第四章 血 ~Laws about violent Acts~


「——‌天使?」

ラテは、ぼんやりと空を見上げて呟く。

白い羽が雪のように舞う中、3人は佇む。

エノツが持っていた紙袋をドサっと落とした音で、シンバは、ハッとする。

「何してんだ、早く図書館の中に入れ!!」

ラテとエノツの背を押し、シンバは2人を図書館の中に押し込んだ。エノツが落とした紙袋を拾い、シンバも急いで、中に駆け込む。

「変なの。鍵も開いてて、電気も点いてるから、まだ誰かいると思ったのに、誰もいない。誰か残業してるって思ったのになぁ」

「ラテ、お前、なに暢気な口調で、普通のセリフ吐いてんだよ。見ただろ、空を——‌」

シンバが緊張感のないラテに怒ったように言った。

「天使の事? どっかの店の宣伝か何かでしょ? 綺麗だったね。あ、エノッチ、その袋、貸して。貰った本、片付けちゃうから」

ラテはエノツから、紙袋を受け取り、広いカウンターの向こうへと行く。そして、

「きゃぁ!? いやぁ・・・・・・」

ラテは悲鳴を上げ、紙袋を落とした。中から本がドサドサと乱雑に散らばる。

カウンターの奥に倒れている人。

床に染み込んだ血痕。残された白い羽。

ラテは、その場にストンと座り込んだ。呆然と逃げる事さえ忘れ、気絶さえ出来ず、見たくはないのに、死体から目が離せずにいるラテの肩を抱き、

「シン、警察に連絡を!」

エノツが、そう言う前に、シンバは動いている。しかし、図書館の非常連絡ボタンも警備ボタンも、押しても押しても、応答がない。電話さえ繋がらない。

「クソッ!」

シンバは受話器を叩きつけるように置く。不安が苛立ちとなり、怒りになっている。

ふと、ラテの座り込んでいる場所に散らばる本が目に入った。その中の一冊に——‌。

——‌なんだ? この分厚い本は?

シンバは、その本を拾い上げ、パラパラと捲り見る。

細かい文字が並び、写真もイラストもない。


『これはヤソが読んでた本ですから、図書館にあると、あの子も喜ぶだろうって思ったんです。きっと図書館にもない本でしょうか』


ミリアムが、そう言っていたのを思い出す。

——‌図書館にも、ない本・・・・・・

——‌いや、それよりも、これを読んでた?

シンバは、その本を捲りながら、首を振る。

——‌バカな。7、8歳の子が読む本じゃない。

その時、エノツはリュックからノートコンピューターを出していた。モニターのキーを幾ら押しても、電源は入るものの、通信ができない。

「なんで? ウィルアーナの電波なら届いてるのに!」

エノツは、テレビ映像をノートコンピューターで見ようとするが、映らない。メールチェックをしても、一通もきていない。キーを打つ、エノツの指が必要以上に早くなる。

「こっちから、メールしてみようか、大学の誰かに! 送れればだけど!」

「エノッチ、メールしてる暇があるなら、直接、大学に行こう。この時間なら、まだ研究してる奴はいる。ラテ、立てるか?」

シンバはラテに手を貸し、無理にでも立たせる。ラテはよろめきながら立つと、シンバにしがみつき、震えというものを思い出したかのように震えだした。

「大丈夫だ、ラテ。俺達がいる!」

怖がるのも無理はない。死体はどう見ても他殺。素人が見て、いたぶられ、殴られ、遊ばれて死んだんだろうと察する。その死体と一緒に散らばる白い羽。赤く染まったものもあるが、殺人鬼のものだろう。

「エノッチ、お前の麻酔銃、大学にあるのか?」

「え? あ、うん! 大学の銃保管庫に置きっぱなし!」

ウィルアーナで支給された学生証とノートコンピューターと麻酔銃。

「俺の麻酔銃、リーフウッドに行った時に失くしたんだよな、多分、土砂崩れと一緒に落ちた時に失くしたんだ・・・・・・」

シンバはポケットに入ったオーパーツの黒い石が、ちゃんとあるか手探りで確認する。

——‌これが剣になれば、武器になる。

「行こう。ラテ、走れるよな?」

ラテはコクリと頷き、震えを止めようと体に力を入れる。シンバはヤソが読んでいたという、分厚い本を脇に抱え、エノツはノートコンピュ—ターをリュックに入れ、3人、図書館から走り出た。

何処から集まっているのか、空に天使が増えていく。見惚れる暇はない。考えてる余裕もない。一気に走るだけ。


ウィルユニバース。

キャンパスに立つ、一人の少年。

シンバが、その少年の前に立ち止まり、エノツとラテも止まる。

白い羽が舞い降りる、聖なる夜——‌。

少年の動かない筈の両腕が、奇跡を見るままに、スゥっと上にあがってゆく。

そして、十字に立つ少年。

ポタポタと地に落ちる血は、少年の手首から——‌。

まるで、手首を打たれ、十字架に磔の処刑を受けた姿に見える。

全く記憶にないが、シンバ達は、これ以上にない神々しさの恐怖を本能的に悟ってしまう。

白い羽が舞い降りる、聖なる夜——‌。

少年の瞳が見開いた。左右ではない、額にある第三の瞳。

アクアの美しい瞳。

天使達が少年の上空に集う。そして賛美の聖歌を歌い出す。

白い羽が舞い降りる、聖なる夜——‌。

「聞け。しかし理解するな。見ろ。しかし悟るな」

少年の声は天使達の歌声の中、まるで心に話かけられるように、しっかりと届く。

「我を信じる者は、我を信じるのではなくて、我を遣わされた方を信じるのである。我を見る者は、我を遣わされた方を見るのである。我を信じる者が、誰も暗闇の中にとどまる事のないよう、我は光として世に来た。我は世を救う為に復活した——‌」

「ヤ・・・・・・ヤソ・・・・・・く・・・・・・ん・・・・・・なに・・・・・・言ってるの・・・・・・?」

その少年がヤソだと、最初に気付いたのはラテだった。

余りにも異様な光景に、少年が誰かさえも見失っていた。

白い羽が舞い降りる、聖なる夜——‌。

ヤソの両腕が白い翼に変わる。

——‌!?

——‌嘘、だろ?

——‌まさか!?

シンバとエノツは空を見上げる。

HA91の患者は、形態異変の終了を向かえ、両腕が翼になり、天使に姿を変えた——‌!?

ヤソの翼は血で赤く染まる。他の天使達とは違う赤い翼。その赤い翼が力強く、左右にバッと広がり、ヤソはシンバを見つめる。

——‌なんだ? なんで俺を見るんだ?

第三のアクアの瞳に映るシンバ。

「旧約を果たし、新約を交わそう」

——‌!?

「人類終末の夜明けだ」

ヤソが、そう言い終わるのと同時に、上空の天使達の歌声が止まり、シンと静かになった。その瞬間、物凄い突風、雨、落雷。そして地震。まるで嵐のような・・・・・・

エノツはラテを強く抱き締め、ラテもエノツにしがみつく。そしてシンバは——‌

シンバは両腕で顔を覆い、突然の暴風雨から、一人、身を守る。

身を固めるのも疲れ、雨の水に体温が下がり始めた頃、風が静かに止み、雨も上がる。

暗雲に光が漏れ、空が晴れてゆく。

嵐が抜けた朝の始まり——‌。

「・・・・・・あ・・・・・・さ・・・・・・? 嘘だろ? 今、まだ夜で・・・・・・朝日が登るわけ・・・・・・」

エノツは最後迄、喋れずに、只、ラテを強く抱き締めた。ラテを守るとか、カッコいい気持ちではなく、理解できない状況が怖くて、強く、強く抱き締めた。

その怯えてる事を見透かすように、ヤソはクスクス笑う。声にならず、無音で笑っている。込み上げて来る衝動を抑えきれない子供の残忍な笑み。

今、シンバがゆっくりと防御を解く。すると、ヤソも笑うのを止めた。

空で、再び歌が始まる。天使達が謳う。

ヤソは翼を羽ばたかせ、宙に舞い上がる。

白い羽が舞う中、赤い羽が舞う。

血の匂いのする、天使の赤い羽が舞い落ちる。

天使達は何処へ行くのだろう?

人類終末の夜明け。

人々を殺しに行ったのだろうか?

何故——‌?

何故、殺されなければならない?

——‌何故、俺達は殺されなかった?

「行こう」

シンバは抱き合っているエノツとラテに振り向いて、そう言った。その表情は酷く疲れている。

「大学内で濡れた服を乾かして、それから少し休もう。頭ん中、混乱してる。今は休みたい」

そう、大学の中に入れば、ホッと一息つけると思っていた。しかし、よく考えれば、大学とホスピタルは通路で繋がっている。

HA91の患者はホスピタルに大勢いた。

大学内は、噎せ返るような匂いと光景だった。

白衣を着た者、制服を着た者、皆、転がっている。死んでいるのだ。

ムッとした匂いが鼻をつく。今迄、嗅いだ事のない大量の血の匂いに吐き気がする。

まるで、異世界だ。

シンバは無言で奥へと足を踏み入れる。倒れている者が生きていようが、死んでいようが、シンバは構わず、奥へ奥へと進む。

そのシンバの足が止まった。

天使の歌声が聞こえる。

向こうから歩いて来る一人の天使。翼を広げて、大事に何かを抱えている。

大事に、大事に、大切に、かけがえのない物のように抱いている、それは人の首だ。

その首の切り口から、流れ落ちる血。まるで水道から落ちる水のように、血はサラサラと流れ落ちる。

綺麗に切断された訳ではなく、もぎ取られたのだろう。肉片が汚く飛び出ている。そして、その表情は苦痛と恐怖で泣いた直後で固ったまま。上を向いた瞳からは血の涙が流れた跡。呪い殺されたかのようだ。

「エル エル  アイオーン キュリオス  アンゲロス キュリオス  ハレルヤ ハレルヤ」

天使は人の首を赤子のように、優しく翼で包み込み、抱いている。解読できない言語で唄う歌は、子守唄のように、優しく、柔らかく奏でる。

その光景はバランス的に歪み、崩れていた。

神々しく、優しく、おぞましく恐ろしい——‌。

天使は首に優しく微笑みかける。

「・・・・・・狂ってる。腕を翼に変えただけでなく、思考も心理も、子供達は変えた?」

エノツのセリフにシンバは頷く。ラテは2人の後ろで震え続けている。

そして、天使は3人の存在に気付いた。

天使は今迄の優しい笑みが嘘のように、不気味に二ィィッと笑い、あれ程、大事かと思われた首をゴミ同然に、コロンと捨てた。

「どうやら、古い玩具には飽きたみたいだ。俺達が新しい玩具になるのか?」

シンバは、そう言いながら、エノツを見る。エノツは小さく頷く。

シンバが天使の気を引き付けてる隙に、エノツは震える手で誰かが落としたであろう麻酔銃をゆっくりと拾い上げて、弾の確認をした。

ウィルアーナの生徒になった日。ここの研究生という事で、学生証とノートコンピューターと麻酔銃を貰った。学生証にはウィルアーナ専用の乗り物の免許や薬品取り扱い免許などの、資格証書が記されている。ノートコンピューターはコンピューター同士の通信もでき、辞書にもなり、資料にもなり、教材にもなり、全ての学問に対応できる。システム的にも、この時代では、世界初で、ウィルアーナの者だけが手に入れられる小型コンピューター。そして麻酔銃はサンプル捕獲の為に渡されていた。だが、エノツの麻酔銃だけは、その出番はなかった。特にサンプル捕獲に出向くチームに入った事もなかったし、使わなければ使わないで済むモノだ。だが、射撃練習は、それなりにして来た。シンバが麻酔銃を扱えるなら、自分も扱えるようになる為だ。そう、全てはラテの「なんでもできるんだね、ホント凄いね!」そのセリフを聞きたかった為。頭がよくて、運動神経がよくて、凄いねと憧れのように言われるのは必ず、シンバだった。シンバが現れる迄は、その誉れは自分のものだった。

——‌シンだけじゃないんだ。僕だって、そこそこ何だって出来るんだよ。

銃を握り締めるエノツの手が汗ばんで、弾き金に当てた指が引き攣りそうで、脈の辺りがピクピクする。

練習ではなく、銃を手にするのは初めてである。

そして生きている者を狙うのも初めてだ。

エノツの細い顎のラインからポタポタと下に落ちる汗。

シンバはチラッとエノツを見て、そして全速力で天使に向かって走った。

「シンちゃん!?」

ラテがシンバの行動に驚いている横で、エノツは眼鏡を中指でクイッと上げ、銃口に狙いを定める。

向かってくるシンバに天使は大きく翼を広げ、攻撃的に構えた瞬間、シンバは滑り込み、天使の背後へとまわり込んだ。

エノツは今だと弾き金を引く。

 ダンッ、ダンッ——‌・・・・・・ダンッ!

一発目は全く違う方向へ。

狙いは正確ではないが、的が大きい分、余程のズレがない限り、うまくいく。

二発目の麻酔弾は確実に天使の体内へと入った。

三発目に意味はない。念の為という気持ちもあったが、弾き金を止めれなかったのが事実。

天使はフラフラとよろめいて、その場にコテンと眠りについた。

エノツはふぅっと大きく呼吸をし、顎の汗を片手で撫で拭いた。

ラテはヘナヘナと座り込む。

「なんだ? エノッチ、震えてるのか?」

シンバがエノツの傍に来て、銃を握る手が小刻みに震えてる事に気付く。

「・・・・・・シンは震えてないの? よく天使に向かって走って行けたね」

「そりゃそうだろ、エノッチなら間違いないだろ」

「え? 僕なら間違いない?」

「お前なら間違いないだろ、エノッチじゃなかったら、劣りになんてなんねぇよ」

「だ、だって、僕、銃を本番で扱うの初めてだよ? 知ってるだろ?」

「知ってるよ」

「だったら!!」

「だからエノッチだから間違いないだろ」

「・・・・・・どういう意味?」

「だからエノッチなら間違いないんだって。エノッチ、何でも出来るから。やった事ない事でも、普通に出来ちゃうだろ? エノッチは」

そう言ったシンバにエノツはフッと笑う。完璧にシンバに負けたと思う気持ちとは裏腹に、不思議と震えは止まっていく。

座り込んでいるラテにシンバは手を差し伸べる。ラテは、その手を見て、シンバを見上げた。

シンバは嘘のように、悪戯っぽい顔で、

「ラテも女らしくなったな」

茶化すように言った。

「な、なによ、どういう意味よ!?」

「怖いんだろ?」

ラテの顔が赤くなってゆく。

「昔は、怖くて、だるまの店に入れなかった俺達に、だらしないわねぇ、なんて言って、先頭を歩いてたラテがさ。可愛いじゃん?」

ラテはシンバの差し出した手を無視して立ち上がる。

——‌そっか・・・・・・

——‌ラテは差し伸べられなくても、一人で立てるのか。

——‌俺とは偉い違いだ。

シンバは自分の手の平を見つめる。

「私は昔から女らしいです!!」

ラテはシンバにべっと舌を出す。脅え、震えていたラテが無理にでも、いつもの元気さを取り戻した。シンバが差し出した手は無意味なんかじゃない、口には出さないが、ラテの表情は、そう言っている。今はそれだけで充分だった。

「エノッチもラテも、少しは気持ち的なものが回復したか? 混乱してる暇はない。怯えてる暇もな。天使が眠ってる間に急ぐぞ。イオン博士に今の状況を聞くんだ。イオン博士ならHA91の患者の事を詳しく知ってる筈だ。プロフェッサールーム迄、走るぞ」

「ちょっと待ってよ、シン。イオン博士が生きてるとは限んないよ?」

「エノッチ! 何言い出すの! イオン博士って、シンちゃんのパパなんだよ!」

「そんな事言われなくてもわかってるよ、ラテ。でも最悪の事態を考えて、冷静に僕は言ってるんだ。本当に混乱してる暇はないからね」

エノツはシンバを、じっと見ながら言った。

——‌あいつが死んでたら、俺が取り乱すとでも思ってるのか?

——‌それこそ天使様に願ったり叶ったりだよ。

「どっちにしろプロフェッサールームに急ぐ。イオン博士がいなくても、患者についてのファイルかデーターがある筈だ。部屋を漁れば、何かしら出て来るだろう」

——‌そう、どっちでもいい事だ。

——‌あいつが生きてようが、死んでようが。

シンバの冷静な表情と口調に、エノツは頷く他ない。

3人はプロフェッサールームに走る。

途中、聞き覚えのある声にシンバは足を止める。

そこは天文学室のドアの前だった。

躊躇なくドアを開けると、ヴァイス・レーヴェがそこにいる。

医学生である彼はシンバに好感を持っていない。又、シンバの方も、彼の事を余り好んでいない。2人は知力的なものが似ている為、反発し合うのだろう。

「ヴァイス、何してるんだ?」

「ウィルティスか。遅かったな」

「遅い? 何がだ?」

「忘れた訳ではないだろう? お前もプロジェクトチームのピースの一員だ。アーリスの異変に気付いた瞬間に、俺の所に来てもらわないとな。ザタルト、お前も遅すぎだ」

エノツはレーヴェに頭を下げるが、シンバは不機嫌な表情で、彼を睨む。

「こんな緊急事態で、そんなチームが成り立つのか」

「御心配なく。政府からは、この急激な異変の原因を突き止めるよう、連絡を受けている。政府が動いてる以上、ウィルアーナが動かない訳いかないだろう。それに、ウィルティス、お前が生きているという事は、このウィルアーナは、まだ潰れないって事だからな」

「それってイオン博士が死んだって事!?」

エノツが驚いて、声を上げる。

「さぁな。会ってないからわからない」

レーヴェは、あっさりと、そう答える。

しかし、この部屋にも死体は何体かあり、誰がどこで死んでいても、おかしくないと言いたいのだろう。

「——‌ポールシフト」

その声で、天文学専用のコンピューターを動かしている女がいる事に、シンバは、今、気が付いた。彼女の名はログマト・クリサ。天文学の研究生で、ピースの一員でもある。

「ポールシフトか。思った通りだ。あの一瞬で起きた疾走するような嵐や軽い災害のようなものは、地軸のズレだったんだ。アーリスは半回転した。これで夜となる今、太陽が登る説明が付いた」

レーヴェはそう言いながら、クリサに近付いて行き、コンピューターのモニターを見る。シンバもコンピューターに近付き、エノツとラテも、シンバの後ろでモニターを見る。

「北半球方面に、直径10メートルクラスの隕石が落ちたみたいね」

「10メートル? それ位なら局地的な被害ですむだろう? ポールシフトに迄なる原因とは思えない」

シンバがそう言うと、クリサは、

「落ちた場所に問題があるのよ」

と、画面に、その場所を映し出した。

「氷大陸か。地軸となる場所に落ちたのか」

そう言ったレーヴェに、クリサは、

「それだけじゃないわ」

と、レーヴェとシンバと、そこにいる皆を見た。エノツは兎も角、ラテはうろたえる。

「落ちた隕石のせいで、氷大陸の氷が半分以上も溶けたのよ。つまりアーリスの重さのバランスが崩れたのね。その為、アーリスの重心がずれ、地軸が傾いてポールシフトという事になったの。恐らく、気象激変や超津波も、各地で起きてる筈よ。でも怖いのは、そんな事じゃないわ。もしも、氷大陸に未知のウィルスが眠っていたら、溶けた事で目覚める事になるわ。人類が、この異常な状態に立ち向かおうとした時、未知のウィルスで体が弱ってたら意味ないわ」

ラテはシンバの腕に、ギュッとしがみつく。

「・・・・・・ラテ?」

「私達、どうなっちゃうの?」

ラテの疑問に誰も答えをあげられない。これ以上の死の宣告に、一瞬先の事さえ、わからない。天使に殺されるのが先か、ウィルスに体を犯されるのが先か、災害に吞み込まれるか、自殺する方が楽か——‌。

「ログマト、ウィルスの事は確かに、有り得ない事ではないが、まだ、お前の憶測だ。意見を通したいなら真実を証明してみろ。結果がでたら報告しろ、待っている」

「わかったわ、調査してきます。正確な隕石の大きさや落ちたポイントを知りたいから、リンドミラーユニバースに行ってくるわ。あそこなら、天文学だけはウィルアーナに近い技術がある筈。ウィルアーナみたいに機材がイロイロと壊れてたらアウトだけど、そうじゃなければ、きっと落ちた隕石のデーターがある筈よ。衛星から確認できなかった隕石だもの、他の大学や研究所じゃ駄目だと思うのよ。だから、クーペを一台、借りるけど、いいかしら?」

クリサは学生証を開いて、クーペの免許を見せる。ヴァイスは頷いた。すると、クリサは必要なファイルやディスクを自分のコンピューターに整理した後、大きめの鞄に入れて、サッサと、その場から出て行った。

「ウィルティス、ザタルト、お前達は生き残る研究員を探してくれ。学者でもいい。この際、ウィルアーナの者でなくてもいいだろう。役に立ちそうな奴が必要だ」

「なんで俺がお前に指図されなきゃなんねぇんだよ!? 俺はそんな事しないぞ!」

シンバはレーヴェを睨む。

「他にやる事があるのか?」

シンバは何も言えず、睨み、黙ったまま。

「ウィルティス、お前の上は俺だ。きちんと働いてもらわないと、お前という部下を持った俺が恥ずかしい」

「なんだと!?」

「それから彼女は部外者だ。共に行動をとるのはどうかと思うが」

レーヴェは冷めた目でラテを見る。

「安全でもない場所にラテを一人にできるか!」

「一般住民は核シェルターへ非難命令が出ている。お前達といるより、その方が彼女も安全だろう」

ラテは俯く。

「それから学生証は持っているな? 政府から許可が出ている。ウィルアーナの学生証を見せれば、どこでも調査に入れる。お前達2人にはクーペを一台、支給しよう」

「ちょっと待てよ! 人を集めるのにクーペってなんだよ! 俺は中型ホバー船なら免許を持ってる」

シンバは学生証を見せようとして、学生証はアパートに置きっぱなしだと、舌打ち。

「悪いな、ウィルティス。中型ホバー船は俺が使う。お前達が集める研究員や学者は、そうだな、ここ、ウィルアーナ天文学室に集合をかけといてくれればいい」

「・・・・・・なんだよ。クーペって2人乗りホーバークラフトじゃないか! そんなに俺達とラテを離したいのか!」

シンバは手を思いっきり横に振り、そう言った時、その手に持たれていた、あの分厚い本をレーヴェが奪い取った。

「さっきから気になっていたが、この本はなんだ?」

レーヴェは、その本をパラパラと捲り見る。

「——‌古文書だよ。返せ」

「古文書か。預かっておいてやろう」

レーヴェは本を片手に部屋から出て行く。

「おい、何処いくんだ」

「国会議事堂へね。お前達も早く任務に動け。何かあったら俺のノートコンピューターの方へ通信を入れといてくれ。ウィルアーナのサーバーは、時折、切れるみたいだが、それ程、今は問題なさそうだ」

レーヴェはそう言い終わると、ドアをピシャっと音をたて閉めた。

「国会議事堂って、ヴァイス君、すごいね」

エノツのその呟きが、シンバは気に入らない。近くに転がっている椅子をガンっと思いっきり蹴るシンバにエノツは黙る。

「私・・・・・・クレマチスに帰る」

ラテが突然そう言い出した。シンバとエノツは驚いてラテを見る。

「ラテ、ヴァイス君が言った事、気にしてるの? 大丈夫だよ、だから——‌」

「ううん、違うの、エノッチ。パパもママも心配してるだろうし、私もパパとママが心配なの。それに、それにね、シンちゃんやエノッチみたく頭良くないから、役に立ちそうにないし、一緒にいても足手纏いは嫌だから・・・・・・」

言いながら、ラテは俯いていく。

「あ、じ、じゃあ、クレマチスまで送るよ」

「ありがと、エノッチ。でも、2人共、やる事あるでしょ? 私なら平気だよ。私の弓道の腕前知ってるでしょ」

——‌弓、持ってねぇじゃん・・・・・・。

「2人共、頑張ってね。又、3人で絶対に逢おうね?」

又、3人で絶対に逢おう。

それは、今迄の別れの挨拶ではなかった。

その時——‌

「・・・・・・おい、今、揺れなかったか?」

シンバが、そう聞くと、エノツもラテも、2人見合い、首を傾げた。

2人共、揺れには気付かなかったようだ。しかし、次の揺れは、気付く気付かないの問題ではなかった。

全ての大地が震えた。

正に、今迄、何者も受けた事のない、空前の衝撃が、全ての大陸に走る。

超激大地震——‌。

崩れ落ちる天井に頭を抱え、身を低めた時、シンバはラテの悲鳴を聞いた。

——‌ああ、俺達、死ぬんだな。

遠のいていく意識の中で、あの日が鮮明に映し出されていく——‌。

俺が死んでしまった、あの日——‌。


『私が傍にいるから。ずっと傍にいるから。 シンちゃん・・・・・・』


ラテ——‌。

俺のために泣いてくれた。

こんな俺のために、手を差し伸べてくれた。

俺はキミが傍にいてくれるなら、生きるよ・・・・・・——‌。


「エル エル  アイオーン キュリオス  アンゲロス キュリオス  ハレルヤ ハレルヤ」


天使達の歌声が聞こえる・・・・・・。

大地震に気を失い、歌声に気付いた時には、目の前を遮る物は何もなかった。

高いビルも、並んだ住宅も、全て破片となり、塵となり、アスファルトを埋め尽くしている。

全て壊れた中で一人、シンバはゆっくり立ち上がる。

突き抜ける青い空が、高く、高く。

クッと堪えきれず、笑みを零した。

「エル エル  キュリオス ホルマ オイクーメネー  キュリオス ホルマ ソフィア  ハレルヤ ハレルヤ」

まるで、こうなった世を喜び、誉め称えているかの如く、歌声はアーリスに響き、シンバは高らかに笑う。

「・・・・・・シン・・・・・・シンバ・・・・・・」

その死にそうな声に、シンバは足元を見る。

体中にガラスの破片が突き刺さり、血だらけで這いずっている、痛苦しそうなイオンの姿。

やっとの思いで、ここまで来たと見える。

跡切れ跡切れの荒い呼吸で、赤黒い血の滴る手を、シンバに向けて伸ばす。

「シン・・・・・・バ・・・・・・た・・・・・・助け・・・・・・て・・・・・」

シンバは助けを請うイオンを見下し、冷めた表情をしている。

「・・・・・・シ・・・・・・ン・・・・・・バ・・・・・・」

「シンバ? 誰ソレ」

そのセリフに、イオンの目が丸くなる。

「酷いなぁ、パパ。息子の名前を間違えるなんて。ボクをこうして生かしてくれたのはパパじゃないか。それをシンバなんて呼ぶんだもん。酷いよ、ボク、傷付いちゃったなぁ」

「・・・・・・シ・・・・・・シン・・・・・・バ・・・・・・?」

「パパ、ボクの事、忘れたの? ボクの名前、呼んでよ」

「・・・・・・うぅ・・・・・・う・・・・・・あぁ・・・・・・シ・・・・・・シ・・・・・・——‌」

イオンは言葉を続けられず、痙攣しながら、体中の力を無くしていく。

「バイバイ、大好きなパパ」

行ってしまうシンバの後姿に、イオンは力の限り手を伸ばすが、何も届かない。

「シ——‌・・・・・・」

擦れた、その声も——‌。


シンバは足取りも軽く、御機嫌な表情で歩いて行く。

道路もなく、塵の塊と死体がゴミ同然に転がる、この世界に笑みが零れる位だ。

「うわぁぁぁぁーーーーん、あーーーーん、うわぁぁぁぁーーーー・・・・・・」

少し高くなった上で泣いている女の子。

親と逸れた事に泣いているのか、親が死んだ事に泣いているのか、それとも、この世界に泣いているのか。

「どうしたの? なんで泣いてるの?」

女の子はシンバの問いには答えず、只、只管泣き喚く。

「泣く事なんて何もない、キミはラッキーだ。ボクに会えたんだからね。これも神の御慈悲、賛美しなきゃ。神に祈りを捧げるんだよ。目を閉じてごらん、次に目を開けた時、泣く事もなく、痛みも苦しみも全て消えて、楽になってるから」

女の子は不思議な事を言うシンバを、ヒックヒックと声を漏らしながら、見上げる。

女の子の目にシンバは、とても優しく映る。

シンバは優しい笑みを浮かべたまま、ポケットから、あのオーパーツを取り出した。

黒く輝く石。

シンバは、その石を力強く握り締めた。すると、石はシンバの手の中で、大きな剣へと姿を変えた。

「久し振りだね、グロビュール」

シンバは、その剣をグロビュールと呼んだ。

その研ぎ澄まされたグロビュールの刃にシンバの顔が映る。アクアの瞳が輝き、微笑するシンバ。その表情は明るく、柔らかい。

「大事なお前をなくしちゃいけないと思い、パパに預けといたのは正解だったよ。ちゃんとボクの手の中に今あるもんね。感謝してるよ、大好きな、パパ」

「お兄ちゃんは・・・・・・神様?」

石を剣に変えた不思議な光景に、女の子は、そう尋ねた。シンバはクスクス笑い、

「神のいない時代なのに、神をよく知ってるねぇ。さぁ、御褒美だ、目を閉じてごらん」

と、その言葉を信じて目を閉じる女の子に、グロビュールを高く掲げた。

——‌ズシャッ・・・・・・

一つの血溜まりに、新たな血が誘われるように流れ込んでいく。そして静粛——‌。

シンバは女の子の血で汚れたグロビュールを、宙で振り切り、刃の汚れを落とした後、笑い出した。

もう嬉しくて嬉しくて、堪らなくて、無性に楽しくて、大声で笑う感情を表に出さずにはいられない気持ち。

シンバは狂ったように笑う。しかし、

「・・・・・・シンちゃん?」

その声に、ギクッとして、ピタっと笑いを止めた。シンバの表情が青冷める。

「あ、やっぱりシンちゃんだ」

嬉しそうに駆けて来るラテに、シンバは額を押さえ、

「——‌生きていたのか」

そう呟いた後、ガクンと力尽きるように、跪いた。

「シンちゃん!? 大丈——‌ッ・・・・・」

シンバの後ろの女の子の死体に、ラテは息を呑み、両手で口を押さえた。

剣はシンバの手の中で石に姿を変え、シンバはソレをポケットに入れると、ゆっくりと立ち上がった。

「あ、シンちゃん・・・・・・大丈夫・・・・・・?」

「ラテ・・・・・・俺は一体、何してたんだ?」

「シンちゃん?」

「いや、ラテが無事で良かった。エノッチは?」

「あ、そうだ、私、誰か助けてくれる人を呼びに来たの。来て、シンちゃん! エノッチが大変なの!」

ラテはシンバの腕を持ち、走り出す。

「お、おい、ラテ、エノッチが大変って、どうかしたのか? 無事じゃないのか?」

ラテは説明してる暇はないとばかりに、何も言わずに走る。

高いビルも3、4階程、残ってる所もあるが、大学はホスピタルとは違い、全て崩れ落ちた。

その場所でエノツは——‌。

「シン! 無事だったんだね、良かった」

「エノッチ! お前こそ——‌、あれ? 何が大変なんだ? ラテ?」

擦り傷はあるものの、エノツは元気にいる。

「だ、だって、エノッチ、私の事庇って、それで瓦礫に——‌」

「挟まったのは服だよ」

エノツはそう言い、鉄の塊みたいな物とコンクリートの間に挟まっている自分の上着を指差した。ラテは拍子抜けた表情をする。

「大丈夫だって言ってんのに、ラテ、血相変えて行っちゃうんだもん。まぁ、シンも無事だってわかったし、いいけどね。あはは、それにしても、ラテの泣きそうな顔、久し振りに見たな。あ、そうだ、シン、クーペ、無事なのが一台あるよ。ヴァイス君から使っていいって言われてるし、使うだろ?」

「・・・・・・あぁ」

不可思議に返事を返すシンバにエノツは、微笑み返す。

「なに? 世界が崩れて、意外とあっけらかんとしてる僕が変? ポールシフトと聞いて大地震位は予測ついてたし、なんかね、怖い通り過ぎちゃって、今の気分がわかんないんだよ。笑ってるとね、凄いラク。あはは、別に笑う事じゃないのにね」

その声は甲高く、とびきり明るい。恐らく、恐怖と言う感情が高ぶっているのだろう。罅割れた眼鏡も、エノツは気にする様子もなく、笑っている。

「ラテもクーペに乗るだろ? この状態だと電車もバスもないからね。あ、2人乗りって言っても、ラテと言う荷物を乗せるって思えば、3人乗れるから大丈夫。ね? シン?」

「あ、あぁ、そうだな」

「ありがとう。じゃあ、クレマチス迄、送ってもらおうかな・・・・・・」

クレマチス迄——‌。

そこで別れのような気がして、俯くラテに、シンバとエノツは何も言えない。しかし、ラテは直ぐに顔を上げた。

「ねぇ? 何の音? 何か聞こえない?」

そう言って、上げた顔は笑顔ではなく、険しい表情。

 ヒュ—、フゥ・・・・・・ヒュ—、フゥ・・・・・・

何かの呼吸音だと、シンバとエノツは直ぐに気付き、そして、それが何か、2人同時に閃いた。

——‌恐竜。

「確か、催眠ガスが常に充満した部屋で眠ってた筈だよ」

「地震で部屋なんて壊れてんだ。そこら変の瓦礫の下で、ガスがまだ効いてて眠ってんだよ。起きたら厄介だぞ」

「何? 何の話?」

シンバとエノツがキョロキョロする中、ラテはわからなくて一人、首を傾げる。

「ねぇ? 何か聞こえない? ねえったら!」

今、その聞こえてくる音を出している者を探しているなど、ラテにはわかっていない。

全長、十数メートルの爬虫類。その巨体で寝転がっていて、目につかない筈がない。

「おい、肉食が草食か知ってるか?」

「さぁ。僕より、シンの方が専門だろ、生物学生なんだからさ」

「もう! 2人共、さっきから何の話してんのよ! 何か探してるなら手伝うよ?」

ラテは2人に無視され、不貞腐れた顔をして、瓦礫の上に腰を下ろした。

「そうだ、そういえば、あの恐竜を置く、広い部屋が大学内ではないからって、ホスピタル一階入院施設の特大部屋を使う事になったんじゃなかったっけ? ほら、避難所にも使う部屋。地下何階からか、忘れたけど、確か地下駐車場を潰して、1階へかけての吹き抜けリフォームっぽいのしたと思う。恐竜のために」

エノツがそう言い終わると、シンバと2人同時に大学の隣にあるホスピタルを見上げた。

7階建ての大学は全て崩れ落ちたが、ホスピタルは、1階、2階、3階、4階の右半分まで残っている。そう、その建物が残っていたからこそ、今、立っているここが、大学のあった場所だとわかる。

「シン、ホスピタルの窓、全部割れてるね」

「ああ、恐竜の寝息が漏れる訳だ。まぁ、大丈夫だろ。ガスは薄くなると自動的に補給されてた訳だから、常に補給されるだろうし、そのガスを作ってたボイラー室は地下にあったから壊れてないだろう・・・・・・と思うし・・・・・・第一、俺達には何もできない」

「そう・・・・・・だよね・・・・・・」

「で? 無事なクーペってのは?」

「うん、あそこ」

エノツが指差した先にあるクーペに、シンバは歩き出す。エノツも後に続く。

「え? 行くの? ちょっと! シンちゃん! エノッチも! 何か聞こえない? ねぇったらねぇ!!」

ラテには、これ以上の不安も悩みも心配も与えたくはないという、2人の気遣いが無視という形になってしまう。それどころか、余計にラテを傷付けてるなんて、2人は思いもしない。

——‌私はやっぱり何の役にも立てないんだなぁ。

シンバとエノツの背を見ながら、ラテもクーペの所へとトボトボと歩いて行く。

「俺が運転する。助手席はラテで、エノッチはバックに乗り出し」

「ちょっと待って、シン! 僕もクーペは操縦できる。ラテが助手席なら、運転席は僕」

ムゥッと2人見合い、ジャンケンを始める。突然、ジャンケンを始めた2人に、クエスチョン顏のラテ。

「よし! ラテ、助手席に乗って? エノッチはバックな」

ジャンケンに負けたエノツは渋々頷いたから、ラテが、

「ねぇ、荷物は私なんだし、バックには私が乗るよ」

そう言い出した。

「それはミニスカートじゃない時にね」

エノツはそう言って、ラテの背を押し、クーペに乗せる。シンバも運転席に座り、エノツもバックに乗り込む。

「結構、雨にやられてんなぁ。瓦礫の埃で、濡れたシートは乾いたみたいだけど、元々ルーフ開けっ放しだったのか? しかも、このクーペ、キーも付けっぱなしだったみたいだけど、大丈夫なのか? とりあえずエンジン入れるぞ」

シンバはそう言って、ハンドルをレバーと一緒に引いた。クーペの底から空気が吹きつけ、車体が30センチ程、浮き上がる。

「大丈夫そうだな。あぁ、でもナビは動かないな。まぁ、いいか、よし、クレマチスって方向、どっちだ? この分だとハイウェイもつかえねぇだろうし」

「シンちゃん・・・・・・」

「方向わかるか?」

「え、あ、わかんない、ごめんなさい、役立たずで。あのね、シンちゃん達、クレマチスに行く用事はないんでしょう? それなのに、私、送ってもらうなんて、なんか、悪くて・・・・・・」

「悪いなんて思うなよ。それと役立たずとか言うな。俺達にとったら役に立ってる! それに、クレマチスには任務の為に行くんだよ」

「え? 任務って? ヴァイス君から受けた任務の事言ってんの? シン?」

そう聞いたエノツにシンバは振り向いて、頷いた。

「役に立ちそうな奴を集めろって任務だったろ? いるだろ、クレマチスに」

「学者や研究員が? いないよ」

「いるよ。元学者、元ウィルアーナ卒業生、エレクトロニクスについて右に出る者はいない、あの——‌」

「ヴィルトシュバイン・ハバーリ」

「当たり」

「え? 誰? その人」

ラテの、その質問にシンバとエノツは笑う。そして、2人、声を合わせ、

「だるまのおじさん」

そう教えると、ラテはびっくりして、頷いた。

「あのだるまのおじさんって、そんな凄い人だったの? 私、全然知らなかったな」

「まぁ、あんな店、経営してりゃぁなぁ」

シンバは、そう言いながら、ハンドルをグルンと回した。クーペが走り出す。

「うわぁ、私、ホーバークラフトって乗り物、初めて! 海の上も走れるってホント?」

「うん、スピードだって速いんだよ。シン、もう少し、スピード上げれば?」

「駄目だ。コイツ、壊れそうだ。雨水と地震でどっかイカレてんだよ。クレマチスに着いたら、ハバーリさんに見てもらおう。それにしても、ラテ、いい事言うね、その手でいこう」

「え? 私、なにか言った?」

「ああ、海の上も走れるって言ったじゃん。その通り。海沿いに出ますか」

先ずは海へと走る。クーペは瓦礫の山、死体の山、全て越えて行く。

昨日——‌、いや、数時間前迄、世界がこうなる事を誰が予想しただろうか。

クーペは、やがて、海岸を走り、又、大体の感覚で、クレマチス方面へ向かい、瓦礫の上を飛び越え、何時間か走った挙げ句、やっとクレマチスらしき場所に着いた。

「シンちゃん、アレ」

ラテが指差したのは、だるまと言う暖簾。瓦礫と一緒に転がっている。

——‌間違いない、ここはクレマチスだ。

そこから200メートル先、生きている女性を見つけた。シンバはクーペから降りる。

「カバンさん? カバンさんですよね?」

「あら、シンバ君。エノツ君とラテちゃんも。無事で良かったわねぇ」

ハバーリの妻、カバンは一人でなにか探していたようだ。体中、傷だらけで、服もボロボロで、それでもまだいい方だろう——‌。

「カバンさん、一人ですか?」

「え? ああ、クレマチスの住人で生きてる人達は自衛軍の指示で核シェルターに避難したわ。重傷者は小学校の体育館が無事に残ってて、そこで治療を受けてるの。シンバ君のお母さん、ラインさんはシェルターへ行ったわ。エノツ君の家族も——‌」

カバンはラテを見て黙り込んでしまった。

「私の・・・・・・パパと・・・ママは・・・・・・?」

黙ってしまうカバンにラテは不安を聞いた。

「クルフォートさんの所は・・・・・・お父さんは体育館にいるわ。お母さんは自衛軍が片付けてしまったわ・・・・・・遺体を——‌」

ラテはカクンと座り込み、漠然とする。エノツがラテの肩を抱き、軽く揺するが、ラテは何の反応もしない。

「ラテ、ラテ、ラテ、しっかりしろ」

エノツの声が届き、ラテは微かに頷く。

「パパの・・・・・・パパの所へ・・・・・・行ってくる・・・・・・」

フラっと立ち上がり、フラフラっと歩いて行くラテを守るように、エノツはラテの傍に連いて行く。

シンバは只、見ているだけで、二人を見送る——‌。

エノツのように、自然な優しさがシンバには身に着いていない。気持ちはあるのだが、行動にはだせなくて、シンバは自分が嫌になる。

「シンバ君も一緒に行ってあげたら?」

「俺は・・・・・・俺が一緒に行っても何もできない。エノッチに任せるよ」

「傍にいてくれるだけでいい時もあるのよ」

——‌それは言われなくても、よくわかる。

「カバンさんは、ひとりで何してたんですか?」

「私は燃えそうな物を集めてたのよ。これでも看護学校でてたから、体育館にいる人の傷の手当てを手伝ってるの」

「お湯でも沸かすんですか?」

「そうよ、突っ立てるだけなら、シンバ君も探して」

「あ、はい」

木造の壊れた破片を集めながら、ハバーリの事を、いつ聞こうか迷っていた。もしもハバーリが重傷を負っていたり、死んでいたりしたら、そう思うと聞き辛い。

「ラテちゃんのお父さんね——‌」

「え? あ、はい」

「もう駄目よ——‌」

「駄目って死ぬって事ですか?」

「ええ、ラテちゃんが体育館に着いた頃、もう死んでるかも。来月ね、ラテちゃん、弓道の全国大会があるでしょう、いつも準優勝で、今年こそは優勝させてやるんだって、新しい弓を買いに行った帰りに、天使に襲われてね、その後、地震でしょう・・・・・・ほら、あのお父さん、背が低いでしょう、自分より大きな弓を守り抜いてたわ。自分は傷だらけなのに、弓は矢の一本一本まで、無傷で・・・・・・」

泣きじゃくるラテが想像ついた。

「さぁ、体育館に戻りましょう」

「あ、カバンさん、ハバーリさんは?」

ラテの父親の事を話す余裕があるという事はハバーリは無事だと感じ、シンバは躊躇わずに聞いた。

「あいつなら、ついさっき、ヴァイス・レーヴェって人と行っちゃったわ」

「ヴァイスと?」

——‌何処へ? 国会議事堂か?

「エスプテサプラに行って来るって言ってたわ。どうせ、あの人の事だから、面白いものでも見つけたのよ。こんな事になっても、私を置いて行っちゃうんだから」

と、呆れたようにカバンは言う。

——‌エスプテサプラ? ログマトの後を追ったのか? なんで?

シンバが考え込みながら歩いていると、向こうから、弓を抱いて、泣きながら、歩いてくるラテと、悲しい表情のエノツが来る。カバンはシンバが持っている燃えそうな物を取り上げ、小声で、

「優しくしてあげなさい」

そう言って、一人、体育館へ急ぐ。エノツは擦れ違うカバンにペコリと頭を下げた。ラテは立っているシンバの前で顔を上げた。腫れた赤い目蓋と浮腫んだ顔と、涙と鼻水で濡れた、酷い顔。シンバを見ると、ラテは表情を更にクシャクシャにして、更に泣いた。優しくするという意味が、

「クレマチスの住人が避難してる核シェルターに行った方がいい」

正論を言う事になってしまう。シンバは優しい表情すらできない自分が苛立って、余計、怖い顔になる。

「どうして? いや! 絶対ヤダ!」

「何言ってんだよ。じゃあ、どうするんだよ? 体育館は重傷者で一杯で、お前がいたら迷惑だろ、核シェルターの場所をカバンさんに聞いてきてやるから、大人しく、そこに行けよ」

「やだ!」

「ラテ!」

「シンちゃんやエノッチは? 一緒にシェルターに行ってくれるの?」

「俺達は——‌」

「2人がパパやママみたいに、私の知らない所でいなくなっちゃうのはイヤ! 絶対イヤ! イヤなのぉぉぉぉぉーーーー・・・・・・うわぁぁぁぁぁーーーー・・・・・・」

聞き分けのない子供のように泣き喚くラテ。

「・・・・・・ラテ」

「ねぇ、どうして? どうして殺されなくちゃいけないの? どうして天使が? 私達が神様を信じてなかったから? 神像を崇めて来なかったから? 神様は実在して、みんな神様を忘れちゃって、それで怒ってるの? だとしても、どうして? どうしてそれが今なの!? どうしてなのよ・・・・・・」

ラテは泣き崩れ、しゃがみ込んだ。 エノツが、そっとラテの肩に手を置く・・・・・・。

神の存在が消え、もうすぐ2000年。

そう、何故、今なのだろう?

——‌もう、日が暮れる。

クーペは光をエネルギーとして走る為、シンバとエノツとラテは、ここで一旦、足止めとなる。

体育館は満員。他に建物はない。シェルターには行かないと泣き疲れ、今、ラテはエノツの肩で目を閉じる。2人、瓦礫に身を隠すように、腰を下ろしている。

シンバは一人、離れた場所で、じっとしている。

肩も貸してやれない。

優しい言葉も出てこない。

何もしてやれないんじゃない。何もできない。

シンバは自分に怒りが止まらない。

遠くの空から聞こえて来る歌声——‌

「エル エル  アイオーン キュリオス  アンゲロス キュリオス  ハレルヤ ハレルヤ」

シンバは怖い表情で、空を見上げ、落ちていた鉄パイプを手に、一番高く盛り上がった瓦礫の上に飛び乗った。

——‌何故、脅えなければならない?

——‌何故、傷つかなきゃいけない?

——‌何故、死に追いやられなければならない?

シンバは鉄パイプを強く握り締める。

「エル エル  キュリオス ホルマ オイクーメネー  キュリオス ホルマ ソフィア  ハレルヤ ハレルヤ」

歌声が近づいて来た。

——‌来る!!!!

シンバは夜空をキっと見上げる。

闇の空が白く輝く。眩い天使の翼が空を覆い尽くし、今、天から軍勢が舞い降りた。

形態を変えた子供達、全てがここに集結したかのように、夥しい数の天使。グルリとシンバを囲み、翼をバサバサと動かす。

——‌ヤソがいない。

シンバから見える範囲に、赤い翼の天使はいない。それに額に瞳がある天使もいない。どうやら、アクアの瞳を額に持ち、赤い翼の天使はヤソだけのようだ。

白い翼の天使達はシンバを見て笑っている。

「チッ、ガキは嫌いだ」

シンバは鉄パイプを構えた。

——‌勘違いに脅えていても始まらない。

——‌コイツらは天使じゃない。

——‌腕を翼に変えただけの、単なる子供達だ。

——‌この世に神なんている筈もないし、天使なんている筈もない。

——‌だけど、もしも、コイツらが天使ならば・・・・・・

——‌コイツらが天使なら!

——‌ラテを・・・・・・

——‌善人を泣かしたりしやしない!!!!

「うわああああああああああああああああーーーーーーッ!!」

シンバは大声を上げ、一人、軍勢に向かって行く。

まるで、餌に群がる何かのように、シンバに一勢に群がる天使達。

聖歌が流れる・・・・・・


Fools say to themselves

(神を知らぬ者は心に言う)

There is no God!

(神などないと!)

Thay are all corrupt and they have done terrible things there is no one who does what is right. (人々は腐敗している。忌むべき行いをする。善を行う者はいない)

But then thay will become terrified as they have never been befor 

(それ故にこそ、大いに恐れるがよい。嘗て、恐れた事もなかった者よ)

Praise the LORD・・・・・・ Praise the LORD・・・・・・ 

(ハレルヤ・・・・・・ハレルヤ・・・・・・)


ラテは思い出していた。あれはまだ小学生だった頃——‌。


『ばぁーか!! 弓なんて流行んねぇんだよ、弓なんてやってねぇで、ちゃんと授業に出ろよなぁ! サボリ魔!!』

私だって、弓、好きじゃないもん。

だけど、大会が近いから、練習しなきゃいけないんだもん。

『お前、弓とか言って、授業サボってんだろ!』

違うもん。

授業に遅れないように、家で夜遅くまで勉強してるもん。

弓の練習で疲れても、ちゃんと勉強してる。

私だって、授業に普通に出て、夜は疲れてるから寝たい。

『弓って言えば、何でも許されると思ってんのかよ』

『優勝した事もない癖に、練習しても無駄だろ』

『ていうか、コイツと喋った奴、罰金ねー!』

『お前、もう学校来なくていいから。来ても、みんなに無視されるだけだから』

いじめっ子達に、そう言われた私は泣いていた。

そんな私に、シンちゃんは、

『めんどくせぇ』

と、どうでもよさそうに言った。エノッチは、

『気にする事ないよ。みんなが無視しても、僕はしないから。罰金? それこそ無視だよ』

って、優しく、私の手を握って、泣き止まない私を、家まで送ってくれた。エノッチのおかげで、私の気分も少しは落ち着いて、でもまだ少し哀しくて、気分転換に公園に行ったら、シンちゃんが、いじめっ子達と喧嘩してた。

『じゃあ、てめぇが弓やってみろよ! 偉そうな事言ってラテ泣かしてんじゃねぇ!』

そう吠えてたシンちゃんに、私は——‌・・・・・・


——‌シンちゃん。

いつもそうだったね。

私がいじめっ子泣かされると、シンちゃんは、何も言わず、いじめっ子をやっつけてくれた。

エノッチは、いつも優しく、泣き止むまで、傍にいてくれた。

2人共、大好き。

私も、泣いてばかりはいられない!


群がる天使達の所へ一本の矢が飛んできて、一人の天使の翼に突き刺さった。奇声を上げる天使に他の天使達の動きも止まり、歌も止まる。

息を荒く切らし、ズタボロで、額からは血を流したシンバの姿。

それでも戦おうと鉄パイプをしっかりと握り締めたまま、シンバも動きを止め、気が付く。

「・・・・・・ラテ?」

少し離れた場所で、弓と矢を構え持つラテの姿。

又、別の方向で、銃声が鳴った。見ると——‌

「・・・・・・エノッチ?」

麻酔銃を構えて立つ、エノツの姿。

聖歌は、再び始まる——‌・・・・・・


May my enemies die before their time may they go down alive into the world of the dead!

(死に襲われるがよい。生きながら陰府に下ればよい。世に、胸に、忌を蓄えている者は) 


シンバは鉄パイプを出鱈目に振り回す。ラテは接近戦を避け、逃げながら弓を引く。エノツは慣れない手付きで麻酔銃の弾き金を連続で引く。


Why do you boast great one of your evil? God's faithfulness is eternal. 

(力ある者よ、何故、悪事を誇るのか、神の慈しみの絶える事はないが)


逃げ切れないラテに無数の天使が襲い掛かる。それは一気にではなく、甚振り遊ぶ状態。


「いやぁーーーーーーーー!!」

「ラテぇっ!!!!」

ラテの悲鳴にシンバの動きが速くなるが、限界がある。エノツは弾の入れ替えの時に、既に襲われている。鉄パイプで殴っても殴っても、次から次へと降って来る天使達。切りがない。


but they will be killed by their own swords and their bows will be smashed

(その剣はかえって自分の胸を貫き、弓は折れるであろう)

Praise the LORD・・・・・・

(ハレルヤ・・・・・・)


「クッ!!」

先迄、片手で軽く持っていた鉄パイプが、今は両手で持っていても、かなり重い。奥歯を噛み締め、歯を食いしばって、やっと一振りできる。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」

——‌もう駄目か・・・・・・


Praise the LORD・・・・・・

(ハレルヤ・・・・・・)


天使の聖歌も終わろうとしている、その時——‌

上空に飛ぶ、一機の戦闘機が天使達に光線的ミサイルを投げてきた。

「うわっ!?」

舞い上がる土と塵にシンバは目を閉じた。

天使達は奇声を上げ、標的を戦闘機に変えた。傷ついたシンバやエノツやラテなど、遊び飽きた古い玩具なのだろう。天使の軍勢は、天へと舞い上がっていく。

夜が明ける——‌。

薄明るくなった空に一本の飛行機雲。天使の羽がフワリフワリと地上に降り注ぐ。

そして静寂——‌。

シンバは空を見上げたまま、ガクンと跪く。一気に力を抜いた所為か、指が震え、鉄パイプが手から離れない。瞳からは勝手に涙が溢れ出た。興奮しているからだろう。

倒れているエノツとラテ。血と埃だらけで、ボロボロのズタズタだが、呼吸をしている。

「あの戦闘機は自衛軍のものだわ」

カバンが、そう言いながら、近付いて来る。

「バカね、死ぬ気?」

お湯で濡れたタオルを、カバンは、今、シンバの額に押し当てた。シンバは、そのタオルを受け取る。

「陸上自衛軍が来て、保護してくれる迄、大人しくしてなさい。全く、こんな時迄、アンタ達は悪ガキなんだから」

カバンにそう言われているのに、シンバは聞いているのか、いないのか、空を見上げ続ける。

——‌防衛組織も本格的に動き出しているのか。

カバンはエノツとラテの手当てをし、2人を起こした。顔中、擦り傷だらけのラテに、

「おてんばも程々にしないと年頃でしょ。ラテちゃんの彼氏になる人は大変ねぇ」

と、軽く小突いた。ラテは舌を出し、苦笑い。

シンバはゆっくり立ち上がり、鉄パイプを捨て、クーペに向かって歩きだす。

「シンバ君!? 言ったでしょう! 大人しくしてなさい! 天使にまた襲われるわよ!!」

そう怒鳴るカバンに、振り向いて、シンバは、

「俺は任務があるから」

そう言った。そして、

「俺はウィルアーナの研究生として組まれたプロジェクトチームの一員です。その任務を果たさなければならないし、それに、奴らは天使じゃない。HA91の患者達だ。襲われる恐怖よりも、大切な研究材料を見捨てる方が、俺にとって不利なんです。あいつ等は生け捕って、調べる価値がある」

シンバのセリフに、エノツも立ち上がる。

ラテは座り込んだまま・・・・・・

——‌シンちゃん・・・・・・

——‌エノッチ・・・・・・

潤む瞳に、ラテは必死に、笑顔を作ろうとして、妙な表情でシンバと目が合ってしまう。

ラテはゴシゴシと、手の甲で目を擦り、涙を拭く。そして、精一杯の笑顔で2人を見送ろうとした時——‌

「何やってんだ、ラテ。早くしろよ」

「・・・・・・え?」

「早くしないと、置いてくぞ」

ラテは立ち上がり、シンバを見つめる。

——‌私も一緒に行っていいの・・・・・・?

いいよ・・・・・・そう答えてくれてるみたいに、シンバは歩き出すラテを待っている。

ラテは涙など消し去る程の笑顔で走り出す。

手を広げ、ゆっくり歩いているエノツを追い越し、シンバに飛びついた。

「うわっ、ちょっ、ラテ、俺、結構、怪我してんだけど!!」

「シンちゃん、ありがとう!」

「なにが」

「ううん、ねぇ、何でも言ってね、何でもするから!」

「まずシンから離れなさーーーーい!!!!」

エノツが天使の軍勢に向かって行った時よりも、怖い顔で2人に吠えた。

シンバとラテとエノツは、まるで何もかも忘れてるかのように、じゃれ合って、笑っている。いい度胸だ。

カバンは笑っている3人に、呆れながらも、

「ふぅーん」

と、何かに納得して、微笑む。


平和を疑う事もなく育った裕福な子供が、血塗られた道を、縛られずに歩いて行く。

血の臭いのする壁を行き止まりと思う事なく、打ち破り、突き進む。

多くの血が流れても、まだ、自分の中に流れる血を信じている。

誰に自分の存在が愚かなものだと言われても・・・・・・

例え、それが神に言われた事であっても——‌。


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