第55話 日米配信者イベントー7

「ヘイヘイ! ノーアウト満塁だぜ! 調子のる――!?」


 ストライク! ストライク! ストライク!

 ストライク! ストライク! ストライク!

 ストライク! ストライク! ストライク!


 チェンジ!!


「WHAT!?」


 電光石火のごとくたったの九球で、バットすら掠らせずに仕留めた蒼太と龍一。

 蒼太の気持ちは龍一によって容易に乗せられた。

 今は最高の状態、ならばオーダーさえミスらなければ素人が掠るはずもない。


 日本中のスカウト達が最高の状態では天衣無縫とすら仰々しく呼んだ今の蒼太に、ゲームのプロとはいえ野球未経験者が太刀打ちできるわけもない。


「ピッチャーを変われ、バレッド」

「クリストファーさん、経験者でしたっけ?」


 ただ一人を除いて。


「問題ない。先ほど彼らの国の二刀流メジャーリーガーの動画でインプットしてきた。ピッチングもバッティングもな」

「相変わらず学習能力ぱないっすね」


 4回裏、日本チームの攻撃。

 しかし、ピッチャーに上がったのは、クリストファー。

 

 ストライク! ストライク! ストライク!

 ストライク! ストライク! ストライク!

 ストライク! ストライク! ストライク!


 まるで意趣返しとでも言わんばかりの完璧なピッチング。

 ここはメジャーかと思うほどに、システムアシストをフルに使った神プレイ。

 頂点の名を欲しいままにした男が本気を見せて、圧倒的力でねじ伏せる。


 そのプレイに日本の応援は敵とはいえ大盛り上がり、大興奮。

 

 そして試合の行方は最終決戦、5回表へ。

 日本守備、アメリカ攻撃、現在2-1。


 一本出れば同点となる。

 だが守り切れば勝ちとなる。


 そして8番、9番を難なく掠らせもせずに打ち取った最高状態の蒼太。

 

 ただ楽しくて仕方ないと笑っている。


 それに合わせてゆっくりとバッターボックスに立つ最強。

 クリストファー・ガーフィールドも笑っている。


「くふっ♥ ブルゥゥゥゥーーー!! 敬遠なんて許されない!! 僕達の大勢のファンが見ている!! なら、魅せないとね!! 勝つんだ。勝利以外ありえない!! ブルゥゥゥゥーーー!!」


 ファーストを守るラヴァーが叫んだ。

 それに合わせて、日本チーム全員も叫び、コメント欄も盛り上がる。


 答えるように蒼太はボールを握って手を上げた。


 覚悟を決めろ。

 

 誰よりも楽しめ。


 戦え、勝て、そしてなによりも。


 ――魅せろ。


 俺達はストリーマー、ファンに魅せてなんぼだろうと。


 ――――コメント――――

・なんて胸熱展開!

・頼む勝ってくれ!!

・めっちゃドキドキする。

・俺達WBCみてたっけ?

・最強VS変態

・まじで勝って!!

・勝ったら投げ銭します!

・お願いしまーーす!!

・大丈夫! 今のブルーなら勝てる!!

・脱げば勝てるか!?

・↑いやこのゲームに脱ぐという概念はないwww

――――――――――――


「いいのか? ルーキー。敬遠したら勝ちは確定だぞ?」

「ははは、絶対できないのわかっていってるでしょ」

「ふふふ、その通りだな。ここで敬遠したら君達にとっては負けと同じ。一度逃げを選んだものは決して頂点には上がれない。一生君達の胸に残り続ける楔となるだろう。ならば答えは決まっているな」

「はい!」


 そして二人はほぼ同時に言った。


「勝負だ!」

「勝負です!」


 笑うクリストファーも今日一番に楽しそうにバットを握って打席に立つ。


「君達のような生意気なルーキーがいてくれると安心するよ。この業界の未来は明るいな」

「今日時代変わるかもしれないですけどね」

「ははは、ビッグマウスは嫌いじゃない……いや、むしろ良い。ふふ……私はどうやら君達が好きになってしまったようだな。だが、だからこそ……」



 ――ぞわっ。



「本気の本気で叩き潰したくなる。それが礼儀いうものだろ?」


 クリストファーが構えただけで龍一は恐怖に見間違うほどの圧を感じた。

 先ほどまでの笑顔が消えて顔が無理やりこわばっていく。

 

 圧倒的なまでに打たれるイメージ。

 それはおそらくピッチャーの蒼太の方が感じているはず。

 さきほどホームランを打たれた相手が、最初から本気でプレッシャーをかけてきている。

 さらには先ほどよりも一回り強く感じるほどに立ち居振る舞いすら洗練されている。


 バッターボックスでバットを振りかぶり、嬉しそうに構えて笑うクリストファー。


 そして同じように。


(そうだよな……お前もそっち側だよな……)


 最高の笑顔で笑う蒼太。


 二人の天才は、お互いを認め合いつつも敵意をぶつけて笑い合う。


 これ以上ない好敵手だとでも言わんばかりに二人の目線に火花散る。


(おい、置いてくなよ……)


 それを見て龍一は、悔しいと思った。

 まるで自分だけ舞台が違うのではないかと思われるほどに、二人の天才による世界は作られていた。

 でも置いていかれるわけにはいかない。


(わかってる。……俺は天才じゃない。蒼太やクリストファーさんほどの才能もない……でも)


 龍一は、脳をフル回転する。

 今までで一番深く思考し、野球に関するインプットしてきた知識を全て検索する。

 自分にできるのはそういう戦いだ。

 

 努力する。

 努力に努力を重ねて、ひたすらに努力する。


 血反吐を吐こうとも、才能の壁にぶつかろうとも努力する。


 その理由はごく単純。 


(俺だってそこにいきてぇんだよ。置いてくな)


 親友に置いていかれたくないだけの、ただの負けず嫌いだから。


 龍一は思考しながらクリストファーを後ろから見る。

 第一打席で初心者だったクリストファーが、二打席目よりも完璧なフォームになっている。

 おそらく休憩時間に何か動画でも見て勉強してきたのだろう、この人ならそれぐらいできると龍一は考えた。

 

 トレースする。


 まだほんの少ししか会話できてないが、クリストファーの思考をできる限り追従する。

 

(きっと有名プロの動画で勉強した……ならメジャーリーガー、フォームと話題性からしてあの人。ならある程度データは入ってる。メジャーでは使われないような……それでいて苦手で………この人の性格なら絶対見逃しなんてないから。殺せる時に殺す人だから……なら……)


 気づけば考えすぎて現実では鼻血が出ていることにも気づかず、龍一の思考は高速回転する。

 

 作戦は決まり、蒼太にサインを送る。


 それを見て一瞬驚きながらもにやりと笑って蒼太は頷いた。


 第一球を投げた。


 そして。


 カキーン!!!


 盛大に打たれた。


――――コメント――――

・はぁ? なにそれ

・失投?

・スローボール?

・余裕でホームランですやん

・うわぁぁぁ!!!

・入った!!??

・おわた。

・まじかーーー

・ん?

――――――――――――


『ファール!!』


 だがあわやホームランかと思ったその球はギリギリでファール。

 ほんの数メートルのずれだが、ファールとなってストライクカウントが1増える。

 

 蒼太が投げたのは時速90Km程度のスローカーブだった。

 一見失投にすら見えたその球は、案の定フルスイングされ、轟音と共にスタンドに飛んでいく。


 だがズレた。


 何かが少しでも狂えばホームラン。

 ほぼ全員が失投だと思ったし、冷や汗をかいて危なかったと思っている。


 だが当事者の三人だけは違う。


「ふふふ、ははは!!」


 それに気づいて今日一番の笑い声で高らかに叫ぶクリストファー。

 面白くて仕方ないと楽しそう。


「打たされた……か。この場面であのボールとは恐れ入る。ほんの少しでもブルー君がずれていたらホームランだったぞ?」

「大丈夫です。今のあいつは完璧に数ミリのズレなく指示したとこに投げてくれますから」

「なるほど……そうか……ふふ、君はそういうタイプか。……凡かと思えばなかなかどうして……面白い戦い方をする」

「そうですね……俺は凡人なもんで……でも俺だってやり方次第であなた達と戦える。だから……」


 そしてクリストファーは笑い、蒼太も笑い。


「――俺を置いていくなよ、天才共」


 龍一も笑う。

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