6.壊


「こんな暗い中で何やってんだ?」


家に帰ると、電気も点いてないリビングでラテとシーツがいる。


シンバは電気を点け、ラテの隣にドカッと座る。


「・・・・・・兄貴?」


「疲れたぁ、探し人見つからず。ずっと歩き回って、足がクタクタだ。美味そうだな、俺にもくれよ、誰が買ったの? ラテ? シーツ?」


と、ドーナツに手を伸ばすシンバ。


「兄貴! 何やってたんだよ! ウィルアーナが大変な事になってるんだよ!?」


「あぁ、なんか自殺してるらしいな? うちの大学、そういうの流行ってたっけ?」


「何言ってんだよ! そんな能天気な事言ってる場合じゃないだろう!?」


「・・・・・・私もニュースで見たよ、集団自殺とか言ってた」


「集団自殺とかそういうレベルじゃないんだよ! 兄貴! ボクは——」


「悪いけど、今は休憩中。俺だって少し休みたいんだ。頭ん中、パンク寸前」


「よく言うよ、パンクする程、何が詰まったって言う訳? 大体、兄貴は——」


「はいはい、わかってるって、シーツにばかり色々と押し付けて悪かったって。お袋はまだ帰って来ねぇの?」


「母さんは暫く入院になったよ、それより、そういう話じゃなくて!」


「私、帰るね!」


突然、そう言ったラテに、シンバとシーツは、


「え!?」


と、声を合わせ、ラテを見る。


「2人で話する事があるみたいだし、私、帰る。また遊びに来るね」


笑顔で、そう言ったラテに、


「じゃあ、送るよ」


と、何故か、2人して、シンバとシーツは声を合わせる。


「平気だよ、直ぐそこだもん」


「シーツ、お前、待ってろ、後でちゃんと話聞くから。ラテ、送るから待てって」


そう言ったシンバに、シーツはムッとする。


何故、こんな時ばかり、兄貴風吹かすのだろうかと——。


シンバが玄関を出ると、ラテが、


「シーツ君の傍にいてあげて? なんかシーツ君、様子が変だよ」


小さい声でそう言った。


「変?」


「うん、今朝もシーツ君に会ったんだけど、様子がおかしいなって思ったから、来てみたの。でも、やっぱり変」


「・・・・・・親が倒れたからじゃねぇの?」


「そういう感じじゃないよ。シンちゃん、気付いてあげなきゃダメだよ? おにいちゃんでしょ?」


「・・・・・・話してみるよ」


「うん、そうしてあげて?」


笑顔のラテに、救われる。


手を振るラテに、シンバも手を振り返し、玄関で見送るだけとなった。


ラテの背を見ていると、今にも天使の羽が生えて来るんじゃないだろうかと、シンバは思う。幻想的な思考に、恋をすると馬鹿になるなぁと苦笑いしている所に、玄関のドアが思いっきり開いて、シンバは頭をぶつける。


「いってぇ」


「兄貴、なんだ、そこにいたの? 今なら間に合うかと、呼びに行こうかって思ってたんだ、送らなかったんだ?」


「あぁ!?」


「何キレ気味んなってんの」


「頭ぶつけられたんだよ! お前に! 謝れよ!」


「やだよ、態とじゃないもん」


「ふざけんな!」


「電話だよ。ザタルト君から。兄貴に用事があるんだって。アパートに電話したらしいけどいないからって、こっちへかかって来たみたい。急用みたいだよ。いい加減、ハンディフォン買えば?」


と、シーツは子機となる受話器をシンバに差し出す。


——エノッチから?


シンバは受話器を耳にあて、


「エノッチ?」


そう言うと、


『シン? 一体どういうつもり?』


と、突然、心当たりのない言われよう。


「何が?」


『科学が依頼したって言う電子工学への設計図! これ、何の兵器な訳?』


「兵器?」


『誤魔化しても無駄。僕は確かにシンより頭悪いかもだけど、劣ると迄は思ってないよ』


「いや、ちょっとマジで何言ってんのかサッパリわかんねぇ」


『科学が兵器らしい設計図をよこして来たんだよ、しかも研究生だけで作れって。それって上には報告するなって意味だよね? で、依頼して来た科学の研究生の代表って言ったら、シンの他に誰がいる訳?』


「俺じゃねぇよ。大体、今日は大学に行ってねぇし」


『シンが来た訳じゃないよ、シンに頼まれたって、あのリーフウッドの村の女の子が言いに来たんだよ。大体、あの子は部外者じゃないの? それを、雑用とは言え、設計図なんて渡していいの? どこで情報が漏れるかわかんないよ? しかも、どんな風に使うのか、まだ作ってみないとわかんないけど、どう見ても危険なモノだよコレ。それにね、今は自殺がどうのこうのって、大変なんだよ? そんな時に兵器なんか作って、しかもそれがバレたら、どうなると思う訳? 仮にも、シンはイオン教授の息子なんだから、そういうの自覚してんの?』


「・・・・・・なぁ、その設計図、エノッチが持ってるのか?」


『え? そうだよ、一応、僕の手元でストップしてある!』


「そのままストップしといてくれ。今からそっちへ行くから」


『え? 僕はこれから帰ろうかと——』


「帰んなよ、俺が行く迄、そこにいろ」


『なんで命令されなきゃいけないの』


「失礼な奴だな、命令なんてしてねぇよ、頼んでんだろ」


『頼んでる? それは世の中では、命令って言うの!』


「いいから、そこにいろって」


シンバはそう言うと、電話を切った。


シーツと目が合い、


「クロリクって女、どうした?」


そう聞くが、シーツは黙っている。


「なぁ、シーツ? お前、何か知ってんのか?」


「何かって?」


「いや、なんでもない。お前も一緒に来いよ」


「どこへ?」


「大学」


「嫌だよ、ボクはこれから休むんだ。大体、兄貴はボクと一緒にいる事、いつもなら嫌がるじゃないか」


「あぁ、嫌だね、でも話さなきゃなんねぇ事があんじゃねぇの?」


「話? さっき話そうとしても聞かなかったのは兄貴だろ」


「ラテがいる時に話す事じゃないだろ」


「もうどうでもいいよ、ボクはこれから休むって言ったろ、大学には行かないし、兄貴と話す事もない」


「何を拗ねてるのか知らないけど、親父のデスクの引き出しの中身なら、俺が持ってる」


言いながら、シンバは玄関で靴を履いている。


「え!? なんで!? いつ!? どうやって!? 大体、鍵はどこにあったのさ!?」


「いいだろ、どこだって。情報をくれない奴に答える義務はない」


そう言うと、シンバは玄関のドアを開けて、出て行った。


シーツは、クソッと口の中で呟き、シンバを追う。


カナリーグラスへ向かう為、電車に乗り込み、シンバとシーツはボックス席で向かい合わせに座る。


ずっと2人、黙り込んだままだったが、


「どうしてボクが父さんのデスクの引き出しを開けようとしてるってわかったの?」


と、シーツの方から沈黙を破った。


シンバは肩から、だらしなく、ぶら下げている汚い鞄の中をゴソゴソと漁り、一枚のディスクをシーツに渡した。


「それが親父のデスクの引き出しに入っていたモノ。取り合えず、中身も見たし、返そうかなって、うちに行ったんだ。そしたら、ラテとお前が、暗い部屋で、お茶してたんで、ビックリした。その時、お前、俺に、集団自殺とかそういうレベルじゃないんだよって言ったよな? なら、どういうレベルかって事まで、お前なら掴んでるんだろう? それを更に調べる為に、親父の書斎に入ったんじゃねぇの?」


「・・・・・・このディスクはなんだったの?」


「双子。後、神聖文字と呼ばれる古代ヘブル語に似た古代文字で記されたユダヤ教」


「ユダヤ? キリストじゃなくて?」


「元々はユダヤ教らしい。ユダヤ教には隠された教義があり、それを説いた者がイエスで、だから、イエスを救世主だと崇拝し始めた者達がいるんだ。その者等をキリスト教で、救世主はいないとするのがユダヤ教」


「・・・・・・ペルソナを説いたんだ。イエスはペルソナ、三位一体を説いた」


「へぇ。それって科学?」


そう聞いたシンバに、ドキッとするシーツ。


「か、科学って、どうして? 三位一体って言うのは御父、御子、精霊の事を——」


「イエスは神の名を口にして処刑された。シーツ、お前なら、どう思う?」


「どうって、それは人々にインパクトを与える為じゃないの?」


「そうだな、でも、それは自分が2人いればの話だ。例えば、俺だったら、お前を俺の身代わりにして、インパクトある死に方をさせ、俺の名を人々の記憶に植え付ける。そうしなきゃ、動けないだろう?」


そう言われ、シーツは嫌な汗が手の中に溢れるのを感じていた。


「気になるのは神の名前だ。確かに名前を言ってはいけないと決められていても、余程の名前だと思わないか? 名前を口にしてはいけないのであれば、口にした名前を誰も聞いた事がない筈。なのに、どうして、それが神の名だとわかった? それは神ではなく、神と同じくらいのチカラがあるモノだった。だが神を信じている者にとったら、神を信じられなくなってしまうようなモノでもあった。だから、処刑しなければならなかった」


そう語るシンバに、シーツは、


「・・・・・・異端って事?」


そう尋ねる。


「或いは」


そう答えたシンバに、


「じゃあ、兄貴がさっき言った科学?」


と、シーツが、そう聞く。


「・・・・・・当然、それもそうだが、もう一つの解釈がある」


「もう一つの解釈?」


「YHWH、神の固有名詞だ。これを読む事は不可能だが、古代ヘブライ語で『わたしはある』と、読めるらしい。『わたしはある』それは、いつも傍に誰かがいると言う意味にもとれる。常に、俺達の傍に、誰かがいるんだ」


「・・・・・・誰かって?」


「見えない者、触れられない者、だが、逆らえない者。運命だ」


「運命?」


「運命を動かしている者、そう、それが神、だな。ソイツの名を呼べば、抹殺される運命を言い渡される。イエスはそれを知った上で、名を呼んだのか、いや、呼ばせたのかもな」


「・・・・・・」


「俺達が今、こうして一緒に電車に乗る事も、最初から決まっていた事なのかもな」


「なにそれ。兄貴の言う事は馬鹿げてるよ。どいつもこいつも——」


シーツはフレダーが、人の運命を動かせる誰かが、過去も今も、いると思わないかと言った台詞を思い出している。


「じゃあさぁ、集団自殺も運命だって言うの? なら、その運命はどうして今なの!? ねぇ、どうして!? 神なんて存在しない今の時代に、どうして、こんな事が起こる訳!? どうしてボク達、宗教について調べてる訳!? ねぇ、これが運命だって言うなら、どうして、神は態々、今という時間を選んだの!?」


「・・・・・・アーリスに隕石が向かってきてる」


「え!?」


「今日、エスプテサプラにあるリンドミラーユニバーシティの天文学部から得た情報だ。でも確かな事はまだわからないらしい。でもだから、今なのかもしれないだろ? 大災害を利用する為に!」


「そんなど田舎にある大学の言う事なんて!」


「だがリンドミラーは天文学だけは一流だ」


「・・・・・・大体そんな場所に何しに行ったんだよ!」


「エスプテサプラにある出版社に行った時に、リンドミラーに寄ったんだよ、出版社の人から、リンドミラーには神がいるって聞いたから」


「神?」


「月の女神。あんま関係なさそうなんで、直ぐに帰ってきたさ。だけど、エスプテサプラって土地柄のせいかな、なんか不思議な場所だった気がした。ま、俺があそこに行くのも運命だったって事かな」


「・・・・・・兄貴、さっきから何言ってるの? 兄貴が勝手に大学さぼって行っただけだろう! 何が運命だよ! 隕石が堕ちたとしても、それは偶然だろう? 運命なんかじゃない! それが運命なら、変えればいい!」


「変えるさ、その為に運命を操る奴を引っ張り出さないとな。これから生まれるなら、ソイツを見つけないとな」


「・・・・・・兄貴も気付いたんだね、イエス・キリストの復活」


「わからないのは、イエスが生み落とされたら、神はイエスになるんじゃないかって事。だとしたら、イエスを生み出そうとしてる奴は、神になれない。それでもイエスを生み出すのか? それにイエスが、どこに存在するのかも、まだわからない」


シンバは溜息を吐いて、俯いた。そして、


「でも、その復活は阻止するべきだ。レオナルド・ダ・ヴィンチがDEAD ENDだとメッセージを残してくれてるんだ。聖書に隠された記録を説いたイエス。それを更に説いたレオナルド・ダ・ヴィンチ。イエスは処刑されたが、レオナルド・ダ・ヴィンチは処刑されない運命を手に入れた。そして運命に逆らって、メッセージを残した。俺達、人間の為の救世主になる為に——」


そう話した。


「また運命? 逆らって残したメッセージって?」


「モナリザ。今、現在も運命に操られず、存在する芸術」


「闇に葬られなかったんだ」


「あぁ、でも本当の謎は解けてない。神が生まれればDEAD ENDだと言うメッセージはわかったんだが、どうやって阻止するか、その謎はまだ解けてない」


「わかってないなぁ、兄貴は。阻止するなんてできないんだよ、だから、レオナルド・ダ・ヴィンチの残した謎は闇に葬られなかったんだ、それも運命なんだよ」


「・・・・・・シーツ?」


突然、シーツはハッと我に返ったかのように、目を見開いて、シンバを見る。


「・・・・・・兄貴が全て運命だって言うなら、そうなんじゃないかって思ったから」


そう言ったシーツに、シンバはフゥンと頷く。


「ね、ねぇ? 兄貴? 6歳から8歳の頃の記憶ってある?」


「6歳から8歳? そりゃあ、あるんじゃん?」


「どんな記憶がある?」


「どんな? そう言えば、俺達、いつからだっけか? こんな風に、まぁ、それとなく仲良くなったのって?」


「え?」


「俺達、すっげぇ、仲、悪かったよな?」


「・・・・・・そうだっけ? ちょっとした事で喧嘩になるのは、まだ子供だったから」


シーツはそう言うと、俯いた。


シンバも下を向く。


「俺達、こうして向かい合って座ってると、思い出すよな、御袋が合わせ鏡だと、よくこうして向かい合わせにさせた——」


「うん、ボクは兄貴を見て、兄貴はボクを見て、自分を映してたね」


「それからかな、俺達は2人で1人なんだって思わされ、喧嘩しなくなったのは」


「ボクは嫌だったよ」


そう言ったシーツに、シンバは顔を上げた。


「ボクは嫌だった。兄貴と一緒にされる事。だって、ボク達は一緒じゃない。ボクはシーツだ。シンバじゃない。だから消えてなくなるのは嫌だ。ボクはアイツ等とは違う、感情がある」


「——アイツ等?」


「兄貴、見たんだろう? 父さんの机の引き出しに入っていたディスクの中身。そこにいた双子達。ボクはアイツ等とは違う」


「・・・・・・シーツ?」


「言っておく。もし、ボクと兄貴、どちらかが死ななければならないのだとしたら、それはボクじゃない。そして、もし、殺しあわなければならないのであれば、ボクは迷わず、兄貴を殺す。兄貴も、遠慮なくどうぞ」


シーツはそう言うと、立ち上がり、ドアの前に立つ。


「お、おい、シーツ?」


シンバも立ち上がり、シーツの傍に行こうとするが、ドアが開き、シーツは電車から下りて、どんどん行ってしまう。


カナリーグラスに着いたのだから、行ってしまってもいいのだが、シンバは、突然のシーツの宣言がわからず、ホームで、只、シーツの小さくなって行く背を呆然と見ていたが、自分も大学へ急がねばと、足早になる。


——確かにラテの言う通り、シーツは少し変だ。


——いや、少しどころか、かなり。


——そう言えば、何故、6歳から8歳辺りの事を聞いて来たんだろう?


——その頃、俺達は顔を合わせる度に、喧嘩・・・・・・。


——待てよ、喧嘩ってどんな?


——そうだ、俺達は子供がするような喧嘩なんてした事がなかった。


——顔を合わせても、お互い、無視していた。


——本当に憎むような気持ちが湧いて、お互い、何も口に出さず、只、耐えていた。


——心の中で、何度、殺したか。


——でも実際には、殺さないよう堪えて、堪えて、堪えて。


——そう、理由がある喧嘩じゃない。理由なく、只、只管、憎かった。


——でも、そんなにシーツと一緒にいた事なんてあったか?


——アイツは、いつもいなかったじゃないか。


——何故いなかった?


——それに、何故、そんなに憎んでいたんだろう?


「キミがウィルティス・シンバ君か」


大学目の前、そう言って現れた男。


「キミ、双子なんだなぁ。驚いた、さっき、キミと思って話しかけたら、弟の方だって言うからさ。それにしても、本当にソックリだな」


「・・・・・・アナタがラハン・アフェさん?」


「おっと、頭がいい奴ってのは、察しがいい。いちいち説明しなくていいのがいいね」


そう言って、ニヤリと笑う口元には、折り曲がったタバコが咥えられている。


まるで浮浪者のように汚らしい姿で、ボリボリと頭を掻く。


「オレを探し回ってくれたそうじゃないか。ウィルアーナの生徒だって聞いて興味湧いたよ。いつかオレを探しに来る奴がいるんじゃないかって思ってたからねぇ。しかも名前を聞いて、更に興味倍増した。ウィルティスって、ウィルティス・イオンの息子だろう? そして、今、その息子が双子だって知って、更にオレの興味は溢れてる」


「確かに、大手の出版社を訪ね、自分の名前を言いましたが、イオン教授の息子だなんて一言も言ってませんよ、ウィルティスという同じセカンドなだけかもしれないじゃないですか。それとも、憶測だけでなく、確信を証拠にする何かを手に入れたんですか?」


「・・・・・・」


「それぐらい手に入れなきゃ、只のゴシップの記者で、潰れて当然だったって事だ」


「オレを試してんのか、真実、それを手に入れられる奴なのかどうか。態と名前を言って、オレを誘き出した癖に——」


そう言って、男は咥えていたタバコをペッと捨て、


「でもこれでハッキリしたよ、お前は間違いなく、ウィルティス・イオンの息子だな。大胆不敵のその態度が決定的だよ」


そう言った。


「それ憶測っつーんですよ」


「違うね」


「は!? 何が違うんすか?」


「プロの勘だよ、なめんなよ、オレのセンスを」


「取り合えず、今のアナタのセンスはどうでもいいです、アナタが、昔、書いた記事を知りたいんです」


「だろうな」


「教えて下さい、アナタは何を書いたんですか!? 何を書いて、消されたんですか!?」


「別に。普通にウィルティス・イオンを罵倒しただけさ」


「それだけで消される訳がない!」


「人間共が築き上げてきたモノを壊して、ゼロからコントロールするチカラがウィルアーナにはある。ウィルアーナはそれだけじゃ足りずに、人間と言う虫けらを作った」


「虫けら?」


「家畜なんかは、難しい感情なんてなくても生きていけるさ。だが人間を創るって事は感情も創らなければならない。それが何か、魂だ」


「魂を創る!?」


「結局、失敗に終わったモノは虫ケラ同然」


「・・・・・・殺した?」


「ま、最終的にはそうしたんじゃねぇの?」


「最終的にって、虫ケラっつっても人間だろう!? クローンだとしても! ウィルアーナがそんな事する訳ないだろう!」


「つうか、誰がクローンだって言った?」


「え? だって、じゃあ、何?」


「お前、仮にもウィルアーナの生徒だろう? クローンって何かわからない訳じゃねぇだろう?」


クローンは同一の起源を持つ均一な遺伝情報を持った核酸、細胞、固体の集団。


クローン人間と言えば、自分と姿、形が全く同じ人間と言うイメージがあるだろうが、仮に自分のクローンを生み出す場合、核移植した細胞を子宮となる装置にセットする事から始まる。つまり、妊娠、出産する事により創られる為、現在の自分とは年齢の差がある。そしてクローンの老化のスピードが普通の人間と同じとは限らない。また人間の容姿は食生活やまわりの環境にも影響される。その為、姿、形が全く同じになるとは考え難い。目や髪の色などの遺伝的に継承する部分は似るであろうが、身体的な特徴が同様になる事は在り得ないだろう。


「クローンなんていらねぇよ、ならドッペルゲンガーの方がまだいい。かと言ってドッペルゲンガーじゃ意味ねぇしな。DNAも同じじゃねぇとさ」


「まるで鏡に映した自分の事みたいですね。でもそんな簡単な事じゃないですよ」


「だが、鏡に映すと、自分が映るように、もう1人、自分が存在しなきゃ意味ねぇだろ、殺しても問題ないようにな。精神的肉体的な分身。お前なら、わかるだろう?」


「・・・・・・一卵性双生児」


「わかってんじゃねぇか」


「わかりませんよ、確かに一卵性双生児は同一のDNAを持ってるし、見た目も似てる。特に幼ければ幼い程、ソックリだと言われていますが、ソックリなだけです。一般に遺伝子情報に左右されないものとして、黒子、痣の位置、静脈のパターンなどがあります、一卵性双生児でも、静脈認証や顔確証などの生体認証で個人認証は可能なんですよ。アナタも知っての通り、俺も双子ですけど、俺自身も弟も、2人、存在している。そりゃ似てても、やっぱし違いますよ。生きている以上、俺には俺の、弟には弟の人生がある。お互い異なる環境的影響を受け、その影響は各種の遺伝的素質の発現に影響を及ぼすんです」


「じゃぁさぁ、人生で影響を受けて、遺伝的に影響を及ぼす前の、更にソックリそのままの時期の虫ケラを手に入れればいいんじゃねぇの?」


そう言うと、アフェは懐から、短めの吸殻となったタバコを出して来て、それを咥えた。


「成る程。それって、双子の生後何ヶ月かの赤ん坊って事ですね」


「そう言う事」


「じゃあ、それを手に入れたとして、魂を創る事と何の関係が?」


「つうか、お前、本当にウィルアーナの生徒かよ? 何かをゼロから創るには、それを知る必要があるだろう? まず魂を知る必要があったんだよ」


「双子なんて、そう簡単に生まれるんですか?」


「おいおい、お前、マジでウィルアーナの生徒じゃねぇだろ? つーか、生徒なんて言ってねぇか。それこそオレが勝手に思い込んでただけか? いいか、ウィルアーナには産婦人科もあんだろうが。今の時代、産み分けだの、なんだのって、性行為で自然分娩なんて、それこそ滅多にねぇんだぜ。セックスなんて、只の快楽っちゅう世の中。女は安全に出産し、優秀な子供を残す為に、旦那の精子持参で来る奴も多いだろう。双子を身篭らせるなんて、ウィルアーナにとったら簡単な事だろうが」


そう言ったアフェに、シンバはクッと笑いを堪え、


「やっぱ、ゴシップで潰れたんすね」


そう言った。


「あんだと!?」


「そんな事、在り得ない。事実、そうだったとしたら、とっくにウィルアーナは潰れてますよ」


「ふざけんな! オレはな、ウィルアーナに子供をとられたって言う女から話も聞いてんだ! 嘘じゃねぇ、事実そうだったんだ!」


「その女性の子供は死産だったんじゃないですか? 逆恨みの件では調べたんですか?」


「オレの調査不足だと言いたいのか!? いいか、ウィルアーナは潰れる。真実はいつまでも隠せない! 月日が流れれば流れる程、隠し通せるものじゃなくなる!」


「・・・・・・潰れたのは、アンタのとこの雑誌社だよ」


そう言うと、シンバは背を向け、大学の方ではなく、病院の方へ向かって歩き出した。


「お前がオレを探して迄、オレの記事を知りたかったって事は、今もその実験は行われてるからじゃねぇのかぁ!? ウィルアーナの終わりは近い! その時、お前はオレの真実に気付くんだ! 嘘じゃねぇって事にな!」


シンバの背に、そう吠えるアフェ。


——クソッ!


——なんであの記者を野放しにしてんだ。


——完璧、情報、漏れてんじゃねぇか!


——勘が良すぎる奴を金で買収する訳にもいかねぇってか?


——親父も甘すぎだ、ウィルアーナを潰したいのか!


——それよりも何よりも・・・・・・。


受付も通さず、ツカツカと病院内を進む。


向こうから、看護婦と歩いてくるフレダーを見つける。


フレダーもシンバに気付き、


「おや、シ——!」


シンバ、シーツ、どっちの名前を言おうとしたのか、その前にシンバがフレダーの白衣の襟元を締め上げた。きゃーと悲鳴を上げる看護婦。


「アンタ、俺とシーツに何をした!?」


フレダーは、締め上げて来るシンバの手を持ち、襟元から離して、乱れた白衣をキチンと直すと、シンバを見て、


「なんですか、突然? 何をしたと聞かれても、何を答えて欲しいのか、的確に言って下さらなければ、答えれませんよ?」


相変わらず、冷静な口調でそう言った。そして、傍にいる看護婦に、


「彼はイオン教授の息子さんだ。それに私の患者だよ。心配ない、先に行ってなさい」


そう指示を出し、看護婦をその場から離れさせた。


「ここにいても、人の目につくでしょう、こちらへ——」


更に、そう言って、フレダーも、その場から離れる。


シンバはフレダーの背について行き、そして、今は使われていない会議室へ招かれた。


最初に口を開いたのはシンバ。


「プロジェクトチームYHWH。知らないとは言わせない」


「それがどうかしたんですか?」


「魂を創るチームだったらしいな。双子を手に入れて、同じ2人の人間で、実験し、精神や肉体などを調査していた。そこまではいい。最終的に殺したのか?」


「何故そう思われるんですか?」


「思いたくないさ! 俺もさっき聞いたばかりだ!」


「誰に?」


「いいだろう、誰でも! 俺の質問に答えろよ!」


「だとしたら、何か問題でも?」


「問題がないと言うのか!? アンタ、ウィルアーナを潰す気か!」


「何を言い出すかと思えば。人体実験など、当然、どこの大学でもやってますよ」


「ふざけんな! ずっと気になっていた。どうして俺とシーツはアンタが担当なんだ?」


「どういう意味ですか?」


「風邪をひいても、手術が必要でも、必ずアンタが出てくる。俺達の担当医だから? それだけが理由か? 双子が必要だったんだろう? アンタが目の前にいる実験材料に全く手を出さないなんて、在り得ないだろう!」


「何の心配をしているのかと思えば。あなた達はイオン教授の息子ですよ? それこそ実験材料だなんて在り得ないでしょう?」


「・・・・・・アンタ、時間について考えた事あるか?」


「時間ですか? 生憎、私は医者ですので、医療とは関係ない事に深く追求した事はありませんが、常識程度で、アインシュタイン的時間解釈なら知ってますよ。ユーモアたっぷりの理論物理学者アルベルト・アインシュタイン。過去の偉大人物の1人です。そんな説明いりませんか、シンバ君もご存知でしょうから。アインシュタインによれば時間と空間とは同じもので時空と解釈します」


「時空連続体」


「はい。アインシュタインは時間対称性が数学的に存在を許すのを肯定し、過去、現在、未来が同時に存在していると言う解釈をしました。これを時空連続体と言います。時空連続体には過去、現在、未来が、既に同時に存在していると言う解釈ですね。時間はアインシュタインだけでなく、多くの学者が考え、悩みぬいてきました。まず時間とは何か。そして、時間と意識の関係はどのようなものなのか。時間が流れるとはどのようにか。時間の流れを我々はどのように知るのか。シンバ君はアウグスティヌスと言う人物を知っていますか?」


「いや」


「古代キリスト教の神学者の1人です」


「またキリストかよ」


シンバはそう呟いて、面倒そうな表情をする。


「『私はそれについて尋ねられない時、時間が何かを知っている。尋ねられる時、時間は何かを知らない』ウグスティヌスの有名な言葉です」


「・・・・・・?」


シンバは考え込んでしまう。


「深く考えても、わからないモノはわかりません。誰にでもわかる表現なら兎も角、考えてしまう内容は答えを見つけても、ひとつの解釈に過ぎませんからね」


「解釈でもいい、アンタはタイムマシンが存在すると思うか?」


「タイムマシンですか? そうですねぇ、そもそも未来からの時間旅行者がいないのはタイムマシンが存在しない証拠だとスティーヴン・ウィリアム・ホーキングと言う物理学者が言っていましたね。ただし、いつかタイムマシンができるか、どうか、それは賭けられないとも言っていましたよ」


「そうじゃねぇよ! アンタの意見を聞きたいんだよ!」


「すいませんねぇ、私は医療と関係ない事に対して、余り良くわからないんですよ、私の知識で答える事しかできませんから」


「俺はイエス・キリストが現在に復活する事を考えている」


「それは凄いですねぇ」


本当に凄いと思っているのか、それとも馬鹿気ていると思っているのか、演技たっぷりの大袈裟な声を上げるフレダー。


「でも、どうやって? 過去からイエス・キリストを連れてくる? それとも2人存在したかもしれないイエス・キリストの処刑されてないだろう方の子孫を探す? 或いは未来からイエス・キリストを連れてくるか?」


「未来から?」


「知らないふりするなよ、どう考えたってイエス・キリストやレオナルド・ダ・ヴィンチは過去の人物なんかじゃねぇよ! 2人存在するには、別に双子じゃなくてもいいんだ、そう、時間を超えれるならね」


「・・・・・・面白い解釈ですね」


そう言って、ニッコリ笑うフレダー。


「肉体が時間に追いつかず、滅びてしまっても、魂というエネルギーはどうなんでしょうね、先生?」


突然、フレダーを先生と呼び、シンバは挑戦的な笑みを見せる。


「空間を越えても滅びない肉体と精神があれば、時空旅行も可能なんじゃないでしょうか? 魂だけならタイムマシンは存在する」


「成る程」


「魂を抜き取る事は簡単ですよね。医学で言う所の死にあたる事です。で、死者に命を与える事、それも医学ですよね。魂を入れる事、それは可能だったんですか?」


「・・・・・・それは死に方にも寄るでしょう、手の施しようがなければ無理です」


「質問を変えます、プロジェクトチームYHWHのメンバーの1人として、実験は成功したんですか?」


「・・・・・・していたら、そのプロジェクトチームはまだあるでしょう」


「ならイエス・キリストの魂は今はどこにあるんですか? その魂を入れた赤ん坊はどうなったんですか? 成功してないなら失敗に終わったって事ですよね? 光あれと、イエスを創ろうとした赤ん坊はどうなったんですか!!!!」


「最終的にどうしたかなど、アナタが最初に言った言葉のままですよ」


「殺したんですか? やっぱり殺したんですか! 虫ケラのように! それをシーツに話したんですか?」


「・・・・・・いいえ」


「もう一度、聞きます、アナタはシーツに話したんですか」


「いいえ」


「嘘つくなよ! アンタが何か言わなかったら、シーツがおかしくなる筈ないだろう!」


「おかしくなったんですか? そんな筈はない。だって、シーツ君に話すも何も、プロジェクトチームYHWHはシーツ君もメンバーの1人だったんですよ? 私が一方的に話す必要などないでしょう、聞きたいと言う事は答えますが」


——なんだって?


——この人、何言ってんだ?


「おかしくなったのではなく、今までがおかしかったのでは?」


「今までが!?」


「シーツ君は自分を取り戻したのかもしれませんよ?」


「んな訳ないだろう!」


「何故、そんな訳ないと? シンバ君は、シーツ君の全てを知っているとでも?」


「当たり前だろう、アイツは俺の弟なんだ!」


「だからなんです? シーツ君が何者なのか、兄ならわかるんですか? 双子とはそういうモノなんですか? お互いの事が全て理解できてるんですか?」


「・・・・・・アンタこそ何者だよ」


シンバはそう小さい声で呟くと、フレダーをキッと睨みつけ、


「アンタこそ何者なんだよ!!!!」


と、大声で叫んだ。


「何の関わりもない風に、過去の人物とか出して来てさ、まるで自分とは無関係だと見せかけて、俺達に答えを出させてんじゃねぇのかよ! 俺達の意見を否定も肯定もしねぇ! 自分は何も動かず、手も触れず、かと言って、見捨てる訳でもなく、助ける訳でもない! 全て見通した気分でいんのか? それとも神にでもなったつもりか? アンタが、未来か過去、現在ではない時間と空間を超えて、この時代に来た魂か? 全ての運命を手にしてんのか!」


「考えすぎですよ」


「どっちにしろ、アンタが敵でも味方でも、シーツに手を出したら、俺が許さねぇ。このウィルアーナも、アンタのモノじゃねぇ! ここはシーツが継ぐ場所だ。アンタの好き勝手にはさせねぇよ」


「弟想いですねぇ、シンバ君は。ですが、シーツ君はそう思ってるでしょうか。決して、想い過ぎる事が彼の為だとは思いませんが。想いは強ければ強い程、迷惑なものです。押し付けられる事がどれだけ辛いか、それが、どんなに正義でも、悪になってしまいますよ。気をつけて下さいね」


「忠告どうも。俺も忠告しといてやるよ。アンタ等がほったらかしにしたジャーナリスト。今も嗅ぎ付けてウロウロしてんだぜ。全てアンタのせいにして、ウィルアーナを守る事もできるって事、お忘れなく」


そう言ったシンバに、フレダーはフッと笑い、


「私のせいにしても構いませんよ、アナタが言ったように、私は否定も肯定もしません」


そう言うと、部屋から出て行った。


「クソッ!!!!」


広い会議室に残されたシンバは苛立ちを叫んだ。


「どうしたらいいんだ! シーツが壊れてしまう前に、俺はシーツに何を言ってやればいいんだ、何を言って、自分を取り戻させればいいんだ! わかんねぇよ、クソッタレが!」


頭を抱え、その場にしゃがみ込むシンバ。


——いっそ、あんな奴、殺してしまえばいいじゃないか。


——面倒な奴だよな、本当の所は目障りだったし。


——そう、アイツだって、遠慮なく殺せって言っていたじゃないか。


——アイツだって、それが本心なんだろう。


——そう、アイツ自身、自分を取り戻した姿なんだよ、ソレが。


「・・・・・・俺、今、何を考えてる?」


——ヤバイ、俺が惑わされてどうする!


——俺はアイツを守るんだ。


——もう二度と、アイツを殺したりしない。


——二度と!?


——俺は一度アイツを殺してる?


——心の中でじゃなく、現実に殺してる?


シンバは自分の考えを否定するように首を振り、


「何を考えてんだ! 俺がシーツを殺したりなんかする筈ない!」


と、言い聞かすように呟く。


そんな事、全く身に覚えもない事で、なのに、そんな考えをしてしまうなんて、シンバは自分の思考がかなりヤバイ事に動揺する。


「こんな事してる場合じゃない、大学に行かなきゃ」


シンバは何も考えないようにする為に、兎に角、行動に出た。


病院と大学を結ぶ廊下を走り抜ける。


電子工学のクラスへ息を切らせ飛び込むと、そこには女生徒が1人。


「あ、あれ? エノッチは?」


「ザタルト君なら、アナタの弟さんと行っちゃったわよ」


「どこへ?」


「さぁ? 設計図を持って、ほら、科学の方から依頼のあった設計図。アナタが手がけたんでしょ?」


「その設計図は?」


「ザタルト君が持ってると思うけど」


「コピーとかないの?」


「さぁ?」


「コピーしてる訳ねぇな、危険っつってたもんな」


「でも流石ザタルト君よね」


「え?」


「あんな何枚もあるモノを一目見て危険なモノだなんてわかるなんて。あれを書いたアナタも凄いけど」


「何枚もって? 設計図は一枚じゃないのか?」


「何言ってるの? アナタが手がけたんでしょ?」


「・・・・・・数枚に渡り、そんな巧妙に書かれてたのか?」


「ウィルティス君? アナタが書いたモノじゃないの?」


「・・・・・・それって何日かかる代物だと思う?」


「え?」


「電子工学の勉強をしてるアンタが見てさ、その設計図って、大体、どれくらいの日にちで書けそう?」


「そうねぇ、一年、下手したら、それ以上。ウィルティス君は何日で書いたの?」


「書いたんじゃねぇ、それは元々あったんだ」


「え?」


「あのクロリクとかって女、どこから手に入れやがったんだ?」


そう呟いたシンバの背に、


「資料倉庫じゃないか?」


と、答えを投げかけたレーヴェ。


振り向いてレーヴェを見たシンバは、舌打ちをし、


「なんだ、お前か」


と、呟く。


「ザタルトじゃなくて残念か? いや、弟を待ってたのか?」


「お前を待ってた訳じゃないのは確かだな」


「それは残念だ、資料倉庫へ一緒に行ってやろうと思ったのに」


「あぁ、マジで残念だ、お前みたいな奴と一緒に行かなければならないとはな」


そう言ったシンバに、レーヴェはフッと笑い、背を向けて歩き出す。


シンバは電子工学の女生徒に会釈をしようとして、見ると、


「ヴァイスさん、かっこいい・・・・・・」


と、ぼんやりした目と赤らめた頬をして、もう行ってしまったレーヴェに対して、そう呟いている。


「嘘!? 絶対おかしいよ、男見る目ないんじゃん?」


シンバは、女にそうぼやき、レーヴェの後を追った。


資料倉庫へ向かう廊下で、


「お前、モテんだな」


と、半笑いでシンバが、レーヴェに言う。


「それはオレに対しての侮辱か?」


「誉めてんじゃん」


「どこがだ」


「フリーなんだから付き合ってやれば?」


「誰がフリーだって言った?」


「・・・・・・は? 冗談だろ? お前、彼女いんの?」


「お前のようなお子様と、みんなが一緒だと思うな」


「マジで!? 誰?」


「何故お前に誰か言わなきゃならないんだ? ここだ」


そう言って、鍵を取り出し、資料倉庫の扉を開けるレーヴェ。


「鍵、持ってたのか?」


「当然だろう、今は学校内全体が手薄だ。自殺事件でな。じゃなきゃ、あのリーフウッドの女が設計図とやらを持ち出せる訳ないだろう?」


資料倉庫はファイルやらディスクやら本やら、更にいらない机やコンピューターも含め、ゴチャゴチャした部屋だ。


シンバとレーヴェはファイルを開いては閉じ、また別のファイルを手にしては開いては閉じして、見ている。


「っていうか、なんで、お前、手伝ってくれてんの? 暇なの? 医学生ってやる事ないの?」


シンバがファイルを見ながら、レーヴェに話し掛ける。


「イエス・キリストについて調べているだけであって、お前を手伝っているつもりはないが、そう思うなら少しは感謝したらどうだ」


と、レーヴェもファイルを元の場所に戻し、更に新しいファイルをパラパラ捲りながら、答える。


「お前は、どこまで調べたんだよ?」


「とりあえず、イエスが2人いたのではないかと言う憶測を踏まえた上で、処刑されなかったイエスはどこへ行ったかと言う謎。その辺りか」


「で、設計図を探す理由は?」


「電子工学のクラスの奴が設計図に、何を入れるのか、謎の透明カプセルがついていると言う話をしていたんだ。しかも、そのカプセル、設計図を見る限りでは、どうやっても21グラムの空気程度しか入らないと言うモノらしい」


「21グラム? そんな僅かな重さを入れるわけ?」


「人は死ぬと21グラムだけ軽くなるらしい。電子工学の奴等が、設計図は過去の偉大人物であるアインシュタインの有名な公式を用いられているとも言っていた。恐らく公式は(エネルギー)=(質量)X(光速)X(光速)。そうすると、重さは光の一形態ということになるな。ということは、生命活動によって生まれる体内のエネルギーが、死によって失われる事が21グラムの正体なんじゃないか。つまり、21グラムとは、人間が死んだ時、21グラムだけ軽くなる重さ——」


「へぇ、マジで? 魂の重さって奴? ハハハ」


何かを隠すかのように微妙な笑いを見せるシンバに、


「なぁ、ウィルティス」


と、レーヴェは真剣な口調。


「・・・・・・なんだよ?」


「イエス・キリストは現在に復活すると思うか?」


「させねぇよ」


「・・・・・・そうだな。オレも復活には反対だ」


「お、流石のヴァイスもイエスが恐いか?」


「フッ。天才は2人もいらないだろう? 現在にはオレがいる。イエスなど不必要だ」


「・・・・・・なぁ、医者って奴は、どいつこいつも、自信たっぷりなのが特徴なのか?」


「何の話だ?」


「いいや、こっちの話だ。あったぞ、これだ、このファイルに入ってたんだ。ご丁寧に切り取って持って行ったのもあるみたいだな、切り口が新しい。それにしても結構な数だな、20枚? 30枚? それくらい抜き取られてんな」


「どっかのディスクにデーターとして保存されてると思うか?」


「思わねぇ。燃やせば消えるような保存しかしてねぇよ。それにしても、こんな場所に置いとくもんか? 大事なモノ程、どうでもいい場所に置いとく方が安全ってか? 確かに、こんな場所にあるとは誰も思わねぇな。でもその考えがこんな事になるとはな。誰の考えだ?」


「お前の父親の考えだろう、それより、どうする?」


「とりあえず、本当に、ここから抜き取られたって事はわかったんだ。で、ここにそんな設計図があるって事は過去に、その装置が造られた可能性があるって事だよな? シーツとエノッチはその装置がある場所へ行ったんじゃねぇのかな」


「そんな装置がある場所なんて、どこにあるって言うんだ?」


「プロジェクトチームYHWHが使っていたルーム」


「なんだって? なんのチームだ?」


「このウィルアーナのどこかに隠し部屋がある・・・・・・と思う」


「今、語尾に小声で『と思う』って言ったか? 確信もないのか?」


「ある訳ねぇだろ、あったら、いちいち、ここに来てねぇよ」


シンバはそう言うと、資料倉庫から出て行く。


やれやれと溜息を吐き、レーヴェもシンバの後について、資料倉庫から出る。


突然、シンバが走り出し、レーヴェはまた何事だと面倒そうに、一応、走る。


シンバが走って、腕を掴まえた女。


リスティア・フィン・クロリク。


「お前! どういうつもりだ!?」


「なぁに突然? アタシの腕を掴んでおいて、恐い顔して」


「オレもその女には聞きたい事がある」


と、シンバの背後からヌッと顔を出すレーヴェに、クロリクはビクッとする。


「ポスターを描いたのは、キミらしいな?」


レーヴェにそう聞かれ、クロリクは、クスッと笑い、


「そういう話がしたいの?」


と、尋ね返してきた。


「俺もポスターについて聞きたいし、設計図の事も聞きたい」


シンバがそう言うと、クロリクは素直に、


「いいわよ」


と、ニッコリ笑う。


シンバとレーヴェは眉をピクリと動かし、彼女の笑顔に不信感を抱く。


「何から答えればいいの?」


「・・・・・・じゃあ、ヴァイスも知りたいと言うポスターから」


シンバがそう言うと、クロリクは、またニッコリ笑い、


「あれがどうかしたの?」


と、また逆に尋ね返して来た。


「キミがあのポスターのデザインを考え、描いたと聞いたが?」


レーヴェがそう聞くと、クロリクはコクンと頷いた。


「言い掛かりをつけるつもりはないが、キミが描いたポスターを見た者達が、今、どうなっているのか、キミも知ってるだろう? 偶然と片付けるには必然的すぎる」


そう言ったレーヴェに、


「そうね」


と、簡単に頷くクロリク。レーヴェとクロリクの会話が続く——。


「あのデザインには何か細工でもしているのか? キミの村の事もあるからな、静かに暮らしていた村に入り込んだ腹いせか? 村ではどんな教育を? 村は人から離れた場所で、不思議な能力を身につけられるような知識を持つ人種の集まりだったのか?」


「村は関係ないわ、村人も普通よ。それに寧ろ、あのデザインで人間を自殺に追いやれるなら、村のみんなだって、あのポスターを見ればいいと思ってるわよ、アタシは。だから村に帰ったら、みんなに見せるつもりよ。でもデザインに細工なんてしてないわ、だからアタシに聞いた所で、あのポスターを見て自殺する根拠にはならないわ。こっちが聞きたいもの、どうして自殺するのか」


「根拠がないとしても、危険かもしれないだろう、なのに何故、村の者達にポスターを見せる? キミ自身、村の者達から何かされたのか? 人間を恨むような精神状態なのか?」


「残念ね、恨みを持って描いたりしてないわ、アタシは別に至って普通。無意識の内に何か暗示をかけるような巧妙なトリックができる程、天才でもない。でも声が聞こえるの」


「声?」


「第三者の声。それは誰なのかも、全くわからない。全くわからない言語で、アタシにしか聞こえない声で語るの」


「それは男か? 女か?」


「わからないわ。なんて言うのかしら、ほら、例えば、右に曲がる筈だったのに、どうしてだか、左に曲がってみた。そうしたら、事故に合わずに済んだとか、この時間帯の電車に乗る筈だったのに、絶対に遅刻なんてした事もない人が、その時ばかり寝坊して、その時間帯に電車に乗らなかった為に、事故に合わずに済んだとか。その逆もあるわね、何故か理由もなく右に曲がってしまった為に、事故に合って死んでしまったとか、態々、いつもより早起きしてしまって、ひとつ早い電車に乗ってしまって事故に合ったとか。声って、そういう感じの事なの」


クロリクがそう話し終えると、レーヴェは、眉間に皺を寄せ、首を傾げた。


「医学じゃわかんねぇよ、それ精神状態がどうこうじゃなくて、運命って言うんだ」


シンバがそう言うと、クロリクはニッコリ笑い、


「そう、そうね、運が良かった、悪かったの話かしら」


そう言って、シンバを見て、またニッコリ笑う。


「アタシね、あのデザインが頭に浮かんで、描きたくなって、描いていたら、アナタの弟が、アタシに言ったの、『ソレ、みんなに見せよう』ってね。アタシは賛成したわ、だって、頭で描いたデザインが、そのまま、この手で描けたのよ、凄い事じゃない? 普通、頭で考えたモノなんて、そう簡単に描けないでしょう? 芸術センスなんて全くないアタシが、筆を持って、描いてみようと思って、描いたモノが、みんなに見せる事になったの。只、それだけの事——」


「成る程、芸術センスなどないキミが、自分のチカラではない他のチカラが宿ったように思え、第三者だの、声が聞こえるだのと言っているのか。それは只の偶然だ」


そう言ったレーヴェに、


「いや、必然だよ、そのポスターを見て、自殺していない奴が3人もいる。つまり、殺されない者と殺される者がいるんだ。偶然じゃない、運命という必然的行為だ」


シンバが、そう言って、クロリクを睨む。


「3人?」


そう聞いたレーヴェに、


「俺と、シーツと、この女」


そう答えるシンバ。そして、


「だが、俺とシーツはどっちかが殺される運命なのかもな。今はそれを決め兼ねている所ってとこか?」


と、クロリクを睨みながら、呟く。


「おいおい、ウィルティス、お前まで頭がどうかしたのか? そんなの誰が決めるって言うんだ?」


「神だよ」


そう答えるシンバに、レーヴェは言葉を失う。


「で、設計図も声が聞こえたってのか?」


シンバはポスターの話から設計図の話へ切り替えた。


「ええ。いらないコンピューターを資料倉庫へ運ぶのを手伝った時に、一冊のファイルがアタシの目の前に落ちて来たの。それを拾ってパラパラ捲って見たら、なんとなく面白そうって思って、電子工学のクラスへ持って行ったの」


「ご丁寧に俺の名前を使ってか?」


「ええ、偶然かしら、いえ、アナタの家族に厄介になる事になってからの必然ね。だからアナタの名前はよく知っていて当然。アナタは科学の中でもトップクラス。アナタの名前を出せば、なんだってオッケーが出るようね、特に今はお父様がいないし、自由? これも必然だったとしたら、アナタのお父様は倒れる運命だったのよ」


そう言ってクスクス笑うクロリク。余りにもクスクス笑うクロリクに、レーヴェが、


「悪フザケが過ぎるな。誰でも身内が倒れる事を運命などと思いたくないだろう」


と、シンバを庇うつもりが、


「運命なんだよ!」


と、シンバ本人が、もうそうだと決めてかかっている。


「おい、ウィルティス、らしくないな、どうしたんだ? まるで運命と言う確信があるようじゃないか? まさか本気で第三者だの、声だの、信じているのか?」


「ヴァイス、運命じゃなかったら、この女はアーリス語なんて喋ってねぇよ! ベラベラと喋りやがって、ついこの間まで、アーリス語なんて全くわかんなかった奴が、簡単にこうも喋れるかよ! 運命を操れる誰かが、コイツを操ってんだよ。そして、俺達の事もな」


確かに、クロリクが、簡単にアーリス語を喋っている事は、偶然などでは片付けられない。


操られていると言う事に不快感を持たず、


「他に聞きたい事あるかしら?」


と、ニッコリ笑うクロリクに、彼女の心理が全く理解できず、ヴァイスはゾッとする。


「・・・・・・エノッチとシーツがどこに行ったか、知ってるよな?」


「ええ。アタシも今から行く所。多分、彼女もね」


そう言って、クロリクがシンバの背後に目をやる。


シンバはクロリクの視線を辿り、振り向くと、


「・・・・・・シンちゃん」


と、ラテの姿。


「なんで!? なんでラテが!? お前、ラテに何する気だよ!?」


「アタシじゃないわ、呼んだのはアナタの弟じゃないの?」


「シーツが!?」


「気付かなかったの? 彼の財布の中には彼女の写真が入ってるのよ」


「え?」


「彼女の事が好きなのよ」


「・・・・・・シーツが?」


「ウィルティス」


突然、レーヴェが会話に割り込む。


「彼女を呼んだのはオレだ」


「はぁ!? なんでお前がラテを!? まさかお前もラテを!? てか、彼女いるなら違うか、って、まさか彼女ってラテの事なのか!? 絶対にダメだ!!!!」


「落ち着け。オレはあの設計図を見てもらう天才を密かに探していたんだ。ザタルトが言うように確かに危険なモノかもしれんが、ザタルトの言う事だけでは、なんとなく信用に欠けるし、しかも、今、イオン教授もいない状態で、他に天才を探した方がいいと思ってな。それで適任だと思われるヴィルトシュバイン・ハバーリと言うメカトロニクスの天才を呼ぶ為、オレが彼女に連絡をとった。何度もヴィルトシュバイン・ハバーリ個人に連絡をとってはいたが、全く連絡がとれない。だからザタルトが同じクレマチスに住んでいると言っていて、店に直接行ったらどうかと言う話になったんだ。ザタルトが彼女の連絡先を言って、彼女にヴィルトシュバイン・ハバーリが営む店へ行ってもらい、ここへ来てもらうよう伝えてもらうといいと言ったんだよ。恐らく、彼女がクルフォート・ラテだろう? お前がラテと呼んでいるから、わかったんだ」


「・・・・・・だからってラテを呼び出すなんてどうかしてる」


「別に彼女を呼び出した訳ではない。オレはヴィルトシュバイン・ハバーリに連絡をとってくれるよう話をしただけだ。でも彼女がここに現れたと言う事はオレが呼び出したも同然かと、態々こうして事の次第を説明してやってるんだろう」


「大体、ハバーリさんの住んでる場所とか、いちいちエノッチに聞かなくても、大学の事務に残ってるだろう!?」


「それが事務のコンピューターが壊れたらしく、調べられなかった」


そう言ったレーヴェに、クロリクはクスクス笑い、


「その壊れたコンピューター、資料室に運んだのはアタシよ。ヴァイスさんって言ったっけ? アナタがここにいる必然的な事、これだったのね、アナタは彼女を呼び出す為に、ここにいた。てっきり、弟の方が彼女を呼んだんだと思っていたけど」


そう言って、楽しそうに笑っている。


「弟って、なんでシーツがラテを呼ぶ必要がある。例え、ラテを好きだとしても、呼ぶ必要はないだろう!」


「多分、アナタと同じで、どちらかが死ぬかもしれないと思っているんでしょ、死ぬなら、好きな子と一緒に死のうって考えじゃないの? アナタもそうしたら? どっちが生き残っても、彼女は最初から死ぬ運命って事ね」


「ふざけんな! 死んでも、ラテは俺が守る」


「あら、双子でも考えは違うのね。なら、彼女は生きるのかしら? 死ぬのかしら? どちらの運命を持ってるのかしらね。死ぬ運命だとしても守れる自信ある? アナタは運命に勝てるのかしら? 運命を受け入れる弟と、運命に逆らう兄? うふふふふ、あははは」


「何がおかしいんだよ!」


「まるでミカエルとルシファーのようね」


そう言って、本当に楽しそうに笑うクロリク。


余り理解していないラテは、シンバの様子が怒っているようで、オロオロしている。


レーヴェは、どこまでが本気なのかと、考えている。


「ラテ、お前、帰れ!」


突然、シンバがそう吠える。


「え?」


「ハバーリさんはどうしたんだよ!」


「え、あ、うん、車に乗って一緒に来たんだけど、すぐそこの信号で事故起こしちゃって。あ、でもハバーリさんは無事。事故を起こした相手の人も無事なんだけど、車が大変な事になっちゃって、弁償とか色々と話をつけてから、こっちに向かうからって、そう先に伝えてくれって言われて。事務に誰もいなかったし、人も少ないし、シンちゃんかエノッチを探しながら歩いてたら、ここに着いたの・・・・・・」


「兎に角もう帰れ」


そう言ったシンバに、


「いいのかしら? 帰り道、何者かに襲われたりしない?」


と、クロリクは真剣な顔で言い出す。そして、


「もし彼女が死ぬ運命にあるとしたら、別にこの大学じゃなくても、そしてアナタじゃなくても、誰かに殺されると思わない?」


などと言い出す。更に、


「傍にいなきゃ、守れないんじゃないの? そんな事もわからないで運命に逆らえるの?」


と、馬鹿にしたような口調で言うと、またクスクスと笑い出した。


「クソッ! 大体なんでハバーリさんも今更事故ってんだよ、無事故っつってたじゃん!」


言いながら、それも運命なのかとシンバは苛立つ。


「ザタルトと弟が行った所に行くとするか? とりあえず、オレはヴィルトシュバインさんを迎えに行くとして。ウィルティスは先に行って、場所確認だな。で、オレとヴィルトシュバインさんを迎えに来い。そうだな、場所はどこがいい? 科学のクラスか? 事務室の前? それともココ?」


レーヴェがそう言うが、


「・・・・・・」


シンバは答えに困り、言葉が出ない。


——それでいいのか?


——コイツにハバーリさんを迎えに行かせて、正解か?


——俺とラテが、この女について行く事が正解なのか?


——運命って、俺がどう答えるかで、この後の展開が決まるのか?


——わかんねぇよ、クソッ!!!!


悩んでいるシンバが、クロリクは余程おかしいのか、クスクスと笑い続けている。


もう笑いが止まらないかのようだ。


「ウィルティス、そんなに考え込む事か? 過敏になり過ぎだ。いいか、よく考えてもみろ、大変な事態が起こっているとしたら、この女が笑えると思うか?」


——そうだ、ヴァイスの言う通りだ。


——何故、笑ってられるんだろう?


——この女がポスターのデザインをした張本人。


——だが、この女だって、そのポスターを見ている筈。


——なんのトリックもしていないデザインなら、尚更、この女だって自殺する恐れがある。


——そうか、ヴァイスは医者として、この状況を把握し、判断しようとしてんのか。


——ヴァイスはこの女を正常な精神状態だと思っていない。


——だが、俺は違う。


——俺はこの女は壊れてなんかいやしないと思う。


——じゃあ、こうして俺達を掻き乱して、何故、この女は笑ってられるのか?


——全て知っているからこそ、面白がって、笑ってられるのか?


——いや、それとも運命を受け入れたのか?


——それはどんな運命だ?


——運命を動かしているのは誰なんだ!!!!


「ウィルティス! いい加減にしろ! オレが指示出した通りでいいな!?」


「・・・・・・俺、ラテを送ってくる」


そう言ったシンバに、ヴァイスは冗談だろと言う顔をする。


「ハバーリさんが事故を起こしたなら、俺はラテを送るついでに様子を見て来て、事の次第が済んだら、大学の事務室前に来てもらうように伝える。ヴァイスはシーツとエノッチが行ってる場所に行って、場所確認してくれ」


シンバがそう言ったにも関わらず、


「あ、私、1人で帰れるし、大丈夫」


と、何故か、一歩後ろへ下がり、もう帰ろうとしているラテ。


「ダメだ。もうこんな暗くなってるし、それでなくても危ないだろ? 俺が送るから!」


そして、シンバがそう言っているにも関わらず、また一歩後ろへ下がり、ラテは帰ろうとしている。


そんなラテの背後に、立っている人がいて、ラテはドンッとぶつかり、驚いて振り向く。


「クルフォートさん、どうしてこんな所に?」


そう言ったシーツの表情が無表情で、シンバはゴクリと唾を呑み込む。


「でも調度いいや。クルフォートさんにお願いがあるんだ」


そう言って、ラテの手首を掴んだシーツ。


「離せよ!」


と、吠えたシンバに、シーツは聞く耳を持たず、ラテをグイグイ引っ張って行く。


「おい、待てよ! シーツ! おい! エノッチはどうしたんだ!!!!」


と、追いかけようとしたシンバの腕をクロリクが掴んだ。


「なんだよ!」


「アナタ、全くわかってないわ」


「なにが!」


「例え、あの子が無事に家に着いたとして、それで死なないなんて言い切れる訳? 死ぬ運命なら、必ず死ぬのよ。どこにいたってね」


そう言うと、掴んでいた腕を離し、ニッコリ笑うクロリク。


ヴァイスは面倒だなぁとその場で腕を組み、この意味不明な人間関係を眺めている状態。


そんなヴァイスに、


「ヴァイスの指示に従う! ハバーリさんよろしくな! 場所がわかり次第、事務室前に行く!」


そう言うと、シンバはシーツを追いかけて走り出す。


「だから最初からそうすれば良かったものを」


と、呟くヴァイスの横で、クロリクも、


「ホントよね」


と、呟く。


「・・・・・・キミは行かないのか?」


「場所はわかってるから、後でゆっくりと登場するわ。只の争いに巻き込まれるのは面倒だから。アナタもそういうタイプの人間みたいね?」


「確かに面倒だと思うが、オレならそれでも行く。人間の全てを見てみたいじゃないか、喜怒哀楽の瞬間やそれ以上の感情が、どこから来るのか、知ってみたいじゃないか」


「・・・・・・知る必要がないのよ、そんな指示は受けてないもの」


そう言って、クロリクはニッコリ微笑んだ。


また運命の声か、バカバカしいと、レーヴェはハバーリを迎えに向かう。


シンバはシーツがどこへ行ったか、見失っていた。


「なんでだよ! こんな人気のない場所で、どこに消えるって言うんだ! クソッ!」


シンバは混乱していて、脳が正常な働きをしていない。


今、どうすべきなのか、シンバ自身わからないのに、無闇に行動をとりたがっている。


「そうだ! ルシェラゴ・フレダー!」


突然、医師の名前を思い立ったように叫ぶ。


「あの人なら、プロジェクトチームYHWHがどこの部屋を使っていたか知ってる!」


言いながら、病院へ向けて走っている。


ズキン!


突然の頭痛に、シンバはふらついた。


急にズキズキと頭が痛み出し、蝶が飛んでいくのが見える。


「ヤバイ、幻覚?」


自分でそう言える辺り、まだ大丈夫そう。


シンバは頭を振り、また急いで走り出すが、ルシェラゴ・フレダーが見つからない。


受付で呼び出してもらっても、フレダーは来ない。


ズキズキする頭を押さえ、どうしたらいいのか、考える。


こんな時、どうしてだろうか、たった一秒も長い。


「・・・・・・プロフェッサールームか、院長ルーム、どっちかに隠し部屋へ通じる道があるかもしれない」


そう、イオン教授の部屋となる場所ならば、プロジェクトチームYHWHが使う部屋へ通じる場所があるかもしれない。


だが、シンバはその場で倒れ込んだ。


看護婦が近寄って来るのがシンバの瞳に映っている。


——頭が痛い・・・・・・。


——蝶が・・・・・・蝶が飛んでる・・・・・・。


瞳には看護婦が叫んでいるのがシッカリ映っているにも関わらず、シンバが見ているのは蝶がヒラヒラと目の前を飛んでいく景色——。


ヒラヒラと、ヒラヒラと——。


シンバの中でガラスが割れるような音が聞こえ、何かが壊れたような気がした。


自分が壊れたのか、或いは、自分を取り戻したのか。


——俺を呼ぶ声がする。


——俺の中に誰かがいる・・・・・・。

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