第53話 日米配信者イベントー5

 WBVR、それは野球をVR世界で行うゲームだ。

 ただし身体能力は均一化、技術だけがものを言う世界となっている。

 だからこそ、より純粋に野球を楽しめると、全世界野球ファンの心を掴んだ。


 いや、それなら現実で野球をやれよと思う声もある。

 しかし野球は9人対9人であり、しかも専用の巨大なグラウンドが必要で試合時間もまぁ長い。


 じゃあ明日野球やろうぜとは気軽には行えないスポーツなのである。

 18人暇な奴を集めると言うのがどれほど大変か、しかしゲームならば世界中の暇人を招集できるのである。

 余談だが、こういったスポーツは金のある国が強い。つまり日本やアメリカだな。

 逆にボール一つで遊べるサッカーやバレーなんかは裕福でない国が強いと言われている。


「くふっ♥ まぁ配置はこうだよね」


 控室で作戦会議中、ラヴァーさんが笑いながらホワイトボードに記載していく。

 俺と龍一のことを知っているならまぁ当たり前のように俺がピッチャー、龍一がキャッチャーだ。

 

「なんなん、自分ら野球やったことあるん?」

「まぁ多少なりとは」

「ふーん、私は初めてやから従わせてもらうで! よろしくな、エースブルー君!」

「はは、頑張ります」


 時間となったので俺達は、ユリカゴでログインしゲームを起動する。

 仮想のグラウンドは完璧に整備されまるで甲子園球場、観客席にはワーワー叫ぶだけのマネキンがひしめく。

 日本対アメリカのWBC決勝のような雰囲気。まぁゲームだが。


 先攻後攻をジャンケンで決め、俺達が後攻となる。


「……まぁこんな形でもう一回やるとは思わなかったが……トラウマとかないよな」

「ねぇよ。でも……なんか複雑な気分だな……このボールの感覚……少し懐かしい」

「そうか……」


 龍一が俺の胸にミットを当てて笑う。

 この動作すらも懐かしい。


「まぁがんばろ」

「おう」


 そして試合は始まった。

 俺はボールを手のひらの中で転がしながらマウンドに上がった。

 照りつける仮想の日差し、盛り上がった土、ここから見える少し特別な景色と周りの視線。

 全てが俺の心に刺さってくる。

 心なしか少しセンチメンタルになっているようでギャグを言う気にもならないな。

 

『プレイボール!!』


 ゲーム開始の合図をシステムの実況者が叫んだ。


 前を向くと、何度も見てきた龍一のキャッチャーミット。

 大きく広げて俺が投げやすいようにしてくれるのすら変わらない。

 二年以上前で、あれ以来一度も使ってないがサインは全部しっかり覚えている。滅茶苦茶暗記させられたからな。


 そして最初の龍一のサインは、人差し指を立てて1を表す。

 それを見て俺は一人グローブに顔を隠しながら中学生のころを思い出して笑った。


「サイン1は特別だ。ど真ん中に思うようにやれって意味な。今できるお前のベストを尽くせばそれでいい」

「りょ! キャッチャーの責任放棄ってことっすね! いて!? 殴るなよ」



 あの時はリアルにちょっとだけそう思っていたがそれは違う。 

 このサインには色んな意味が込められているって今ならわかっている。


 俺は深呼吸してボールを握り、前を見る。


 バッターボックスに立つのは、アメリカ代表クリストファーさん。

 世界最強の男が復帰戦の第一打席とは運が無いな。


 でも一番強いあの人が第一打席に立つのが一番理にかなっている。

 野球経験があるかは知らないがここまでプレッシャーを感じるのは、昔コーチに連れていかれてPK学園のホームラン王の4番打者と対峙させられた時以来だ。

 あの時は、まだ中1でボコボコにされたっけな。嫌な思い出だ。

 これで開口一番ホームランなんて打たれた日には立ち直れないが、それでも少しワクワクしている。


「蒼太!! 楽しもう!!」


 すると龍一が立ち上がって体を大の字にして、大きな声で俺に言った。

 俺はコクリと頷いた。相変わらず俺のメンタルコントロールが得意な奴だ。

 うん、楽しもう。こんな機会はなかなかないしな。最強との真っ向勝負。


 そして相変わらず龍一が出すサインは1。


 それは信頼の証。

 俺が思う存分やりたいようにやる。

 それが一番良いと判断した時だけの特別なサイン。

 好きにやれ、俺がカバーする。まるでそう言っているような目で俺を見る。


 まったくあいつは、いつもバカにしてくるのにこういう時だけは俺を信用しやがって。

 二年のブランクがあるし、あんな事件の後の初めての投球、さらに相手は天才最強無敵艦隊のMrレジェンドだぞ。


 そして俺はにやりと笑いながら振りかぶった。

 良い感じ、イメージした通りに体が動いている。

 龍一も色々思うことがあるんだろうが、でもきっとあのサインはこういう意味だろうな!


パン!!


「むっ!?」

『――ストライク!!』


 もうお前は大丈夫だよな? って!





「……驚いたな。この俺がかすりもしないか……気迫? 気持ちの乗った良いプレイだ」



――――コメント――――

・すげぇぇぇ!!

・そういえばブルーって野球経験者だよな。

・全中優勝したことあるって

・チートで草

・いや、それでもレジェンドを正面から倒したのはすごくね?

・うぉぉぉぉぉぉ!!!

・ナイスナイス!

――――――――――――


 公式コメントも盛り上がり、三球で仕留められたクリストファーがバッターボックスを後にする。

 続くバッター二人も三球三振、攻守交替。


「なんや、あんた! 滅茶苦茶強いやんけ!!」

「はは、調子よかったです。あ、俺一番打席ですね。いってきます」

「あ、あぁ。頑張ってな…………なんや……さっきまでと雰囲気違ってクールやな」

「いや、クールというかちょっと今は違うと思いますよ。たまになるんです、あれ」

「あれ?」


「そうですね……なんというか……」


 龍一は少し笑いながらバットを握って打席に向かう蒼太を見て言う。


「――没入?」




 バッターボックスに立つ蒼太。

 ピッチャーは、先ほど日本チームを煽りに煽ったバレッドだった。


「ははは、中々良いピッチングをするみたいだな。でも俺だってエースだったんだぜ。地元じゃ負け知らずって奴だな!!」


 大きな声で蒼太を指さしながら笑うバレッド。

 どうやら経験者のようで、ピッチングフォームは様になっているなと蒼太は打席に立ちながら思う。

 大きく息を吸って深呼吸、バッターボックスはそれはそれで別の感覚だった。

 空気が冷たく良い感じ。


「俺もノーヒットノーラン決めてやるぜ!! ひゃっはーー!!」


 投げられた剛速球、そのビッグマウスに恥じない投球だった。


 しかし、一閃。

 

カキーン!


「……WHAT?」


 弾丸のように飛んでいく白球。

 それを見もせずにバッドを軽く投げて、蒼太はゆっくりとジョギングするように歩き出す。


 ドン! 


 スタンドに白球が当たる音と共にゲームの実況者が叫ぶ。


『ホームラン!!』


 バレッドは、口をただあんぐりと開けて確信歩きを眺めることしかできなかった。


――――コメント――――

・ふぁぁぁぁwwww

・一発ホームランwww

・ひえぇぇぇぇ!!!

・さすが元全中www

・ふぁぁぁーーーーwww

・無双始まった?

・ゲーム界の大谷きたこれ。

・これ勝ったら日本勝ち?

・↑勝ち

・うぉぉぉぉぉぉ!!!

・ホームランだぁぁぁ!!!

――――――――――――


 ダイヤモンドを一周し、すべての視線を釘付けにする。

 懐かしいな、この感覚と思いながら気持ちよくホームベースを踏む蒼太。


「――うん、良い感じ」


 かつての天才は、あらゆるものを乗り越えてもう一度マウンドに帰ってくる。


 集中しきった時は、天衣無縫とすら呼ばれた野球少年が。

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