2.魂送りの章


「Troubled. 参ったなぁ」


シンバは頭を悩ませる。


「爺ちゃんの言う通り、ここら辺の風が変だってトコに来てもさぁ、日本は神が多過ぎて何がどうなってんだよって感じだよ」


埼玉県嵐山町に来ているシンバ。


ガイドブックを片手に歩き出す、いや、彷徨う。


嵐山町は埼玉県のほぼ中央に位置し、都心より60km圏にある。


山あり渓谷あり平地ありと変化に富んだ自然の宝庫で、国蝶オオムラサキが生息する地としても有名。


「蝶か。町のシンボルにもなってるのかぁ。平家や源氏の家紋は揚羽蝶だったっけ? あの世とこの世を行き来すると言われる昆虫だな。weak in the insect」


昆虫は苦手だとぼやくシンバ。


シンバは適当に歩き回る事にした。


手がかりは、この辺ってだけで、何もないが、只、一人の神がチカラをつけたり、新たな神が生まれたりする事は、他の神々にとって、気に食わない事。


適当に歩いてるだけで、他の神々の導きがあり、風の動きが異常な場所へと辿り着ける。勿論、この地で崇められた神が死んだら、死んだで、他の神はその死を嘆くのか、喜ぶのか、それはわからないが、風を異常な程、舞い上がらせる。


やがて、美しい公園に着いた。


芝生の広場があり、遊具もあり、噴水もあり、更に向こう側は雑木林もある。


大きな公園だ。


「天気もいいし、ベンチで休むか」


シンバは伸びをし、その公園へ足を踏み入れた。踏み入れた途端、シンバの横を通り抜ける妙な風。


思わず振り向く。


「・・・・・・何か声が聞こえた気がしたけど?」


風と一緒に聞こえた声が、耳を閉ざしたように、入らなかった。


只、何かが聞こえた筈だと、シンバは直感する。


だが、神の気配はない。


「・・・・・・人の声じゃなかったのかなぁ?」


シンバは辺りを見回し、遠くで子供が二人ばかり遊具で遊んでいる所しか人影がないのを確認する。


午後12時。


今の時間帯、夏休みとは言え、この暑い中、子供達はプールか、家でクーラーの中、勉強か、ゲームか。


大人達に夏休みはなく、昼時とは言え、オフィスで涼しくランチか、仕事の真っ最中か。


昼時のクソ暑い真夏。


公園に、人がたくさん集まる訳はない。


気のせいかと、シンバは木陰のベンチに大きな荷物を下ろし、座る。


暑いなぁと思いながらも、眠ってしまった。


蝉の声がうるさいと思うだけ、意識はあった筈だが、気が付いたら、公園には子供達がたくさんいて、遊んでいる。


もう夕方なんだ。


きつい日差しもなく、涼しい時間帯。


小学生の低学年くらいの子供達が遊んでいる。


その光景を見ながら、シンバはまだ起きてない頭で、ボーっとしている。


「お前のせいだぞ!」


そう怒鳴っている声が、背後から聞こえ、振り向くと、男の子達が一人の女の子を取り囲んで、イジメているように見える。


怒鳴った男の子は片方の足に包帯を巻いている。


「お前のせいで、サッカーもできないし、夏休みなのに、プールにも行けないじゃないか!」


おいおい、それは女の子のせいなのか?と、シンバは、


「Japanese boy is unkind to a girl」


と、信じられないと言う風に呟く。


日本の男の子は女の子に意地悪をするのは、好意がある場合もあるが、イギリス人のシンバはその辺、わからないのだろう。


だから、日本の男の子は女の子に不親切だなんて呟くのだ。


だが、この場合、好意があって、女の子に詰め寄って、怒っている訳ではなさそうだ。


「一人の女の子に、そんなに男の子がいて、ちょっとズルくないか?」


そう言って、シンバが近寄ると、


「誰だよ、お前!」


と、包帯を巻いた男の子が吠え掛かって来た。


かなり怒りに感情を支配されている様子。


「あっち行けよ、外人!」


「そうだ、あっち行けよ、関係ないだろ!」


他の男の子達も怒り出し、シンバに向かってくる。


小学低学年とは言え、数人、暴れられると、大変だなぁと、ここはビシッと行くかと、


「Shut up!」


怒鳴り返した。


突然、英語で怒鳴るシンバに、子供達はビクッとする。その辺、まだ可愛い子供だ。


「いいか、どんな理由があっても、男なら、女の子に優しくするものだ。常に女性を優先して、女性を大切にする。Ladies first精神を忘れたらダメだ」


そんな事を言われて、子供達はお互い顔を見合わせ、眉間に皺を寄せ、


「レディだって」


「なんだよ、レディって」


と、口々に言い出す。


「こんな奴、レディじゃねぇよ!」


足に包帯を巻いた男の子が吠え出した。


「僕の足をこんなにしたのはコイツなんだ! 夏休みなのに、足が折れたら、どこにも遊びに行けないじゃないか! うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」


怒った後に、突然、泣き出す男の子に、女の子は、


「バカみたい。私が何をしたって言うの? アナタが私にした事は無効になったみたいな言い方しないでよ」


冷静に、言う。


「なんだと!?」


「被害者は私よ、加害者が被害者のように何を言っているの?」


女の子の口調と台詞が、まるで大人顔負けで、シンバは、日本の子供は頭がいいなぁと感心する。


「僕は怪我をしたんだぞ!」


「アナタが勝手に階段から落ちたんでしょう?」


「お前が突き飛ばしたんだ!」


「どうやって? 私は階段の下にいたわ。目撃者も数人いるじゃない」


「違う! お前が絶対に突き飛ばしたんだ! 僕の後ろには誰もいなかった! それにお前が僕を見てた!」


「見てただけでしょ? 寧ろ、アナタが階段から落ちる所を見た目撃者側だわ」


そう言った女の子の首襟を持ち、男の子は我慢できずに、グーの手を振り上げた。


シンバはその手を持ち、


「Stop. Stop. Stop!」


と、男の子を止めた。


女の子はそんなシンバにニッコリ笑い、


「ありがとう、じゃあ、私、忙しいから」


と、行ってしまう。


「おい、待てよ!」


男の子は女の子を呼び止めるが、無視して行ってしまう。男の子は、悔しくて、シンバの腹部をグーで殴って来た。


「ぐはっ!!!! そんな、不意打ち、卑怯だぞ・・・・・・」


突然のパンチは、シンバの腹部に思いっきり入ったようで、苦しそうに、腹を抱えた。


「なんで止めたんだよ! アイツ、殴られて当然だ!」


「いや、キミのパンチ、結構、キツイよ、そんなの女の子に振り上げるもんじゃない」


「アイツは女じゃない!」


「じゃあ、何?」


女の子に見えるけどなぁとシンバは笑う。


「アイツは化け物だ!」


「化け物? Monster? そんなのがいるって思ってるの? 子供だなぁ」


「バカにするな!」


どうやら男の子は本気で言っているようだ。


まわりにいる男の子達も頷いて、話出した。


「進藤 朱音(しんどう あかね)。アイツ、死体集めしてるんだ」


「死体集め?」


「死体をコレクションしてるって噂。この前は車で轢かれた猫を拾って持って帰ったって」


「死んだ猫を持って帰った?」


包帯の男の子も冷静を取り戻したか、話し出した。


「僕はそんな噂、嘘だって思ったから、アイツに聞いたんだ、死体集めしてるって本当?って。そしたら、アイツ、僕に怒り出して。それ以来、僕もアイツが嫌いになって、もともと死体集めの噂もあったから、それに変な奴だし、クラスのみんなから無視されてたし、僕も無視する事にしたんだ。それでも平然としてるアイツがムカついて、みんなで雑巾投げてやろうとか、みんなで突き飛ばしてやろうとか——」


「それは良くないなぁ」


だから彼女は『アナタが私にした事は無効になったみたいな言い方しないでよ』そう言っていたんだなぁとシンバは納得。


「良くないかもしれないけど、アイツだって悪いよ! それにアイツが気に食わないような事を言ったりする友達は、みんな怪我してるんだ! 偶然とかじゃないよ、僕だって、怪我したし! アイツと目が合った瞬間、階段の上にいた僕の背中を誰かが押したんだ。アイツは確かに階段の下にいたけど、アイツしかいないよ!」


「そうか」


シンバは頷いて、


「異常な風が巻き起こる原因っぽいな」


そう呟く。そして、男の子を見て、


「あの子のうちとか知ってる?」


そう聞いた。


案内してくれたのは包帯を足に巻いた男の子。


他の子は塾の時間だからと帰って行った。


「キミは塾とかないの?」


「僕は勉強ってあんまり得意じゃないし。でもサッカーなら得意だよ」


「サッカー! オレも好き」


「マジで!? でもこの足じゃ、当分、チームにも行けないよ」


と、男の子は嘆く。


松葉杖を上手に使い、歩いていく男の子の背について行く。


「でもアイツのうちに行っても誰もいないと思うよ?」


男の子は顔だけ振り向かせ、そう言った。


「Why? どうして?」


「両親は夜遅くまで共働きだもん。結構、複雑な家庭だって、僕の母ちゃんが言ってたよ。それにアイツも死体集めに外をうろついてて、いないんじゃないの? さっきだって、僕が家に行ったらいなくて、たまたま公園で見つけて捕まえたんだもん」


「キミはどうして彼女のうちを知ってるの?」


「僕はクラス全員の家を知ってるよ!」


自慢気な表情を見せ、男の子はシンバに言う。


「それは凄いね! Great!」


「へへへ。だってさ、やっぱ同じクラスになれた仲間じゃん? みんなと仲良くしたいじゃん。本当はそう思ってたんだけど、だんだん、わかんなくなってきて——」


「歯車が狂っちゃったんだな」


シンバがそう言うと、


「外人の癖に、日本語うまいねぇ、歯車? それどんな車?」


と、シンバを見た。


シンバは笑いながら、車じゃないと説明。


そして、ここだよと教えてくれた一軒の家。


窓は固く閉ざしてあり、人が中にいる様子はない。


インターフォンを鳴らしてみるが、やはり誰も出てこない。


「ほらな、言ったろ?」


「うん、じゃあ、オレ、ここで彼女が帰って来るの待つよ」


シンバがそう言うと、男の子は指を差し、


「アイツ、帰って来た!」


と、叫んだ。男の子が指差した方向を見ると、朱音はこちらへ歩いて来て、それなりの間合いをとった場所で立ち止まり、溜息混じりに、


「まだ何か用なの?」


そう尋ねてきた。


シンバは朱音へ近づき、


「アカネちゃんって言うんだよね? オレ、シンバ・レスター。よろしくね」


握手を求める。朱音はシンバを見上げ、差し出された手を見て、とりあえず握手する為、おずおずと手を出すと、その手をシンバが握り締めた。


「キミ、死体集めしてるんだって?」


突然、そう言ったシンバに、男の子は、


「だからソレ言ったら、ソイツ、怒るし、怪我しちゃうぞ、僕みたいにさ!」


と、叫ぶ。朱音は、


「男の癖にお喋りね。こんな余所者の外人にまで話すなんて」


と、またも溜息混じりに言う。


「大丈夫、オレは怪我はしない。でもアカネちゃんが大事に思ってる神は怪我しちゃうかもね? 怪我だけじゃ済まなくなるかもよ?」


そう言ったシンバに、


「神?」


と、朱音は尋ねた。


「キミに不快な気持ちを与えたから、出てきたよ、ほら、キミの後ろに真っ白な犬がいる。大きいな。鼻の頭に皺を寄せて、オレに唸ってるよ。後少しで、その犬は犬神になる。キミの願いを成就させ続け、キミは犬憑きとなる」


「・・・・・・なんだ、悪い事かと思ったら、いい事じゃない。願いが叶うんだから」


「キミの願いが叶う分、願いを失う者もいるよ」


シンバのその台詞に、朱音は男の子の足を見る。


包帯がグルグルに巻かれている。


「それに犬神はいい神じゃない。祟りを運んでくる神だ。キミは本当に願いを叶えてもらった? 人から遠ざけられてない? 一人で寂しくない?」


「うるさいわね!」


冷静だった朱音が、突然、キレて、怒鳴り出す。


「私は寂しくなんかないわ! それに、シロが神になるなら、いい神様だわ、悪い神様になんかならない! いつだって、私を守ってくれるんだから!」


「そうか。でも気をつけた方がいい。その神に頼れば頼るだけ、神のチカラは増して行き、やがて、自分が誰だったのかも忘れ、キミを只の信者としてしか見なくなる。それに、例え、いい神だったとしても、神殺しに目を付けられたら、その神は死ぬよ」


「神殺し?」


「神を殺してまわる罪人。生まれようとする新しい神が、この世に必要とされないのであれば、その神は罪人によって殺される」


「なにそれ・・・・・・なによ、それ、都市伝説? そんなの迷信よ! 信じないわ! これ以上、付き纏ったら、警察呼ぶからね!」


朱音はそう言うと、家の中に駆け込み、ガチャリと玄関の鍵を閉めた。


「・・・・・・僕、健太」


「え?」


突然、自分の名前を言う男の子を振り向いて見ると、


「僕の名前、健太。外人はシンバだっけ? そう呼んでいい?」


と、尋ねてきた。


「あ? あぁ、OK.」


OKなのか?と、シンバは首を傾げながらも頷く。


「シンバ、その話、もっとしてよ、僕、そういうオカルトっぽい話、結構、好きなんだ。どうせこの足でサッカーもできないし、家でゆっくり話し聞かせてよ」


「健太の家で? それはちょっと——」


「なんで?」


「だって、健太の家には親がいるだろう? オレを怪しいと思って警察を呼ぶかもしれないし。オレ、Policemanは苦手なんだよ。それにオカルトっぽい話が好きだって言うけど、あんな嘘、信じた訳じゃないだろう?」


「嘘? 嘘じゃないよ、だってシンバが言った事、本当だもん」


「なんでそう思う?」


「アイツ、白い秋田犬、飼ってたんだ。もう事故で死んじゃったけど、アイツ、その秋田犬が友達だったんだと思う。ううん、家族だったのかもしれない。ただいまって家に帰っても、誰もいない家で、待っててくれたのは、その秋田犬だけだったんだから。何度か散歩してるのも見かけたよ。シンバがアイツの後ろに見た白い犬って、その秋田犬だよ!」


成る程、シロは愛犬だったのかと、シンバは頷く。


「ねぇ、シンバ、うちに来て、お話してよ! いろいろ一緒に考えてあげるからさぁ」


「いろいろ?」


「だって、アイツ、白い犬を神様にする気なんだろ? そしたら罪人って奴にアイツが狙われちゃうんだろ? アイツを助けるんだろう?」


ちょっと違うなぁとシンバは苦笑い。


「じゃあさぁ、こうしよう、オレはケンタと出会った公園に明日もいるよ。だからまた会ったら、いろいろ話してあげる」


「本当!?」


「Yes.」


「わかった! じゃあ、明日!」


健太はシンバに手を振り、松葉杖を突いて、自分の家へ帰って行く。


シンバは見送った後、暫く、朱音の家の前に立っていた。


日も落ち、暗くなる頃、朱音の母親だろうか、ただいまと言って、玄関の扉を開け、家に入って行った。


その数時間後、父親だろう男性も、疲れた顔をして、玄関の扉を開け、家に入って行った。


今日はもう朱音が外に出る事はないだろう。


その夜、シンバは公園に戻り、公共の水飲み場で、頭から水をかぶり、汗のかいた体を拭き、顔を洗い、サッパリした後、ベンチで眠りについた。


——朝。


「シンバ! シンバ!」


健太の声で起こされる。


「Let me sleep a little more. I was not able to sleep by the sound of fireworks last night.」


もう少し眠らせて、昨夜は花火がうるさくて眠れなかったんだとシンバは顔を両腕で覆って隠した。


公園に花火をしに来た若者達が、シンバの睡眠の邪魔となったようだ。


だが、英語でベラベラと喋られても、健太はわからない。


「シンバったら! 起きろ、このやろう!!!!」


と、シンバの無防備となった腹にパンチを入れた。


シンバはゴフッと口から嗚咽を漏らし、起き上がり、腹を抱え、丸くなった。


「Stop the violence!!!!」


暴力はやめろと吠えた所で、健太は英語はわからない。それ所か、暴力なんて振るったとも思っていない。


「シンバ! 起きたか? ほら、朝飯持って来てやったぞ」


と、健太は食パンを一斤、シンバに渡した。


多分、家にあったものを持って来たのだろう。


シンバは目を擦りながら、そのパンを食べ始める。


「よくこんな眩しい所で寝られるよな! シンバって、家なしなの?」


「うーん?」


まだ眠そうなシンバ。


「なぁ、シンバ、昨日の話だけど」


「うーん? 昨日の話ぃ?」


「罪人の話だよ!」


「罪人ぉ?」


「ほら、アイツの後ろに白い犬がいて、神様になるんだろう?」


「アイツぅ?」


パンを口に入れ、モゴモゴと動かしながら、ボケッとしているシンバに、健太はグーを振り上げる。


「うわぁ! わかった、わかった! 話す話す!」


シンバがそう言って、飛び上がり、防御体勢。


「わかればいい! で、アイツが罪人にやられる前に僕達で助けるんだろ?」


「・・・・・・そんな話にはなってないだろ」


「そうだっけ?」


ドサクサに紛れて何を言い出すんだと、シンバは口の中でブツブツと英語で文句を言う。


「でもさ、シンバ、助けるんだろ? だって、助けなきゃ、アイツにあんな話しないよな?」


「・・・・・・まぁ、結果はそうなるように頑張るけど」


実際、人を助けて回る訳ではない。


この世の善悪を均等にする為に、いらない神を殺すのが使命であって、人助けをするのが仕事ではない。


だが、人を助けられるのであれば、それがいい。


「アカネちゃんはクラスでは、どんな子?」


「アイツは暗いよ。本が友達って感じ」


「死体集めの噂はいつから?」


「いつからだろう? アイツが飼ってた犬が死んだって噂になって、その直後だったかな」


「実際、誰か見たの? それとも只の噂?」


「学校のウサギがいなくなったんだ。先生達はウサギが逃げ出したのは、当番が小屋の鍵を閉め忘れたからだって言ってたけど、ウサギ小屋に朝一番で行った当番の奴が、ウサギ小屋が血塗れだったって言ってた。だけどウサギの死体はなくて、その時は学校の七不思議のひとつだって騒ぎになったんだけど、違うクラスの子が、アイツがウサギを殺してるのを見たって言うんだよ。アイツと同じクラスの僕は、そんなの嘘だってアイツを庇ったんだ。だって、話した事もない奴だったけど、同じクラスの仲間がバカにされたようで、嫌だったから。その後、噂がどんどん大きくなって行って、蟻を恐ろしい顔で何匹も踏み潰してたとか、教室にある金魚を殺して持って帰ったとか、死んだネズミを拾ってたとか、アイツの着ていた服が真っ赤に血で染まってたとか、そういう噂が絶えなくて、だから、僕がそんな噂やめろよって言ったんだけど、みんな、やめないし、余計、面白おかしくなっていくから、じゃあ、本人に聞いてみようって事になって、僕が聞いたんだよ、死体集めしてるって本当?って——」


「そっか」


「なぁ、シンバはどう思う? 死体集めなんて有り得ない。だって死体って腐るんだろ? そんな腐っちゃうもの集めても無意味だ。本当はそんな噂、今だって信じてない。だけど、ムカついたから、みんなと一緒になって噂を信じるフリをした。アイツ、本ばかり読んでて暗いし、生意気だし、確かに気に食わないけど、本当に悪い奴なのかなぁ? 僕、本当はわからないんだ。階段から落ちたのは誰かに突き飛ばされた気がしたけど、もしかしたら、僕自身が足を踏み外したような気もする。実はサッカーで今度、試合に出られる予定だったんだ。だから、僕、足の骨を折っちゃった事、悔しくて、誰かのせいにしたかっただけかもしれない。だから階段の下にいたアイツに無理な言い掛かりつけて、アイツのせいに・・・・・・」


「そっか」


「うん」


頷くシンバに、頷き返す健太。


「ケンタはどうしたいの?」


「僕? 僕は・・・・・・アイツがもう少しクラスに馴染めたらいいなって思う」


「ケンタは友達想いなんだな。友達、多そうだもんな?」


「僕、転校生だったんだ、1年生の頃、転校して来て、全然、馴染めなくて、いつも一人ぼっちで寂しかったんだよ。今では、みんなと仲良しだけど、転校して来たばかりの頃は一人で休み時間を過ごして、一人で下校して、一人で家に帰って、一人でボール持って公園に行って、一人でサッカーの練習してた」


「そっか、一人ぼっちの気持ちがわかるんだな、ケンタは」


「うん!」


「多分、アカネちゃんもそうだと思うよ」


「アイツも?」


「一人ぼっちの気持ちがわかるから、寂しくないように、シロに仲間を作ってあげてるんじゃないかな」


「え?」


「シロと同じように、死体にして、シロの友達として、シロの傍で眠らせてあげる。そんな純粋は気持ちでやってるのかもしれないよ、死体集め——」


「じゃあ、噂は本当だって言うの?」


「勿論、全部の噂が本当とは言えないけど、死体を集めてるのは本当じゃないかな」


「・・・・・・でも、それでなんで神になるの?」


「犬神。昔はね、餓死状態の犬の首を打ち落として、それを道に埋め、そこを人々が通る事で怨念の増した霊をつくったり、または犬を生き埋めにして、餓死させ、その頭を焼き、骨として、祀ったりして、犬神を生み出したんだ。それを呪術と言って、平安時代には禁止令が出た」


「そりゃ禁止されるよ、そんな酷い事をするなんて! 犬が可哀想だ!」


「でも、そうしてでも、神に願いたい人間はいるんだよ。例えば、ケンタだって大事な人が死にそうだったら、助けてって神に願うだろう?」


「・・・・・・うーん、そうかなぁ?」


まだ幼い健太には、大事な人というのが想像できないようだ。親も健在なら尚更だろう。


「犬に対し、お供えとして、生き物を与える事もある。生贄を捧げ、神に願いを叶えて貰うって奴だな」


「・・・・・・それって」


「そう、アカネちゃんがしてる事は、シロにお供えとして小動物の死体を生贄として捧げているって事なんだよ」


「・・・・・・そしたら、どうなるの?」


「アカネちゃんは犬憑きになる。つまり呪術で神として崇められる者は、人に願いだけを叶えてあげるチカラなんてないんだ。願いを叶えた分、不幸が訪れる。それに犬神は、その子孫にも世代を追って離れる事がない。離れられないんだ、他に自分を神として崇めてくれる人間なんていないからね。もし、アカネちゃんが将来、大人になって、結婚して、子供ができても、犬神となったシロはお供えを要求し続ける。やがて小動物だけじゃ足りなくなって、人間を殺し、自分も、自分が愛する者も、犬神にお供えするだろう。例え、アカネちゃんが無事に生きて、アカネちゃんの子供が無事に生きて、その子供も、そのまた子供も、無事に生きられても、どこかで必ず、大きな生贄が必要となる。つまり、彼女の血は永遠に途絶える為にある。彼女に待っている未来は滅びだ」


「・・・・・・どうしたらいいの?」


「そうだな、シロはまだ犬神じゃないし、このままソッと眠らせ、シロの魂が安らかに天に召されれば、問題はないんじゃないかな」


「・・・・・・だからそれってどうしらいいの?」


「健太がアカネちゃんと友達になってあげれば?」


と、シンバはニッコリ笑い、健太を見た。


「は!? それ、関係ないじゃん!」


「アカネちゃんはシロを一人にしたくない。その願いをシロは聞き入れて、成仏できないでいた。更にアカネちゃんはシロを一人ぼっちにさせない為に、シロと同じ仲間を作ってあげて、眠るシロに、他の動物の死体を供えてる。これって、アカネちゃんも寂しいからだよね? アカネちゃんに友達ができれば、シロも安心して、成仏できるでしょ?」


「だ、だけど、なんで僕なんだよ、僕はアイツと仲良くできないよ」


「こんなに心配してるのに?」


「心配してても、仲良くはできない! アイツ、女だし、本ばっか読んでるし」


「丁度いいじゃない? 今、足の怪我でサッカーできないんだろう? 静かに一緒に本でも読めば?」


「嫌だ! それに死体集めてるのが本当なら、友達になんてなれない! 同じクラスの奴だから心配はするけど・・・・・・」


シンバは溜息を吐き、子供同士の付き合いもいろいろ大変なんだなぁと思う。


子供は何の先入観もなく、誰ともで仲良くできるものだと思っていたけど、只の勘違いのようだ。性別の違いでさえ、仲良くなる事を躊躇わせる。


「でもアイツの犬が神にならなかったら、罪人も来ないんだよな?」


「・・・・・・そうだね、来ないと言うか、神じゃない者を殺さないよ、罪人は」


「じゃあさぁ、アイツの犬の墓を探して、お供えの生贄を取り上げちゃおう!」


「罰当たりな事を考えるなぁ、ケンタは」


「他に手はないだろう!?」


健太が朱音と仲良くなれば、一番いいんだがとシンバは苦笑い。


「そうだな、呪術が失敗すれば、それでいいか」


朱音に友達ができなくても、それはシンバの仕事ではない。


朱音自身に、大切な誰かが現れるのは、シンバには関係のない事だ。


だから、呪術だけを解けば問題ない。


そう思うのだが、やはり、シンバの性格か、なんとかしてあげたいと思う。


「呪術って、他にもあるの?」


「あるよ、行為の目的が社会に受け入れられるか、入れられないか、利他的か利己的か、善か悪か、そういうので白呪術と黒呪術に分かれるんだ。白呪術は『雨乞い』『御払い』『お百度参り』とか。黒呪術は『丑の刻参り』とか、今回のように生贄を差し出し、神を生む事なんかも、そうだな。簡単にまとめて言えば、『おまじない』みたいなもんかな」


「おまじないか! それならクラスの女子とか、よくやってる! 僕もちょっとしたおまじないなら何度かやったよ。でも、それって、呪術じゃなくて、遊びだよ。単なる遊び!」


「そうだね、お遊びみたいなものかもね。只、白呪術も黒呪術も、願いが叶うかわりに代償がある。代償、それが祟りって訳だ。それに、呪術は失敗で終わる場合が多い。失敗に終わっても、祟られる確立の方が高い。だから、この遊びはタブーなんだよ」


「た、祟られるって、でも僕は祟られてなんかないよ」


「それは、多分、ケンタの願いが、くだらなかったんじゃないのかな? 例えば、今日の夕飯に大好物を願ったり、テストの山が当たるよう願ったり。その程度なら、叶っても、代償は大した事はない。帰り道のシグナルが全部レッドだったくらいの不運で終わる」


健太はふぅんと頷き、ちょっと身震いさせた。


もしも、願いが大きなものだったら、どんな不運が自分を襲っていたのだろう。


そう考えると怖くなった。


そして、進藤 朱音が祟られたらと考えると、健太は余計に怖くなった。


「早くアイツの所に行って、犬の墓の場所、聞き出そうよ!」


急に焦る健太に、


「多分、墓は、この公園のどこかなんだと思う」


シンバはそう答えた。


「なんで?」


「この公園に足を踏み入れた時、妙な風を感じたんだ。声が聞こえた気がした。でも聞き取れない不思議な声。あれは動物達の声だったんだ。呪縛で苦しむ動物の悲鳴。それに友達のいないアカネちゃんが公園で何してたと思う? ケンタのようにボールで遊ぶタイプじゃなく、本を読んで時間を潰す彼女が、わざわざ暑い夏に公園に来て、本なんて読まないだろうし、本なんて、持ってなかったよね? 多分、昨日は、シロに会いに来たんだよ。そしたら、ケンタ達に捕まったんだ」


「・・・・・・アイツ、あっちの雑木林から出てきたよ」


「そっか。なら、雑木林の中に墓があるのかもね、行ってみるか」


シンバはベンチから立ち上がり、伸びをして、雑木林の方へ歩いていく。


「シンバ! 荷物置いて行くの!?」


「Yes. 別に取られてもいいものばかりだし」


「武器とかは!? だって、襲われるかも!」


そう言った健太に、シンバは笑いながら、


「誰に?」


と、尋ねた。


「罪人だよ! もしかしたら、もう近くにいるかもしれないよ! アイツを助ける僕達を狙うかも!」


「バカだなぁ、罪人は神しか狙わないよ」


「でも!」


「その荷物、テントとか、寝袋とかだから、持って行っても武器にはならないよ? 寧ろ、重いだけで、逃げるのも邪魔になるよ?」


「そ、そうなのか? でも丸腰で行くのか!?」


「当たり前だろう? それともケンタ、神を殺す罪人に銃でも突きつければ勝てるとでも? 相手は神を殺す恐ろしい大罪の人間なのに? もしかしたら、口は耳の辺りまで裂けてて、牙は長く、目は金色で、大きな体かもしれないのに?」


態と恐怖を倍増させるような口調で、そう言ったら、ケンタはブルブルッと体を震わせた。


「でもアイツの犬はまだ神じゃないから、罪人はいないよな!」


そう自分に言い聞かせるように、大きな声でそう言うと、ケンタはシンバに着いて行く。


松葉杖を一生懸命、前へ前へと動かし、着いて行く。


そんな健太に、シンバは笑みを浮かべながら、雑木林に向かった。


雑木林は道が出来ているが、道を外れると、木々が行く手を阻む。


広葉樹の広がる林の中は、涼しい。


土のニオイと樹木のニオイが異世界を作っている。


それだけで、この場所は俗界と異なる。


「オオムラサキがいるんだ」


ケンタがそう言った。


「へぇ」


「オオムラサキが好む樹液があるんだって、この木達には」


「へぇ」


「クヌギとかコナラって木なんだよ」


「へぇ」


「今頃はオオムラサキが見られるよ。林の高い所を飛ぶみたい」


「へぇ」


「でも昔はもっとオオムラサキが見れたんだって。今は少なくなったみたい」


「へぇ」


「シンバ、オオムラサキに興味ないの? まぁ、僕も余りないけどね」


「虫は苦手な方かな」


そう言ったシンバに、健太は笑う。


シンバは林の中転がる微かな風の動きを目にしている。


蝶のように舞う風が、不安定な動きを見せる。


「・・・・・・That is so.」


シンバが立ち止まり、そう呟いたので、健太も立ち止まり、シンバの背に隠れるように、顔だけを出し、シンバの前を覗き込む。


「何? シンバ、何て言ったの?」


「あれがそうだよ、墓・・・・・・と言うより、願掛けの呪いって感じだな」


シンバの言う通り、それは墓には見えない。


大きな石の前に、小さな石が積んである。


死体を埋め、石をひとつ、ひとつ積んでいるのだろう。


全部で6個の石が積まれている。


そして、


「ここで何してるの?」


7個目の石が積まれる時が来たようだ。


朱音の手には小さな紙袋。その中は恐らく、シロへのお供え物だろう。


「おい! ここがお前の犬の墓なのか!?」


健太がそう言うと、朱音は、


「シロのお墓の場所、よくわかったわね、雑木林の中で、一番わかり難い場所を探して、作ったお墓なのに」


そう言って、シンバを見た。そして、当たり前のように、紙袋から、インコの死体を取り出した。健太はインコとは言え、死んだ鳥を手の平に乗せ、普通にしている朱音を目の当たりにし、本当の恐怖を感じ始める。


「ご近所のインコなの。お留守だったから、庭から入って、殺したの」


最早、普通の精神状態ではない。朱音の普通は、普通じゃない。


「シロの傍へ置いてあげるわ、一人ぼっちだとシロが可哀想だもんね」


そう言って優しく微笑む朱音が、健太の目には、恐ろしい人間に見えた。


「可哀想だな、シロは」


シンバがそう言って、朱音を見る。


「アカネちゃんがそうやってシロを縛るから、シロの魂はあの世に行けないでいる。アカネちゃんがシロに願うから、シロは旅立てないでいる。アカネちゃんがシロを引き止めるから、シロは天に召されず、自ら地に堕ち、神になろうとしている」


「何が言いたいの?」


「一人ぼっちなのは、シロじゃない、アカネちゃんだ」


確信をついた瞬間、朱音の周りを風が吹き荒れ、舞い上がり、湿った土さえも舞い上がらせた。


「アカネちゃんが殺した動物達にも、シロと同じ命があって、アカネちゃんがシロと離れたくないように、その動物達も、離れれたくない誰かがいたかもしれない。それが小さな小さな想いでも、積もると、怨念となる。シロに備えられた怨念は、シロの友達になれると思う? こんな事を続けても、シロは一人ぼっちのままだよ。ずっとアカネちゃんの傍から離れなくなって、アカネちゃんのちょっとした願いも、シロは聞き入れようとする。例えば、今、アカネちゃんがオレの事をウザイ、消えろ、そう思ってると、シロはオレを消そうとする。そんな願い、本当の願いじゃないのにね」


「ウルサイのよ、アンタ!!!!」


ヒステリックに甲高い声を上げる朱音に、健太はビクッとして、後ろへ身を仰け反った拍子に松葉杖が引っかかり、その場に尻餅をついて、ひっくり返ってしまった。


風が朱音の周りにだけ舞い上がり、まるで闘気を纏っているかのようだ。


シンバには見える。


朱音の後ろで、鼻の上に皺を寄せ、唸り、威嚇している大きな白い犬の姿が——。


「まだその姿は犬だな。シロを神にしたいのか? 姿も変わり、アカネちゃんを忘れて、只の願いだけを聞く神にしたいのか?」


「シロが私を忘れる訳ないわーーーーッ!!!!」


そう叫んだ朱音の声と同時に、シロがシンバに飛び掛る。


シンバの腕に噛み付き、牙が肉を抉る。


シンバの顔が苦痛で歪んだが、


「アカネちゃんが死んだ時、シロ! お前はアカネちゃんに会えなくなるぞ!!!!」


そう吠えると、シロはピクッと耳を動かし、顎の力を抜いた。


牙はまだシンバの腕に刺さっているが、肉を噛み切られてはいない。


健太の目に映る、突然シンバの腕から流れる赤い血と、朱音の殺気だった雰囲気と嫌な風。


何が起こっているのか、全くわからない。


「シロ! ソイツを追い払って!」


それが願いかと、再びシロの顎に力が入る。


だが、シンバは顔を苦痛で歪めても、悲鳴はあげない。


「アカネちゃんの本当の願いを見失うな! シロ、お前はアカネちゃんを呪わせたいのか!? そうじゃなくても、アカネちゃんに殺された動物達はアカネちゃんを祟るぞ! 更に報いを背負わせて、アカネちゃんが一生、苦しむ事を、お前は当然だと神という立場で見られるのか!?」


シロは戸惑う。


顎の力を抜き、只、喉を鳴らし、シンバを睨むように見つめる。


「シロ、今は知らなくても、お前が神に堕ちたら、罪人の存在を知るだろう。罪人に目をつけられたら、お前は殺される。お前を神にしたアカネちゃんも死ぬ。アカネちゃんは呪術で、お前を神にした結果、天に召される事なく、地獄で苦しむ。それで、いいのか?」


「シロ! ソイツの言う事なんて聞いちゃダメよ!」


「シロ、アカネちゃんは死んだ後も一人ぼっちだぞ? お前には会えない」


「シロ! そんな奴の言う事、信じたらダメ! 死んだら、みんな同じ場所に行くのよ!」


「シロ、アカネちゃんの本当の願いはなんだった? 思い出せ、お前なら知ってるだろ?」


「シロ! 私の言葉がわからないの!? もういいから、ソイツから離れて!」


「シロ、アカネちゃんの傍にずっといたいのはわかる。だけど、お前は只の犬だろ?」


「シロ! こっちへ戻ってきて!」


「シロ、お前はアカネちゃんを誰よりも大好きなんだよな?」


「シロ! 私の言う事を聞いて!」


「シロ、このままだと大好きなアカネちゃんが不幸になるぞ、アカネちゃんを苦しめるぞ」


「シロ!!!!」


「シロ、それでもいいなら、神に堕ちろ——」


「そんなの駄目だよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


そう叫んだのは健太だ。


健太は立ち上がり、松葉杖を拾おうとして、うまくいかず、松葉杖なしで、片足で飛び跳ね、ケンケンしながら、朱音に近づく。


「進藤、お前、寂しいなら寂しいって言えよ! 一人で寂しいなら、クラスの誰かに声かけろよ! 頑張って声かけてみろよ! それでも仲間外れにされるなら、僕に言えよ! そんな奴、僕がぶっ飛ばしてやるよ!」


言いながら、健太は泣き出す。


「神になんかなったら、罪人がやって来て、シロが殺されちゃうだろ」


「バカね、シロは死んだのよ、殺される訳ないじゃない」


「でも魂ってものがあるんだよ、僕には見えないけど、進藤には見えてるんだろう? だからシロって呼ぶんだろう?」


「シロは私の傍にずっといるの!!!! シロが寂しくないように、仲間も作るの!」


朱音はそう叫ぶと、手の平のインコを強く握り締めた。


「そんな事しなくても、シロは進藤の傍にいるよ! だけど、罪人に見つかったら殺されて、二度と進藤と会えなくなったら!」


「罪人なんていないわよ、この変な外人の戯言よ!!!!」


「進藤!!!! もうやめようよ・・・・・・」


と、健太はシクシク泣き出す。


朱音は下唇を噛み締める。


シロは、シンバの腕から牙を抜き、朱音と健太を見つめる。


シロの脳裏に浮かぶ朱音との日々。


『シロは私の友達』


そう言って、大きなシロの体に抱きつく朱音。


『友達、作るのって難しいね』


と、みんなが遊んでいる公園を見つめる朱音の姿。


『友達なんていらないんだ、シロがいればいい』


学校から帰って来て、不機嫌そうに、そう言った朱音。


『明日は遠足。一緒にお弁当食べてくれる友達がいないから、仮病つかうんだ』


本当は遠足に行きたいんだろう、朱音の目から涙が一粒落ちた——。


シロの思い出には、いろんな朱音がいる。


いろんな朱音は『友達』と言う言葉を囁くのが多かった。


「進藤」


そう言って、朱音に近づく健太を見ながら、シロは思う。


健太は朱音の友達なのだろうか——。


「・・・・・・なによ、なんなのよ! 今更、私の名前、呼ばないでよ!!!!」


怒りを露わにし、朱音は健太にそう怒鳴ると、堪えていた涙が溢れ出した。


「私の友達はシロだけよ!!!!」


だが、シロは、もう朱音の傍に行かない。


行きたい。


行きたくて行きたくて、今にも駆け寄って、朱音の頬に流れる涙を舐めてやりたい。


だが、その衝動を抑え、朱音の幸せを想う——。


瞬間、シロの姿が消えそう。


「やだ・・・・・・行かないで・・・・・・シロ・・・・・・私を一人にしないで・・・・・・」


首を振り、シロを呼ぶ朱音。


「シロ・・・・・・こっちへ来て・・・・・・お願い! 私のお願い聞いてよ、シロ!!!!」


その願いを聞き入れたら、朱音が、不幸になる。


この悲しみは誰にでも訪れる。


大事な誰かが、この世を去る事は、必ず、やってくる。


誰もが、その悲しみを克服するチカラを持っている。


だから、人は悲しみを知りながらも、生きる。


悲しみを乗り越え、自分の人生から、その悲しみを忘れる。


長い間、失われた、その悲しみを再び思い出すのは、再会した時。


『ねぇ、朱音ちゃん、朱音ちゃんが大人になって、年老いて、いつか死ぬ時、寂しくないように、先に待ってるよ——』


風と共に舞い上がり、シロの姿が消える瞬間、シロの声が、天から降り注ぐように、そう聞こえた気がした。


その声は健太の耳にも届き、健太は不思議そうに空を見上げる。


「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!! シロぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


天に向かって、悲鳴を上げる朱音。


今、どこから集まったのか、オオムラサキの群れが一気に天に舞い上がる。


飛翔能力が高いオオムラサキは、力強く羽ばたき、雄大に舞う。


「あの世まで送ってくれるってさ——」


シンバはオオムラサキの群れに、そう呟いた。




次の日の朝、健太はシンバに会いに、公園に行ったが、ベンチにシンバの姿はなかった。


「トイレかな?」


「高橋くん」


「あ、進藤、どうしたの?」


「あの外人にお団子持って来たんだけど」


そう言って、朱音は持って来た団子を見せる。


笑い出す健太に、


「何がおかしいの?」


と、尋ねると、


「だって、それ、シンバにお供えみたいだよ?」


と、更に笑う。だが、


「そんな僕もポップコーン持って来たんだ、シンバと一緒に食おうかと思って」


と、ポップコーンの袋を朱音に見せた。


「進藤、昨日から、何か変わった事とかない? 大丈夫?」


「・・・・・・うん、でも、私がやった罪は消えないから、いつかは竹箆返しが来るって事は覚悟してる。でも大丈夫。私を空から見守ってくれてるシロの為にも、何があっても負けないで、元気な姿で、頑張る!」


そう言いながら、朱音は健太の足を見る。


「・・・・・・高橋くん、ごめんね」


「え? 何が?」


「高橋くんの、その足——」


「あぁ、これ? 実はさ、シンバには打ち明けたんだけど、サッカーで今度、試合に出られる予定だったんだ。だから、足の骨を折っちゃった事、悔しくて、誰かのせいにしたかっただけで、だから進藤のせいにしただけだよ、こっちこそ、ごめんな」


「違うわ、それはシロが——」


「もういいんだ、足が治ったら、サッカー頑張ればいいんだし、この足のせいで夏休みはプール行けなくてもシンバに会えたし!」


「・・・・・・ありがとう、高橋くん——」


「健太でいいよ、クラスのみんなは、そう呼ぶよ」


「じゃあ、私も朱音でいいわ、高橋くんが・・・・・・健太がそう呼べば、クラスのみんなも、その内、私を朱音って呼んでくれるかも」


「うん、わかった」


頷く健太に、朱音も笑顔で頷く。


「それにしてもシンバ遅いなぁ、うんこかな?」


健太がそう言った時、向こうからクラスの男の子達が、


「健太ー!」


と、手を振りながらやって来る。


「進藤 朱音もいる! おい、進藤! お前、謝ったのか!?」


と、男の子達が喧嘩腰なのを、


「もうやめたんだ、朱音は悪くない。僕の勘違いだから」


と、健太は止める。


「勘違いって、コイツ、死体集めしてるし、化け物だって健太も言ってたじゃん」


俯く朱音。


「朱音は死体集めなんてしてないよ」


そう言った健太に、朱音は顔をあげた。


「でも見た奴だっているじゃん!」


「朱音が死体を持って帰ったのは、集めてるんじゃなくて、お墓を作ってあげてたんだよ」


健太がそう説明すると、皆、顔を見合わせ、首を傾げる。


「死んだら、お墓作ってあげなきゃって、朱音はそう思っただけだよ。もうそんな噂やめようぜ? 同じクラスの仲間に化け物なんていたら、他のクラスの奴等が面白がって、僕達クラスが馬鹿にされるだけじゃん!」


「そうだけど・・・・・・」


みんな、とりあえず、頷き、朱音と仲良くする事に納得する。


「俺達、これから図書館に夏休みの宿題しに行くんだ、健太も行く?」


「行く! 朱音も一緒にどう?」


健太が朱音を誘うと、朱音は返事に困ったような表情で無言で、チラッとみんなを見る。


みんなは朱音にチラッと見られて、苦笑いしながら、


「おいでよ、できたら算数とか答え見せてくれると嬉しいかも」


そう言った。


「そうだな! 朱音、頭いいもんな! 本ばっか読んでるからな!」


みんなが、朱音に対して、『おいでよ』そう言ってくれた事が嬉しくて、健太の声は弾む。


「・・・・・・うん、わかった。でも答えは見せないわ。その代わり、教えてあげる」


朱音もニッコリ笑い、そう言った。


「じゃあ、勉強道具とって来て、図書館に行くよ」


そう言った健太に、皆、頷き、解散した——。


ベンチには、まるでお供えのように、ポップコーンとお団子が置かれた。


蝉の鳴き声。


暑い日差しが輝く。


子供達の笑い声が、天高く響き渡り、その声を天に召された者に届かせるように、オオムラサキが高く高く舞う——。

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