第31話 黄金の両翼とボロボロの両刀ー1
もう随分と昔のことだ。
城ケ崎凛音として生を受けて、やっと物心がついてきた頃。
私は母と会えなくなった。
今だからわかるが、母は石化病だったんだ。
そんなことは知らずにただ母に会いたい一心で幼い私は毎日のように泣いて、父を困らせた。
だがある日、父が決意して私を母の元へと連れて行った。
やっと会えた母は、たくさんの管が繋がれてベッドで眠っていた。
幼い私はただ母が寝ているだけだと思ったんだ。
「パパ、なんでママはずっと寝ているの? ママ? 泣いてるの?……パパ! ママが泣いているよ! 凛音がふいてあげるね!」
私は母が流した涙を拭いて、必死にその手を握って伝えた。
「ママ、早く起きてね。凛音と遊ぶ約束したでしょ! あ! 凛音ね! 縄跳びできるようになったんだよ! ママに見せたいの!!」
今思えばなんて残酷なことを言っていたんだろう。
石化病は筋肉が動かなくなる。
しかし聴覚は残っているので声は聞こえている。
私が必死に起きてといったとき、母は一体何を思ったのだろうか。
動かない体を必死に動かそうとしていたんだろうか。
そして動かない体に絶望したんだろうか。あの涙は何の涙だったんだろうか。
その記憶を思い出すだけで胸が苦しくなる。
だが母は3年前に弱った体によって引き起こされた合併症で命を落とした。
心の中にぽっかりと穴が開いたような喪失感、世界の半分を失ったような気持ちになった。
だが、直後私も発症した。
どうやらこの病気は遺伝する可能性が高いらしい。
それを知った時の父の表情は忘れられない。
この病気が治る可能性は0%。
AIによる創薬だけが今は唯一の可能性だと言われた。
だが研究の規模は縮小されて、よりお金になる事業にリソースは当てられてしまったらしい。
だから望みは薄いだろうと。
同じ病にかかってやっと母の気持ちがわかった。
どれだけ怖かっただろうか。
どれだけ辛かっただろうか。
どれだけ母は泣いたのだろう。
自分一人、闇の中に取り残されて大切な人達にはただひたすらに迷惑をかける。
愛する家族を抱きしめることも、二度とできなくなるのだから。
その時の母の気持ちを思うと胸が張り裂けそうになる。
だからもう嫌なんだ。この病気で苦しむ人がでることが。
だからもう嫌なんだ。愛する家族に迷惑をかけることが。
だからもう嫌なんだ。死を待つだけの人生なんて。
そして私は世界中の同じ痛みを知っている人達のためのコミュニティを作った。
それが墓守の灯台だ。
いつの間にかクランとして、この世界での家族になる。
一般人も多く、ゲームの得意さでいえばそれほど高くなく技術は正直低いクラン。
プロ集団なんかには到底勝てないだろう。
でも私達は背負っているものが違う。
絶対に勝たないといけない。
でなければたくさんの命がこの両の手から零れ落ちていくのだから。
だから私が光になるんだ。
真っ暗な闇の中にいる私達の光になるんだ。
たまたま才能が与えられた私が、みんなを救う光になるんだ。
なのに。
「はぁはぁ……なんで……なんでよ!!」
パリン。
目の前で次々と仲間達が死んでいく。
それはただのゲームの死だけれど、一つ一つが自分達にとっては本物の死へ近づく仮想の死。
届かなかった。
「凛音……すまない……」
大石さんは私を守って、その龍に殺された。
「ふざけるな……なによそれ……なんなのよ!!」
それは私を除く最後のクランメンバーの死だった。
あんなに準備した。
この一回で絶対に決めると、たくさんのアイテムも消費した。
なのに結果はこれだった。
これほど準備して、作戦を立てて、結果が全滅。
全員が完璧にこなしてくれた。
完璧に作戦通りの動きをしてくれた。
だからこそ、初めてHPは三割減少までは持って行った。
だが怒り狂った天龍は見たこともない攻撃モーションを繰り返した。
そして、黄金は赤く燃えた。
まるで溶岩のような真っ赤な鱗に変形し、私達が必死に組み立てた作戦を上から力でねじ伏せた。
そして全滅。
体力も自動回復で全て回復し、それに合わせて最初と同じ黄金色に戻っている。
振り出しに戻る。
届いたと思った頂点は想像よりも遥かに高く、霞がかってよく見えない。
そして私一人が残された。
「一人でもやってやる……私が……私が一人でも!! みんなのために!!」
私は、剣を握りしめ、そして振り切った。
【JUST!!】
完璧な返し、天龍の振り下ろされた爪を弾き返す。
2回やって一度成功する程度のJUSTガードを成功させる。
しかしただそれだけ。
私一人で勝ち目なんてない。
「うっうっ……なんでよ……」
仮想の涙が流れてくる。
縋るような思いでこの戦いを挑んだ。
残された少ない時間をたくさん使って、この敵に勝つために準備した。
これでダメだったのなら、ユニークは倒せないんだと諦めよう。そういって挑戦したクランの全てのリソースを使った作戦の失敗。
それはやっぱり自分達の未来を諦めることと同義になって、それでもやっぱり諦めきれなくて。
「はぁぁぁ!!」
【JUST!!】
私の剣が天竜の尻尾を弾き返す。
二連続成功、だがもう頭が沸騰しそうだ。
集中しすぎて、もう頭が回らない。
感情がぐちゃぐちゃでもうだめだった。
「きゃぁ!?」
次はJUSTガードに失敗し、通常のガードとなる。
だが、最上レベルの防具を持ってなお8割のHPが減少するバカげた攻撃力。
剣も思わず手放してしまう。
「負け……私の……私達の……そっか……負けか……」
ただ放心し、へたり込みながら力なくつぶやいた。
どうやら私は運命には勝てなかったようだ。
このままいずれ、死を待つだけの体となり、母と同じく合併症か何かで死ぬのだろう。
抗いたくて、どうにかならないかと必死に足掻いてみたが駄目だった。
天竜がこちらを見て攻撃モーションに入ろうとしている。
抵抗する気も無くなってしまった。
運命の壁は遥かに分厚く、並大抵の力ではびくともしなかった。所詮私はその程度の覚悟しかなかったのだろうか。
「うっうっ…………ごめん、お父さん。……みんなも……ごめんね。私が弱くって……」
私は泣きじゃくりながら生きることを諦めた。
そして次の一撃を見ることもできず、目を閉じる。
ペロペロペロ。
「へぇ? ペロ!?」
突如顔面を舐められたような感触。
に加えて、何かもふもふして柔らかに感触が膝の上に……って犬? なんで?
「ワン!」
「お、黒豆が懐いてるな。所詮お前もオスってことか。発情期の畜生め。ってことでちょっとそいつ見といてくれ、凛音」
「え? え?」
私の横を最初期の民族衣装を着たプレイヤーが歩いていく。
通り過ぎに、この真っ黒な柴犬を私に預け、私の頭をポンっと叩く。
まるでバトンタッチだと言わんばかりに、そのまま私より前に出た。
混乱している私は声も出せずその背中を見つめることしかできなかった。
最初期の民族衣装に鉄の剣と骨の剣。
お世辞にもこのエリアに来るには最低レベルの装備すぎて、一撃だって天龍の攻撃を受けられない。
あの初心者だ。
英雄橋から一時間少し。
ほんとに間に合うとは思わなかったが、あの初心者だ。
「に、逃げなさい! そんな装備じゃ一撃だって受けられないわよ!!」
なら勝てるわけがない。
なのにその二つの両刀を構えてその男はコンビニに行くかのように前に出た。
「うわすげぇ迫力……糞強そう」
軽口を叩きながら剣を握る。
振り下ろされる黄金の爪と、振り切られる二刀の最弱の剣。
本来ならば勝負にならない二つの衝突、しかしぶつかり火花散る。
そして。
【JUST!!】
弾く。
「え!?」
ジャストガード成功時の黄金色のエフェクトが、天龍に負けずと金色に輝く。
弾き返されたのは最強、打ち勝ったのは最弱。
私は言葉が出なかった。
逆にそいつは右手の剣を天龍に向け、大きな声で叫ぶように言った。
「愛理見てるか!」
まるで心の底から楽しいという笑顔と共に。
「兄ちゃん、バズるぞ!」
私にはそのジャスガ成功時の黄金のエフェクトが、闇に輝く光に見えた。
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