頑張って来て、先輩達を越した時は、嬉しかったよなぁ」
ザトックが思い出話をする。
「つまり、アンタ等のレベルSって能力は努力って事か」
シンバが、バカにしたように、表情に笑みを浮かべながら、そう呟いた。
「あぁ!?」
と、ザトックが、シンバを睨む。だが、直ぐにセルコが、
「そうです、努力です。アナタの天才的数値には敵いませんけど。でも寂しいですよね、アナタの年で、ソルジャーになれた者は誰もいない。レベルDですら、入れない者達ばかりで、ソルジャーになれたのは、アナタだけ。同期がいないと言う事は共に頑張る仲間がいないと言う事。寂しい事ですよ」
そう言った。シンバは黙ったまま、また窓の流れる景色を見る。
景色と言っても、トンネルに設置されたランプの光を見ているだけなのだが。
「そういえば、シンバ、お前ってどこ出身? 何地区? 親とかは? レベルCからSになったから、コイツの履歴ってないよなぁ? レベルCなんて、数値がレベルCの平均に達していたら、誰でもなれるもんなぁ。王に近づけるレベルAから、面接とかあるし、履歴書も提出するだろ? おれ等が知らないだけ?」
ホルグの質問に、答える気はないのか、ぼんやりと窓を眺めているシンバ。
「リュン様が気に入ってるんですから、それなりの履歴の持ち主でしょう。それよりも私はリュン様の能力数値が、王より上だと聞いたんですが、そういう情報、リュン様本人から聞いてませんか?」
セルコが運転しながら、バックミラーに映るシンバを見て問うが、シンバは無言。
「王より上? リュン様は女だぞ。数値が上でも戦闘はできねぇよ」
ザトックが半笑いで言うが、
「女性でも戦士になれる者はいますよ、ブルーアースでは、女戦士が凄い戦いをするらしいですしね。只、リュン様は王になる者として、戦いに参加はしないでしょうけど」
と、セルコがそう言った。
「でもおれも女が戦いに参加するのは頷けないな。やっぱ女はか弱くいてほしいもんだ」
ホルグがそう言って、シンバを見て、
「女が強くなったらやりにくいよな?」
と、何故かシンバに同意権を求めるが、シンバは無言のまま。
「ですが、リュン様が王の座に即位したら、女王君臨ですよ、女性が強くなる時代が来るんじゃないでしょうか」
セルコの意見に、ホルグは嫌だと首を振る。
「そうなったら、お気に入りのお前は出世か? 今からリュン様に気に入られようとしてんのは、そういう事か?」
ザトックが、嫌な笑みを浮かべ、そう言って、シンバを見る。
景色を見ていたシンバは、フッと笑みを零すと、ザトックを見て、
「アンタ等も気に入られるよう努力してみたらいい、レベルを上げたように」
そう言って、ザトックに胸倉を掴まれた瞬間、カーが大きく揺れて、後ろの座席に座っているシンバとザトックは、体がガクンと前のめりになる。
カーは大きく揺れた後、停車し、
「着きましたよ」
と、セルコがシートベルトを外して、外に出た。
ホルグも外に出て、ザトックも舌打ちしながら、外に出た。
シンバは掴まれた胸倉を少し直し、外に出ると、可愛らしいショップの目の前。
女の子が好きそうな可愛い飴細工の店みたいだ。
今はブルーアースの時間で言うと、真夜中の時間帯だが、月では、どこのショップも朝昼晩、閉まる事はない。
コロニーはドームのようになっているので、空というものがなく、天井があり、そこから、光が放たれていて、常に同じ明るさを保っている。
そのため、人は時間関係なく、活動する。
そうするとショップも常に開いている状態。
店の中に入ると、甘い香りに頭がクラクラして、色とりどりのキャンディーに目がチカチカする。
というか、男4人で入る店じゃない。
「おい、好きなカタチに飴を作ってくれるってよ、リュン様は何が好きだ? 好きなキャラクターとかいるのか?」
ホルグがそう聞くが、シンバは無言で棚に並んだ様々な飴を見ている。
透明のポットに入った丸い飴玉は、赤、青、緑、紫、黄色、桃、いろんな色が入っていて、どれも宝石みたいで綺麗だ。
「おい、シンバ、答えろ。折角、買うんだ、リュン様の好きなものを買った方がいいだろ、お前だって、リュン様の喜ぶ顔が見たいだろう?」
ホルグがそう言うと、シンバは振り向き、
「知らない。好きなものなんて」
無表情で口だけ動かし、そう言った。
「知らない訳ないだろう、お前、リュン様と仲良しだろうが」
ホルグが苛立って、そう言うと、
「仕事だ」
まるで、仕事だから仕方なく仲良くしているだけと言うような言い草のシンバ。
「お前なぁ!!」
ホルグが少し声を大きくして、そう言うと、
「ホルグ、店の中でやめましょうね」
と、笑顔で、セルコが言い、ホルグはハァッと息を吐き、頭を掻いて、むしゃくしゃする気持ちを落ち着かせた。
シンバは色とりどりの飴玉が入ったポットを手に取り、店員に渡し、会計の為、ズボンの後ろポケットから財布を取り出し、金を渡し、そして商品を受け取ろうとした時だった。
「落としたぞ、パスケース」
と、ザトックが、シンバの足元に落ちたパスケースを拾って見た瞬間、バッと、シンバはザトックの手からパスケースを奪い取った。
シーンとシンバとザトックの間に静かな空気が流れる。
ホルグが、
「あれはキレるぞ、ザトックの奴」
と、小声で、セルコに耳打ち。セルコも小さく溜息を吐き、メガネを中指で上げる。
シンバが商品を受け取り、サッサと外に出て行くが、ザトックは何も言わず、パスケースを奪い取られたままの姿勢で、止まっている。
「ザトック?」
ホルグが、ザトックの顔を覗き込み、手の平を、目の前で振ってみる。
ハッとして、我に返るザトックに、
「なに? シンバのパスケースに女の写真でも入ってた?」
と、ニヤニヤ笑いながら、ホルグが聞くと、
「あぁ」
ザトックは頷いた。
「マジ!? どんな女!? てかアイツ、女なんていたのか!?」
「・・・・・・ホルグ、リュン様は生まれてからずっと月から出てないよな?」
「は? いや、おれはどんな女かって聞いたんだけど?」
「・・・・・・幼い頃のリュン様だった」
ぼんやりと、そう答えるザトックに、
「リュン様にもらったのでしょうか? シンバは最近ソルジャーとして、リュン様と接触したばかり。幼い頃のリュン様の写真を撮る事は不可能でしょうから」
セルコが、そう言って、とりあえず、店を出ましょうと、ザトックとホルグの背中を押すが、ザトックは、セルコを見て、
「青空の下、笑ってるリュン様の写真だった」
そう言うから、セルコもホルグも、一瞬、動きを止める。
「つまり青い空がある星はブルーアースだ」
ザトックがそう言うと、
「お前の見間違いじゃないのか? だって一瞬だったろ?」
ホルグが苦笑いでそう言うが、ザトックは、
「見間違いじゃねぇ!」
と、絶対と言う風に言うから、
「なら、合成写真でしょう」
セルコがそう言って、スタスタと店を出て行く。
「なんでブルーアースの背景で合成する必要があんだ?」
ザトックが眉間に皺を寄せながら、疑問を呟くが、
「知るか! くだらん!」
と、ホルグも、店を出て行くので、ザトックも急いで店を出る。
シンバはとっくに車の後部座席に座っている。
セルコは車には、まだ乗らずに、店から少し離れた場所で、懐から煙草を取り出し、吸い始める。
一本くれと、ホルグもセルコに近付いて、煙草をもらい、吸い始める。
ザトックは、そんな二人に、そんなもん何がうめぇんだと言っている。
シンバは、車の中で、そんな3人を見ながら、溜息を吐き、パスケースに入れた写真を見つめる。
黒髪と黒い瞳の少女——。
青空の下、草原の中で立つ少女は笑顔で手を振っている。
10歳ぐらいの、あどけない表情の少女の写真を見つめるシンバの瞳は、優しい。
3人が一服を終えて戻ってくるのを見て、シンバはパスケースをジャケットのポケットに仕舞った。
運転はザトックがするらしい。
セルコが助手席に座り、シンバの隣にはホルグが座った。
「王宮へ戻りますが、どこか他へ行く予定は?」
セルコがシンバに尋ねる。黙っているシンバに、
「王宮へ戻っていいそうです」
と、セルコはザトックに伝える。
「ハイとか、ヘェとか、ウンとか、言えねぇのかね」
と、ザトックは呆れたように呟き、ハンドルを握った。
ホルグはPTを取り出し、
「やべっ、おれ、降りるわ。レベルAの連中と飲みの約束あって、忘れてた。待ってるらしいから行かなきゃ」
そう言った。
PTとは、この世界の通信機。
手の平サイズの小型コンピューターのようなもので、電話、メール、GPS、検索などができる。
「お前、まだレベルAの連中と付き合いあんのか?」
ザトックがそう言うと、
「ホルグは飲みの席では必要な人材ですからねぇ、盛り上げてくれますから」
と、セルコが言う。
ホルグは車から降りると、
「何かあったら連絡して」
と、PTを片手に持って、ソレを見せるようにして、ドアを閉めた。
ホルグを下ろし、ザトックは再び、ハンドルを握り、カーを走らせ、
「何かあったらって、何があるっつーんだよ。なぁ?」
と、セルコを見ると、
「運転中は余所見しないで下さい」
そう言われ、ザトックは舌打ちして、前を向く。
「ブルーアースの連中が仕掛けてくる事はねぇんだ。月に住みたい訳でもないだろう、こんな場所、ブルーアースの者は欲しがらねぇ。それに態々こっちへ来て、戦っても、勝てるとは限らねぇからな。あっちは迎え撃つ専門だろ。こっちはこの前、シンバが偵察に行って、デカイ街を確認して来た所だ。出向く専門のこっちとしては、敵陣に殴り込む前に、いつもの休暇を楽しまないとな」
「そうですねぇ・・・・・・後、何箇所あるんでしょうか、国となる街が。人口が多くて、潰しても潰しても直ぐに復興してしまうブルーアースには、本当に強い生命力を感じます」
「あぁ、まぁ、確かに奴等はゴキブリ並みだよな。こっちは人数が少ないから、出向いても一度の戦争で、国ひとつを潰すと、人数が減ってるからなぁ。一度、帰還し、殺された仲間の分だけのソルジャーをまた増やさないといけねぇ。年々、ソルジャーの数も減って、ここらで潮時かって時にシンバが現れた。シンバがいれば、一人で、何国でも潰せそうだ。シンバは月の救世主ってとこだな」
「ザトックが褒めてますよ、アナタの事を救世主と——」
にこやかな顔を振り向かせ、セルコがそう言ってシンバを見る。
シンバは窓の外を見ながら、やはり、いつも通り、何も答えない。
だからセルコは、前を向き、メガネを中指で上げ、
「終わるといいですね、戦争」
そう言った。シンバは、もうこちらを向いていないセルコを見る。
「あぁ!?」
と、聞き返すザトックに、
「年々、ソルジャーの数も減り、いつか、近い未来の数十年後、月人の負けで戦争が終わる。なんて予想をした学者がいましたが、シンバが現れた事で、ブルーアースの負けで戦争が終わればいいですね。これからの子供達には、平和な時代が待っているといい」
セルコはそう言った。
シンバはまた窓の外を眺める。
——この世界はどうして暗いのだろう。
——重い空気が、何度も同じ風の中、空回り。
——空がないからだ。
——太陽がないからだ。
——海がないからだ。
——平和になれば、それ等が手に入ると言うのか。
——何と引き換えに平和が手に入るのか。
——オレがもし救世主なら、この世界は、とっくに終わっている・・・・・・。
「シンバが笑うのは、リュン様の前でだけだな」
ずっと黙ったまま、窓の外を見ているシンバに、ザトックは運転しながら、バックミラーのシンバを見て、そう呟いた。
王宮に着くと、シンバはリュンの部屋へと向かうが、ザトックとセルコは、特に何の連絡もないからと、自分の部屋へ向かった。
シンバも一応PTを見て、どこからも何の連絡もない事を確認する。
集合命令などは、王直々に連絡が来る。
戦略は王が考える。
ソルジャーは王の考えに従うだけの戦う駒のようなもの。
駒は命令に従えばいいだけ。
命令がなければ、自由に過ごせる身。
トントンと大きな扉をノックするシンバ。
返事がない。
「リュン様? もうお休みになられましたか?」
そう声をかけてみると、ドアがソッと開いて、目を擦りながら、リュンが顔を出した。
「すいません、お休みになられていたのですね」
「ううん、本を読んでたの、そしたら、ちょっとウトウトしちゃっただけ」
「・・・・・・前髪、寝癖ついてますよ」
「え!? あ、これは、テーブルの上で、うつ伏せになってたから!」
と、急いで前髪を手で押さえるリュンに、シンバはフッと笑みを零し、
「跳ねた前髪も似合っていますよ」
そう言うので、リュンは、真っ赤になりながら、
「に、似合ってたまるもんですか!」
と、俯いて、両手で前髪を押さえる。
「良かった、元気そうですね」
「え?」
「オレの部屋に来た時は、オレの方がうたた寝していて、ブルーアースの話を聞かせてと言う割りには、オレの意見を聞くと元気なさそうに行ってしまわれたので、どうかしたのかと思っていたんです」
「・・・・・・ごめんなさい」
「別に謝る必要はありませんよ」
「でも心配させてしまったようだから」
「友達が元気がないと、友達は心配になるものです」
シンバがそう言うと、リュンは顔を上げて、ニッコリ笑い、コクンと頷いた。
「リュン様、先程は渡せなかったんですが、実はお土産があるんです」
「お土産?」
シンバは頷きながら、周囲を気にして、誰もいない事を確認する。そして、
「ブルーアースに行った時に、リュン様の為にお土産を持ち帰ったんですよ」
と、シンバはジャケットの懐に手を入れて、内ポケットから、鳥の羽根を出した。
リュンは、ビックリした顔で、真っ白の鳥の羽根を見ている。
「持ち帰った事で、菌検査に引っ掛かるのではと、ドキドキしました。大丈夫、引っ掛かりませんでしたし、念の為、消毒は済ませてあります」
「コレをアタシに? 素敵。まるで天使の羽根みたい」
「鳥の羽根です。鳥と言う生き物がブルーアースにはいるんです、空を優雅に飛び回り、風を操り、自由の象徴のような生き物です」
「空を優雅に——」
そう呟きながら、リュンは、シンバから羽根を受け取り、想像している。
空と鳥と風と自由を——。
「リュン様は昔から青い空に憧れていたと聞いていたので、こんなものでも喜ばれるかと思ったんです」
「ええ、とっても嬉しい。シンバに、合成写真、見せたものね、青空の中で、笑ってる自分の写真をつくったんだって。バカにしてるかと思った」
「しませんよ、バカになんて」
リュンは嬉しそうに微笑みながら、
「そうよね、バカにしてたら、あんな写真、欲しいなんて言わないよね」
そう言って、シンバも微笑みながら頷く。そして、
「それから、これも」
と、シンバは、リュンに袋を渡した。
リュンは袋の中を覗き、
「わぁ、キャンディ」
と、嬉しそうに、袋からキャンディの入ったポットを取り出す。
「可愛い。どうしたの、コレ?」
「友達が元気がない時は、こうやって元気が出るものを渡してみるものです」
そう言ったシンバに、リュンは本当に嬉しそうに笑い、
「中に入って? 一緒にキャンディ食べましょ」
と、部屋に招いた。
可愛らしい作りの部屋の中、シンバは一歩、二歩、足を踏み入れ、だが、ドアは開けっぱなしにしておく。
テーブルの上にポットを置いて、蓋を開けると、
「何色がいい?」
リュンはそう聞いた。
「リュン様のお好きな色で」
「シンの好きな色を聞いているのよ」
「・・・・・・では、桃色を」
「桃色!? 意外。女の子みたいな色が好きなのね」
「恋をしている色ですよ」
「恋?」
「はい、恋をしていると、男女関係なく、優しい色が好きになるものです」
リュンは、そう言ったシンバをポケッとした顔で見ていたが、直ぐにハッとして、顔を赤らめながら、ポットから桃色の飴玉を1つ取り出し、シンバに渡した。
「リュン様は何色を選ぶんですか?」
シンバがそう尋ね、リュンは、俯いたまま、
「後で食べるから、今は選ばない」
そう言うので、シンバはニッコリ笑い、
「そうですか」
と。そして、
「なら、オレも後で食べます」
そう言うと、桃色の飴玉を口に入れず、手の平の中に入れたまま。
「あ、あの、ありがとね、羽根もキャンディも嬉しい」
「いいえ。こちらこそ、いつも気にかけてもらい、嬉しく思っております」
「違うの、気にかけてもらってるのはアタシの方。シンがレベルSになってくれた御蔭で、アタシ、シンって言う友達ができたの。本当は学校へ通いたいけど、お父様がダメだって言うでしょ。閉鎖されたこの建物の中、いいえ、この部屋の中で、勉強も躾けも何もかも教えられるから、アタシはいつも独りで寂しかった・・・・・・」
「学校へ行っても友達ができるとは限りませんよ」
「え?」
「それに同じ制服、同じ規律、同じ知識、社会の駒を育てている所へ、将来、駒を操る者が通っても意味がない。それにそういう場所程、危険なんですよ、皆、ストレスを抱えてますからね、リュン様のような優しい方は飢えた闇の餌食です、イジメられますよ」
「・・・・・・そんな事ないわ、人は、みんな、優しいから」
「ほら、そういう考えが危険なんですよ、どうするんですか、リュン様を利用しようなんて人間が現れたら」
「そんな・・・・・・」
「オレは感謝してますよ」
「え?」
「リュン様がまだ誰も知らない御蔭で、初のリュン様の友達になれましたから」
リュンは嬉しそうな笑顔で、コクンと頷く。
「アナタが、声をかけてくれた御蔭で、オレも独りじゃなくなりましたからね」
「まさか同じ年齢の人が近くに存在するなんて思わなかったから。嬉しかったの。シンが女の子だったら、もっと嬉しかったかも。そしたら一緒にいろんな事できるのに」
「オレは男で良かったです。リュン様も女で良かったです。じゃなければ、飴玉の色は桃色じゃなかった」
リュンはまた顔を赤らめ、俯く。だが、
「それは兎も角、リュン様、オレの部屋に来た時、どうして元気なく帰られたんですか?」
シンバが心配そうな声で、そう聞くので、リュンは顔を上げた。
「何か話したい事でもあるのでは?」
「・・・・・・ううん、いいの」
「そうですか?」
「うん」
「では・・・・・・もし、話したくなったら、必ず話して下さい」
「・・・・・・」
「リュン様、オレ達、友達でしょう? 友達には、何でも話すものです」
「・・・・・・うん、わかった。でも今はいい。もう少し一人で考えるから」
「そうですか。わかりました」
「ありがとう、シン」
そう言ったリュンに、シンバは優しく微笑むと、
「いいえ。では、そろそろ失礼します、リュン様も余り深く考え過ぎず、ゆっくりお休みになられて下さい」
と、ペコリと頭を下げ、部屋を出て、ドアを閉めた。
そして、ツカツカと歩きながら、手の中の飴をコロコロと転がして、リュンの部屋から遠ざかると、その飴玉をグッと握りつぶして、砕いて割った。
まるでガラスの破片のように、シンバの手の中で割れた飴玉を、シンバは、冷めた表情で見つめる。
リュンの部屋にいた時とは、全く別人の顔だ。
「いい顔をするのはビジネスの時だけなんですね」
横の通路で、壁に背を持たれかけて腕を組んで立っているセルコ。
「それともリュン様に取り入り、何か企んでいるとか?」
「これは仕事だ。オレは王からの命令に従っているだけ。王がオレに命令したんだろ、友達を欲しがっている娘と仲良くしてほしいと」
「そうですね、確かに。だから、アナタはリュン様の部屋に入ってもドアを閉めなかった。私の存在に気づいていて、閉めなかった訳じゃありませんよね」
「当然だろ、大体、アンタが、そう簡単に気配を悟られる動きをするのか?」
「なら余計に疑問です、王は、娘に恋を教えてやれとの命令は出してない筈では?」
「・・・・・・あれで恋に堕ちたら、世の男達は楽勝だ」
「ですがリュン様は友達もいない独りぼっちの女の子ですよ?」
「だから?」
「そこに現れた友人。そして異性から受ける優しさと甘いトーク。自分にしか見せない笑顔やプレゼント。恋に堕ちる条件は揃っています」
「だったらそう報告すれば? 王に。オレはこの任務を下ろされても別に構わない」
そう言って、去ろうとするシンバの背に、
「報告しても、任務を下ろされる事はないとわかっているのでは? 王と匹敵する強さを持っているアナタから、与える事ができても、何を奪えるんですか」
と、シンバの足を止めさせた。
「レベルSだからこそ、信用度の高い地位にいる事は百も承知。それにアナタはドアを開けていた、何の間違いも犯していない。何より、リュン様はアナタの味方。なのに、私が報告して、どうなると? アナタ自身、抜かりない事でしょう? まるでドラマ染みた台詞で、リュン様を虜にしている。18歳の子供が考えたシナリオだから、白々しいラブストーリーですけどね、恋を知らない孤独な女の子には、効果抜群です」
「・・・・・・ハッキリ言えよ、面倒臭いのは嫌いだ」
「そうですね、なら、言います。私はアナタをレベルSの仲間だと思っていません」
メガネの奥で、敵でも見るような目を向けてくるセルコ。
シンバは、そんな事かと、ハッと笑みを零すと、
「安心しなよ、オレも思ってないから」
そう言うと、再び背を向けた。
「私以上に何を考えているか、わからない男だ」
セルコはメガネを中指で上げながら、去っていくシンバの背に、そう呟いた。
シンバは、王宮の中にあるレベルSの寮となる自分の部屋へ向かう。
通路の一番奥の部屋。
壁際の部屋だが、風呂もトイレも一番遠くて、窓も1つしかない部屋だ。
レベルSに仲間入りしたのが、数ヶ月前の事。
一番下っ端にも関わらず、シンバの態度はあからさまに悪い。
レベルSの中だけの話じゃない。
シンバは誰とも関わろうとしない。
リュン以外の人に対しては、無表情と無言が多い。
必要以上の台詞は出さないし、会話をしても、相手に好感があるような言葉を選んで話はしない。
それどころか追い詰められると、話をしてわかってもらおうとはせず、平気で殺す。
レベルDの連中は、シンバのせいで激減している。
手が付けられないヤンチャなんて言葉で片付けられる問題ではない事は確かなのだが、シンバを裁く事はできない。
ブルーアースを手に入れる為に、王はシンバを必要としているからだ。
それにリュンは、そんなシンバを知らない。
優しくて、気にかけてくれて、微笑んでくれるシンバしか知らない。
恐らく、誰が何を言っても、シンバの言葉の方を信じるだろう、それ程、リュンはシンバを信頼している状態。
シンバは仕事だからリュンに優しいのか、それとも、仕事じゃなくても優しくするのか。
本当に恋なのか、それとも——。
シンバは疲れた顔で、ベッドに倒れるように横になると、目を閉じた。
少し眠ろうとしたのだろう、だが、PTからメール着信音。
シンバはポケットからPTを取り出し、メールを見ると、
「仕事か」
と、起き上がる。
壁にかけられた時計を見て、30分後と書かれたメールを思い出し、まだ少し時間があるなと、シャワーを浴びる為、洗面用具を持って、部屋を出て、風呂場に向かう。
暗いローカ。
同じ景色が並ぶような壁。
長い通路を歩いていると、向こうから男が一人、歩いてくる。
耳にはAのピアス。
見た目はシンバと同じぐらい若そうだが、18歳の同期のソルジャーはいないと言うのだから、同じ年齢ではない筈。
サラサラの綺麗なグレイの髪とブルーの瞳。
擦れ違い、一歩、進んだ距離で、お互い立ち止まり、だが、振り向きもせず、
「お疲れ」
そう囁くと、また歩き出す二人——。
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