第七章 魂 ~DEAD END~


瓦礫などをどかし、シンバとラテはエノツとシェラを埋めれるような所を作り、そこへ寝かせた。

泣き続けるラテの手を握り、シンバは眠っているようなエノツに誓う。

——守り続けるから。

——お前の分まで絶対に守り続ける。

——俺はラテを、お前の分まで、大事にしていく!

ラテの黒い羽が、エノツとシェラを包んだ。どうか安らかにと——。

「グァァあああーーーーッ!!」

今、サタナスが目を覚ます。

——そういえば。

シンバはクロリクのリングを思い出す。

あれもグロビュールと同じ霊力システムで出来ている物だろうが、そんな事よりも、エネルギーの放出の方が気になる。あれは霊力エネルギーだ。しかも最小限の軽すぎるエネルギーで、巨体のサタナスを数分間、眠らす程。

一人となったクロリクが、あれをどう使うかが心配。

シンバが考えてる最中、ラテはサタナスに近付いて行く。

それに気付いたシンバは急いでラテの腕を掴んで止めた。

「危ないだろ、ほっとけよ」

「大丈夫だよ。シンちゃんに似てる」

「似てねぇ!!!!」

しかしサタナスの方から二人の目の前に来た。

サタナスの巨体が、塵を舞い上がらせ、風をつくる。その風を防御しながら、シンバがグロビュールの柄を握るが、ラテが駄目と首を振る。そしてラテは大きなサタナスの大きな顔の中心となる所へ手を差し伸べた。

サタナスの目がラテの手を見て寄り目になる。その表情は愛嬌がある。

「私達は傷付けたりしないから大丈夫だよ。仲良くしよ?」

サタナスの大きな顔が斜めになる。ラテの言葉がわからないのだろう。しかし大きな顔をラテに近付け、懐き出した。

——嘘だろ。

——アイツの前世は猛獣使いか、なんかなのか?

——ていうか、これその通り俺に似てるだろ。ダメだろ。

——ていうか、簡単に懐く辺り、ダメだろ。

——ていうか、俺はラテにとって犬やコイツと同じか。

只、独りは可哀想と同情で、ラテは手を差し伸べるのだろうか。

サタナスの鼻となる部分に抱き付いて、笑っているラテを見て、それでもラテが笑うならいいかと思った。

「なぁ、コイツに乗れるかな? 天使達を追い駆けたいんだけど」

「そうだね、クロリクさん、ほっとけないもんね。でも背中には乗れるだろうけど、ちゃんと追い駆けてくれるかな?」

その時だった。サタナスの横腹目掛けて突進して来る一機の戦闘機。

——なんだ!? 軍の逃げ遅れた奴か?

しかし瓦礫にぶち当たりながら戦闘機がバラバラに分解し、壊れて突っ込んで来るところを見ると、航空自衛軍の者ではなさそうだ。

仕舞いには戦闘機の骨組みだけとなって走って来る。

「うおおおおーーーーっ! 飛ッべぇーーーーッッッッ!」

——飛ぶ訳ねぇだろ。

機の翼も骨組み丸出しで、しかも折れている。

そしてサタナスの横腹にぶち当たり、骨組みはバラバラと落ち、ソイツも座った状態のまま、ストンと落ちた。

「なんだ・・・・・・? アイツ・・・・・・?」

どこで拾ったのか軍のゴーグルまでしている。

「くそっ! 何だよ、このでかい壁っ!」

サタナスを壁と思い、蹴り上げる少年に、

「やめてよ、蹴ったりしないで」

ラテが近付いて行った。

「はぁ!? なんだよ!? オイラに文句あんのか!?」

と、少年はゴーグルを外し、ラテを見た。

「うお!? かわいいっ!!」

少年は突然ラテの手を握る。ラテは行き成りのその行動に驚く。

「ねぇ、名前なんていうの?」

「え? 私? ラテ・・・・・・」

「ラテちゃんかぁ。可愛い名前だね! その背中の黒い翼、アクセサリー? 天使の真似? かぁわいいなぁ」

——なんだこのエノツを、本能丸出しで軽率にしたような奴は。

シンバはラテとその少年の間にツカツカと入り、握る手も離した。

「——お前、軍の者じゃないだろ」

「オイラ? オイラは単なる一般ピープルさ。マンダリンカ・チィウってんだ。この間16歳になったばっかしの若さピチピチだ。よろしく、ラテちゃん」

チィウはラテの手を握る。

「おいっ!!!!」

「なに?」

「なにじゃねぇよ! 軍の者でもないのに勝手に戦闘機動かすな! 危ないだろ! それとラテの手を握るな!」

「シンちゃん、そんな怒んないで」

「そうだよ、シンちゃん。そんな怒んないで」

「お前にシンちゃんと呼ばれる筋合いはない!!!!」

「だってオイラ、あんたの名前知らないし」

「——シンバだ。ウィルティス・シンバ」

「プッ。変な名前」

「そりゃあお前だろ!!!! あーーーーっ! もう! いいからラテから離れろ!」

シンバはチィウを突き飛ばし、ラテを自分の後ろへ隠すように持って行く。

「ねぇ、チィウ君、空、飛びたいの?」

「あっ、ラテちゃん聞いてくれるぅ?」

ラテに近付こうとするチィウの前に立ちはだかり、チィウをラテの傍へ行かせないシンバ。

「俺も聞いてやるよ」

「——チッ」

「その舌打ちはなんだぁ! もう聞かねぇ!」

「まぁまぁシンちゃん。話、聞いてあげようよ? 私、チィウ君の話、聞きたいな」

「流石ラテちゃん、あのね、オイラね、オイラね」

「離れてその位置で話せ。そこからでも充分聞こえる」

シンバに突き飛ばされ、そう言われ、チィウは仕方なく、その位置で話す。

その表情は初めて見せた真剣な顔——。

「オイラの妹を追い掛けたいんだ。手が翼になって天使って言われてるけど、ノエルは天使なんかじゃない。ノエルはオイラのたった一人の妹だ。ついこの間だよ、オイラの誕生日にクレヨンで描いた似顔絵をプレゼントしてくれたのは。その後、ノエルの手がうまく動かなくなってさ・・・・・・両親、亡くしてるから、オイラがノエルを助けなきゃ」

真剣なチィウにシンバもラテも俯く。

「オイラはノエルの兄ちゃんだから」

その台詞はシンバに強く届いた。

——俺もシーツの兄貴だから!

もっと早く、そう言えていたらと、シンバは余計に俯く。

が、しかし——。

「ラテちゃん、オイラ、可哀想だろう? 慰めて抱き締めてくれよぉ。ぎゅって、ぎゅって! ぎゅってして!!」

その台詞には一気にぶち切れた。

——コイツに同情はしない!!

「おい、チィウって言ったな。お前の妹の思考はもう狂ってる。腕が翼になった時点で遺伝子操作でアーリスを守護すると記憶に組み込まれてんだ。もう、お前が思うような妹じゃない。お前を見ても兄として目に映らず、アーリスを汚す邪悪な人間として見るんだ」

「そんなの何でシンバにわかるのさ!」

「俺じゃなくてもみんなわかっている事だ。天使は人々を襲い、殺してるんだ」

「違う! ノエルはそんな事しないよ! ノエルの事、何も知らない癖に勝手な事言うな! ノエルは臆病な程、優しくて、今だって、オイラが助けに来るのを待ってるんだ。早く行ってあげないと、ノエル、泣いてるよ」

「泣いてるねぇ。自分の目で確認して泣くのはお前だぞ」

「どういう意味だよ!?」

「そのまんまの意味だ」

「やめてよ、二人共、仲良くしよ? ね?」

今度はラテがシンバとチィウの間に入る。

「オイラ、ラテちゃんとは仲良くしたいけど、シンバとはしたくない」

「その台詞、そっくりそのままバッキリてめぇに返してやるらぁーーーーっ!!!!」

「もういい加減にしなさい!!!! チィウ君、シンちゃんはチィウ君より年上なの。だから少し喋り方を気をつけよ? シンちゃんも年下にムキになりすぎ!」

シンバとチィウは唇を尖らせ、大人しくなる。ラテはそんな二人に溜め息。

「ねぇ、チィウ君も一緒にサタナスに乗る? 私達も天使を追うの」

「そうなの? サタナスって?」

「これだよ」

ラテはサタナスの横腹を擦るがチィウには凸凹の気味の悪い壁にしか見えない。

「——これって?」

その時、サタナスが動いた。

チィウは驚いて、尻からペタンと座り込んだ。

シンバが凸凹の鱗の壁を登り、ラテを引き上げる。

チィウは口をポカンと開けて、サタナスを見上げるばかり。

サタナスが翼をバサバサと羽ばたき出した。

「チィウ君、早く乗って!」

ラテに急かされ、理解しきれないまま、チィウはサタナスにしがみつき登る。

サタナスの翼はバサバサと力強く、風を起こす。

塵の瓦礫も宙に舞い上がり、シンバとラテは目を閉じる。

チィウはしがみつく事で精一杯。

今、空へと舞い上がる。

「サタナス、どこへ向かうの?」

「大丈夫だ、天使の集まる場所へ連れて行ってくれる。サタナスは、この星で生きる為に死にたくないと本能的に天使と戦おうとする。だから、コイツの行き場所は天使がいる所なんだよ」

「でも食べちゃ駄目だよ? サタナス。クロリクさんを説得すれば大丈夫だからね?」

——それで事が済めばいいが。

「オイラも背中に乗せてくれよぉーーーーっ!」

横腹にしがみついてるチィウが叫び、仕方ないと、シンバがチィウに手を伸ばした。

やがて白く輝く空が見えて来た。

天使の大群が集まっているのだ。

シンバはチィウの靴紐に目をやった。丈夫そうな紐。

「チィウ、靴紐を俺にくれ」

「え? なんでさ?」

「いいから早くしろ!」

「なんだよ、偉そうに! わかったよ、やるよ!」

チィウは靴から紐を取り、シンバに渡す。

シンバはその紐でサタナスの頭部にある角と自分の右足を括り付けた。

「よしッ! これで向かい風でも立てる」

とは言ったものの、かなり怖い。うまくバランスをとらないと、落ちそうで、命綱が靴紐だけと言うのは心許ない。

それでもシンバはサタナスの先端に立つ。重心に力を入れ、息苦しい向かい風にも立ち向かう。

左右の足を括り付けたら自由がきかなくなる。その為、右足だけを括り付けた。

シンバはゆっくりとグロビュールを抜いた。

「シンちゃん!?」

「大丈夫だ。何も心配しないで、しがみついてろ。誰も殺さねぇよ。それがラテの望みなんだろ? 道を開けてもらうだけだ。多少、傷付けるがな」

今、サタナスに気付いた天使達が向かって来る。

「サタナス! 喰らうな! 俺が戦うから!」

シンバはグロビュールを構え、呼吸なしに天使の何体かに傷を負わす。

殺す気はないが、その勢いは殺気にも勝る。このまま順調に天使を蹴散らそうとグロビュールを振り上げたその腕を行き成りチィウが掴んだ。

「やめてくれ! ノエルが! ノエルがいるんだ!」

「離せ! チィウ! 殺しはしない!」

「駄目だ! ノエルを傷付けちゃ駄目だ!」

この隙にと、天使達はバサバサと集まって来る。

もう駄目かと思った瞬間——

「エル エル ラマ サバクタニ——・・・・・・」

(我が神 我が神 何故 私を捨てられるのですか——・・・・・・)

そう呟きながら、天使達は落ちて行く。

「エル エル ラマ サバクタニ——・・・・・・」

サタナスの背にも何体か落ちて倒れている天使達。

その中の一体をチィウは抱き寄せる。

その天使がノエルであろう——。

「ノエル! ノエル! しっかりしろよ! どうしたんだよ? ノエル、ノエルッ!」

「エル エル ラ——・・・・・・兄ちゃ・・・・・・ん・・・・・・?」

「ノエル! わかるのか? ノエル?」

「兄ちゃ・・・・・・お空が堕ちて来るよ・・・・・・」

「え?」

虚ろな瞳で空を見ながら呟いたノエルに、チィウはゆっくりと空を見上げた。

既に見上げていたシンバとラテは呆然と力をなくす。

サタナスは翼を動かし、宙で止まっている。そしてサタナスが見ている先にはクロリクがいる。リングを胸で抱き、背の白い翼はクロリク自身を抱むように、宙に浮いている。

何か呪文のような事を囁き続け、死に絶える天使達から、見えない何かをリングに吸い取らせている。

——魂。

空が銀色に輝き、低く低く、それは魂の塊。

——霊力エネルギーを放出し、落とそうとしている!?

——その為のエネルギーとなる魂を集めている!?

クロリクは真剣だ。

「やめろ、クロリクーーーーッ! あんなの落としたらアーリスまで壊れるぞ!」

シンバが吠えると、クロリクは囁きを止めた。

「あなたが戻れば、300メートル級の星が落ちる程度の威力にするわ」

——300メートル級の星。

その小惑星がアーリスに落ちると、マッハ30程の高速だった場合、水爆10万個の爆発と同じ破壊エネルギーを出す。

アーリス自体は傷を負うが、やがて癒える。

しかしアーリスで生きる者は自然災害に襲われ、それと同時に大量の塵が舞い上がり、空は何千年も闇となり、寒さと飢えで、生物は滅びの道を歩く他はない。こうして嘗て栄えたといわれる恐竜は滅びた。

そして又、栄えようとしている、サタナス同様、生態を変えた爬虫類達。そう、恐竜が又滅びる。飢えが来ると恐竜は死人も生きている者も、骨まで喰らい、人の存在も歴史も消える。

——そして人は始まる。アダムとイヴで。

「・・・・・・クロリク、俺はキミの所へは行かない」

シンバはクロリクを見つめる。

「例え、もう滅ぶしかないとしても、俺がキミの所に行けば、全て助かるとしても、どんな条件を出されても、俺はキミとは一緒にはならない。キミだって、わかってる筈だ。俺を好きなんじゃなくて、只、イヴに思考を支配されてるだけだって事!」

「・・・・・・その女のせい?」

「え?」

「あなたが私の所へ戻れないのは、その女のせいでしょう? その女さえいなければ私の所へ来るでしょう?」

「ラテは関係ない」

「嘘よ! その女さえいなければ!」

クロリクは片手を広げ、その手の中に幾つもの魂を小さく潰し、黒い塊を創りだす。

——なんだ? あれは?

「——アダムを誑かす者よ、奈落へ落ちよ」

クロリクがそう言うと、その黒い塊は、ラテの頭上まで舞い上がり、その場の空間を歪める。その空間の異変にサタナスがその場から離れようと翼を羽ばたかすが、うまく飛べない。シンバは右足を括り付けている紐を解こうとしている。

「その女は、この時間にいなくなるわ。彼女はどこにもいなくなるの」

小さく纏められた魂の強力な熱に光と空間が狂い、その場の時間が乱れる。

今、シンバの足に付けられた紐が解けた!

「ラテぇーーーーーーーーッ!!!!」

ラテに駆け寄るが、歪んだ空間に呑まれる後で、しかし、後を追うようにシンバも呑まれた。

「行っちゃ駄目よぉーーーーーーーーッ!」

クロリクのその台詞は遅かった。

アダムを自らの手でなくしてしまったイヴ。

サタナスは空間の歪みにバランスを崩し、落下していく。

チィウも妹を抱き締め落ちる。

そしてクロリクは——。

この時代にアダムはもう存在しない。

キリストもいない。

二度と人類が始まる事はない。

それでもアーリスの守護を遣り遂げよう。

——いいえ、アーリスも消滅させ、私も消えてしまおう。

クロリクはリングを胸に抱き、再び囁き続け、魂を呼び続ける。

全てDEAD ANDとなる為に——・・・・・・。

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