第64話 いつの日かもう一度、桜の木に願いをー2

「我が王と……互角。いや、それ以上?……一体彼らは……」


 火龍丸は、蒼太と龍一の想像以上の善戦を見て声を漏らす。

 それぞれの力量はある程度知っているが、二人そろえばここまで強くなるのかと。


「うむ。我を超えたあの男ならこれぐらいはやるだろう。だが……ここからだ。まだ二つ残っている。そして……」

「はい」


 火龍丸はその戦いを見ながらずっと昔を思い出していた。

 火龍丸だけじゃない、その戦いを見守る龍人族達は各々の記憶を掘り起こしていた。


 ほんの100年と少し前のことだ。

 毎日のように王と訓練した日々。

 そして王を死なせてしまったあの日のことを。


◇100年前、龍王城。

 

「死ぬでござる! これ以上は某死ぬでござる! ご容赦を!! 王! ご容赦を!」

「死なぬ! これぐらいで龍は死なぬわ! ほら立たんか! 甘ったれのひよっこ共!! それでも誇り高き龍族の戦士かぁ!」

「ぐえぇ!! 姫様助けて候!!」


 いずれ来る魔王との戦いに備えるという名目の元、連日行われた訓練で火龍丸達は王にコテンパンにやられていた。


「お前達に今一度問う! なぜ戦う! なぜ強くなる! なぜ剣を振る! ……火龍丸! 答えよ!」

「え!? あ、えーっと。魔王を倒すためでござる!」

「50点!! 全員素振り十万回追加!」

「ひぇ!?」


 そんな訓練の毎日だった。






「ブラックで候! 我が王は黒龍の系譜でござるが、さすがにブラック龍すぎる! もう戦士やめたいでござる!」


 とある日、同期が集まり酒場で飯を食うことになった。

 日頃の疲れもあり酒も入れば少しは愚痴がでるというもの。


「火龍丸! 某も同感でござる! 今日も王の極みの技。空虚の太刀を覚えろと。頭でわからないならその体で覚えればよかろうと! もはやパワハラというよりただの暴力でござ! 腕がちぎれかけたでござる!」

「某もずっと音の無い世界で心が壊れかけてるでござる! 我が王、厳しすぎるでござる。あ、まだ耳鳴りが……」

「そうだそうだ! でござる!」

「我が王は最強だから弱き者の痛みなどわからないでござる!」


「ふふ、そうだそうだ! 我が旦那様は訓練ばっかりで我にかまってもくれないのだ! そろそろ抱いてほしいのだ!」

「そうだそう…………へぇ? 旦那様?」


 そこには金髪美女こと、天龍シルヴァーナ。龍王オルフェンの妻がお酒片手に座っていた。


「「大変申し訳ありませんでした!!」」

「そ、某が腹を切ってお詫び申し上げまする。……姫様。どうか某の首一つで……」

「ふふ、いらぬいらぬ。だが……悪いと思うなら少しついてまいれ」


 そういって連れていかれた火龍丸達が見たものは、深夜、月しかでていない夜の龍王城の広場でたった一人剣を振り続ける龍王の姿だった。

 城の物陰からコソコソと隠れながらそれを見る。


「お主たちの訓練が終わって、夜眠るまで毎晩これじゃ。もう剣のバカとしか言いようがないのぉ。暇さえあれば剣を振っとる」

「…………なぜでござる。王はもはや訓練などいらぬお方」

「大切なものを守るため。もしその時に自分の力足らずで失ってしまったとき、自分を許せないからだとな。儂は旦那様はおぬしらに確かに厳しいが、自分にはもっと厳しい。まぁ多少言葉が足りぬが……」

「…………大切なものを守るため……でござるか」





 そして日は経ち災厄の日。

 魔王復活からの大戦が始まり、龍族は他種族と連携しながら懸命に戦ったが形勢は不利。

 龍王城で多くの戦士が瀕死となり、治療を受けていた。


「……火龍丸、そして皆よ。王として最後の命を下す。この里を……そしてシルヴァを頼む」


「――!? 王! いずこへ……まさかおひとりで!? いけませぬ! 某も!!」

「「我らもお供します! 王!」」


「…………龍王覇気」


「ぐっ!? お、王!?」

「足手まといはいらぬ。だからお前達は……その命、この里で静かに散らすがよい。番を探し、個を作り、ゆるりと死んでいけ」

「お、お待ちください! 王!! 我ら王と共に死ぬ覚悟はできております!!」

「ならばこそ生きろ! 死ぬなど簡単なことよ。生きることに比べればな」


 動けない家臣たちはどうか一緒にと嘆願する。

 だが龍王の言葉に涙を流し頷くしかできなかった。

 

 しかし火龍丸だけは今だに何か言いたげに王を呼んだ。


「王! 某は! 某は!!」

 

 すると龍王は火龍丸の前に歩いてきてしゃがむように目線を合わせる。

 そして頭を撫でながら優しく笑った。


「そういえばあの時の答え。教えていなかったな。なぜ剣を振るか、我の答えは一つだ。大切な家族を守るためよ。シルヴァに、お前、風龍丸に、林龍丸も山龍丸も。そしてこの里に住まう者全て。我が命に代えても守る家族よ。誰一人として失わせぬ。ゆえに剣を振る。いつまでもな」


「わ、我らは王をお守りするために……」


「はっ! 肩腹痛し! 我が秘儀の一つも使えぬ者が我を守るなどできようか! 百年早いわ! だからな……火龍丸。今はただ剣を磨け。次こそは……もっと努力しておけばよかったなどと思うことがないように存分にその剣を振れ。お前には才がある。我が秘儀、『火』を受け継げる才能がある。烈火のごとき熱き心がある。ゆえに私はお前に火龍丸の名を与えたのだから」


 号泣し俯くことしかできない火龍丸と家臣たち。

 すすり泣き、嗚咽を漏らす。どうにかついていきたいが龍王覇気で動けない。


 それを見て龍王は高らかに笑う。


呵呵呵かかか! 良き良き! 武士とは死に際にその生きざまを試されるものよ! ならばこそ……」


 剣を握り、背を向ける。


「我が生涯は……捨てたものではなかったようだな」


 そして龍王は笑ってただ一人で里を出た。

 後は歴史通りに大戦は終わり、里には平和が訪れた。




 その日から火龍丸は必死に剣を振った。

 龍王の技を会得するべく、毎日必死になって剣を振った。

 それが何のためになるかまではわからないが、振らなければいけない気がしたから100年剣を振った。


「……某……やっとわかったでござる……」


 胸に空いてしまった大きな穴を埋めるためにただ剣を振った。

 その時間だけは王がそばにいる気がしたから剣を振った。

 何度も何度も泣きながらぐちゃぐちゃの顔で剣を振った。


「……こんな思いをしないために剣を振るわなければならなかったでござる。やっと……やっとわかったでござる。王が毎日剣を振った意味がやっとわかったでござる」


 もしあの時自分がもっと強ければ。

 その後悔と怠惰な自分への怒りをエネルギーに変えて剣を振る。


「もっと……もっと……はやく……」


 いずれこの技が必要になるときがくる。

 いずれきっと、この技が王を救える。

 そう願ってただ剣を振った。



◇現在へ


(王……某は王に近づけましたか……少しでも……あなたに……近づけましたか)


 突如、龍王の体に火が纏われる。

 それを見た火龍丸が叫んだ。


「……きた! ブル―殿! 火でござる!! 火でござるぅ!! 火でござるよぉぉぉ!!!」

「任せろぉぉぉぉ!!」


『……侵略すること火のごとし……咆煌轟十二連……ヒノカグツチ』


 一撃もらえば即死の烈火のごとき十二連撃。

 身の丈ほどある龍王の刀が赤く塗りつぶされ炎を纏い、火花のような連撃が放たれる。


「らぁぁぁぁ!!」


 それを受けきるのは半裸の勇者。

 人の反応速度は遥かに超えて、もはや反射すら超えて予測の領域へ。

 烈火のごとき猛追を、弾く弾く十二連。


(頼むでござる……頼む……ブルー殿!!)


 JUSTガードですら一割のHPが削られる埒外の突破力を。


「はぁはぁはぁ……」

『よくぞ……』


 だが蒼太はそのすべてを受けきってみせた。

 その連撃の後の嵐が去ったような静けさに勇者は笑ってサムズアップ。

 その指の先はもちろん。


「火龍丸……お前の技……完璧。グッジョブ!」

「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!!! ナイスでござる! ブルー殿!!」


 それを見て火龍丸が全力両腕でガッツポーズを取りながら腹の底から叫んだ。

 そして、この十二連撃の後はほんの一瞬、それこそ数フレーム分だが隙ができることを二人は火龍丸との訓練で知っている。


 だから受けるのは蒼太。


 そして。


「はぁ!!」

『――!?』


 攻撃するのは龍一。


 ほんのわずかな硬直時間を見逃さず龍一がオルフェンに完璧な一撃を入れることに成功した。

 その一撃にのけ反るオルフェンは、二人から距離を取る。

 

「作戦成功! よくやった、褒めて遣わす!」

「お前死にかけじゃねーか。あぶねぇな、何発かパーフェクトじゃなかっただろ」

「うるせぇ、糞ムズイんだよ。それにデス以外はかすり傷よ。ほら、この魔法の薬で……ふぉぉぉ!! みなぎるパワー! フルヘルス!! エナドリから炭酸抜いて炎天下で放置したような味がするぅ!」

「テンションがもう深夜なんだよ。気抜くなよ」

「おうよ!」


 そしていつものように笑って二人で剣を向ける。

 強敵であればあるほどに、燃えるように熱くなるのは昔から何も変わらない。

 壁は高ければ高いほど良いといわんばかりにまるで少年のように輝く瞳はオルフェンをしっかりと映している。


 その二人からの視線を静かに見つめ返すオルフェンの表情はやはり少しだけ嬉しそうにすら見えた。


呵呵呵かかか……良き良き。トワ、ディン……二人とも……本当に強く……なった……どれ……』



――ぞわっ。



『――少しだけ……本気を……出そうか』 

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