第五章 狂 ~The Teaching of the Ancestors~
カバンが三人に駄菓子を持たせてくれた。ワイルドボーで売られていた駄菓子である。
心配しなくても自衛軍が非常食を持って来てくれるので、沢山持って行きなと言うので、遠慮なく沢山持って来てしまった。
「エスプテサプラに?」
ガムを噛みながらエノツ尋ねる。
「ああ、ハバーリさんはヴァイスとそこへ行ったらしい。あいつ、国会議事堂へ行くとか言ってた癖に。それともリンドミラーに行ったログマトに何かあったかな?」
クーペの運転をしながらシンバはそう話した。
ラテは隣で大人しく飴を食べている。
「シン、前見てちゃんと操縦しろよ」
「ああ、わかってるけど・・・・・・」
シンバはポケットの中が異様に熱くなり、あの石を取り出して見る。
石は妖しい鈍い光を放ち、熱を持ち始めている。
——なんだ!? この石・・・・・・・
シンバはクーペを止めた。
エノツもラテもシンバの手の中にある石を覗き見る。
「シン、それ原石? 隕石? パワーストーンとか、そういうの?」
「さぁ? ハバーリさんはオーパーツって言ってたけど・・・・・・」
「だるまのおじさんに貰ったの? いいなぁ、私も綺麗な宝石ほしいなぁ」
「でもオーパーツなんて、それが本当なら宝石なんかより凄いものじゃないか。どうしてそんなものをシンが貰えるわけ?」
「それは色々と理由があって・・・・・・いいんだよ、そんな事はどうでも!」
「ねえ、シンちゃん、エノッチ、あれなにかな?」
「え?」
シンバとエノツはラテが指差した方向を見るが、何が、何かな、なのかわからない。
「どれだよ?」
シンバが目を細める。
「ほら、あそこ。瓦礫に埋もれてるけど、十字の形してるやつ。何かの看板かなぁ?」
ラテが更に同じ場所を指差す。
「うへぇ、ラテ、目良過ぎだよ」
エノツは眼鏡を持ち上げ、覗き込むよう、遠くを見ようとするが、やはり良く見えない。
「行ってみるか。その方が早い」
シンバが石をポケットに戻そうとした時、石が突然、眩い光を放った。
咄嗟に瞳を閉じ、光から身を守ったが、その光は目蓋を突き抜けてまで眩しい。
数分間、三人は目を押さえ、開ける事ができなかった。
最初に目を開けたラテは、シンバの手の中にある大きな剣に驚いた。
エノツも目を開け、剣を見る。
「これ・・・・・・この剣だよ! シンが車を真っ二つにした、あの剣だよ!」
「石が剣になっちゃったの? 魔法みたい。どうやったの? 凄く大きいけど・・・・・・ねぇシンちゃん、片手で重くない?」
「軽い。驚く程軽い・・・・・・どうやってこうなったんだ?」
シンバは訳がわからず、只、剣を見つめる。
研ぎ澄まされた刃が、鏡のようにシンバを映し出す。
——本当にどうして剣になったんだ?
今、刃に映るシンバが二ヤリと笑ったように見え、シンバはビクっとする。
『もうすぐ運命の女性に逢えるからだよ』
声が頭の中に直接話し掛けて来る。
『彼女が待っている』
その声は体中に響き渡る。
『お前じゃないよ、僕とグロビュールを待ってるんだ』
「・・・・・・誰だ? 誰なんだ? 誰なんだよ!?」
「シンちゃん? どうしたの?」
苦しそうに額を押さえるシンバに、エノツもラテも心配そうに見守る以外、何もできない。
シンバは頭の中の声に苦しむ。
キーンと耳鳴りが始まった。
『アポストロス アイオーン ネフェシュ ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ・・・・・・』
わからない言葉が繰り返される。
体の動きが封じられたように思いのまま動けない。
シンバはラテ目掛けて剣を振り上げた。
ラテとエノツはぼんやりとシンバの行動を見ている。
ラテの頭上で輝く剣が、振り落とされようとしているなど、考えてもいない。
ラテは剣を振り上げて震えているシンバを見上げている。
シンバの瞳にもラテは映っている。
今、シンバに首を傾げながら、微笑むラテ。
「・・・・・・やっ・・・・・・やめろぉーーーーっ!!!!」
シンバがそう吠えるのと同時に、体が解放される。
急に大声を出すシンバにラテとエノツは驚く。
もう耳鳴りもわからない声も止んだが、シンバは息を切らし、額を押さえ、剣を見つめる。
「シンちゃん? やめろって? 大丈夫? 汗、凄いよ?」
「ラテ・・・・・・俺、ラテを殺そうとした・・・・・・?」
「え? 何言ってんの? そんな訳ないでしょ。それより、その剣、石だったんだよね? どうやって剣にしたの?」
シンバはラテを見つめて、首を振る。何もわからないと言った風だ。
「シン、疲れてるんだよ。その剣は何らかのスイッチが入って石から姿を変える仕組みになってるのかもしれないよ。只、それだけの事! 色々と深く考えるのはやめよ? な? こんな世界だもん」
——こんな世界。
「ねえ、シンちゃんは選ばれし者なんじゃない?」
ウキウキ顔でラテは妙な事を言い出す。
シンバとエノツはハァ!?という表情でラテを見る。
「石は、この世界の人々を救う者が触れると剣に姿を変えるの。ね? そう思わない?」
ウキウキしながらも真剣にそう言うラテに、シンバとエノツは間をあけたかと思うと、大爆笑。
図書館で働いてて、ファンタジー本の読みすぎなんじゃないかと笑うシンバとエノツ。
「きっとそうだもん! だから剣になったんだもん!」
ラテは笑われた事に頬を膨らます。
シンバは笑いながら、ハンドルを握る。
「もう! いいもん! 私はそう思うもん! そう信じるもん!」
ラテは唇を尖らせ、拗ね始める。
ラテの思いは、現実的には、御伽噺すぎて、夢見がちなイッちゃってる話だけど、前向きになれる。
こんな世界だからこそ、必要な思い。
大切にしたいかけがえのない思い。
信じたいと表情に明るさが出るシンバとエノツ。
——この剣は人類を救う為のもの・・・・・・か。
クーペを走らせ、直ぐにシンバにもエノツにも、ラテが指差した十字架がわかった。
その十字架に人が磔になっているのもわかる。
そして、それが、あの女だという事も——。
クーペを止めると、ラテは飛び降りて、十字架の傍へと駆け寄った。
瓦礫に挟まり、突き立っている十字架。
女は無表情で、ピクリとも動かず磔になっている。
美しい長い黒髪だけが風で揺れている。
揺るがないアクアの瞳が綺麗で怖い。
「ひっどぉい! 今、助けてあげるからね!」
ラテは女を十字架から降ろそうとしている。
「——シン、ここ、刑務所跡地みたいだね。彼女、リーフウッド大陸のビレッジにいたっていう、あの女の人だろ?」
「ああ。この街は建物も跡形なく崩れ、人も皆、死んだ中、彼女一人生き残ったんだな。まるで——」
——まるで、あの時のようだ。
ビレッジで一人佇んでいた彼女を見つけたあの時——。
シンバはふと思う。
大地震で無傷だった自分を——。
彼女も自分も死ねない運命なのかもしれない。何かを遣り遂げる迄は——。
「彼女、美人だね」
「あ? ああ、そうだな」
「・・・・・・怖いね」
「何が?」
「人とは思えないくらい・・・・・・綺麗だから・・・・・・それが怖い」
確かにエノツの言う通り、彼女は美しすぎて、完全に見える恐怖がある。
美しい黒髪に似合わないアクアの瞳も、そのアンバランスさが却って美しく神秘である。
ラテが彼女を十字架から自由にしても、彼女は当然のような表情で、黙っている。
「ねえ? 大丈夫? どこも怪我してない?」
返事のない彼女にラテは首を傾げる。
「ラテ、その人、俺達とはちょっと言語が違うんだ。つまりラテとは違う言葉なんだ、だから通じてないんだよ」
「え? シンちゃん、知ってる人なの?」
「まぁ・・・・・・な」
「ふぅん・・・・・・じゃあ・・・・・・紹介して?」
「え?」
「私はクルフォート・ラテです、シンちゃんの友達だよって紹介してよ」
「——私はクロリク」
彼女がアーリス語で突然喋った。
シンバとエノツは驚いて彼女を見る。
「私はリスティア・フィン・クロリク」
「なぁんだ、言葉わかるじゃん。私、クルフォート・ラテ。シンちゃんの友達なら私の友達って事で。よろしく、クロリクさん」
ラテはにこやかにクロリクに手を差し出すが、クロリクはその手を見つめ、さっと交わし、シンバの傍に行く。
そしてアクアの瞳でシンバを見つめ、
「私は友達なんかじゃないわ」
そう言った。
クロリクの声は女性らしいソプラノだが、冷めて無感情で淡々としている。
「彼と私は愛を育む誓いをした仲なの」
——何言ってんだ?
エノツもラテもクロリクの台詞に驚いているが、シンバが一番驚いている。
彼女は嘘や冗談などを言うようには見えないが、暫く沈黙が続いた後、
「うふ、うふふふふふふふふふふふ、冗談よ」
と、クロリクは笑った。
どんな反応をするか試してみただけという感じに楽しそうに笑う。
「——言葉・・・・・・どうして?」
シンバがそう問うと、クロリクは笑うのをやめ、又、無感情な表情と声になった。
「あなたと同じ言葉を喋ってるだけよ」
「もう冗談はやめろ。俺とキミは——」
「出逢う運命だったのよ、私達」
クロリクはそう言うと行き成りシンバにキスをした。
驚いて仰け反るシンバと、余りの出来事に呆然とするエノツとラテ。
キスされた唇を手の甲で押さえ、シンバはクロリクを見る。
クロリクはニコっと微笑み、ラテを見た。
ラテは目が合い、焦る。
すると今度はクロリクの方からラテに手を差し出した。
「彼の友達なら、私の友達だわ。よろしく」
「え、あ、よ、よろしく」
ラテは戸惑いながら、クロリクの手を握った。
シンバは彼女に恐怖に似た感情を覚える。
しかし、彼女を一人、何もないこんな場所に置いておく訳にも行かず、4人でクーペに乗る事になった。
ラテの武器になる弓と矢や、剣、駄菓子、その他の荷物、それに二人もオーバーしてる為、クーペの調子はますます悪い。
ラテとクロリクがバックに乗り、エノツは助手席に移動して、シンバは操縦を続け、誰も何も喋る事はなく、静かな時間が流れる。
エノツはノートコンピューターを出し、レーヴェからの新しい指示か何か連絡が届いてないか確認するが、何も届いてない。
「シン、こっちから連絡してみる?」
その時、パスンっと空気の抜ける音がして、ウィーーーー・・・・・・ンと、車体は地についたかと思うと、クーペの前が自動でパカって開き、カタカタカタ、プッシューーーーッと、まるで笑うように壊れた。
シンバはクーペから降りて、内構造を見るが、もう完璧にイカれてる。
エノツもラテもクロリクもクーペから下りた。
すると又、ラテが遠くを指差した。
「ねぇ、あれは——?」
ラテが指差した先には、ウィルアーナの中型ホバー船がある。
今度はシンバとエノツにもシッカリ見える、然程、遠くない位置だ。
「シン、ヴァイス君がいるんじゃない? ここエスプテサプラなんじゃないかな?」
「ああ、なんとか目的地まで来てたって事か。クーペも荷物もここに置いて、あそこへ行こうか。どうせヴァイスに会えても言われる事はわかってるけどな」
シンバが、ラテとクロリクを見て、そう言うと、エノツが低い声を出し、
「ウィルティス。誰が女を集めろと言った?」
と、レーヴェの口調と声色を真似て言った。
「まぁ、覚悟を決めて行きますか。奴の事だから、それ位は当然言うだろうしな」
シンバ達は中型ホバー船まで歩いて行く。
瓦礫が歩きにくく、ラテは何度も転びそうになる。
死体はどこにもない。
恐らく自衛軍が片付けたのだろう。
しかし、瓦礫の下には気付かれない死体が何体もあるだろう——。
調度、ホバー船から出てきたレーヴェ。
「ウィルティス、ザタルト。あの地震の中、生きていたか。ならば任務はどうした? ウィルティス、誰が女を集めろと言った?」
エノツが真似たままの台詞を吐くレーヴェに、シンバとエノツは声を殺して笑う。
「——何が可笑しい」
「いえ、別に。任務報告に参りました。役に立ちそうな者という事で、ヴィルトシュバイン・ハバーリを推薦しようと、彼を追い、ここ迄来た所です」
「ほぅ。ではあの女共はなんだ? ウィルティス、俺は言った筈だ。彼女は部外者だと。もう一人の女はリーフウッドのビレッジにいたあの女だな。彼女も部外者だ。直ちに彼女達の身柄を保護してもらう為、陸上自衛軍に連絡をとるよう命じる」
「彼女達は役に立つ者という事で、俺が集めた者です。その命令は却下して下さい」
「——ほぅ。何の役に立つと言うんだ?」
「その内わかります」
「ほぅ。言っておくが、ウィルティス、上に対しての礼儀として尊敬語を俺に使っても認めないものは認めないからな」
レーヴェはそう言い放つと、途中で崩れずに残っている建物へと歩いて行く。
シンバはその背に拳を握り締め、殴る真似をした。
「シンちゃん、私、役になんか立たないよ」
「いいんだよ。あんな奴の言う事なんか無視で」
シンバはそう言いながら、レーヴェを追う。
エノツとクロリクも、シンバの後に続き、ラテも迷う気持ちで後に付いて行く。
その建物はリンドミラーユニバースシティ。
中も外と変わらず、ゴチャゴチャに散らかっているが、全て崩れてしまったウィルアーナよりはマシである。
一台のコンピューターに没頭しているハバーリが直ぐに目に入った。
そしてノートコンピューターを片手に動かしながら、ログマト・クリサが近づいて来る。
「ウィルティス君、ザタルト君、生きてたのね。あなた達、月の女神の銅像を知ってる?」
クリサの質問にシンバとエノツは二人顔を見合わせ、頷いた。
「さっきね、政府の命令だとかで、その神像、自衛軍の手で壊されたのよ。でもね、余りにも素晴らしい芸術品で、あの地震でも壊れなかったから、私、その神像を映像に残しといたの。その映像を見てほしいの」
クリサのノートコンピューターに映る月の女神。
四方から映した映像にクルクル変わり、画面は四つに分かれた。
「流石に上から撮影は無理だったけど。でもね、変だと思わない? どうしてコレを壊す必要があったのかしら?」
そこへレーヴェが現れ、シンバから没収したあの古文書をシンバの手に返した。
「ウィルティス、その古文書はどこで手に入れた?」
「別に、大した所じゃない」
「ほぅ。その古文書に書かれている文字は、今迄使われて来たであろう古代文字とは違う。恐らく宗教連合の発達と共に成立させたものだ。年代は、そうだな、BC」
「BC? そんな昔のものだってのか?」
「恐らくな。もしかしたら、それよりも昔だという可能性もある」
「それで? なんで宗教が出て来る?」
「その古文書をコンピューターで翻訳にかけてみた。訳せない文字ではなかったが、コンピューターはこの文字を聖書の言語と出した。そして解読すると面白い結果が出た」
レーヴェは、そう言うと、クリサを見て、クリサは頷き、ノートコンピューターのキーを押した。
すると月の女神が映っていた画面に文字が流れ出す。
「古文書を解読したものだ。見ればわかると思うが、それは聖典だ。聖典と言っても数多くあり、数多く失われた筈だが、それはその中で、今の時代に残った聖典、キリスト教だ」
——キリスト?
「キリストの意味はわかるか?」
レーヴェのその問いに答えたのはクロリクだった。
「救世主。キリスト、クリストス、メシヤ、それは救世主という意味よ」
「ほぅ。その通りだ。ウィルティス、先程はすまなかったな。彼女は少しは役に立ちそうだ」
シンバとエノツはコンピューター画面に流れる文字を読んでいる。
「聖典は旧約、新約となっている」
——旧約と新約?
『旧約を果たし、新約を交わそう』
ヤソがそう言っていた事を思い出す。
「旧約の方はゲネシスから、人類、万物、歴史が書かれている。面白いのはウィルティス、お前が説で出したNoah'sArkの話がある事——」
——Noah'sArk、あれは聖典なのか?
光、水と空、土と植物、天体、魚と鳥、動物と人間、只、一人の目に見えない神の壮大な創造。そして神と人と、堕落と罪の本質、神の人類救済の意図と計画。
「随分と象徴的表現方法で書かれてるよね」
エノツがそう言うとシンバは頷いた。
「エノッチ、何を象徴してると思う? 俺は多分・・・・・・科学だと思う」
「科学? 何言ってんの、シン。これのどこが科学? 象徴されてるのは未来だよ」
「ああ。未来の科学だ。これが本当に昔の聖典だとしたら——。
例えば、このアダムの骨のかけらでイヴを造りあげたとあるが、これは今でいうクローンに近いものを意味しないか?」
エノツはハッとして、更に画面を覗き込む。
「ウィルティス、お前もソレに気が付いたか。ならば新約の方も見てみろ。新約は旧約にならって、歴史、手紙、預言と三区分されている。歴史にはイエス・キリストの生涯を記録しており、手紙は、その使徒達の福音書、そして最後に預言的文書の黙示録。これは昔の聖典である故、それは神の言葉の預言とは思えぬ、予測された予言だ」
——預言ではない予言って事か?
「その記録は七つの教会に送られているとあるが、この時代、教会など存在しない。しかし、その文書には充分な程の衝撃が書かれている。巨大隕石による異常気象と不治の疫病の大流行と、大暴風雨の世界破壊、そして、天使による人類大虐殺。まるで、今、だな」
「・・・・・・バカバカしい。あいつ等は天使じゃない。HA91の患者達だ」
「その通りだ、ウィルティス」
レーヴェは、またクリサに目で合図をし、クリサは、コンピューターをいじると、エノツの持っているコンピューターに着信音がなり、エノツは、クリサを見て、レーヴェを見て、自分のコンピューターを出した。
クリサから送られたファイルを開くと、画面にHA91の患者達のデーターが流れる。
「——そしてこれは偽典と書かれた古い書物。何故か、ウィルアーナのホスピタルの第3診察室にあった。地震の後、擦り傷を負い、大した事はないが、消毒薬をもらおうと思ってね、その時見つけたものだ。確か、その診察室はルシェラゴ先生の場所だったが、まぁ、先生が生きてたら後で返せばいいだろう——」
レーヴェは偽典をシンバに渡した。
「読め。それは訳されている」
確かに文章の下に、アーリス語で振り仮名がされている。
「聖書とは違い、罪が世に来たのはアダムの堕落ではなく、ある天使が人の娘を愛した事により、世が堕落してしまったと記されているが、それはいいとして——。
それには数千万という天使が記されている。
ミカエル、ジョフィエル、ザドキエル、ウリエル、アクエリエル、エスフェル、パーピシエル、ガブリエル、ヴァレオエル、ザディエル、カミュエル、アントゥリエル、ザフィエル、シンマニフェル、オムニエル、ハニエル、セヴエル、ザエル、タロエル——」
「わかった! もういい! その天使の名前がどうかしたのか!」
「シン・・・・・・」
エノツが自分のコンピューター画面を見ながら青冷めた顔で、
「それ、全部、HA91の患者の名前だ」
呟くようにそう言った。
シンバはエノツからコンピューターを奪い取って見る。
シンバの表情が難い。
「ウィルティス、お前の言う通り、あいつ等は天使じゃない。HA91の患者だ。しかし、HA91の患者達が天使なんだ。わかるか?」
患者のデーターが流れ出る文字を目で追い、シンバはハッとしてデーターを止めた。
「・・・・・・ヤソ。
さっきから聞いてれば、天使の名の語尾にエルがついている。でもヤソという天使の名はあるのか? どうなんだ? ヴァイス」
レーヴェは何も答えない。
「いいか、この世に神などない。天使なんていやしない。偽典に記されてる天使の名とHA91の患者の名が一致したのは偶然だ!」
「ウィルティス、ヤソという患者の名前の文字をよく見ろ。確かに天使ではないが——」
——Jesus(ヤソ)
——Jesus・・・・・・Jesus・・・・・・
——Jesus(イエス)
——イエス!?
「それは確かにヤソとも読むがイエスとも読む。そしてその患者の両親、父親ジョセフはヨセフとも読み、母親ミリアムはマリアとも読む。聖典に出て来るイエスの両親と同じ名だ。処女マリアは神により身篭り、イエスを生んだと記されている」
レーヴェの話を聞きながら、思い出していた。
『私は処女なんです』
ミリアムがそう告白した事を——。
「・・・・・・イエス・キリスト? 神・・・・・・?
そんなバカな! 今はERだぞ! BCやADのキリスト紀元は終わったんだ! 神など存在しやしない!」
「イエス・キリストは神じゃないわ」
吠えるシンバに、クロリクがそう言った。
クロリクの瞳にシンバが映る。
「この聖典の神は人の歴史を救いの完成へと導く者。人々の自然への神秘感や恐怖心から発生する神々とは違うの。神は天地の創造者、全能者なの。イエスはその神のアポストロスなのよ」
「・・・・・・アポストロス?」
「神の使徒という意味よ」
シンバとクロリクは、二人、見つめ合う。
——彼女に見つめられるとおかしくなる。
クロリクは真っ直ぐにシンバを映し見る。
シンバは目眩を起こしそうになり、クロリクから目を逸らした所に、クリサが話し出した。
「それで月の女神の銅像の話に戻るけど、あれが神の姿そのものなんじゃないかしら? 政府も聖典を隠し持ってるのよ。それで、聖典通りとなる世の中に焦って、先ず、神である月の女神を壊した——」
クリサがそう言い終わると、クロリクがクスクス笑い始めた。そして、
「あなた達、一流の大学に通ってるみたいだけど、バカね」
下等扱いの視線を送るクロリクに、キレたのはクリサ。女性の甲高いキィキィ声で、
「何なのよ、あなた! バカなんて言われたのは初めてだわ!」
怒鳴った。
クロリクは知らん顔で、まるで怒鳴られてるのは自分ではないといった風だ。
「あれ? ラテは? ラテがいない」
エノツがキョロキョロとラテを探す。
「役に立たない者、ほっておけ」
「ヴァイス君、酷いよ! ラテの事、何も知らない癖に! ラテは凄い弓道の腕前なんだよ! 天使が来た時の戦力になる!」
「ザタルト。それ位なら俺も知っている。彼女が全国大会で準優勝を必ずとるあのクルフォート・ラテだとな。しかし、所詮、準優勝だ。何の役に立つ」
「所詮って酷いよ、ラテは——」
「もういい、やめろ、エノッチ」
「でもシン——」
「何言ったってわかってくれやしない」
シンバはエノツを止め、レーヴェを睨んだ。
「ヴァイス、お前には一生わからないだろうな。只、傍にいてくれるだけでいい。そんな気持ち——」
シンバはラテを探しに外へ行く。
「あっ、シン、僕も行っ——・・・・・・」
シンバを追い駆けようとするエノツの腕を突然クロリクが掴んだ。
「なっ、なに?」
「教えて」
「え?」
「教えて。彼の事。なんでも。全て教えて」
「・・・・・・彼って・・・・・・シンの事・・・・・・?」
クロリクはエノツに優しく微笑む——。
シンバが外に出ると、小石でコンクリートの瓦礫に落書きしているラテがいた。
シンバは後ろから静かに近付いて、何を描いているのか覗き見る。
「おいおい、ソレ俺かぁ? ヘタクソ!」
「シンちゃん!?」
「こっちはエノッチか。これじゃぁカッコよすぎだろ。このラテは、もう少し、可愛く描いてもいいんじゃないの? へぇ、うまいな、絵」
「散々貶しといて、うまいとか言う?」
「ははは・・・・・・なんで一人で外に出た?」
「だって・・・・・・」
「一人で行動するなよ。危ないだろ」
「・・・・・・うん」
二人しゃがみ込んで、落書きを見ている。
そこへキュウキュウ鳴きながら傷ついた子犬が来た。
ラテが手を出すと、一瞬、後ろへ下がったが、怯えながらも近付いて来る。
「シンちゃんみたい」
「俺?」
「シンちゃんと初めて出逢った時の事、思い出しちゃった」
「あぁ、最悪の出逢い。忘れてくれ。俺、すっげぇカッコ悪い」
「どうして? あの時、電柱の下でシンちゃんが泣いてなかったら、私、話し掛けなかった。まるで傷ついた子犬みたいに電柱の下でうずくまって怯えてた。シンちゃんが泣いてるのを見たのは初めて出逢ったあの時だけ。ねぇ、全然、泣かないシンちゃんが、あの時、どうして泣いてたの?」
「・・・・・・まだラテと出逢ってなかったから」
「なにそれ、嘘つき」
そうは言うものの、まんざらでもない表情のラテ。
「じゃあ、私がいないとシンちゃん、泣いちゃうんだ?」
「ああ。だからラテは俺の傍にいなきゃいけない。ラテがいなくなると涙が止まらないという症状に襲われて、それはもう風邪ひき始めより辛い。きっと俺は泣きながら狂ったようにラテを探す事になる」
冗談口調でそう言ったシンバに、ラテは、
「本当に?」
真剣な瞳で聞き返す。
「私がいなくなったら本当に探してくれる? もしも一人で迷子になっても、シンちゃんが来てくれるって、どこでも安心して待ってるから。一人でも怖くないって思えるから。ずっと待ってるから」
両親をなくし、壊れた世界で、何かを握り締めても、全て崩れていく不安で一杯のラテ。
受け止めてやらないとラテ自身、崩れそう。
「迎えに行くよ。必ず!」
シンバのその台詞に、ラテは子犬を抱いて、元気よく笑顔で立ち上がった。
「ねぇ、この子もシンちゃんの傍においてくれる? ウィルアーナの生徒じゃないし、役に立ちそうもないけど、いいでしょ?」
ラテは子犬をシンバの顔に近づける。
「あぁ」
「本当? やったぁ! 名前はねシェラ!」
「シェラ?」
「シンちゃんのシ、エノッチのエ、ラテのラ、シェラ!」
「それ昔もウサギに同じ名前つけなかったか? あ・・・・・・そうか・・・・・・ラテ、お前、偉いヒントくれたぞ」
「え? なにが?」
「いいから来い!」
シンバはラテの腕を握り、崩れたリンドミラーへと戻る。
「ヴァイス、さっき、新約の黙示録の七つの教会、もう一度見せてくれ」
シンバがそう言うのと同時にクリサがノートコンピューターを差し出して来た。
自分で見ろと言いたいようだ。
——七教会
EPHESUS (エフェソ)
SMYRNA(スミルナ)
PERGAMUM(ペルガモン)
THYATIRA(ティアティラ)
SARDIS(サルディス)
PHILADELPHIA(フェラデルフィア)
LAODICEA(ラオディキア)
シンバはエノツのノートコンピュータを借り、昔のアーリスの地名で教会があった場所を調べる。
モニターに映る地図は、今現在の地図とは違うが、今現在の大陸の場所と照らし合わせる。
地図には、正確な位置は出て来なかったが、大体の位置に×印が付いた。
その印の場所が教会があった場所だとすると——・・・・・・
「ここは七教会の中心だ」
シンバがそう言うと、レーヴェが、クリサが、クロリクが、エノツが、今、シンバを見る。
「もう地形も地名も全く違うが、ここは昔小アジアと言われる地だった。そして七教会は、その地にあった。そして、七つの教会の、略中心だろう場所が、ここがエスプテサプラだ」
「ほぅ、面白いな」
レーヴェがそう呟きながら、シンバの傍へ来る。
シンバはラテを見て頷いた。
「ラテが教えてくれたんだ」
「え? シンちゃん?」
「ヴァイス、もう役立たずなんて言わせねぇぞ。文句も言わせない。いいな!?」
レーヴェの表情がピクリと動き、肩を竦め、両手をあげた。
好きにしろという態度だ。
「この地は七教会の頭文字だけをとっている。EPHESUS (エフェソ)のE、SMYRNA(スミルナ)のS、PERGAMUM(ペルガモン)のP、THYATIRA(ティアティラ)のT、SARDIS(サルディス)のS、PHILADELPHIA(フェラデルフィア)のP、LAODICEA(ラオディキア)のL、ESPTSPL(エスプテサプラ)。
教会は、この地からいつ消えたのかわからないが、恐らくERに年代が変わった時にはなかった筈。しかし、聖典には七教会に手紙を送ったとある。だとしたら、手紙はひとつにまとめられた筈だ。つまり、封印は既に解かれている」
「え? どういう事? 例えば年代がERに入って直ぐに教会が潰れたとしたら、それぞれの教会に送られた手紙は、その時にまとめられ、その時に封印は解かれたって事なの? もう約2000年も昔に、封印は解かれてるって事?」
クリサの確認の問いにシンバは頷く。
「2000年以上昔かもしれないけどな。聖典も偽典も、とても興味深い内容だ。それがどれだけの人に渡っていたのかわからないが、学者達がその解明に飛びつかない訳がない。しかし現在、神がいない時代とはいえ、その解明に没頭する学者や研究員はいない。つまり、当の昔にそれは解明されていたとしたら?
聖典にも七教会に送られた手紙の内容は書かれているが、実はそれは手紙の内容のほんの一部だったら?
全ての手紙の内容と聖典の旧約、新約の内容が揃う事により何かがわかるとしたら?」
シンバがそう話してる間、レーヴェの右手は顎にある。彼の考えてる時のポーズだ。
「ここまでの経緯で、誰でも思いつく考えの一つでは、解明されていたとして、それは世に流せない事だった。例えば、この黙示録の人類破滅の刻の預言が、確かな予言となる事だった。そうなると人類が混乱してしまうのを恐れ、それは極秘となった——」
「あら、人ってもっと怖いわ」
クロリクがシンバに口を挟む。
「人々の混乱? 自分が住みやすい居場所さえ確保してれば、そんな事、誰も考えないわ。人は自分の事しか考えない。もう昔に世界はこうなる事がわかっているからこそ、人は自分だけが逃げる事を考えるのよ」
「逃げるってどこへ? アーリス以外逃げる事なんてできない。現在、宇宙開発は行われてない」
シンバがそう言うと、
「あら、行われてないなんて思ってるのは、あなた達だけなんじゃないの?」
と、何でも知ってるような口調でクロリクは言う。
「しかし、シャトルなど大きな乗り物は、そうは隠せやしない。この地を去るなら、それなりのシャトルが必要だろう」
レーヴェがそう言うと、クロリクはクスクス笑う。
その笑いと、さっきからの口調に、皆、眉を顰める。
「ねぇ、七教会の頭文字を使った地名を、どうしてつけたのかしら? 只、七教会があったから? それとも七教会絡みの何か忘れちゃいけない大切なものが、この地にあるのかしら? 例えば、もう終わりとなった時に必要な何か。シャトルだっけ? そういうものかもしれないわね、逃げる手段の何か——」
クロリクはヒントでも与えるように言う。
「あのさ、さっきから思ってたんだけど、誰が極秘にして、世界がこうなる事を知ってて、アーリスから逃げる準備みたいなの? してるの? やっぱり政府?」
エノツが誰に尋ねる訳でもなく、そう聞いた時、一人、コンピューターに没頭していたハバーリが突然、嬉々として声を上げた。
「見ろ! 女神の翼にルティア文字が隠されてた。羽模様を巧妙に細工してある。しかし発見されて来たルティア文字とは多少異なる。つまりルティア文字を真似て書いたんだ。ルティア文字が解明されたのは確か・・・・・・2500AD——」
——ルティア文字。
2300AD、今でいうリーフウッド大陸で発見された文字である。当時、その大陸に人が住んでいたとは考えられておらず、その文字は野人が使うもの、宇宙人の暗号、地底人のメッセージなど、空想的な説が出ていた。
しかし現在、リーフウッド大陸にビレッジが発見され、そのビレッジからルティア文字が多く見つかり、その村の種族文字だと判明された。
そして、その生き残りがクロリクである。
文字が発見されたのは2300AD程昔だが、解読されたのはそれから200年後の事、一人の科学者により訳された。その科学者の名は残っておらず、30歳という若さで暗殺されている。
「多分よぅ、ルティア文字を訳した科学者が月の女神を造った本人じゃねぇかぁ?」
「それで文字はなんて書かれてるんですか?」
エノツが聞くと、ハバーリは頷いて、コンピューターのキーを打つ。
画面に女神の翼部分が拡大され、更に羽一枚一枚を丁寧に拡大し、羽模様の必要のない飾り部分を除き、月の石に含まれたレアメタルの微妙な輝きも除き、残った羽を丁寧に向きを変えながら、更に拡大していく。そして——
「——彼女は月にいる」
シンバが画面に並んだ文字を読んだ。
「彼女って誰?」
エノツの問いに、皆、首を傾げた。
「月の女神の事かしら?」
クリサがそう言うと、
「月のどこにいるの? 月には空気もないし、岩と砂とクレーターしかないよ?」
エノツがまた問い掛ける。
「ねぇ、シンちゃんが言ってた基地とかは?」
「ああ、あれはなラテ、月面開発をしたかもしれないという話で、実際には基地とか発見されてないんだ」
「おぅ、でもよぅ、月面開発が中止となったという話も2500ADじゃなかったか? こりゃあ随分と重なるなぁ」
ハバーリはそう言いながら、頭を掻いた。
「リーフウッドのビレッジに行ってみないか? あの村は宗教文明が発達していた。月の女神についてわかるかどうかはわからないが、宗教や神について、ヒントか何かが得られるかもしれない」
シンバの提案を無視して、レーヴェは右手を顎に当てたまま、何か考え続けている。
「おい! ヴァイス! 聞いてるのか!」
「ウィルティス、そんなバカデカい声を出さずとも聞こえている。いいだろう、移動準備を命じる」
聞いている、ではなく、聞こえている、その発言に、シンバはムッとする。
レーヴェの命令に、クリサは必要なデーターを保存し、ハバーリも手伝い出す。
「ウィルティス、お前は中型ホバー船の免許を持っていると言っていたな。操縦を任せる」
「はぁ!? お前は何するんだよ!?」
「俺は死んだように眠る。目的地に着いたら起こしてくれ」
そう言うと、さっさと一人でホバー船に向かうレーヴェ。その背中にシンバは思いっきり殴る真似をする。
「俺だって疲れてんだよ! くそ!」
「おい、悪ガキ1号、イオン教授はこんな時だってのに何してやがんだ?」
「さぁ? 俺、知りませんよ」
「僕とシンとラテと、3人ずっと一緒に行動してたんですけど、イオン博士は見掛けませんでした。どこかで無事だといいんですけど」
エノツがそう言うと、ハバーリは、ふぅん、と頷いた。
シンバ達は壊れたクーペからホバー船へ乗り換える為、荷物をまとめる。
「シン、その剣、持って行くの?」
エノツがあの大きな剣を見る。
「ああ。結局、俺の麻酔銃持って来れなかったし、武器は必要だしな」
「そうね、ソレは必要だわ」
クロリクがそう言うと、突然シンバの肩から横腹にベルトのようなものを巻きつけてきた。
「な、なに? これなに!? 何してんだよ!?」
「じっとしていて!」
「・・・・・・はぁ」
シンバは大人しくされるがまま。
どうやら、シンバにとって、クロリクは苦手な存在らしい。
クロリクは黒くて長い髪を耳にかけ、仕草が滑らかで女らしく、とても色っぽく動く。
——ヤバい、緊張してきた。
クロリクは顔を上げ、シンバを見る。
——ドキンッ!!!!
心臓が跳ね上がる音が聞こえた気がした。
「肩、痛くない? 少しキツいかしら?」
「あ、いや、平気、だけど・・・・・・なにこれ?」
「そう? じゃあ、緩めなくてもいいわね」
革のベルトが肩から横腹にかけて付けられた。
「鞘を背中に装着して、剣を背負うのよ」
クロリクは剣をシンバに背負わせる。
「なかなか似合うじゃない」
「そ、そう?」
似合うと言われても、嬉しいのか嬉しくないのか、よくわからない。
何せ、こんなもの、実際に誰かがつけてたのを見た事がない。
——ファッション的に、これは・・・・・・どうなんだろう?
——似合っていていいものなのだろうか?
——ていうか、どこから持ってきたんだ、こんなもの・・・・・・
「さ、これで、いつでも剣を持ち歩く事ができるから、いつでも取り出せるわ」
「あ、ああ、ありがとう・・・・・・」
独り言のように呟いて礼を言うシンバに、クロリクは優しくニッコリ微笑む。
——まぁ、機能的に考えればオッケーなのかな。
シンバはクロリクの微笑みに微かに微笑み返した。
ラテはシェラを抱き、弓と矢を、よいしょと背負い、エノツと一緒にホバー船へと向かう。
「え? クロリクさんが?」
「うん。シンの事、いろいろと教えてって」
「ふぅん・・・・・・クロリクさん、シンちゃんの事、好きなのかなぁ・・・・・・?」
「どうかな。嫌ってはないと思うけど」
「それでエノッチ、シンちゃんの事、いろいろ教えたの?」
「うん、まぁ、適当に」
「・・・・・・ふぅん」
俯くラテをエノツは軽く突き飛ばす。
「僕はラテの味方だから」
「・・・・・・なにが? 別に味方じゃなくてもいいもん」
と、唇を尖らせて言うラテに、エノツは笑う。
——知ってるよ、キミがアイツを好きな事。
笑顔を見せるラテにエノツも笑い返す。
——只、縺れて狂いたくないんだ。
シェラが嬉しそうにシッポをパタパタと振る。
——まだ、もう少し、3人のこの関係でいたいんだ。
顔を舐めるシェラにラテはくすぐったいと笑う。
——アイツさえいなければと・・・・・・
——そんな事を思う狂ったもう一人の僕を・・・・・・
——キミにだけは知られたくない。
エノツの瞳に焼き付くように映る笑顔のラテ。
——いつか、必ず言うよ、アイツはいい奴だよって。
二人、楽しそうに笑い合うエノツとラテ。
——もう少し、僕に時間ちょうだいね・・・・・・
「あはははは、もう、シェラ、しつこーい、くすぐったいってばー!」
「あはは、ラテ、シェラのヨダレでベタベタだよ」
中型とはいってもホバー船。内部はかなり広く、クーペまで一台設置されている。
「あの地震でよく壊れなかったなぁ」
シンバの独り言に、
「俺が直したんだ」
と、ハバーリが答え、納得。
「俺も運転できるからよぅ、後で交替してやるよ。リーフウッドだから海渡るだろ? 広い海に船が移動してんのは目立つから天使に襲われねぇように気ぃ付けねぇとな」
ハバーリはそう言いながら、奥の部屋へと行く。休むのだろう。
クリサもエノツもラテもクロリクも奥へと行った。
シンバは一人操縦室へと向かう。
「うっ、ごほっ、ごほっ」
——風邪? ひいたかな?
シンバは喉を押さえ、首を傾げた。
ホバー船は底から空気を噴出し、絶好調で走り出す。
エネルギーは光の為、夜は動かない。海の上でプカプカと休み、朝日と共に走り出す。
ホバー船の中はシャワールームもあり、水は海水からでも、ろ過される。食べ物もインスタントだが、多く備えてあり、必要なものは、それなりに揃っていた。
天使の襲撃もなく、約一週間後、リーフウッド大陸に着いた。
しかしクリサが気分が良くないと、寝込んでしまい、皆、ホバー船の中で待機していた。
「ログマトの容態はどうだ?」
レーヴェの質問に看病にあたっているラテが首を振った。
「——そうか。ウィルティス、来い」
レーヴェに呼ばれ、シンバは後に付いて行き、二人、操縦室に入る。
「なんだよ」
「ウィルティス、俺は明日の朝、クーペでここを離れる」
「クーペで? 一人でか?」
「ああ。政府からの連絡が、大地震後、途切れ、こちらからの返事もない。しかし自衛軍は動いている。さっき、戦闘機が空を行くのを見たからな。つまり、俺達はもう不必要となったのか、それとも連絡がとれない何かがあるのか。俺は官邸へ行き、直接プレジデントに会って来る。それにな、政府はやはり何かを隠している。聖典の事も月の女神の事も、行って聞いて来た方が早い」
「隠してるんだろ? 行って簡単に聞いて来れるのか?」
「さあな。だが、このままでは糸口が何もないままだ」
「なあ、あっちのコンピューターにハッキングできないのか? ハバーリさんがいるんだし、それ位、簡単にできるだろ。情報は盗んだ方が早い」
「こんな世になったからといって、何をしても許されると思うな。ハッキングなどをして、バレないと思うか? 当たり前のように疑われるのは俺達だ」
「はいはい、あくまでも正統派でいくんですね」
「正統派じゃないお前に、後の事は頼もうと思っている」
「は!? 俺?」
「ああ。そんなに顔を変える程、驚く事か?」
「いや、なんで、お前が俺を?」
「普通に考えて、ウィルティス、お前しかいないだろ」
「普通に考えて、お前が俺に頼むなんてないだろ」
「ログマトの事だが——」
「無視かよ」
「恐らく、新型ウィルスに犯されている可能性が高い。氷大陸に眠っていたウィルスだろう。症状は感冒に似ているが、違うウィルスだ。このままほっとくとどうなるかわからない危険性が高い」
そういえばと、シンバも喉が痛い事を思い出す。
レーヴェも喉を押さえている所を見ると、そうなのだろう。
「ウィルティス、ルシェラゴ・フレダーという医師を探し、ログマトを診察してもらえ。ルシェラゴ先生はウィルアーナホスピタルの医師の中でもかなりの人だ」
——ルシェラゴ・フレダー?
——あぁ、あの医者か・・・・・・
「そしてワクチンをつくってもらえ」
「ヴァイス、お前はどうするんだ?」
「俺は死に対しての恐怖はない。生に対しての欲もない。行けるとこまで行く迄だ。お前達もルシェラゴ先生が生きていればいいがな。それから偽典は先生に返しておいてくれ」
「——あぁ」
レーヴェは操縦室から出て行った。
今は、レーヴェがリーダーに選ばれた事に納得ができた。
シンバはホバー船から外に出る。
するとクロリクが一人で森の中へ入って行くのを目にした。
夜のせいで、辺りは暗い、その為、錯覚かもと思ったが、確かビレッジの方向だと思い、追い駆ける事にした。
夜の森の奥は不気味で怖い。
聞いた事もない鳴き声が聞こえる。
鳥か獣か、それとも、また別の生命体か。
クロリクの姿は見当たらなかったが、ビレッジに着くと、向こうからスッと姿を現した。
急に現れたので、シンバの鼓動が怖くて速くなる。
「何か用なの?」
「いや、外の空気でも吸おうかと思ったら、キミを見かけたから」
「そう。嬉しいわ、気にかけてくれて」
クロリクはビレッジの奥へと入って行く。
まだ血の臭いが微かに残っていて、その微妙な香りが鼻に絡み付く。
「ビレッジの人達の死体は大学の方で供養したらしいよ」
シンバはクロリクの背に付いて行く。
「なぁ、ホバー船に戻らないか? 日が昇ってからでもいいだろ? ここに来るのは」
クロリクは返事をよこさない。
今、ビレッジの中央、広い場所で立ち止まった。
そこはクロリクを初めて見た時と同じ場所。そして、黒髪をフワッと流しながら、あの時と同じように振り向いた。
美しいアクアの瞳——。
シンバとクロリクは見つめ合う。
「私が殺したのよ」
——!?
「村の名はなかったわ。只、自分達をルナティアンと呼んでいた。自然の神々を信じ、人々の自然への神秘感や恐怖心から発生する神々を崇めていたのよ。バカよね、神秘感や恐怖心などというものを心に植え付けたのは、全能なる神なのにね。そして決して文明を発達せずに信仰心だけを高め、誰にも気付かれずに生きて来たのよ。この村には言い伝えがあったの。人は高度な文明を手にする度に滅びると——。
時代はもう4回も滅びているって。
滅亡した4つの太陽の時代。
マトラクティリの刻、水により滅びた。
エエカトルの刻、風により滅びた。
トレイキカウィロの刻、炎により滅びた。
ツォントリラクの刻、土により滅びた。
5回目の滅亡も必ず来るだろう——。
どう思う? この言い伝え」
「どうって・・・・・・」
「アーリスは広いわ。広すぎて、天使達も気付かなかったのね。こんな所に人が住んでいて、何千年も、その種を絶やさず生きて来てたなんて。だから私が殺したの」
——狂ってる。彼女は正気じゃない。
クロリクがゆっくりと一歩一歩近付いて来るが、シンバは一歩も動けない。
クロリクは微笑んでいる。
「人類を滅亡させて来た筈なのにね、まさか、こんな所に時代を言い伝え、高度文明を持たず、生き残って来た人間がいるなんて。でも、まさか、私が、その生き残りの種族に生まれて来るなんて。フフフ。
全能なる神は私達如き者の知恵の遠く及ばぬ領域で全ての事柄を御覧になっておいでなのね。私とあなたが再び巡り逢う事も全ては全能なる神の思し召しなのね——」
——狂ってる。彼女は狂っている。
クロリクは夜空を見上げる。
「見て。流れ星があんなに沢山——」
そう言われても、クロリクから目が離せない。
クロリクは夜空を見つめ、そしてシンバを見て、優しく微笑み、硬直したシンバの肩にソッと手をかけた。
「誰にも渡さないわ。あなたは私だけのもの。この星で私とあなたは二人で歩き始めるの。私達のネフェシュが惹かれ合っている」
——ネフェシュ?
「私達のアイオーンネフェシュ。永遠の精神という意味よ。忘れたの? 私達のアダムとイヴの精神が私とあなたを結ぶの。どうしたの? 怯えているの? フフフ。
愛しているわ、あなただけを永遠に——」
クロリクの顔が近付いて来るが、シンバは動けずに、只、冷や汗だけが流れている。
それはクロリクの美しさにか、狂った恐怖にか——。
シンバはゴクリと唾を呑む。
「・・・フフフ、うふふふふ、あはははははははははは!!!!」
クロリクは急に爆笑し、シンバは驚いたが、金縛りのように動かなかった身体がの呪縛が解けたみたいに動けるようになる。
「う・そ」
「え? 何が? どこからどこまでが嘘?」
「さて、どこからどこまでが嘘でしょう?」
「そんなのわかる訳ないだろ」
「うふふふふふ」
——笑っている。まるで普通の女だ。
「・・・・・・冗談なら、もういいだろ、ホバー船に戻ろう」
「私はもう少しここにいるわ。先に戻ってて」
「・・・・・・じゃあ、先に戻るよ」
シンバはくるりと背を向け、スタスタと歩いて、途中で立ち止まり、振り向いた。
クロリクは夜空を見上げていた。
シンバも見上げてみる。
空に帯がかかる程の狂ったような物凄い流星雨。
——終わりが近い前兆・・・・・・か・・・・・・?
家の扉の前でタペストリーがとれそうに、風でパタパタと揺れている。
美しい芸術品ともいえるタペストリー。
クロリクが話した滅亡した4つの太陽の時代が描かれているようだ。
聖典も、言い伝えも、昔の人は何を見て、今に残しているのだろう——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます