4.鏡
『まるで合わせ鏡』
ママは、そう言って、ボク達をよくこうして向かい合わせに立たせたよね。
だけどね、ボクはシンバじゃないよ。
だから一緒にされると、なんだかボクが消えてしまいそうな気がして嫌なんだ。
パパもママも、ボクを忘れてしまうんじゃないかって不安で、一生懸命、パパとママに好かれるようにイイ子でいたよ。
ねぇ、兄さん、いや、兄貴?
兄貴は不安とかないの?
ボクにソックリなのに、イイ子でいなくて、不安じゃないの?
『不安じゃないよ』
いつか消えてしまうんじゃないかって思わないの?
『思わないよ』
どうして?
『だって、消えるとしたら、俺じゃなくて、お前だろう?』
そう言った兄貴の手には血のついた斧が持たれていた。
その斧は飾りの斧だが、充分に凶器になるモノで——。
兄貴の足元には頭がパッカリ割れて、そこから赤い血が噴射するように溢れて出ている小さな男の子が倒れていた。
気付くと、兄貴も、まだ小さな子供で、一杯の返り血で、真っ赤に染まっている。
その倒れている男の子も兄貴ソックリで——。
それがボクだと気付く迄に、どれだけ時間がかかっただろう。
殺さなきゃ、殺される——。
「うわぁ!!!!」
「起きたのね、おはよう」
「うわぁ!!!!」
「あら、夢で魘されてたから悲鳴を上げて起きても変じゃないけど、アタシを見て悲鳴をあげるのは違うんじゃないかしら?」
「ク、クロリクさん、どうして? ホテルに行った筈」
「ん、でも、気になって来てみたのよ、玄関、開いてたわよ」
「・・・・・・兄貴が戻ってきてくれるんじゃないかって思って、閉めなかったんだ」
「あら、無用心。疲れてるんだから、寝ちゃう事も考えて鍵は閉めた方が利口よ」
「うん、そうだね」
——結局、兄貴は戻ってきてくれなかった・・・・・・。
「お風呂の湯、そのままだったから抜いて、掃除しておいたわ。壊れた鏡も片付けておいたわ、そのままだと危ないし」
「え!? ありがとう、そんな事までしてもらって」
「気にしないで。血は好きだから」
「え?」
「血って、綺麗な色だから好きなのよ」
「・・・・・・ふぅん」
まるで夢を見透かされているような発言になんて返事をしていいか、わからず、シーツは頷くしかできない。
「それで、どんな夢を見てたの?」
「え?」
「随分と魘されていたわ。そんな只のうたた寝する姿勢で魘されるなんて、余程の夢だったのかしらと思って」
眠るつもりなどなかった。
だからテーブルに肘をついたままの姿勢で眠ってしまっていたのだ。
「夢は脳が見せるって言うわね、望みや希望、願望、憧れ、或いは絶望や苦境などの経験、常に思っている心理、今まで見た光景、そうかもしれないと言う閃き、全てが入り混じった不思議な世界だったり、まるで御伽噺の世界だったり、現実そのものだったり。あなたの脳は、あなたに何を見せたの?」
「・・・・・・忘れたよ」
「そう? そんな風には見えないわ、寧ろ、鮮明に覚えているから忘れたいって顔してる」
「・・・・・・まるで精神科医みたいだね、向いてるんじゃない? 医学生」
そう言って、無理な笑顔を見せ、冗談で誤魔化し、シーツは洗面所へ向かう。
洗面所の鏡に映る自分を見て、吐き気がする。
「・・・・・・なんであんな夢。兄貴は兄貴。ボクはボク。父さんも母さんも小さい頃から兄貴の事もボクの事も必要としてるさ。何も心配ない」
何を言い聞かせているのだろう、自分がわからなくなる。
大体、そんな事、言い聞かせなきゃならない事でもない。
洗面所から出て、クロリクがリビングにいないなと、ローカに出ると、ある部屋の扉が開いていて、そこにクロリクがいるのを見て、シーツはギョッとする。
夢に出て来た斧は、その部屋の壁に飾られており、クロリクは、その斧をジッと見ているからだ。
「な、な、な、ど、ど、どうしたのさ!?」
「え? 何が? アナタこそ、なにを動揺してるの?」
「動揺なんかしてないよ。急にいなくなったから驚いたんだよ」
「ここの部屋にある骨董品とか、前から気になってから、見てただけよ。心配しないで、盗ったりしないわ」
「そんな事、思ってないよ」
「あら、慌てぶりはアタシが何か盗むと思ったんじゃなくて? ねぇ、この飾りの武器、綺麗な細工がしてあって、凄いわね、相当な価値があるんじゃない?」
「さぁ、父さんのコレクションだから知らないよ」
「そっか。ほら、武器なんて、美術館や博物館にしかないって聞いてたから、こうして個人の家に飾られているのを見ると、アナタの家族はとても裕福なんだなって」
「普通だよ」
「そうかしら、恵まれて育ってると思うわ。ワタシなんて、村の長の娘だけど、あんな何もない狭い集落だから、外の世界に出て思ったわ、とても窮屈で貧しかったんだわってね」
「貧しいはないでしょ」
「あら、アタシ、ここに来て、そう実感したけど?」
「もういいよね、充分見たでしょ? この部屋、閉めるよ?」
「あ、ねぇ、これ、なぁに?」
「よくわかんないよ、父さんのだから。早く! 閉めるよ」
「ねぇ、見てよ!」
部屋を出て行こうとしないクロリクに、シーツは溜息を吐き、
「どれ?」
と、しょうがなく、クロリクが指差すモノを見る。
「小さな黒い丸い水晶のようなモノ?」
そう呟くクロリク。
「あぁ、これはオーパーツだって聞いた事があるな、ボクか兄貴が持って生まれたとか?」
「なにそれ? すっごい興味ある話じゃない?」
目をキラキラさせて、クロリクがシーツを見る。シーツは、また溜息を吐き、
「別に不思議な事じゃない。胆石や結石が人間の体の中で出来る事はよくあるし」
そう言った。
「オーパーツができるの?」
「それは・・・・・・多分、そう思い込んでるだけじゃないの? 父さんは特別が好きだから。ほら、よくある親バカって奴? ねぇ、もぅいいでしょ? ここ閉めるよ? と言うか、ボク、もう行くからね」
そう言うと、シーツはその部屋を出て、二階に上がり、自分の部屋に入った。
着替えて、大学へ行かなければならない。
「・・・・・・どうしたんだろう、ボク、なんだか、気分が変だ。寝不足かな」
イライラしている自分がいる。
自分の中に、もう一人、自分がいるみたいだ。考えが纏まらなくて、全く違う考えを持った自分が、もう一人の自分に話し掛ける。
——死んじまえ。
誰が死ねばいいと願う?
誰が死ねばいいと思う?
誰が死ねばいいと言う?
誰が死ねばいいと笑う?
まるでカランコロンと鐘が転がり鳴る音のように、同じ文句が頭の中で響く。
「これは寝不足による頭痛だ。頭痛が聞かせる幻聴だ。薬もらいに病院に行こう」
シーツは自分にそう言いながら、着替えて、鞄を持ち、階段を下りて、下へ行くと、クロリクの姿はもうなかった。
「クロリクさぁん? 靴もないや。先に大学に行っちゃったのかな。ボクの態度が悪かったから、気を悪くしたのかもしれないな・・・・・・」
シーツもクレマチスの駅に行き、大学のあるカナリーグラスへと向かう電車に乗り込む。
混雑する時間帯の筈だが、今日は何故か空いている。
空いているボックス席に座り、窓に流れる景色を見る。
今日は母親がいなかった為、朝食をとっていない。
どこかでパンでも買うか、軽めの食事をとるか、何も食べずにいるか——。
大学へ着いたら、まず、病院へ寄り、父親の様子を伺って、発表会の為に勧めているプロジェクトに目を通して、研究員として組んだカリキュラムをこなしている生徒へのフォロー、後、自分がやっている生態系の研究の論文の見直しなどをやったら、早めに帰って、母親を迎えに行こう。
シーツは頭の中で、一日の計画を立てている。
大体の予定が決まれば、シーツは鞄から小難しい本を取り出し、読み始める。
——なんだか今日は集中できない。疲れているのだろうか。
——仕方ないのかもしれない。両親が倒れ、嫌な夢見で寝不足もあるし、発表会も近い。
——ウィルティス・イオンの息子と言うだけで発表会の全てはボクにかかってるし。
——勿論、期待に応える為に、今年の研究生達への協力は惜しまない。
——完璧なものにしなくてはならないからだ。
——兄貴だって、今頃、ボクと同じ気分でいる筈。
——自分だけが辛いなんて思っちゃいけない。
カナリーグラスに着くと、シーツはしっかり食事をとる事に決め、駅前のファーストフード店に入り、コーヒーとサンドイッチとヨーグルトを頼んだ。
「あれ? シーツ君? やったぁ、相席いいよね?」
頷く前に、目の前に座るラテに、シーツは驚く。
「なんで? どうして? クルフォートさん、ボクがシーツだって直ぐにわかった?」
「ん、今さっき迄シンちゃんと一緒だったから。あ、私、ミルクアイスティーとピザのセットで」
ラテがウェイトレスにそう言うと、畏まりましたと、ウェイトレスは水の入ったコップとナプキンを置いて行く。
「お腹空いちゃった、シンちゃんとこ、何にもないんだもん。相席、平気だった? ガランと空いてるのに相席なんてって思ってない?」
「思ってるよ」
「あ、ごめん・・・・・・」
「クルフォートさんって、そういうトコあるよね」
「そういうトコ?」
「人の気持ち、わかった上で、わかってないと言うか、自分なら平気だと思われると思ってるのか、自信過剰って言うか?」
「あ・・・・・・」
「それより、兄貴の部屋に行ったの?」
「ん、泊まったの」
「泊まった!? 兄貴と付き合ってるの?」
「え? シンちゃん、私と付き合ってるって言ってるの?」
「言ってないけど、泊まったって」
「うん、時々、泊まってるよ」
「・・・・・・兄貴、それで、クルフォートさんに何もしないの!?」
「そうなのよ、信じられないよね」
「う、うん」
「だってさぁ、ホント、何もないの。冷蔵庫なんて空っぽ同然なんだから。誰か来た時のお持て成しとか、用意しとかないとって思わない?」
——そういう意味の何もしないのかって事じゃないんだけどなぁ・・・・・・。
——でも泊まったって事は、兄貴、クルフォートさんが大事なんだろうな。
——だから、両親が倒れても、ボクを一人にしても、クルフォートさんの方をとったんだ。
「それで兄貴はもう大学に? 発表会も近いしね。科学は何を研究してるか聞いた?」
「発表会とかあるの? シンちゃん、更に電車乗って行っちゃったよ?」
「え? どこへ!?」
「さぁ? よくわからないけど、潰れた雑誌社の記者を探すとか?」
「なにそれ? それ、発表会に関係ある訳?」
「さぁ? あ、でも、昨日も夜遅くまで机に向かってたよ」
「ふぅん」
——まぁ、それは当然だろうな。
「絵を見てた」
「絵!?」
「うん」
「何やってんだよ、兄貴。冗談だろ、この時期、遊んでられないのわかってる癖に——」
そう言った後、
「あぁ、でも、兄貴は余裕なのかな」
ちょっと嫌味で、そう呟いた。
「余裕? シーツ君の方が頭いいじゃん」
「は?」
「だってシンちゃん、いっつもそう言ってたし、シーツ君は、既に子供の頃からウィルアーナの生徒だったんでしょ?」
「・・・・・・それは兄貴が態とボクより劣るようにしてるんだよ」
「シンちゃんが?」
「クルフォートさんって案外、いや、思った通り、鈍いんだね。わかんないの? 兄貴、ザタルト君にも遠慮して、クルフォートさんを譲ってるじゃん」
「譲る? 私の何を?」
「本当、鈍いね。どうしてこんな鈍いのに、ザタルト君も兄貴も、クルフォートさんと一緒にいれるんだろう、ボクならイライラしてしまうよ。大体、兄貴よりボクの方が優秀だったら、ボクは科学の方に行ってたよ。生物学になんか所属してない」
「そうなの? 同じウィルアーナなのに学部が違うって、そんなにレベル違うの? でもシンちゃんはシーツ君の方が優秀だって思ってるよ? それにシンちゃんは研究生で、シーツ君は研究員なんでしょ?」
「研究員も研究生も、然程何も変わらないよ。それにボクを優秀だって思ってるくらい、余裕なんでしょ。人間って言うのは余裕があるから誰かに優しくできるってだけ。兄貴は余裕があるんだよ。だから態と劣ったり、遠慮したり。ムカツクね」
「どうしてムカツクの? それが本当ならラッキーじゃない?」
「ラッキー?」
「だって、劣ってくれるならラッキーだよ。遠慮してくれるなら尚ラッキー!」
「・・・・・・」
——どうして、こんなバカな女と、兄貴もザタルト君も一緒にいられるのだろう。
——ボクなら、耐えられない。
——大して綺麗な容姿でもないし、一緒に連れていて自分のステイタスになる訳でもない。
——会話さえ、バカらしくなるのに、どうして?
テーブルの上に、料理が並ぶ。
無言で食べ始めるシーツ。
「よくわからないけど、シーツ君が言うように、本当にシンちゃんが誰かに遠慮したり、劣ったりするとしたら、それはきっと、シーツ君とエノッチだからだよ」
「え?」
「シンちゃんが大事に思う人だから、不器用なりに大事にしてる事なんだと思う。だから、もし、シーツ君やエノッチを傷つける人がいたら、シンちゃんは遠慮なく、全力で、その人と戦うよ。きっと、相手に、ラッキーなんてあげない」
——だとしたら、余計に腹が立つ。
——全力でかかって来ないのは、なめているからだ。
——兄貴の優しさは不器用ってだけで片付けられない。
——最高の意地悪だ。
——教えてやりたい、なめてかかってるから痛い目に合うと言う事を。
——だが、兄貴だから、許してやっているんだと、教えてやりたいよ。
——ボクの方が、本当は・・・・・・。
——クソッ! だんだん腹がたって来た。
「・・・・・・兄貴はいいな」
「ん?」
「クルフォートさんがいて兄貴はいいな。ボクには誰もいない。そういう風に言ってくれる人。短所も長所に言ってくれれば、ボクだって、少しは余裕が持てるのに。そしたらボクと同じ顔でも活躍できる場を兄貴にプレゼントしてあげたよ、兄貴より劣ってあげる事だってするよ。それで兄貴が誰かに傷付けられたら、ボクは全力でソイツを叩きのめすんだ、その時、兄貴はボクの本気に驚くのかな、どうして今迄、本気出さなかったんだって。それはね、兄貴が可哀想だと思って、劣ってあげてたんだって、そう答えるべき?」
「え、や、そんな意味で言ってないよ?」
「じゃあ、どういう意味? あぁ、心配しないで、現実問題、劣ってくれてるのは兄貴だから。可哀想なのはボク」
「あ、だから、その、シーツ君が可哀想だなんて思ってないよ。シーツ君は本当に——」
「じゃあ、クルフォートさんは、ボクと兄貴だったら、どっちが優秀だと思ってんの?」
「・・・・・・どっちって——」
「もし、どっちかがいなくなるとしたら、どっちがいいと思う?」
——ほらね、答えられない。
——なんで答えられないかって、目の前にいるボクに悪いからだ。
——正直すぎるのが取り得の女はバカで、本当にわかりやすい。
「シーツ君、ごめんね? 私、あんまり考えなしに喋っちゃったみたいで。そこまで話が行くとは思わなかったの。でも、どっちかがいなくなればいいとか思わないよ? どっちも大切な友達でしょ?」
——友達?
——ボクとキミが?
「へぇ、ボクと友達なんだ?」
「そりゃそうだよ、だから、こうして、ガラガラに空いた席でも相席したんだよ。シーツ君と一緒に食べたくて。友達じゃなかったら、一緒の席に座らないでしょ?」
「じゃあ、ボクと2人きりで泊まれる?」
「え?」
「兄貴とは泊まったんでしょ?」
「え・・・・・・」
「兄貴とは泊まれて、ボクとは泊まれないの? 見た目、ボクと兄貴は同じだよ? クルフォートさんだって、よく間違えるよね? それにボクも兄貴も、クルフォートさんの友達って関係なら、立場も同じだよね?」
「・・・・・・そうだね」
——ほらね、友達なんて上辺だけ。
——こういう偽善者は本当にムカツク。
——悪気がなければ、何でも許されると思ってんのか?
——それとも自分は特別だと?
——自分なら何を言っても、何をやっても許されると?
——バカは本当に嫌いだ。
「困ってるみたいだね、なら質問変えようか? 兄貴とボクと、どう違うの?」
「・・・・・・シーツ君? なんかいつもと違う? 何かあった?」
——誤魔化すなよ。
——そうやって、ボクの事を心配してますってフリしながら、答えをはぐらかす。
——本当にバカは、優しさとか無垢さとか、否定し難いモノを強調したがって困る。
「もうやめよう、ごめん、ボクが悪かった。ご馳走様」
シーツは一口、二口程度、食べただけで、店を出た。
ラテと一緒に食事していると、苛立ちが増幅しそうで、もっと嫌味を口にしそうだった。
苛立ちが足早にする。だが、暫く歩いた所で立ち止まり、
「何をやってるんだ、ボクは・・・・・・」
と、全てに後悔。
「どうしよう、クルフォートさん、兄貴に言うかな、言うよな、そしたら兄貴、怒るかな、怒るよな、どうしよう・・・・・・」
今から戻って謝ろうか、でも、態々、謝りに戻ったら、イジメたのがバレバレじゃないだろうか、もしイジメた事を問われても、そんなつもりなかったと言い切る方がいいか——。
シーツは考えを、ブツブツと口の中で呟きながら、歩いていると、大学に着いてしまった。
「あぁ、もういいや、兄貴に怒られたら、そんなつもりなかったって言えばいいし、その前にクルフォートさんにどこかで会うかもしれないし、会ったら、普通に笑顔で挨拶しとけば大丈夫だろう」
そう言いながら、シーツは病院の方をジッと見ている。
病院の前に異様な数の救急車が止まっている。
「・・・・・・救急センターは裏側だろう? なんで正面に救急車が?」
裏側の入り口だけでは追いつかない程の急患なのだ。それに気付いたシーツは、何があったかよりも、父親の面会には行けないなと思い、そのまま大学へ向かった。
大学内へ入って、漸く、気付く。
「・・・・・・何かあったのかな」
いつも研究生達が多くいるのに、ガランとした校内。
チラホラと生徒は見られるが、まるで休校状態。
休校でも、ウィルアーナは研究に明け暮れる連中で大勢いるのに。
「あ、ウィルティス? 兄の方?」
「あ、いや、ボクは弟の方だけど」
「え、あ、すいません! ウィルティスさん!」
「あぁ、いいよ別に。っていうか、なんか今日、人いないね?」
「知らないんですか?」
「ん? 何を?」
「昨日、テレビとかラジオとかは? 今朝の新聞は見ました? 緊急ニュースもガンガン流れてますよ」
「実は母親が倒れてさ、そういうの見てる暇なくて。何があったの?」
遭えて、ここはイオン教授である父親の事は言わないでおく。
「集団自殺じゃないかって噂もあって、大変なんですよ」
「集団自殺?」
「いや、俺も、ここに来る迄は大して何とも思ってなかったんですけどね、こうして見ても明らかに誰もいないでしょ、だから集団自殺なんてもので片付けられるのかなって・・・・・・」
「え? それって、ウィルアーナの者が殆どが自殺したって事!?」
「声のボリューム下げて下さい!」
「ごめん」
「自殺未遂で終わってる者もいるらしくて、でも錯乱状態でヤバイって噂ですよ。自分の姿に反応して、鏡をぶっ壊して、死んじまえって呪文のように唱えてるって・・・・・・」
「・・・・・・嘘だろう?」
「嘘は言ってませんけど、真実かどうかも不明です。俺も見てきた訳じゃないですし。化学の研究生が変な薬でも調合したんじゃないかって噂もありますよ。恐くて、俺、もう帰ろうかなって思ってたとこですよ。こんな状態、ウィルアーナも終わり・・・・・・なんつって! ウィルアーナが終わる訳ないですよね! アハハ」
「・・・・・・別にボクに気を使わなくていいよ」
「というか、こんな状況で、イオン教授は、なんで出て来ないんですか?」
「・・・・・・」
そんな事よりも、シーツは自殺未遂になっている患者の症状が気になってしょうがない。
死んじまえと唱え、鏡を壊している——。
何かの病の症状だとしたら、その病に、自分も感染している恐れがあるかもしれない。
「あ、そうそう、生物学で調査中の、リーフウッドの村の女性、あの人がね・・・・・・」
「クロリクさん?」
「これオーパーツかどうか調べてくれって渡されたんですけど」
「これ! 彼女、持ち出したのか!?」
「え? 持ち出した?」
「あぁ、いや、うん、ボクから彼女に渡しておくよ」
「いや、まだ調べてないんですけど」
「いいんだ、調べなくて。ボクから彼女にちゃんと言うから! 返して!」
「そ、そうですか?」
理由はわからないが、シーツの威圧する態度に、オーパーツかもしれな黒い水晶のようなモノを直ぐに手渡し、苦笑いしている。
シーツの手の中に輝く黒い光を放つモノ——。
『主に召されるのだ』
突然、シーツの耳に届いた声。
『主に召されるのだ』
気が遠くなる——。
「え、ちょっ!? ウィルティスさん! ウィルティスさん! 大丈夫ですか!?」
「あぁ、ごめん、寝不足なんだ」
「大丈夫ですか? フラフラじゃないですか。顔色も悪いですよ? 今日は、もう帰って休んだ方がいいんじゃないですか? 後はイオン教授がなんとかしてくれますよ」
——父さんがなんとかする?
——父さんだって自殺未遂かもしれないよ。
——髭を剃ろうとして鏡を見たに違いない。
——兄貴は自殺なんかじゃないって言うけど。
——ボクがなんとかしなければ・・・・・・。
「ありがとう、でも大丈夫、じゃあ——」
と、シーツは生物学の研究室へと向かう。
オーパーツ所ではないと、それをポケットに入れ、エレベーターに乗り込む。
生物学のクラスには、誰もいない事に驚く。
「う・・・・・・そ・・・・・・嘘だろう? 生物学生は全員——?」
呆然と突っ立っているシーツの背後で、
「そのようだな、ウィルティス・シーツ」
そう声が聞こえ、振り向くと、医学生のヴァイス・レーヴェ。
「・・・・・・ヴァイス君」
「ウィルティス・シンバは来てないのか? 朝から探してるんだが、見当たらない。また遅刻か? それとも自殺したか?」
「・・・・・・兄貴に何か用?」
「用がなきゃ探さない」
シーツはレーヴェが嫌いだ。
頭脳明晰だからとか、成績がトップだからとか、そういう理由ではない。
レーヴェの態度が気に入らない。
特に、何かとシンバに絡んでる辺り、とても気に入らない。
「ボクが用件聞いとくけど」
「お前が?」
鼻で笑って、そう言ったレーヴェに、カチンと来る。
「兄貴で用が済む程度なら、ボクにだって出来る事なんじゃないの? そういえば、ヴァイス君って、ボクと兄貴を間違えないね」
「そりゃそうだろう、お前とアイツは違う」
「・・・・・・へぇ、どう違うって言うの?」
「わからないのか? お前から見るアイツと俺から見るアイツは同じだろ、お前だって、アイツが誰であろうと、きっと見分けるさ」
「どういう意味?」
「気に入らない方がアイツって事さ」
「ボクは別に兄貴を気に入らないだなんて思ってないよ!」
「なら、それでいい。でも、アイツだったら、とっくにこの騒ぎの源に気付いてると思うが。なんせ、目敏い奴だからな。そういう所も気に入らないんじゃないのか?」
「・・・・・・騒ぎって、この自殺とかって奴の事? 自殺の源って、そんなの気付くとしたら、犯人がいるって事になるよ。これは他殺じゃないんだよ? 自殺!」
そう言ったシーツにレーヴェは、また鼻で笑う。
「何事にも理由をつけるのが好きでねぇ、だとしたら自殺にも理由をつけたいだろう、しかも集団自殺? 最初の自殺者を調べれば直ぐに、お前でもわかるよ」
お前でも——、その言い草が頭に来る。
——大体、生物学のクラスに兄貴を探しに来た訳ないだろう。
——何しにこの人、ここに来たんだろう。
「そうか、ヴァイス君、ボクに態々ヒントをくれに来たって訳だ。そうだね、兄貴はいないし、イオン教授の姿も見当らないんじゃ、ボクに言いに来るしかないって事だよね。で、いちいち、もったいぶらないでいいから、率直に言ったらどう? この自殺未遂の源ってなんな訳?」
そう言ったシーツに、レーヴェはまたまた鼻で笑い、
「俺がヒントを言う為に来た? 悪いが、この状態が悪化しようが、どうなろうが、俺の知った事じゃない。自殺したい奴はすればいい。ウィルアーナがどうなろうと、俺には関係がない。俺はポスターが見たいだけだ。ここに来た理由はそれだけ」
と、馬鹿にしたように、シーツを見る。
その目がシーツは気にいらない。
シンバに向ける目と、自分に向けられる目が違う事くらい、わかる。
「ポスター? そんなものが見たいだけ? その割りに最初の自殺者を調べた風な口振りだったじゃないか。そうやって何にも関係ないって言いながら、コソコソ動いて、下調べして、ちょっとしたキーワード掴んだくらいで得意気になるのって気分いいだろうね」
「それで気分が良くなれるなら、俺はとっくに気分良くしてると思うが? 昨日、ログマト・クリサが自殺未遂したらしくてな。彼女とは今回の医学の研究で、少し手伝ってもらった事もあり、接触も何度かしているので、様子を見に行ったんだ」
——ログマト・クリサ?
——天文学の女だったっけか? どうして医学と天文学で接点が?
「余りにも彼女の錯乱状態が異様だったから、自殺の原因を調べようと思ったら、辿り着いた迄の事。確かにまだキーワード程度かもしれんが、ウィルアーナがどうなろうが、俺は関係ない。ウィルアーナでなければ、俺の才能がダメになるようなもんでもないしな」
「大した自信だね、でもウィルアーナにいるから、その大した自信があるんだよ。で、医学の研究って、発表会のだろう? 何の研究? 天文学とどう接点する訳? 作り話じゃないってとこ、知りたいからさ」
「医学では、イエス・キリストについて調べている。天文学と接点すると言う訳ではないが、星ひとつ創る事がどれだけのチカラが必要なのか、聞いただけだ。アーリスを手に入れる事として、ゼロから創り上げたらどうかと思っただけで——」
「イエス・キリストって、医学にどう関係ある訳? あれって宗教だよ?」
「ほぅ、直ぐに宗教人物とわかるとは大したもんだ」
その言われようが、またカチンと来る。
どうして、上から言ってくるのか、対等に見られてない事に、腹が立つ。
だが、シーツも自分に驚いている。
——どうして直ぐにわかったんだろう?
——宗教なんて、ボクは今迄、手につけた事もないし、興味だってなかった。
「おれの話はもういいだろう? ポスターを見せてくれ」
「・・・・・・残念だけど、ポスターはうちに持って帰ってる」
「コピーでもいいんだが?」
「悪いね、そういうポスター関連のモノは全部うちだよ。昨日、父さんに見せて——」
そう言った後、シーツは父親にポスターの出来の良さを見てもらって、その後、父親が風呂場で倒れた事を思い出す。
「まさか、あのポスターに何かあるって思ってるの? ヴァイス君」
「どうしてそう思った?」
「・・・・・・別に。ポスターに拘るって事はそうなんじゃないかって思っただけだよ」
イオン教授が倒れたなど、絶対に口に出せないと、シーツは思っている。
「ログマトの具合を見に行くといい。あれは錯乱状態なんてモノじゃない。暗示にかかったかのようだ。もし暗示にかかっているのであれば、何かを目にしたか、何かを聞かされたか、自分の体内に何かを取り入れたに違いない。そして、体内で生まれた何かがいる」
「何かが生まれた——?」
「あぁ、何かが——」
「・・・・・・」
「まだ生きていればウィルアーナのホスピタルに入院している筈だ、行って、見てくればいいだろう。ちなみに、勿体つけていると思われても嫌なんでな、言っておくが、最初の自殺者は、生物学のポスターの製作に手を貸した会社があっただろう? そこの社員だそうだ。ここにポスターを運んだ女・・・・・・ソイツらしい。社員達が言うには、自殺なんてするような人じゃなかったらしいな、明るく、いい人だと。あぁ、まぁ、自殺者を悪くは言えないか」
「・・・・・・じゃあ、どうしてボクは生きてるの!? ボクだって、あのポスターを見たよ。一番、多く目にしてるよ! だけど、ボクは何ともない!」
「言い切れるのか?」
「なにが!」
「何ともないと言い切れるのか?」
「言い切れるさ!」
「患者はいつだって、最初はそう言うんだ」
「・・・・・・医者はなんでも患者にしたがる!」
そう言ったシーツとヴァイスは、お互い暫く睨むように見合った後、ヴァイスの方が背を向け、立ち去る。
「待てよ! もしポスターに催眠効果や暗示にかかる何かがあるとして、それを見たら、ヴァイス君だって、自殺する可能性あるじゃないか! それをわかってて、どうして見たいなんて言う訳!?」
「見なきゃわからないだろう、まだ俺の考えでしかないんだ。立証するには自分を犠牲にする事も当然。恐れていたら、何も手に入らない——」
そう言って、行ってしまうヴァイスに、シーツは苛立って、傍にあった椅子をガンッと蹴飛ばした。
「兄貴ソックリでムカツク」
そう呟き、シーツは病院へ行ってみようか考える。
——ログマトさんって、余り知らないしな。
——そうだ、父さんの具合を見に行く事を口実にして、ログマトさんに会ってみるかな。
——ルシェラゴ先生に言えば、会わせてくれるだろう。
シーツは足早に、ホスピタルへと移動する。
ホスピタルは、意外にも静かで、外に多くの救急車が止まっている割りに、中は落ち着いている。
受付で、自分の証明書となる学生証を見せようとした時、
「お父さんのお見舞いですか?」
と、背後から話し掛けられた。
「ルシェラゴ先生」
「シーツ君、学生証の写真、綺麗に撮れてますね、普通は犯罪者みたいに写るもんですよ」
「あぁ、学生証でボクだとわかったんですね」
「いいえ、キミが私を『ルシェラゴ先生』そう呼んだからですよ。お兄さんの方ですと、大抵は『アンタ』と、呼ばれますからねぇ」
「・・・・・・兄貴、失礼ですよね、スイマセン」
「いえ、キミが謝る事ではない。で、お兄さんの方はお見舞いに来ないんですか?」
「兄貴は気まぐれですから、来たくなったら来ると思いますよ。気の向くまま生きてる自由人ですから。野良犬と変わらないよ」
そう言ったシーツに、フレダーはクスクス笑い、その通りだとばかりの表情で頷く。
「あ、でも、ボクも父さんのお見舞いと言うより、ログマト・クリサって人と面会したくて。ここに入院してる筈なんだ、ルシェラゴ先生、その人に会わせてもらえないかな?」
「ログマト・クリサさん? 彼女はシーツ君の特別なガールフレンドなんですか?」
「いや、そういうんじゃなくて。やっぱり無関係な人は面会無理?」
「いいえ、いいですけど」
簡単に頷くフレダーに、シーツはホッとする。
——なんだ、やっぱり大した事ないじゃん。
——ヴァイス君が変な事言うから、相当ヤバイのかと思ってたけど。
——面会できるくらいだし、全然、心配なさそうだ。
——ヴァイス君だって、面会できたくらいなんだし。
フレダーの背について行きながら、
「救急車で運ばれる患者が沢山いるのに、病院内は落ち着いてるんですね?」
そう尋ねた。フレダーは顔だけ振り向いて、
「あぁ、運ばれてくるのは殆ど死体ですからね。手の施しようがない。未遂で終わってる者など、そうはいない」
そう答えた。
「・・・・・・やっぱり運ばれてくる人は自殺したの?」
「みたいですね、現場がどうなっていたのか、そこまで調べなければハッキリと答えられませんが。自殺するのはいいんですが、なるべく綺麗に死んでもらいたい。電車に飛び込んだり、高いビルの上から飛び降りしたり、肉体がグチャグチャになったら、誰かを調べるのも大変だし、臓器も使えない」
余りにも、普通に、そんな事を言うので、シーツはゴクリと唾を飲み込んだ。
ホスピタルのエレベーターに乗り込み、フレダーが押したボタンは、パコッと蓋を開けると、緊急連絡ボタンがある、その下の地下3.5と言うボタン。
——地下3.5?
——地下4階と3階の間?
——いや、地下1階が駐車場で、それ以上下なんてない筈。
——あ、でも非常通路があるとか非難シェルターがあるとかは聞いた事あるなぁ。
——それにしても2階も3階も4階もなくて、3.5って言うボタン一個だけあるって何?
——と言うか、エレベーターが止まったりした時の緊急ボタンじゃないのか?
そうこう考えている内に、3.5階に着いたらしい。
エレベーターの扉が開いて、目の前に広がる長い通路。
「あ、あの? ルシェラゴ先生? ここって何科ですか?」
そう尋ねた瞬間、ぎゃあああああと言う悲鳴が通路の奥から聞こえ、シーツはビクッと体を強張らせ、動きを止めた。
「恐がらなくても大丈夫です、誰も襲って来たりしませんから」
ニッコリ笑い、フレダーはそう言って、奥へと進んで行く。
辺りは明るく、清潔感もある。
別に恐さを演出するような造りではないが、シーツはわからない不安を抱き、心臓が今にも爆発しそうなくらい、打っている。
——ウィルアーナに、こんな所が?
——これって、父さんも知ってる事なのかな?
「ここはね、嘗て、ウィルアーナで、あるプロジェクトが組まれた時にできた場所なんです。そのチームが使う為だけに、この場所ができた」
「こんな隠れるような場所にですか? 何のプロジェクトチームだったんですか?」
「プロジェクトチームYHWH」
フレダーがそう言った時、シーツの頭の中で、『神』だと、直ぐに浮かんだ。
「何故、神のチームなんて?」
直ぐに『神』と、口にしたシーツに、フレダーは疑問も感じないのか、
「神が実在するか、実験してみたかったんじゃないですかね?」
そう答えた。
実験とは何かと聞く前に、通路に並ぶ幾つもの扉の、ひとつの扉の前でフレダーは足を止めた。
「ここは地下3階と4階の間。人体実験などに使われたが、害のない者を閉じ込めておく部屋に使われた階です」
「人体実験?」
「ログマト・クリサさんでしたよね? 昨夜の内に、普通の入院部屋から、こちらに移動させました」
「どうして!?」
「ご自分の目で確認してみたらどうですか? 会いたかったんでしょう?」
確かに面会したいと言ったが、こんな所に連れて来られるなんて思ってもいなかった為、シーツは扉を開ける事を戸惑っている。
「大丈夫ですよ、襲ってきませんから」
——襲って来ない?
——精神に異常があるから、襲って来てもおかしくないだろうけど、縛ってあるのかな。
——どうしよう、この扉を開けたら、後戻りできない気がする。
——後戻り?
——何に対して、そう思ったんだろう?
——何故かな、ボクの中のボクが、何かを察している気がしてならない。
——どの道、後戻りなんてする気はない。
——前へ進むんだ、例え、闇の中でも!
シーツはドアノブに手を置き、ガチャリと扉を開けた。
そこには、ログマト・クリサなのだろうが、とても人間だとは思えない形相の女が手足を縛られ、十字に立たせられている。
そして、彼女の目の前に大きな鏡が置かれ、彼女は鏡に向かって、ブツブツと何か唱えているように、口を動かしている。
「・・・・・・ログマトさん?」
「ログマト・クリサ。ウィルアーナの天文学生のようですね。大学の近くで一人暮らしをしているらしく、部屋で首を吊った所を、偶然、尋ねて来た母親に見つけられ、直ぐに運ばれました。息はまだあったので、助かったんですが、精神的にダメージが強く、錯乱状態と表向きには言っています」
「・・・・・・錯乱してるの?」
「どうでしょうね、何とも言い難い。まるで悪魔憑きのようでしょう」
「悪魔?」
「知りませんか、エクソシストと言われた職業があったんですよ、悪魔が体に憑き、こうして異常な精神状態を見せるんです。私に言わせれば、今で言うカウンセリングと同じですけどね」
「・・・・・・鏡」
「ええ、鏡に自分の姿を見せてるんです。そうする事で、自分への攻撃をやめる。いえ、手足を縛ってありますからね、あれを解けば、鏡を壊す行動をするでしょう。今は呪いの言葉を呟く事しかできないでいるんです」
「どうして!? どうしてこんな事に!? みんな、ログマトさんと同じ症状で自殺してるんでしょう!? 催眠をかけられたとか!? なんで自分を殺すの!?」
「・・・・・・さぁ? まだわかりませんが、言える事としたら、恐らく、これは運命に従ってるんじゃないでしょうか?」
「運命!? 自殺が運命だって言うの!?」
「シーツ君、これは自殺じゃない」
「自殺じゃない!?」
「勿論、表向きでは、そう言われているし、私もそういう風に言っています。ですが、これは自殺なんてモノじゃない。いらないモノを排除しているだけです」
「・・・・・・何言ってんの!? わかんないよ!」
「わかりませんか? 鏡に映る自分をいらないと思う事」
——鏡に映る自分?
——ボクはいらない。
——必要としない。
——誰にも必要とされない。
——違う、誰かに必要とされる為にある存在なんかじゃないんだ。
——ボク達の命は、神に必要とされなければ、いらない。
——これは自殺でも自害でもない、神への祈りと誓い。
何を考えているんだと、シーツは自分の頭を振って、考えを消し去る。
いや、シーツは鏡に映る自分など、どうでも良かった。
シンバを殺さなければと、そればかり、頭を過ぎる。
その考えが間違っていると、シーツは何度も自分の頭を振って、考えを消し去るが、何度も何度も、しつこく、そればかり頭を過ぎる。
——ボクは兄貴ばかり見ていた。
——兄貴を見て、自分を創っていた。
——兄貴、助けて。
——ボクは兄貴を殺してしまう。
——どうか、神様、ボクに鏡を見せて下さい。
——ボクがボクを傷つける前に、ボクを裁いて下さい。
シーツの願いは届かない。
どんどんシーツの中で、もう一人のシーツが溢れ出してくるのがわかる。
最早、鏡に映る自分を見ても、自分だと思わないだろう。
シンバを見て、自分だと認識する程、シーツの中にシンバがいる——。
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