第32話 黄金の両翼とボロボロの両刀ー2
「見てみて、龍一君が配信して……あれ? 今日は実況ミラー配信?」
「ほんとだ……誰の配信? ブルー? 知ってる?」
「知らない」
龍一は自分のチャンネルで配信を始めた。
龍一の視聴者は多く一瞬で数万人へ膨れ上がる。
だが今日の配信は別の配信者の画面を映し、自身は画面右下で顔出し配信をする。
その後ろの画面には、他の配信者の画面が映し出されている。タイトルは【妹を救うために最強に挑んでみた】。
「今日は俺の親友が、天空のトワイライト始めたのでミラー配信するよ。よかったら一緒に鑑賞会しよう。こいつバカで面白いから。でも……」
そういってリスナー達をその配信にくぎ付けにしながら自身も見つめる。
「本当にすごいから」
同接数:134……156……230。
次々と増えていく蒼太の配信の視聴者数。
基本的に他の配信から誘導された視聴者は、ちらっと見てすぐにブラウザバック。
100人に一人でも残ればよい方だろう。
しかし、今日だけは違っていた。
なぜならそこに最強がいる。
世界中で大人気ゲーム、天空のトワイライト。
中高生から大人まで幅広い年代が支持するそのゲームにおいて、それはあまりに有名だった。
誰でもすぐに会いに行ける最強の龍は、ただの一度の敗北もなく、ただの一度の敗走もない。
傷つけること叶わずに、数多のプロが散っていった。
頂点に近づきすぎたものを、太陽に近づき過ぎたために蝋が溶けて羽根がとれ、墜落死した少年イカロスのように踏みつぶす。
黄金色に輝く鱗と人知を超えた神々しさ、一軒家ほどの大きさにして圧倒的なステータスの暴力を併せ持つその龍に挑むのはもはや無謀以外の何物ではない。
だからすぐにつぶされてGAMEOVERのはずなのに。
【JUST!!】
その戦いから目が離せない。
その画面に映る男は、戦っている。
文字通り、戦えている。
黄金の爪を躱し、黄金の尻尾を躱し、そして弾く。
完璧なタイミングではじき返し、最硬の防御とは、最高の攻撃だということを表現するかのようにジャストガードを連続で決める。
「なんなの……あなた……」
「ワン!」
後ろで黒豆を抱きしめながら凛音は言葉を失った。
あまりにも高い技量、コンマ一秒ほどのJUSTガードのタイミングをここまで完璧に決められるのだろうか。
しかし蒼太はこんなことは何でもないというように、ジャスガ成功時の心地よい音がまるで歌うように響き渡る。
――――コメント――――
・すげぇぇ!!!
・龍一君の配信から来ました! もしかしてプロですか!?
・流れるようにジャスガ決めまくるやん。
・装備最初期!? なんでこれで天龍挑んでんの(笑)
・おぉぉぉぉ!!!
・おぉぉぉぉ!!!
・妹のために最強に挑んでみた? どういうこと?
・わからんけど、とりあえずすごい人ってことだけは分かる。
・ジャスガここまで決めると滅茶苦茶きもちぃぃな。
・ブルー君かっこいい!! ブルー君かっこいい!!
――――――――――――
嵐のように流れるコメント、目で追うことすら叶わない。
気づけば視聴者は1000を超えて、今だに伸び続けている。
「おぉ!? こいつモーション切り替わりやがった!?」
JUSTガードを10回ほど連続で成功させた後だった。
天竜のモーションが切り替わる。
ここまでは先ほど凛音達も到達した。
新たなモーションが追加され、さらに速度は上昇する。
「尻尾の薙ぎ払いと、噛みつきが追加されるわ!!」
すると後ろで凛音が叫ぶ。
それに蒼太は了解と剣を握りながら親指だけ上げて了解したとサムズアップ、しかし天龍から目を離さない。
新たなモーション、速度も上昇。
それでも蒼太は食らいつく。
――――コメント――――
・これTAS? ってかチート?
・いや、このゲームでチートなんて見たことない。
・トイレに行きたいんですが(笑)
・一旦、一旦休憩しよ! しんどい!
・また決めた!
・すごすぎでしょ
・あ、龍一君の配信でテロップでてる。
・石化病の妹ちゃんのために天龍倒して研究費に当てたいんだって
・妹のための兄貴無双か、くそかっこいいな
・ちょっと泣ける。
・ブルー君かっこいい!! ブルー君かっこいいぃぃぃ!!
――――――――――――
相対してから10分ほどが経とうとしていた。
視聴者は一万人の大台に乗り、そして蒼太はただひたすらと天龍の攻撃を紙一重で交わし続ける。
綱渡りのような戦い、ジャスガの嵐。
それを見た視聴者は、息することも忘れて画面に魅入った。
魅せられるとはこのことかと、その戦いから目が離せない。
死んだ。と思ったら生きている。
あ、死んだ。と思ったらやっぱりジャスガを決めている。
毎秒事に死んだ生きていたを繰り返し続けるその死闘に、視聴者は一度見ればブラバなんてできなかった。
一体いつまで続くのか。
最後まで見たい。
最後まで目を離せない。
それほどの強い掴みがその戦いにあった。
「はぁはぁ……おいおい……ジャスガの合間に殴っては見てるが……お前いつものごとく無敵か?」
「ぐるるる……」
蒼太は攻撃はしているが、やはり最低保証の1ダメージ。
今までならダメージを与えたならいつか勝てる理論があったのだが、天龍は自動回復を備えている。
つまり実質ノーダメージ。
「でもなんだろうな。前に進んでる気はする。こうなったらいくとこまでいこうぜ」
ジャストガードのダメージ軽減率は99.9%。
成功時は天龍の一撃といえど蒼太のHP減少はない、つまりは実質こちらも無効化。
ならば折れるのはどちらが先か。
「でもいいな。……やっぱりゲームは……糞難易度でなくっちゃ!」
蒼太は戦いながら思い出していた。
愛理が昔を思い出しながら自殺しようとしたように。
死と見間違うような死闘の中で、愛理との思い出、家族との思い出が走馬灯のように脳裏をよぎる。
野球を教えてくれた父、毎日泥だらけの服を笑いながら洗ってくれた母。
そして自暴自棄になって自殺すら考えた俺をずっと支えてくれた愛理。
あれは愛理の贖罪だと、わかっていた。
愛理が自分と龍一の夢を誰よりも応援していてくれたことも。
それをずっと奪ったと苦しんでいたことも。
一人になると毎日のように泣いていたことも。
それを俺には見せないように、完璧に笑顔を作っていたことも。
全部わかっていた。
「不甲斐ない兄だよ、まじで。ほんと……ゲームしかできない糞兄貴だ。だから……せめて」
【JUST!!】
「ゲームでぐらいかっこいい兄に戻りたいよな!!」
何十回目のジャスガを決める。
黄金色のエフェクト文字が、蒼太を称えるように光り輝く。
のけ反る天龍は、まるで気圧されたように初めて後ろに一歩下がった。
そして蒼太は一歩前に出る。天龍はまた一歩後ろに下がる。
その一場面を切り取れば間違いなく勝者は最弱で、敗者は最強だった。
そしてさらに前へと進む。
まるで視聴者へと見せつけるように前へ。
でもそれはたった一人の妹のために。
「愛理……見てるか? ほら、もう俺は前に進んだぞ。だからもう気にすんな。野球は確かに好きだったよ、夢だった。それは本当だ。……でももう大丈夫、今は」
そして蒼太は剣を構えて天龍に向けて言う。
「……ゲームが心の底から大好きだから」
心からの声を、新たな超えるべき壁に向かって。
「お兄ちゃん……頑張れ……お兄ちゃん、負けるな……」
愛理はその配信を見ながら両手をぎゅっと握って泣いていた。
何万人が見ている中で、今兄は間違いなく自分のために戦ってくれている。
それが伝わると、涙でうまく画面が見えない。
でもちゃんとみなきゃ、自分のために頑張ってくれている兄を見ないと。
だから真っ赤な目で真っすぐ見る。
そして気づけばその隣でも。
「…………」
自分のスマホを机に置いて顔出し配信している龍一。
だが視聴者がいることも忘れて手を口に当てながら蒼太の戦いを見ながら泣いていた。
真っ赤な目で、瞬きもせずに画面を見つめる。
その戦いを見ているとどうしても昔を思い出してしまう。
白球を追いかけ、そして夢を追いかけた青春の全て。
それが一瞬で奪われたあの日。
後悔がないと言えば嘘になる。
蒼太に嫉妬していたあのNo2のピッチャーの心が壊れそうになっていることを龍一は知っていた。
でも特に何もしなかった。
何度自分を呪ったか。
なぜ彼のケアぐらいしなかったのだろう。
自分ならもっとできたことがあったはずだ。
どれだけもう一度過去に戻してくれと願っただろう。
でも当たり前のように時間は戻らないからこの話はここで終わり。
もう二人が二度と野球をすることはないだろう。
それでもずっと心に残っていた何か。
寂しいけれど、それはもうここで完全に捨てることにする。
なぜなら親友はもう前に進んでいるのだから。
だから今は。
「頑張れ……蒼太……」
絞り出すように唇をかみしめて声を出す。
「しゃあ、おらぁぁ! 栄養失調か睡眠不足で気絶するまでやってやるわ! 逃げるなよ、天龍!」
蒼太も覚悟を決め、この意識無くなるまでこの戦いを続けることを決める。
その声を聞いてかはわからないが天龍が距離を取る。
その巨大な翼をはためかせて、空に滞空する。
そして、まるでその覚悟に答えるように。
『弱く強き者よ。お前の覚悟は受け取った。ここからは我も
天龍はしゃべりだす。
――――コメント――――
・しゃべったぁぁぁぁ!!
・どういうこと!!??
・モンスターでしゃべるのってこいつが初めてでは?
・いや、龍人もしゃべるぞ。
・覚悟認められたぁぁぁ!!
・ん? なんだ?
・赤い?
・んんんんん!!!??
・おいおいおい! まだ上があんのかよ! この糞龍!
・ってか今本気って言った!!??
・えぇぇぇぇ!?
――――――――――――
美しく透き通るような女性の声で天龍はしゃべり出す。
直後、天龍の鱗が全てまるで溶岩のように赤くなった。
近くにいるだけで熱風を感じそうなほどに、熱を持った灼熱の体。
『お前は強い。だがそれではまだ我が王には届かぬ。ゆえに証明せよ。覚悟の先を……お前達だけが持つ強さの根源を!!』
そして頂点はその頂に手をかけた蒼太に本当の姿を見せる。
世界が揺れるような咆哮が霊峰イカロスにこだました。
【灼熱天竜シルヴァーナ(真の姿)】
燦燦と輝くその熱は、まるで神に近づきすぎた男の両翼を焼き殺す灼熱の太陽のように。
『さぁ、天空人よ。己が力を我に魅せよ』
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