第56話 日米配信者イベントー8
ファールにより、ストライクカウント1。
そして第二球目が投げられた。
『ボール!!』
クリストファーはしっかりと見て際どいコースには手を出さない。
「はは、これで手出してくれたら楽なんですけどね。さすが駆け引きはお手の物ですか」
「いやいや、とても美味しそうな餌だったよ。釣り針が付いていることを除けばな。しかし……一体君はいくつだったかな?」
「俺と蒼太は今年で17です」
「私の娘と6歳差か。まったく年は取りたくないものだな」
「まじっすか……」
高次元の駆け引きが龍一とクリストファーの間で起きる。
一体何が起きているか理解できているものは少ないが、思考の戦いは龍一に委ねられた。
中学で成長が止まってしまったとはいえ、野球IQの高さはプロレベルと認められた龍一と同等レベルの駆け引きをするクリストファー。
そしてプレイでは蒼太と同等レベルの動きをする。
あまりに超人。
やはり最強の名に恥じないプレイは、見る人の息を詰まらせた。
一瞬のミスで刈り取られる様は、野球なのにもはや真剣の立ち合いを思わせる。
一球一球魂を込めた立ち合いは、見る人の手に汗を握らせた。
『ボール!!』
『ファール!!』
『ボール!!』
気づけばお互い追い詰められてストライクカウント2。ボールカウント3。
ここでフォアボールを出してクリストファーを歩かせたなら試合に勝って勝負に負ける。
そんな選択肢を二人が選ぶわけがない。
ならば絶対にストライクゾーン。
龍一は脳が焼き切れるほどに思考し、サインを出し、蒼太はただうなずく。
決着はもうすぐそこ。
「夢のような時間はいつだってすぐに覚めてしまうものだな。この緊張感、久しぶりに血沸き踊ったよ」
「じゃあ次は敗北の苦渋ですね」
「ふふふ、やはり私は君達が好きだな。昔を思い出すよ。無我夢中で頂点を目指した昔を」
そういうクリストファーはバットを掲げてホームラン予告。
大きな声で蒼太に言った。
「ブルー君、全力で来なさい。私も全力を出すと約束しよう。勝った方が今日のチャンピオンだ」
「……うっす!」
蒼太も大きな声で返事を返した。
そして渾身の蒼太のピッチング。
カキーン!! ガシャン!!
真後ろフェンスへとファールボール。
――――コメント――――
・ふぅ…………
・しんどいしんどい
・天龍戦もすごかったけど、まじで生き詰まる。
・心臓の音がやばい!!
・たのむ!!
・ちょっと目閉じていい? 終わったら教えて
・wwwww
・勝てぇぇ
・深呼吸、深呼吸。
・
・
――――――――――――
コメントも視聴者達の心境を表すように蒼太達の勝利を願う。
心臓の音が聞こえるほどに緊張する。
それは三人の緊張が配信を通じて伝わってくるから。
『ファール!』『ファール!』
連続でクリストファーの振ったバットに掠り、真後ろフェンス直撃。
三連続ファール。
――――コメント――――
・ひえぇぇぇぇ!
・早く終わってくれぇぇ!
・確か後ろに飛ぶ場合はタイミングはあってるよな?
・ってことはやばい?
・あとはバットの位置さえあわされたら負けかもです。
・トイレ行きたいのに!!
・↑いったら後悔するぞ
・漏れる!!
・またファール!!
・あぁぁぁ! もうここでする! ブリブリブリ!!
・wwww
・汚すぎて草
・
・
――――――――――――
(……いいのかい? ブルー君、ドラゴン君)
そしてクリストファーは、深呼吸し再度構えた。
(もう十分に学習した。次は確実に当てられる。いいのかい? これで終わりで。ここが君達の限界で)
構えただけで敗北のイメージを叩きつけられる。
身震いするような殺気にも似た敗北のイメージ。
あまりに完璧な所作は、次のプレイすらも予感させ、常人ならば投げることに恐怖すら覚えるほどだった。
だが、蒼太は笑う。
だからこそ、蒼太は笑う。
そして龍一からのサインは人差し指一本だけ。
信頼、そして全力をど真ん中にぶつけろと。
(あぁ……くっそ楽しいな……)
蒼太は全力で楽しんでいた。
いつぶりだろうか、ここまで対人戦で熱くなれたのは。
いつぶりだろうか、ここまで闘志と闘志をぶつけ合えたのは。
あの黄金の龍とはまた違う。
これは人と人のエゴのぶつかり合い、必ず勝者が生まれて、敗者が生まれる非情の世界。
だがだからこそ、心の底から燃えてくる。
負けたくないと、勝ちたいと、心が悲鳴のような叫びをあげる。
常人なら体に力が入って、力むところだ。
だが相反するように、蒼太の体中の力が抜けて、脱力し、だらしなく口を開ける。
まるであの時の天龍戦の最後のように、直観で分かる今最高の状態へ自分を持っていく。
いや、違う。
相手は本当の頂点に立つ人。
ただの自分の最高などでは届かない。
今の自分の最も高い状態などではその頂には届かない。
だからこそ己の限界をここで超え、最高すらも上回れ。
たった一歩で良い。
一秒前より一歩だけ前へ!
(……俺達はこんな未来もあったかもな)
(……そうだな。でも今はただ)
(あぁ)
((――この人に勝ちたい!))
投げられた魂を込めた文字通り一球入魂、振り切られたバット。
これ以上ないほどに想いを乗せて投げられた白球、それを断ち切ろうとする頂点の一撃。
カキーン!!
球場全体、そして配信を通して日本全体に甲高い打撃音が鳴り響く。
まるで勝者を決める鐘の音のように。
全員が口を開けてただその球の行方を見つめた。
だが誰よりも早くその打球を見つめながらクリストファーはバットを投げて高らかに笑う。
そして目を閉じ、静かに口を開いた。
「まったくこれだから才能あるルーキーとの戦いは嫌なんだ……」
真上へと高く上がった白球、ゆっくり落ちてきて龍一のミットへと収まった。
つまり。
「――1秒あれば己の限界など超えていく」
『アウト!! ゲームセット!! 2-1で日本チームの勝利!!』
蒼太と龍一の勝利だった。
――――コメント――――
・うわぁぁぁぁ!!
・やったぁぁぁぁ!!
・勝ったぁぁぁぁ!
・お疲れさまでしたぁぁ!!
・あぁぁぁぁぁ!!
・ブリブリブリ!!
・↑結局漏らしてて草
・最高でした!!
・投げ銭投げ銭!!
・久しぶりに糞熱かった!
・
・
――――――――――――
同接100万人の視聴者達の絶賛のコメントが嵐のように流れていく。
今日一の投げ銭の量に一瞬で1000万近くが集まり、まだまだうなぎ上り。
フィーバー社長はイベントの成功を確信した。
そして当の本人達は。
「うげぇぇ……たった一打席で10試合分ぐらい頭使った……しんどぉ」
「アタマイタイ……チョウテンコワイ……チョウテンスゴイ」
片やマウンドで寝転がり、片やバッターボックスで寝転がる。
まるでその姿は敗者のようだが、間違いなく勝者を称えるゲームのファンファーレは二人に向けられたものだった。
それでもゆっくり立ち上がった龍一は、蒼太の元へと歩いていき手を伸ばす。
「ナイスピッチ。最後だけは完璧だったな」
「はっ! よくぞ、俺の力を引き出した。褒めて遣わす」
「涙目だった癖によ」
手を握って久しぶりに笑い合う。
今だけは少し昔に戻ってもいいだろう。
一度頂点に立ったあの日のように。
今だけは少しだけ。
そしてチームメイトと視聴者の賛美の元、WBVRは終了した。
◇蒼太視点。
ゲロ吐くわ! なんだあの人! ゲームうますぎだろ!!
俺と龍一はブランクがあるとはいえ、中学で野球でてっぺん取ったんですが!?
いや、まぁ実際の野球とは色々違うとはいえ、実況するパワフルなプロ野球よりは現実に即したぐらいのゲームだったんだけどな。
と、俺はクリストファーさんの凄さに吐き気を催しながらユリカゴから立ち上がった。
フィーバー社長が盛り上げているが、会場の熱気は想像を絶するものだった。
「ブルー君! 最高!!」
「ちょ!! おま! みんな見てるから抱き着くな」
「じゃあ後でご褒美あげるね」
「――詳しく」
俺がレイレイとコントをやっているとマイクが手渡された。
どうやら勝利者インタビューといったところか。
そして向こうでは、クリストファーさんも同じようにマイクを渡されていた。
俺の方を向いてウィンクと共に英語でメッセージを伝えた。
『Congratulation! いつかリベンジできることを願っています。ブルー君、ドラゴン君。実にエキサイティングだった』
「なんて?」
「いつかリベンジできることを願ってますってよ」
「そっか……ウェルカム! アイ アム ゲーム エブリディ!! エブリタイム! ゲーミング! HAIZIN!」
「意味不明なんだよ」
とりあえず俺も拙い英語で返しておいた。意味が通じたらいいだろう、こういうのはパッションよ。
するとクリストファーさんは笑って頷いた。
そしてラヴァーさんが登壇し、盛り上がったイベントも全項目を消化したことを伝えて閉めていく。
勝者は日本となり、俺達は副賞の超豪華焼肉セットを頂くことになった。
長かったようで短かったイベントも終了し、日米配信者イベントは間違いなく大成功を収めたようだ。
……
「ぐ、グッバイ? おい、龍一。また会えるのを楽しみにしてますって言え」
『また会えるのを楽しみにしています。クリストファーさん』
『あぁ、こちらこそだ。久しぶりに熱くなれたよ』
龍一と蒼太含め日本チームはバスで帰るクリストファーさんを送りに来た。
二人が英語で話しているが、龍一が適宜翻訳してくれる。
そして俺と龍一はクリストファーさんと握手をした。
『だが……おそらくすぐに会うことになるだろうな』
『どういうことですか?』
『君達はまだ聞かされていないのか……すまないが、これは国家レベルのトップシークレットだ。今私に言えるのはここまでだな』
『国家レベル!? 一体どういう……』
そういうクリストファーさんの顔は少し険しかった。
『いずれ分かることだ。…………ではな、怖いもの知らずの無敵のタッグ。楽しみにしているよ』
そして俺達に背を向け、背中越しに手を振った。
『――世界を君達と救うのを』
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