第42話 目指せ、龍人の里ー3

 行きたい。

 無性に行きたいのだが……。

 すでに深夜だし、うーん、終わりどころが見えなくなりそうだ。


 ……よし! そうだな! ゲームはいつでもできるし焦る必要はない。

 

 今日のところは。


「龍神の里だ! わーい!」

 

 いっちゃおっと。


 そろそろこのあえて逆張り思考回路を何とかしなければならない、逆張りオタクにジョブチェンジしそう。

 でも俺のスタイルといえばこれはこれでいいかなとも思う。

 楽しいんだから欲望のままにつき進め。後悔は後でしたらいい。

 ははは、リスナーよ。月曜から夜更かしだ。まぁ俺は夏休みだけどな! 社会人はエナドリでも飲んで後悔しながら仕事してくれ。


「うきゃきゃきゃきゃ!」


 俺は裸で両手に剣を掲げて、蛮族よろしく奇声を上げながら眼下に広がる森へと進む。

 さぁ、ここからは大人の時間だ。良い子は寝る時間だぞ! まぁ俺は悪い子だし、未成年だけどな! 

 ゲームは一日24時間まで(義務)!


 この時間まで来るといい感じに思考が飛んで体が軽くなるのが気持ちいい。

 俺はこれを狂戦士状態バーサーカーモードと呼んでいるが世間一般では疲労といいます。

 

 確か龍一が言うには、この火山地帯を抜けた後から敵が異常に強くなるとか言ってたな。

 おっしゃ、なら見せてやりますか。勇者の本気ってやつを!



……



 と調子に乗っていた時期が私にもありました。

 なんかこんなこと前にもあったな、天空城で。


「ぜぇぜぇぜぇ……」


 しかし何だこのエリア、さっきの火山地帯に比べたら異常に敵が強い。

 モブ敵すら中ボスかと思ったわ。

 

 火山地帯を抜けた先、深く生い茂る森の中。

 俺の眼の前に倒れているのはいわゆるリザードマンと呼ばれるモンスター。

 トカゲのような顔に鱗は固く体格は俺より少し大きいぐらいだが、錆びた剣と盾を持ってまじで対人戦並のプレイをかましてきた。

 いや、対人戦というにはまぁ初心者に毛が生えた程度の動きなのだがシンプルにステータスが高い。


「これまじでやべぇな、おかわりか」


 顔を上げるとそこにはリザードマンが三体ほど。

 倒せるとは思うが★3武器ではダメージが正直通らない。結構な回数攻撃しなければ倒せないし、ダメージ覚悟の特攻はこれがまた厄介なのである。 

 このエリアは★4推奨と聞いていたが★1つ違うだけで、ここまできついのね、クリティカルでも狙ってみるか。


 俺は正直死んでも別にいいのだが、俺の後ろではプルプルと震えている黒豆がいる。

 ここは逃走一択か……うーん。


 そのときだった。


「ガァ!?」


 リザードマンの一体が、背後から一瞬で首を切られて死亡した。

 鮮やかな一閃、美しい閃光すら見えたその斬撃の主は、美しい女性。


 おいおい、なんちゅう火力の武器だよと見つめていると振り返った残り二体のリザードマンをやっぱり一閃。

 瞬く間に三体のリザードマンを倒した。

 その少女は。


「べ、別に助けたわけじゃないんですからね!」

「凛音か」


 トップクラン、墓守の灯台のクランマスター。

 エッチなことは許しません系風紀委員長こと、凛音だった。

 相変わらず長い黒髪をさらされと揺らし、キャラメイクで作られた整った顔である。


「こんなとこでなにしてんの?」

「龍人の里の調査に来ているだけです!! 変な勘違いをしないでください!」


 助けてもらっといてなんだが、こんな場所で偶然出会うとはな。

 すると凛音の後ろ、遠くから走ってくるのはどうやら大石さんと墓守の灯台のメンバー?


「おーい、凛音!! どうしたんだ。今日はスカイパッドをずっと見てると思ったら急に走り出して。……龍人の里を探索するん……じゃ…………あぁ、そういうこと。……はい、お前ら解散解散! 姫様の邪魔したら殺されるぞ」

「うぃーす」


 だが俺を見るなり、大石さんは俺にウィンクしながら急に踵を返して帰っていった。

 取り残されたのは俺と凛音だけ。

 一体なんだったんだろう。


 俺は凛音を見る。

 なんでお前は相変わらずもじもじしてるんだ。


「りゅ、龍人の里はす、すぐそこです。あなたが? どうしてもというのなら? 護衛してあげてもいいですよ? ええ! 地べたにその軽い頭をこすり付けて頼むと言うのならいいですよ! この私が! ★5のエピック級の装備を持つこの私がね!」


 顔を赤くしながらツンっとそっぽを向きながら俺の護衛を提案してくれる。

 腕を組んで落ち着きなく足踏みしながらちらちらとこちらを見てくるが助けようとしてくれているのかな?

 なら答えは決まっている。


「いや、結構です。パワーレベリングはゲーマーの恥なんで」

「……」


 俺は断固拒否した。


 強い味方と共に冒険し、本来自分の実力以上のクエストなどを受注することを俗にパワーレベリングという。

 そしてそれは剣士の背中の傷よりもゲーマーの恥ずべき行為である。

 

「…………いきましょう、黒豆ちゃん。ここにいてはあの変態に巻き込まれて死んでしまいます」

「ワン!」


「お、おい!?」

「黒豆ちゃんは私が預かります。無事に返してほしければ龍人の里まで自力で来ることですね」


 なんだその人攫い、いや犬攫いみたいなセリフは。


 そういって黒豆を抱きしめて凛音は俺に背を向けた。

 相変わらず飼い主には噛みつく癖に、凛音にはデレデレの犬畜生め。


「では、失礼します。あ、言い忘れてましたが」

「……ふぁ?」


 突然背後から5体ほどのリザードマンに囲まれる俺。


「この辺はリザードマンの巣が乱立して、モンスターパレードが頻繁に起きるのでお気をつけて」 

「すみません、凛音さん。地べたに頭こするんで一回だけ助けてくれませんか?」

「パワーレベリングをご所望ということですか?」

「…………」


 そして凛音は一瞥し、俺に背を向けた。

 その背から黒豆が満面の笑みで手を振ってやがる。

 日本人に犬を食うという習慣がなくてよかったな!

 

「おうおうおう!!! わかりましたよ! やってやろうじゃないの! こちとら天龍様にも認めていただいた勇者様よ! 有象無象のトカゲ風情が調子に……あ、ちょ! え? モンスターパレード連続? あ、だめです。駄目です! あぁぁ!! ちょ、助けて! 蹂躙される! たすけ……凛音。凛音様!! たすけてぇぇぇ!!!」



~8時間後、配信を開始してから12時間経過。



 現実世界では朝日が昇る頃。


「やっと……はぁはぁやっとついた……もう無理……もーーう無理」


 俺はやっと龍人の里に到着した。


 あれからリザードマンの群れに撲殺されること三回、火山地帯からやり直すこと三回。

 ちょっと貴重なアイテムを連続ロストして涙目になったが武器だけはロストしなくて本当によかったと安堵と共に俺は龍人の里へと到着した。

 真っ白な城壁がどこまでも続いており、里をぐるっと一周しているようだ。

 広さはどれぐらいだろうか、スカイディアよりもちょっと小さいぐらいか?


 お、転移門がある。

 よし、これで解放して……。


「お疲れ、リスナーのみんな!」


――――コメント――――

・なんで特に理由もなく朝まで耐久配信なんですかね。

・視聴者の生活も考えてください。

・お体に気を付けて。

・うぉぉぉ! 今から仕事なんだが!?

・絶望。

・今度からは計画的に配信しましょう。

・朝日が眩しい…………

――――――――――――


「糞眠いけど、俺も今から妹の病院に付き添いなので! 今日も一日頑張ろうな! あ、凛音。お前見てたら覚えとけ、それと黒豆預かっといて」


 結局一睡もせずに俺は妹の病院に付き添うためにログアウトした。

 脳が悲鳴を上げて、さっさと眠れと叫んでいるが、もうひと踏ん張りしなければならない。

 なぜこの予定がわかっていて、ゲームをやり続けたのか二回死んだ当たりの俺に問いただしたい気分だが時すでにお寿司。

 後悔は後からしろとは言ったが、後から死にたくなるだけである。

 

 朝までゲームをやって、その後予定があるときの絶望はトイレに入ってトイレットペーパーがないことに気づいた時ぐらいの絶望だろうか。

 

「おはよう、愛理。今朝は……早いな……」

「うわ、でた。妖怪ゲーム大好き星人だ。大丈夫? 寝てたら? 不眠不休でしょ?」

「いや、今日はいかないと」


 そのあだ名は、妖怪なのか宇宙人なのかは置いといて、大丈夫これぐらいなら全然余裕よ。

 俺は丸三日ぐらい寝なくても思考せず身体だけを反射で動かすと言う特殊技能を持ってるからな。

 バーサーカー状態の一段上、ゾンビ状態と呼んでいるが、世間一般ではこれを過労といいます。


 それから愛理を連れて病院へと向かった。

 今日から検査入院として三日ほど入院することになっている。

 その説明をエナドリをぶちかまして無理やり脳みそを叩き起こしながら聞いていると、やはりこれからは入院が前提になるようだ。

 俺が配信中に愛理が倒れたりしても気づけないし、石化病は付きっ切りの介護が必要だからだ。

 

 だが安心しろ、お兄ちゃんそのために金を爆稼ぎ中だからな。

 最高の介護をつけてやる。


「じゃあ、何かあったら連絡しろよ? 三日後またくる。それまで色々用意しておくよ」

「うん、ありがとう。お兄ちゃん」


 愛理を病院に置いていき今は昼過ぎ、やっとすべての用事が終わった。

 とりあえず何よりも爆睡したい。

 俺の脳みそは睡眠欲だけに支配されていた。


「ん? 鍵締め忘れたか?」


 家に帰ると家の扉が開いている。

 カギ閉め忘れたかなと思いながら、思考が回らないのでまぁいいやと俺は自室へと戻った。

 家には誰もいない俺一人、さて、爆睡するか。


「ということで……おやすみ!!」

「おやすみ♥」

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