第60話 炎上ー4

まえがき

昨日コロナに疾患して寝込んでました。すんません。




「いや! いや!!」

「なんで僕を拒絶するの!! あんなに大好きっていったじゃんか!!」


 レイレイの腕を掴んで組み敷こうとする中年の小太りの男。

 必死に抵抗するレイレイは、暴れまわり抵抗する。

 でも男の力は強く、ゲームアシストもない現実では細腕のレイレイは簡単に押し倒された。


「やだ!!」

「っ痛!?」


 それでも抵抗するレイレイは、その男の顔面を蹴って、男は唇を切った。

 その瞬間、笑っていた男の顔が般若のように怒りに満ちた表情に変わる。


「そっか……そうだよね。今日初めてだもんね。ちゃんと教えてあげないとだめだよね」

「な、なに……」


 立ち上がった男は、キッチンへ向かう。

 すると先ほどレイレイが握っていた包丁を握りしめる。


「ご主人様に逆らったらどうなるかしっかり教えてあげないとね。それも亭主の務めってやつだもんね」

「ち、ちが……私あなたとそんな関係じゃ」

「だまれぇぇぇ!! 俺が好きっていって、お前も好きっていった! ちゃんと覚えてるんだぞ!! それはもう結婚だろ!!」

「そ、それは……」


 それはレイレイの配信の時のいつもの癖だ。

 好きという言葉を乱用する。

 好きが知りたいからこそ、口に出して好きだ好きだといっていた。

 リスナーが投げ銭をくれたら、ありがとう、好き! といった。

 リスナーが好きだといってくれたら、ありがとう、私も好き! といった。


 レイレイにとって好きは大した言葉じゃない。

 中身が伴わない挨拶のような実感もないただの言葉でしかなかったから。


「とりあえずさ……1回愛を確かめ合おう? ほら、結婚するなら体の相性も大事でしょ。僕とレイレイちゃんならばっちりだと思うんだ!! ねぇ子供は何人欲しい?」

「や、やだ……」

「はぁ? 旦那がやるぞって言ったら嫁は喜んでって答えるのが普通だろうが!! はやくしろ!! 刺すぞ、おらぁぁ脱げぇぇ!!」

「……や……やだ」


 突きつけられた包丁、ゆっくりとTシャツだけのレイレイに刺さり破いていく。


「あ、そうだよね。脱がしてほしいよね! うんうん、わかるよ!! 初めてはリードしてほしいもんね!」

「ち、ちがう……待って……脱ぐから……お願いそれむけないで」


 怒鳴られたレイレイは、怯えていた。

 男の人に大きな声で怒られるのは慣れていないし、刃物を突き付けらえて怖かった。

 泣きながら薄着に手を掛けて、脱いでいく。

 ピンクの下着姿になり、恥ずかしそうにそれを両手で隠す。


 それを見て興奮した男は、鼻息を荒くしてレイレイに近づいた。


「じゃあまずは誓いの……はぁはぁ……キッスをしよっか! はぁはぁ! すごくきれいだよ!!」


 両肩を強い力で掴まれて、顔を近づけられる。

 泣きながらレイレイは目を閉じた。

 抵抗したら刺される。

 本当に怖くて体が動かない。この人に逆らったら何されるかわからない。

 恐怖が頭を埋め尽くし、何をすればいいかもわからなくてパニックになった。


 ただ泣いた。


 ただ怖い。


 この人に襲われるのが心から嫌だと思った。


 なんで?


 だって……初めては好きな人がいいんだもん。


 好きもよくわからないのに?


 でも……私が好きな人としたいもん。


 この人も私のこと好きっていってくれてるじゃん。


 でも私はこの人を好きじゃない。


 誰にも愛されないし、誰にも守ってもらえないような子が両想いになれるわけないじゃん。


 ……いつかきっと、運命の人が見つかるもん。

 

 私が大好きになれるような、そんな人が。


 私の味方になってくれるような……そんな人が。


 だから。


「――助けてよぉ、誰か」


 





「どっせぇぇぇぇいいい!!」

「うげぇ!?」


「え?」


 突然、その男は横っ腹を蹴られて転がり、タンスにぶつかる。

 何が起きたかわからないレイレイは目を白黒させながら周りを見る。


「はぁはぁ……吐く! さすがに吐く! 階段全力ダッシュできる体力はもうないんだよ……はぁはぁ……マジで……」

「な、なんでブルー君!!」


 それは蒼太だった。

 龍一から住所を聞き、そこから全力ダッシュ。

 幸い龍一のトレースで目星をつけた場所は、実際の住所と距離はそれほど離れてなかったが、それでも体力が限界になるぐらいには走り続ける距離だった。


「はぁはぁ……色々言いたいことはもう山のようにあるけどな! はぁはぁ……とりあえずほら!」

「え?」


 投げられたのは蒼太のTシャツ。

 ふわっとレイレイに飛んでくる。


「それ着てろ! 目のやり場に困る! 汗に関しては苦情は受け付けません! あと……はぁはぁ……これも言わなきゃな」

 

 そして半裸の勇者は真っすぐとレイレイを見て言った。


「友達なんだから、困ったら相談! はい、復唱!」

「……友達?」

「あぁ。ったく。相談もせずに勝手に消えやがって。でもな……あんだけ一緒にゲームしたんだ。もうマブダチよ!! だからさ……」


 そういってニカっと笑って蒼太はいつもの笑顔で言った。


「困ったら友達を頼れ。わかったな!」


 レイレイは一言だけうつむきながら答えた。


「――うん」


 大粒の涙がこぼれてしまう。




「ねぇ、何勝手に話し進めてんの? ふざけんなよ、間男がぁぁ!! ふざけんなって!! お前まじでふざけんなよぉぉぉぉ!!!」

 

 するとタンスにぶつかったその男が立ち上がり、包丁をブンブンと振り回す。

 怒りに満ちたその表情は、血管から血が噴き出しそうなほど。

 

 蒼太はあたりを見渡した。

 何でもいい、何か武器になりそうなもの。包丁の一撃を止めれるような何か。


 そして手に取ったのは。


「……縛りプレイでもここまでひどくねぇぞ!」


 たった一本のボールペン。

 レイレイの机の上にあった15センチもない普通のボールペン、包丁相手には心もとなさすぎる最弱武器。


 それでも。


「ふぅ……」


 いつものことだとすぐに切り替える。


(――集中しろ、一撃で終わり。はは、なんだいつも通りじゃん)


 その表情は真剣そのもの。

 その男の一挙手一投足を見逃さない。

 たとえ神速のごとき一撃がきても絶対に初撃は受けきる。


 蒼太はその後の流れを完璧にシミュレートし、深呼吸。

 

「うわぁぁぁ!! レイレイちゃんは僕のものだぞぉぉ!! 誰にも渡さない!!」


 叫びながら男は包丁を蒼太へと真っすぐに突き刺そうとした。


 ガッ!!


「……あほか。誰のでもねぇよ」


 ほんの数センチの幅で、その刃を受け止める。

 驚いた男の包丁を握る手を蒼太は両腕で強く握り、足を回転させ、まるで乗馬するようにその腕に跨った。

 そして巻き付けるようにして腕ごと全身でひねり上げた。


「痛い痛い痛い!!」


 ひねられた痛みで叫ぶその男から包丁を奪い取り、蒼太は離脱し、レイレイの前に。


「くそ! くそ!! なんなんだよ、お前!! レイレイちゃんの何なんだよ!! ふざけんなよぉ!! ふざけんなぁぁ!!」


 叫ぶ男は蒼太を見つめて、怒りに震えながら叫ぶ。

 今にも人を殺しそうな形相だが蒼汰は臆することなく、奪い取った包丁を握り、静かに構えた。


 その姿にはまるで隙は無く、切っ先を真っすぐ男に向ける。

 それだけで怒りに満ちていた男を、全身が振るえるような寒気を襲う。


「なんだよ、なんで……なんでだよ! お前レイレイちゃんの何なんだよ!」


 どこからどうやっても切られるイメージ。

 これ以上進むと間違いなく切られる。

 明らかに物が違うと思わされる佇まいで蒼太に真っすぐと見つめられる。


 そして追い打ちをかけるように蒼汰は言った。

 お前はレイレイのなにかという問いに、返す言葉はただ一つ。


「――友達だよ。それ以上に命張る理由がいるのか」


 何があってもレイレイの味方だと言う言葉だけ。

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