12 会えない日々

「今日も駄目か……」


 わたしは今日も自室のベッドの上に横になっている。

 毎日の小屋作りで最近疲れが溜まっている気がしていたけど、ついに発熱をしてしまった。熱はなかなか引かなくて、ずっと部屋で療養しているのだ。


 医師によると、慣れない労働に加えて、環境の変化も関係しているらしい。

 ここは王都より魔の瘴気が著しく濃い。自分でもその影響を受けているのは分かっていたけど、ついに肉体の限界を越えてしまったようだった。


 だから、小屋作りはしばらくお休みなのだ。


 早く完成させる為に、わたし抜きで進めるかという話も出たけど、それは丁重にお断りをした。

 自分の馬鹿みたいなプライドで始めたことですもの、ちゃんと最後まで責任を取るわ。

 それでも、部屋の中で小屋作りに関することは出来ないかと思案して、今は刺繍に専念していた。



「公爵令嬢。いくら座りながら出来る作業でも、あまり無理をなさらないでくださいね」


「ありがとう。ここが終わったらまた休むわ」


「えぇ。そうしてくださいな」


 わたしの看病というかお世話係は、デニス様の乳母であるマーサがしてくれていた。

 彼女は彼の第二の母と言っても過言ではなく、わたしのことも可愛がってくれている。とっても頼りになる方だ。


「ところで……デニス様は……?」


 わたしは、おずおずと彼女に訪ねた。途端に彼女の顔が強張る。


「辺境伯様は今日もお仕事がお忙しいみたいで……」と、マーサは困り顔をした。


「そうよね。最近は魔物の出現も増えているみたいだし、忙しいわよね」


「何か伝言があれば、私のほうからお伝えしましょうか?」


「いいの、いいの。大した話はないから。ただ、お元気かな、って……」


「……お坊ちゃまに、もっと公爵令嬢のお見舞いの頻度を上げるようにって、申し伝えておきますね」と言って、彼女は辞去した。



 最近は、彼の名前を出すのも躊躇する。理由は分からないけど、なんとなく拒絶されているような気がして。

 それを承知しているのか、マーサからも気を遣われている気がするのだ。


「……早く治してこちらから会いに行きましょう」


 彼が忙しいのは本当だ。特にここ数日は、強敵な魔物が毎日のように出現して、その対応に追われているようだった。

 どうやら魔の瘴気がどんどん濃くなっているらしい。

 その原因は不明で、魔物の巣の近くまで調査団を派遣することが決まったそうだ。


 きっとデニス様のことだから、先陣を切って危険な場所へと向かおうとしているのだと思う。

 私も、妻になる身として、彼を支えることが出来れば良いのだけど……このざまだ。


「――そうだわ! もう少し病状が良くなったら、まだ小屋作りは無理かもしれないけど、デニス様のお母様のレシピを研究しましょう!」


 前辺境伯夫人からの手紙には、息子の好きな食べ物のレシピがたくさん載ってあった。まだ全部を再現できていないから、早く覚えなくちゃ。


「デニス様……喜んでくれるかしら?」


 彼の笑顔を想像すると、わたしも自然と顔が綻ぶ。思い描く二人の食卓は、幸せに溢れていた。



 しかし、わたしの体調は、日に日に悪くなる一方だった。









「デニス様、少しは休んでください!」


 眉を吊り上げるブレイク子爵令息を一瞥すると、デニスは再び書物に顔を戻した。


「あぁ。これを読み終わったら一休みするよ」


 ブレイクはため息をついて、


「そんなこと言って、今朝から一度も休んでいないじゃないですか。それに、昨夜もほとんど眠っていないようだし、このままじゃあ身体を壊しますよ」


「時間がないんだよ」


「それは……分かっていますけど……」


「あと半刻もあれば読了するから。そうしたら軽食を持って来てくれないか」


「はぁ……承知しました」と、ブレイクは辞去した。



「ふぅっ~~~」


 デニスは一人になると、大きく息を吐いて天井を仰いだ。もう何時間も連続で書物を読んでいたので目が痛い。

 目頭を軽く揉みながら思案する。凄惨な現状の、突破口になるような魔法を。


 彼は、もう数日間もマーガレットに会っていなかった。

 ずっと魔物討伐や執務に追われ、そして残りの時間は図書館で過去の文献の調査に全てを費やしていたのだ。


 だから、彼女と会えなかったのは忙しかったのもあるが……実のところ、彼女に会うのが怖かった。


 いや――…………、


 「告げる」ことに、とてつもない恐怖を覚えたのだ。



「マギー……」


 彼女のくしゃりとした可愛らしい心からの笑顔が、頭に浮かんでは消える。あの片えくぼは、子供の時を変わらずにチャーミングで……。


 歯がゆい思いでいっぱいだった。

 無力感、虚無、絶望……名状しがたい混沌とした感情が、彼の胸の奥で渦巻いていた。


 まだ、間に合うはずだ。領主である自分が――いや、愛する人のために、自分が何とかしなければ。自分の魔法なら、あるいは…………。



 しかし、彼の切実な願いは、叶うことがなかった。









 あれから数日たって、やっとデニス様がお見舞いに来てくれた。

 彼の姿をみとめると、嬉しさで胸がいっぱいになった。


 でも、彼は渋面を作って浮かない様子だった。

 なんだか、顔色も悪い。最近ほとんど会えなかったし、本当に忙しいのね……。

 それなのに、わざわざお見舞いに来てくれて申し訳ないわ。



「お久し振りですわね、デニス様」


 緊張で、ちょっと他人行儀になる。


「あぁ」


 彼も同じなのか、少しだけ素っ気ない態度な気がした。


「今日は来てくださってありがとうございます」


「あぁ……」彼は一拍黙ってから「その、済まなかったな。中々会いに来れなくて」


「いいえ。魔物が増えて多忙なのだと伺いましたわ。大丈夫ですの?」


「そうだな。まぁ、なんとかなるだろ」


「まさか、わたしを差し置いて勝手に小屋を作っているんじゃないでしょうねぇ?」と、わたしはいたずらっぽく笑う。


 でも、彼の反応は予想外にも薄くて、やっぱり心身ともにかなり疲弊しているんじゃないかと心配になった。


「ねぇ、デニス様。本当に大丈夫なの? わたしより、あなたのほうが体調が悪いみたいだわ」


「…………」


 彼は、無言のまま、無表情でこちらを見る。

 気まずい空気が流れる。

 ややあって、耐えられずにもう一度こちらから声を掛けた。


「デニス様……?」


 再びの沈黙。不穏な空気がすっぽりと部屋中を包み込んで、ぞわぞわと胸がざわついた。

 どうすることも出来ずに、ただ黙って視線を泳がす。時間がたつのが遅くて、得体のしれない不安が堆く積み重なっていく。


 少ししてから、


「マギー」


 やっと彼が口火を切った。

 そして、信じられないことを言ってきたのだ。


 彼は、ゆっくりと、重い口を開く。耳を疑うような、衝撃的な言葉を。



「…………帰ろうか。元の世界に」



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