10 皆で小屋を作る
デニス様との小屋作りもすっかり日常になっていた。
わたしたちは時間許す限り森へ向かって、小屋作りに精を出した。彼のおかげで木の伐採はもう完了して、あとは本格的な家作りだ。
「今日はわたしがランチを用意したの」
「マギーが!?」と、彼は目を瞬く。貴族は料理なんてしない。以前、彼が昼食を作ってきたのは異例のことだったのだ。
今思えば、わたしのために頑張って作ってくれたのよね……? たとえ乳母のマーサがほとんど作ったとしても、彼の真心がとても嬉しい。
「そうよ。……ま、わたしも少しだけマーサに手伝って貰ったけ、ど…………?」
かくいう自分も、彼女から手伝って貰ったのだった。
「嬉しいよ!」彼はくしゃりと顔を綻ばせて「じゃあ、いっただっきま~っす!」
豪快に大きく口を開けて、ぱくりと食い付いた。
しばらくの間、咀嚼の音だけが聞こえる。わたしは固唾を呑んで彼の様子を見守っていた。
ごくりと、食材が喉に通る。
「ど……どうかしら……?」
おそるおそる尋ねると、ややあって、彼はおもむろに顔を上げた。
「マギー……これは……!」彼は瞳を輝かせてわたしを見る。「母上の、料理だ……!」
「実は、図書館でこれを見つけたの」
わたしは一通の手紙を出して、彼に見せた。
彼はぶるりと震えて、おっかなびっくり手紙を手に取る。
「これは……母上の筆跡だ……」
「この手紙に書いてあったの。あなたの好きなレシピ。隠し味は、やっぱり隣国にしかないハーブを使用していたのだけど、領地でも手に入る代用品も記されていたわ」
手紙にはたくさんのレシピと、デニス様について書かれてあった。
彼は昔から変わらずにお調子者だったみたい。おかしくて、なんだか胸がじんとして、もう何度も読み返したわ。
「俺も――」彼は興奮気味に言う。「俺も、読みたいっ!! 読んでいい!?」
わたしは頷いて彼に一枚目の便箋を見せた。
そこには、
『デニスは読まないように』
……と、上に大きく書かれていた。
「わあぁぁぁっ! 母上ぇぇぇぇっ!!」
彼はがっくりと項垂れる。その悲痛な様子を見ていると、ちょっとだけ可哀想になった。
「あの……少しだけなら……ご覧になりますか? レシピくらいなら……」
彼は頭を垂れたまま無言を貫く。
数拍して、
「いや」がばりと顔を上げた。「いくら肉親でも、本人が嫌だと言うのなら引くのが礼儀というものだろう」
「あら、意外に諦めがいいのね」
「まぁ、気になるが……」彼はちらちらと横目でこちらを見ながら「なぁ、手紙にはなんて書いてあった?」
わたしはくすりと笑って、
「とても心のこもった素敵な内容だったわ。レシピと、あなたのことが書かれていたの」
「俺のこと?」
「えぇ。あなたの好きなものや、嫌いなもの。性格や過去のこともね。……デニス様、子供の頃に蜂の巣を攻撃して反撃されておも――」
「わーっ! わーっ! わーっ! 分かった、分かった! もういい! もう十分だ!」
矢庭に彼の顔が真っ赤になる。そして声にならない悲鳴を上げながら、じたばたと動いていた。
その滑稽な様子にほくそ笑む。
これは……使えるわ! 彼から意地悪されたら、手紙に書かれていた恥ずかしい過去を暴露してあげるんだから!
こうして楽しい昼食会が終わったのだった。
今回はマーサやシェフに手伝って――ほとんど作って貰ったけど、いつか自分の力だけで料理を完成させたいと思う。
デニス様の笑顔を――もっと、見たい…………かも。
◇
そして、ドラゴン退治の日から変化が起きた。
ずっと一人で作業していた小屋作りにデニス様が加わり――今は領民の方々も手伝いに来てくれているのだ。
皆、最初は未来の領主の妻である公爵令嬢と、どう接すれば良いか困惑していたらしい。王都から来たよそ者、しかも王太子の元婚約者なので遠慮していたみたいだった。
でも、あのドラゴンの討伐と後の宴会で、わたしとの間に出来ていた壁はすっかりと取り除かれたみたいだった。今では領地の住人たちともすっかりと打ち解けた気がするわ。……ブレイク子爵令息を除いて。
「辺境伯夫人、疲れたでしょう? 軽食を用意しましたわ。休憩にしましょう」
「まぁっ、ありがとう! もう、お腹ぺこぺこなの」
「あんなに働いているとそりゃ空腹になりますよ」
「だからか最近は今まで以上にご飯がとっても美味しいのよねぇ~」
最近は女性陣とお話する機会も増えてきた。わたしたちは小さなお茶会を開いて、他愛もないお喋りに花を咲かせる。
王都にいた頃は、王妃教育で手一杯で、他の令嬢とゆっくりと話す機会なんてなかったから、同性の人たちとわいわいと過ごすのが楽しかった。
小屋は、まもなく完成しそうだ。
並行して畑や庭も整備していたので、森の中の荒れ地は見違えるほどに綺麗になった。
今、わたしは小屋の内装を考えたり、テーブルクロスの刺繍を施したり……と、細々とした作業を行っていた。
小屋が完成していく過程は楽しい。
そして、仲間と協力してなにかを作り上げることは、とても尊いと思った。
きっと、デニス様の言う自立とはこういうことなのね。
互いに無いものを補って、共に暮らすこと。
それが自立なのだ。
「もうすぐだな、マギー」と、デニス様がいつも通りに笑顔で話し掛けてくる。
「そうね」
「完成したらパァ~っとパーティーをしよう!」
「もうっ、ただ騒ぎたいだけでしょう?」
「あっ、分かった~? 俺、皆でわいわい馬鹿騒ぎをするのが大好きなんだ!」
「……知ってる」
「そうかそうか! わっはっは!」と、彼は豪快にわたしの背中を叩いた。痛いんだけど……。
「本当に……まもなく完成なのね」
わたしはぼんやりと小屋を眺めながら呟く。
完成するということは――終わりを迎える、ということだった。
完成したら、わたしはここで一人で生活することになる。自給自足の一人の生活。もちろん周囲とは関わりを持つつもりだけど、デニス様の住むお屋敷には、もう――……。
「なぁ、マギー」
その時、出し抜けに彼がわたしの手を握って来た。
「どっ……どうしたの?」
握られた手が異様に熱かった。でも、離したくないと思った。
「俺たちの別荘が完成したらさ――」
「えっ?」
わたしは目を見張る。今、何て……?
彼は、いつもみたいに子供っぽく笑う。
「だからさ、俺たちの別荘、だろ? これが完成したら、屋敷からの道も整備しないとな。馬車で通えるくらいのでっかい道にしよう」
はっとして彼の目を見る。その瞳は、優しくこちらを見つめていた。
「それにさ、でかい道が完成したら、その周辺も綺麗に整えないといけないな。店もたくさん並ぶような大通りにしよう。――あっ、そうだ。母上の母国と繋ぐ道を作ったら、交易も捗るんじゃないか?」
「デニス様……わたし…………」
嬉しくて、じわりと涙が滲んだ。温かさを帯びた喜びが、胸いっぱいに広がっていく。
彼は、わたしの気持ちを汲み取ってくれていたのだ。今日だけじゃなく、いつもそう。思えば、出会ってからずっとわたしの心に寄り添ってくれていたわ。
「ほらほら、領主の妻が泣いてどうするんだ。まだやることがいっぱいあるぞ? 俺たちがしっかりしなきゃ!」
「そう、ね……」
わたしは涙を拭った。そして、彼の顔をまっすぐに見る。
「小屋の完成を皮切りに、もっと領地を発展させましょう! 王都に負けないくらいに!」
「あぁ! 国一番……いや、大陸一の領地にしよう!」
「もうっ、大袈裟なんだから」
「いいや、俺は本気だ――あっ、そうだそうだ! 面白いことを考えたんだ!」と、彼はポンと手を叩いた。
「面白いこと?」
わたしは目を丸くする。
「あぁ、小屋の完成の前祝いさ」
デニス様はニタリと弧を描いて笑った。
この顔は、何かを企んでいるわね。
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