4.神隠しの章


ここはどこだろうか。


俺の名は瓜生 龍也(うりゅう たつや)。


自然写真家だ。


自然の植物や空、大地、山などの景色を撮る。


カメラを持った俺は、今現在どこにいるのかもわからない。


霧がたちこめる、ここは山——?


いつの話だったか、俺は、ある県のある神社でしか咲かない花の噂を聞き、そこへ行った。


その花は珍しく、咲く時季も謎であると言う。


春に咲いている所を見た者もいれば、暑い真夏に咲き誇っていた時もあり、秋の空、枯れる植物の中、美しく咲き、寒い冬にさえ咲いていたと言う者もいる。


かと思えば、一年中、咲いているのを見た事がないと言う者もいる。


それは人によって、咲いているのを見れたり、見れなかったりするのだろうか。


俺はその花を写真におさめたのだろうか——?


記憶が曖昧な事に気がついたのは、いつだったか。


もう何日も、こうして霧の中を彷徨っている気がする。


どうして、こんな樹海のような場所にいるのだろう?


山地に足を踏み入れた覚えはないのだが——。


「神隠しって知ってますか?」


突然、どこからともなく、そう声が聞こえ、振り向くと、外人の男が立っている。


手には『日本の不思議現象』などと書かれた、いかにも怪しい本が持たれている。


「人間がなんの理由もなく突然消え失せる現象の事。古来、神域である山や森で人が行方不明になる事や町や里から何の前触れもなく失踪する事を言ったそうです。天狗や狐、鬼などの妖怪のせいだと考えられたりもあったそうですね」


随分と日本語がうまい外人だ。


道を聞けば、厄介な外国語ではなく、日本語で教えてくれそうだ。


「すいません、道に迷ってしまったみたいなんですが、ここはどこなんでしょうか? 携帯も電波が届かなくて——」


「あなたは神隠しにあったんですよ」


「神隠し? はっ! はははっ! いや、道に迷ったんですよ」


「何故、道に迷ったと断言するんです?」


「いや、道がわからなくなったから」


「神隠しと言うのは、神に気に入られた者が神に連れて行かれたと言う場合もあるそうですね」


「いや、もう神隠しの話はいいよ」


なんだ、この外人。


本ばっかり見て、こっちを見ようともせず、神隠し神隠しって!


「あなたはとても心優しい人のようですね、自然を愛する心も持っている」


「はぁ!?」


「あなたは、日本で、有名な、ある神が祀ってある神社に行きましたよね。多くの神社では有名な神社から祭神の霊を他の神社に招き、祀る。蝋燭から蝋燭へ灯すように、神は無限に地に広がる。あなたは、日本の各地に存在するその神の神社へ行った」


「・・・・・・」


なんだ、この不気味な外人。


まさかストーカー?


「その神があなたを怒っている」


「え?」


「あなたは、その神社で何か見たんじゃないですか?」


「え?」


「神社で、あなたは何かを見た。その神社の神の怒りを買う何かを——」


思わず、首からぶら下げているカメラを手に持ち、花の写真を撮った事だろうか?と考えてしまう。


「神は怒り、あなたを俗界から離し、この場所へ堕とした。だが、ある者があなたを助けようと、俗界へ繋がる道を指し示そうとしている。だが、怒り狂う神はあなたを逃がしはしない」


「・・・・・・アンタ、宗教の勧誘の人か?」


「あなたがもし助かりたいのであれば、そのカメラを捨てる事だ」


「なんだって!?」


「もう何を見たか記憶は消されている。なら、後はカメラを捨てるだけ——」


「それはできない!」


俺がそう叫ぶと、外人は初めて本から目を離し、俺を見た。


瞳の色がシルバーっぽくて、狼を思わすが、時折、ブルーになり、優しさを感じさせる。


「あなたにとても感謝している小さな神がいる。名もない小さな神。到底、あなたに怒りを露わにした偉大なる神に勝てる訳もない。その小さな神はあなたを助ける為、あなたに指し示している。神は命令はしない。只、指し示し、第六感に語るだけ。決断はあなたがする。このまま彷徨い、朽ち果てるのも、大事なものを捨て、命を優先するのも、あなた次第——」


「なんだよ、それ! どっちも大切だろう! このカメラは命より大事なもんだ! 俺の命も大事だ! そうだろう!? 大体、神様なら、どっちも助けてくれるだろう! それが神様だろう!? どっちか1つなんて、そんなケチなのか、神様ってのは!」


「あなたは俗界にいながら禁忌を犯した。神域で見てはいけないものを見た」


「花だよ、花! 俺が見たのは不思議な花と言われる花で、そんなの、誰だって見にいけるし、多くの人が、その花の噂を聞きつけて見に行っているんだよ! 俺だけじゃない! 写真に撮ったりしてるのだって、俺だけじゃない! 簡単に携帯で写真を撮ってる奴だっている! なのになんで俺だけ!?」


「Was the thing which you watched really a flower?」


見たのは本当に花だったのかだって?


英語だからって、俺がわからないと思うなよ!


「Yes! I watched a flower」


花を見たと英語で言い切ったが、ふと、変な映像が脳裏を過ぎった。


「Really?」


本当に?と尋ねてくる英語が、頭の中でクラクラと鳴り響く。


「・・・・・・なんっ! なんなんだよ、お前!!!!」


俺は外人に怒鳴り散らした。


「大体、俺を助けてくれる小さな神ってなんなんだ!? お前はその使いか? 生憎、俺は外国の宗教などに感謝される覚えはない!」


「外国の宗教? 誰がそう言ったの?」


「誰って、お前がそうだろうが!」


「オレは神の使いでもないし、神に感謝される存在でもない。あなたを助けようとする小さい神もオレは殺さなければならない」


「殺す?」


「あなたが助かれば、偉大な神は小さな神に怒るだろう。神同士の争いは恐ろしいものとなる。例え小さなチカラしかなくとも、その神に祈った人もいる。その人達さえも巻き込む事になる。善意だった事が悪に変わる。そうならない為にも、消すしかない」


何を言っているんだ、この外人は——?


「小さな神はオレに殺される事を納得の上、それでも、あなたを助けたいと思っている」


「はぁ!? なんだそれ? 俺はそんなに感謝されるような事してねぇ! 大体、神なんてものに手を合わせた事もない!」


「名も呼ばれなくなって消えそうな神は世界中にたくさん存在する。もう只、消えていくのを待つだけの神が思う事は、人々が自分を必要としてくれてた日々の想い出。そんな時、誰かが、振り向いてくれたら、それは最高の幸せだろう——」


俺は名もないような神に何かしたのか?


思い出せない。


記憶がなくなるような遠い事なのか?


幼い頃の事なのか?


それとも、本当に只、記憶にも残らないような事なのか?


「どうする? カメラを捨てるか、命を捨てるか——」


「・・・・・・」


「誰かの為に大事なモノを捨てるのも悪くないよ」


「はぁ!?」


「一般に、神は誰かを助けて、それを幸福に思う。最後のその幸福を与えてやってもいいんじゃない?」


「・・・・・・その神を殺さなきゃいいだろ、カメラも捨てない! こんなとこ自力で出てやる!」


「出れないよ、出れたとしたら、神があなたを許した時だよ、それはいつになるか、わからない。だから神隠しにあった人間は数日で姿を現す者もいれば、数年、一生、姿を消したままの者もいる。気まぐれな神は許さないまま、あなたの存在を忘れるかもしれない。それにあなたがカメラを捨てず、彷徨い続けたとしても、オレは小さな神を殺さなければならない。これ以上、神の怒りをそのままにしておけない。小さな神を殺す事で、神の怒りが静まるなら、そうしなければならない」


「・・・・・・」


意味不明すぎる。


大体、神を殺すってなんだろう?


神は殺せるものなのだろうか?


だんだん、この話に疲れが来た。


もうどうでもいいやと思う気持ちが強くなり、俺はカメラを捨てた。


何を撮ったのか、既に記憶がないが、大スクープのような気がしたものだった。


だが、それを世間に公表できるものかと聞かれたら、それも違う気がする。


咲き誇る美しい見た事もない花の背景に写った、ソレはなんだったか——。


そう、見てはならないもの、聞いてはならないもの、言ってはならないもの——。


そういうモノだった気がする。


天から舞い落ちる白い粉雪が、そう見えただけかもしれない。


それとも光のせいかもしれない。


究極の自然が作り出す幻影か。


兎に角、これを現像してみたかった・・・・・・。


カメラを捨てた俺の目の前に、外人の姿はなく、変な子供が立っていた。


昔の子供みたいだ。


着物と下駄と、前髪をゴムで括った変な髪形。


アッチへ行けと言う風に、その子供が指を差す。


変な子供が指し示す方向へと、何も言わずに歩き出す俺は、もう思考能力が鈍っているのかもしれない。


振り向いてはいけない。


俺の第六感がそう叫ぶ。


絶対に振り向いてはいけない。


わかっている。


だが、振り向かずにはいられない衝動。


変な子供が、あの外人に剣のようなもので、首を落とされた——。


「うわぁぁぁぁぁ!!!!」


人殺しを目の前に、俺は無我夢中で走った。


やっぱり、あの外人は異常者だったんだ!


どうして早く気付かなかったのだろう!


早く警察に!


誰か早く警察に連絡を——!




「瓜生さん、この度はお招きどうも!」


「あぁ! これは編集長! わざわざ来て頂き、有難う御座います」


「何言ってんだよ、瓜生さんが東京で写真展を開くって聞いて、招待状もらった時は驚いたよ。それにしても、いい写真だよ、来て、更に驚かされた!」


「いや、まだまだですよ」


「瓜生さんが行方不明になって半年経った時は、もう写真を諦めて、田舎に帰ったんだなと思ってたんだけどね。一体、半年もどこへ行ってたの?」


「それが、全く記憶になくて。確か12月の始め、雪も降る寒い冬に写真を撮りに出た筈なんですが、気がついたら、7月も終わりの真夏に、東京の交差点で突っ立ってましたからね。しかもカンカン照りの日中に、冬のコート着てですよ。無精髭も凄く伸びてて、持ってた筈の荷物もなくて、大事なカメラもなくしてて——」


「まさに神隠しだね」


その台詞に笑えない俺がいるのは、なんでだ——?


「それにしても、そんな不思議な出来事から、直ぐに写真展を開くなんて、本当は話題性、狙ってたんじゃないの?」


「狙うだなんて。只、チャンスかなって」


「そうだな、まず自分を売って名前を知ってもらう。この世界、甘くないからね。どんないい写真を撮っても、埋もれてたら、意味がない。瓜生 龍也の写真展、なかなか良かったよ、また是非、呼んでもらいたいね!」


「是非、次も!」


そう、俺の写真を見てもらうには、俺の名前をまず知ってもらわないと——。


今回、何故、俺は半年も行方不明になり、しかもその間の記憶がないのか、本当にわからないが、これはチャンスだった。


マスコミも、『写真家瓜生 龍也、謎の失踪から半年、記憶障害で帰還』などと面白おかしく囃し立て、俺の名前は世間に知れた。


後は俺がどんな写真を撮り、どれだけいい写真を撮る人間かを知ってもらうだけ——。


「これ、何かしら? 人型の石?」


その声に、奥の部屋に客が入ったんだと、


「スイマセン、ここは関係者以外は立ち入り禁止でして。そのテーブルの上の写真は駄作ですから、見ないで下さい」


と、頭を下げると、客は部屋から出て行った。


駄作だが、たった一枚、俺は捨てれない写真がある。


どこへ行く途中だったのか、この写真で見る限りでは田舎の方だ。


それもどこかへ向かう途中の山道で簡単に撮った写真だ。


草が青いから、春から夏の季節か、夏から秋への季節か——。


地蔵は、そこに、もう存在しないかのように、小さく小さくあった。


草むらに埋もれるように、そこにあった。


ポケットに入っていた飴玉を備えて、簡単に手を合わせただけの、地蔵。


この写真を見るまで、すっかり忘れていた。


地蔵と言う名は、大地が全ての命を育むチカラを蔵するように、苦悩の人々を、その無限の大慈悲の心で包み込み、救う所から名付けられたそうだ。


この地蔵は誰かを救ったんだろうか。


もう誰にも気付かれないような感じだったが、昔は人々に崇められていたのだろうか。


神秘的でもなければ、神々しさもなく、只の汚い石が人のカタチになっているだけの地蔵。


身代わりになると言う意味もある地蔵——。


「瓜生さーん!」


「あ、はーい、今行きます」


この夏、俺は忙しくなりそうだ。


余計な事を考えてる暇はないだろう。


地蔵の事も、忘れるだろう——。

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