第八章 無 ~The Great Salration~


ピチョン・・・・・・ ピチョン・・・・・・

水の雫が落ちる音で、シンバは目を覚ました。

「う・・・・・・うう・・・・・・ここは——?」

目の前に大きく広がる水。

波打たない海。

暗く、夜のままにある世界——。

水面には幾つもの波紋が広がっている。

雨のように、水面だけに落ちている小さな雫たち。

シンバは手に握り締められた黒い羽に気が付いた。

「そうだ、ラテ——!」

ラテの姿はない。羽を強く握り締めた時、

「時間の迷い子は自分の時間に必ず戻る」

その声に振り向くと、ベンチに老人が一人座っている。

外灯に照らされた、そのお爺さんは、ヘンテコな帽子を被っていて、丸い眼鏡をしている。

顎には白い髭が生えていて、何処にでもいる老人だが、ひどく懐かしい。

外灯の灯りにバタバタと集まっている蛾。

そして、お爺さんの優しい微笑み——。

「あの・・・・・・ここは何処ですか?」

「ここは時間の最果て」

——果て。

「時間の流れる世界にある時間の集まる処。未来も過去も今も、全てある——。

忘れられた時間も失くした時間もな・・・・・・」

「ここから抜け出せる方法はないんですか? 俺は時間の果てに流れ着いたまま戻れないんですか?」

「いいや、見てごらん。時間が雫となり、落ちている。あの海のように広がる水に見えるのは時間のかけらの集まりじゃ。時間は流れここに辿り着き集まる。そっと時間の中を覗いてごらん」

シンバは老人に言われるまま、時間の中をそっと覗いて見る。

そこに映ったのは月の女神。

そしてそれを作り上げ、今、仕上げる一人の男性——。

——あの人は・・・・・・。

その男性に感情移入するように、シンバに伝わる気持ちは記憶のどこかに残っている。


『彼女は月にいる——。

どうか俺のメッセージを受け取ってくれよ、1999ERの人類!』

俺はルティア文字を解明したが、発表していない。しかし、俺の記録には残してあるから、俺が死んだ後、それは発表される筈だ。もしも、この銅像の翼の羽模様を巧妙に細工したルティア文字に気付かれ、それを解読されたら、この銅像は壊されるだろう。どうか1999ERまで気付かれずに——。

『大変だぁーーーーっ!!!!』

『どうした?』

『月面開発に関係した者、全員が殺されるって、噂だが、もう8人は暗殺されてる。僕達も狙われてるよ! 僕は殺されるんだ!』

『落ち着け。その噂なら知っている。恐らく、黒い翼の彼女の存在を隠す為か、月には時間の経過がない事を隠す為か——。

政府は色々知ってしまった俺達が邪魔なんだろ』

『え? じゃあ暗殺命令は政府から?』

『他に暗殺される程の心当たりがあるのか?』

『・・・・・・嘘だろ、だって僕達は政府の言う通りに従って来てたじゃないか!』

俺は銅像を見上げ、

——最後に逆らってやったよ。

と、どうか未来まで無事にと祈る。

『なぁ、この銅像、なんて名付けようか?』

『え? あ、ああ。でも月の一枚岩をアーリスに運び、よく造りましたね。これ、彼女でしょ? でも彼女、こんな胸でかくなかったでしょ?』

『いいんだよ、全て彼女そっくりだったら怪しいだろ。お前も男だったら男のロマンがわかるだろうが!』

『胸がでかいのが男のロマン?』

『・・・・・・俺の理想を少し入れたんだよ。文句あるのか?』

『い、いいえ、ないですよ、別に。でも、本気で惚れちゃったんですねぇ』

『——ああ。俺には彼女が女神に見えてね』

俺はそう言いながら、やはりこれしかないと、紙切れに走り書きでこう書いた。

The goddess of moon.

——月の女神。

俺はその紙切れと銅像を残し、今から逃げる。

暗殺者から何処まで逃げれるかわからないが、一日でも未来へ生きたい。

例え辿り着けない時間でも、月は(彼女は)アーリスを見守り続けるから。


——あの男性はもしかして・・・・・・俺?

シンバは自分の魂が彼だった事を悟る。

——生まれ変わり?

——転生って奴か?

しかし、彼の鮮明な記憶は何も残っていない。

それでもラテを月へ送り、そしてラテを迎えに行くのは自分だとシッカリわかる。

「何か、見えたかね?」

「はい。俺がした事と、やるべき事が見えました。過去と未来が!」

「そうか。自分の思う時間へ戻るが良い。その時間のかけらが、必要な場所と時間へ運んでくれるじゃろう」

「お爺さんは戻らないんですか?」

「わしは何処の時間にもおる。だからここにもおるんじゃよ」

「・・・・・・どこの時間にも?」

老人はヘンテコな帽子をそっと外し、軽く頭を下げ、又、帽子を頭に乗せた。

シンバも深々と頭を下げた。そして時間のかけらにバシャバシャ入りながら、ふと思い出した。子供の頃を——。


『ねぇ、おじいちゃんはどうして面白い話を知ってるの? おうち何処に住んでるの?』

『わしは何処の時間にも住んでおる。だからここにもおるんじゃよ』

『ふぅん・・・・・・それって——』


——俺は確かに答えていた。老人の正体を!

シンバが老人に振り向いた時には、そこはもう、時間の最果てではなかった——。

「ウィルティス!」

「——ヴァイス・・・・・・?」

「ウィルティス、お前、どこから沸いた?」

ヴァイス・レーヴェ

ログマト・クリサ

ヴィルトシュバイン・ハバーリ

ガジョーナ・クリツァ

ラハン・アフェ

マンダリンカ・チィウ

その他、いろんな人々がいる。

「ここは?」

「ここは官邸。真のStateらしい。とは言っても設備の整った研究室だ。皆、ワープ装置で、ここへ集まったという訳だ。ウィルティス、お前はどこから?」

「俺は・・・・・・それよりアーリスの地上の方はどうなんだ?」

「ああ。エスプテサプラからNoah'sArkが出動し、政府の奴等は、その箱舟で避難している。

ウィルティス。聖典がなんなのか、俺は理解できてきた。これは全ての始まりと終わりなんだ。人類の進化の過程にどうしても抜けている場所がある。猿と人類の間だ。人類は大きく進化して来たが、それは知能の方であり、猿から進化して人類になるのは無理だ。人類は始めからいたんだ」

「・・・・・・ああ」

「アダムとイヴとなる者だけじゃない。聖典の謎を解き、その鍵を持つ者も生き残り、その種を増やすのだろう。聖典の封印を解くと、Noah'sArkの設計データーが出て来る。それは特殊な船だ」

「・・・・・・ああ」

「・・・・・・知っていたようだな、ウィルティス。あの船はバイオテクノロジーとサイバーテクノロジーの粋を集めて創造された船だ。生物と機械の双方の能力、特徴を合わせ持つ、機械生命体。あれはこの時が来るのをエスプテサプラの地底で眠り待っていた。奴のエネルギーは無。思考はないものの、自分を守る知はある。その体内は勿論船内の造りになっているが、生物の体内には変わらない。わかるか? いや、覚えているか? 母の胎内を。

中の者は住み心地よく、守られてるんだ。奴の寿命は奴が目覚めてから約千年。

つまりアーリスに再び光が入る頃、奴は死に、奴の中で避難していた人々は出て来る。それまで奴の中では世代交代と共に文明を築き、何もないアーリスに再び文明を築き上げるだろう。だから文明はグルグル廻る。聖典はその記録だ」

「・・・・・・ああ」

「何故、俺達研究生がプロジェクトチームに組まれたか知っているか?」

「——いや」

「政府は世界がこうなる事を知っていた。しかしそれは十二分の予測ではなかった。アーリスの異変の最終に、世界はここまで壊れるか、又は大被害はあるものの、何とかなる程度か。もしも何とかなるならば、大衆への言い訳が必要だ。その時にウィルアーナに指令は出していたが、そのウィルアーナが、学者や研究員を使わず、生徒を使い、充分な報告を受けれなかったと言うつもりだったのだろう。プロジェクトチームを研究生だけで組めと、それは政府からの連絡命令だったのだ。もしかしたら、イオン博士は知っていたのかもしれない。だからお前ではなく、俺をリーダーと選んだ。息子のお前に罪を着せたくなかった。親心って奴か?」

「・・・・・・リーダーはお前の方が向いていたからだ。俺の親父はそんなとこで親子関係を持ち出す奴じゃねぇよ。お前なら、何とかできるんじゃないかと親父は思ったんだ。親父の判断は正しいよ」

「ほぅ。ウィルティス、お前がイオン博士の肩を持つとはな。いや、なにより俺をリーダーと認めていたのか?」

「それで? 政府はこれからの事をなんて?」

「Noah'sArkは宇宙船ではない。アーリスを漂い続ける船だ。アーリスが消滅してしまえば、船も生きれる筈はない」

「アーリスが破壊する程のエネルギーが落ちようとしているから、それを何とかしろと?」

「その通りだ、ウィルティス。自分達が助かる事ばかり考えている連中がアーリスを支配していた。滅びて当然の結果だな。神は人類を邪悪と考え、殺す。それは正しい——」

レーヴェの後ろでコンピューターをいじっているクリサの姿が見える。

今、クリサが叫んだ。

「生命体発見! 転送させます!」

「オッケー! いいよぉん!」

ふざけた口調だが、明るいムードを保つ声でチィウが返事をした。

今、クリサがスイッチを入れ、チィウの目の前の大きなカプセルに泣いている子供が現れた。チィウはカプセルを開け、子供を抱く。

「もう大丈夫だよ、オイラ達がいるからね」

チィウは子供達を慰め、ナースらしい者と医者らしい者に渡す。

「手当てと新型ウィルスの予防接種しましょうね。消毒薬お願いします」

ナースらしい者と医者らしい者が子供に優しく手当てを始める。

——ワクチンがある?

——ルシェラゴ・フレダーの姿はないが・・・・・・

再び、クリサが声を上げた。

「生命体発見! 転送します!」

「オッケー」

そして、転送されてきたのは猫。

「よぉしよし、脅えなくて平気だからねぇ」

チィウは傷ついた猫を抱き上げる。

地上で生きている者を、ここへ避難させているのだ。

そしてクリツァは違うコンピューターで膨張するエネルギーのパワーを調べている。

「上空Bパターン、フィールドCピース、まだまだ膨れ上がっている。おい、記録を間違えるな」

「ヘイヘイ、やってますよぉ」

クリツァの隣で記録を続けるアフェ。

「さっきより膨張の仕方が早ぇよ。約1分間に10センチが15センチ。こりゃあ、そろそろじゃねぇのか?」

咥え煙草でモゴモゴとアフェは呟く。

又、違うコンピューターではハバーリが光子力ミサイルの設定を考えている。

霊力エネルギーに光子力エネルギーで立ち向かう為だ。

しかしそのエネルギーの差は歴然としている。

ハバーリの指示で多くの研究員が動いているが、霊力エネルギーを勝る事は無理である。

例えば、その威力を削る事は可能だが、無傷で生き残るのは不可能——。

それでも諦めないで戦うみんなの姿。

確かに人は罪深く、激しい憎悪を持つ。しかし優しく深い愛も持っている。

人とは光と闇のあるアーリスに生み堕とされた不完全な魂。

だからこそ完全な悪にも善にも落ちない。

シンバはグロビュールを抜いた。

美しく、聖者が持つに相応しく、禍々しく、邪神のものとなりて、似合うべく剣。

一度滅びたアーリスの魂の宿る剣——。

シンバが祈るように柄を強く握り締めると、黒い丸い石の姿となった。

「ヴァイス、グロビュールのエネルギーを調べてくれ。剣が石になった理由は聞くな」

「グロビュール? その石の事か?」

「ああ、頼んだぞ」

シンバはグロビュールをレーヴェに渡した。

そして泣き止まない子供を抱いて困っているチィウの所へ行く。

「俺のポケットに入っていた駄菓子だ。泣き止まない子にやるといい」

シンバはチィウの手の中に飴やガムを入れる。

「シンバ、オイラもこうして転送してもらってここへ来たんだ。でもサタナスは——」

「ああ、言わなくてもわかる」

「シンバ、ラテちゃんは?」

「心配ない。後で俺が迎えに行くから。お前の妹は?」

「・・・・・・駄目だった」

「そうか・・・・・・悪いな、言葉が思い付かない」

「いや、いいんだ・・・・・・ノエルは助けれなかったけど、まだ生きてる多くの命を救いたい!」

「そうだな」

シンバはハバーリの所へ行く。

「最大光子力を使い、どこくらいの対向ですか?」

「——全くだ。

さっき、膨張記録を見たが、放ったエネルギーは向こうのエネルギーに呑まれちまう」

「光子エネルギーに、向こうのエネルギーと全く同じエネルギーをプラスする事は可能ですか?」

「バカヤロ。そんなエネルギーどこにあるってんだ・・・・・・あるのか?」

「今、ヴァイスに調べてもらっています。そのエネルギーの調査次第、ヴァイスと話をして、その結果を出して下さい。無理だ、出来ないなどの報告は聞き入れません」

「お、おう・・・・・・急にイオン教授ソックリだな」

「親子ですから」

シンバはクリサの所へ行く。

「膨張するエネルギーの中心に生命体があるだろ?」

「え? ちょっと待って・・・・・ええ、あるわ」

「それはクロリクだ」

「ええ!? クロリクって? どういう事?」

「彼女がエネルギーを集めて、アーリスに落とそうとしているんだ」

「何よソレ。それが本当なら彼女を殺せばいいじゃない」

「いや、今、彼女を殺しても集められたエネルギーは落ちて来る。彼女を助けるんだ」

「はぁ!? 何言ってるの、そんなの無理よ!」

「無理じゃない。こっちは、向こうのエネルギーよりも膨大なエネルギーで立ち向かう」

「ええ!? そんなエネルギーどこにあるの?」

「それはログマトが心配する事じゃない。自分の任務だけを考えろ。いいか、向こうのエネルギーが落ちる瞬間、こっちもエネルギーを放つ。二つのエネルギーが衝突する前にクロリクを転送するんだ」

「そんなの無理よ! 1秒もないじゃない!」

「無理じゃない、やるんだ。失敗は認めない」

「——わかったわよっ!」

シンバはクリツァとアフェの所に行く。

「エネルギーはまだ膨張していますか?」

「いいや、小さくなってきている」

クリツァがそう答え、アフェがその記録データーをシンバに見せる。

「へぇ、流石記者。記録が手早く細かいのに見やすい」

「シンバ君に褒められてもねぇ」

「10年前の記事、あれはゴシップじゃない。俺、覚えてますよ」

「お前・・・・・・」

「あなたは真実を伝えるジャーナリストだ。例え俺にとって嫌な記事でも認めない訳にいかない。ここにいるのも、この後、生き残れたら、全ての事を記事にする為にいるんでしょう?」

「・・・・・・」

「俺の事は格好いいし、性格もいいし、頭もいいとパーフェクトにお願いします」

「生き残れるみてぇな言い方だな」

シンバはアフェに笑って見せる。

アフェはシンバのそんな表情を初めて見た。

「生き残れるかどうかは、みんなにかかってます、勿論、アフェさん、あなたにもね。最終の記録も手早くハバーリさんに渡して下さい。確認が遅れると全ての段取りが狂いますから」

「おい、最終って?」

「当然だろう。膨張したエネルギーが小さく纏まって来ている。もう落ちるのだ」

クリツァがアフェにそう答えている隙に、シンバは、その隣のコンピューターをいじり出した。

画面に映るアーリスの地形に、赤い点が6つあり、どれもワープできる場所。

しかし、どこへ行くか、選べるのは7つ。

地形にもなく、何も書かれていない場所。

——多分、月だ。

「ウィルティス! 準備はできた」

ヴァイスの声に、シンバは頷き、そしてクリツァが叫んだ。

「落ちる!」

ハバーリがエネルギーを放つ引き金を引く。

そしてクリサがクロリクを転送する。

チィウが待ち構えるカプセルに電流が走り、エネルギーとエネルギーが衝突する衝撃がアーリスを襲い、シンバ達がいる、星内部に造られた部屋までも激しい未曾有の衝撃に狂う。

誰もが暗闇を目にし、無となる気配を感じていた。

神の裁きは今始まったのだと——。

神が愛するアーリス——。

闇の中、蒼く輝く星である。

星は廻り続ける、大いなる救いで——。

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