第28話 覚悟ー1

「お、お兄ちゃん! 離して!! 私は死ぬの!!」

「離さない!!」


 飛び込んだ俺は、愛理を片腕で抱きしめて、もう片手で手すりを持つ。

 危なかったが成功し、愛理が川に飛び込むギリギリで救うことに成功した。

 

「いや! 私は! 私はもうお兄ちゃんの足を引っ張りたくないの!! 離して!!」

「離さない!! 絶対だ」


 暴れまわる愛理、でも俺は絶対に離さない。


「なんで……なんで!! 私いらない子なのに! 死んだほうがいいのに!」

 

 泣きじゃくって暴れる愛理、感情が溢れてわんわんと泣く。

 わかってる。

 愛理がどんな気持ちかなんてわかってる。

 でも俺の気持ちはあの日、燃える家から命懸けで愛理を助けた日から何も変わらない。


「愛理、もし落ちるなら俺も一緒に落ちてやる。あの日みたいにぎゅっと抱きしめて、それで絶対にお前は守るけどな」

「なんで……お兄ちゃん……なんでこんな私に……」


 俺の目を見る愛理、なんでと言われたら理由なんてない。

 だって、俺は。


「兄が妹を助けるのに理由なんていらないだろう。お前は俺のたった一人の家族なんだから」


 お前の兄なんだから。


「う、うわぁぁぁ!!」


 ダムが決壊したように俺をぎゅっと抱きしめながら胸の中で泣く愛理。

 すると龍一が後ろから俺と愛理を引っ張り上げてくれた。


 橋の歩行エリアで俺達はへたり込む。

 心臓の音が鳴りそうだが、あと一歩で本当に死んでいたのだからまじで危なかった。


「私……私!」

「もういい、大丈夫。わかってる。お前が優しいのは誰よりも俺がわかってる」


 俺は愛理を抱きしめた。

 何も言わなくていい。全部わかっている。

 号泣する愛理は俺の胸の中で泣いた。


 きっと石化病で俺に迷惑をかけると思ったのだろう。


 不甲斐ない兄で済まない。

 ずっと抱えさせてしまっていたのだろう。


 それからずっと愛理は泣いていた。

 俺と龍一の二人でただぎゅっと抱きしめた。


「私……生きていいの? 生きる価値ないのに生きていいの?」

「当たり前だろ、それに心配すんな。お兄ちゃんが全部解決してやるから。俺が約束破ったことあるか?」

「…………結構」

「うっ……」

「じゃあ俺も一緒に約束するよ…………俺と蒼汰で必ず愛ちゃんを救う」


 そういって俺と龍一で愛理の手を握る。

 ぎゅっと握るとどんどん落ち着いていく。

 しばらくひっくひっくと泣く声が聞こえたが、徐々に収まり落ち着きを取り戻していった。


「どうだ、兄を信じる気になったか?」

「微妙……」

「うっ……やはり実績が」

「ふふ…………嘘」


 すると愛理が泣きながら少しだけ笑う。


「お兄ちゃんはしょうもない約束はたくさん破るけど大事な約束は絶対守るって知ってるから……信じる」

「こいつ…………まぁ冗談まで言えるようになったならもう大丈夫だな」


 気づけば雨は上がり、太陽が見える。

 雨でぬれた服も少し乾いてきたようだ。

 

 俺達は橋の手すりにもたれ掛かりながらガラの悪い学生のようにそこで話した。

 そういえば三人で落ち着いて話すのは随分と久しぶりの気がする。


 愛理は落ち着いたようで、もう大丈夫そうだった。


「龍一がここだって見つけてくれたんだ」

「まじで勘。でも当たってよかった」

「お前の勘外れねぇしな」

「龍さんの未来予知は健在だね」


 俺達は少し話して、ここでは邪魔になるなとやっぱり立ち上がった。

 俺は愛理の手を握る。龍一もバイクを押しながら愛理の隣を歩く。


「小学生の時以来だな、三人で歩いて帰るなんて」

「あぁ、俺達も随分大人になったな。愛理の手は相変わらず小さいが」

「高校生になるとさすがにちょ、ちょっと恥ずかしいかな……でも嬉しい……かな」


 俺達は久しぶりに三人でゆっくりとだべりながら帰った。

 

 そして俺は決意する。


「…………龍一、愛理。俺有名配信者になるよ。んで金を稼ぐ。世の中金だ。綺麗事は言わない。金より大事な者を守るために金がいる」

「あぁ、そうだな。協力する」


 俺は何のスキルもない高校生だ。

 肩も上がらない、学もない。

 できることといったらゲームだけ。


 ならもう何も迷うことはない。


 絶対に超が付く有名配信者になってやる。


 普通の人間が稼げないような額を稼いで、愛理を救う。

 この病気の治療方法はわからないが、金が結局は問題だ。


 愛理が死のうとしたのもそれが問題。

 金さえあれば介護も業者に依頼できるし、愛理だって辛い思いをしなくて済むんだ。

 だから稼ぐ。


 そのためには今の俺は配信者になるのが一番可能性が高い。

 

 そしてもう一つ。


「あと天空のトワイライトクリアする。100億、いや、400億。絶対に手に入れる」

「待ってた、その言葉」


 俺と龍一は笑い合う。

 それを見て愛理も少し笑った。


「なんか懐かしい、この感じ。二人が組めば最強だもんね。龍さんは完璧だけど、あとはお兄ちゃん次第だね」

「ははは、俺は龍一よりも強いぞ、安心せい」

「おい、聞き捨てならねぇな。俺が勝ち越してるだろ」

「おぉ? スマシスで俺が勝ってるだろうが」

「はぁ? 最後にラッキーパンチで勝っただけだろ」


「お?」「あ?」


「はい終了!」


 俺達がいつものようにじゃれ合っていると、やはりいつものように愛理が両手で割り込むように間に入る。

 俺達の距離を確保して、一呼吸おき振り返りながら笑う。

 

「龍さん、お兄ちゃん。…………助けてくれてありがとう。それとね、もうこれ以上じたばたするのは二人に悪いと思うから……私もう自殺はしません。生きるために足掻きます。だから……だからどうか!」


 そして愛理は俺達に頭を下げた。


「――私を助けてください。お願いします!」


 その言葉の重みを俺は分かっている。

 愛理だってわかっている。

 どれほど苦しい思いをしたか、どれほどこの言葉を言いたくても言えなかったか。

 

 でも愛理は勇気をもって言った。


 なら答えは決まってるよな!


 俺と龍一は、お互い手を伸ばして愛理の頭を撫でる。


「任せろ。余裕で登録者数100万超えてブルジョワになってやるわ」

「なら俺の半分以下だな」

「じゃあ1000万で」

「いけるもんならいってみろ、アホ」


「……ふふ。ねぇ二人とも」

「「ん?」」


ギュッ!


「大好き!!」

 

 俺も龍一もぎゅっとハグで返した。

 そして俺は誓う。

 

 超が付く有名配信者になることを。



~数日後。



 ということで、帰ってきましたスカイライト!

 黒豆、お前も元気だったか!


「ワン!」


 相も変わらず裸一貫、犬一匹。

 もはや金太郎かと思うほどに洗練された、というかスタイリッシュな姿で俺はスカイディアを走り回る。


 周りでは俺を見て笑う声。

 黒豆を見て可愛いと叫ぶ声。


 そして俺は目的地に到着する。


「たのもぉぉぉ!!」


 ここはスカイディアにおいて、トップクランの一つの本拠地。

 24時間営業のそのクランは、廃人の多いこの世界においても、プレイ時間は圧倒的トップ。

 最前線で攻略し続ける超が付くガチ勢クラン。


 名を墓守の灯台。


「……変態がきたわ。GMコールで通報しましょう」

「待て待て待て!! 通報はストップ! ほら服着るから! 通報だけは許してください!」


 その巨大な扉を開くと、中はまるで高級マンションのようなロビーが広がる。

 そして俺を見て即座にGMに通報しようとする氷のような美少女。

 俺は仕方なく民族衣装を着た。服ってほんとにうっとおしいな。


「久しぶりだな、凛音!」

「驚いた。衣服という概念を知らないんだと思ってましたが」

「一応現代人なんですが……」


 相変わらず冷たい女王様のような態度だが、リスナー達はそれが良いらしい。

 まぁ確かにサラサラストレートの美少女ツンツン委員長タイプがデレるのは男の夢といえば夢である。

 ただしこの子がデレるところなんて想像もできないが。


「で、なんのようですか? 私達は今、作戦前でとても忙しいのですが」

「そうそう! それなんだけどさ」


 そして俺は龍一と話して決めた作戦の最初のステップを実行する。


「天龍討伐作戦に俺も参加させてくれ!」


 この世界最強の一体、黄金の龍への挑戦を。

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