第63話 いつの日かもう一度、桜の木に願いをー1

 あれから数日、レイレイの炎上がほとんど過去のものに変わりつつある頃。


 そのビックニュースは瞬く間に広がった。


 龍一、蒼太、レイレイ、そしてライブスター公式からのアナウンス。


 ――VS龍王戦の開始。


 天空のトワイライトをやっているプレイヤーはもちろん、やっていないプレイヤーですらその噂は何度も聞いた。

 勝てば100億、笑ってしまうほどの賞金がかけられたボスエネミー。

 しかし天龍と同様に誰も倒せないだろうと半ば諦められていた。


 でもその伝説を破り頂点に手を掛けた男とその相棒がSNSに投降した。


 ”今日18時からドラゴンとブルーのタッグで龍王に挑みます。”


 それを見たクリストファーは笑いながら、拡散した。


「あの二人が王に挑むか……応援させてもらおうか」

 

 それを見たラヴァーも楽しそうに拡散した。


「くふっ♥ ……楽しみだね。応援してるよ、二人とも……さてクリストファーでも誘って一緒に観戦にでもいこうかな」


 有名人達がこぞって拡散したそれは、かつての天龍戦の時の拡散速度を一瞬で超え多くのメディアも取り上げる事態となった。

 世界レベルのバズ、それを蒼太達は再度経験していた。



 天空のトワイライトの世界から、スカイパッドでSNSを確認する二人はそれを見て作戦の成功を確信した。

 二人は果ての岬一歩手前にいる。


「拡散は成功、これで負けたら俺達世界から笑いもんだな」

「切腹もので候」

「お前何時までそのしゃべり方なんだよ」

「なんか、口癖になっちゃった」


 拡散は成功、しかしこれはただの準備段階。

 結局のところ、問題は今からなのだから。


「というかお前やっぱりパンイチなのな」

「いや、だってお前あいつらに聞いただろ? 龍王パイセンの極みの技の数々」

「風林火山。疾きこと風の如し、くらえば死ぬ。徐かなること林の如し、くらえば死ぬ。侵略すること火の如し、くらえば死ぬ。動かざること山の如し、くらえば死ぬ」

「バカですかって言いたくなるわ。防具関係なし……ならパンイチも同じよ」

「まぁそりゃそうだ」


 スカイパッドを見つめる俺達は、時刻が18時になったことを確認した。

 そして配信を開始する。

 あっという間に同接1万を超え、さらに増え続けていく。


――――コメント――――

・うぉぉぉぉぉぉ!!!

・待ってました!!!

・龍王戦、わくわく!

・100億てにいれよう!

・そういえばレイレイさんの件ってどうなりました?

・↑友達でしたって投稿あったやろ

・今日はドラゴンさんとのコラボですね!

・ってことは初コラボ?

・楽しみ!!

   ・

――――――――――――


「おっす。今日は初コラボです。コラボ相手は、ドラゴン君です。はい、ご挨拶どうぞ」

「…………こんばんわ」

「昔からね。シャイなあんちきしょうなもんで。ということで今日は龍王に挑みます。じゃあシルヴァーナさん、龍族のみんな! いきますか!」

「おう!!」「あい、わかった!」


 すると二人の後ろにいた金髪美女のシルヴァーナが前に進む。

 さらにはその後ろには火龍丸を始め、多くの龍人の侍が追従する。

 蒼太と龍一も前に進み、全員が果ての岬へと一歩踏み入れた。


 エリアに侵入したことで、龍王オルフェンはこちらを振り向く。

 その眼には光なく、ただこのエリアに入ったものを倒すと言う一点のみを抱いた修羅となる。


「…………おひさしゅうございます。我が王」


 火龍丸が膝をついた瞬間、全ての龍族がほぼ同時に膝をついた。

 時が経とうとも変わらず忠誠を王に捧げる姿。

 

「旦那様……今日で終わりです。今日で……やっと…………終わりにしましょう! そしていつの日か……もう一度、桜の木に」


 シルヴァーナも涙を流しながらも真っすぐ龍王を見る。


「――次の願いを刻みましょう!!」



『――龍王覇気』

「「――龍人覇気!!」」


 龍王オルフェンの体から放たれた黒い波動。

 それに合わせて、龍族全員が同じような小さな波動を発生させる。

 お互いが干渉し、まるで波が打ち消し合うようにその波動は消え去った。


「お、動けるぞ! なるほど、シルヴァーナ達を味方にしないと勝負にもならなかったってわけね」

「あぁ、これで初めてちゃんと戦えるな」


 龍王オルフェンが攻略不可能と呼ばれた理由である龍王覇気による強制金縛りは、シルヴァーナ達により無効化された。

 するとまるでオルフェンは笑ったようにも見えた。


 そしてその物干し竿のような長い刃に手をかける。

 片目を眼帯で隠す王は、もう一つの眼で真っすぐと二人を見つめて静かに口を開いた。


『疾きこと風の如く……空虚の太刀・風神』


 蒼太達から随分とまだ距離がある。

 だが何もない空間をまるで居合で切ろうとする龍王、普通ならば何をしているんだとただそれを唖然と見つめるだけだろう。

 

 だが二人とも知っている。


「お先!」


 だから、蒼太が一歩前に出て虚空に向かって剣を振る。

 何もないはずの空間に剣を振り下ろす。それと同時に、オルフェンも剣を振り切った。

 直後現れたのは空間を歪ませるほどの風の刃。

 それは距離という概念を消し去り、どこから切っても刃が届くという龍王オルフェンの極みの技の一つ、空虚の太刀・風神。


 当たり前のようにくらえば死ぬ。

 だから。


 JUST!


 弾く。


「ははは! 初見パリィ余裕でした!」

「ならパーフェクトしろ。HP減ってんぞ」

「いや、褒めろし。げぇ!? JUSTでHP1割減少!? 天龍パイセンが可愛く見えるんですが!!」


 蒼太は回復薬を飲みHPを全快させる。

 いつものように、軽口を叩きながら二人は龍王に向かって走った。

 距離を取っては今の攻撃が無限に飛んできて一方的になるだけ、ならば近接攻撃あるのみ。


「どっせぇいい!!!」


 蒼太の切り下ろし。

 龍王は、微動だにせず太刀を軽く振るって受けられる。


 すかさず龍一の切り上げ。

 これまた微動だにせず太刀を振り下ろされて受けられる。


 たった一本の刀をまるで手足のように扱い蒼太と龍一の猛追を全て凌ぐ龍王。

 

 嵐のような剣戟が三人の間で交わされる。

 時間にしては数十秒、しかし息もつかせぬ戦いは見ているだけで呼吸が止まりそうになる。



 それを天空のトワイライトにログインし、クランハウスの大画面で観戦しているラヴァーとクリストファーも感嘆の息を漏らす。


「良くもまぁ、あれだけ何も言わずに合わせられるものだな。一朝一夕でできるものではない。技術というより……信頼か」

「くふっ♥ まさしく阿吽……足し算ではなく掛け算。こればっかりは僕じゃ到達できない場所だね。どう思う? 彼らなら王に届くと思うかい?」

「さぁな。俺は龍王がどれほどのものかは知らん。だが……あの二人で無理ならば、俺の知る限り誰も攻略できないだろうな」

「ふふ、すごい評価だね」

「一応負けているんでな」







「スイッチ!」


 龍一と蒼太が入れ替わる。


 龍王オルフェンは、剣を真下に構えそしてその剣で地面を突き刺す。


『……静かなること林のごとし……木漏れ歌のサクヤヒメ』


 その直後だった。

 世界を静寂が包み込み、かと思ったら優しいだけのまるで風鈴の音だけが響き渡る。

 だがそれ以外は何も聞こえない。

 地面を踏み抜く音も、刃が交わる音も、友を呼ぶ声も、全てが聞こえなくなる。


「――っ!? まじか、林龍丸のときは声ぐらいは聞こえたぞ。…………きもちわる!! まじで何も聞こえねぇ!」


 発動中は世界から音を奪い去る剣技、だが言ってしまえばそれだけの技。

 だが上位のプレイヤーであればあるほど、音という重要さ要素がプレイヤーの動作に与える影響は高くなる。

 いつもやっているゲームを音無しでやればうまく出来なくなるのは多くのゲーマーが経験したことがあるはず。


 だがそれ以上にこの技には一つの脅威がある。


 それはパーティの連携の強制停止。

 龍王にパーティで挑んだ時、音が無くなるとはコミュニケーションが取れなくなると同義。

 つまり一瞬でソロとなる。


 そして龍王オルフェンは先ほどまでの御返しだと言わんばかりに蒼太に切りかかった。

 通常の振り下ろし、ただしそれでもくらえば死ぬ。

 龍一との連携はうまくいかない。


『――!?』


 はずだった。


 しかし先ほどと寸分たがわぬ連携で、蒼太に受け止められ、龍一に切り返される。

 オルフェンは浅くだが初めて一太刀をもらい、初めて動揺するように二人を見ながら距離を取る。


 会話などできないはず。

 なのに一体なぜ何も変わらない?


 


 それを見てクリストファーとラヴァーが笑う。


「ははは! 何を驚いている、龍王……そいつらから音を奪ったところで何も変わらんよ。さっきから……いや、もっと昔からか……」


 そして蒼太と龍一は人差し指一本で龍王を指さしてにやりと笑う。


「指だけで会話できるんだからな」


 お前を倒すという意思を込めて。

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